祈りと詠唱
トリムと鬼電はB市で敵の増援を待っていた。
前日の夕方、トリムたちがラーフ帝国のガーディアンと戦闘を繰り広げた場所である。
この朝から建造物の立て直しをする予定だったが、この日再び敵が来るというフォーチュンの警告を受け、前もって市民たちは避難していた。
「これ、いつまで待ってればいいんだ」
トリムは腕を組んで、目を瞑っていた。ほぼ寝ているような姿勢だった。
「うーん。尋問した感じだと、10時だから、あと1時間くらいだと思うんだけど……」
「はあ!? 1時間!?」
せっかちなトリムにとって、1時間待ちは釜茹で地獄に落とされているようなものである。
「やっぱり早かった?」
「一旦帰って、30分ほどベッドで寝てていいか?」
「ダメ」
「くそっ。DLSだと、地面に寝てても気持ちよくねえんだよな」
「ででっでで、ディーエルエス?」
「クラッシャー級ガーディアンに装備されているシステムだと思いまス」
DLSを略さず言えば、ダイレクトリンケージシステムと呼ぶ。プラズミたんの説明の通り、クラッシャー級ガーディアンに搭載されているもので、パイロットの動きを、ガーディアンの動きに直接反映させるシステムのことである。例えば、トリムがエンダーの中で右手を上げると、エンダーもそれに連動して右手を上げるのである。
——ということで、トリムが腕組みしている今、エンダーも腕組みをしながら、プラズミの隣で仁王立ちをしている。
「コックピットに枕と布団を持って来たら良かったんじゃない?」
「ふざけてるのか。……悪くない発想だが」
この場にいる二人は、コックピットに寝具を持って来るパイロットは誰一人見たことがない。世界のどこかにはいるのかもしれないが。
「数百メートル先に家具店がありまスが」
エンダーとプラズミそれぞれのコックピットで、プラズミたんがその店を指差した。
「ちょうど現金があったらお金なら貸すよ。プラズミたんなら店員さんの代わりもできるし」
「いや、ちょっと待て。プラズミ……たん、が、どうしてエンダーのコックピットにまで出てきてるんだ!」
「エンダーの
エンダーのコックピット内で、プラズミたんが片腕を大きく上げてガッツポーズをする。
時は尋問を終えた後の深夜、鬼電が天城博士から借りた本を眠い目で読み漁っている間に遡る。手持ち無沙汰だったプラズミたんは、プラズミの隣で鎮座していたエンダーのセキュリティを解除したり脆弱性を埋めたりして暇つぶしをしていた。
最後に、ウイルス感染したPCが謎のソフトをインストールするように、エンダーもプラズミたんのインストールを受け入れてしまったのだ。
「頼むから変にしゃしゃり出てくるなよ……! 集中できなくなる……!」
「もしかして、トリムって、プラズミたんのこと気に入ってる?」
それを聞いたプラズミたんは、まあ、という顔をして、頬を赤らめる。
「で、でも……ワタシには、鬼電サンっていう許嫁がいるシ……!」
「勝手に人と機械をくっつけようとするな!」
「ちゃんと、プラズミたん、って呼んでくれたしね」
「たんを付けないと、ガーディアンのほうのプラズミと言い分けがつかないだろうが」
「素直じゃないでスね」
プラズミたんはくすくすと笑う。それを見るトリムは大きく舌を打つ。
「DLSを経由してウソ発見器とかできないの?」
「ア、できるかもしれまセン」
「余計なことをするな」
「試してみたいところでスが、複数の敵反応を確認しましタ」
プラズミたんは姿を消し、両機の警報音が鳴る。
「ちっ。時間を無駄にしてしまった」
「時間を無駄にしタ、とのことでスが。フォーチュン施設からここまでの道順について、最短と呼ぶには不適切な部分ガ……」
「喋るな」
「ハーイ……」
エンダー側のプラズミたんは静かになった。
「天城博士は怖いので着信拒否しててもいいでスか?」
「ダメ」
「ワタシに話を振らないでくだサイね」
プラズミの側のプラズミたんは相変わらず騒がしかった。
装甲で固められた小型リムジンの中。
快適温度で設定されたエアコンがかかった車内には、後部座席に座る桃子と柊、空気を読んで寡黙を貫く運転手しかいない。
防音ガラスの中、寒さも暑さもなく、静かに駆動するエンジン音と車輪が回る音しか聞こえない空間では、ただ静かに、道路の舗装の変わり目で車が上下するだけだった。
桃子と柊は、それぞれ窓の外を見ていた。それほど遠くない場所で、何機かのガーディアンと戦うエンダーとプラズミの姿が見えた。運転手は機体が倒れた際に車が下敷きにならないように、注視して最大限の気を使っているようだ。
「柊」
座席の窓枠を使って頬杖をついたまま、桃子が小さく口を開いた。
「なに?」
柊は、些細な諍いを忘れたように、至って自然に返した。
「本当に、桜威に乗るの?」
「ここまで来て、乗らないのはありえないよ」
「桜威に乗れば、誰かと戦わないといけないし。もしかしたら、二人とも死んじゃうかもしれないんだよ?」
桃子の脳裏で、レムリア王国で四肢をもがれ、なすすべもなく爆死する瞬間の光景や一瞬感じた痛みがフラッシュバックした。大親友の手前、何者かに体を乗っ取られて好戦的になりそうなのを、震える手に爪を立てて必死に抑える。
「アタシたちは死なないよ」
「え?」
「死なないんだ」
手に針が刺さるような痛みを忘れて呆気に取られる桃子を横目に、柊は話を続ける。
「アタシは戦争に巻き込まれて流れ弾を受けても偶然生きてた。桃子はトラックに轢かれて爆発もしたのに、こうしてアタシの隣に座っている。だから大丈夫。そうだろ?」
非現実的かつ根拠は全くない言葉だった。それでも、一点の不安の色も感じさせない顔で、柊は断言した。それを見た桃子の手では、震えが止んでいた。
「この車では、ここまでが限界です」
「どうも」
「ありがとうございました」
「行こう、桃子」
柊が先に車を出て、桃子が運転手に一礼をしてドアを閉める。運転手もそれに応じたが、桃子には見えていなかった。
運転手も、戦闘の様子は気にしつつ、後部座席での会話に冷や冷やと耳を澄ましていた。防音で外の音が一切聞こえないため、あまり集中する必要はなかったが、できるだけ雑音で二人の会話を妨げないようにハンドルの動きを最小限にとどめておいた。
「もし彼女たちに不測の事態が発生したら、ただちに睡眠ガスを車内で噴射し、絶対に外に出さず守り抜いてください」
オーロラに言われた命令を、運転手は刺された釘の先端を見つめるように、より目になって思い起こしていた。
運転手は、いざとなれば柊を桜威に乗せるのを全力で阻止しようと決意していた。
しかし、それを阻止することはなかった。柊の無根拠な言い分を、桃子と同じように信じようと決めたからだ。
(頼むよ、パスター。今は君たちに頼ることしかできないのだから……)
空から現れた桜威を背後に、車はフォーチュン施設へと帰っていった。
地に足を着けて立つ少女二人の頭上では、轟音を上げて鉄どうしがぶつかり合っていた。二人は腕を斜め下向きに伸ばして手を繋いだ。細い辺を2辺とした、逆向きの正三角形ができていた。
「覚悟はできてる?」
「うん」
「本当に乗るんだね?」
「当然」
予想通りの答えに、桃子は一切の動揺もなかった。桃子は小さく息を整える。
「——おいで、
空から桃色の物体が降る。何度も乗った機体のはずなのに、桃子は初めて桜威を見たような気がした。
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