非人道的と少女の決意

 戦闘が終わり、エンダーとプラズミはそれぞれ収容、桜威はどこかへ還っていった。暴れていた男たちを殺すことなく、縛した。

 パスターの面々はフォーチュン施設で話を聞くことになった。オーロラが会議室に座る。

「皆さま、ありがとうございました」

オーロラはまず、ゆっくりと頭を下げた。

「おい、桃子がいねえぞ」

トリムが話を遮った。会議室には、トリム、鬼電、オーロラとそのボディーガードのような人が数人しかいなかった。

「桃子さんは、別室でメンタルケアを行っています」

「桃子ちゃん、ずっと様子が変だったみたいだからね」

トリムがナーバスな気分になっていたのをいつの間にか立て直したが、桃子の気分がどんどん落ちて行っているのはプラズミたんが鬼電に教えていた。

「で、俺らを呼んだのは事件の話か?」

「そうです」

オーロラは一呼吸置いて言った。

「彼らは一般人で、何者かに、多額の金銭と共にガーディアンを貰ったらしいです」

「それが誰だかはわからないのか?」

「ラーフ帝国。もしかすると、デルス・ラーフ」

鬼電は天城博士との通信を思い出しながら言った。鬼電にとっては覚えにくい名前だが、なんとか言えた。オーロラの部下たちが動揺したようにざわつく。

「ご存じでしたか」

「デルス・ラーフって言やあ……」

 デルス・ラーフ。世界平和の妨げである独裁国家ラーフ帝国の皇帝である。ラーフ帝国の実権そのものはその義子であるアヴァリス・ラーフが握っているものの、二人の意見に相違があるせいで、デルス派とアヴァリス派の内部争いが起きているという。

 子に帝国の実権が渡った後は島流し的に研究室に籠って研究をやっているらしい。 と、トリムは傭兵時代に風の噂で聞いたことがあった。

「へー。知らなかった。僕は政治にも疎いから」

(こいつ、本当に科学しかできないんじゃないのか……? そういう俺は全教科ができないんだが)

「この時点でデルスとアヴァリスのどちらかと決めるには早いと思いますが。何か根拠はお持ちで?」

「天城博士が、『デルス・ラーフに一泡吹かせろ』みたいなこと言ってたので、そうかなーと」

「もう天城博士とお知り合いに!」

「一番賢いのが彼だと聞いたので」

「天城博士はデルス・ラーフと反目しあっているので、彼がそう言っているならそれで間違いないでしょうね」

「それこそ、さっき捕まえた男どもに聞いてみればいいんじゃないのか?」

「あ、尋問だったら僕とプラズミたんがやりたい!」

「え、ええ。いいですが……」

「俺はお前の好奇心の出どころがわからない」

案内します、とオーロラが先導する。その後を不細工なステップを踏む鬼電と、呆れた顔で鬼電を見るトリムが付いていった。


 夕方に暴れまくっていた男たちを収容している留置場に着いた後、鬼電は、スパゲティのような大量のコードの付いた機械をフォーチュンの研究所から持ってきていた。

「いったい何を始めるんだ?」

「電気椅子とか、非人道的な類のものでしたら認めませんよ」

「大丈夫です。至って単純なものですから!」

機械のコードの一部と鬼電のスマートフォンを接続した。画面には、プラズミたんが目をキラキラさせながらウキウキしていた。

「説明しまス! これから、被尋問者の脳波を測定して、本当か嘘かを判定してみようと思いまス!」

「ウソ発見機か!」

「鬼電さん、なんでもできるんですね!」

いやあ、それほどでもぉ~。と、鬼電は照れる。それを見たプラズミは小さく、ムッとした顔になる。

「これは初めての試みでスし、関連データも持ってないんでスけどネ!」

「あぁー。余計なことは言わないで……」

「……大丈夫なのか?」

「ネットから論文を拾ってくれば大丈夫だって!」

「論文を検索していまス……出ま……しタ」

「よし! じゃあ……」

「残念ながラ、有力な論文は全て英語で書かれている模様でス」

鬼電が英語を苦手としていることは、ほぼ周知の事実となっている。知らないのは、鬼電の両親だけのようなものだ。

 凍った空気を、鬼電がしたり顔で改善した。

「フフフ、こんなこともあろうかと」

「まさか、この状況を打開する方法が!?」

「僕が今から実験して、日本語で論文を作る!」

温め方が中途半端だったようで、ぬるま湯のような空気になった。



 フォーチュン施設の一部分、とある病室の前。

 桃子は不安な顔で、自分が桜威に乗った時の柊の非難の目——軽蔑ともとれる目を思い返していた。

 意を決して、片思いの相手に告白のメールを送るような、半ばヤケクソ気味に、柊のいる病室のドアを開けた。

 日が暮れて、電気と月明りだけの微かな光に照らされた部屋の中で、柊は眠っていた。眠っているように見えた。

「柊……」

医者からは、大した怪我ではないと聞いていたが、こうして静かに、寝息も立てずに眠っているのを見ると、実は重症で、命がどこか遠いところへ飛んで行っているのではないかと不安になってしまう。

 桃子は、柊の眠っているベッドにイスを寄せて、腰を掛ける。こっそり、柊に左手を両手で握る。その手は桃子の震えた手を温めてくれた。

 桃子は柊に話しかける。

「私、あの日から、何かがおかしくなってるんだ……」

柊は目を開かない。

「木の棒で男の人を殴ったことにしても、桜威を呼んだことにしても……。なんか、体が乗っ取られたみたいに、体が勝手に動くんだ」

「どうして、って。私にもわからない。わからないんだ……!」

桃子の握る柊の手が、桃子の手を握り返した——桃子にはそう思えた。

「怖い……。私、怖いよ……!」

桃子の目から涙が溢れて止まらなくなった。

 泣き疲れて、柊のベッドにふさぎ込むように寝てしまった桃子を、月光と柊の手がゆっくりと落ち着かせた。



 一方、壮大な実験が始まった留置場。

 男たちの体に電極を貼り、本当のことを言っている時と嘘をついている時の電波信号の違いや相関を読み取ろうとした。

 椅子に拘束されたまま男たちの肌にペタペタとコードに繋がった電極が貼られる光景はシュールなものだった。映画で見るようなチューブを沢山つないだガスマスク男のようになっていた。

「なんか、すごい光景になってきたな」

「天城博士に劣らず、常軌を逸した方ですね」

オーロラが褒め言葉ともけなし言葉ともとれる発言をすると、

「その博士はどんな奴なんだ」

トリムは天城博士をとんでもない悪人相のイメージで思い浮かべていた。

「そこ! 僕を天城博士と一緒にしない!」

「……相当ヤバい博士のようだな」

 作業がひと段落つき、尋問に入った。脳波については鬼電のスマートフォンに記録され、自動で比較処理を行えるようにした。

「ガーディアンは誰に渡された?」

「……」

「測定不能」

「言い方を変えよう。デルス・ラーフに貰った?」

「……」

「測定不能」

「おい、これ、大丈夫なのか?」

「心配ありまセン」

「じゃあ、デルス・ラーフに貰った? 『はい』なら無言、『いいえ』なら声を出して」

「……」

「測定されました。このパターンをAパターンとします」

「次、あなたたち以外にもまだ貰っている人はいる? 『はい』なら無言、『いいえ』なら発声」

「いない」

「Aパターンと異なる脳波が測定されました。これをBパターンとします」

鬼電は無性に笑っているが、自分では気づいていない。

「ふへへ。残党は4人くらい?」

「こんなことをする意味はないな! なぜなら、あのガーディアンがあるんだからな!」

「Aパターン」

 ——この問答が30分ほど続いた。

 Aパターンはデルス・ラーフからガーディアンを貰い、4人の男以外にも残党が残っていて、強いガーディアンを持っている人が一人いるとなる。

 Bパターンはデルス・ラーフ以外からガーディアンを貰い、残党がおらず、ハッタリをかましているだけとなる。

「——で、どっちのパターンが本当なんだ?」

「これからわかるよ」

 鬼電は鼻の下を伸ばしながら、スマートフォンを操作し始めた。端末内に保存されている画像を表示するアプリを開いていた。

 画面に、プラズミたんがいかがわしい姿をしている絵が表示された。その画面を男たちに見せつける。

 男たちは不覚にも画面にくぎ付けになった。

「プラズミたんに正直興奮した! 『はい』なら無言、『いいえ』なら発声!」

「してるわけないだろ!」

「Bパターンです。いやーん。うっふーん」

「はい。Bは嘘だから、Aパターンが本当。もう一回戦闘があるよ」

鬼電は決まり顔で結論を出したが、トリムは片手で頭を抱え、オーロラは引きつった笑顔のまま冷や汗を滝のように流していた。

「まあ、その。なんだ……」

トリムは呆れて重い口を開く。

「お前、相当な闇を持ってるな」



 日差しが入る病室で、警報が鳴った。

 飛び起きた桃子は、柊が優しく柔らかな顔で桃子を見ていることに気が付いた。警報にも、特に驚きを感じている様子ではなかった。

「お、起きてたんだ」

「アタシのセリフ」

二人の頭上では警報がけたたましく響いている。桃子は、ゆっくりと立ち上がる。

「……私、行かなきゃ」

「桃子」

「柊! 私は……!」

「大丈夫。昨日の夜、全部聞いたから」

「聞いてたの……?」

「桃子にも桃子の事情があるんだと思う。けど、これ以上、アタシの好きな人が争いで死ぬのは見たくない。だからアタシは桃子に戦ってほしくない」

「わかってるよ……」

「それでも、行くの?」

「行くよ。行かなくちゃいけないんだ」

「そっか……」

病室を後にしようとする桃子の腕を柊が掴む。前日の夕方、桜威に乗る桃子の腕を掴んだように。

「……今度こそ、離さないよ」

「柊……!」

「一つ、お願いがある」

桃子は柊の言葉を黙って待った。


「——アタシも、桜威に乗せてくれ」


 桃子は頭上で鳴る警報が止んだ——ように感じた。

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