非常と非情

 フォーチュン施設から二機のガーディアンが出撃した。トリムが先行して鬼電が後から追いかける。

 というより、プラズミが鈍足すぎるうえにエンダーが速すぎるため、無理に合わせようとしないと絶対に足並みが揃うことがない。

「ちょっと、速いって!」

「お前らが遅いんだよ!」

「桜威の反応が現れましタ」

エンダーのすぐ近くの空から、虹色の空間が現れていた。

 その空間の中には、薄い黄色と真っ白の背景に、グミやビー玉のような、カラフルな物体がフワフワと浮いている。

 空には、雲をハサミで切って、その穴を強引にこじ開けたような空間が広がっている。桜威が落下した後、その空間はファスナーを閉じるように消えていった。

「プラズミたん! あの空のやつ、何!」

「あの空間の中には、レムリア王国の大気の成分が混じっているようでス」

「レムリア王国と繋がってるってことか」

「すげー! あれ使えば巨大転送ビーム砲とかできるんじゃないの!」

「よくもあんな非現実的なモノを見て驚かないな」

「僕は科学的に気になるからね。当事者だったら意味不明すぎて発狂してる」

エンダーのレーダーが桜威以外の敵ガーディアン4機を感知した。ミサイルが爆発する音がした。

「始まったか」

「桜威はまだ戦闘に入っていない模様でス」

「どんな状況なの?」

 プラズミたんは数秒間、レーダー処理を行うために言語機能を停止した。

「桃子さん以外に、もう一人の生体反応がありまス。戦場から逃げているようでス」

「フォーチュンの車両を呼んで保護してもらおう」

「了解、こちらから連絡しておきまス……完了しましタ」

「ありがとー」

 トリムと鬼電は、目標のガーディアンを目視できるところまで到着した。

「戦場へ突入しましタ。戦闘モードを起動します」

 戦場は、4機のガーディアンと桜威が睨みあう状態だった。

「桃子は大丈夫なのか? 家が近いんだろ?」

プラズミたんは、しばらく悩む素振りを見せて、返事をする。

「桜威の耐久そのものはおおむね良好でス。ですが──」

「桃子サンの精神状況は、限りなく最悪に近いでス」

プラズミのモニターには、人間の体のデフォルメ図が表示され、薄い黄色の全身が、頭から青色へと変わっていく。

「桃子ちゃん、何かあったのかな?」

「ったく。敵前でナーバスになってるやつがあるか」

「さっき逃げてた子が関係してるのかな?」

「それはわかりまセン」

モニターに、もう1つ人間の体が表示された。その図も、黄色から青色へ染まっていった。

「ちなみにでスが、トリムサンの精神状態もあまり良くないでス」

「!? おい!」

「トリムまで何かあったの!?」


 トリムは、相手が悪人であろうと人を殺すことができない。

 トリムがフォーチュンに入隊したのは奈落獣を倒すためであって、人を殺すつもりはなかった。

 だが、蓋を開けてみれば、早速、人と戦うハメに遭っている。

(俺のバックボーンについてオーロラに言ってなかったのも悪いんだが……)

 闘技場では、相手に殺されることがないから相手を殺すことがないという信頼の土台があったが、今、目の前にいるガーディアンたちは命がけでトリムを殺しにくるだろう。

(そんな相手に、生半可な気持ちで向かって、俺は生き残ることができるのか……?)

 プラズミたんの言うとおり、トリムは戦うことに対し密かな恐怖を覚えていた。


 悩み貫いて返事を返されない鬼電は、両手を使って両こめかみを押さえる。

「これ、僕一人でなんとかするってんじゃないよね……?」

「無きにしもあらずでス」

「キレちゃいそう」

コックピットに、さらに人間の体が表示された。その図は、黄色から赤色へ染まっていった。

「あ、これ僕の精神状態の棒のやつ?」

測定値図でス、とプラズミたんは言う。 

「いえ……これはでスね……」

鬼電のコックピットの一部で、物凄い悪人相の男の顔が現れた。

「電話繋がりましタ」

「え、どこから?」

「天城ロボット研究所でス」

「あ」

言うまでもなく、天城博士のロボット研究所である。そうなれば、その電話相手も、表示されている人間の体の精神状況も、誰のものなのかは察しがついた。

「聞こえているか」

「はい」

「貴様たちの前に、4機のガーディアンがいるな」

「え、はい」

厳密に言えばエンダー桜威合わせて6機ですが、とは言わない。

「あれはラーフ帝国のガーディアンだ」

「そうなんですか」

今、その情報要ります? とは聞かない。

「殺せ」

「はい?」

「ラーフのポンコツロボットなんぞ恐るるに足らん! パイロットごと捻り潰せ!」

「えぇ……?」

「さすがの私もドン引きを禁じえないでス」

天才博士はささやかな反抗を完全に無視して話を続ける。

「デルス・ラーフに貴様らのポンコツロボの力を存分に思い知らせるがいい! ムハハハ!」

ガチャッ! ポンコツたちを置いてけぼりにしたまま電話が切れる。

「あれ、僕、今ポンコツって言われなかった?」

「私は完全にアンポンタンなアンドロイドって言われましタ」

 AIが人工知能で、Androidが人造人間。プラズミたんは人間としての実体がないのでアンドロイドとは呼べないのだが、鬼電は日本語にしてくれないとわからないので適当に相槌を打った。

 ちなみに、プラズミたんは日英訳を記録していたので、辛うじてその違いについては理解できていた。

(よし、これで私も人造人間でス……!)

「何か言った?」

「何モ」


 フォーチュンが来たとみて敵が名乗りを上げているが、トリムにも通信が入っていた。先ほどコテンパンにやられた老兵からだった。

「主……人を殺めるのが、怖いんじゃろう」

「俺に人を殺せとでも言うのか」

「そう結論を焦るな」

「だったら何だ!」

「人を殺めずに彼らを鎮圧する方法なんて、とっくに検討がついておろうが」

老兵の言う通り、トリムにもその方法はわかっていた。

 ——パイロットに直接当たらないように、ガーディアンを破壊すればいいだけなのだから。

「……」

「主には足りぬもの……いくつもあるが、その中でも足りないものが一つある」

「速さは足りてるが。……何だ」

「自信じゃよ。逆に言えば、主には速さ以外何も残っとらん」

「何だと」

「主は一人で戦おうとしている。何のためにサンダーボルト神鬼や桃子と出会ったのか。何のために『パスター』が結成されたのか、よく考えてみることじゃな」

トリムが言い返す間もなく、電話が切れてしまった。

(何のために……?)

トリムは理解できそうにはなったが、今のトリムがその真意を全て計るには少し早かった。だが、ここではそれで充分だった。

「要するに、パスターを信じて殴ればいいって事だなぁ!」

 パスターの面子がいれば手加減しても殺されることはない。

 トリムはそう信じることにした。


 一機の敵ガーディアン(A)の顔面にエンダーの拳がめり込んだ。

 不意の攻撃を食らったガーディアンAは後ろ方向に倒れるが、行動不能には至ってないようだ。

 桜威も、挙動不審な動きでソードを構える。

「頼むから早く終わって……!」

桃子は震えた手で操縦するも、その剣はどのガーディアンにもかすりすらしなかった。

「桃子サン、前日と比べて戦闘能力が落ちている模様でス」

「運が悪かっただけであって欲しいなあ」

「敵の攻撃が開始されまス。注意してくだサイ」

 敵の注意は、彼らから近いエンダーと桜威に向いていた。それぞれを2機のガーディアンが襲う。

 トリムは敵のミサイルやビームを、ビルの残骸を投げたり身を隠したりして回避した。桃子は辛うじて敵のマシンガンをステップで回避したが、逃げた先に発射されたミサイルの爆風に巻き込まれてしまった。

「熱っつ……!」

桃子は背中をさする。

「こっちができるだけフォローするから、体調が悪いなら後方支援に回っても大丈夫だ!」

「ううん、大丈夫……!」

その声には震えも混じっていた。大丈夫ではないのはプラズミたんでなくとも十分にわかった。

「プラズミたん、トリムの言うとおり、できるだけ桜威のフォローに回ろう」

「了解しましタ。敵が密集しているので、『サンダーボンバー』の使用が推奨されまス」

「サンダーボンバーかぁ。エネルギーの消費が激しいけど、仕方ないか」

「戦闘時間の大幅な短縮が期待できまス。あと、パイロットは殺しまスか?」

「博士が何と言ってても、殺すわけにはいかないでしょ」

「了解でス。不殺の調整、完了しましタ」

「じゃあいこうかな。プラズミのー! サンダー! ボンバー!」

 プラズミの胸部装甲が左右にずれて、そこから避雷針のような、ガーディアンの大きさに対してはあまり大きくない鉄の棒が数本出てきた。そこから、ブチブチと電気の音とともに、大きな稲妻がその周囲を巡り始めた。

「充電、完了でス!」

「発射ー!」

「あ、鬼電サンのロックが不適切だったので、こちらで修正しておきましタ」

「不適切って言われると微妙な気分になるなあ」

ともかく、サンダーボンバーは敵ガーディアン全てに命中した。エンダーに殴られたガーディアンAは、殴られた部分の回線に大量の電流が流れて機体がショートして、操作を受け付けなくなった。

 他のガーディアンも、全壊とは言わずとも半壊のところまではきていた。

「勢い余って殺すんじゃねえぞ!」

エンダーはガーディアンBに近付いた。その手は、コックピットをしっかりと握って、回線をちぎってコックピットとガーディアンを無理やり引きはがした。はがれたコックピットは危なくない地面に置いた。

「すげー。モツ抜いてる」

「見た目は悪いですが、それなりに効率的であるといえまス」

 桃子も、電気で動きが鈍っている敵相手には攻撃を与えられた。ソードを持った桜威が、ぎこちない動きでなんとかガーディアンCの上下を切り離した。

 最後に残ったガーディアンDはブレードで桜威に攻撃しようとするが、切り払うようにして防いだ。その後ろからエンダーが高速で近付く。

「終わりだ!」

エンダーがガーディアンDの胴体部分を蹴り飛ばした。こうして、全ての敵ガーディアンの動きが止まった。

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