非難と避難

 桃子の同級生、柊が現場に着いた頃には、動いている二機と、機体を降りて暴虐の限りを尽くす男二人によって秩序を失った空間に生まれ変わっていた。

 頭上で騒ぎ声をあげながら建造物を破壊してまわる二機は、ホテルや豪邸など、金持ちの風格が出ていそうな建物を優先に狙っているようだった。地上で武器を振り回す男たちは、金品を強奪し、人々へ好き勝手暴力を働く。彼らは、柊から見れば嫌悪の対象でしかなかった。

 柊は元々、争うことは好まなかった。彼女は、ラーフ帝国と連邦で戦争が起きた際、柊の両親はガーディアンでの戦闘の流れ弾に当たって亡くなっていた。それ以降、柊は争いを憎むようになった。柊の過去は桃子も知っていた。桃子がフォーチュンに入隊することに柊が難色を示していたのはこれが原因である。

 そんな柊は、思わず暴れ回る男たちの前に立ちふさがっていた。

「やめろ!」

「なんだぁお前は!」

「どうしてこんな酷いことができる!」

「金のためだよ! 邪魔するんじゃねえ!」

男は、その足元に転がっていた鉄パイプを拾って、柊の元へ駆ける。

 柊は何か武道を習っているわけでもなく、超能力を持っているわけでもなく、抵抗する術を持ち合わせていなかった。だが、このまま殴り殺されても彼女は後悔しないつもりでいた。

 そして、男を威嚇する目をした彼女の脳天に鉄パイプが振り下ろされ——


「消ええええええエエエエエエー!」


少女の叫び声が聞こえたと柊が認識した瞬間、鉄パイプを持った男の体が突然の字に曲がり、そのまま横方向に吹っ飛んだ。男がもともと居た位置には、見覚えのある少女が立っていた。

 だが、その少女は柊が知っている少女とは違っているように見えた。

「桃子……?」

桃子が発した叫び声にしてもそうだが、ただの叫び声というよりは、剣道の選手が発するような、凛々しく雄々しい、威厳にあふれた声だった。柊の素人目にも、桃子の体と魂と桃子が持っている木片が一つの体になっているような感覚をもたらした。

 桃子の纏う風格も、いつもとは違うものであった。普通の桃子も、ふざけていたり落ち込んでいる時でない限りは背筋をピンと伸ばして清楚な雰囲気を醸し出していた。

 だが、今、柊の目の前で木片を構える桃子は、それとはかなりかけ離れていた。背を立てるのはもちろん、木片を支える両腕は力まず緩まず、細流の静けさと滝の力強さが両立している佇まいだった。

(こいつは、桃子とは違う……!)

柊が警戒するが、桃子はそれに気づくと極めて普通に、ように、話しかけた。

「柊、大丈夫? 何かされなかった?」

いつもと違う、女子高生が出せるものではない凄みすら溢れている桃子が、焦った顔で質問攻めにしてくるものだから、柊は当惑して言った。

「アタシよりは、桃子のほうが何かされてるんじゃないの?」


 ——桃子自身、男が柊に殴りかかるのが見えてからの動きが、自分の動きとは思えないほどの動きをしていることはなんとなく感じていた。

 肩を上下させながら現場に到着した桃子の耳に、柊の声が聞こえた。その方を向くと、柊が男たちに憤りをぶつけているのが見えた。まずいと思って道端にたまたま落ちていた工事用のような40センチほどの木片を拾う。男が鉄パイプを持って、今にも走り出しそうなのが見えたのはこの時だった。

 その後は、体が勝手に動いていた。自分でも出したことのない大声が出て、男に近付いたと思ったら、木片を握る手にゴムボールのような感触を感じた。前方に意識を向けると腰に木片が当たった男が吹っ飛んでいた。

「アタシよりは、桃子のほうが何かされてるんじゃないの?」

「うん。自分でもびっくりしてる……!」

言葉の通り、桃子は驚愕したまま思考停止に陥りかけていた。何かが憑依したような動きに、桃子自身が極度の集中状態ゾーンにでも入ったのかと思った。


 桃子の視界の隅で、鉄パイプを離し、手を脇腹に添えたまま蠢いているのが見えた。その向こうで、彼女らに銃を発砲する男の姿があった。

「このアマ!」

「桃子、危ない!」

「……!」

 バン、バン。と、2回の銃声が砂煙の上がった空に響く。

 そのコンマ数秒後に、メキィメキィ、と木製バットで野球ボールを打つような音も負けじと響いた。

「桃……子……?」

傷一つ付いてない桃子の後ろから、傷一つ付いてない柊が話しかける。

「フゥー……」

 桃子は口を大きくOオーの形に開いて、息を吹いた。

 ——その手に握った木片には、銃弾が2つ、めりこんでいた。

「な……なんだこの女! ヤベエぞ!」

「ガーディアンに乗って踏みつぶせ!」

男たちはそれぞれのガーディアンに帰り、早速、桃子たちに向かってビームを撃った。桃子は至って冷静に、屈んで祈りのポーズをする。

「いかなる理由があろうとも……」

「友に手をかけようとした汝らをゆるすわけにはいかない!」

「——我らを守れ、桜威さくらおどしっ!」

ビームと桃子たちの間に、ピンク色の機体が降ってくる。その機体は巨大かつ半透明な桃色のバリアを形成し、ビームを弾き飛ばし、そのままビームは霧散した。

 桜威に乗ろうとする桃子の腕を柊が掴む。

 ハッと、突然我に返った桃子が驚いて振り向くと、柊が真剣な目で桃子の目を見た。柊の強い眼差しは何かを訴えていた。

「……」

柊は無言だった。桃子は自分で自分が何をしたのかわからなくて、たじろいでしまう。

 ミサイルが桜威のバリアに衝突し、爆風が舞う。その衝撃で、二人を繋げる手は離れてしまった。

「柊っ!」

桃子が叫ぶが、桜威が爆風で吹き飛んだ桃子をコックピットへ押し込んだ。

「勝手に動かないで!」

桃子は桜威のアームを叩くが、桜威はお構い無しに動く。

 コックピットに着席した桃子は真っ先に柊の姿を確認した。ちょっとしたケガはあるようだったが、逃げるのに差し支えはなさそうだった。

「柊! ここは私がなんとかするから逃げて!」

桃子の声に、柊は寂しそうな顔をして走って逃げていく。逃げるために後ろを振り返る一瞬、柊が桃子を非難するような目をしていたのを桃子も気付いた。

 柊は両親をガーディアン同士の争いのせいで失っている。

 どんな理由であれ毎日のように争う人々のことを柊が憎んでいるのを桃子は知っているし、桜威に乗って戦おうとしている今の桃子が柊の目にどう映っているかも想像ができている。

 心では、柊のために戦闘を放棄してでも桜威を降りたいのに、身体がそれを拒んでいるみたいだった。

(私、どうしちゃったんだろう)

無意識に超人的な動きをしてしまったり、柊と一緒に逃げるという選択肢を無視してガーディアンと戦おうとしてみたり。いつもの自分とは能力も思考回路も何もかもが違うことは自分でもわかっていた。


 桃子は震える右手を、同じように震えている左手で無理やりに押さえる。

 もちろん、そんなもので全身に渦巻く不快な震えが収まることはなかった。

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