変わらない日常、変わりえる日常

 自室でスマートフォンを弄っていた桃子だが、外で聞こえた爆発音と、それの何秒か後に震えるスマートフォンに背を正す。その手にフォーチュンの記章を握って、階段を下りていく。

 フォーチュンの隊員は、服のどこかにフォーチュンの記章を着けなければならない。何らかの事情があったり、パイロットスーツを着ている場合などは例外になるが、桃子は制服を着ていくことにした。

「行ってきます」

桃子は小さく声を出した。返事はない。

 桃子の両親たちは、桃子が日まではこの家に住んでいたが、あの日桃子が事故で失踪した後、生きる希望子供を失って、母方の実家へ帰っていた。

 ちなみに、桃子がフォーチュンに入隊した際に、フォーチュンから生存報告と入隊通知を送った。桃子が生きていることを知った彼女らには活力が芽生えたものの、不摂生な生活に体調を崩したため、もうしばらくの間は実家で安静することになった。

 桃子が謝罪の電話をかけると、彼女らは号泣した。フォーチュンに入隊することについても、生きてくれていたらそれでいい、と反対もしなかった。

 桃子はオーロラの支持を受ける。

「フォーチュン施設には来なくて結構ですので、現場へ急行して、必要であればガーディアンを呼んでください」

「必要な時って?」

常識で考えればわかることではあったが、念には念を入れて聞いてみる。

 すると、

「呼ばなければならないのは、相手がガーディアンに乗った時。反対に、絶対に呼んではならないのは、相手に刺激を与えてはならない時です」

と、オーロラは答えた。言われてみれば当然な話ではあるが、若さゆえに判断能力の乏しい桃子にとって、これほど単純明快な指針はありがたかった。

「わかりました」

「既に他のパスターの皆様には出撃してもらっていますゆえ。健闘を祈ります」

「了解!」

 桃子は愛用の自転車に乗ろうとした……が、トラックに衝突して、折り畳み式自転車のように|へしゃげて≪潰れて≫小さくなっている塊しか残されていなかった。

「……」

桃子は数秒間、長年慣れ親しんできた自転車"だったもの"に向かって手を合わせた。すぐチェーンは外れるわタイヤはすぐパンクするわで、愛着という愛着はあまり感じていなかったが、失ってみると、なぜか悲しくなってしまった。

「ありがとう。ごめんね」

そう言い残し、彼女は爆発の現場まで走って行った。彼女は、現場に近づけば近づくほど、その第六感に不吉を積もらせ始めていた。


 フォーチュン施設では、老兵の言葉の真意を量り損ねていたトリムひたすらジムでトレーニングをしていて、鬼電は天城博士から借りた本を開きながら微睡んでいた。

 そんな二人の頭上でけたたましく耳をつんざく警報器に、思わず耳を両手で塞いだ。

「なんだってんだ一体?」

「有事の時に鳴るんだよ!」

「ってことは、有事なのか」

「なになに……? 不法ガーディアンが出現、無茶苦茶をして暴れている模様」

近くにいた男が新人であるトリムに状況を教えてくれたおかげで、トリムも先の展開を把握しやすかった。

「パスターの、トリムさん、鬼電さん! 至急、発進の準備をお願いします!」

「やっぱりな」

「あんたが新人のトリムだったのか。見たことあるけど見ない顔だなとは思っていたが、失礼した」

「気にしなくていい。こっちこそ、助かった」

「どうも。フォーチュンとしての初仕事、頑張ってこいよ」

「期待して待っていろ。

トリムは全力疾走で出撃ターミナルへと向かう。その後ろ姿を見終わった先輩は、照れくさそうに缶コーヒーを口にした。


 警報器の音は、特に鬼電にとってはまさしく寝耳に水であり、ベッドでのたうち回りながら飛び起きることとなった。スマートフォンの電源を入れると、プラズミたんが1つの監視カメラ映像を用意していた。

「これは?」

「不正なガーディアンが出現した場所の映像でス」

 爆発でもあったのだろうか。地面は球状にえぐれ、その周囲の家の半身が黒く焦げ上がっていた。そして、映っているガーディアンは好き放題、家を倒したり踏みつけてペシャンコにして遊んでいるように見えた。逃げ惑う人々を弄んだりしていて、鬼電の目には凄惨な光景としか映らなかった。

「ひでぇな。こいつら」

鬼電は着替えながらも、若干の怒りの目を画面から離さず集中して見ていた。

「ガーディアンの数は4体でスが、その特徴からして、オリジナルとは考えにくいでス」

それらのガーディアンは全て似通っていた。というより、全てのパーツが等しく合同であったため、量産型と見て間違いない。鬼電は言った。プラズミたんもそれに同意した。

「量産型を作れて、こんな暴走行為を行えるところと言えば、あそこしかなさそうだが」

「いえ。どうも、搭乗者は一般人なようでス」

「はぁ? 一般人?」

鬼電は、一般人がどうして……と言おうとしたが、着替え終えたので一旦キリを付けて出撃ターミナルへ急ぐことにした。


 鈍足な鬼電がターミナルに着いた頃には、トリムは両腕を組んで早歩きでホームの中をぐるぐるしていた。走ってくる鬼電に気がつくと、トリムはグルグルと吠えた。

「遅すぎるっ! 待ってる間にシャワーが浴びられた!」

と、トリムは走ってエンダーに乗り込んだ。

「えっ。まだ走るの」

「彼なら走ると思っていましタ」

「……コックピット、ここまで飛ばして?」

「メンドクサイデス」

と言いつつ、鬼電は飛んできたプラズミのコックピットに吸い込まれた。

「鈍足をフォローする機能、悪くないな。気に入った」

「早けりゃなんでもいいのかな……?」

「何か言ったか?」

「えーっと……」

「トリムさん、鬼電さん。聞こえていますか」

話を反らそうと口ごもる鬼電を、オーロラが偶然にもフォローした。

「聞いているかもしれませんが、不正に入手されたと思われるガーディアンがB市の町中に出現、破壊行為を続けています。一般人のようですが、テロリストかどうかは不明。機体の破壊は可ですが、出来るだけ不殺傷での解決を望みます。」

「不殺傷ってどうやるの……」

「今回はオーバーキルとかしなけりゃ、勝手に逃げてくれるんじゃねえか? たぶん」

「お、オーヴァー……切る?」

小声でモゾモゾと繰り返す英語ぎらい鬼電をそっちのけで、オーロラは続ける。というより、この通信はオーロラから二人への一方通行だが、二人ともそれに気づかなかった。唯一気づいていたプラズミたんも、指示と被ってはいけないと思考して黙っていた。

「ま、まあいいや。それで、プラズミたん、現場はどこ市って言ってたっけ?」

「場所はB市。ビー市で……桃子サン宅の付近でス」

「女子供が単身乗り込むのは危険だ。急ぐべきだな」

と言った頃には、トリムは既に出撃していた。鬼電も、そんなトリムに軽い文句を言いつつ、あたふたと発進する。

「──桃子ちゃんの家の付近、か。友達か誰かが巻き込まれてなきゃいいけど……」

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