非日常と非日曜
鬼電は、部屋にこもりきりで持参のパソコンのキーボードを叩いていた。
画面には、プラズミたんを構成するプログラムが表示されていた。その文字は、時間が経つにつれ何行と増えていく。文字だらけで気が滅入りそうな参考書を机に立て掛け、それを片目に作業をする。
鬼電は、プラズミのコックピット内で格機体の損傷率を表示するプログラムを作っていた。プラズミたんが格機の損傷率を話している間に戦況が変わっていることもあるからだ。
「鬼電サン。その記述だと、エラーが発生しまス」
「どこがダメなんだろう?」
「自分で探してくだサイ」
「めんどくさー!」
鬼電はエンターキーをパチンと叩き、途中まで書いたプログラムを保存して、エディターを終了した。ウィンドウを閉じると、3Dプロジェクターについて紹介しているサイトが表示された。
「なんですかコレ?」
プラズミたんが、画面の下端からスイッと現れ、表示されているプロジェクターの画像をアホ面で見ている。
「プラズミたんを画面から飛び出させたくて」
サイト内の説明文を要約すると、その3Dプロジェクターは、空気中に光の粒子を放出して、まるで本人が目の前にいるような映像を出力することが可能であるという。
平たく言えば、ホログラムである。
彼は、その機械を購入して、プラズミたんをリアル世界に表示しようと考えた。そのために、数万円というお金で3Dプロジェクターを購入した。それ以降、毎日のように公式サイトをチェックしているのだが、発送はおろか、めっきり音沙汰もなくなってしまっていた。
「やっぱり、何の更新もされてないなー……」
「私も、興味が出てきましタ。検索してみますヨ」
プラズミたんはしばらくの間、無言を貫いた。インスタントラーメンができるのを待つように待っていた鬼電だが、何も言わないので、痺れを切らして聞いた。
「何か出てきた?」
「鬼電サン」
「なに?」
「大変申し上げにくいんでスけど……」
「……」
鬼電はだいたいを察した。だが、固唾に一抹の期待を込めて飲み込んだ。
「詐欺です」
「やっぱりかあ!」
鬼電は机に頭を伏せる。ヤケクソに勢いをつけたために頭に鈍痛が走った。机はひんやりと鬼電の頭を冷やす。
そして、冷静になった鬼電の脳味噌に、とても冷静とは思えない発想が生まれた。
「どうしまス? 鬼電さん? 通報してみましょうか?」
「自分で作ろう」
「何をでスか」
「3Dプロジェクターを。僕が作ってみせるよ」
「正気でスか」
「無理かどうかはやろうとしてみてから決めればいいんだ。幸い、僕たちはフォーチュンの隊員だ。優秀で経験も豊富な研究員もいると思うし、フォーチュンの技術を応用して作れないか、オーロラさんに聞いてみよう」
「アノ、奈落獣誤認バグのほうは……?」
「見てみたけど、無理! わからない!」
「そうでスか
プラズミたんは呆れた目で三次元世界の鬼電を見る。鬼電は、そこらに散っていた紙の中からB5サイズの一枚をつまみ上げて、いそいそと何かを書き始めた。
「よし、プラズミたん3D化プロジェクター、始動ー!」
「オ、おー!」
バン! と効果音を付けて、鬼電がインクペンで『プラズミたん3B化プロジェクター!』と書かれた紙を頭上に掲げた。画面内のプラズミたんは右腕を上げて、ピョンピョンと跳ねる。プロジェクトを楽しみにしたプラズミたんは『D』と『B』を書き間違えていることに気が付かなかった。
「よし、じゃあ……」
鬼電は一呼吸おいた。
「プラズミたんよプラズミたん、画面に映っているプラズミたんよ。フォーチュンの中で、誰が一番賢いの?」
プラズミたんは答える。
「鬼電サン、この部屋の中ではあなたが一番賢いでス」
「僕しかいないからね」
「でスが、
「プラズミたん。毒_作り方、で検索して」
「リンゴなら食堂にあるみたいでス。食堂への経路を作成しましょうカ?」
「いや、ごめん。冗談だよ」
「冗談は難しいでス」
「
「了解しましタ。
部屋のどこかから、プリンター特有の、ガガーという音が鳴る。鬼電はその音に驚いて振り向いた。
「この部屋、印刷機もあるのか」
「鬼電サンのお父サマが置いて行ったようでス」
鬼電は席を立ち、部屋の隅に置かれていたプリンターから吐き出された紙を受け取る。紙には、フォーチュン施設内の地図に、矢印が引かれてあった。
「よし、ものは試し、行ってみよう!」
鬼電はスマートフォンを持ち、
鬼電は、迷子になることもなく、無事に研究室の前までたどり着けた。
部屋へ聞き耳を立ててみると、男がガミガミ怒鳴る声が聞こえた。鬼電は後ずさる。鬼電が引き返そうとしたところで、プラズミたんが声を出す。
「この
「ヤバい人?」
「ヤバいでス……あっ」
「どうしたの?」
スマートフォンの画面内のプラズミたんは、鬼電の後方を指した。ゆっくりと振り向く。
目の前には、白髪に悪人相の、明らかに"ヤバい人"がどっしりと構えていた。
「誰をヤバい人と呼んだのだ?」
「天城博士、アナタでス」
「あっ! バカ!」
プラズミたんの声を聞いて、鬼電の握っているスマートフォンで動くプラズミたんを見た天城博士は、ニヤリと笑って、研究室へと引き返した。
「来るがいい」
「適当でいいから、至急、遺書を書いて」
「その必要はない」
まるで、鬼電がこれから何を相談するのか知っている風な口ぶりだった。
研究室へ入ると、白衣を着た人々がアワアワと作業をしていた。天城博士は部屋の奥へと歩きながら檄を飛ばした。鬼電は黙ってついていった。信頼したわけではなく、恐怖と緊張による閉口だった。
「貴様が、あのスーパーロボットの開発者か」
「そうです」
「個人でアレを作りあげたなら、なかなかの見込みがあるかもしれん」
「え……え?」
研究員と同じように怒られると思っていた鬼電は、予想外の言葉に素っ頓狂な声を漏らす。
「おそらく、褒められてまス」
「あ、ありがとうございます?」
「まだ改善点を挙げるにキリがなく、おまけに設計ミスに平凡な鋼材と未熟な操縦者。全体的に言えば駄作以下だがな」
凡作以下という言葉にカチンときて、言い返しそうになったが、製作者である鬼電が戦闘するまで気が付かなかった設計ミスをたった一度で見抜かれたことに気付いて、静かにしておいた。
——余計な口答えをして怒られたくなかったのもある。
「だが、その人工知能のこともある。鍛えれば、"あれ"以上のガーディアンを造り得るやもしれぬ」
("あれ"?)
「それで、何の用事で来た」
「実は……」
鬼電は、プラズミたんをホログラムにして三次元に表示したいという計画を話した。不純半分な動機で怒られないが、天城博士は以外にも乗り気だった。
「なるほど……」
「どうですか?」
天城博士は、腕組みをしながら何秒か固まって、
「作ったことはないが、不可能ではないだろう。……これを読んで、自ら考えて作ってみろ」
と、何冊かの分厚い本を鬼電に渡した。
「ありがとうございます」
「わからないところだけを聞け。貴様でもわかる範囲のことを聞いたら……」
博士はそれ以上言わなかった。鬼電はゆっくりと頷く。
「わかりました。頑張ってみます」
「貴様の努力などどうでもいい。絶対に作りあげろ」
もう言うことがないのか、天城博士は再び怒鳴り声を上げ始めた。
鬼電は博士にお辞儀をして、部屋を去った。
「はあ。今度からは経歴も調べてから言ってね、プラズミたん」
「わかりましタ」
鬼電は自分の部屋に帰り、ベッドに転びながら本をペラペラとめくった。
鬼電には、しばらくダラダラする時間はなくなった。
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