非日常と老兵

 草木1本、建物1つすらない荒地を、ガーディアンが音速を超えそうなスピードで飛ぶ。コックピットから見える風景は、その中心を除けば全てが線と化していた。

 音速のガーディアンは、その斜め上空で直立しているガーディアンに向けて拳を構える。直立のガーディアンの真下に位置したところで、垂直に上昇する。直立のガーディアンは、不動としてブレードを構えるだけであった。

「おらぁっ!」

トリムは叫ぶ。

「甘いな」

トリムよりも老けた声は、冷静に答えた。

 真下から迫る拳を、直立のガーディアンは最小限、当たらないギリギリのところで避けて、その顔面に踵を落とす。これで、コックピットのカメラ左端が黒に染まった。

 ——もっとも、ガーディアンの足を前に出しただけで、トリムのガーディアンが当たりに行っただけなのだが。

「ぐぉっ」

バランスを崩したトリムのガーディアンは、超スピードのまま操作を誤って暴走することを恐れてスピードを落とす。その時になって、直立のガーディアンがようやく動いた。右手にはバズーカ、左手にはブレードを構え、それはトリムに向かって直進してきた。

 相手が動いたのが見えて、音速のガーディアンは大きく後ろへ飛んだ。

 その先、トリムから見て左後ろからバズーカが飛んできていたが、コックピットに映らないものに気付くわけがなかった。爆発によって、左腕部分は完全に破壊される。

「いつの間に!」

「今じゃ!」

うろたえるトリムのガーディアンは、真後ろからブレードに貫かれた。


 トリムが息を飲んだ瞬間。

『ゲームセット』

 トリムの頭上で機械音声が鳴る。画面が消灯する代わりに、コックピットに座るトリムの後ろからささやかな光がさしこんだ。

 トリムはコックピットから出る。そこは、さまざまな機械が置かれている部屋であった。トリムたちはシミュレーターで戦闘を行っていた。

 部屋の真反対に置いてあった大きく丸い機械から、一人の老兵が出てきた。老兵は、トリムを認めると、トリムへゆっくりと近付いた。

「さすが、激流のファストリームの名は伊達ではなかったようじゃ」

「何を言っている。俺は手も足も出なかったのに。……あと、ファストリームだ」

「そうか。ファストストリーム。主がなぜ、こんな老いぼれた一兵士に敗れたか、わかるか?」

「……」

名前を訂正したかったが、敗因はわからなかったし、教えてもらいたかったので黙りこくるしかなかった。

 老兵は、ホッ、ホッ、ホッ。と笑う。

「まあそんなに焦ることはない。主に残された時間はいくらでもある」

「……俺はそうとは思わないがな」

トリムの抵抗に怒ることも悲しむこともなく、老兵はただ笑っていた。崖の下に落ちたライオンを見守る親ライオンのように。

「それに。たとえ俺が生き延びようが、あんたは……」

好々爺を貫く老兵は小さく首を横に振る。

「儂は死なん」

「え?」

「もう、消え去る権利を貰っているのじゃ。生き急ぐでないぞ、少年」

老兵は、部屋の隅へ歩いて行き、幽霊のように、無音で部屋から消えて行った。


 トリムはその儚くも凛々しい背中を凝視していた。

(確かに、年齢の差もあって、機体性能の差もあった。俺なんかはシミュレーターにも慣れているが、あんな歳を食った男が現役で使っていたとも思えない……)

 トリムは、闘技場で謎のガーディアンに負けたことに続いて、ガーディアンに乗り始めて2回目の敗北感を感じた。

「生き急ぐでないぞ、少年」

トリムは頭の中で老兵の言葉を反芻する。今のトリムには、老兵の言葉全てが理解できなかった。

(あの男は、俺に何を伝えたかったんだろうか……)

一応は考えてみたが、その答えが出てくることはなかった。その頭には、既に別の思いが湧きあがっていた。

「少なくとも、俺は少年とは呼べないだろ」

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