第11話

 学校での彼女は、相変わらず大人しくて物静かな雰囲気をまとっていた。でも以前のようなオドオドと人目を避けるような感じはまったく消えていた。地味なのではなく慎ましやか、暗いのではなく控えめ、ダサいのではなく飾らない、そんなイメージをみんな持っていた。たぶんもう誰もあの頃の彼女を覚えていないだろう。ぼくといっしょの通学路や昼食時には活き活きとした表情豊かな一面を見せ、通りかかる人をドキリとさせ、羨ませ、そして笑顔にしていた。

 ある日の昼休み、待ち合わせの二階ロビーに行くと彼女の後ろにもうひとり女の子がいた。少し前に「今日はお友達もいっしょにお昼していいですか?」とメールが来ていた。その子は小柄で少しぽっちゃりとして、赤いフレームのメガネの奥の小粒な目をちょっと臆病そうにしばたたかせていた。

「先輩、こちらは私のクラスの松永結菜さんで、今日はいっしょにお弁当食べたいんですけど」

「うん、ぜんぜん構わないよ。ぼくは二年の北村です、よろしく」

「わ、わ、私、1-Bの松永です。あの、あの、よろしくお願いします」と緊張しながら頭を下げる。

 授業の合間に今日の献立を考えながら料理の本を見ていたら、松永さんが「いつもお弁当は自分で作ってるの?」と声を掛けてくれて、私もお料理好きなんだ、どんなお弁当なのか見てみたいな、じゃあ今日はいっしょに食べませんか、ということになったと彼女が説明してくれた。松永さんが開いた可愛らしいお弁当箱の中は、色鮮やかで細々と凝っていて、芸術作品かと思うほどだった。ぼくたちは声をあげて驚いた。聞けば、お母さんが料理教室の先生で、松永さんも小学生の頃からちびっこ料理コンクールなどで賞をもらっていると言うことだった。それからふたりでおかずを交換しながら「これはどうやって作るの?」「この味付けすごく美味しい」「隠し味はなに?」「こんなの初めて食べた」などと話していた。ふたりともまだ少し遠慮がちで他人行儀だったけど、食べ終わる頃にはすっかり打ち解けた様子だった。松永さんはぼくをチラッと盗み見るようにしてはすぐに目を伏せていたけど。

「今日は、あの、お邪魔してすみませんでした」

「いや、こちらこそ、すごいお弁当見せてもらって、味もすごくよかった。ごちそうさま。よかったらまたいっしょに食べようよ」

「いいえ、そんな。邪魔になっちゃ悪いし……」

「じゃさ、ぼくも友達連れてきていいかな?」

 松永さんがドギマギと彼女の顔を見る。

「そんなに変なやつは連れてこないから」

「はい。先輩のことですからそれは心配ないですけど、松永さんは?」

「私も……」

「OK、じゃあそうしよう。明日はどんな弁当か楽しみだな〜」

「あ、私のお弁当は楽しみじゃないんですか?」と彼女がふくれてみせる。

「う〜ん、ナナカのはおふくろの味だからな。あんなおしゃれランチはちょっと世界が違うって言うか。あ、松永さんのお弁当を見ておかずがわりにしてナナカのを食べればいいんだ」

「もう。明日は砂と雑草を詰めてきますからね。松永さんのお弁当を眺めながら美味しく食べて下さいね」

「勘弁してくれ〜。ほんとにそうしそうだから怖いよ」

 そんなやりとりを、松永さんはポカンと口を開けて見ていた。

 翌日は根津憲一が加わった。ひょうきんだが軽すぎず、裏表のない気のいいヤツだった。声を掛けると一も二もなく付いてきた。その日の松永さんのお弁当は昨日にも増して力作で、みんなが感嘆の息を飲んだ。

 ほとんど毎日そんな昼休みを過ごすようになり、次第に別の料理好きの友達なども加わって和気藹々としたランチタイムグループが出来て行った。卒業までそれは続いた。

 根津と松永さんが付き合い始めたのはすぐだった。お弁当を作ってもらうようになり、いっしょに帰るようになり、松永さんが撮り溜めていたお弁当写真を掲載するブログを作って毎日更新してあげ、互いの家を行き来するようになっていた。根津は少し男らしい顔になり、松永さんはよく笑うようになり、そして体重を落としてきれいになった。ランチタイムグループでは他にも二組のカップルが生まれた。みんな恋に焦がれていた。

 そのグループでぼくたちは少し特別扱いされ、あまりふたりの邪魔をしないようにという暗黙の了解があるみたいだった。かといって遠巻きに気兼ねされるわけでもなく、やっかまれたり疎まれたりするわけでもなく、気心の知れた心地いい距離感だった。ぼくたちだけに限らず、カップル同士でもそうじゃなくても、お互いを微笑ましく尊重するような空気が自然に生まれて行った。気がつけばそんな雰囲気のグループやカップルをよく見かけるようになっていた。それはなにか校風のようだった。

 根津がそのグループを「滝野沢ブルースカイ・ランチタイム・パーティー」と名付け、夏休みにはみんなでキャンプに行き、図書室で試験勉強をし、学園祭では本格派レストランを開いた。いつも音頭を取りみんなを乗せるのは根津だった。彼自身「俺がこういうことに向いてるなんて知らなかったよ」と笑っていた。

 彼女と松永さんは、すぐに「ナナちゃん」「ユイちゃん」と呼び合うようになって、二年になりクラスが分かれてからもお昼は共にし、休日に松永さんの家に行って料理を教えてもらったり、松永さんが彼女の部屋に泊まりに来て恋の悩みを相談したりなどしていた。

 グループのメンバーは固定しているわけではなく、新一年生も何人かグループに混じるようになっていた。時にはちょっとした揉め事もあったけど、泣いたり笑ったりしながらエピソードが増えて行った。彼女の周りには、いつの間にか絵に描いたような学校生活が広がっていた。卒業式では誰も涙を止められなかった。


 ぼくたちが初めて結ばれたのは、彼女が十六歳になった日の真夜中だった。


 二月二十九日、うるう年の二月の最後の日に、彼女は十六歳になった。

 店を一時間早く閉め、親父の知り合いのレストランに向かった。ぼく、親父、姉貴、トオルさん、マキさん、店のスタッフ四人、そして松永さんの十人で彼女の誕生日を祝った。

 彼女は姉貴に連れられて、ひと足早く家を出ていた。前の家に寄ってそこで着替えをしてから店で合流する。

 貸切り予約をしてあった個室に入ると、テーブルの向こうにはすでに彼女が立っていた。姉貴がデザインし、マキさんが縫い上げた、黒いベルベットのワンピース・ドレスを着ていた。

 肩から胸元、腰まできれいに体にフィットし、ウエストの切り返しからはたっぷりしたドレープが膝を隠すくらいまで広がっていた。シースルー生地の小さな袖が肩を覆い、背中は大胆に開いていた。黒いサテンのリボンで髪をふんわりまとめ、首にはドレスと共生地のチョーカー、透明なストッキングを履いて、スカートの裾からは何層もの黒いレースのペチコートが少しだけ覗き、足元は足首のストラップの後ろに小さなリボンがついたヒールの細い黒いスリングバックパンプス。深紅の薔薇の花束を持った姿は、どこからみても高貴さ漂う令嬢だった。

 すでに頬を染め、目を潤ませていた。

 入り口のところでひとかたまりになって、ぼくたちは言葉もなく彼女を見つめた。姉貴とマキさんは、反対側の角から彼女とぼくたちを交互に見ながらニヤニヤしていた。

 ちょうどそこに着いた松永さんがぼくらの隙間から顔を覗かせているのを姉貴が見つけて手招きする。そして彼女を見るように促すと、松永さんはメガネの奥の目を倍ほどにも見開き、口に手を当てて絶句し、目に涙を浮かべた。

 それから料理が運ばれてくるまでは撮影大会だった。口々に「きれい」「可愛い」「素敵」「美しい」と言いながら、こっち向いて、横向いて、私といっしょに、ほら社長も並んでとシャッターを切っていた。

 ようやく席についてイタリアン・フルコースのオードブルを食べ始める前に、松永さんが作ってきてくれた微細なデコレーションが施された芸術作品のようなバースディケーキに火を灯す。明かりを消し、姉貴の「せーの」の合図でいっせいに「ナナカちゃん誕生日おめでとう」と声を合わせる。彼女がろうそくの炎に顔を揺らめかせ、二度、三度と息を詰まらせながら十六本のロウソクをふき消した。拍手が沸いて部屋の明りが点き「おめでとう」と言いながら順番にプレゼントを手渡す。

 姉貴からはディオールのコスメセット、トオルさんからはキッチンナイフセット、マキさんからは香水、店のスタッフ一同からは誕生石をあしらったピンブローチ、松永さんからは可愛らしいカチューシャやバレッタやシュシュのヘアーアクセサリーセット。そう言えば、少しクセっ毛の松永さんは、彼女の柔らかくふんわりした髪を羨ましがっていた。親父は悩んだ末にスギムラ製のクラシックな自転車&三万円分の図書券にしたようだ。

 ぼくはメガネを贈った。前の日曜に彼女に似合うメガネをいっしょに探しに行った。今まで彼女が使っていたのは、いわゆる銀ぶちメガネで、楕円形のフレームがあまりパッとしなかった。度もきちんと合っていないようだった。普段はあまり掛けなくなったけれど、授業中などはやはり必要だった。メガネ店を何軒か巡り、ボストンタイプ、ウェリントンタイプ、スクェアタイプなどいろいろ試してみて、最終的に選んだのは少し目尻の上がったチタンのハーフフレームのもの。上部とテンプル部分だけが赤の細いフレームで、すごく軽い。若干目がつり上がった感じが、彼女をキリリとした優等生っぽく見せ、真面目な顔と笑った時の顔のギャップを際立たせた。また彼女の新しい顔が増えた。乱視が少し混じっているようで、レンズの調整と、ついでに紫外線で色が変わる調光レンズに加工してもらい、今日の学校帰りに受け取ってきた。洒落たメガネケースにはリボンをかけてもらった。

 ひとりひとり、ひとつひとつに、彼女はお礼を言い、涙をこぼした。その様子を撮ったビデオを、そのあとも親父は夜中に何度も見ているようだった。

 親父に指名されたトオルさんが

「え〜本日はお日柄も良く、我らが姫君、お店のアイドル、我が家の天使、みんなの……、え〜と、なんだ、その、つまり、みんなが大好きなナナカちゃんの十六歳の誕生日を祝って、乾杯!」と、股間の当たりに姉貴の肘を食らいそうになりながら、和やかに会食が始まった。

 松永さん作のケーキを真ん中に置き、創作イタリアン料理を食べた。彼女と松永さんは、これなんだろうね、このソースは何を使ってるのかな、などと熱心に研究しながらフォークやスプーンを運んでいた。

 松永さんの家は、お母さんが時々テレビにも出ている名の知れた料理研究家で、お父さんが貿易会社か何かを経営していて、かなり裕福らしい。普段はそんなことはオクビにも出さず質素で控え目だけれど。有名なレストランによく連れて行ってもらうようで、どんな料理にも詳しかった。そんな彼女も、こぢんまりとしたこのお店を気に入ったらしく、今度パパやママと来ようと言っていた。

 十時過ぎにパーティーが終わり、それぞれのクルマに分乗して帰った。トオルさんのランクルを姉貴が運転しマキさんを乗せ、トオルさんは後ろの座席でいい気分に顔を赤くしていた。店のスタッフは一台のワゴン車に。親父のクルマには、ぼくと彼女と松永さん。後部座席で松永さんは「素敵なドレス、すごくよく似合ってる、学校のナナちゃんとは別人だね、モデルさんみたい」と、たくさんの花束に埋もれた彼女に言っていた。白亜の豪邸と呼びたくなるような家に松永さんを送り届け、家に戻ったのは十一時頃だった。

 部屋に入ろうとすると、彼女が「ちょっと外に出ません?」と言う。

「少し寒いよ」

「でも、まだこのドレスを着ていたくって……。先輩にもよく見てもらいたいし」

「もういっぱい見たけど」

「いいから、いいから」と手を引かれて店の駐車場に出た。

 駐車場の照明の下に立ち、彼女がドレスの裾を広げて足を交差させ、膝を曲げてちょこんと挨拶する。それからふわりと回転し、両手を広げてゆったりとしたステップを踏む。華麗に踊るわけじゃないのに、ただ服や靴をいたわるように右に左に揺れているだけなのに、その動きはとてもしなやかできれいだった。ほんの一分ほどそうして、照明の下から駆け寄ってくる。ふわりと浮くようにぼくに飛びついた彼女の腰を持ち上げて、回転しながらそっと着地させ、キスをする。リップグロスのほんのりと甘いフルーツの味がした。彼女の頬を伝う涙を吸うと、それもまた同じ味に思えた。

 部屋に戻って、もうひとつのプレゼントを渡す。イタリアのサラボルギというブランドの6デニールという極薄のパンティーストッキングを二足。これは彼女のためというより自分のためなのだが。いちばん薄いストッキングを履かせてみたいと思ってネットで調べて見つけたものだ。外国製は驚くほど高かった。一足千円以上、高いものだと七千円以上するものもあった。海外では、パンティーストッキングは日常に履く靴下感覚ではなく、高級ランジェリーのひとつらしい。

「ありがとうございます。わ〜、すごく薄いですね、これ」

「さすがに、みんなの前では渡せなかったから」

「うふふっ。このドレスにも合うみたい。さっそく履いてみていいですか?」と自分の部屋に行って履き替えてくる。気品のあるエレガントなベルベットのパーティードレスにセクシーさが加わった。

「ほんとに薄くて滑らかで、履いてる感じがしないですね」

 思った以上に艶やかで、きれいな足をいっそう繊細に見せている。

「ちょっと触ってみてもいいかな?」

「はい」

 手触りはシルクのようにきめ細やかで、締め付けがあまりなく、指を滑らせると皺ができてしまう。少し心もとない感じがする。

「でも、薄いからすぐ破れそうで怖いですね。特別な時だけ履くようにしようかな」と彼女が言う。

「そうだね。この服にはぴったりだけど」

「これも大切にしますね。ありがとうございます。みんなからいっぱいもらって、ほんとに嬉しい。こんな誕生日を迎えられるなんて……」

「まだ最後のイベントが残ってるよ」

 そう言うと、彼女は耳を赤くして胸に手を当て「はい」と頷く。

「その前に、楽な格好に着替えてプレゼントを整理しようか」

「はい。どんな服がいいですか?」

「ナナカの好きな服でいいけど、あ、グレーのプリーツは?」

「はい」と嬉しそうに笑う。

 彼女の部屋に花束やプレゼントを運び入れると「着替えが終わったら電話しますから部屋で待ってて下さいね」と追い出される。少しして「いいですよ」と電話が来て部屋に入ると、彼女は少し厚手の柔らかなグレーのプリーツスカートに黒いウールのニーソックス。この組み合わせは、彼女の冬の定番のようによく着ていた。ぼくも好きだったし、彼女も可愛くて着やすいと言っていた。上は白のハイネックセーターで、胸の小ささが分かっちゃうからと紺のカーディガンを羽織っている。さっきとは打って変わって、普段着の普通の女子高生だ。いちばん妹っぽさを感じる服装かも知れない。

 花瓶に白と赤の薔薇を差しタンスの上に乗せる。余った花は洗面台で水に浸けてある。明日になれば、ぼくの部屋や母屋のあちこちに花が咲いてることだろう。さっきの極薄ストッキングは、また丁寧に畳まれてパッケージに戻されていた。

 それから紅茶を入れてテーブルに座り、プレゼントを開けてみる。

 彼女は最初にぼくが贈ったメガネを掛けてみせる。

「どうですか?」

「うっ。なんか、お兄ちゃんダメって怒られそうな気がするな〜」

「少しは賢そうに見えます?」

「うん、真面目なクラス委員長みたい」

「明日学校で掛けるの、ちょっと恥ずかしいな。でもすごくはっきり見える」と部屋の隅を見ながら言う。

「よく似合ってるよ。やっぱりこれにして正解だったな。じゃ、次のはなに?」

「あ、池端さんたちから貰ったブローチ。ほら、これもすごく可愛いでしょ」

「うん。この宝石みたいなの、本物なのかな」

「そうみたい。私の誕生石のアメジストで、日本語だと紫水晶って言うの。石言葉は誠実とか調和とか心の平和で、ヒーリング効果もあるんですって。先輩は九月だからサファイアですね」

「意味は?」

「え〜と、たしか慈愛とか高潔とか冷静沈着。ほんと、その通りですね」

「ナナカもぴったりだな。その透明な紫色もイメージにぴったりだし」

「うふふっ、嬉しい。んと、これはユイちゃんがくれた髪飾りだ。わ〜可愛い!」

「付けてみて」

「はい」とドレッサーの前に座り、ポニーテールにしてから根元にシュシュを巻く。

 白い花を集めたようなそのシュシュもよく似合っていた。ポニーテールにして新しいメガネを掛けた顔は、今度はいたずらっぽい活発な少女に見えた。

 それから姉貴に貰ったコスメボックスを開けて見ては喜び、トオルさんがくれたキッチンナイフセットを見ては鋭利な美しさにため息をつき、親父からの図書券を大切に引き出しにしまって、一段落した頃は十二時を回っていた。

「もう誕生日過ぎちゃったね」

 彼女がティーカップを口に運びながら、ギクッと体をこわばらせる。

 しんと静まった部屋の中に、ふたりの鼓動だけが響くようだった。急に居心地が悪くなり、言葉も思い浮かばない。

「あ、あのさ、疲れてるだったら、また別の日にでも……」

「え、そんな!」と彼女があわてて言う。

「私は……ずっと待たせてしまって……さっき、その……下着も替えたし……」

「ナナカ」

「はい」

「いいんだね?」

「はい」

 彼女の手を取って顔を寄せる。彼女はメガネを外し、目を閉じて唇を弛め、ぼくの唇を待つ。そして長いキスをする。

 舌をそっと差し入れ、彼女の唇を開き、彼女の舌に触れる。そのまま、ゆっくりと覆いかぶさりながら体を横たえる。彼女の甘い唾液を味わいながら、舌を絡ませる。それから右手を握り合ったまま、ゆっくりと彼女の胸の上にずらし、柔らかな膨らみの上に置く。彼女の肩がピクンとする。彼女が、握った手をそっと解いてぼくの手を乳房の上に置き、その上に自分の手を重ねる。一段と熱を帯びたキスをしながら、彼女の胸をそっと握る。彼女が息苦しそうに大きく胸を上下させる。テーブルの下で彼女の足がふいに動いて、ティーカップをカチャッと揺らす。その音に、思わず唇が離れる。

 上から彼女の瞳を覗き込んで、言う。

「ナナカ、君が欲しい」

「はい」

「ナナカとひとつになりたい」

「はい……わたしの全部、心も、体も、すべて先輩の、潤也さんのものです。……どうか、私をもらって下さい」

「ナナカ、愛してる」

「私も……。愛してます」

 そしてもう一度くちづけしようとすると、彼女が言う。

「あの……先輩の部屋で……」

「うん」

 そして逃げるようにして、ふたりでぼくの部屋に駆け込む。

 ドサリとソファーの上に倒れ込むと、彼女が覆いかぶさってキスをする。今度は彼女から舌を伸ばしてぼくの舌を求める。彼女の舌を軽く吸う。彼女もぼくの舌に吸い付く。強く舌を吸う。彼女もそれに応えて強く吸い返す。舌をもつれ合わせ、何度も吸い合う。彼女の腰を強く抱き締め、ギュッと体を密着させる。彼女の胸がぼくの上で押しつぶされる。彼女が耐えきれなくなったみたいに、ぐったりと力を抜き、唇が離れる。ふたりとも大きく息をしながら、抱き合ったままお互いの鼓動を伝え合う。目をつぶり、そのまましばらく時を過ごした。

 それから抱いていた力を緩めると、彼女は体を離して少し手持ちぶさたそうにソファーの前に立つ。向かい合ってソファーに座るぼくは、彼女の腰を引き寄せて目の前にあるおへそのあたりに顔を埋める。腕を回して腰を抱き締める。その手を静かに下に下ろし、スカートとニーソックスの間のももの裏側を撫でる。そして、ゆっくり手をスカートの中に忍び込ませる。ショーツに包まれたふたつの丸みを手で包み、またそっとふとももへ滑り降ろす。ふとももからお尻の、ぷるぷると柔らかな肌に、何度も何度も手を往復させる。彼女はぼくの肩に指先を添え、されるがまま、じっと立っている。頭の上で微かな吐息が聞こえた。

 お腹から顔を離し、彼女の顔を見ながら、スカートの中から手を抜いてウエストに手を置く。カーディガンのボタンを外し、肩から滑り落とす。白いセーターの上から、肩や腕や胸の膨らみを、壊れ物をあつかうみたいにそっと撫でる。そしてセーターの裾から手を滑り込ませ、脇腹から脇の下まで素肌を辿る。裸の背中を撫で回し、背骨を指でなぞる。彼女は体を反らせるようにして声にならない音を漏らす。セーターの中から腕を持ち上げ、そのままセーターから腕と首を抜かせる。つい胸を隠す腕を、なだめるように降ろさせる。光沢のあるサテン地の薄いピンク色のブラが、彼女の柔らかな膨らみを守っていた。その色よりも彼女の素肌の方が白かった。息を飲んで見つめるぼくの視線を我慢するみたいに、彼女は少し横を向いてギュッと目を閉じている。

 その首筋から肩へ、肩から腕へ、腕から胸へ、胸からお腹へ、お腹から背中へと、輪郭をなぞるように指を這わせる。それからスカートのファスナーを下ろし、ホックを外すと、スカートがストンと足元に落ちた。ブラとお揃いのショーツは少し小さめで、サイドは紐で結ばれていた。おへその下は、驚くほどつやつやとなめらかだった。そこにそっと唇を触れる。腰から下へ手を滑らせ、足をそっと持ち上げてぼくの膝の上に乗せる。ニーソックスをするすると脱がせ、ソファーに置く。現れた丸い膝小僧にキスをする。ニーソックスの跡がついているふとももを両手で揉みほぐす。柔らかくて、でもしっかりしたふとももがほんのりと熱を持って赤味を帯びてくる。足を交代し、また同じようにする。目の前には、下着だけの彼女が汚れなき素肌をぼくに見せていた。少し震えていた。

「きれいだよ、ナナカ」

 そう言うと、全身がふわっと桜色に染まった。

 立ち上がり、横から彼女の膝の後ろに手を差し入れ、背中に腕を回して抱え上げる。ぼくの首に手を回して小さく身をすくめた彼女にキスをする。そしてリクライニングチェアーや何かをすり抜けならがベッドに向かう。途中で彼女のつま先がどこかに当たった。あ、ごめんというと、彼女はぼくの腕の中でクスッと笑った。

 ベッドの上に彼女を降ろす。そして着ていたセーターを脱ごうとすると、彼女が立ち上がってぼくがしたと同じように裾から手を差し入れてくる。彼女に任せてセーターとアンダーシャツをいっしょに脱ぎ去る。彼女がぼくの体を愛おしそうに撫で、それから肩の辺りに唇をつける。そうされながら、ぼくはジーンズと靴下も脱ぐ。黒いボクサーパンツの中では、布地を突き破りそうなくらい屹立していた。

 彼女がぼくの背中に手を回して体を寄せる。下半身の熱く固いものがお腹のあたりに当たって、ビクッと身を引く。彼女の顔がサッと青ざめ、急いで後ろを向く。

 すぼめた肩を後ろからギュッと抱き締める。今度は勃起が彼女の腰の辺りに当たる。裸の胸や腹や腿が、彼女の背中やお尻に柔らかく当たる。素肌の火照りがじんわりと、そしてとめどなく伝わってくる。その柔らかさ、なめらかさ、あたたかさに底知れない安らぎを感じた。それとは裏腹に、下半身の怒張は少しでも擦れると爆発しそうだった。

 少し体を引き、彼女の背中のホックを外す。彼女が素早くブラを取り去り、胸を抱える。後ろから、その腕の隙間に指を潜り込ませて行き、手のひらで胸の膨らみを覆う。マシュマロやプリンなんか比較にならないくらい柔らかくて瑞々しい二つの盛り上がりは、あっけないほどすっぽりと手の中に収まった。小振りだけど、確かな存在感があった。手の中で溶けて消えそうだけど、その奥に脈々と波打つ命を感じた。手のひらの真ん中では、ピンと尖ったものが、何かを待つようにいじらしく自己主張していた。

 そっと持ち上げるように乳房を揉む。すると指の隙間に乳首が顔を出した。指の間で軽く挟むと、彼女が「ハウッ」と吐息を漏らす。その声に誘われるように、彼女の首筋に唇を当て、吸う。すると、彼女の体全体がプルッと揺れ、力が抜けた。崩れ落ちそうになる彼女を抱き支える。

 彼女は胸を覆うのも忘れてダラリと腕を下げ、荒く息をしていた。片手で体を抱きながら、もう片手で彼女の腕を取りぼくの首に回させる。しがみつくように、彼女がしっかりと首に手を掛ける。その腕を逆に辿って彼女の脇の下まで下ろし、乳房を経由して顎の下に手を添え、顔を上に向かせる。まどろみの中にいるみたいに表情を失くした彼女にくちづけをすると、息を吹き返したかのようにぼくの後頭部を引き寄せて唇を押し付ける。

 大きく波打つ胸を抱き留めながら、もう片手を下に滑らせて行く。斜めから、指がショーツの中に入る。と、重ねた口から「ウッ」という呻き声がし、彼女の腰が大きくビクンと跳ねる。そのままそろそろと指を滑らせて行くと、ささやかなヘアーの感触。さらに指を下げようとすると、彼女がキュッと足を閉じ合わせて侵入を拒んだ。

 ぼくはキスを解き、ゆっくりしゃがみながら、唇を首筋から背中へ腰へと這わせて行った。ショーツに包まれたお尻に行き当たると、両手でその布をすっと引き下ろす。彼女は急に寒さを覚えたみたいに、体に腕を巻き付けて体を縮める。ぼくの目の前では、丸く張りつめた果実のようなお尻が微かに震えていた。

 立ち上がって、彼女の肩をこちらに向けようとすると「明かりが……」とか細い声で言う。急いでドアのところに行き、部屋の隅の間接照明一個だけにして戻る。彼女は暗闇に埋もれようとするみたいに横を向いて竦んでいた。

 肩を抱き寄せて、体を向き合わせてキスをする。次第に震えが鎮まっていった。胸を隠していた腕をぼくの体に巻き付かせる。ぼくも彼女の背中と腰を抱いて体を密着させる。何もまとっていない彼女の体は、脆く壊れそうなのを柔らかな弾力で守っているみたいだった。その中には、男が及びも付かないような何かが詰まっているような気がした。いや、体そのものが秘密めいた何かだった。とてつもなく気持ちのいい謎だった。

 彼女の唇から口をずらして首筋へ這わせる。彼女の吐息がまた荒くなる。少し体を離して、微かな明かりにぼんやりと浮かぶ彼女の輪郭を眺める。そのきめ細やかな真っ白な肌は内側から発光しているみたいだった。たとえ真っ暗な闇の中であっても輝いている気がした。そこに一糸まとわぬ彼女の姿がある、そう思うだけでぼくの猛りは迸りそうだった。

 乳首に唇を触れる。すぼめた唇に、ふっくらと尖った乳首がすぽっと収まる。それをそっと吸い寄せる。その先端を舌先でくすぐる。今にもくずおれそうな彼女の両腕をしっかりと握り、もう一方の乳首を口に含む。交互に、二度、三度。

 それから腕ごと彼女の胴を抱き、胸の真ん中から徐々に下へ向かってくちづける。細かく震えながら上下するお腹、密かなアクセサリーみたいに可愛く窪んだおへそ、微妙に丸みを帯びたなめらかな下腹部、そしてふわりと柔らかな陰毛があごを撫でる。そのそよぎに唇をくすぐらせるようにキスをする。彼女の陰毛はとても薄く、面積も少ないようだった。キスとともに息を吸い込むと、草いきれの匂いがした。青々しく、そしてどこか隠微な匂いだった。

 彼女の手といっしょに腰を抱え込む。そしてヘアーに隠れきれていない肌の亀裂に唇を当てる。彼女の内ももに力が入り門を固く閉じようとする。押さえつけていた手を振りほどき、ぼくの頭を鷲掴みにする。腰を引こうとするのを逃がさないようにさらに強く抱え込み、唇を押し付ける。苦しげでせわしない息遣いが頭の上で聞こえていた。

 捩り合わせたももの奥、足の付け根のいちばん底に、舌をねじ込む。むわっと湿り気を帯びた熱い空気が口の周りを覆う。舌の先にトロリとした液体を感じた。舌先で拭い取って口に運ぶ。何度も、何度も。彼女の腰がガクガクと大きく震え出す。吸い出すのをやめ、唾液と蜜で濡れそぼった谷間に頬を押し付けてしっかりと腰を抱き、震えが収まるのをじっと待った。

 ぼくの頭の上に倒れ込むようにして、彼女は体全体で大きく息をする。痙攣のような震えが収まると、ぼくは急いでパンツを脱ぎながら立ち上がる。彼女の両肩を掴むと、息を荒げながらぼくの胸に頭をもたせかけて、うっすらと目を開けた。少しぼんやりとした瞳でぼくの股間にそそり立つものを見て、気を失うみたいに彼女が脱力した。あわてて彼女をベッドに横たえる。

 ベッドの上の彼女に屈み込み、頬に手を当てて力なく目を閉じたまぶたにそっとキスをする。額に、髪に、耳に、鼻にキスをする。そして唇を合わせると、彼女が舌で応えた。舌を伸ばし、絡ませながら、ぼくの頭を抱え込む。小休止していたぼくの下半身が、再び固さを増してくる。手は彼女の体をまさぐる。キスをしながら、彼女は咽喉の奥で呻き、身悶える。彼女の皮膚が内側からしっとりとしてくる。

 彼女が手を緩め、ぼくの顔に触れる。唇を離すと、彼女は夢うつつの顔で微かに笑顔を作り、そっと頷く。ぼくも頷き返す。そして彼女の足を割って、体を滑り込ませる。

 両腕を彼女の肩の横に立て、じっと見つめる。熱く硬直したものが彼女の陰毛に撫でられ、今にも堰を切りそうなのを必死で堪える。ふと思い出して、ベッドの足元に用意してあったバスタオルを広げ、腰の下に敷く。彼女もお尻をあげて協力する。彼女の少しほっとしたような顔に、またキスをする。小さなキスを何度も降らせる。

 そうして腰を下にずらし、先端を彼女の秘合に当てがう。ゆっくりとそれを押し出す。彼女の潤いに滑って、先端がビョンと的を外す。その拍子に、少しだけフライングした液が彼女のお腹に滴る。ぼくはアッと気付いて枕の下を探る。彼女はそれを見て、優しく首を横に振る。頷いて、ぼくは行為を進める。

 ぼくの先端が、ほんの少し彼女に埋まる。膝を立てた彼女の両足に力が入り、ぼくの腰をきつく挟み込む。その膝を片手で押し広げながら、ゆっくりと腰をせり出す。すぐに弾力のある壁に突き当たり、侵入を阻まれた。それは薄膜などではなく、肉の壁だった。一呼吸して、その壁に陰茎を押し込む。思っていた以上に力が要り、思わずウーッと唸ってしまう。彼女は胸の上で祈るように手を組み、ウウッと別の声を漏らした。

 さらに力を込めて腰を入れる。するとミチッと音がして先端が飲み込まれた。きつく締め上げられるような隙間に、さらに埋め込んで行く。彼女がアウッと顔をしかめ、のけぞる。その彼女の頭に腕を回し、抱き締める。痛みから守るように抱き締める。でも腰は少しずつ奥へと進む。ゆっくりと少しずつ、進んだり戻ったりしながら、奥を切り開いて行く。そして、ぼくの全てが埋まった。

 彼女の中は、熱く柔らかく、きつく優しく、ぼくを包み込んでいた。まるで、そこが本来あるべき場所のようだった。初めてにもかかわらず、懐かしい馴染みの場所のようだった。肉体的な快感以上に、心までも蕩かすような気持ちよさだった。そこは天国だった。

 彼女は逆に、地獄に突き落とされたみたいにぼくの首にしがみつき、体をこわばらせ、震えていた。ただ隙間なく体を密着させ、抱き留めているしかできなかった。

 それでも腰は躍動したがり、突き上げたがり、掻き回したがった。それを押さえ込みながら、ゆっくりと引き戻して、またゆっくりと押し入れた。

 三度目に、ぼくは爆発した。彼女の奥にほとばしらせた。精をぶちまけた。ジーンと痺れるような快感が体を貫き、得も言われぬ解放感が全身を満たした。そして反り返った背中から力が抜け出た。ぐったりと彼女に体をあずけた。彼女はぼくの下で苦しそうに呻きながら、荒く早い息をしていた。

 なんとか両肘で体を支え、彼女を見る。今までの何倍も、何十倍も、何百倍も、愛しいと思った。きつく目を閉じて耐えている彼女に「愛してる」と囁いた。彼女は、ゆっくりと目を開け、涙を溜めた顔で微笑んだ。「私も……嬉しい……」と息の合間から途切れ途切れに言った。

 萎えたと思った勃起が、彼女の中でまたむくむくと固さを漲らせてくる。そうして、またゆっくりと前後に動かし始める。今度はさっきよりもっと彼女の中を感じた。それは慈しむように、愛おしむように、ぼくのものに絡みつき、うねっていた。入り口ではきつく締め付け、中ではトロリとまとわりつき、奥では包み込むように蠢いた。徐々に動きを速めると、それに合わせるかのように彼女の喘ぎ声も早くなる。痛みを堪えながらも何かを待っているようだった。何か大きな歓びを。

 彼女の顔を両側から手で挟み、キスをしながら腰を振った。そして再び射精した。真空に放り出されたように、頭の中がスパークした。腰の中心から、悪寒のような快感が全身に広がった。ぼくが放出するのに合わせるかのように、彼女の体がビクンビクンと跳ねた。ぼくが果ててしまったあとも、体は波打っていた。

 知らぬ間に汗が全身に吹き出していた。額から顎から、汗が滴って彼女の胸に落ちる。それを指で拭うと、また彼女がビクンと跳ねた。

 もう力が入らず彼女の上から退こうとすると、彼女はぼくの腰を手で押さえた。中に入ったまま、彼女の上にそっと体を乗せ力を抜く。「重くない?」彼女は首を振り、両手をぼくの背中に回し、抱き締める。膝を伸ばして力を抜く。ぼくの体を、重さを、汗を、肌触りを、そして自分の奥の痛みとぬめりと異物感を丸ごと受け入れるように、そっと目を閉じる。ぼくも彼女の頭の横で彼女の髪と汗の匂いを嗅ぎながら、静かに目を閉じる。

 目が覚めると、部屋はほのかに明るかった。彼女はいつの間にかぼくの下から抜け出して、横の壁にもたれ毛布にくるまり膝を抱えて、ぼくを見ていた。

「おはようございます」と嬉しそうに囁いた。少しも照れてはいなかった。

「あ、今何時?」

「五時過ぎ。寒くないですか?」

 見るとぼくにも毛布が掛かっていた。

「うん。それより痛みは?」

「まだちょっとズキズキするけど、平気です」

「なら良かった」

「先輩、ちょっと腰を上げてもらえますか?」

 そう言って、ぼくの下からバスタオルを引っ張り出し、くるくると丸めて隠す。

「血、たくさん出ちゃった?」

「ううん、そうでもないみたい」

「相当痛かったんじゃない?」

「それはまあそうですけど、ちゃんと覚悟はしてたし。女はわりと痛みに強いんですよ。それに……」

「それに?」

「気持ちよかったし……」

「もう懲り懲りじゃない?」

 彼女が笑って首を振る。

「また、する?」

 顔を赤くしながら頷く。

「いっぱいする?」

 さらに赤くなって頷く。

「今しよう。またしたい。すぐしたい」

 うふふっと彼女が笑って「わがままなんですね」と言いながら顔を寄せてキスをする。

 ぼくはガバッと体を起こし、彼女を横たえようとすると

「少し待って。一度シャワー浴びてきたいんです」

「あ、ぼくも。いっしょにいい?」

「ダメ。私が済んでからです」と言ってベッドを降り、毛布を巻いたまま少し歩きにくそうにドアへ向かう。

「それまでもう少し寝てていいですよ」と部屋を出て行った。

 昨夜のことを思い出しながら、股間を甦らせながら、またうとうとした。

 彼女に揺さぶられて目を覚ますと、彼女はすっかり服を着込んでいた。アーガイル柄の黒っぽい巻きスカートに黒いストッキング、クリーム色のブラウスに昨夜の紺のカーディガン。乱れていた髪も昨日もらったカチューシャでまとめて、少しお姉さんっぽい雰囲気になっている。

「あれ、服着ちゃったの?」

「だって……。ほら先輩もこれを履いてシャワーに行って下さい」と新しいボクサーパンツを渡してくれる。

 ソファーに脱ぎ捨ててあった服をきれいに畳んで持つ彼女に付いて、こそこそと部屋を移動する。そしてシャワーを浴びる。

 彼女の部屋のシャワーを初めて使った。いつも「好きな時に使っていいですよ」と言っていたけど遠慮していた。シャワールームはひとりが立つだけのスペースしかなかったけれど、清潔で、彼女のシャンプーやボディーソープなどがきれいに並べられていた。壁の水滴もきれいに拭われていた。シャワーを出ると、バスタオルが二枚用意してあった。彼女は部屋にいなかった。

 バスタオルを腰に巻き、もう一枚で髪を拭いながら自分の部屋に戻ると、彼女が窓を開けて空気を入れ替えていた。

「あ、ちょっと寒いですよ。あっちの部屋でゆっくりしててくれればいいのに」とシーツを取り替えたベッドを直しながら彼女が言う。

「あれ、もうするのやめた?」

「ううん、そうじゃないけど……」とはにかむ。

「ああ、それより少し寝た方がいいんじゃない?」

「大丈夫ですよ。ちょっとは寝ましたから」

「そう」と時計を見ると六時前になっている。

「朝の支度は何時から?」

「遅くても七時すぎくらいには」

「う〜ん。……ねえ、今日は学校休まない? ナナカがちょっと熱出ちゃったって言ってさ。ぼくも看病のために休むってことで」

「え、ズル休み?」

「まあ、そういうこと」

「休んでどうするんですか?」

「安静に寝てるの」

「え〜?」

「ふたりでね」

「……もう」

「よし、決まり。じゃあ、あとで姉貴にも電話して何かそのへんのもの食っとけって言っておくからさ。たまにはいいよね、記念日だし」

「記念日って?」

「ロストバージン記念日」

 赤くなって後ろを向く彼女を抱き締める。バスタオルの下で頭をもたげてきたものを彼女のお尻に押し付ける。彼女はビクッとしながらも避けることはせず、ぼくのお尻に手を添え、さらに密着するように力を込める。後ろから彼女にキスをする。前を向かせて顔を挟み、またキスをする。腰に巻いたバスタオルがパラリと落ちる。そそり立ったものをチラリと目にして、彼女は驚いて後ずさり、ベッドに転げた。

「こ、こんなものが、入っちゃったんですか?」

 信じられない様子で、顔は背けながらも目はそれを見ている。

「そうだよ。こんなになったものは初めて見た?」

 彼女が頷く。

「あ、あの、すごく大きくないですか? なんか、こわい……」

「いや、日本人の平均サイズだと思うけど」

「……」

「触って、よく見て」

 彼女がぼくの顔とそれを見比べながら、おそるおそる手を伸ばす。指先が根元に少し触れると、それがピクンと反応した。彼女はハッとして手を引っ込める。

「う、動いた。それに熱いです……」

「大丈夫だから」と彼女の手を取ってそっとそこに当てがう。

「握ってみて」

 彼女がそろそろと指を巻き付ける。

「熱くて、硬い……」

「気持ちいい。こうやってナナカに包まれるのを想像しながら何度もオナニーしたんだよ」

「こう、ですか?」

「もうちょっとギュッと」

「こんな感じ? 痛くないんですか?」

「痛くないけど、すぐにいっちゃいそうだよ」

「え!」と驚いて彼女が手を離す。

「あ、やめないで、そのまま続けて。握って上下に動かしてみて」

「は、はい。……こう?」

 彼女がそっと軽く手を動かす。

「もっとギュッと」

「は、はい」と彼女がぎこちなく動かす。

「う、いく、いくよ」

 ビュッと勢いよく迸った瞬間に、体を横に向ける。床の上に、その向こうに積んであった雑誌にまで届いた。二度、三度と放出する。まだ握ったままの彼女の手の甲にも少し垂れてしまった。彼女は、それを唖然としながら見ていた。

「ふ〜、いってしまった」

 彼女は我に返ったように手を離し、そこに付いた粘った液体を見る。そして床に飛んだ白い液を見る。

「あ、いや、普段はこんなにすぐにいかないんだけどさ、すごく気持ちよくて……」と言い訳がましく言う。

 彼女が手に付いた液に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。驚いて顔を離し、それからまた顔を近づける。そして、ちょんと舌で味を見て少し顔をしかめる。それから、固さを失ったものを見て、ぼくの顔を見る。

「おもしろ〜い。へ〜、男の人ってこうなってるんですね〜」と感心したような顔で言う。

「びっくりした?」

「はい。びっくりして驚きました。だけど面白い」

「あはは、そう」とぼくは力なく笑う。

「でも、いつもこうやって床に出しちゃうんですか?」

「いや、いつもはティッシュに……。あ、ほら、ナナカも手に付いたのを拭いて」とティッシュボックスを渡す。そして床にこぼしたものを拭き取る。

「床を汚しちゃダメですよ、ベトベトになっちゃうじゃないですか。これからは私の手で受け止めますからね」と嬉しそうに言う。

「これって、時間が経たないとまた大きくならないんですよね?」

「いや、ナナカが触ってくれたらまたすぐに大きくなると思うよ」

「ほんと?」とダラリとしたものにまた手を伸ばす。

「あ、フニャフニャしてる。大きさもさっきの半分くらい。これなら怖くないです」と言いながら、柔らかさを確かめるように指でなぞる。するとまた見る間に上を向いてきた。

「あ、あ、あ。すごい、もうこんなになっちゃった。中に何がはいってるんですか?」

「いや、何って言われても……。興奮して血が集まってそうなるだけなんだけど」

「へ〜。この先の方、触ると破れそうなんですけど……痛くないんですか?」

「うん。そこがいちばん敏感なところ。痛くないし破れもしないから、好きに触ってみて」

「はい」と彼女は好奇心いっぱいの顔付きで、なぞったり、挟んだり、つまんだり、握ったり、両手で包み込んだりする。気持ちよさがどんどん高まってくる。

「また出しちゃってもいいかな」

「いいですよ。どうするのが気持ちいいですか?」

「さっきみたいに、握って動かして。さっきよりも強く早く」

「こう、ですか?」

「うん。ああ、すごく気持ちいいよ」

「いつでも出していいですよ」と彼女は一生懸命手を動かす。

「もっと先の方まで……。あ、いいよ、いくよっ」

 直前にティッシュで先を押さえる。その隙間から漏れたものが、受け止めようと添えていた彼女の左手に滴る。どうしていいか分からない様子で、彼女があっあっあっと声をあげる。

「ふ〜」

「先輩、手に出してって言ったのに。出るとこ見えなかったじゃないですか。今度はちゃんとしてくださいよ」と言いながら、まだ萎え終わらないものを擦り出す。

「ちょ、ちょっと待って。少し休ませて」

「あ、そうか。終わったあとってぐったりしちゃいますもんね」と自分で言って赤くなる。

「あはは。もう怖くない?」

「はい。なんだか、だんだん可愛く見えてきました」

「これはもうナナカのものだからね。いつでも好きにしていいよ」

「あ、私のセリフ取った〜。そんなこと言ったら、すぐにおもちゃにして遊んじゃいますからね」

「いいよ。ぼくもナナカの体をおもちゃにしちゃうから」

「うふふ、どうぞっ」

 そしてキスをしながら、ベッドに体を横たえる。

「あ、先輩、もう少しそっちに寝てみて下さい。そう上を向いて」

 ベッドの奥側に全裸で寝そべると、その横に彼女が体を横たえる。

「先輩の体にキスしてもいいですか?」

「いいよ、ナナカの好きにして」

 唇から始まって、ぼくの顔中にキスをする。続いて、首、肩、腕、胸、みぞおち、脇、腹、股間の横を通って、大腿部、膝、脛、足、足の指にまでキスし終わると「今度は後ろですよ」とうつ伏せにして、髪、首、背中、背骨、腰、尻、腿、膝裏、ふくらはぎ、かかとに至るまで、余すことなく唇で刻印する。

「はい、これで先輩の体は私のものですからね」と満足げに彼女が言う。

「あはは、もしかして、ずっとこうしたかった?」

「そうですよ。先輩がずっと我慢してたから、私だって我慢してたんですよ」

 そう言う彼女の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「そうか、これからはもう我慢しなくていいんだな」

「そうですね。やっと……。これからは好きなだけ、なんでもして下さいね」

 また上を向いて寝ころぶぼくの胸にキスをして、そのまま頭を乗せる。髪がサラサラと肌を撫でるのが何とも言えず気持ちいい。その髪を撫でているだけでも満ち足りた気分になる。

 彼女が頭を胸から腹の上にずらし、股間で休息しているものを見ながら、指でちょんちょんと突ついたり撫でたりして遊ぶ。ふ〜っと息を吹きかけ、ピクリと反応するのを見てウフッと笑う。

「これ、口でしたり、顔にかけたり、飲んだりもするんですよね」

「え、けっこう知ってるんだな、そういうこと」

「それは、まあ……」と口を濁す。

「そういうのイヤじゃない?」

「う〜ん、先輩のなら、先輩がそうしたいって言うなら、たぶんイヤじゃないです」

「嬉しいけど、そういきなりなんでもしなくてもいいからさ。少しずつ、楽しみながらやろうよ。その方が、なんかもったいないって言うか……」

 彼女が腹の上で顔をこちらに向ける。

「そうですね。でも、したいことがあったら何でも言って下さいね。上手にできるかどうかは分からないけど」

「うん。ナナカもさ、こんなことしたい、されたいっていうのがあったら、まあ恥ずかしいだろうけど、言ってくれると嬉しいな。ぼくだってナナカをいっぱい喜ばせたいからね」

「はい」

 そう言ってキスを交わし、ぼくの上に上半身を重ねて目を閉じる。

 それも束の間、彼女がハッと体を起こし「もうすぐ七時」と言う。

「あ、そうだ。電話しとかなきゃ」

「先輩、パンツは?」

「あ、シャワーのところだ」

「すぐ持ってきますね。あ、窓も開けたままだった。先輩、毛布掛けないと風邪引いちゃいます」

「そうしたら、休んでナナカの体であっためてもらうから」

「何言ってるんですか。ほんとに熱が出たらエッチなこと禁止ですからね」

「それはイヤだな」

 それから姉貴に電話する。

「あ、俺だけどさ、ナナカが昨日の疲れでちょっと熱出ちゃったみたいで、学校休ませようと思うんだけど。うん、うん。だから朝飯はそのへんにあるもので済ませてくんない。あ、食器棚の下に食パンがあるって。冷蔵庫にも何か入ってるからレンジで温めてって。うん、昼もさ、弁当でも買ってきて食べてよ。うん。じゃそういうことなんでよろしく」

 学校にも電話をする。

「あ、おはようございます。一年Bクラスの前田七香の家のものなんですが、実は熱を出してしまいまして今日は休ませていただこうかと。はい、はい、そうです、はい、よろしくお願いします」

 ふ〜っと息をつき電話を降ろす。彼女はソファーでクスクス笑いながら聞いていた。

「もう、先輩ったらほんとに嘘が上手ですね〜。あ、でもお姉さんやお父さんが心配して見にくるかも。あっちの部屋で寝てないと」

「あ、そうか。じゃあしばらくベッドで具合悪いふりしておいたほうがいいな」

「そうですね。あ、ユイちゃんだけには休むこと伝えておこう。昨日のお礼もあるし」

「分かった。ぼくはしばらくこっちに潜んでるから」

「はい。あ、先輩は母屋で朝ご飯食べてきたらどうですか?」

「そうだな〜。それよりもうちょっと寝ようかな」

「分かりました、それじゃまたあとで」と共犯者の神妙な顔付きで言って部屋に戻って行った。ぼくは布団に潜り込むと四時間ほど寝入ってしまった。

 十一時に彼女が起こしにきた。彼女も寝てしまったそうだ。母屋に行って食料を調達し、それから七時過ぎまで彼女の部屋で過ごした。

「ナナカの裸が見たい」と明るい中で服を脱がせた。きちんと着た服を、ぼくが一枚一枚脱がせて行った。

「下着だけよりストッキングを履いたままのほうが恥ずかしいです」

「うん。なんだかすごくいやらしいよ。特にこのラインが」とおへそから股間にかけて走るシームラインを指でなぞる。彼女のうちももがキュッと閉じる。

「早くストッキング脱がせて下さい」

「いや、まだじっくり見たいな。後ろを向いてみて。うん、ストッキングに包まれたお尻も、すごくエロチックだな」

 ナイロンの肌触りと肌の弾力をいやらしい手つきで堪能する。

 ふともも、お尻、腰骨、下腹部、足の合わせ目。唇をつけると化繊の匂いと肌の匂いと、他にも何かの匂いが入り交じっていた。センターシーム添いにゆっくりと唇を移動して行く。そして足の付け根の小さな三角の隙間に鼻を埋める。湿り気を帯びた甘酸っぱいような生臭いような香しいような匂いが頭をクラクラさせる。股間がますます充血した。

「このままブラだけ取ってみようか」

「えっ」

 彼女は胸に少しコンプレックスがあるようで、そこをいちばん恥ずかしがる。

「まだあまり大きくないから……ガッカリしないでくださいね」と悲しそうな申し訳なさそうな声で言う。

「昨日、見たよ」

「だって、こんな明るいところで見られるのは……」

「昨日触った感じだって、ぜんぜん小さくなかったけどな。何センチなの?」

「え……八十……点五センチ」小数点以下まで付け足して答える。

「どのくらいあったらいい?」

「八十五とか六とか七とか……。男の人は大きければ大きいほどいいんでしょ?」

「ああ、そういうことか。だったら大丈夫。ぼくは大きすぎるのはあまり好きじゃないから」

「でも……」

「八十二、三あれば充分だと思うよ。これからまだ大きくなるんじゃない?」

 そう言っても彼女はなかなか納得しない。

「ほら、ブラ外すよ。手をどかしてよく見せて」

 カーテン越しの柔らかい光で見る彼女の胸は、とてもきれいだった。いや、美しかった。開いたばかりの花のように瑞々しく、シャボン玉のように儚げで、赤ん坊の頬っぺたのように柔らかく膨らんでいた。確かに大きくはなかったけど、決して小さくもなかった。アンダーとの差があるためか、サイズよりも豊かに見える。お椀型ではなく釣り鐘型というのか、肩からトップまではほぼ直線で、トップから下がきれいな丸みを帯びていた。乳首は小さいながらも威張ったように上を向いて立っていた。その周りをうっすらとした肌色の乳輪が滲んだように囲っていた。正面から見ると、乳首は外を向くでもなく内をむくでもなく、まっすぐ前を向いていた。斜め横から見ると、釣り鐘の形が最も際立った。頂点にふたつ並んでピンと立つ乳首は、いかにも誇らしげで、健気で、思わず褒めてあげたくなる。少し鳩胸のようで、体全体の胸の位置とバランスが絶妙だった。なるほど、だからどんな服も似合ってしまうんだろう。足がきれい、腕がきれい、手がきれい、首筋がきれい。それはもう分かっていたけれど、胸までこれほどとは。もう一センチも大きくならず、このままで置いておきたいと思うほどだった。

 何も言わず、ただため息をつきながらいろいろな角度から眺める。彼女は、腕を後ろに組み、肩をすぼめて視線に耐えている。

「……なんてきれいなんだろう。言葉が出ないよ」

「ほんとに?」

「ああ。このままガラスケースにしまっておきたいくらい」

「……やだ……それよりも……触って……」

 丸みをゆっくりと指でなぞって先端に口づける。彼女が熱い息を漏らす。

「感じる?」

「……すごく……ビリビリする……」

 乳首をチュッと吸ってから唇を離すと、彼女が「あん」と肩透かしを食ったような残念そうな声を出す。

「あとで、たっぷり味わうからね。それよりも、こっち」と手を腰に滑らせる。

 黒い半透明のパンティーストッキングにぴったりと包まれたお尻やふとももの感触をもう一度手のひらで堪能してから、腰ゴムのところをクルクルと丸めて降ろす。艶めかしく肌に貼り付いていた半透明の薄皮を剥くと、真っ白な素肌が現れる。そのコントラストのせいか、ふともものあたりは余計に白く輝いているように見える。膝下まで丸め降ろすと、彼女がそこに指を添えながらスッと足を抜く。

「ねえ、履くところがみたいな」

「いいですけど……」と彼女が腕で胸を覆う。

「あ、寒い?」

「寒くはないけど、なんだか落ち着かない……」

「じゃ、もう一度ブラしようか」

「はい」と、後ろを向いて素早くブラジャーを付ける。

「安心した?」

「はい」とホッとしたように微笑む。

「じゃ、これお願い」

「そこに座っていいですか?」とドレッサーのスツールに腰を降ろす。そしてストッキングに足を通し始める。

 慣れた手つきで、丁寧に何度もたぐり寄せながら、足を、腰を、薄い被膜で覆って行く。立ち上がって腰まで履き終えたあと、もう一度つま先から両手で包むようにフィットさせて行く。

「はい、できました」

 思わず拍手したくなってしまう。

「履いてるところを見られるのって、なんだかすごく恥ずかしいですね」

「うん。見ていてもドキドキしちゃうよ。脱がすのも楽しいけど、服を着るところもけっこう興奮するもんだね」

「うふふっ。でも普段はあんまり見せませんからね」

「たまには見たいな。でもさ、黒いストッキングってよく濃さがまだらになってる人がいるでしょ。ナナカはいつもきれいに履いてるから、どうやってるんだろって思ってたんだよね」

「あ〜、そうなんですか。私もそれには注意してるんですよ。コツは、あげていく早さを一定にするのと、真っすぐ引っぱり上げることですね。でもサイズが大きいとどうしてもムラが出ちゃいますけど」

「へ〜、なるほどね。うん、勉強になった」

「勉強して、誰に教えるんですか?」

「あ、いや、誰って言うことはないけど、自分の知識として、まあ……」

「ふふふっ。次はどうします? もう一度脱ぎます?」

「う〜ん、ストッキング姿もいいし、素肌も見たいし、悩むな〜。ナナカはどうしたい?」

「私は、先輩も脱がせたいです。私だけ裸なんて恥ずかしい」

「あ、そうか。じゃ脱ぐよ」

「私が脱がせますから。はい、そこに立って下さい」

 ぎこちない手つきで、でも嬉しそうにぼくの服を脱がせ行く。パンツ一枚になったぼくの背中を抱いて頬をつける。

「男の人の背中って、いいですね。背中フェチになっちゃいそう」

「ここは?」と股間を指さすと、彼女は真っ赤になって目を反らした。

「ぼくなんて、足どころか、ナナカのどこもかしこもフェチになっちゃったよ。これからはナナカフェチと呼んでくれ」

「うふっ、嬉しい。私も潤也フェチですから。ずっと前から……」

 彼女に向き直って、抱き締めキスをする。ねっとりとしたキスをしながら、彼女のブラを外し、ストッキングを下ろし、ショーツを脱がせる。彼女もブラから腕を抜き、ストッキングやショーツから足を抜いて協力する。そうして唇を下へ下へと滑らせていく。恥毛に辿り着きそうになったところで、彼女が両手でそこを隠す。その手の上にキスをし、ゆっくりと手をどかせる。

 明るいところで見るヘアーは、ごく薄く、ひっそりと慎ましく、まるで生え始めたばかりのよう。恥部を守る役目など果たせそうもなく、それは大事な部分を強調するための上品なアクセントだった。髪の毛よりもまだ赤みがかっていて、それが余計にまばらに見せていた。あまり縮れもなく、ちょっとした息でそよそよと揺れた。恥毛さえ可憐だった。

 そのすぐ下から、ぷっくりと柔らかそうな皮膚が閉じ合わさったクレパスが始まっていた。それはすぐに下に回り込んで奥へと続いていた。人差し指の腹でその筋をなぞり奥を辿ると、指先に粘り気のある透明な液体が絡みついた。指を戻すと、それはキラキラと糸を引いた。何度か指を往復させるうちに、合わせ目が少し緩み、指先がぬるりと潜り込む。するとプクンとした柔らかい豆粒が指に当たった。彼女がビクンと体を反らせて膝を崩す。急いでベッドに運び、足の間に顔を埋めた。

 そっと合わせ目を開き、垂れ落ちそうになる透明なしずくを舌で掬い取る。それを少しだけ顔を出した陰核に塗り付ける。そこに触れる度に、彼女の体が大きくのけ反る。何度も舌を行き来させると、奥から女の匂いが濃く湧き出してきた。次々に湧き出してくる蜜液を丁寧に舐め取っては陰核へと運ぶ。彼女はシーツを握りしめ、首を左右に振り、それに耐えている。でも跳ね上がる体は抑えきれない。陰核に唇を押し付け、肉芽を引っ張り出すように吸い付く。すると彼女はぼくの頭を掻きむしりながら、背中を弓反りにして腰を跳ね上げる。ビクンビクンと何度も痙攣したあと、ぐったりと手足を弛緩させた。

 秘所から顔を離し、力を失った足を閉じさせるようにふとももに手を置く。半ば失神しているようでも、体はまだ時折ビクンと跳ねる。キスをすると、夢から戻ったようにうつろな瞳を開けた。瞼の横には涙の跡があった。彼女は恥ずかしそうに微笑むと、ぼくの首に腕を回して強く唇を押し付けた。彼女の匂いのするぼくの口に、何度も何度も唇を押し付けた。歓びに満たされた顔だった。

 それから何度も挿入し、彼女の中で果て、体を重ねて休んでは、またお互いを高め合い、ひとつになって腰を振り、絶頂を迎えた。軽くシャワーを浴びて咽喉を潤し、またベッドでもつれ合った。何度か、同時にいった。

 彼女は何も拒まなかった。途中からは積極的に楽しんだ。三度目くらいまではまだ少し痛みがあるようだったけれど、それもすぐに癒えて快感だけが体を満たした。飽きることなく貪り合った。隅々まで探検した。肌がお互いを求めた。触れ合っていないと何かが欠けている気がした。彼女はぼくのもう半分で、ぼくは彼女のもう半分だった。ふたりでひとつになった。

 まだまだし足りなかったけれど、体力の限界だった。ようやくの思いで体を引き離し、ノロノロと服を着て母屋へ行った。彼女が夕食の支度を始める。動きがいつもより緩慢だった。ぼくは食卓の椅子に座ってぼんやりとそれを見ていた。時折、テーブルを拭いたり、食器を出したりして手伝った。彼女は目が合いそうになる度に、頬を赤らめて横を向いた。


 誕生日の一週間前くらいから、彼女がぼくと目を合わせなくなっていた。話をしていても、どことなく目を反らし、気もそぞろだった。それでも毎晩寝るまでぼくの部屋で過ごした。そんな様子を見るたびに、ぼくも鼓動が早まった。あと五日、あと四日と、心の中でカウントダウンしていた。その時のためのシナリオをいくつも描いては消し、しまいにはどうしていいか分からず諦めた。

 そんなぼくたちの様子を不審に思ったのか、姉貴が「あんたたち、何か変ね。ケンカしてるようにも見えないけど、なんかよそよそしくない?」と言っていた。「いや、ちょっと誕生日プレゼントを何にするかで揉めてるだけだから」と誤魔化したけれど、まだ「ふ〜ん」と腑に落ちないようだった。

 それがまた始まってしまった。前よりももっと目を合わせなくなっている。そんなに態度に出たら、また勘ぐられてしまう。

 でも、気付かれたのはぼくのせいだった。

 その日の夕食後、風呂上がりの彼女をボーッと見ていたら姉貴が言った。

「ジュン、あんた、なんか目付きがいやらしいよ。ナナだってまだちょっと具合悪そうなんだから、しっかり……」と彼女の後ろ姿に目をやって「あっ」と口を押さえた。そうしてぼくと彼女を交互に見た。

 部屋に戻ってすぐ、姉貴から「ちょっとそっち行っていい?」と電話が来た。ぼくと彼女を座らせて、こう切り出した。

「ねえ、あんたたち……でしょ」

 彼女が真っ赤になって俯く。そうですと返事をしたようなものだ。

「ふ〜ん、やっぱりそうか。まあ、いつかはそうなるとは思ってたけどさ。ジュン、あんたムリヤリやったんじゃないわよね」

「……そんなこと、するわけ……」

「違うんです。私がお願いしたんです。私が……」

「あ、そう。それならまあいいけど。で、あんたたち今日ズル休みしてやってたってわけだ」

「……ごめんなさい……もう二度と、絶対にしませんから」

「もうしちゃったものはしょうがないけど……。まあ、十六、十七だったら特別早いって訳じゃないしね。私も……。いや、それはいいとして、これだけは言っておくよ。あんまりやりすぎるなってこと。猿みたいにやりまくると何にも手に付かなくなっちゃうからね。あんたたちは他にもいっぱいやりたいことややらなきゃならないことがあるでしょ。そういう今しかできない、今だからできることっていうのを大事にしないと。セックスなんて、これから先いくらだってできるんだから。もう絶対にするなとは言わないけどさ、そこは節度っていうか常識っていうか、まあ私がこんなこと言うのもなんだけど、つまり欲望に流されるなってこと。お互いでちゃんとルールを決めるとか」

彼女が「はい」とうなだれる。ぼくも、渋々と頷く。

「いや、怒ってるわけじゃないのよ。むしろ、やっとそうなったかって喜んでるくらいなんだけどさ。こんだけ仲良くてそうならないほうが不思議だしね。でも、だからって手放しでやれやれとも言えないじゃん。まだ高校生なんだし。ナナだってまだ成長途中の体なんだからさ。お互いに好きで大切にしたいなら、自分の欲望に振り回されるなってこと。それともうひとつ、これがいちばん重要なんだけど、ちゃんと避妊すること。出来ちゃったら、ついうっかりじゃ済まないからね。避妊具がいちばんなんだけど、今日は安全日だから大丈夫とか、そういうのは絶対当てにならないから。よく排卵日のあとの体温が高い時期は妊娠しないって言うけどさ、あれウソだから。100%なわけじゃないからね。で、もし万が一でもそうならないように、これあげとく」

 姉貴がポケットから錠剤の入った小さなケースを取り出す。

「私もね、まだ子供を作る予定ないからピル飲んでるの。ほんとはちゃんとお医者さんに処方してもらわなきゃいけないんだけど、とりあえず私のを一週間分あげとく。だから、今度の土曜にでもいっしょに病院に行って薬もらってこよう。今日から毎日一錠同じ時間に飲むこと。最初はちょっとだるくなったりするかも知れないけど、すぐに戻るから。それにね、生理が軽くなったりしていいわよ。私もだいぶん楽になったから。そういうことでいい?」

 今日は安全日と思っていた彼女が青ざめながら頷く。

「ジュンもそれでいいね」

「ああ。ありがと」

「でも、今日から飲み始めても一週間くらいしないと効果が出てこないみたいだから、一週間はエッチ禁止ね。わかった?」

「うん」

「はい」

「ま、そういうこと。しっかしね〜、覚えたては誰だってやりまくりたくなるわよね。でもまあ、最後までしなくてもいろいろな楽しみ方があるからさ、あわてないで少しずつゆっくりすればいいんじゃない? あんた、そういう研究っぽいの得意でしょ。ナナのきれいな体に傷つけちゃダメだからね。これからはもっとナナを大事にしなさいよね」

「ああ、わかってるよ」

「いろいろありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして。ま、姉からのアドバイスってことで、あとはあんたたちがよく考えなさい。あ、もちろん他の人には絶対に言わないから」

 そう言って、なんだかウキウキしながら姉貴は階段を降りて行った。

「ふ〜。さっそくバレちゃったな」とふたりでうなだれる。

「……どうしよう」

「どうしようって言っても……。まあ、姉貴の言うことももっともだしさ、ダメって言われた訳でもないし」

「でも……もうお姉さんの顔を見れない……」

「だけどさ、言われなかったら、たぶん人目を盗んで場所も構わずしちゃうところだったかも。ナナカの気持ちもお構いなく」

「そんな……でも、私もそうかも知れない……」

「とりあえずさ、今日一日は何も考えずたっぷりできたんだし、ぼくはすごくしあわせだったよ」

「それは私だって……」

「じゃあ一週間は大人しくしてようか。今まで通りでさ」

 彼女がコクンと頷く。でもまだ知られてしまったというショックは消えないようだった。

 それから数日、彼女は落ち込んで、学校でも家でも店でも下ばかり向いていた。それを見かねた姉貴が夜に彼女の部屋に来て長い間話し込んでいた。次の日からは、彼女もようやく笑顔を見せるようになり、土曜日には姉貴といっしょに産婦人科に行った。

 姉貴が彼女にどんな話をしたのかは知らないが、どうも、ぼくやトオルさんにとってあまり面白い話ではない気がした。

 そんなことがあって、ぼくらは猿にならずに済んだ。セックスは一週間か十日に一度にした。時々は手や口でお互いを気持ちよくさせることもあった。そんな時はとても熱心に相手の体を探索した。素肌を触れ合うだけでも充分にしあわせだった。そして、する時はふたりとも待ち焦がれていたように燃えた。心置きなく貪り合った。何度も果てては求め合った。ベッドの中の彼女はいつも初々しく、そして淫乱だった。恥じらいながらも一生懸命に応え、そしてそれを楽しんでいた。彼女の肌はますます艶めいてきて、美しく女らしい丸みを帯びて行った。

 しない時でも、ふたりでエッチな話をした。それは前もよくしていたけど、だんだんと具体的な話になっていた。こんなことしてみたい、こういうのは興奮する? これはどうだろう、へ〜こんなのもあるんだ。

 ついもするとSMとか性玩具に走りそうだったけど、そうはならなかった。ぼくは彼女の服装や下着姿や裸体や反応を鑑賞するのが好きだったし、彼女は肌を密着させるのが好きだった。お互いにそうされることに喜びを感じた。

 コスプレでもなかった。ナースやOLやセーラー服やアニメキャラの衣裳を着せて、何かになりきって遊ぶようなことはなかった。普段着の、あるいはちょっとおしゃれな服で、ありのままの彼女を楽しむ方が何倍も良かった。いつもの彼女の奥に秘められた恥じらいの疼きを少しずつ暴いていくのが、何にも代えがたい悦びだった。

 エッチな話をしていると、彼女はすぐに「下着が汚れちゃう」と言ってトイレに駆け込んでいた。スイッチが入ると、とても濡れやすく感じやすかった。そしてそのスイッチはすぐに入りやすかった。でも普段の彼女は、いつものように、いや以前にも増して、清楚でしとやかだった。彼女が処女でないとは誰にも思えなかった。ぼくでさえ、そんな気がする時があった。ミニスカートで立ち働いている時でも、部屋で寛いで足を崩して座っている時でも、下着は決して見せなかった。つい捲れそうになると丁寧に直し、照れながら、でも嬉しそうにぼくを見た。その奥をもう充分に知っているはずなのに、いつまで経ってもスカートの中は謎めいた魅惑の領域だった。

 ぼくは、下着を付けないで黒いパンティーストッキングを履いたお尻が好きだった。うつ伏せに寝た彼女のふとももに頭を乗せて、そのつやつやしたお尻の丸みを眺めた。秘密の谷間が半透明のナイロンの奥で見えそうで見えなかった。右のお尻からももにかけて、消し残ったチョークの線みたいな白い傷跡がうっすらと透けている。愛おしくそこに口づけながら、ぷるんと丸いお尻を揉むように撫でているうちに、気持ちいいと彼女がうとうとしてしまうこともあった。

 彼女は、汗ばんだ背中が好きだった。うつぶせのぼくに覆い被さって、胸の膨らみをひしゃげさせながらまさぐり、頬ずりし、匂い、くちづけし、舐め取った。彼女の潤いが、ぼくのふとももを濡らした。

 そして彼女はストッキングを引き裂かれるといっそう乱れた。無理矢理剥ぎ取られて蹂躙されているような恐怖にも似た背徳感でなぜか興奮しちゃうと言った。「私、マゾなのかな」と、そんなに嫌そうでもなく言っていた。ぼくは、せっかく美しく下半身を包んでいるストッキングを破るのはなるべくしたくなかったけど、たまに思いもかけないタイミングで引き裂いて彼女に侵入した。突き上げながら、腰の回りに擦れるストッキングの感触や、見下ろす白い上半身と黒い下半身のコントラストに、ぼくも激しく猛った。彼女はイヤイヤと悶え苦しみながら体をのけ反らせた。足を抱え、その黒く透き通った芸術品に唇を押し付けながら放出したりした。

 服を着たままも、ふたりとも好きだった。脱がし合って裸になって一度終えたあとに、またわざわざ服を着てすることもあった。捲り上げ、はだけさせ、着衣を乱した姿に、お互い興奮した。ぼくが息を荒げるのに彼女が濡れそぼち、彼女が喘ぐのにぼくが猛った。

 ごく普通にするのも飽きることがなかった。ゆっくりと腰を動かしながら、お互いの顔を見ておしゃべりしながらするのも楽しかった。時々彼女がしどろもどろになって小さくいき、またおしゃべりを続ける。ふと漏れそうになって動きを止めると、彼女は怪訝な顔をしながら腰で催促した。笑い転げて中断してしまうこともあった。言い負かされそうになるとぼくは腰を激しく振った。ズルイと言いながら彼女はぼくの首につかまってリズムを合わせ、同時に果てた。呼吸が静まってくると、火照った体を撫で合いながらまた話を続けた。時には彼女が上になって腰を使った。

 もちろんお互いの性器はとっておきの特別だった。何度も見たがり、触れたがり、口をつけたがり、いかせたがり、ひとつになりたがった。その至福の、極上の、忘我の行為を拒むことなど不可能だった。

 実は、彼女の陰毛が黒々と濃かったら剃ってもらおうと考えていた。モジャモジャとしたアンダーヘアーは、どうにもぼくの美的感覚にそぐわなかった。興奮するよりも萎えてしまう。でも彼女の陰毛はとても慎ましやかで、可憐と言ってもいいくらいだったから、そんな必要はなかった。「いつまで経ってもちゃんと生えてこないんですよ、大事なところが隠れなくて恥ずかしい」と手で隠しながら言っていたけど、今ではまったくないよりもこのくらいあるほうが絶対に美しいとさえ思う。まったくもって、自分でも情けなくなるくらいにナナカフェチだった。

 母屋のキッチンで食事の支度をする彼女に、誰もいないのを確かめてお尻や胸に軽く触れたりすると、彼女は頬を染めて「ダメ、お兄ちゃん」と耳元で言う。そうするともう何も手出しが出来なかった。


「喜びってさ、漢字で書くといろんな字があるじゃない?」

 桜の蕾がほころんできた公園を歩きながら彼女に言う。

「うん。悦楽の悦とか、慶事の慶とか」

「歓喜の歓とかね。それぞれ微妙にニュアンスが違ってて面白いよね。そういうのっていろいろあるじゃない。日本語って世界でいちばん表現力が豊かな言葉だなって思うよ」

「あ〜、そういうのは私も思います」

「英語だとjoyくらいしか思い浮かばないもんね」

「そんなことないですよ。pleasureやdelightもあるし、ecstasyも。他にも何か慣用句とかありそう」

「あ、そうか。なんだか受験が非常に心配になってきたな〜」

 うふふっと笑って「頑張ってね、お兄ちゃん」と彼女が言う。

 彼女は英語がわりと得意だった。英語だけはいい点を取っていた。その分、理数系がダメで全体では平均点だったけど。発音もすごくきれいだった。

「でもほんと、私は喜ばせてもらってばかりだな〜。家族にしてもらったり、お姉さんの結婚式に、誕生日パーティーに、学校のランチタイムも、こうして先輩と散歩するのも」

「ベッドでも?」

 組んでいた腕をギュッと握って顔を押し付ける。赤くなった頬には笑窪ができていた。

「でも、嬉しいっていう字は女偏に喜ぶなんだよな。なんで女偏なんだろう」

「それはね……ひ、み、つ」と言って、彼女は腕を離し、くるくる回りながら桜の並木道をスキップして行く。

 春らしい白いプリーツスカートがふわりと広がる。風景とお揃いのような、ほんのりと桜色のセーターの胸元は、心なしか少し膨らんできたような気がする。きれいな足のラインも、なんとなく大人びてきたみたいだ。

 風が彼女の柔らかい髪とスカートをなびかせる。「キャッ」と押さえるスカートの横からチラリとふとももが覗きドキッとさせる。黒いストッキングに包まれた艶めく足が、春の陽射しにきらめいた。彼女が「せんぱ〜い」と呼ぶ。ぼくは駆けて行く。その十六歳の少女を抱き締めるために。

 この桜が舞い散る頃、彼女は高校二年生になる。

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