第16話 二人の父

 美湖は布団の中で考え事をしていた。

 ゴトゴト。

 一通りアルバムを見て、祖母から父一行の昔話を聞いた。知らない話ばかりだったが、無理もない。美湖が父と別れたのは五歳の時だ。父がどんな人だったか覚えているはずもなかった。ただ、美湖の話を一所懸命聞いてくれていたことだけは覚えている。宇宙が好きだったとか、勉強熱心だったことなどは初めて聞いた。

 父にまつわる話をたくさん聞いたが、それと兄の世界との関係は特に導き出せなかった。

 ただショックだったのは、現実の双子と自分たちとの違いだ。同じ場所を怪我したり、同じ病気をしたりといったシンクロニシティを、この目で確認して安心することが出来ないことだ。もちろん言葉や気持ちで確かめている。けれど、父と叔父がそれを五感で確かめることが出来るのに対して、美湖たちは聴覚しかない。それはとても羨ましく思った。

――兄さんに会いたい

 美湖はさらにその想いを募らせた。

 ゴトゴト。

 さっきからずっと天井から物音がしている。

 ちょうど真上に三行の部屋があるのだろう。それにしてもこんな夜中に何をしているのか。

 何か手がかりになるようなものを、もしかしたら探しているのかもしれない。手伝いに行こうかとも思ったが、自分の部屋を他人に掻き回されるのは嫌だろう。美湖はとりあえず眠ることにした。

 しかし、色々あって興奮しているせいか、なかなか寝付けない。身体はとても疲れているのにだ。枕が変わったせいかもしれない。相変わらず二階の住人はゴトゴトと音を立てている。古い時計の針がコチコチと鳴る。音が反響してなおさら眠れない。

 そんな感じで一時間ほど布団の中でもぞもぞしていただろうか。暇つぶしにスマートフォンを弄っていたら、ようやくウトウトとしてきた。やがて美湖は眠りについた。

――夢を見た。

 幼い頃、父と遊んでいる夢だ。

 美湖は必死に何かを言っている。

 父は笑顔でそれを聞いている。

 そしたら父が二人になって、

 次の瞬間ぱっと消えた。

 二人の父が目を合わせたら、

 顔も体もぐにゃりと歪んで消えた。

 二人とも吸い込まれるように消えた。

 美湖は茫然としている。

 そこは風呂場の脱衣所だった。

 しばらくして母がやってきた。

 母は美湖に父はどこかと問い詰める。

 何度も、何度も。

 その度に歪んだ父の顔を思い出して、

 美湖は泣いた。

「美湖! 大丈夫か!」

 ふと名前を呼ばれ、美湖はぱっと目を開けた。

 天井の常夜灯が目に飛び込んだ。

 はあっ、はあっ。

 息が上がっていることに気付いて、美湖はゆっくり布団から体を起こした。

「美湖?」

 襖の向こうから三行の声がする。

「美湖ちゃん? 入るわよ」

 祖母もいるようだ。祖母がそっと襖を開けて顔を覗かせた。

「どうしたの、大丈夫?」

「え……何があったの?」

 美湖は上がる息を抑えながら言った。

「すごい悲鳴だったぞ」

 三行が言った。

「え?」

「怖い夢を見たのね」

 祖母が部屋に入って来て傍らに座り、美湖の背中をさすった。

「汗びっしょりよ」

「はあ……ホントだ」

 覚えてないのかという三行の問いに、美湖は首を横に振って答えた。

「すごい悲鳴って……どれくらい?」

「そうだな、軽く警察が来るほどかな」

 そう言って苦笑いをすると、三行は玄関の方へ行った。誰かが訪ねて来ているようで、三行の「すみません大丈夫です」という言葉が繰り返し聞こえた。きょとんとしている美湖に、

「隣の人がびっくりして通報したみたい」

「え……うそ……どうしよう」

「大丈夫よ。元刑事がなんとかしてくれるわ」

 と、祖母は笑った。

 しばらくすると三行が戻って来た。

「うちがばあさんの一人暮らしなの、ご近所さんが知ってるからな。女の叫び声だったから何かあったと思って通報してくれたらしい」

「あらまあ」

「だから母さん、ちょっと顔出してきて。無事を確認しないと警察帰らないからさ」

「わかったわ」

「私は?」

 美湖が身を乗り出した。

「私は行かなくていい?」

 三行は腰に手を当てながら、

「ま、そっちのが手っ取り早いな」

 と言った。

 美湖は祖母と共に、訪ねて来た警察官に無事を知らせ、また祖母は通報してくれた隣人にお礼とお詫びを言った。

「ごめんなさい」

 美湖は落ち込んだ。

「いい、いい、気にすんな。それより――」

 何かを聞き出そうとする三行を、祖母は止めた。

「もう明日にしなさい、ね」

 そう言って祖母は時計を指さした。時計の針は午前二時を回っていた。

「私、悲鳴あげたの?」

「そうよ」

「――なんか他に言ってなかった?」

 祖母と三行は顔を見合わせた。

「言ったのね」

「今日はもういいから、寝なさい」

 美湖はうんと頷くと、再び客間へ戻った。

「あいつ……本当は覚えてたんだな」

 三行は険しい顔をしている。

「よしなさい。だからってどうにも出来ないじゃないの」

「ちゃんと言ってくれてたら、初動調査も違ってたかもしれないのに」

「あの子は見ていただけよ。あの子に罪はないでしょう?」

 苛立つ三行を祖母は宥めた。

――お父さんの隣にがいる!

 美湖はそう叫んだ。兄一行が失踪した時、他に誰かがいたのだ。

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