第十二節 安らかな時の終わり
ジュワジュワと音を立てながら、冗談のように大きな鳥の足が煙を上げて焼けている。
食べ物を商いしている露店の中でも、一際目を引く巨大な金網。
頑丈な煉瓦で組んだ竈は真っ赤な炎を上げており、脂の乗った肉をしっかりと焦がしていく。
煙の焦げ臭さの中に混じる焼けた脂の匂いが本当に堪らない。
「わああぁ………!」
「もーちょっと待っててくれよ、お嬢ちゃん。直ぐに美味いところを用意してやっからな」
《
その丸焼きに釘付けになっている少女に、屋台の親父は微笑ましそうにしながらサービス精神を発揮する。
同時にばっと振り向くライアへと、アルディオスは買っても良いと頷き返した。
「しかし随分立派なロック足だな。どこで仕入れたんだ?」
「そりゃもう、西の禁域で実際に生きて飛んでた奴ですよ! 頻繁じゃありませんが、大物の仕入れは意外と多いんすよ」
「ほほう、そうだったのか」
「ええ。《巨獣》の肉はそのままでも日持ちしますし、調理すれば美味い奴も色々といるんですぜ」
店主の説明を受けつつ、フェリミアは傍らに立つ大男へと視線を向けてみた。
アルディオスは無言。だったが、直ぐに独り言のような言葉を返してくる。
「たまに、物々交換をな」
「………ぼったくられてませんか?」
「気にした事がないから分からん」
発生する魔物の数が多いこの《オリンピア王国》では、「魔物食」の文化がかなり発展している。
いつどんな災害が起きて、国内の農業や畜産などが壊滅するかも分からない。
それは王国が成立してから続く重要な問題であり、それを解決する手段として「食べられそうな魔物を調理する」事が奨励された。
現在まで続く魔物食の歴史を紐解けば、相当な苦難の連続であったらしい。
詳しい事は割愛するが、今では魔物料理は王国の重要な食文化であり、希少な魔物の肉などは相当な額で取引されている。
十数メートルという巨体を持ちながら、焼けば非常に美味な肉を持つ《ロック鳥》などその典型例だ。
「業者には何か言われなかったのですか」
「正当な額を用意するとは言われたが、金があっても仕方ない生活だったからな」
「………市場が混乱しても事ですから、出来れば自重して頂けると」
「そのぐらいは考えているぞ」
「承知してますが、一応私も言わねばならない立場なので」
苦笑しながらフェリミアは頷いた。
「アル、フェリ! 美味しいよ、これ!」
いつの間にやら、ライアは切り分けて貰った鳥の肉を齧っていた。
フェリミアが店主に代金を支払い、こちらも皿の上に大きく盛られた肉の塊を受け取る。
「どうぞ」
「………ン、すまない」
そのまま流れ作業で渡された皿にアルディオスは視線を落とす。
よく火の通った肉の表面を、熱で融けた脂が流れている。厚めの皮はパリパリで、ただ見ているだけで食欲をそそられる。
実際、ライアは小さな口でもりもりと肉を削っていく。どうやら余程気に入ったらしい。
アルディオスもナイフで削いだ肉を、大きく口に頬張る。
「どうですか?」
「………美味いな」
フェリミアの問いかけに、アルディオスは素直に頷いた。
美味い。染み込んだ脂の味に胡椒などの香辛料が程よくアクセントを加えている。
決してしつこくはなく、噛めば噛む程に肉の味が口の中に広がっていく。
「何だかすっかり食べ歩きになってしまいましたね」
自分の皿の肉をつつきながら、フェリミアは軽く苦笑いを浮かべた。
あれこれと色々見て回っている内に、気付けば屋台の料理をはしごする流れになってしまった。
ライアが本当に嬉しそうに食べてくれるのも大きい。
これは美味いぞ、あれもなかなかと色々勧めている内に、ライアの方から「みんなで食べよう!」と言ってあとはなし崩しだ。
東の島国に伝わる煮込み料理や、南の帝国にしか見られない狂い牛の舌の串焼き。他にも様々。
無論、興味を引くのは食べ物ばかりではない。
光に当てる角度によって七色に変化する不可思議な石は、最古の国家レイマンの国鳥である七色ツバメの巣でしか取れない魔法の石。
老竜が吐き出した年代物の牙に、《天墜》の名残である古戦場から見つかった出所不明の名剣。
それ以外にも手作りの装飾品や高級な敷物など、《既知領域》にある品物が溢れんばかりに集まっている。
まるで一つの小世界だ。そのすべてを、ライアは目を輝かせながら眺めていた。
アルディオスの言葉は正しかったのだと、今なら素直に頷ける。
世界はこんなにも煌びやかで、壊してしまうのは余りにも勿体無い。
「楽しい!」
ライアは自分の思いを言葉にした。歌うように、囀るように。
「ね、綺麗だし、ピカピカだし、美味しくて、とっても楽しいの! アル!」
「………そうか」
その歌声に、アルディオスは笑った。
普段は見えない口元には、確かに笑みの形となっている。
フェリミアは横目でそれを見ていた。彼が笑ってくれている事実だけで、胸がいっぱいになる。
此処に来て良かった。フェリミアは心の底からそう思った。
ただ躊躇い、迷うばかりで無為にしてしまった十年。
それも全て、この時を迎えられた事で報われたような気がした。
「嬉しそうですね」
「あぁ、連れて来て良かった」
「ライアのことだけじゃありませんよ」
「………あぁ」
微笑みかけるフェリミアに、アルディオスは小さく頷いた。
喜びを感じているのは、ライアだけではない。同じ感情を、三人は共有している。
すれ違ったはずの過去。十年という歳月を鎖してきた後悔。破壊という名の無垢な感情。
違うものを抱える三人は、今一つの思いを共に抱いている。
―――こんな時間が永遠に続くのなら、きっとこの世界は素晴らしい。
「ゴチソウサマでした」
「………しかし、いっぱい食べるな。ライアは」
「美味しいから、仕方ないの」
大人でも平らげるのに苦労するロック足をペロリと完食してしまい、ライアは満足そうに笑う。
ライアだけでなく、アルディオスとフェリミアも同じ量だけ食べ終わり、店主の方が目を白黒させていた。
「いやぁ、良い食べっぷりだったよ。こっちが金払いたいぐらいだ」
「いやいや、美味しかったよ店主殿。機会があったらまた寄らせて貰いたい」
「こりゃ嬉しいね! どうだい、甘い物もあるんだけど。今なら可愛い子ちゃんにはサービスしちゃうよ!」
そう言って店主が出してきたのは、大きめの木製カップに入った白い飲み物だった。
何かのミルクのようだが、よく見ると中には透明な粒が幾つも浮かんでいる。
「これなぁに?」
「リーヴァグラムの山肌に住んでる尾長ヤギのミルクに、砂糖蜂の蜜とピーカの実を混ぜたもんだよ」
「ほう、それでこれは幾らに?」
「サービスって言ったろ? お代は良いから、一杯奢らせてくれよ」
いい歳の男が親指立ててニッカリと笑う絵は、お世辞でも様になっていると言ってやるべきか。
カップを受け取って、フェリミアは苦笑しつつ隣の相手を見上げた。
「可愛い子だけのサービスらしいのですが」
「…………」
「あー………いや、そうだ! 旦那もこう、よく見てみると愛嬌のある面構えですしっ。ささ、どうぞ一杯!」
別に良かったのだが、何も言う暇もなく差し出されたカップを、アルディオスは無言で受け取る。
見ればライアの方は早速カップに口を付けていた。
トロリとした甘い液体で喉を潤し、歯応えのある実を噛み締める。
甘い。甘くて美味しい。肉を沢山食べた後の口の中を、さっぱりとした甘さが洗い流していく。
「これも美味しい………!」
「うん、素材が良いな。大変美味だ」
「…………」
リアクションも三者三様。飛び跳ねんばかりに喜ぶライアに、じっくりと味わいながら感想を述べるフェリミア。
そして殆ど吸うような勢いで飲み干してしまったアルディオス。
言葉は少ないが、久々の森で採れる果物以外の甘味は実に刺激的だった。
「いや、気に入って貰えたんなら何よりですよ」
「あぁ、ありがとう店主殿。これからも健全に商いを繁盛させて欲しい」
「そりゃ勿論、お客さんあっての商売ですからな!」
頭を下げる店主に見送られて、アルディオス達は屋台から離れた。
もう随分とあれこれ食べたので、それなりにお腹も舌も満たされている。
「………さて、食べてばかりじゃ目的を見失いそうだし、そろそろ食材の方も見ておこうか」
「そうだな。最初の目的は、ライアに料理を教えることだったからな」
「ええ、忘れてたわけじゃありませんよ、本当に」
「お店で食べたみたいなの、作れるかな?」
「あぁ大丈夫、いきなり上手くは行かないかもしれないが、少しずつやっていこう」
そんな風に話をしながら、ふとアルディオスは空を眺めた。
太陽は中天の位置からそれなりに傾き始めている。夕闇はまだ遠いが、それなりの時間を街で過ごしたようだ。
日が落ちてから森に戻るのも面倒だ。後は買い物だけ済ませて、夕暮れが訪れる前に戻って………。
「…………?」
思考を中断させたのは、陽の光を遮る黒い影だった。
鳥か雲の類かと考えたが、違う。それは鳥よりも遥かに大きく、雲よりも明らかに低い位置を飛んでいる。
それがどんどん近づいてくる。まさかと思うよりも早く、その姿は誰の目にもはっきりと見えるようになっていた。
「ドラゴン………!?」
一頭の巨竜。明らかにエルダー級の体躯を持つ恐るべきドラゴン。
危険を報せる鐘を打ち鳴らす暇さえなく、降り立った竜によって《城塞都市リンベルン》は激震した。
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