第64話 山田太郎殺人事件 17

    ◆





 事件現場。

 といっても、調べる必要があるのシバの部屋ではない。

 イチノセ。

 彼の部屋を捜査する必要がある。

 シバの部屋には謎要素はほとんどない。老警部とポンコツ刑事の現場検証以外に何かあるとは思えない。

 対してイチノセ。

 彼の部屋には謎が残っている。

 まずは無くなった首。

 どのようにして無くなったのか。

 そもそも、どうして首を晒したのか。

 続いて、燃えたクローゼット。

 どうしてクローゼットを燃やす必要があったのか。

 爆弾の不発だという考えもある。

 しかし、そうなるともう一つの疑問が湧く。

 ただそれは、現場で確認しないと正しいかどうか判断が付かない。

 だからこそ、イチノセの部屋の調査が必要なのだ。


「ん? どうしたの、君達」


 イチノセの部屋の前に立っていたのは、あのポンコツ刑事だった。流石に死体が置いてある部屋にポンコツは配置できないだろう。

 そんなポンコツに、兄が話し掛ける。


「ねえ刑事さん。現場見―せて」

「え? 駄目ですよ」


 ですよね。


「一般の方には見せられないです。探偵でも連れてきてください」

「んじゃ、大丈夫だね」


 そう言ってひょっこり顔を出すミワ。


「あたしは探偵だよ」

「え? またまた。嘘ですよね?」

「ホントだよ。あの警部さんに聞いてみなよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね。警部―っ! 警部―っ!」


 ポンコツ刑事は二つ隣の部屋へと駆けて行った。


「さて、早速見ちゃいますか」

「そうさそうさ―」


 その隙に私達は部屋に入室する。

 したたかな兄と女子高生だ。


「さあて、まずは何を見ようかな」


 ミワがにやりと笑って周囲を見回す。

 何を見ようかという問いに対して、実は答えられる。

 兄には既にこう伝えてあるのだ。


 


 兄は指示通り私を引き連れてトコトコと窓際に歩いていく。


「お、少年。そこを見るか。お目が高いね」


 ミワも隣に並んでくる。

 焼け焦げた跡はそのままである。警察の現場テープなど当然持っているわけがないので、入ってはいけないとは示されていない。

 入ってはいけないとは示されていない。


『モエタノ ヨケテミテ』

「ガラガラガッシャーン」


 兄が足でがれきをかき分ける。

 バキバキと木材が折れ、バリバリと鏡が割れる音が聞こえる。黒い炭が舞うが、兄はお構いなくかき分ける。

 そんな兄の様子をぽかんと見ていたミワだったが、唐突に、にやり、と笑うと、


「あっはー。ここのがれきを広げてみようかね」


 と一緒に足で広げ始めた。

 やはり五歳児よりも女子高生の方が早い。


 バキリ。

 バリバリ。

 バリバリ。


「あーっ! 何やっているんですかーっ!」


 ポンコツ刑事が慌て顔で入室してくる。


「何って……捜査?」

「何で疑問形なんですか!?」

「まあまあ、あたしが探偵だってことは分かったでしょ?」

「ぐぬぬ……確かにそうでしたから言い返せません……」

「だったらいいじゃん。捜査捜査」

「いやいやいや! 現場荒らすのは駄目でしょ!?」

「現場を荒らしたわけじゃないよ。それに――」


 ミワは笑みを深くする。


「もう十分にしね」


 うん。その通りだ。

 私もベビーカーの中で頷く。

 兄とミワに色々いじってもらったおかげで、あのがれきの中の違和を二つ感じることが出来た。

 その違和について私は兄に伝えてるべく、指を握る動作を開始する。

 と、その間に、


「んじゃ、ここではもういいかな、少年?」

「うん」


 私が伝えている最中に返答対応できる兄は、かなりすごいんじゃないかと思う。


「ということで、じゃあ、失礼しまーす」

「おじゃましましたー」


 えっ、えっ、と困惑するポンコツ刑事を尻目に、私達は部屋を出た。

 部屋を出た直後で、ちょうど兄に違和を伝え終えることが出来た。


「ねえ、少年。答え合わせをしようか」


 ちょうどいい所で、ミワが兄に問う。


「答え合わせー? なにー?」

「あの現場で新しく分かったおかしい所は何個あった?」

「んーとねー」

『コタエテイイヨ』


 うん、と兄が回答を口にする。


「二つだよ」


「あっはー。あたしと同じだね」


 ミワはご満悦の様だ。前のめりで反応してくる。


「じゃあさじゃあさ、一つ目は何だい?」

「んーとねー、おかしいと思った所はねえ」


 兄は私が先程伝えたことの一つ目をそのまま伝える。


、ってことかなー」


「そうだね。あたしもそこが気になったなあ。あのクローゼット、元々鏡って掌くらいのサイズのものがあったくらいだったと思ったからね」


 兄とミワがかき分けるとき、妙にガラスを割ることが多かった。クローゼットの中に元々設置されていた鏡にしては量が多すぎる。

 ということは、あのクローゼットには鏡が多めにあったということになる。

 何のためかは、まだ分からないが。


「おっし、最年少探偵。あともう一つは何だい?」

「えっとね、あともう一つはねー」


 兄は大きく手を広げて告げる。


「あの『三〇びょー』って言っていた、ってことかなー」


「ズバリ正解その通り!」


 無かったのはイチノセの生首だけではない。

 あのカウントダウンを告げていた機械も、あの部屋にはどこにも無かったのだ。


「ついでに言うと、あのクローゼットを燃やす装置もだよねえ。ま、あれはカウントダウンを告げる機械と同じモノ――連動させないと意味ない気がするから、結局は同じってことになるかもだけどね」


 ミワの言う通り。

 カウントダウンと共にクローゼットを燃やす様な装置も、当然、クローゼットの中にあってしかるべきだと思うが、その形跡すら全く残っていなかった。

 では、犯人はどのようにしてクローゼットを燃やしたのか。

 これも謎になっている。


「少年。何でこうなっているか、どうやったか分かる?」

「んーとね……分からないやー」


 その方法については、正直、まだ分かっていない。

 可能性がいくつも思い当たるが、肯定する材料もない。

 もう少し考えさせてほしい。


「そっか――よし、少年探偵」


 突然、手をパンと叩いて、ミワが


「謎はまだまだあるけど、次はどうするよ?」

「んーとねー、えっとねー」


 兄は悩む。

 やれやれ、私がいないと方向性も決められないのか仕様がないなあ。どうしてもというならやってあげようじゃないか――などと上から目線の思考をした後、私は兄に伝える。


 


「昔の事件について聞きに行こうよー」

「昔の事件って……『現実館事件』?」

「そうだよー」


 うーん、とミワが顎に手を当てる。


「でも知っていそうな人って、誰? 山田さん?」

「えっとねー、うんとねー、そうじゃないよ」


 兄が答える。

 ……察したか。

 兄は本当に優秀な助手だ。

 でも多分、何が「そうじゃない」のか分かっていないだろうから、素早く教えて上げよう。

 確実に過去の事件を知っていると思われる人間。

 その人物の名前を、私は兄に伝えた。

 そして直後、兄はミワにこう告げた。




「聞きに行こうよー。――にー」

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