第65話 山田太郎殺人事件 18
◆
ニイの所に行く。
そう告げた時のミワの反応は、
「あっはー。やっぱそうだよねっ」
と、肯定的なものだった。
それはそうか。
だって、ニイが五年前の事件を知っているという事実を引き出したのはミワなのだから。
ということで。
私達は懲罰房の前まで来た。
そこには、房の前に置かれた椅子に座っているニイの姿があった。
「どうもニイさん。お疲れ様です」
「おつかれさまですー」
あうあうあうあう。
お疲れ様、という言葉は私のだけは通じていないだろう。寂しいモノだ。
「どうも皆様お疲れ様です」
「ずっとそこにいたんですか?」
「ええ。山田様も、この中にずっといらっしゃいます」
「どれどれ?」
そう言ってドアを開けようとしたミワだが、その間にスッとニイが身体を入れる。
「すみませんが、どなたも開けさせるわけにはいきません」
「えー? 何でですか?」
「山田様の要望で、一度でも開けないでほしい、ということなので、申し訳ありません」
「あっはー、徹底しているねえ」
山田は喋れないので、中にいるのか分からない。だが、ここに入る時は皆で一緒に確認したので確実に中にいるだろう。
まさかあの垂直な壁を昇って脱出した、なんてのも考えられないだろう。
「そういやトイレとかどうするんですか?」
「……あまりそれは、女性に対して口に出来ることではないので、ご勘弁願えないでしょうか?」
恐らくはペットボトルかバケツ。
……あまりここには深く突っ込まないでおこう。
「んじゃ、ニイさんの睡眠はどうするの?」
「一日の徹夜は特に問題ないのでこのままです。ヤクモさんやサエグサさんが交代制にしましょうと提案してくれましたが、ここは私一人だけで対応させていただくことにしました。あと一日少々ですしね」
「船が来るのはいつ頃なのですか?」
「予定では明日のちょうど一二時です」
と、そこでニイは立ち上がり、頭を下げた。
「本当であればそこまでに、あの塔でイベントを色々と計画していたのですが、このような事態となり、申し訳ありません」
「いやいや、ニイさんのせいじゃないですよ。事件起こした奴が悪いんですから」
「そう言ってくださると、非常に助かります」
「いやいやいや。だから何でも言うことを聞かなくてもいいんですよ。何でも」
「えっ?」
……またまた。
ミワは凄く強引に聞き出そうとしている。
この流れに乗っておこう。
「だから、教えてほしいんだけど語ってくれてもいいんですよねー? あの五年前の『現実館事件』のことをさ」
「……昨日も言いましたが、私は何も」
「またまた、嘘つかないでくださいよー。ニイさんは知っているはずですよー」
にこにこと笑いながら、ミワは突く。
昨日、ニイが付いた嘘を。
「だってあの五年前の事件で館が『燃え盛った』ってことを知っていたじゃないですか」
「……っ」
しまった、という表情になるニイ。
あの時、ニイはハッキリと口にしていた。
燃え盛る館。
それは、ニイが来る前に、山田が状況を告げた際に初めて知った事実だ。
だから本当に全く事件について知らなければ、キャッチコピーだけでそこが一致するとは、ニイは口に出来ないはずだ。
「あの事件って世間には知られていないのですよ。私も探偵として警察の中の資料をちょこっと見せてもらったくらいで、中身全然知らなかったんですよ。でも、どうして燃え盛るって知っていたんですか?」
「……言い逃れしても無駄なようですね」
ふっ、と短く息を吐いて、ニイは観念した様に天を仰いだ。
「隠すつもりはない……と言ったらウソになりますね。実際隠しましたし」
「どうして隠そうとしたんですか?」
「それは、全てを話してからの方が良いでしょう」
ニイは深く息を吐き、語り始める。
「私は『現実館』の従業員の一人――その維持や雑務もろもろ、といった仕事でしたが、そういう立場であの場にいました。その『現実館』はとある政財界の息子が所持していた別荘だったのです」
「成程。だからあの事件は表に出ていないのか」
「そういうことです。その息子の方はあまり良くないこともしていらっしゃったのです。口にするのもはばかれるようなことも行われていたようです」
そういうところはあまり想像したくない。
「そんなある日、その館で殺人事件が起こりました」
「あ、それは聞きました。で、その殺人事件の犯人が火を放った後、いくつも犯罪が起きていたってことですよね」
「ええ。正確には四つの事件が発生しました」
ニイは指を折る。
「一つ目は、火事現場から、殺人事件の被害者とは別の、首が斬られた死体が見つかりました」
首斬り死体。
イチノセを思い出す。
「二つ目は、これも殺人事件の被害者とは別ですが、首を吊られた焼死体もあったそうです。ロープが燃えずにつながっていたのが奇跡的で奇妙な図になっていたそうです」
首吊り。
何か首に繋がることが多いなあ。
「三つ目は館から大金が無くなったことです。所謂火事場泥棒ですね」
これはあり得る。
だが先の二つと比べるとスケールが小さく感じてしまうのは、私の良くない所だと思う。
事件に大小などないのだから。
「四つ目は、とある少女が火事場から発見されたことです。その少女はずっと前に死亡していたとされていた人物で、この場に死体があること自体がおかしい人物だったのです」
「ずっと前に死亡していた?」
「凶悪犯として警察が追っていたのですが、一度は被疑者死亡として処理した人物だったそうです」
「なーる。つまり警察の威信と、政財界の息子の悪行を隠すために、警察はこの事件を闇に葬ったってことか。だからあんな隠し書類のとこにあったんだ」
ミワが感慨深そうに言う。普通に残っていた訳ではなく、隠されていたのを探し出していたのか。というか記録を残しておくこと自体もしなさそうだが、どうして残っていたのだろうか。警察内部に告発する準備でも整っていたのだろうか。それとも、処分し忘れだろうか。いずれにしろ、ここでは憶測の域を超えない。
「だから、この事件については当事者しか知らないことが多くあるはずです。そして私はただの従業員で、何があったかは知っていますが、詳細は把握しておりません。当時の警察の方にその場で訊いた程度のモノです。だから山田様が本当に問いたいことには、実は答えられなかったのです」
本当かどうか知らないが、あの事件にかかわっていたことを知った。
中にいる山田はどう考えているのだろうか。
何を思うのだろうか。
「……もうここまで来たら、正直な話を言いましょう」
分からないが、ニイは更に言葉を紡ぐ。
「ここにいる中で、あの事件に関わっていた人間は――私だけではありません」
「つまり、他にもいたってことですか?」
「ええ。その通りです。少なくとも一人、存じております」
「もしかしてそれって、あの警部さんですか?」
「……どうして!?」
ミワの言葉に驚くニイ。
私も驚いた。
てっきりそれは、イチノセやシバ、ゴミあたりの名前を出すと思ったからだ。
どういう理由であの老警部を上げたのか。
私も知りたい。
「あ、当たったんだ。警察ってだけで上げてみたんだけどさ」
……そういう理由なんかい!
「いや他にもあるんですけどね。私があの情報を知った時に、ちょうどあの警部さんが見せるようにしていたとかね。前々からあの事件をちらつかせようとしているのはあの人かな、って思っていたんで」
そういう理由があるのならば納得だ。
「ええ。あの方はあの事件の捜査に関わっていた一人です。たまたまだとは思いますが、私の記憶に残っていました」
「他にもいるんじゃないの? 例えばイチノセさんとか、山田さんとか」
「正直なところですが、他の方について印象がそこまでなく、断言できるのがあの方だけなのです。それに山田様はあの火事で怪我をされたとのことですが、あの火事での被害者は結構多く、どなたが山田様に当たるか、申し訳ないですが私には判らないのです」
下を向き、首を横に振るニイ。
「……私は従業員だったにも関わらず、お客様より早く逃げました。だから大した傷も負わず、ここにいるのです」
「まあ、人間命がけになったらそういうもんでしょ。気にしなくていいんじゃないですか」
ひどく軽く、ミワはそう言う。
まあ、ニイの重ねた経験と女子高生であれば、どんな言葉も軽くなってしまうだろう。
私はそれよりも浅いけどね。
赤ちゃんだし。
「んじゃ、あの警部さんに話を聞いた方がいいってことですね」
「あ、えっと、はい。そうだと思います」
「分かりました。ありがとうございました」
さらっとそう言って、ミワはニイに背を向けてエレベータの方へと向かっていった。
急な話なので、私達もそれに追い駆ける形となった。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「んー、あれ以上は無駄かなー、って思ってさ。多分、凄い重い話聞かされるよ、あれ」
「そうなんだー」
「それにさ、隠していることがまだありそうだったからね。あれ以上追及しても出てこないと思うしね」
それも理解できる。
言えない理由は一つだ。
あの背部に山田がいるからだ。
そんな中で語ることが出来ない何かを、ニイは隠している。
確証はない。
ただの直感だ。
というよりも、状況がそうだ。
あんな事件があったのに。
それを知っているのに。
こんな思い出させるようなキャッチコピーの管理者をやるはずがない。
きっと何かがあるはずだ。
だが、あれ以上は何を言っても真実を話してくれる見込みはない。
故に、ミワの判断は至極正しいと私も思う。
「じゃあ、警部さんのとこ行こうか」
『イコウ』
「うんー」
私達はエレベータに乗り、二階へと向かった。
同時に、私はとあることが気になっていた。
ミワが途中で切り上げて背を向けた瞬間。
あの時にニイが見せた、一瞬の表情。
それはずっとしていた、客に対しての申し訳ないという眉間に皺を寄せた顔ではなく――
ひどく冷たい印象を抱かせる無表情だった。
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