第17話 私誘拐事件 エピローグ
後日談。
というかネタばらしである。
ベビーカーにあった白い粉は、覚せい剤であった。それはあの老警部の見立ては合っていたということだ。
覚せい剤の袋にあった指紋は二つ。
一つは兄。それは手に取った時に付いてしまったものだろう。
そしてもう一つは、先に私を誘拐したあの男のものだった。
この時点であの男が覚せい剤をベビーカーに入れたことが確定し、彼の逮捕につながった。
逮捕容疑は覚せい剤所持と誘拐未遂。
だが調べて行くうちに、覚せい剤はただ運んでいたと判明。中身が覚せい剤と知らされていなかったらしい。
男はネットでのやり取りで「金をやるから、とあるロッカーの中身を、指定されたベビーカーの底に入れろ」と写真付きで指示されたとのこと。少なくない前金が支払われたためにやらなくては、ということになったそうだ。どこまで本当かは知らないが。
しかし、予想通り男の行動は三つだけのようだ。
ベビーカーごと私を短期間誘拐する。
覚せい剤をベビーカーの中に仕込む。
元の位置に戻す。
本当にそれだけをしていれば、恐らくは露見しなかったであろう。本当に誘拐して身代金を要求しようとしたり、私を殺そうとしようとしたりしたから無駄に時間を食ってバレたのだ。きっとそんな意図があったことは証明できないとは思うが。まあ、でもこれで懲りて更生してもらえるといいのだが。きっと目の前の金に目がくらんだだけだと信じたい。彼の行く先はまだ長いだろう。若いのだから。
もっとも、私よりは若くないけれど。
さて、話を戻そう。
あのベビーカーに入れただけでは、勿論、彼にベビーカーの中に覚せい剤を入れるように依頼した人物へと目的のモノを届けることは出来ない。
では、彼がそのようなことをした後、どうやって覚せい剤を回収しようとしたのか。
結論から述べよう。
それは――『捨てたモノを拾う』という方法である。
見知らぬ得体を知れない人物が触れたベビーカーなど、気味が悪くて使えない。だから嫌な思い出も含めて捨てる、
中身はそこまで調べない。
その捨てられたベビーカーごと覚せい剤を入手すればいい。
それが受け渡し方法だ。
私が――というよりこのベビーカーが対象となったのは、ただ一つ。
この大型モールから家まで五分だからだ。
つまり、家を特定されていた、ということでもある。
マンションなので正確には部屋まで把握されていないのかもしれない。
ゴミを捨てる場所さえ分かればいいのだから。
ここまで述べれば、受け取る側の犯人は分かっただろう。
犯人は清掃業者に変装して、ベビーカーを回収しようとした。
本物の業者が来る前に。
だからこそ、老警部は母親に依頼した。
囮捜査に使わせてもらいたい、と。
具体的には、同じような袋に小麦粉を入れたモノを入れておいて、ゴミに出してほしいということだ。何も知らないふりをして。
そして予想通り、回収に来た犯人二人組を、張り込んでいた警察が逮捕した。業者でもない人間が回収しに来た時点で言い訳のしようがない。金目のモノを盗んだ、と言ったが他のモノは盗もうとせずにベビーカーに一直線に手を掛けて去ろうとしたので、それも無理のある言い訳だった。
その捕まえられた二人は暴力団関係者だったらしい。因みに私を誘拐したのは金で雇われただけの本当に関係のない男だったようだ。
しかし、私を誘拐した男に金銭と共に覚せい剤を渡した人物については今だ逮捕出来ていないとのことだ。しかし受け取ろうとした側を調べれば尻尾はつかめるだろう。警察は無能では決してないのだから。
あのポンコツ刑事は除くけれど。
だがこのことは言い換えれば、犯罪者に家が割れている、ということでもある。
だから引っ越しをするべきだと思うのだが、母親は「ここ住みやすいしねぇ」と意外に愛着を持っていたようで、そのつもりはないようだ。警察としても引っ越し代を負担するという行為も出来ないため、マンション周辺の見回り強化、というところで対応するようだ。まあ、仕方ないとは思うが、不安はぬぐえないのは事実である。文句を言いたいところだが、いかんせん、私は赤子だ。まだ喋ることは出来ないので伝えることは不可能だ。
そんな私でも会話できる存在が一人増えた。
それが兄だ。
兄は私が伝えたい言葉を分かってくれる稀有な存在だ。だが、言葉以上の意味はまだ受け取ってもらえない。それがもどかしいが、そこまで求めるのは酷というものだ。
全く持って使えない助手である。
そう。
私は五歳児の兄を助手とすることとした。
言葉が判るのが彼しかいないのだから仕方がない。
兄から話を聞き、私が推理をして、兄に行動をしてもらう。
安楽椅子探偵ならぬ、ベビーベッド探偵である。
もっとも、事件に巻き込まれなければそんなことを言わないでよいのだが、どういう星の巡り合わせなのか、残念なことに、そうはならない。
先の誘拐未遂事件から一か月も経たずして。
私はまた、とある事件に巻き込まれることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます