託児所殺人事件

事件編

第18話 託児所殺人事件 01

 私の母親にも学習能力はあったようだ。


 そういう言い方をすると非常に失礼かと思うが、まあ家族だし、普段の彼女の姿を見ていればそう思うのも確からしい、と言った方がよい。同じミスを何度も繰り返し、炊飯器のスイッチを押すのを忘れる、何故か買い物の度に使いもしない白菜を買う、砂糖と味噌を間違えるなど……思い出すだけで無数にある。

 そんな母親なのだから、これくらい言っても構わないだろう。

 ……とは言いつつも。

 今回の件は以前、私の身に起きた誘拐事件がきっかけだから、学習してもらわないと困る点はある。

 場所は再び、あの大型モール。

 いつものごとく母親と兄と買い物に来ていた。

 但し、私は買い物中、母親の傍にはいない。

 確かに買い物中にずっと目を離さずにいられるのは難しいから、こういう手段になるのは必然だろう。


 ということで。

 私は今、モールの中の託児所にいた。


 流石大型モール。顧客のニーズに応えている。確か一定額以上の買い物をすると無料で二時間まで、だったような気がする。赤ちゃんだからよく分からない、とここぞとばかりに赤子アピールをしておく。誰にするかは知らないが。

 託児所には歌のお兄さんお姉さんのような爽やかな男性女性が一人ずつ担当しているようだ。

 若いのに大変だね、と同情すらする。

 人様の赤ちゃんを預かることは責任感もそうであるが、気を抜くことが出来ない仕事だろう。

 すぐ泣くし。

 すぐぐずるし。

 すぐ漏らす。

 やだねえ赤ん坊ってと思うが、私もその赤ちゃんなのだとすぐに自覚する。他人に向かって優位に思うなど性格悪いなと思う。

 まあ人生長いのだから、矯正するように気を付けよう。うん。

 ちなみに私はアイドルだからトイレ行きませんしおむつもしていません。

 嘘ですが。

 さすがにそこまでコントロールできない。

 というかトイレにまだいけないのだから仕方ない。

 私は赤ちゃんなのだから。

 ……少し話がそれた。

 ちなみに兄は託児所に預けられずにモールを自由に動き回っているそうである。信用されているんだと意外性を思うのと同時に、羨ましいと思う。私にも足があったら……いや、あるから。翼があるからみたいな言い方をしてどうする――などと一人でボケ、ツッコミをしておく。寂しい奴だと罵るがいい。

 もっとも、この託児所は人が案外預けられておらず、今は私一人という状態であるのだが。かなり珍しいのではないか、この状況は。先の条件の『何円以上お買い物で無料』というのがハードルが高いのかもしれない。それともただ単に必要ないのだろうか? そうなると逆に顧客のニーズに応えられていないのかもしれない。

 うーむ。経営って難しい。

 そんな託児所の事情は置いておくが、一つ私はこの状況に思う所がある。

 それは、家から五分なのだから私を置いて行ってもいい気がする、ということだ。家の中でベビーベッドに寝かせておけば事故など起きやしないのに、同じ施設にいないと安心できないのだろうか? そこは判らない。母親の心情など読めない。あの母親だから、読み取った心情が合っている自信がない、という方が正しいだろう。

 ……でも、まあ、ある施設を利用するのは正しい方法なのだろう。そこは母親の判断に任せようと思う。

 実際、反論があろうとも私自身が母親に口を利くことはまだ出来ないのだけれど。


 あ、そういえば。

 口は利くことは出来ないが、私自身で少し進歩があった点がある。


 それはようになったことだ。

 いわゆる掴み歩き、ってやつだ。


 まだ足の筋力が弱いので掴まなくてはいけないが、いずれは二足歩行も可能となるだろう。

 実を言うと前からやろうと思えたら出来たのだが、出来たら出来たで面倒くさそうだったのでやらなかっただけだ。

 別に辛かったからではない。

 知識がある分、他の赤ちゃんに比べて色々と先に進めることが出来るが、人間は異物を排除するモノ。目立つわけにはいかない。

 ならばどうして探偵の真似事をしているのでは、という意見があるのだろうが、謎を解く快感を得たからに過ぎない。

 好きなモノは好きだから仕方ない。

 とまあ、探偵行為は止められないということで、それ以外の所は普通の人間のようにしようと思った私であった。まだ赤ちゃんだし、頑張らなくてもいいでしょう。


 閑話休題。


 ということで、私はモノに手を掛けた状態では歩けるようになったのだが、しかしまだ赤ちゃん故にそんなに自由度が高くない。しかし、寝返りくらいは自由にうてるようになった。



 だから見られないわけではなく、



 いきなり何のことか、と問われても、答えたくない。

 答えないではなく、答えたくないと言う所にニュアンスの違いがある。

 まあ、訊かれることなどないけれど。

 ただ一つ言いたい。

 大人なんだから我慢してほしい。

 いや、逆か。

 大人だから我慢できないこともあるのか。

 仕方ないな。うん。本能だし。

 

 さて、思考を元に戻そう。

 

 今の私は託児所で寝かされている存在である。

 ただ一人。

 正直、何もすることがない。

 ……大人しく寝ていよう。

 赤ちゃんの仕事は泣くことと寝ることだ、という言葉を耳にしたことがあるが、確かにそうである。

 いい意味ではなく。

 それしか出来ない、という意味で。

 泣いて異常を知らせ、寝ることで安心を伝えるということ。

 それが赤ちゃんの仕事、というのはよく出来た言葉だな、と思う。

 ならば仕事をしようか、と赤ちゃんも前向きに思えるだろう。

 ……その年齢で言葉を理解していれば、の話だが。

 つまり結局のところ意味がないのである。


 ……ふう。


 なんだかんだ言って考えてみたけれど、不毛だな。

 すっかりと飽きたので、寝ることとした。

 幸い今日はまだそんなに寝ていないので、すぐにでも寝られるだろう。

 ……嫌なバックグラウンドミュージックはあるが、般若心経でも唱えておくことにしよう。

 知らないから適当だけれど。

 しかしモールス信号は知っているのに般若心境は知らないのだな。何でも知っているわけではないのだ。

 つまり私は神ではない。

 知っていたけれど。

 さあ、つまんないことを考えることに集中していたら眠くなってきたぞ。人間、やれば出来るものだ。


 ……おやすみなさい。


 私は微睡みに身を委ねた。

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