第15話 私誘拐事件 14

 老警部の口からそう漏れる。


 覚せい剤。


 所持しているだけでも犯罪である薬。

 そんなものがどうしてベビーカーの中に?

 その答えは簡単である。


「あ、あなた覚せい剤を所持していましたね!? 逮捕です!」

「馬鹿もん!」


 母親に人差し指を向けたポンコツ刑事に、老警部が怒鳴り声を浴びせる。


「どうして早とちりするんじゃ! それにご婦人がこんな風に運んでいるのならば警察来る前に理由を付けてベビーカーを持ち帰っておるわ!」

「あ、そ、そういえば……」

「だから自然とこう結論付けられるだろう。――誘拐犯の目的は、この薬をベビーカーに入れることだ、と」


 この警部、なかなか見込みがあるな――と、年齢に等しい程の年の差があるのに、私はそう思った。


「とはいえ、これが本当の覚せい剤かどうかは調べなくては分からない。だからこれを鑑識の方に回しておいてくれ」

「は、はい!」

「馬鹿もん! 素手で受け取ろうとしてどうする! 手袋を付けなさい!」

「すみません! ……って何でですか?」

「……はあ」


 やれやれと首を振って、警部はポンコツ刑事に向かって懇切丁寧に説明する。


「これが覚せい剤だった場合、ビニール袋に誰の指紋が付いているかが重要になるからだ。だから自分の指紋を付けない様に配慮しなさい」

「でもあの子の指紋が付いちゃっていますが?」

「付いちゃったものは仕方ないだろう。そんなことはどうでもいい。――で、その後の動きは分かるな?」

「はい!」


 ポンコツ刑事は敬礼しながら答える。


「あの男の指紋を取ってくるんですね!」

「その通りだ。勿論、覚せい剤が見つかったことは伝えずに理由を付けて指紋を採取しろ。いいな?」

「はい!」

「ならば行ってこい」


 ポンコツ刑事は手袋を装着した後、覚せい剤と思わしき白い粉を持ってダッシュで部屋を出て行った。


「……流石に覚せい剤を持ったままあの男の前には出ないだろうな……?」


 ハラハラしている老警部だが、その気持ちは痛いほどわかる。

 あのポンコツ、ポンコツ過ぎるだろう。

 しかしそんなことを心配している必要はない。

 それよりも気になる所がある。


 私の声は誰にも届いていなかった。

 いや――いなかったと思い込んでいた。

 実際にはいた。

 身近にいた。

 確証はまだない。

 まだないのだが――


「しかし……」


 と、私が悩んでいる横で、老警部もまた唸り声を上げていた。


「どうしてベビーカーの中に覚せい剤を入れたのだろうか? 理由が分からない……」


 確かにそうだ。

 母親が無関係ならば、ベビーカーに覚せい剤を隠す必要はない。

 ではなぜ隠したのか。

 それは相手にこっそりと渡すためである。

 では、母親でなければ誰に渡すのだろうか?

 そう考えても答えが出ない。

 しかし、ここで頭を柔らかく考えるべきだ。


 

 赤ちゃんだけど。


 ベビーカーに入れることでどうやって渡せるのか?

 その視点で考えた際に、一つの可能性が生まれる。

 どうやって回収するのか。

 そうなれば、別室の男が何故、誘拐しておいて戻すと指示されたのかが理解できる。

 ポイントは一つ。

 誘拐事件をばれるように起こし、覚せい剤をベビーカーに入れ、そして戻す。

 別室の男が指示されたのはそれだけだ。

 この場合に別室の男が捕まったことは問題ではない。

 さて、老警部はここまで思考が辿り着いて、結論に至れるだろうか。


 ……などと悠長なことを言っている場合ではない、か。

 それに、確かめたいこともあるし。


 よし。

 確かめよう。


 私は合図を出すことに決めた。

 具体的には、モールス信号でとある言葉を放つ。

 この言葉は、この状況では意味のない言葉のように聞こえる。

 何で、という疑問が生じるはずだ。

 だから、私のモールス信号の意図を読み取っているかの確認に使える。

 さっそく実行する。

 伝えるメッセージは少し長めだ。



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