捜査編

第6話 私誘拐事件 05

 しまった!?

 そう思った時には既に遅し――


 ――というわけでもなかった。

 

 私の意識が落ちて再び目が覚めた時、時間は一時間も経過していなかったらしく、まだデパートの中だった。

 恐らく場所は事務所かどこかであろう。

 私は母親に抱かれていて、すぐそこに兄がいて、モールの責任者であろう人もちらほらといるようだ。視界に入るのはそのくらいである。

 まだ泣かない。

 根性でか弱い筋力を総動員して、寝ているのとほぼ同じ状態になる。

 目的は、状況把握のためだ。

 どうしてこんな所にまだいるのか、ということを聞き耳立てる。


「――ブーンブーンズゴーンヒュルルルルル! ついらくー!」


「こらぁ。静かにしておきなさいねぇ」

「はーい」


 五歳児の兄は元気のようだ。ある意味癒される。


「すみませんねぇ。続きをどうぞぉ」

「……ということは、貴方はあの男性のことは知らないのですね」

「そうなんですよぉ」


 母親と事務所の人らしき男性の会話だ。しかし媚を売っている訳ではないが、ひどくのんびりとした声の母親だなあ。見た目からそういう印象なので相手には悪印象は与えないだろうけれど。受けた相手の言葉にも棘は無さそうだった。


「ではあの男性が言っていることはおかしい、と」

「ええ。警察を呼んでいただいても構わないですよぉ」

「分かりました。警察を呼びましょう。証言をしていただく必要があると思われるので、少々お時間を取らせてしまいますがよろしいでしょうか?」

「構いませんよぉ。それで私の無実が証明されるのならばぁ」


 にっこりと笑顔で母親は応答する。

 成程。

 今の会話で大体は把握した。

 恐らく、店の人は私を攫った男を捕まえたのだろう。

 だが男は、母親の知り合いだとか、母親に言われて連れまわしていたとか、そんな言い訳をしたのだろう。だから母親は「知らない」と正直に話をしているのだろう。

 ということは、男が何故、私を誘拐しようとしたのかが分かっていない。

 

 つまりは――ベビーカーが目的であったことは知られていない。


 ベビーカーに何かがある。

 私の視線の先にある、そのベビーカーに。

 それを伝えることが何よりも重要だ。

 できれば警察が来る前までに、考え付きたい。考え付いて、関係ないことを証明したい。

 まずは、伝える方法を考えよう。

 それが第一優先。

 続いて、目的とベビーカーのどこにあるかを考える。

 これは並行して行う。

 出来るか?

 いや、やってみせよう。

 私は赤子。

 赤子故に思考することしか出来ない。

 考える葦である。

 考えろ。

 考えろ。

 伝えるにしても、誰に伝えればいい。

 一番伝えやすいのは――



「あらぁ。起きたのね。おはよう」

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