第2話

 穏やかに晴れた月曜日、学校の授業はつつがなく進行していた。昼食とお昼休みを挟んだ午後の授業は眠気が増す。ましてや今あずきが受けている5時限目の授業は、退屈な授業のため悪い意味で有名な年配の先生による国語の授業。50分の授業はそろそろ後半に差し掛かろうとしている頃で、夢とうつつの境を行ったり来たり船をこいでいる者、睡魔と退屈さに抗うことをやめて机に突っ伏して爆睡モードに入っている者もちらほら見える。

 年配の先生がゆっくりとお経でも唱えるかのように教科書を滑舌のあまり良くない声でただ読み進めるだけの授業はひどく退屈だった。あずきも左手で頬杖をついて、少しばかりとろんとした目をしながら授業を聞き流していた。

 こんな授業を聞くくらいなら小説を読んで空想にふけりたいと常々思っていたが、授業を聞かずに他のことをしようものならあの先生は一々授業を止めて不満を言い始めるのでこっそり何か他の事をしたくてもできなかった。

 やる気のなさそうな声質の先生のやる気のなさそうな授業なのに、生徒の動向はその濁った目でいつも鋭く監視している。誰かが自分の授業を聞かずに私事わたくしごとに興じているとそれを猛禽類もうきんるいが獲物を見つけるが如く素早く察知して注意するのだ。以前にも何度か他の生徒がそういうことを授業中にしているのを見つけられ、授業の進行が停止することがあった。ただでさえもテンポの悪い授業なのに生徒が何かしているのを見つける度に進行が止まるとなると、うんざりすること間違いない。

 それほど厳しい先生なら生徒が授業中に寝ようものならそれも注意するものだが、授業中に寝る生徒があまりにも多く注意してもきりがないため、生徒の授業中の居眠りについては無視しているらしい。ただ、とがめないだけで成績には居眠りがしっかり反映されていると聞いたことがある。

 そんなに自分の授業が聞かれないことが嫌なら、もっと面白い授業になるように努力をするべきだ、あずきはそう思った。

(この授業中に魔法でちょっとした事故を起こせたなら、きっと楽しいだろうなぁ。あの本にいたずらに使える魔法はないのかな?……放課後になったら探してみようっと)

 そんなことを考えるとちょっとワクワクした。放課後になるのが待ち遠しかった。今日、これからあの本を借りに行くのだと考えていたら退屈な時間もすぐに過ぎたような気がした。




 待ちに待った放課後になった。かばんに教科書やノートを詰め込んで帰り支度を済ませるとそそくさと教室を出ようとした。

「あずきーお疲れ~」

 仲のいい友人である綾香があずきに声をかける。

「お疲れー綾香」

「あー、今日も授業退屈だったよねー」

「うん、ホント退屈だった」

 なんてことない他愛のない会話をするふたり。その後も授業が退屈で疲れてるのにこれから綾香は塾に行かなければならないことなど身も蓋もない会話を続けながら下駄箱に向かう。

「これから部活?」

 綾香があずきに聞く。

「ううん、今日はちょっと用事があるんだ」

 まだあの本のことは親友の綾香にも言い出せず、ちょっと用事があるという便利なフレーズでごまかす。そもそも魔法の言葉を記した本が図書館にあるなんて普通の人はにわかには信じるわけがない。それにあの本のことはまだあずきも詳しくは知らないので、ツッコまれると説明ができず墓穴を掘るだけである。

「そっかー。私も塾行かないと行けないし、今日は遊べないね。また今度ねー」

「うん、また遊ぼっ」

 バイバーイ、と軽く手を振り合ってあずきと綾香は校門で別れた。




 綾香と別れた後は真っ直ぐに今日の目的地である町立図書館にあずきは向かった。入り口で今日が休館日ではないことを一応確認して中に入る。そしてワクワク感に胸を躍らせ、少し早足であの本、ププロン・ペペロン・ポポロンという名前の不思議な魔法の本のある本棚へ向かった。

 その本は今日も図書館の隅っこの本棚にあった。以前そうしたように少し背伸びをしながら茶色い背表紙のその本を手に取る。実は背表紙に小さな赤いシールが貼られているのだが、古くなって色が薄れて背表紙と同化しかけていたので彼女はそのシールに気がつかなかった。

 本を開き、パラパラとページをめくっていたずらに使えそうな魔法を探す。


     フララ・シャラル・スピラ

           お花の前で唱えてみて

              その子はもしかするとおしゃべりさん


(うーん、いたずらには使えなさそう……)

 魔法の言葉の一言説明文を読む限り、どうやら花と会話できる魔法らしい。花と会話できるというのは女の子にとってはちょっぴり魅力的だが、あずきが探しているのは退屈な授業を魔法。この魔法は探しているものではなかった。

 ページをめくり他の魔法を探す。


     スタラ・チャッカ・フー

           くんくん、くんくん

               なんだかとってもいい匂い


 なんとなく火をつけれそうな魔法だがそうではなくいい匂いがするらしい。だがその匂いがどんな匂いなのか検討もつかないし、いい匂いのする魔法を使う場面なんてあるのだろうか。そもそもどこからその匂いがするのか。とても謎の多い魔法だがこれもいたずらとは関係なさそうだった。

 その後も授業中にいたずらとして使えそうな魔法、ちょっと不思議なことが起こった程度で魔法の存在を周囲に悟られないで済むものを探したが目ぼしいものは見つけられなかった。


 図書館で探すより家で探したほうがゆっくり探せるし魔法も試せるので、当初の予定通り本を借りて家で使えそうな魔法の言葉を探すことにする。あずきは本を持って貸し出しカウンターに向かった。

「あの、この本を借りたいのですが」

 そう言って例の本をカウンターにいるお姉さんに渡す。あずきから本を受け取った女性は慣れた手つきで本についた図書館専用の管理用バーコードを機械で読み取った。画面を見ていたその女性の表情が少し変わる。何かトラブルでもあったのだろうか。彼女は背表紙を確認してあずきに言った。

「申し訳ありませんがこの本は禁帯出、つまり貸し出しできないんです。図書館内での閲覧は自由にできますので、読み終わったらお近くの返本台へお返しください」

 本を返してもらうとあずきはその本の背表紙を見た。すると確かに禁帯出であることを示す小さな赤いシールが貼ってあった。

 借りたかった本が誰かに借りられていて貸し出してもらえなかった時もがっかりするものだが、手元にその本があるのにそもそも貸し出しができない本のため借りることができないという状況がとてももどかしかったし、そのもどかしさで余計にあずきはがっかりした。仕方がないので魔法の言葉をいくつかノートの切れ端にメモすることにする。書き終わると本を返本台に返さずにわざわざ本棚の元の場所に返した。

 本自体を持って帰れないのは残念だったが、魔法の言葉を持って帰ることはできるのでそのことを前向きに捉え、あずきはメモを忘れないようしっかりとかばんに入れ、新しい魔法に心をときめかせながら家路についた。

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