ププロン・ペペロン・ポポロン
浦賀玄米
第1話
夕暮れ時、日曜日にも関わらず
「――ぷぷろん・ぺぺろん・ぽぽろん?」
見慣れない本のタイトルに思わず図書館にいるのを忘れて声に出して読み上げてしまった。そのことに、はっと気づき周りを少し見渡してみるも自分の周囲には誰もいなかったので、中学生ぐらいの見た目で前髪はヘアピンで軽く留め、短いピッグテールを頭の下のほうに2つ下げて、赤いメガネをかけた少女、あずきは少し安堵した。
どんな本だろうか、そう思いさっき手に取った本のページをパラパラとめくってみる。そこにはまったく耳にしたことのない不思議なまるで呪文のような言葉がカタカナで書かれており、その後にその呪文がどんな呪文であるのか補足するようなことがほんの一言か二言程度書かれていた。
ププロン・ペペロン・ポポロン
唱えればちょっぴり不思議なことが起きる魔法の言葉
何が起きるかはお楽しみ
本に書いてある通り不思議なことが起きるとは思えなかった。だから、あずきはこの本をただの詩集のようなものだと思った。また新しいページを開いて、別のページも開いてみて、特に興味もなくなったので彼女は再び背伸びして本を元の場所に返した。
帰宅し、いつものように手を洗ってうがいをした。なんてことはないただの日常。特に変わったことはない。夜になってごはんを食べて、家族と他愛のない話をして、ちょっとテレビを見て、二階にある自室に行って宿題をして、お風呂に入って、パジャマに着替えて。そして眠る前に先日買った小説の続きを2章分ほど読む。
既にあずきはその日図書館で見た変な本のことも、変な呪文を軽く口にしてしまったこともすっかり忘れていた。すっかり忘れたまま、午後11時頃にベッドに入って布団を被るとすぐに眠りに落ちた。
真夜中にふと目が覚めた。夜中に目が覚めることなんてないのに、おかしいなぁと思いながら毛むくじゃらの手を伸ばして枕元に置いてある時計を確認する。時刻は午前2時を少し回ったところだった。寝ぼけながらも午前2時なんて怖いなと思うと、時計を置いて布団を被りなおして再び眠ろうとした。
「―ちょっと待って、私の手って毛むくじゃらなんかじゃなかったよ?」
自分の記憶を確認するように小声でそう言いつつ手を恐る恐る確認する。
「ウソでしょ・・・?」
信じられないことが起きたときに言う言葉は大体決まっている。多くの人がそれがウソ、つまり夢や幻といった現実じゃないことであってほしいと願いつつ、にわかには受け入れられないという拒否の意味を含めてこう言うのだ。
あずきの手は毛むくじゃらの動物の手のようになっていた。ベッドに入ったまま手を出して、信じがたい見た目になった自分の手をまじまじと見る。そのときあずきは横向きに寝ていたが、枕の当たる
「っ!」
声にならない声をあげてベッドから飛び出て、自分の状態を視覚的に確認するために全身鏡に自分を写してみた。そこに映っていたのは全身に毛が生えて毛むくじゃらになって猫耳とひげが生えた女の子・・・のような存在だった。人間に猫の毛を生やしてひげと猫耳をつけたようなのがあずきのいつも着ている薄いピンクのパジャマを着ている。体を動かすと鏡の中のその妖怪みたいなヤツも一緒に動くので、自分自身がその姿になっていることを悟るあずきだったが、あまりにも現実離れしているので猫娘があずき自身だと理解したくなかったし、できなかった。
これは夢だ、もう一度寝て起きれば元通り、そう思いあずきは再びベッドに入る。その際に茶色い猫毛が少し抜けたが気にしないことにした。枕に触れる猫耳やら手足の毛が気になってなかなか眠ることはできなかったが、それでも再び眠ることに成功した。
朝が来た。そのことを目を
「よかった」
手を見るといつもの人間の女の子の手だった。念のためベッドから出て全身鏡に姿を写してみるも、いつもと変わらない姿の女の子が写っているだけだった。頭を触ったり頬を触ったりもしたが、特に変わったところはない。
もし、あのことが夢でなかったら、そのまま変わることがなかったら、そうなったらあんな姿では学校に行けないどころか家族にもその姿を見せることはできなかった。そうでなかったことをしっかり確認し、あずきは安堵した。
ベッドの宮棚に置いてあるメガネを手に取り、慣れた手つきで顔にかける。そして視界がくっきりしたところでベッドの異変、茶色い猫の毛が落ちていることに気がついた。
夢じゃなかった。あり得ない現象は確かに起こっていた。こんな不思議なことが起こることで、アニメやマンガでしか見たことがないけれど、魔法は確かに存在するのだと思わざるを得なかった。
そして、その魔法の原因に心当たりはある。間違いなく昨日見たあの変な本の変な言葉のせいだ。
今日、学校が終わったら町立図書館にもう一度行こう、そうあずきは決心した。不思議のカギが図書館という意外と身近な場所にあるなんて誰が思うだろうか。しかもあの本はあずきが見つけるまでしばらく誰にも見られてなかったように感じる。つまり、彼女以外にあの呪文というにはかわいすぎる例の言葉を知っている人はほぼいないということ。その優越感と別の言葉を試したいという好奇心でそう大きくない胸を膨らませて、彼女の一日は始まった。
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