第6話 悪魔再会

 西日の差す校舎を一人歩く。


 俺の足元から続く長い影の先に、彼女が見えた。


 「阿久さん。」


 つい彼女の名前を呼んでしまってから、それは思ったよりも大きな声だったことに自分でも驚く。

 さて名前を呼んだものの、特段彼女に用があった訳ではない。

 目線を俺に移した彼女に、何か話しかけなければ・・・

 必死に話題を探すが、咄嗟に見つかるものではなかった。

 彼女のことは、つい先日のペンを拾ってもらったときに知った。

 共通の話題なんて見つかるはずがない。


 あれ?

 彼女は、いったいいつ転校してきたんだっけ?

 クラスの中でどの座席だった?

 あれ?あれ?あれ?・・・


 彼女に「いつ転校してきたんですか?」なんて聞くのは失礼だ。

 「机の場所はどこ?」なんて聞いたら変に思うだろう。

 いや、もっと他に彼女に確認しておかなければいけないことがある。


 「今日は一人?」


 言葉に詰まっているオレに、とても静かな声がかけられた。


 「えっ?」


 何の話だ?


 「お友だちは?」


 あぁ、トモのことか。


 「トモはバイトがあるから先に帰ったんだ。オレは日直だったから日誌書かないといけなくて・・・」


 阿久さんって、誰とも話したことのないレアキャラみたいなことをトモが言っていなかったっけ?

 オレ、普通に話してるけど。


 「探し物を手伝ってくれない?」


 声の調子を全く変えず、淡々と静かに彼女は話す。


 「あっ、さ、、探し物?何か失くして困っている?」


 あっ、そっか。

 失くし物をして話しかけてきたのか。


 「探し物は何?」


 尋ねるオレに、彼女は少し考えてから言った。


 「消しゴムかな?」


 え???

 消しゴム???

 しかも自分の失くし物なのに「かな?」ってなんなんだ。


 「えーっと、どんな消しゴム?大切なものなの?」


 戸惑いながら彼女の顔を見る。


 「消しゴムを一つしか持っていなくて、それがないと家で勉強も出来ないかなぁって。」


 なんだ!?

 そんな理由ってありなのか!?


 「消しゴムだったら、オレのをあげるよ。家にも予備あるし・・・」


 出来れば暗くなる前に帰りたい。

 消しゴムなんてコンビにで24時間手に入るものだ。

 代用品でなんとかなるものだろ?


 「前の学校の友だちに貰った消しゴムなの。お願い。行かないで・・・」


 前の学校には友だちがいたのか。

 「行かないで」って、オレが帰りたいのバレバレじゃないか。


 なんだかなぁ。

 この姿を見て、何もせずというわけにはいかないな。


 「わかった!でも、暗くなると阿久さんも帰りが心配だろ?心当たりの場所を探して、なかったときはオレの消しゴムを持って帰ってね!そしてまた明日の朝からでも探そう!」


 彼女は表情を変えず、オレに背を向けて歩き始めた。


 「ねぇ、阿久さん。聞きたいことがあるんだけど・・・」


 ジトッと手のひらに汗が滲む。

 躊躇いを打ち砕くように拳を強く握り締め、ずっと引っかかっていたことを吐き出した。


 「本来そこにあるべきものが、君にはないよね?」


 一瞬歩みを止めたように見えたが、彼女は振り返りもせずそのまま足を前に進める。

 でもやはり、その足の先に続くいていくべきものが見当たらない。

 西日を背にした彼女の足元の先も、西日が照らされ廊下が反射ていた。


 自分で聞いておきながら、答えを聞くのが怖くなる。

 オレは急いで持っていた鞄の中からある物を握り締め、彼女の元に走った。


 「阿久さん、オレのを使って!今日はもう帰ろう!」


 そう言って彼女の手に無理やり自分の消しゴムを押し付け、彼女の前から走り去った。

 遠く後ろから、「行かないで・・・」と声が聞こえる。

 か細く、頼りなく、小さくて抑揚のない声が、悲しそうに苦しそうに、オレが走り抜けた後を追いかけて、やがて消えていった。

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光輝く天使に存在を否定され狙われるオレは、最弱の悪魔に守られる @asa-asa

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