247話 『宴』誘致合戦

 今、四十二区は激しい争いの渦中にあった。


「お祭りなら大広場でやればいいじゃない! 大通りも使って出店とか出してさ」

「新しい通路の完成を祝う『宴』ですから、ニュータウンでやるべきです! 出店の屋台も片付けずに置いてあるですし!」

「お祭りも、木こりギルドの完成パーティーも、みんな西側ばっかりだからさ、たまには大通りから東側でもやってほしいな、私は」


 パウラにロレッタ、それにネフェリーが加わって、『宴in四十二区』の開催場所で揉めている。

 ミーティングが行われている場所はもちろんというか、陽だまり亭である。


「じゃあよぉ、また街道でやりゃあいいじゃねぇか。他の区の領主様も来るんだろ? 街道の方が来やすいんじゃねぇのか?」

「「「モーマット(さん)は黙ってて!」」です!」


 余計な発言をして三娘に怒鳴られるワニ。

 お前さぁ、突けば蛇が出ると分かりきっている藪にダイブしてどうするよ?

 そんな慰めてほしそうな顔で俺を見るな。自業自得だろうが。


 領主会談の翌日。

 四十二区の連中に「『宴』をやるぞ~」と伝えたところ、ミーティングの席に呼んでもいない連中が大挙して押し寄せてきやがったのだ。

 エステラとのミーティングの日程がどこかから漏れたらしい。


 雨不足以降、結構いろんなヤツの力を借りたり、話をしたりしていたせいで、「あれ、俺関係者なんじゃね?」という勘違いをあちらこちらで生んでしまったらしい。

 デリアやノーマはもちろん、パウラにネフェリーにベルティーナ、ウーマロにイメルダにベッコ、セロンとウェンディにモーマットまで参加してる。

 驚くべきことに、レジーナまでいるんだよな、今日は。

 他にも見知った顔が何人かいるのだが、おかげで揉めに揉めているというわけだ。


「パウラさんは、カンタルチカにお客さんを引き込みたくてそんなこと言ってるだけです! あさましいです!」

「誰があさましいのよ!? ソーセージ禁止にするわよ!」

「あさましいは撤回するです!」


 ロレッタ弱っ!?

 あいつ、どんだけ好きなんだよ、魔獣のソーセージ。

 下手したら、ジネットの料理よりあっちの方が好きなんじゃないだろうか。


「でも、ネフェリーの意見はないよね」

「なんでよ、パウラ!?」

「だって、大通りの向こうって、今回関係ないじゃない」

「あるもん! そもそも、今回の騒動はセロンたちの結婚式がきっかけだったんだから!」

「「申し訳ございませんでした……」」

「あぁ、ごめん! そういう意味じゃないのよ、セロン、ウェンディ!」


 しゅんとうな垂れるセロンとウェンディに慌てて謝罪するネフェリー。

 そりゃそうなるわ。


「だから、あれよ! 今回の騒動が解決したのって、マーゥルさんの力が大きいじゃない? そのマーゥルさんが四十二区に協力してくれたのって、やっぱりセロンのレンガがあったからだと思うの! そうよ! だから、今回の功労者って断然セロンだと思うの! そのセロンのレンガ工房があるのは大通りの東側なんだから、東でやるべきだと思うわ!」


 苦しいぞネフェリー。

 単純に、自分が住んでいる東側が最近地味だから誘致したいだけだろうに。


 大広場を街の中心とした場合――大広場は、東西で見ればほぼ四十二区の中心にある。南北で見ると随分北寄りだが――西側には陽だまり亭をはじめ、教会、ニュータウン、川漁ギルドに木こりギルド、それに生花ギルドとミリィの店なんかがある。


 で、中心部――というか、大通り付近にはカンタルチカや、ウクリネスの服屋、大広場の北側にある丘の上にはベッコの実家である養蜂場などがある。

 ノーマたちがいる金物通りも、若干西寄りではあるが、まぁ中心部といってもいいだろう。


 大通りの東側には、領主の館があり、レジーナの薬屋があって、奥へ行けばゼルマルの爺さんの家があり、少し大通り側に行けばネフェリーの養鶏場や狩猟ギルドなんかがある。

 街の南東方面には牧場なんかがあったりもする。

 あと、妹と仲の良い帽子ちゃんが住んでいるのもその辺りだ。


「とにかく! 今回の『宴in四十二区~ロレッタちゃんが頑張って掘った新しい通路開通記念祭~』はニュータウンで開催するべきです!」

「おかしなサブタイトルつけてんじゃないわよ! だいたい、通路の総指揮を執っていたのはベッコでしょ? なら中央に権利があるじゃない」

「うぅ……確かにござるさんが総指揮者ではあったですけど…………ござるさんとウーマロさんを比較するとウーマロさんの方がまっとうな人間なので、ウーマロさんのいるニュータウンでやるべきです!」

「ん……まぁ、ウーマロとベッコを比べると…………ねぇ」

「そうね……こう言っちゃなんだけど、ベッコさんじゃ、……ねぇ?」

「なんか酷いでござるぞ、婦女子方!?」


 無意味に人を傷付けて、三人娘の議論は平行線をたどっていく。


 で、その間に『宴in四十二区』の打ち合わせを進める。

 ん、会場?

 ニュータウンだぞ。

 大通りや東側でやる意味が分からんからな。


 不公平?

 いいんだよ、西側が盛り上がればそれで。

 やりたきゃ、自分たちで企画して『酔いどれ大通り祭り』とか『東方月下夜奏会』とか開催すればいいのだ。


「屋台の数は増やすのかい?」

「そうだな。あまり範囲を広げ過ぎない程度にしつつ、店の行列が邪魔にならないような配置にしたいんだよな」

「じゃあ、微増ッスかね?」

「なぁ、ヤシロ。川の方にも店出したらどうだ? 川漁ギルドを手伝いにやるぞ?」

「いや、だからな。今回は祭りじゃなくて『宴』だからさ、一ヶ所に集まってわいわいやるのが目的なんだよ。距離を歩かせると目的がブレるだろ?」


 イメージは、あくまで花見なのだ。

 一ヶ所メインとなる広場を用意して、それを取り囲むように出店を配置する。

 食い物を買って、自分たちの場所に戻って、馬鹿話をしながら飯を食う。

 そんな催し物だ。

 店を眺めて歩くのは、また女神祭でやればいい。


「ちょっと、ヤシロ! あたしたちの話まるっと無視して話進めないでよぉ!」

「そうよ。少しは私たちのことも考えてよね。まったく、ヤシロってばいっつも勝手なんだから」

「あのなぁ……」


 イメージしてみろよ。


 新しく出来た通路を通って四十二区に来るだろ?

 そしたらまず、「おぉ! 本当に着いた!」って感動があるだろ?

 その後に、ちょっと遠くから楽しげな音と美味そうな匂いが漂ってきて、「何やってんだろう?」ってちょっと歩くと、そこでは宴が開催されている!

 そうなりゃ、「四十二区は楽しい場所だなぁ、さすがだなぁ、やっぱ勝てないなぁ」となるわけだ。


 それが、『宴』の会場が大通りや東側だったらよ、結構歩かなきゃいけなくて、会場に着く前に一発目の感動がさめちまうんだよ。

 畳みかけが重要なんだよ、感動ってのは。


「大体、大通りはイベントを誘致しなくても繁盛してんだろ?」

「……街道が出来てから、客足、減ったもん」


 おぉ……っと。

 マジか?

 え、それって俺のせい?


 そういえばパウラ、ここ最近結構頻繁に手伝いに来てくれるようになったよなぁ……以前は忙しくて店から離れられなかったのに。…………えぇ、マジか。


「あ~……じゃあ、仮装パレードとかヨサコイ的な何かでもやるか、そのうち」

「何それ!? 詳しく聞かせて!」


 うわぁ……食いついちゃった。


「仮装パレードってのはな……俺の故郷にはハロウィンってイベントがあってな、モンスターに仮装した子供が『オヤツくれないとイタズラするぞ!』って大人を脅してオヤツを奪い取る遊びがあるんだ」

「かっ、可愛いですね、それ!」


 脅されてみたい感満載で、ジネットが瞳をきらきらさせている。


「うむ! お菓子もあげたいし、イタズラもされたい!」

「あら、見ず知らずの変質者が紛れ込んでいますわね。通報いたしましょうかしら」


 ハビエルが危ない笑みを浮かべ、イメルダが危ない冷笑を浮かべる。

 イメルダの『危ない』は、『とある特定の人物の命が』って枕詞が付くけどな。

 ハビエルは、領主会談の結果を聞くために昨日のうちにイメルダのところに来て、そのまま泊まったらしい。

 だからって、ここにまで参加しなくていいのに。


「ねぇ、ヤシロ。それって大人は参加出来ないの?」


 パウラがマジだ。

 マジで仮装パレードを取り入れようとしている。


「むしろ、大人の方がノリノリで仮装してたぞ。本格派から、可愛らしさ重視、面白さ重視と、個性溢れる仮装をみんなでして街を練り歩くんだ」

「練り歩いて、どうするんだい?」


 エステラも興味を引かれたようだ。

 お前が仮装するなら、ぴったりの妖怪を紹介してやるからな。

 なぁ~に、その妖怪を知らなくても、お前ならなりきれるさ――『ぬりかべ』に。


「ふざけた格好して、みんなで一緒になってはしゃぐのは楽しいじゃねぇか」

「楽しい……かな?」

「普段着ないような服を着たら、誰かに見せたくならないか?」

「あぁ……そんな感じなんだね。うん。なんとなく理解したよ」


 エステラにもそんな経験があるのか、くすぐったそうな笑みを漏らして頷いていた。

 ただまぁ、街中を巻き込んでのハロウィン大会なんかやろうものなら……ウクリネスが過労死するだろうけどな。


「あらあら、私を心配してくれているんですか、ヤシロちゃん。優しいですねぇ」


 俺の視線の意味を汲み取ったのか、「今度のイベントではどんな服を作ればいいんです?」と、鼻息荒くミーティングに参加していたウクリネスがニコニコと微笑む。

 こいつも、何かある度に服を作ってくれて、大いに助かってはいるんだが……いろいろ教え過ぎて、この街の文化を浸食してんじゃないかと怖くなる時があるんだよな。


「私なら大丈夫ですよ。ハムっ子のお姉ちゃん組たちが仕事を手伝ってくれるようになりましたからね」

「あいつら、裁縫まで始めたのか!?」

「年長組の妹がウクリネスさんに鍛えられて覚えたです。小さい妹たちの間ではあこがれの職業の一つです」


 いつの間にか仕事先が増えていた。

 ハムっ子、マジで四十二区に欠かせない存在になっちまったよな。


「で、で!? ヨサコイって!?」


 尻尾ぶんぶん、テンションマックスのパウラ。

 ヨサコイを正確に説明するのは骨が折れるな……伝統とかルーツとか…………まぁ、ざっくりでいいか。


「十人から数十人でチームを作って、踊りながらパレードするんだよ。一糸乱れぬ団体の踊りは壮観なんだ。見物客は大いに盛り上がるぞ」

「踊りかぁ……うん! 確かに楽しそう!」

「ちょっと、ヤシロ!」


 ぱっと笑顔を咲かせるパウラを押しのけて、ネフェリーが泣きそうな顔で俺に詰め寄ってくる。

 なんでそんな必死に……!?


「パウラばっかりズルい! 私も……東側にも何か考えてよぉ!」


 なんで俺が……


「…………くすん」


 …………あぁ、もう。


「分かった。ちょっと考えてみるから、泣くな」

「ほんと? わぁ、嬉しい!」


 ……卑怯な技を使いやがって。


「……むぅ。ヤシロはやはり」

「ネフェリーさんには妙に優しいです」


 え、なんで?

 なんでネフェリーの時だけそういう意見が出てくるの?

 お前らの中の先入観のせいなんじゃねぇの? なぁ、マグダ、ロレッタ?

 パウラにもめっちゃアドバイスしたじゃん、俺。


「東側っていうと……レジーナとウェンディがいるから…………お化け屋敷でもやれば?」


 ウェンディも、最初は幽霊疑惑あったし。

 レジーナはもう半分妖怪だし。


 あ、もしお化け屋敷やるなら、エステラには打ってつけの妖怪を紹介してやろう。

 エステラなら、見事に演じきってくれるはずだ。『ぬりかべ』を!


「ねぇ、ヤシロ。さっきから何回か殴りたくなってるんだけど……心当たり、ない?」

「ノーコメントで」


 どうせなら、殴る時に「ぬり~」って言ってくれると雰囲気出るんだけどな。


「……どうせ、東側は地味だもん……気にしてるのに……ヤシロの……ばかっ」


 あ、ネフェリーがいじけた。

 なんか、めっちゃ俺が悪者扱いされてんだけど……


「おぉい、あんちゃん! ネフェリーさんを泣かせるとはどーゆー了見だぁ! 返答次第じゃ、あっつあつに熱したどろどろの砂糖を頭からぶっかけっぞ、マジで!?」

「やめろ! 大火傷じゃ済まねぇから、それ!」


 熱で溶けた砂糖はシャレにならない。

 ヤツはとても熱く、そしてくっついたら離れないのだ。

 キャラメリゼで何度火傷をしたことか……つか、お前はマジで呼んでねぇぞ、パーシー。


「ウチらがおる東側やさかいに……セクシ~なイベントにしてみたらどないやろ?」

「セクシーほこり展かい?」

「……引きこもりセクシー対決」

「セクシー独りしりとり大会です!」

「領主はんも虎の娘はんも普通はんも、冗談キツいなぁ」

「「「え、違うの?」」」

「なるほど~、本気やったんやねぇ。ウチ、街の人らぁによぉ理解されてて嬉しいわ~」


 レジーナは、ネガティブぶった最強ポジティブだからな。

 その程度ではへこたれない。むしろ「おいしい」と思ってしまう残念な人種なのだ。

 本気でセクシーを目指せば、そこそこいい線行きそうなんだけどな、レジーナも。

 ……スク水とか、ブルマとか、マニアックなセクシーさに走りそうだな、こいつの場合。


 …………ブルマ、か。


「じゃあ、区民運動会でもしてみるか」


 東側には牧場などが多くあり、土地はたくさん余っている。

 水害の際に行った水を逃がすための貯水池拡張も、有り余る土地のおかげでやりやすかった。

 運動会をするには打ってつけだろう。


「運動会ってなに? なんだか、凄く楽しそうな言葉ね」


 ネフェリーの機嫌が戻ってきた。

 そうか。こっちの連中は学校に通ってないから運動会なんか知らないんだ。

 そんなことをしている暇もなかったろうしな。


「区画ごとにチーム分けして、いくつかの競技で点数を競い合うんだ」

「区画って、東西と中央で三つ?」


 その分け方だと……


 西にはマグダとデリア。

 中央にはノーマとパウラ。

 東にはネフェリーとエステラ、それにナタリアか。


 パワーバランスはそこまで悪くないか。


「中央が不利じゃない、それ?」

「そんなことないさね。中央にはアタシと金物ギルドがいるさね。養鶏場ごときに後れを取ることはないさね」

「むぅ! 確かに私は、そこまで運動が得意じゃないけど……でも、東には狩猟ギルドがいるからね! 負けないわよ!」

「それに東といえばボクたちの館もある。ボクのところの給仕たちも、運動神経にはちょっと自信があるからね、いい勝負になると思うよ。ね、ナタリア」

「はい。私自らが鍛えておりますので」

「はっはっはーっ! 甘いぞ、お前たち! あたいたち川漁ギルドがいる西が最強だ!」

「木こりギルドもおりますわよ」

「ウチの弟妹も加勢するです!」

「「西はズルいので、勢力を分散するように!」」

「なんでだよぉ!?」

「理不尽です!」


 なんだかんだと賑やかに、新しいイベントに興味津々な一同。

 ……この中のいくつくらい、俺の不参加が許されるのだろうか。全部に出るとか、しんど過ぎるんだが。


「ヤシロさんは、本当に、みなさんを楽しませる天才ですね」

「既成事実作るのやめてくれる?」


 くすくすと笑うジネット。

 こいつは最近、俺の不幸を喜ぶようになってきた。

 俺が面倒に巻き込まれる度に嬉しそうな顔しやがって。よくない傾向だ。


「それよりもヤシロさん、『宴in四十二区』の話を進めないと、準備が終わらないッスよ」

「うわぁ、ウーマロが正論吐いたぁ……」

「なんでそんな顔するんッスか!?」

「反論の余地がないこと言うなよぉ」

「いやいや、しかしながら。拙者も、ウーマロ氏に賛成でござる。本音を言えば、すぐにでも通路の仕上げ作業に戻りたいでござる故、別件の話はまたの機会にしてほしいでござる」

「黙れベッコ、正論を吐くなんざ十年早いんだよ、メガネを叩き割るぞ」

「明らかに扱いがウーマロ氏よりも下でござる!? これは、是が非でも活躍して拙者の重要度を上げる必要があるでござるな!」


 ベッコが妙な意欲に燃え始める。

 確かに、通路を完成させるのが最優先だからな。


「エステラ。『宴』の開催は何日後だ?」

「三日後だよ。ルシアさんと『BU』の領主たちの日程を押さえといたよ」


 領主が八人も来るのか……めんどくせぇなぁ。

 それに、マーゥルも来るし、下手したらデミリーやハビエルまで来るかもなぁ。


「ベッコ。通路はあとどれくらいで完成する?」

「あと四日……と言いたいところでござるが、あと二日半で終わらせてみせるでござる!」

「セロンとウェンディもなんとかなりそうか?」

「はい! 集光レンガも、両区の出入り口に設置する蓄光レンガも、間に合わせてみせます」

「トルベック工務店とハムっ子は全力でベッコたちの手伝いを頼む」

「もちろんッス!」

「で、ウーマロとヤンボルドとグーズーヤとハム摩呂他数名は遊具の設置だ」


 通路の総指揮はベッコが執っている。

 指示さえあれば大工は動く。ウーマロをベッコの下に付けておくのはもったいないので、別の仕事を振るのだ。


 エステラが四十二区の地図を広げる。

 遊具を設置するのは全部で四ヶ所。


 教会に小さな遊具を。そして、ニュータウンに規模の大きな公園を作る。

 他に大通り沿いで、大広場とは反対側の端に公園を作る。大広場は露天が出たりするからガキの遊び場にするわけにはいかないのだ。なので、反対側に作る。

 で、東側にも一つ大きな公園を作る。

 こちらは広い土地を利用して運動公園のようなものを計画している。

 街道から気軽に行ける、緑を満喫出来る公園。

 ネフェリーが地味だと言った東側に、新しい憩いの場を作るのだ。ホント、地味だったからな、東側。


「東側にも作ってくれるの!?」

「大通りにも!?」

「その予定だよ」


 この計画を打ち出したのはエステラだ。

 実は、デリアのところに作った足漕ぎ水車が、一部でトラブルを引き起こしていたのだ。

 簡単に言えば、川から遠い場所に住んでいる子を持つ親が「あんな遠いところに通わされるこっちの身にもなってくれ!」と、領主に直訴してきたのだそうだ。

 ガキはなんでもかんでも羨ましがる。するとそこに不公平が生まれる。


 大人なら『仕方ない』で済ませられることでも、ガキとなると……な?


 で、そんなガキの悲哀ってのを放っておけないのが、この区の領主なんだ。

 結構な金を注ぎ込みやがった。

 土地を買って、遊具に必要な木を買って、ウーマロたちを駆り出して。


「順番に、ってことにはなるけどね、さすがに」

「ううん! 凄く嬉しい!」

「うん! 近所の子たち、きっと喜ぶよ!」

「あんた、やっぱいい領主さねぇ!」

「さすが、あたいらの領主だな!」


 エステラにじゃんじゃん飛びついていく女子たち。

 エステラの顔がノーマやデリアの『ダイナマイツ!』に埋もれる。

 ……羨ましい!

 くそっ、俺が言い出したことにしておけばよかった。


「実はその案を出したのは、何を隠そうこのオオバヤs……」

「ヤシロさん。懺悔してください」


 ちぃっ!


「本当に、素敵な街ですね。私たちの四十二区は」


 騒ぐ連中を見つめ、ベルティーナがそっと顔をほころばせる。

 こうまでやかましければ、普通顔をしかめそうなものだが……


「まるで、食い物を見ているような穏やかな顔だな」

「うふふ。そんなに『食べちゃいそう』な顔をしていましたか、私は」


 いいや。

「いいなぁ~、好きだなぁ~」みたいな顔だ。


「俺がおっぱいを見る時のような顔だな」

「「懺悔してください」ね」


 似たもの母娘にユニゾンで言われた。

 同じ感情だと思うんだけどなぁ。


「遊具は、他の区に売り出せるいい商品になる。まずはニュータウンの遊具を完璧に頼むぞ」

「任せてほしいッス! 一回経験したッスから、よりよい物をお約束するッス!」

「じゃあ、ニュータウンより後に作る遊具は、もっとよくなるのね?」

「楽しみだなぁ~」

「え、あ、いや、あの、そ、そそ、そういう、わけけけ、じゃじゃ…………はいッス」


 ぐんぐん上げられたハードルに、否定の言葉を述べようとしたウーマロだが、女子相手に上手く言葉が出て来ず、結局了承してしまった。

 あ~ぁ。自分で自分の首締めてやんの。


「屋台の設置分手間が省けるから、なんとかなるよね、『棟梁』」


 ぐいぐいとウーマロを追い詰めていく微笑みの領主。

 ここであえて『棟梁』とか言っちゃうあたり……鬼だな、あいつは。

 あれが優しいいい領主ねぇ。相手によるんだろうな、結局。


 俺も、巨乳美女には優しく出来るが、ウーマロには無理だもんな。


「なんだか、オイラの扱いがぞんざいな気がするッス……」

「しょうがねぇだろ。俺もエステラも、巨乳が大好きなんだから」

「一緒にしないでくれるかい!?」


 だってお前、ジネットにはすげぇ優しいじゃねぇか。

 つまり、そういうことなんだよ。


「じゃあ、『宴』会場の設営班はこの資料を持って、前日にもう一度集合してくれるかい?」

「分かったッス。ウチの大工にはオイラから伝えておくッス…………と、伝えておいてッス」

「だってよ、エステラ」

「うん。聞こえてた」


 これで、ウーマロとベッコとウクリネス、ウェンディとセロン、そしてノーマとイメルダが持ち場へと帰っていった。ハビエルは追い出した。

 残ったのは、飲食関係の面々だ。


「今回は、工芸品とか土産物はなしだから、全部食い物の出店にするぞ」

「結構な数になりますね」


 地図を見て、ジネットが出店の数を一つずつ指さして数えていく。

 軽く二十を超える出店の数。そこからもう少し多くするつもりだ。


「新しく出来た料理が結構あるからな」

「麻婆豆腐に麻婆茄子ですね」

「ボクは、ピーナツバターが好きかな。ホットケーキに合うんだよね」

「……ドーナツ(各種)もある」

「甘いです! 肉まんこそがキングオブ新メニューです!」

「たい焼き美味しいよね! ビールには合わないけどね」

「綿菓子も、私好きだなぁ。ふわふわで可愛いし」

「リンゴ飴、結構美味かったよなぁ。あたいあれなら一日中かじってられるぞ」


 ジネットはこだわり抜いた麻婆二種を、エステラは病みつきになっていた調味料を、マグダはケーキに続く人気商品を、ロレッタはジネットを驚かせた思い出の味を挙げた。パウラもネフェリーもデリアも、それぞれに好きな物を挙げる。

 こうして列挙されると、随分とあるように感じるな。


「私は、甘酒が楽しかったです」


 飲み会特有のあの雰囲気が気に入ったのか、ベルティーナは味ではなく楽しさを理由に甘酒を推薦した。


「ぁの……もぅ、終わっちゃ……った?」


 そっと、陽だまり亭のドアを開けて、ミリィが入ってくる。

 また花を頼んでいるのだが、森までその日に飾る花の下見に行っていたらしい。

 飾る範囲を知るために寄ったのだろう。


「ミリィさん。最近の陽だまり亭の新メニューで、何が一番印象に残っていますか?」

「ぇ……ぅん……とねぇ……」


 腕を組んで「ぅ~ん……」と頭をひねるミリィ。

 なにあの可愛い生き物。持って帰りたい。


「ミリィって、食べ物に分類されないの?」

「連れて帰っちゃダメだよ」

「こちらでお召し上がりでも構わないが?」

「追い出すよ?」


 横暴なり、微笑みの領主。

 お前なんか、半笑いの領主になればいいのに


「ぁっ! ぁのね、みりぃね、こーんぽたーじゅすーぷが、ぉいしかった」

「あぁ、ポタージュもあったな」

「うふふ。最近は毎日注文があるので、すっかり定番料理のような風格ですね」


 ソラマメを消費しようとして、ジネットが作り始めたんだよな。

 残念ながら、コーンに主役の座を奪われてしまったわけだが。


「そこら辺を全部出そうとすると、結構屋台の数が必要になるよな」

「あ、あのっ!」


 両手で拳を握って、ジネットが眉毛を「ぴくくっ」とつり上げる。

 真剣な表情で俺に詰め寄ってくる。


「わ、わたしっ。今度はお店側にいたいです!」


 料理を作りたい。

『宴』でみんなが飲み食いしている時に働きたいとは……とんだ社畜だな。


「あの、実はですね……お祭りの時は、わたしは陽だまり亭にいましたし、『宴』の時はお客さんで…………」


 もじもじと、少し恥ずかしそうに、ジネットが上目遣いで俺を見つめてくる。


「出店で働いている人が、……ちょっと、羨ましかったんです」

「いや、お前、二十四区の教会でもやったろ。お好み焼きの屋台」

「あれは、その……お店ではなくて、賄いや朝の寄付のような雰囲気でしたし、凄く楽しかったのですが、それでも、なんと言いますか、お店とは違うと言いますか……」

「客が流動的で、来るかどうか分からない客を頑張って呼び込んだり、客足を見て仕込みしたり逆に控えたりと、そういう『商売』の駆け引きがしたいと?」

「はい! そうです。それです!」


 行儀よく並んで、一人一回ずつの配給では物足りなかったのか……この社畜は。

 言われてみれば、ジネットは毎日陽だまり亭での仕込みの量を、客足を見て調整してんだよな。あれ、楽しいんだ……分かんないなぁ、その感覚。相手が手のひらで踊ってるのを見てほくそ笑む、みたいな感じか? なら分かるが。


「『宴』の時のシスターが楽しそうで、ちょっとだけ、いいなぁ……って」

「うふふ。楽しかったですよ」


 二十四区での『宴』は客が限られていたから、ベルティーナでもやり遂げられたのだ。

 四十二区での『宴』となると、ベルティーナでは客を捌ききれないだろう。

 ジネットが出店に立つのは、安心だな。


「じゃあ、盛大にその腕を振るってもらおうかな」

「はい! 任せてください」


 やる気満々な様子で、ジネットが満面の笑顔を咲かせる。

 今回の出店は、クオリティーが凄まじいことになりそうだな。


 それから細々とした配置や料金設定、衛生面での打ち合わせが続き――



 あっという間に、『宴in四十二区』の日がやってきた。






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