244話 賛成の者は挙手を
『BU』史上初めて、多数決が同数となった。
そりゃあ、素数じゃない九票を受け入れちまったんだ、そういうこともあるさ。
………………気付かなかったのか?
「く……やはり、こんな男に進行役をやらせたのが間違いだったのだ。元からこの男は信用出来な……」
「え? なんだって?」
腕を真っ直ぐ伸ばし、ゲラーシーを指さす。
「『
「…………ちぃっ!」
俺のやり方に反論は出来ても、信用を理由に反故には出来ないぜ?
すべては、お前たちが多数決で決めたことだ。
「そもそも、選択肢が三つあるということが異常なのだ! 二択であればこのようなことは起こりえなかった!」
「その通りだ」
ゲラーシーのクレームに二十三区領主が賛同する。
そして、鋭い眼光で俺を睨みつけ、あくまで議長に対する態度で注文を付けてくる。
「初体験といえど、責任ある議長という立場であることには変わりない。で、あるならば、これまでの伝統に則り選択肢は二つにしていただこう。出来ぬというのであれば、自ら進んで辞任をすべきだ」
「そうだ!」
「こ、これは、我々『BU』の領主の総意だ!」
日和見主義の二十六区領主と、目先の勝ちにこだわる二十八区領主が小物らしい合いの手を入れてくる。
あぁ、そうかい。
分かったよ。
「じゃあ、二択にして仕切り直しだな」
じっと二十三区領主の目を見つめ返して言ってやる。
肝の据わった二十三区領主は一切視線を逸らさなかった。たいしたものだ。……それが、単なる意地やプライドによるものでなければな。
「なら最初に、『両方に制裁を科すか』、『どちらか片方に制裁を科すか』の多数決を採ろうじゃないか」
俺の言葉に、室内の空気がどろりと揺れる。
実に粘っこい、人間の嫌な部分に触れて鮮度が落ちきった淀んだ空気が充満している、そんな気がするような嫌な雰囲気に包まれる。
さて、気が付くかな?
ん? どうだ?
ゲラーシー、二十三区のオッサン。いいのか、多数決を採って?
「待て」
待ったをかけたのは、やはりというか、ドニスだった。
も~ぅ、お前が答えちゃつまんないだろう。
まぁ、聞いてやるけど。
「何か不都合でも?」
「貴様のその笑顔がワシらに不都合をもたらさなかったことがあるか?」
「あれ、俺笑ってる?」
「あぁ…………実に見事な笑みだ。鉄の箱にしまって蔵の一番奥へしまい込んでしまいたいくらいに、見事なまでに神経を逆撫でする笑みだ。もはや芸術の域だな」
「ありがとう。じゃ、発言どうぞ」
芸術とまで称えられた笑みを浮かべたまま、ドニスに発言権を与える。
「多数決は公正でなければいかん。そんな結果の見えた多数決は無効だ」
「結果の見えた…………あっ!?」
ハッと息を飲むゲラーシー。
ようやく気が付いたらしい。
そう、この多数決はもうすでに答えが出ている。
『両方に科したい』のは、二十三区、二十四区、二十九区の三区で、他の四区は『片方にだけ科す』方がいいと、さっきの多数決で言っているのだ。
エステラとルシアを含めれば三対六で、『片方だけに科す』が勝つ。絶対に。
「貴様、ふざけるのも大概にせよ! そんな不公平な多数決などを提案しおって!」
ドニスに言われるまで気付きもしなかったくせに威勢がいいな、ゲラーシー。
「じゃあどうするんだよ?」
「そんなもの、個別になどと考えずに両方の区に制裁を科すか科さないかで…………」
と、そこまで言いかけて、自分の発言のまずさに気が付いたようで、ゲラーシーは口を閉じた。
その多数決。たぶんだけど、いやまぁ確実に、『両方に科さない』って結果になるぞ?
お前ら以外の四区は『片方にだけ制裁を科したい』んじゃないんだ。『制裁を科されると困る』って区があるんだよ。
これだけ関係がギクシャクしちまった『BU』の中で、自区の力を削ぐような真似は誰もしたくない。というか出来ない。
本来、共同体ってのは、どこかが弱ったらそこを補うように力のあるところが手を差し伸べる共存共栄、持ちつ持たれつの関係であるべきなのだが……今の『BU』は違う。
今のこいつらは、「『BU』が弱ったら、俺は好きにさせてもらうから」と宣言している連中ばかりだ。
力を失えば、何もかもを失って放り出される。
そんな状況で、自区を不利にするような選択をする領主はいない。
「まったく……」
やれやれと肩をすくめて、わざとらしくため息を漏らす。
「どいつもこいつも自分の都合ばっかりで、ガキの集まりみたいだな」
「なんだと!?」
もはや、条件反射のようにゲラーシーが噛みついてくる。
「じゃあ、二十七区や二十六区の税収が落ちた分を、二十九区が補填してやれよ。仲間なんだろ? 助け合わなきゃ」
「…………ひ、一つの区だけで補いきれるものでは、ないではないか」
歯切れが悪いなぁ。
勢いよく食ってかかってきたわりには、尻すぼみになっちまってるじゃねぇか。
「通行税が減ったのであれば、豆の利益で補填するのが筋ではないか!」
ゲラーシーの言葉に、二十三区と二十五区の領主が頷く。
だが、当然ドニスが反発する。
「通行税を分配するのと引き替えに大豆の利益を分配しているのだ。通行税が入らぬのであれば、大豆の利益分配も取りやめるのが筋というものだ」
「『BU』が窮地に追いやられているこの状況で、貴公はいまだにそのようなわがままを口にするのか!?」
「ふん! 思い出したように『貴公』などと呼びおって」
睨み合うドニスとゲラーシー。
その脇から、分配金がなくなると困る二十六区と二十八区の領主がドニスを説得するように言葉を連ねる。
「まぁ、ここは一つ寛大に」
「大人の対応というものを、我らが偉大なる同胞ドニス・ドナーティ殿には見せていただきたいと……」
それは火に油だ。
「ならば、小豆とカカオも、これまでの倍の額を出してもらえるのだな?」
「なっ!?」
「わ、我々の豆など、大豆に比べれば利益など微々たるもので……そ、それに、二十六区はともかく、我が二十八区は通行税もほぼ見込めない立地。小豆の細々とした利益で辛うじて生きながらえている状況……小豆の分配金を倍になど、不可能であると言わざるを得ない」
「ウ、ウチもそうだ!」
「いや、二十六区は通行税もあるし、どうせいつもの『倍にしてもいいし、しなくてもいい』でしょう?」
「してもいいわけあるか! き、きき、貴公! 裏切りであるぞ、その発言は!」
ドニスを放ったらかして、二十六区の総白髪の日和見ジーサンと、二十八区のガリガリロン毛が口論を始める。
どっちも殴り合いは苦手そうだし、放置しといても問題ないだろう。
「分配金を見直すのであれば、真っ先に増額すべきは二十九区ではないですか?」
「貴様、マッカリー! ふざけたことを!」
トレーシーの奇襲に、ゲラーシーが唾をまき散らす。
だが、トレーシーは平然と、癇癪を起こすこともなく言い放つ。
「二十九区は、ソラマメの流通が活性化し未来的に利益が増える。おまけに、三十区と四十二区を繋ぐ新たな流通路が誕生すれば通行税も増額するかもしれない」
「ど、どちらも可能性の話だ! 現時点ではなんとも言えん状態ではないか」
「いや、確実に利益は増える、ワシは確信しておるぞ」
自信たっぷりに言って、ドニスが俺を指さす。
「あの男がもたらした豆板醤という新しい調味料、アレはかなりの利益を生み出す物だ。その原材料となるソラマメは、当然その価値を上げる」
その事実を知らなかった連中が騒ぎ出す。
「それは真か、ミスター・エーリン!?」
「き、貴公は、このっ、四十二区の……、よりにもよって最も煩わしい、このっ、この男と通じて、おのれの区の利益を上げたと申すのか!?」
二十八区領主が食らいつき、二十六区の白髪ジーサンがぽっくり逝きそうなほど血圧を上げてわめく。
「ち、違う! 私は何も知らん! ミスター・ドナーティ、それは本当なのか? あ、あの新しい調味料を生み出したのが、こ、この男だと……!?」
「あぁ、そうだ。それで、ウチの麹を必要とし我が区へと訪れたのだ。……で、あろう?」
まぁ、微妙に違うが『もたらした』ってのは本当か。
生み出してはいないけどな。
「それが、なんか問題あるのか?」
嘘のない回答をしておく。
そして、それが事実を知らなかった連中の怒りに火をつける。
「……ここまで散々と、この胡散臭い男に振り回されてきたが…………その男と通じて一人利益を得ていたとはな……」
二十三区領主が口ヒゲを撫でつけ、恐ろしい目でゲラーシーを睨みつける。
二十六区と二十八区、そして二十五区までもがそこに加わる。
これまで、明確な敵だと認識していたオオバヤシロを倒そうと共闘していた仲間が、実はその敵によって利益を得ていた。
それがこの段階でバレるのは痛い。ただでさえ信用ががた落ちのゲラーシーだ。これは決定打になるだろう。
「お前はアッスントと取引をしたんだろ? 行商ギルド四十二区支部の支部長と。なら少なくとも『豆板醤関連の商談を持ち込んだのが四十二区だ』ってことくらいは理解していたはずだよな」
「それは……」
後ろめたいことを隠すからそういうことになるのだ。
四十二区への制裁を科そうという時期に、四十二区から商談を持ちかけられた。
しかもそれは、長年手に余っていたソラマメを大金に変える画期的なものだった。
だから飛びついた。
そして、それを隠した。
敵である四十二区との商談など、他の連中に知られると何を思われるか分かったものじゃない。
だから、隠した。
どうせ多数決は一方的なものになるだろうし、制裁を科した後、二十九区単体として四十二区と取引を開始すればいい。
そんな考えに足をすくわれたな。
「豆板醤に、新しい流通路……どうにも、二十九区にとって好都合な展開ばかりが目に付きますね」
トレーシーがイヤミを含んで言う。
ゲラーシーにはそんな意図はなかった。なかったが、それを証明する術もまた、ゲラーシーにはないのだ。
だからこそ、追い打ちをかけやすい。
「じゃあよ、『二十九区は従来の二倍の分配金を支払うべきかどうか』を多数決してみるか?」
「個人を貶めるような多数決はやめろ!」
どの口が言うのかは分からんが、ゲラーシーが吠える。
そういうことを言うと、ドニスやトレーシーがイラッてするってのに。自分がやってきたこと、マジで忘れてんのか、こいつは?
「貴様がそういう態度であるのなら、豆板醤に使用する麹に税をかけることも検討せねばいかんな」
「なっ!? ちょ、待たれよミスター・ドナーティ!」
「現リーダー自らが『BU』の義務を放棄するようなことがあれば、こちらもルールを逸脱せざるを得ませんね」
「何をするというのだ、ミズ・マッカリー?」
「我が区のコーヒーは一部の地域にしか売れないので、大豆とソラマメを栽培しようかと思います」
「ワシとも事を荒立てる気か、小娘よ?」
トレーシーの言ったことは、他の区がやりたいと常々思っていたことそのもので、当然ドニスが怒り、反対に二十五区や二十八区が目をきらめかせた。
「もしそうなれば、これまで同様、『BU』以外の区にそうしているように、我が二十四区外の大豆には重税をかけさせてもらう! 逆らうならば、その区への麹の販売は拒否させてもらうぞ」
「それは少し横暴かもしれませんな、ミスター・ドナーティ」
「そ、そうだ! では、こういうのはどうだろうか? 『麹の独占を禁止するかどうか』の多数決を採るというのは?」
「貴様ら、我が二十四区を食い物にする気か!?」
要するに、大豆はそれほど美味しいのだ。金銭的な意味で。
そりゃあな、どこの区も売れ残った大量の豆を他人に押しつけなきゃいけない現状をよしとはしていないだろうよ。
大豆が作れれば利益が生まれる。
醤油や味噌を造っているのは外周区だ。だが、麹は二十四区にしかない。
ホワイトヘッドの聴力あってこその麹なのだ。
だから、なんとかドニスを言いくるめておまけに大豆を作れるようにしたい。そんな下心が見え見えだ。
よしよし。
随分と自己中になってきたじゃねぇか、全員。
最初は『BU』だからという理由だけで鉄仮面を被ったみたいに自分の心を殺して組織の歯車に徹していた連中が、おのれの欲望を素直に露呈させている。
それに本人たちは気が付いているのだろうか……いないだろうな。
もうそろそろ頃合いか。
さぁ、最後の仕上げだ。
見ろよ、あの茹で上がったタコみたいな顔を。
あそこまで追い詰めれば十分だ。
冷静で、一歩引いて、隙がなかったんだよなぁ、――あの一本毛。
これでようやくドニスを動かせる。俺の思い通りに。
ちょっと力を加えてやるだけで、確実にこちらに転んでくれる。
ギャースギャースと互いを罵り合う『BU』の面々を横目に、俺はエステラに合図を出す。
エステラは苦笑交じりに頷いて、軽く咳払いをした。
「では、ミスター・ドナーティ」
急に発せられたエステラの声に、室内が静まり返る。
気にせずエステラは続ける。満面の笑みで。
「ウチと取引しませんか?」
時間が止まる。
「何を言い出すんだ」
「今度はなんだ?」
そんな思考が文字列になって見えるようだ。七領主の視線がエステラへと注がれる。
そんな無数の視線にさらされても爽やかな笑みを崩さずにいられるとは、お前も成長したな。
「四十二区と提携しませんか? 『BU』に食い荒らされるくらいなら、信用ある我が区と利益を共有しましょう」
それは、崩壊を招く悪魔の誘い。
互いが寄り添い合い支え合っていた共同体の、その一角を引き抜けばどうなるか……そんなもん、火を見るより明らかだ。
「そういう話なら三十五区も乗るぞ。麹は必要だ」
周りを固め、そして――
「よし、分かった! ワシは『BU』を抜けるぞ!」
――思い通りの言葉を引き出す。
「正気か、ミスター・ドナーティ!?」
「ふん! こうまで不当な扱いを受けたのではな、さすがのワシも黙ってはいられんよ」
「『BU』を抜ければ、通行税の免除はもちろん、これまで受けていた様々な恩恵を失うことになるのだぞ!?」
「構わん! 今日で貴様らの腹の内がよぉく分かったわ。貴様らは信用出来ん! 特にゲラーシー、貴様がリーダーをやっているうちはな」
「…………ドニス……ドナーティ…………ッ!」
握った拳を振り上げる。
給仕長と執事が再び迅速に移動する。が、その必要はない。
「はい、『BU』崩~壊~~~~!」
底抜けに明るい声で言って、一人でぱちぱちと手を叩く。
その場に渦巻くありとあらゆる感情が俺へと向けられる。
そうそう、注目してくれ、俺に。
「二十四区が抜ければ、『BU』は立ち行かなくなるよな? だってそうだろう? 街門を入った後ちょっと遠回りをすれば二十四区に行けるんだ。通行税が取られる二十三区を誰がわざわざ通るんだよ?」
多少の時間は浪費することになるが、それで通行税を抑えられるのであれば商人はそちらを選ぶ。誰しも、税金など払いたくないのだ。
おまけに、これまでは『BU』の豆には法外な税がかけられており、おかげで他の区ではそれらの豆を栽培することは出来なかった。
仮に栽培しても、重課税のせいで売値が跳ね上がり、とても売り物にならなかった。行商ギルドも取り扱ってはくれなかった。
だが、『BU』の一角が崩れれば、「そこを通れば重課税は避けられる」という実例が出来る。
そうなれば行商ギルドは必ずそこを利用する。
全区にネットワークを張っているんだ、当然最も利益の上がるルートを選んでくれる。
そして、そうなれば……『BU』から脱退する区は他にも現れる。
「トレーシーさん。もし『BU』を脱退してくれるなら、ボクたちの作った作物は二十七区を経由して中央へ出荷しようと思うんだけど、どうかな?」
「エステラ……様…………それは、本気……なのでしょうか?」
「もちろん」
「このように、対立した後でもなお……私を信頼してくださると……」
「ボクとトレーシーさんの間には、十分に信頼関係が構築されていると思っているんだけど、違うのかな?」
「違いませんとも! 私とエステラ様の間には、強く太い、決して切れない、何者にも侵すことが出来ない愛じょ――」
「『絆が』!」
「――存在しています!」
エステラが絶妙のタイミングで言葉を挟み込む。
『愛情』をかき消すようなナイスタイミングで『絆』という単語を叩き込んだ。
ギリギリセーフだったな。
「ちょっ、ちょっと待っていただきたい!」
盛大に焦っているのは二十八区領主だ。
「もし、そんなことになったら、通行税も豆の利益も分配されず……我が区は……」
「それだけではない。二十四区と二十七区が抜けるということは……」
「そこに流通が集中するのではないか!?」
二十五区と二十六区の領主も顔を青ざめさせる。
外周区と中央の区を分断するように細く長く、ぐるりと一周隙間なく存在していた『BU』は、さながら人と物の流れを管理する砦のような役割を果たしていた。
正方形で喩えた時、二十四区は左下の角に、二十七区は右上の角に存在している。
その二区を消してしまえば、『 □ 』は『 「」 』のような形になり、そんなすかすかの砦は意味を成さない。
人も物もだだ漏れだ。
おまけに、豆が外周区で作られるようになれば、領地の広さで劣っている『BU』に勝ち目はない。
それはすなわち、『BU』の完全崩壊を意味する。
「せ、戦争になるぞ!」
威勢よく吠えるゲラーシー。
だが、ルシアもエステラも涼しい顔をしている。
「別に構いませんけど……獣人族を多く抱えているボクたちの区に、領土の狭い、人口の少ないあなたの区が太刀打ち出来ますか? 狩猟ギルドと木こりギルド、それに海漁ギルドもボクたちに協力してくれると言っていますが」
「売られたケンカなら買ってやるがいい。そして、滝の利権でも奪い取ってやれば目も覚めるだろう」
「……くっ…………くそっ!」
何も言い返せず、テーブルに拳を打ちつけるゲラーシー。
嫌な音がした。あいつ、加減を間違って骨を痛めたんじゃないか?
そんなことを気にもとめず、ゲラーシーは何度も何度もテーブルを殴り続ける。
「ゲラーシー様。おやめください」
「黙れっ!」
銀髪Eカップの給仕長、イネスが声をかけるがゲラーシーは収まらない。
「失礼いたします」
短く断って、イネスがゲラーシーのヒジを右手で掴む。
それだけで、ゲラーシーの腕はぴくりとも動かなくなってしまった。
……やっぱすげぇな、給仕長。もれなく武術の達人じゃん。
「………………お前まで、俺をバカにしやがって……っ」
「……申し訳ございません」
心配故の行動だと、誰の目にも明らかなのだが……そう言わないとやっていられないのだろう。痛々しいヤツだ。
「……はぁ…………っ」
二十三区領主がテーブルにヒジを突き、組んだ手の上に額を載せて一際大きなため息を漏らす。
自らの負けを確信し、展望のなくなった未来を憂う。
ふと視線を動かせば、二十五区、二十六区、二十八区の領主も椅子に身を投げ出すように脱力して呆けている。
ここら辺の連中は『BU』を抜けたところで旨みはないからな。
どっちに転んでも、というヤツだ。
沈んでいる。
沈みきっている。
「なんか空気悪いな」
おちょくるように言ってみるも、「お前が言うな!」的なツッコミは返ってこなかった。
なんだよ。マジヘコみしてんじゃねぇかよ。
絶望なのか?
未来に希望はないのか?
お前ら、本当に『BU』以外の道が見出せないのかよ。
……はぁ、情けない。
「なぁ、Eネス」
「イネスです」
「おぉ、すまん。Eカップを見ていたらつい」
「……貫きますよ?」
怖ぇ……あいつの武器、槍かレイピアみたいなヤツなんだろうな、きっと。
何を怒ることがあるというのか。
お前の両親が「Eカップに育ちますように」という願いを込めて『イネス』と名付けてくれたんだろうが。
その証拠に、二十三区の褐色Dカップは『デボラ』ってんだろ? ほら、『Dボラ』じゃねぇか。
で、四十二区の領主は『Aステラ』と。
「ごめん。兵士の誰か、ナイフを貸してくれないかい?」
領主会談につき、武器の持ち込みを禁止されているエステラが兵士に声をかけている。
……俺の心を予想して危害を加えようとしてんじゃねぇよ。つか、なんで分かるんだよ。
「くだらない妄想をしている暇があるなら、さっさとやるべき事をやったらどうだい?」
……ち。
つまめねぇヤツ…………あ、違った。つまんねぇヤツ。
というわけで、つまんないエステラの言うとおり、俺はやるべき事をやる。
「イネス。ちょっと窓を開けさせてもらうぞ」
「…………お好きなように」
ゲラーシーの腕を押さえることに忙しく、俺への対応が適当だ。
つか、邪険だ。
なんで好感度低いんだろうな、俺?
給仕長の許可が出たので、会議室の窓を開け放つ。
前回来た時に確認しておいた窓だ。
向いている方向はマーゥルに確認してある。
なので……
「こっちの方角へ……せぃや!」
隠し持っていた竹とんぼを、窓の外へと高く、高ぁ~く飛ばす。
少しでも目立つようにと、真っ赤に塗装しておいた特製の竹とんぼだ。
じゃあ、あと十分ってところかな。
「……何をしたのだ?」
振り返ると、ゲラーシーがものすっごい睨んでた。
「この期に及んで……貴様は一体、今、何をした!?」
精神が限界まで来てしまっているようだ。……可哀想に。しくしく。
「飛ばして遊ぶオモチャだ。もう一つあるから、お前にプレゼントしてやるよ」
「いらん!」
「そう言うなって。こんなオモチャじゃ、誰も賄賂だなんて思わねぇから」
「貴様の言うことなど、何一つ信用出来るものか!」
あ~ぁ。『今日に限り信用する』を反故にしやがった。
これで、俺はゲラーシーをカエルに出来るわけだが……こうも自棄になってるヤツを痛めつけてもな。
「いらないなら、今現在お前の腕を拘束しているせいで身動きが取れないでいるそこのEカップの谷間に挟ませてもらうが?」
「好きにしろ!」
「ありがとうっ!」
「……殺しますよ?」
そんな直接的な言葉はダメだ。
女子なら、せめてもう少しオブラートに包もうじゃないか。スキンシップだ。欧米じゃハグとかチークとかつんつんとか、ありふれた挨拶なんだぞ?
……つんつんは違うか。違うのか……ちっ。
「お前らはさ、決められたレールの上を歩くことしか出来ないのか?」
そんな一言に、室内は静まり返る。
そして、ゲラーシーが眉根を寄せる。
「……れーる?」
くそっ!
そうか、電車がないのかこの世界!
「トロッコを走らせる鉄の道ですよ」
と、エステラのフォローが入る。
トロッコはあるんだな。
「なんだ、鉱山の言葉か」
えぇ、レールって鉱山用語なの?
まぁ、いいんだけど。
「要するに、決められた道しか歩けないのかってことだ」
これまでの伝統に縋りつき、決められた手法で、決められた言葉で、決められた勝ち方をしてきた。そして、これから先も決められたとおりに生きていく。
そんな生き方しか出来ないのか、お前らは。
「『多数決は二択でないとダメ』だ? 示された選択肢のどちらかでなければいけないなんて視野の狭いことを言っているから手詰まりになるんだよ。イノベーションはないのか?」
俺なら、二択の問題を突きつけられたら真っ先に第三の解答を探す。
ないなら自ら作り出す。
「お前らが羨んでいる――羨ましくて羨ましくて仕方がない四十二区の躍進はな、イノベーションによってもたらされたものなんだよ」
なんんんんんんにもなかった四十二区が、今となっては周りの区から「なんだあれは!?」と一目置かれるような技術の宝庫になっている。
技術の輸出を行い、その技術を武器に交渉出来るほどになっている。
崖の下のじめじめした土地から一気にここまで駆け上がってきたんだ。
その片鱗を、今見せてやる。
よく見ておけ。
お前らが勝手に「価値がない」と決めつけ、目を掛けることすら放棄しちまっている物の価値を。
その価値が分かれば、やりようはいくらでもある。
「お待ちください!」
「困ります!」
不意に、廊下が騒がしくなる。
慌てた様子の給仕の声が遠くからどんどん近付いてくる。
「何事ですか?」
イネスがゲラーシーを押さえながら、厳しい声を出す。
慌てて給仕の一人が様子を見に行こうとドアに手をかけ……ようとしたところでドアがノックされた。
思わぬ事態に給仕が固まり、振り返ってイネスを見る。
イネスも困惑している。
なので、俺が言う。
「入っていいぞ」
そんな声に、ドアがゆっくりと開く。
ドアの前に立っていたのは。
「会談中お邪魔いたします。みなさん、お食事はいかがですか?」
ジネット。
そして――
「……甘い物は、イライラした時に打ってつけ」
「さぁさぁ、みなさん! 遠慮なさらずにじゃんじゃん食べてくださいです!」
マグダにロレッタ。
陽だまり亭ご一行様だ。
……ロレッタは筋肉痛を押しての参加だというのに、そんな苦痛はおくびにも見せない。プロだな。
おまけに、デリアにノーマ、ネフェリーとパウラまでいる。
臨時手伝いの連中も含めた、陽だまり亭オールスターズ、ってところか。
「これは……何事だ、オオバヤシロ!」
「ゲラーシーよぉ。なんでもかんでも人に聞くのはやめろよ。たまには自分で状況を判断してみろよ」
「……くっ! イネス、離せ!」
「しかし……」
「大丈夫だ。……もう、荒れたりはせん」
「……かしこまりました」
イネスの拘束から逃れ、ゲラーシーがジネットたちへと近付いていく。
ジネットの前には大きなカートが置かれている。
ウーマロに二時間で作らせた、大量の食事を一度に運ぶための台車だ。
綺麗な白い布を被せて見た目もゴージャスにしてある。
「これは……」
「『BU』で採れた豆を使ったお料理です」
ジネットの前に並べられているのは、ピーナツバターたっぷりのホットケーキや、チョコレートドーナッツ。コーヒーゼリーにたい焼き、ハニーローストピーナッツなんて物もある。
向こうの大鍋はエンドウ豆のポタージュだ。ついでに豆ご飯も作っておいた。
そして、もはやお馴染みの麻婆豆腐。
そんな料理がこれでもかと並んでいる。
「じゃ、美人ウェイトレスさんたち、配膳を頼む」
「「「「「は~い」」」」」
「……うむ」
マグダ以外が可愛らしい声で返事をする。
今のマグダの返事、ウーマロなら悶絶するんだろうな。
そうして、他区の、それも格上の区の領主の前ということで幾分緊張しているウェイトレス集団(デリアとマグダを除く)が、会議室内へと入ってくる。
最初こそぎこちない様子だったが、徐々にいつもの自然体に戻っていく。慣れるのも早い。
肝が据わってるよな、四十二区の女子たちは。
「なぁジーサン、二十六区の領主ってことは、カカオ作ってんだよな? このチョコドーナツ美味いぞ! 食ってみろ! たいしたもんだぞ、チョコレート!」
……デリアは、据わり過ぎ。
「この魚の形をした食べ物……中にあんこが…………美味しい」
「こ、この香ばしいクリームが、我が区の落花生から出来ているというのか!?」
「うむ…………深い、味わいだ。エンドウ豆のポタージュ、か」
各々が、自分たちが作っている豆の料理を口にしてその味に感心している。
「あぁ、店長さんのコーヒーゼリー……久しぶりです。ネネ……さん、ご一緒しましょう」
「はい。トレーシーさ……ん。私もご一緒いたしますね」
いや、今は呼び捨ても様付けも自由にしていいから。
罰の足つぼとか、今回はないから。普通にしてろ。
「ゲラーシーよ、これを食してみよ」
ドニスが麻婆豆腐を手に、ゲラーシーの席へと近付く。
イネスが一瞬身を固くするが、ドニスに一瞥され構えを解く。ここでやり合うのは互いに不毛だと気付いたのだろう。
その代わりとばかりに、イネスは利き手を痛めたゲラーシーに麻婆豆腐を食べさせてやるようだ。
……いちゃつきやがって。職権乱用だな、あのむっつり領主。
「……これは…………」
「それが、豆板醤の味だ。熟成させることで、もっと深みが出ると聞いている」
「この白い物は……?」
「我が区の大豆で作った豆腐という物だ」
「二十九区と、二十四区の合作…………か」
「それから、四十二区の、な」
ドニスとゲラーシーが揃って俺を見る。
こらこら。『四十二区』って話なら、俺じゃなくてエステラを見ろよ。
俺はただの食堂従業員だっつの。
「我が区の豆が、このような食べ物に……」
「これを真似すれば……いや、しかし、真似だけではきっとこの先再び置いていかれてしまう……」
「なるほどな……イノベーションか……」
「見せつけてくれる……力の差を…………くくっ」
と、どれがどの領主の言葉か分からんが、まぁなんとなく全員似たような感情になっているようなので気にしないことにする。
「これらの豆料理は必ず流行る。――し、今回の会談に向けていろいろ無茶を聞いてもらった四十一区から三十六区までの領主に見返りとしてこれらの料理のレシピを提供する約束をしているから、市場は一気に拡大する」
四十二区に港を作ったり、崖の上への通路なんぞを作ったりすれば、その辺の区は大打撃を受ける。
そのための補填というか……まぁ、罪滅ぼしも兼ねた大盤振る舞いだ。
陽だまり亭で独占すればかなりの稼ぎになるのだが……そろそろ食堂じゃなくなりつつあるからな。陽だまり亭はメニューを厳選しようと思う。
なので、豆関連のレシピはくれてやる。
「だから、きっと豆はいくらあっても足りなくなる。もはや『BU』の中だけでなんとかなる規模を越えている」
売れ残っていた豆が、その行き先を見つけた。
これからは豆が飛ぶように売れ、ばんばん利益が入ってくる。
と、喜びかけた領主に、今の状況を思い出させてやる。
「だからよかったぜ、俺たちが自由に豆を作れるようになって」
「え……っ?」と、何人かの領主が息を飲む。
おいおい、忘れたのか?
「四十二区と三十五区は制裁を科されるからな、その損害を賄うためには豆を大量に作って、崩壊した『BU』の隙を突いて荒稼ぎするしかないんだよなぁ~」
「そうだね。すぐに工事に掛かって、畑の拡張をしなけりゃね、頼むよ、ナタリア」
「お任せください、滞りなく手配致しておきます」
「三十五区の港も寂しくなるかもしれんな。なぁ、ギルベルタよ?」
「仕方ない思う、状況が状況だけに、私は」
制裁科されちゃうんだもんね、仕方ないよねぇ~。という前提で話を進める。
そして、最後の最後に、俺たちは顔を突き合わせて笑みを漏らす。
「いやぁ~、儲かっちゃうな、こりゃ」
「制裁を科されるから、仕方ないよねぇ」
「多数決は絶対らしいからな」
制裁が科されれば、俺たちは揃って利益を上げる。
それを、改めて思い知らせてやる。
『BU』が得ていた利益をぶちこわして、俺たちが利益を上げるのだという現実を。
「オッ、オオバヤシロ!」
口の周りを真っ赤に染めて、ゲラーシーが握ったスプーンを突き出してくる。
……麻婆豆腐にがっつき過ぎだろ、お前。利き手痛いんじゃねぇのかよ。
袖で口元を拭い、口の中の麻婆豆腐を飲み込んで、ゲラーシーが必死な顔で俺に言う。頼む。懇願する。
「も、もう一度多数決を!」
それを聞いてやる義理はないのだけれど……
「どーする?」
エステラとルシアに視線を向けて、ちょ~っとだけわざとらしく言ってみる。
何人かの領主がやきもきしている。尻をむずむずと揺するオッサンが視界の端にちらつく。イラつく。
「そうだねぇ……なんだかドタバタして、有耶無耶になっちゃったところもあるし……」
「そうだな。モヤモヤしたままなのはよくない。最後にもう一度、きっちりキッパリと多数決で結論を出すのもよかろう」
「え~……まぁ、お前らがそこまで言うなら、俺は別にい~けどさ~」
可愛らしくほっぺたを膨らませながら七領主の方へと向き直ると、視線がぶつかったトレーシーとドニスが苦笑いしていた。
お前らも、分かってるよな。
自分の利益のために動けよ。ミスるなよ?
んじゃあ……
「これで最後だ。『四十二区と三十五区に制裁を科すべき』だと思う者は挙手を!」
言い終わると同時に、エステラとルシアが腕を挙げる。
制裁が科されれば、俺たちは大儲けだぜ、ウッシッシッ!
だが。
それ以外の手が上がらない。
「…………反対だという者は?」
念のために聞いてみたところ、七本の腕が真っ直ぐに上げられた。
ドニスまで反対だ。
「ちぇ~!」
ことさら大きい声で言って、俺は指を鳴らす。
これで、俺があれこれ策を弄してまで実施しようとした『BU』解体作戦は頓挫したわけだ。
今後も『BU』は『BU』として存続し、人と物の管理を担うことになるだろう。
どこかに綻びなり穴が出来れば大儲けも可能だったのにな~。
「あ~ぁ! 負けちまったぜ~、残念残念」
「ふん……どの口が言う」
分かりやすくしょげかえっていると、ゲラーシーが噛みついてきた。
「まったく、最後の最後まで……徹頭徹尾、訳の分からんヤツだよ、お前は」
一周回って、怒りや呆れが面白くなっちまったかのような、笑顔で。
「ヤシロ」
「カタクチイワシ」
名を呼ばれ(カタクチイワシは名前ではないが)振り返ると、今回の功労者の二人が手を肩の高さに上げていた。
こいつらには、結構小芝居をしてもらった。
労いくらいは、してやるか。
「んじゃ、これで終わりだ」
「お疲れ様」
「大義であった」
「お前らもな」
エステラとルシアは片手ずつ、俺は両手で、パチンと高らかにハイタッチを交わした。
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