234話 出店と浴衣とサプライズ
屋台が活動を開始し、教会の庭に活気のいい声が飛び交う。
「……寄っていくといい」
「うん、マグダ。活気よくいこうか」
マグダは例外として、活気のいい声が飛び交う。
「さぁさ、四十二区でお馴染みの方も、二十四区で初めての方も、みなさんもりもり寄ってってですー! 珍しくて可愛くて美味しいものが目白押しでーす!」
「ぁの……ぃ、ぃらっしゃいませー、ぉいしい、ょー!」
「さぁ、見てけ! そして食ってけぇ! 鮭みたいに美味いぞ!」
「見て見て~☆ 私も浴衣着たの~☆ 濡れると重ぉ~い☆」
うんうん。活気があってよろしい。
……マーシャは何をやってんだかなぁ。
「あ、あの、ヤシロさん。これは?」
ただ一人、話を聞かされていなかったジネットが、困惑半分、期待半分の目で俺を見る。
「ジネットは、前の祭りで出店をほとんど回れなかっただろ?」
「え、まさか、それで……?」
「あぁ。あいつらが『ど~してもジネットを驚かせたい』って言うからさ」
「みなさん……」
込み上げてくるものをこらえるように、ジネットは自身の口を両手で押さえる。
大きな瞳がうるっと揺らめき、幸せそうな弧を描く。
「……とても、嬉しいです」
その笑顔を見て、仕掛け人連中が揃ってガッツポーズを作る。
「ありがとうございます、みなさん」
屋台の向こうにいる仕掛け人たちに頭を下げ、そして、俺の方を向いてもう一度頭を下げる。
「ありがとうございます、ヤシロさん」
「いや、俺はなんにも……」
「そうだよねぇ」
突然、背後からエステラの声がして、エステラのヒジが俺の肩に載せられ、エステラの体重が俺に圧し掛かってきて、エステラの胸がスカる。……当たれよ、そこはっ。
「ヤシロはただ発起人になった『だけ』だもんね」
「やかましい」
なんだ、その変な誇張は。
大体俺は、エステラやマグダやロレッタがいるところで「屋台と言えば、祭りの時ジネットは陽だまり亭が忙し過ぎて全然出店を回れなかったんだよなぁ~」って言っただけじゃねぇか。そしたらお前らが「じゃあ今回出店を体験させてあげよう」とか「どうせならサプライズにしよう」とか言い出したんだろうが。
それ以降、今回の計画は秘密裏に進められた。
四十二区でのイベントだと、どうしても隠し通せない部分があるからな。俺に意見を聞きに来るヤツも多いし、料理するにしても、陽だまり亭の厨房を使うことになるし。
遠征に向けて、ジネットの意識がそちらに向いている隙にこそこそやるくらいの隠密性が必要だったのだ。
「精一杯楽しめよ。お前がドニスやリベカたちに出店の楽しみ方を見せてやるんだ」
「わたしに、そんな大役が務まるのか少々不安ですが……」
そんな言葉とは裏腹に、ジネットは心底楽しそうな顔をして。
「精一杯楽しみます」
そう言って力こぶを作ってみせた。
ぷにぷにだけどな、二の腕。
「とりあえず、一軒一軒見て回るか?」
「はいっ!」
オシャレ設計士ウーマロは、ただ屋台を横一列に並べるのではなく、向かい合わせにしてあえて細い通路を店の間に作った。
人がひしめき合う中を歩いて店を物色するのが楽しいと、そんな配慮をしたのだろう。
その通路も真っ直ぐではなく、緩くカーブしてS字になっている。通路の端に立つと、屋台が重なり合いつつも少しズレて見えるため、一層賑やかに見える。
屋台の数に対して店員の数が少々足りていない気がしないでもないが……
「大抜擢の、屋台の売り子やー!」
「テキ屋根性、見せたれやー!」
「売って売って、売りまくりやー!」
あ、弟たちが店番をするようだ。
いつもは妹たちがやってるんだけどな、売り子は。
そういえば、初めての移動販売の頃は弟たちも売り子やってたんだっけ。
あれ以降は下水工事や畑仕事と、各方面に駆り出されるようになって売り子をやる機会はめっきり減っていたもんなぁ。
「うふふ。可愛い売り子さんですね」
「出店界の、構造改革やー!」
「よぅ、ハム摩呂。お前も店番か」
「はむまろ?」
「……ブレないな、お前も」
屋台は全部で十二店舗ある。当然被っている物もある。
祭りは被りも一つの名物だ。
「あっちの方が美味かった」とか、「向こうの店の方が安かったよなぁ」とか、「次見かけたら買うわ」とか、そういうのも楽しいものだ。
「さぁ、ミスター・ドナーティもこちらへ。ご案内しますよ」
「これは賑やかだな。先程の料理を食べ過ぎなければよかった」
麻婆豆腐の他にも、テーブルにはジネットの料理が並んでいる。
それなりに量は調整してあるのだが、やはりついつい食い過ぎてしまうのがジネットの料理だ。
屋台は最初から見えるように設置しておいたし、あとで実演販売をする旨も伝えてあったのだが、やはりというか、胃袋の調整に失敗したらしい。
まぁ、歩いているうちに何か食いたくなるさ。
「「「おみせー!」」」
「「「すごーい!」」」
「ほらほら、お前ら。危ないから裏に来ちゃダメだぞ。表回れ、な?」
「「「はぁーい!」」」
デリアが群がるガキどもを綺麗に捌いていく。
あいつ、ガキの扱いが上手くなってるな。足漕ぎ水車の番でスキルアップしたのか?
マーシャがガキに懐かれずに、デリアが人気ってのはイメージ的には逆っぽいが、でもなんだか納得してしまう。
「リ、リベカさんっ、よ、よければ、い、一緒に!」
「う、うむ! そう、じゃな…………よろこんで……なのじゃ」
「うっひょーい!」
「……ぽっ」
……ん。あいつらは勝手にすればいい。
「ソフィーとバーバラも見て回ったらどうだ……って、あれ? ソフィーは」
「うふふ……ソフィーなら、あそこに」
バーバラの指さす方向へ目を向けると。
「ベルティーナさんの手料理が食べられるなんて、私……幸せですっ!」
ベルティーナの店の前でもんどり打ってる残念シスターの姿が見えた。
あぁ……ソフィーがどんどん残念な娘に……
「んふふ。では、私も楽しませていただきましょうかね」
「あれ? いたのか、アッスント」
「おりましたとも。裏でいろいろサポートさせていただいていましたよ。こんな豪華なメンバーが揃う日はそうそうありませんからね……お金の匂いがします」
うわぁ、ヤだなぁ……俺と似たようなこと言わないでくれよ。同類と思われる。
「ウーマロー。お前は~?」
「こっちの子供たちが、もっと遊具で遊びたいって言ってるんッスー! 放っておくわけにはいかないんッスよー! マグダたんの出店に入り浸りたいッスのにー!」
泣いてる。割とマジで泣いている。
うん。お前もガキのお守りが似合うから、もうちょっとそこで頑張ってろ。
あとで交代要員やるから。
「オレは、出店回る」
「「「ヤンボルドさんに同意です!」」」
「いや~、頭領思いな大工たちだこと」
大工の仕事は一先ず終わっている。あとは撤収の際に動いてもらうだけだ。
なので、今は存分に楽しんでもらいたい。
連中がどやどやと出店に殺到する様を眺めていると。
「ヤシロさん、ヤシロさん!」
ジネットが俺の裾を引っ張ってきた。
「見てください。ハム摩呂さん、たこ焼きがとっても上手なんですよ」
「手の平返しの、名人やー!」
「いや、それあんまいい意味じゃないぞ、ハム摩呂」
「はむまろ?」
「ジネットも言ってたろ、さっき、『ハム摩呂さん』って!?」
なんで俺の時だけ理解されないのか……
器用にくるくるとたこ焼きをひっくり返していくハム摩呂。
随分と調子よくリズミカルにひっくり返している。
……調子に乗って何か失敗しなきゃいいけどな…………と思っていると。
「あぁー! ついうっかりの、大惨事やー!」
ハム摩呂のヒジが油を入れているボトルにぶつかり、倒れた。油が鉄板の上にぶちまけられる。
「危ねっ!?」
「火……は、出ませんでしたね。よかったです。ハム摩呂さん、火傷しませんでしたか?」
「うん……」
「こらー! ハム摩呂、何やってるですかー!?」
「今年最初の、大失態やー……」
騒ぎを聞きつけて、ロレッタが飛んでくる。
倒れたボトルを起こし、零れた油を拭く。
幸い、火事にはならずに済んだ。
「調子に乗っているからですよ!」
「しゅーん……」
「まぁまぁ、ロレッタさん。大事には至らなかったわけですし。ハム摩呂さんにもお怪我はなかったようですし」
「店長さんは甘いです! こういう時はきっちり叱ってやらないと、また同じ事を繰り返すです!」
「海より深い、反省やー……」
「ほら、このように反省されているようですし。……ね?」
「もぅ……店長さんに免じて、今回は許すです。でも、気を付けるですよ……怪我とかしちゃ、ダメですからね」
おぉ、姉デレだ。
新しいジャンルを見た気がした。
「けど……たこ焼き、油まみれやー……」
「これは、作り直しですね」
「いや待て!」
ただ油を振りかければいいというわけではないのだが……これは、修正が利くかもしれん。
「ハム摩呂、ちょっと代われ!」
引火しないようにたこ焼き用の鉄板に油を流し込む。
くぼみに油が滑り込んでいき、ぱちぱちという音を立てる。
その上で、綺麗な球体となったたこ焼きをしばし転がして……
「カリふわ揚げたこ焼きだ!」
「ふぉぉお!? お兄ちゃんが、なんか新しい物生み出したです!?」
いや、新しくない新しくない。
日本じゃ、大手チェーンがやってるお馴染みの手法だ。
「試しに食ってみろ。熱いから気を付けろよ」
ヘコむハム摩呂に揚げたこ焼きを差し出す。
熱々のそれを口に放り込んで……カリッと咀嚼する。
「ん~~~~~~っ!」
熱いらしく、口を押さえて走り回る。……だから言ったのに。
そして、ぴょんぴょんとジャンプをし始めて、なんとかかんとか飲み込む。
その後の第一声は……
「地獄の、ご馳走やー!」
味は、申し分なかったらしい。
「お、美味しいんですか、ハム摩呂!?」
「はむまろ?」
「いいから、味の感想を言うです!」
「月夜に舞い散る、花びらのごとしやー!」
「分かんないです! 比喩が突拍子もなさ過ぎて美味しいのかなんなのか分かりにくいです!」
「うまいを越えた、美味しさやー!」
「美味しいんですね!?」
そう確認を取り、揚げたこ焼きを試食しようと振り返るロレッタ。
「……あふっ、あふっ……でも、おいひぃですぅ~」
「……新しい発見。カリふわ……よい」
「ぬはぁあ!? 店長さんとマグダっちょがもうすでに食べてるです!?」
「なんだか、いい香りがしますね~」
「ベルティーナさんが来たら、あたしの分なくなるです!? 急いで食べるです!」
そう言って、揚げたこ焼きを一つ口へと放り込んだロレッタは――
「ん~~~~~~っ!」
ハム摩呂とまったく同じ事をしていた。……やっぱ、姉弟なんだな。飛ぶな飛ぶな。冷めないから、そんなんじゃ。
「ハム摩呂さん。とても素敵な発見をしましたね」
「失敗したのに?」
「はい。失敗は恥じるものではありません。そこに成功の種があるんですよ」
「ぅはーい! 店長さんの、お墨付きやー!」
偶然にも、揚げたこ焼きを発見した(っていうか、俺に思い出させた)ハム摩呂が、ジネットに褒めてもらって大喜びをしている。
「ヤシロさん。これ、美味しいです」
「そうか」
「是非作り方を……」
「お前は、今日くらい客で居続けろよ」
「ぁう……そ、そう、ですね。折角みなさんがこうして準備してくださったんですから、ね」
とはいえ、「覚えたいな~」「教えてほしいなぁ~」みたいな顔は抑えられていない。
このワーカーホリックめ。
「あ、シスター。浴衣、とても似合ってますよ」
「もぐもぐ……そうですか? ありがとう……もぐ……ございます」
「なぁ。食べながらしゃべるなって、誰かに教わらなかったか?」
誰かベルティーナに教えてやれよ。
しかしながら……
浴衣姿のベルティーナは実に絵になっている。片手に持った揚げたこ焼きがいいアクセントだ。
黄色い鮮やかな浴衣は、ベルティーナにしてみれば派手な色合いなのかもしれないが。着慣れていない初々しさと、大人の女性の淑やかさがどちらも楽しめて、非常に眼福である。
珍しくアップにまとめた髪もいい。うなじから三本ほど垂れているほつれ毛がセクシービームを出しまくっている。
「あとでジネットもエステラと一緒に着替えてこいよ」
「わたしたちの分もあるんですか?」
「あぁ。ナタリアが中で着付けしてくれるから」
「そうですね。では、お店を回った後で…………いえ、やっぱり先に着替えてきてもいいでしょうか!?」
どうやら、浴衣で出店を回りたいらしい。
「じゃあ、行ってこい。それまでは俺が一本毛の相手をしておいてやるよ」
「ヤシロさん。ダメですよ」
「へいへい。領主様のお相手をさせていただきまする」
「くす。では、少しだけ、待っていてくださいね」
ぺこりと頭を下げるジネット。先に行くかと思いきや、やはりエステラを待つようだ。
「エステラ。あと、リベカとソフィーも、浴衣着てこいよ」
「あ、うん。それじゃあ、ちょっと失礼して……」
「なんじゃ? ワシにも着せてくれるのじゃ? あの可愛い色の服、ワシとお姉ちゃんの分もあるのじゃ!?」
「よろしいんですか?」
「あぁ、折角だからな」
嬉しそうに駆けていくリベカとソフィー。その後を、ジネットとエステラが追いかけ、後方からバーサとバーバラが忍び寄る。
……ババアども、ヤツらも着るつもりか…………
「というわけで、男だらけになっちまったが、ちょっと見るか?」
「そうだな……」
「あの、僕は……えっと……リベカさんと一緒が……」
「よし、フィルマン。出来たての揚げたこ焼きを食わせてやろう。ほら、あ~ん!」
「ちょっ、やめてください! 最初のあ~んは、リベカさんにと決めて……ってぇ!? なんですかその禍々しいまでに湯気の立ち上った食べ物は!? 絶対熱いじゃないですか!?」
「あ~んが嫌なら、これを二個一気に食え!」
「死にますよ!?」
バカモノ。死因に『猫舌』なんてのがあり得るか。
死にはしない。
ただ、死ぬほど熱いだけだ。
「じゃあ、遊具に乗れ」
「嫌な予感しかしませんが!?」
「ドニスもどうだ? 童て……もとい、童心に戻って」
「なんだ、今の悪意ある間違いは? ん? なんだ、ヤシぴっぴ」
「そ、そうマジになるなよ……冗談だって……」
そうか。
マーゥルに操を立てているドニスは……その可能性が…………DDではなくDT……冗談で言っていいことではなかった。ここは深く反省して――
「「ぎーーーやーーーーーーーーー!」」
ドニスたちを楽しませてあげよう!
「ヤシロさんっ、それ以上速度を上げると、領主様と後継者さんが飛んでっちゃうッスよ!?」
ドニスとフィルマンをグローブジャングルに乗せ、俺とヤンボルドとハムっ子で回す。全力で回す。最終的にヤンボルドのシャレにならないパワーで回す!
「「いーーーーーーーやーーーーーーーーーーーーっ!」」
うんうん。楽しそうだ。
これで、さっきの無礼も記憶から抹消されたことだろう。
「ヤシロさ~ん」
「おぉ!」
揺れている。
ジネットが乳を揺らすために走ってこちらに向かってくる。
「待ってたぞ~~~」
「ヤシロさん……首を上下に動かしながら出迎えるのはやめてください」
いや、だって、視線が釘付けなのに上下に揺れるからさぁ。
「あの……どう、ですか?」
「ん。似合うぞ」
「えへへ……」
…………っくはぁ!
やばかった。一瞬心臓止まるかと思った。
浴衣姿で、普段とは違うちょっと着飾ったジネットが、ちょっと恥じらいながらの、上目遣いの、「……どう、ですか?」だぞ? 「どうですか?」じゃなくて「……どう、ですか?」だぞ!? この恥じらい感! 頬とか染めちゃって不安と期待が入り混じった目で見られて……反則だからな、それ?
よくもまぁ平静を装って「ん。似合うぞ」とか言えたな、俺。
……でも、あそこで照れたり言いよどんだりしたら……絶対面倒くさいことになる!
これくらい軽いのがいい感じ!
それにつけてもお乳がで、か、い。
ついつい目がいってしまう……
……ん? あれ? 浴衣ってことは……!?
「ジネット、勝負パンツは!?」
「~~~~っ!」
無言で脇腹に拳をぎゅ~っと押しつけられた。ぐりぐりされている。
な、なんだなんだ? 新しい抗議の仕方か!?
「きょ、今日は、他所様の区ですので、万が一にも間違いがあってはいけないということで……ルール違反ではありますが……その…………」
「穿いてるのか」
ぐりぐりぐりぐり……
あぁ、なるほど。照れているんだな。うんうん、なるほどな。
「ヤシロ。懺悔するといいよ」
と、斬首しそうな勢いでエステラのナイフが迫ってくる。
かわすっ!
……危なかった。俺の、殺気を感じ取る能力が少しでも劣っていたらヤられていた。
この緊張感……狩猟ギルドに初めて乗り込んだ時以来だぜ。
「まったく。君は口を開けばはしたないことを……四十二区の恥部だね、まったく」
「まったくを二回も使うんじゃねぇよ」
「君がまったくだからだろう。この、まったく者」
まったく者ってなんだよ。
変な称号を与えやがって。
「けど、エステラは本当に浴衣が似合うな」
「な、……なにさ、急に。褒めてご機嫌取ろうなんて……」
「いやいや。浴衣に関してはお前が一番似合うと思ってるぞ」
「え……そ、そう……なの、かい?」
「あぁ」
なにせ、浴衣に限らず和服は。
「胸がない方が似合うからな」
「ヤシロ。斬首するといいよ」
「おい、やめろ! 本気の速度で襲いかかってくるな!」
エステラの攻撃を紙一重でかわし続ける。
伊達にナタリアと行動を供にしていたわけではない。
あいつの動きはエステラ以上だ。あの動きを間近で見ていたんだ……ナタリアの無尽蔵の多角的なボケにタイミングよくツッコミ続けた俺は、いつの間にかレベルアップしていたというわけだよ!
貴様の攻撃など止まって見える! 当てられるものなら当ててみ……
……ゴッ! って、音がした。
「……痛い」
「あ、ごめん。当たった?」
俺が紙一重でかわすからちょっと楽しくなっていたらしく、エステラはどんどん腕の速度を速めていった。……ホントにレベルアップなんかするわけないんだから、お前の本気に敵うわけないだろうが…………エステラの手が鎖骨に当たって、痛いのなんの……
「エステラ様」
蹲る俺を見て、ソフィーが駆けてくる。
おぉ、浴衣ウサ耳だ! 耳も胸も揺れている! もっと走って! 跳ねるように!
「相手が弱っている隙に、トドメを!」
「お前は何を告げに来てんだ!?」
「こんなに素敵なお召し物に対し、邪な視線を向けるから報いを受けるのです。当然の罰です」
あほー!
邪な視線?
向けるわ、普通!
「で、リベカは?」
「見ますか?」
若干引き攣った表情で、ソフィーがとある方向を指さす。
その方向は、たまたま俺の死角になっており、そっちで何が行われているのか俺には一切見えていなかったのだが……なぜだか「意地でもそっちは向きたくない!」という思いが俺の心に広がっていた。……なんか視界の端に桃色のオーラがちらちら見切れてんだよ。……くそっ、つきあい始めのリア充ほど始末に負えないヤツらはいない。
「ジネット。目の毒だ。出店を回るぞ」
「はい」
「エステラは、向こうの遊具で伸びてるドニスの介護を頼む」
「何やってたのさ!?」
ちょっと遊んでただけだ。
おかしいな……フィルマンもドニスの隣で伸びているはずなのに……リア充の体力は底なしか。
そんなわけで、再びジネットと出店を回る。
ハム摩呂は、すっかり揚げたこ焼き屋になっており、味も徐々に安定し始めている。いつか、陽だまり亭でも出したいものだ。
そこから先に進んでいくと――
「お、ヤシロ、店長! 遅いぞ! あたいが焼いたイカ、食べるか!?」
「鮭じゃないんだな?」
「鮭は棒に刺さらなかったんだよなぁ……」
一応試しはしたんだな。
デリアが売っているのはイカ焼きだ。マーシャがいるからな。材料は提供してもらった。
あと、醤油は二十四区の名産でもある。この香ばしい匂いが堪らない。
「ねぇねぇ~☆ こっちも覗いてよ~☆」
と、いろいろなところを覗き込みたいマーシャが水槽の中から身を乗り出して俺たちを呼ぶ。
とりあえずイカ焼きを一本もらい、そちらへ向かう。
「焼きトウモロコシか」
「うん☆ なんかね、イカ焼きの屋台を勧められたんだけど、折角だから普段やらないことやろうと思って☆」
確かにこれは珍しい。
マーシャが刷毛を使ってトウモロコシに醤油を塗る。
そして、くるくるとひっくり返して、また醤油を塗る。
こっちも堪らない香ばしさが漂ってくる……
「あ、あの、ヤシロさん……わたし、これを食べてみたいです」
「美味しいよぉ~☆ マーシャちゃんの愛情たっぷりトウモロコーンだからねぇ☆」
なんか混ざってんぞ、トウモロコーン。
「ぉいひ~ですぅ……!」
焼きたてのトウモロコシに齧りつき、頬に醤油を付けて笑顔を見せるジネット。
ジネットのこういう表情は珍しい。しっかりまぶたに焼きつけておこう。
「少しお行儀が悪い感じが……ドキドキしますね、出店って」
「行儀悪くなんかねぇよ。これくらい豪快に食うのがマナーだ」
イカ焼きに肉食獣も真っ青な豪快さで齧りつき、噛み千切り、咀嚼する。
うむ! 美味い!
「なんだか、美味しそうに見えますね、そうして食べているのを見ると」
「じゃあ、やってみるか?」
「いえ、それはさすがに……」
笑顔で拒否された。
まぁ、やられてもちょっと困るけどな。
あとはお馴染みの、ベビーカステラやポップコーンの屋台が並んでいる。たい焼きにドーナツまで用意されている。甘ぁ~い香りがこの辺一帯に漂っている。
甘いおやつにはガキどもが群がっている。ここはスルーするかな。長蛇の列だし。
店番のハムっ子に頑張れとだけ伝えて先へ進む。
「ジネット」
出店の中程に、ベルティーナがいた。
店の前にうずたかく積まれた皿の山は、きっとここを陣取っていたソフィーの食べた分なのだろう。……あいつも結構食うな。
「シスターはお好み焼きを作っているんですね」
「はい。なかなか難しかったですが、マグダさんにコツを教わって、なんとか様になってきたところです」
言いながら、二本のへらで器用にお好み焼きをひっくり返す。
お見事!
「上手です」
ぱちぱちと手を叩いて称賛を送るジネット。
ベルティーナはむず痒そうに照れ笑いを浮かべる。
大きなヘラも、ベルティーナが持っていると、家庭的だったり、ともすればちょっと可愛く見えたりするから不思議だ。
あんな鋭利な金属、エステラなら凶器にしか見えなかっただろうな。
「教会の子供たちに作ってあげようと思いまして」
「きっと喜びますね」
「だといいのですけど」
「喜びますよ。だって、わたしは、シスターが作ってくれた野菜のスープが大好きでしたもん」
かつて、心を閉ざした少女だったジネット。
そのジネットに寄り添い、励まし、支え続けたのは他ならぬベルティーナで、だからこそ、ベルティーナが自分のために作ってくれた料理というのが深く印象に残っているのだろう。
料理は愛情。……ってやつだな。
「野菜のスープランキングは、いまだにシスターが一番です。わたしはまだまだ追いつけません」
「そんなことはないでしょう? ジネットの方がお料理は上手なのですし」
「うふふ。シスター、ありがとうございます。でも、わたしの中ではシスターにはまだまだ敵わないんです」
ジネットのその言葉は、謙遜ではなく本心からの言葉のように思えた。
思い出の味ってのは、強いからな。
「では、お好み焼きも、ジネットより美味しく出来ているでしょうか?」
「お好み焼きは負けません」
そんな会話を笑顔で交わす母娘。こいつら、仲いいよなぁ。
「では、ひとつください」
「少々お待ちくださいませ」
妙に芝居がかったセリフを交わし、二人でうふふと笑う。
なにお前ら? 俺を癒し殺す気? 癒され過ぎて死んじゃうよ、俺?
「ん。予想していたよりずっと美味しいですよ、ヤシロさん。わたしも頑張らないと」
「どれ…………ん!? 美味いな。焼き加減が絶妙だ」
「うふふ。褒め過ぎないでくださいね。私、結構すぐに調子に乗ってしまいますので」
とか言いながら嬉しそうなベルティーナ。
教会のガキどもが群がってきたので場所を空けてやる。
今度たっぷり作ってもらうとするか。
そして、さらに先へ進むと……
「ふっふっふっ! よくぞここまでたどり着いたです!」
「……待っていたぞ、店長よ」
出店の奥にロレッタとマグダが揃っているちょっと豪勢な屋台があった。
なんだろう。やっぱり陽だまり亭の従業員が店の中にいると、ちょっと豪華に見えるな。
安心感とかも込みで。
「あの……ここは、一体何を売っているんでしょうか?」
ここまで、屋台の設備を見るだけで何を作っているのか、すぐに理解していたジネットだが、この店だけは勝手が違うらしい。
それはそうだろう。
「……この店では店長が知らない料理を売っている」
「えっ!?」
「本邦初公開です!」
コレの準備が大変でなぁ……特に、ロレッタがちょいちょい情報漏洩しやがったせいで。
「ロレッタが情報漏洩しやがったせいで……しまくりやがったせいで」
「わ、わざとじゃないですよ!?」
「わたし……全然気付きませんでした」
「……店長なら、そうだと思う」
マグダ。さらっと酷いな。
まぁ、ジネットだから気付かれなかったんだろう。エステラだったらバレてたろうな。
「あ、新しい料理……き、気になりますっ! 見たいです! 食べてみたいです!」
ジネットがそわそわし始める。
実は、この店だけはジネットが食べるまで販売を控えていた。
ジネットがお客第一号なのだ。
ジネットが食べたら解禁となる。
「あ、ついに謎の新商品が解禁になるんだね」
「オイラも興味津々ッス!」
新商品を作るという情報だけを耳にしていたエステラとウーマロ。
エステラは今回のサプライズの共犯者だし、ウーマロにはこれ用の屋台を作ってもらわなければいけなかったからな。
「あっ! 蒸籠(せいろ)です!」
ジネットが蒸籠に気付く。そう。蒸籠だ。
この屋台には大きな蒸籠が設置されている。
その中に入っているのは――
「「おーぷ~ん」です!」
蒸籠の蓋が開き、もわっと白い湯気が立ち上る。
その中には、白くてまるっこくてふっくらした物が入っていた。
その名も、肉まんだ!
豚肉とタケノコをふんだんに使った、ジューシー肉まんなのだ!
「さぁ、召し上がれです!」
「……熱いから、割ってから食べるといい」
「あ、あつっ、熱っ!」
手に取った肉まんを数回手の上でバウンドさせ、ジネットが肉まんを半分から割る。
中から、金色に輝く肉汁を滴らせた豚肉が姿を現す。
「お、美味しそうですぅ……」
そして、我慢出来ずに、ジネットが肉まんにかぶりつく。
「はふっ、はふっ…………ん~~~~~~~っ!」
肉を噛みしめ、肉汁を堪能し、タケノコの歯応えにときめく。
そしてジネットは、いつものあのセリフを口にする。
「ジューシーな豚肉と、しゃきしゃきしたタケノコと、もちもちの生地が、お口の中でわっしょいわっしょいしていますっ!」
「「「やったぁー!」」」
俺とマグダとロレッタが揃ってバンザイする。
「わっしょいわっしょい」いただきましたー!
「ん~~! ズルいです! マグダさんとロレッタさんだけ! わたしも! わたしも、このお料理作りたいです! 覚えたいですぅ!」
「やっぱり言ったです!」
「……予想通り」
「ヤシロさんっ!」
「はいはい。明日にでも教えてやるから、とりあえず、今日はお客さん、な?」
「ん~~~~~っ! 今日覚えたいですぅ~!」
こんなに駄々をこねるジネットは初めてかもしれない。
本当に羨ましいのだろう。
「ジネット。もう一個あるんだ、新メニュー」
「ぇえ!?」
俺の指さす方へ視線を向けるジネット。
そこには。
「ぁ……ぃ、いらっしゃい、ませ~」
「ミリィさん。一体何を売って…………わぁっ!」
ジネットの顔がきらっきらに輝き出す。
「か、可愛いですっ!」
「これね、リンゴ飴っていうんだょ。てんとうむしさんに作り方教えてもらったの」
「~~~~っ、ヤシロさんっ」
「はいはい。これも教えてやるから」
「ズルいですぅ~!」と、全身で抗議してくるジネット。
サプライズに対する感想は驚き4に喜び4、羨ましさ2、といったところだろうか。
「あまぁ~いですぅ……そして、リンゴの酸味がさっぱりしていて……これ、定食に付けたいです」
「いや、定食には向かないと思うぞ!?」
焼き鮭食いながらリンゴ飴はないだろう。
精々、ポップコーンの横で一緒に売るくらいだろうな。
「嬉しいです、楽しいです。……でも、やっぱり羨ましいです!」
未知の料理を両手に持って身悶えているジネット。
屋台の向こうで、マグダとロレッタがハイタッチをしている。
ミリィが「ごめんね?」と、秘密にしていたことを謝っている。が、そうさせたのは俺だ。ミリィが謝ることじゃない。
「これは、成功でいいのかな?」
滅多に見られないジネットの反応に、エステラが判断に困っている。
つか、お前。笑ってんじゃねぇか。
「『可愛いなぁ~』とか思ってるだろ?」
「そりゃあもう! 連れて帰りたいくらいだよ」
エステラも、なんだかんだジネット好き過ぎだしな。
「なら、大成功だろ。見てみろよ、周りの連中を」
「え?」
くるりと辺りを見渡すと、誰も彼もが満面の笑みを浮かべていた。
隣の者と笑い合ったり、ジネットを見て微笑んでいたり、美味しそうな料理に興味を引かれたり。様々な笑顔がそこにあって、そのどれもが今という時間を楽しんでいた。
「こういう未来を、作るんだろ、領主様?」
「ヤシロに言われると脅迫に聞こえるなぁ……でも、うん」
笑う面々を見つめ、エステラは決意を新たに言う。
「ボクは、この笑顔を守る。もう二度と、未来を見失うことはないし、そんな街にはしない」
「その決意。ワシも便乗させてもらおう」
ドニスがエステラの隣に並び立ち、大きな口を開けて笑う自区の住人たちを見つめる。
「そして……いつか、あの人と…………」
その呟きは、まぁ……聞かなかったことにしといてやろう。
そんな賑やかな感じで、『宴』は幕を下ろした。
準備に走り回ったわけだが……結果は上々。
成果は、ドニスの信頼を得て、協力を取り付けた。
十分と言えるだろう。
この調子で『BU』の突き崩しに邁進してやる。
その時俺は、そんなことを思っていたのだった――
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