226話 準備は上々、そして訪れる招待客

 ウーマロが走り回っている。

 組み立てた屋台やら遊具の点検をして回っているようだ。それぞれの班ごとにリーダーを設け、そのリーダーとあれやこれやと打ち合わせを行っている。


「あれ。そういやグーズーヤは?」

「あぁ、あいつなら足漕ぎ水車の修理をしてるぞ」


 デリアが鉄板の火を見ながら教えてくれる。

 うわぁ、あいつデリアと一緒にいたい一心で水車修理やってるのに、『宴』本番で別行動とか……可哀想に。ぷっ。


「『頑張れよ』って言ったら『めっちゃ頑張ります』って言ってたし、帰ったら直ってるかもな」


 いや、可哀想じゃないな。きっと今頃「デリアさんが帰ってきた時に驚くような、完璧な修理をしておこう!」とかって、ばりばり働いてるんだろう。

 いいなぁ、患ってる連中。単純なことで力が発揮出来て。


「ヤシロく~ん☆ 私、何か手伝うことあるぅ~?」

「水槽でも磨いてろ」

「は~い☆」


 水槽の中でちゃぷちゃぷしているマーシャ。

 なんの手伝いが出来るんだよ、お前に。


 人魚が珍しいのか、ガキどもがマーシャのそばに群がっている。

 微妙な距離感で。

 うん。実は、マーシャはそんなに子供受けしない。あいつ自身が子供みたいな感性だからか、バディが大人向けだからか……ま、たぶん、マーシャ自身が子供をそんなに好きじゃないんだろうな。

 ガキどもはそういうところ、敏感に察知するからなぁ………………じゃあ、なぜ俺に懐く!?


 まったく。理解不能だ。


「ヤシロさん。こちらの食材なんですが、ジネットさんは覚えがないとか」

「あぁ、それはこっちで使うもんだ」


 タケノコを持って教会から出てきたアッスント。

 そいつは俺がこっそり発注表に追加しておいたものだ。……くそ、ジネットに見られたか。 あらかじめアッスントに言っておけばよかった。


「もしかして、店長さんが『少し多い』とおっしゃっていた物も、ヤシロさんが原因ですか?」

「原因とはなんだ。まぁ、その通りだが」


 こっそりくすねて別の料理を作ろうとしていたんだが……なかなか体があかなくてなぁ。

 とか思ってると、ミリィがとてて~っと俺のもとへと駆けてきた。何か用事がありそうな顔で。


「ぁの、てんとうむしさん。ぉ花ね、こっちにまとめて大きい飾りにしてみたぃ……ん、だけど、どぅ、かな?」

「ミリィの好きにしていいぞ。全権を委ねるから」

「ぁの…………ちょっと、不安だから、……意見、聞きたい、な」


 確かに、丸投げは逆にやりにくいか…………ふむ。

 ミリィの提案したレイアウトを脳内で想像してみる。

 まんべんなく同じ量を飾るよりも、メリハリが出て面白い仕上がりになりそうだ。


「よし、その感じで進めてくれ。きっと上手くいく」

「ぅん。ありがと、てんとうむしさん!」


 ぱたぱたと駆けていくミリィ。

 花は、ルシアの勅令を受けた三十五区生花ギルドからの多大なる好意によって十分な量をそろえることが出来た。

 花園からも少しもらってきている。

 会場入り口の、凄く目に付くところに飾られるそうだ。


 と、こっちが真面目に打ち合わせをしている背後では――


「アッスントさぁ、さっきのはダメだぞ。マネするならちゃんとマネしないと」

「マネ……ですか?」

「店長のマネしてたろ?」

「いえ、あれはマネではなく、伝聞と言いますか……」

「あぁいう時は、もっとこう、店長っぽさを出してだな……『ちょっと多いですぅ』」

「それジネットさんのマネですか!? 鳥肌が立つほど似てないですね!?」


 デリアとアッスントがなんか遊んでいる。準備しろよ、お前ら。


 俺たちから遅れて、ぱらぱらと集まってきた面々。

 こちらが用意したメンバーは勢揃いだ。急ピッチで準備を進める。


 俺も厨房を使いたいんだが……ジネットがいるからなぁ。

 とか思っていると、ジネットが教会から出てきた。


「ヤシロさん、お疲れ様です。こちらの準備はどうですか?」

「ん、あぁ。ウーマロが張り切ってるから大丈夫だろう」


 などとしゃべりながら、タケノコを背中に隠す。

 もうバレてるから意味はないんだが、なんとなく。後ろめたいというか……


「あの、そのタケノコなんですが」


 バレテーラ。

 つか、モロ見えか。ジネットの視線が俺の背後に向かったのが一発で分かった。

 ……はっ!?


「もしかして、俺が谷間をチラ見してるのって、こんな感じでバレてるのか!?」

「な、なんですか急に!?」


 なんてこった。

 相手が視線を動かすと、こんなにはっきり分かるのか。

 自分が動かす時は全然動いてないつもりなんだけど、眼球って意外と動いてるもんなんだな。


「俺はまた一歩、巨乳の真理に近付いたようだ」

「近付かないでください、そんなものに」


 などとくだらない話をしつつ、タケノコから意識を反らせる。

 タケノコのことは忘れてしまえ。……ほれ、アッスント。パスだ。こいつを持って厨房へ行ってこい。


「こちらは、どなたに?」

「マグダに頼む」


 耳打ちしてきたアッスントに小声で返す。

 去り際に「承りました。ヤシロさんには、麹工場で助けていただきましたからね」などと言葉を残すアッスント。

 おまっ……あの大恩とこんな些細な親切を秤に掛ける気か?

 なんてヤツだ。


「ヤシロさん。あのタケノコなんですが、一体何に……」

「お前の苦手な竹はもういない。もう気にするな」

「いえ、別に竹が嫌いというわけでは…………まぁ、最近苦手意識が芽生えてきましたけれど……」


 思わぬトラウマがジネットに芽生えていたらしい。

「でも、タケノコは好きですからね」と、どこ向けだか分からないフォローを入れてくる。

 とにかく、タケノコのことは忘れろ。


「あっ! お兄ちゃん、見つけたです!」


 両手と頬に白い粉を付けて、ロレッタが教会から出てきて、こちらに駆けてくる。

 ……うん。やらかしそうな予感しかしない。


「片栗粉と豚挽肉の割合なんですが……って、店長さんもいたです!? なんでもないです!」


 俺目掛けて走ってきたロレッタは、ジネットを見つけるや否やくるりと踵を返しそのまま教会へと逃げ込んでいった。

 ……まったく、アホの娘め。


「片栗粉と豚挽肉……? 麻婆茄子でも作るつもりなのでしょうか?」

「いやぁ、どーかなー、あはは」


 誤魔化そう。

 ジネットにいろいろ情報を与えると、独自に解答へたどり着いてしまうかもしれない。

 とにかく、ジネットの意識を料理から離すんだ。


「あれ、ジネット。髪切った?」

「へ!? い、いえ……あの、切った方が、いいでしょうか?」

「いやいや。今のままで十分………………じゃね?」


 危ない!

 誤魔化そう誤魔化そうという意識が先走って、うっかり「今のままで十分可愛いぞ」とか言いかけたじゃねぇか! どんなトラップだ。ジネット、パネェわぁ……


「ヤシロさん。ジネット」


 とことこと、ベルティーナが何人かのガキを引き連れてやって来る。

 懐かれてるなぁ、初対面のガキにも。


「よぅ、食べる担当」

「うふふ。その自覚はちゃんとありますよ」


 こっちが準備してる時に手伝いもしないでってイヤミだったんだが。

 まぁ、ベルティーナがガキどもを一手に引き受けてくれているから、こっちの準備が捗ってるんだけどな。


「ジネットがここにいるということは、もう準備が済んだのですか? 子供たちがお腹を空かせているようですよ」

「子供たち『も』だろ」

「うふふ。否定はしません」


 ガキをダシに、何か食い物にありつこうという魂胆か。


「下準備は終わったので、あとは始まる直前に作るだけなんです……けど、まだ先ですよ?」


 ジネットはもう準備を終えたらしい。

 あとはちゃちゃっと仕上げるだけでいいようだ。

 とはいえ、飯が出てくるのはドニスたちが揃ってから、つまり昼過ぎになる。


 ……うむ。まだまだ時間があるな。


「ソフィー」

「は、はい!」


 ベルティーナに会ってから、ずっとそわそわと落ち着かないソフィー。

 相当憧れているようだ。

 気が付けばぽぉ~っとした目で見つめていたりする。……トレーシーがエステラを見つめるような目で。


「ガキどもって朝飯食ったのか?」

「はい。みなさんがお見えになる前に」


 俺たちがここに着いたのは九時前くらいだ。四十二区と同じ時間に朝飯を食っていたのだとしたら、そろそろ小腹が減ってもおかしくはない。

 ずっと走り回ってるもんな。竹とんぼを追いかけて。


「『宴』の最中に腹減ったコールとかされると厄介かもしれんな」

「うふふ」


 隣でジネットがこれでもかとにこやかな笑みを漏らす。

 ……んだよ。


「では、今のうちに軽食を食べさせてあげた方が『都合がいい』ですよね」

「…………何が言いたい?」

「いいえ。含むところはありませんよ」


 嬉しそうに言って、満面の笑みを見せる。

 絵に描いたような「言ってやった」感満載の表情だ……生意気な。


「青竹踏…………軽食でも作るか」

「青竹踏み、今は絶対関係ないじゃないですか!?」


 過剰反応を見せるジネット。

 俺をからかおうなんざ百年早いんだよ。


「何かを作るのですか?」


 ソフィーが少し怪訝な表情を見せる。


「間食は体にも教育にも経済的にもあまり勧められません」


 お堅いなぁ、相変わらず。

 こうと決めれば梃子でも動かない。

 ベルティーナを見習って柔軟な思考を身に付けてもらいたいもんだ。

 …………ベルティーナほど柔軟過ぎるのもどうかと思うけどな。食に関してのみ。


「ベルティーナが腹を空かせているんだと」

「えっ、ベルティーナさんが!?」

「このまま放置すると、泣くかもしれん」

「そんな、まさか。ベルティーナさんが……」

「……みぃ」

「鳴きましたね!? 凄くきゅんとする声で!」


 ベルティーナも、面白そうな方に乗っかるようになってきたな。

 もしくは、ソフィーを納得させれば何かが食べられると踏んでの行動か。


「シスターは、お腹が空き過ぎると、子供たちのほっぺをはむはむするんですよ」

「マジでか!?」

「はい。わたしも、幼い頃に何度となく」

「もう、ジネット。それは家族だけの内緒ですよ」


 はむはむされてぇ!

 それ、もはやほっぺチューだからね!


「ソフィーさんは、色白でほっぺたも柔らかそうですから、食べられちゃうかもしれませんよ」


 くすくすと、ジネットがそんな冗談を言う。

 そんな冗談を受けて、ソフィーは――


「ベルティーナさんに食べられるのなら本望です!」


 ――冗談にならないマジなトーンで叫んだ。

 はい。トレーシーコース確定。お気の毒様です。


「はっ!? いえ、違いますよ。そういう意味ではなく、あの、……い、いい意味で!」


 いい意味で食べられたいってどういうことだよ。

 お前は因幡の白ウサギか。


「いいではないですか、ソフィーさん」


 バーバラがかたかたとからくり人形のような速度で近寄ってくる。

 ここが薄暗いダンジョンの中だったら逃げるか迎撃してるだろうな、うん。


「今日は特別な日。楽しい記憶は、子供たちの心を豊かにし、未来の可能性を広げるものですよ」

「また、そうやって……バーバラさんは子供たちを甘やかし過ぎです」

「……みぃ」

「今日だけは許可しましょう! 特別な日ですから!」

「ベルティーナを甘やかすんじゃねぇよ、ソフィー」


 誰に対しても毅然とした態度を取れる人間というものがいないのか、この街には。


「なんだ? なんか作んのか? あたいもちょうど腹減ってきたところなんだよなぁ」

「あ~、私も~☆ 何か食べた~い☆」

「ぁの……みりぃも……ちょっと、ぉなか、すいた……な」


 食い物の気配を感じ取ったのか、女子たちが群がってくる。

 ……ベルティーナが感染している。四十二区に。危機的状況だ。


「しょうがねぇなぁ……」

「はい。しょうがないですよね、ヤシロさん」


 だから、なんでそんな嬉しそうな顔してんだっての。

 俺が誰かを甘やかす度ににこにこすんのやめてくんない?


 いや、別に甘やかしてないけどな!


「オイラも、朝から動き詰めでお腹空いたッス」

「お前は働けよ」

「酷いッス!? マグダたんの姿が見えない中でも頑張っているッスのに!」


 知らねぇよ。

 空腹とマグダは関係ないだろうが。


「じゃあ、ジネット」

「はい。何か作ってきますね」


 いつものように厨房へと向かおうとするジネット。

 お前はどこに行っても厨房に向かうよな。

 だが、今回はちょっと待て。


「折角だから、屋台で何か作ってやろうぜ」

「屋台で、ですか?」


 デリアが火を入れて鉄板を温めてくれている。

 今すぐにでも使えるだろう。


「ジネットは移動販売に行く機会がないだろ?」

「そうですね。たまに、覗きに行くことはありますけど、その時に何かを作るということはないですね」


 ジネットが屋台で何かを作ったのは、川遊びの時とか、三十五区へ屋台を曳いて出向いた時くらいだ。

 基本的に、屋台はマグダやロレッタ、ハムっ子たちに任されている。


「作ってみたくないか?」

「みたいです!」


 密かに羨ましいなぁ、と思っていたことはバレているのだ。

 閉店作業の際、庭に停めてある屋台で『エア屋台』をやっていることもな!


「お好み焼きかたこ焼きでも作ってみるか?」

「はい! その二つはマグダさんがメインですので、わたし、実はあまり作ってないんですよね」


 羨ましかったらしい。

 言えばいいのに。いくらでも作らせてや…………いや、マグダがむくれるかもしれないな。仕事を取られるって。


 でもまぁ、今日はいいだろう。

 マグダには、それ以上に興味深い仕事を用意してあるし。


「ハム摩呂~」

「「「「はぁーい!」」」」

「いつの間に増えた!?」


 想像以上の声が返ってきてちょっとビックリした。

 見ると、どいつもこいつもハム摩呂じゃない。


「なんで返事してんだよ、ガキども」

「あこがれてるのー!」

「しょーらいのゆめ!」

「おおきくなったら、はむまろになるー!」

「いまかられんしゅうしとくのー!」


 なんか大人気だな、ハム摩呂!?

 職業みたいな扱いになってるけども。


「……で、本物のハム摩呂は?」

「はむまろ?」

「あぁ、そこにいたか」


 本人だけはハム摩呂という自覚がないらしい。


「ちょっとマグダんとこ行って材料をもらってきてくれ」

「大安売りの、ご用事やー!」


 お安いご用、ということらしいな、どうやら。

 ハム摩呂がてってけてってってーと駆けていく。


「はぁ……久しぶりなので、少し緊張します」


 屋台にスタンバイして、ジネットが胸を押さえている。

 胸を押さえている。


「ヤシロさん……あの、さっきの話ではないんですが……視線が……」


 胸を、押さえている!


「ヤシロさん!」


 怒られた。

 俺、悪くないのに。

 ぷにょ~んって柔らかそうな谷間の方が悪いのに。あんなもん、見るわ、普通。


「まぁ、そう緊張するな」

「そうですね。いつも通りを心がけます」

「みんんんんんなが、見守っているから」

「はぅっ!? き、緊張させないでくださいっ」


 ガキどもが「何が始まるんだろう~?」みたいな顔で屋台の周りに群がってくる。


「お待ちかねの、お届け物やー!」


 そこへハム摩呂が戻ってくる。

 よし。これでしばらくジネットはここを離れられないだろう。


「ジネット。ちょっとロレッタたちを見てくるから、俺の分も焼いといてくれ」

「はい。豚とイカとエビ、どれになさいますか?」

「ミックスで」

「「「「みっくす、いいなぁー!」」」」


 ガキどもが全部載せに興味を引かれる。

 早く食べたい気持ちが溢れまくりのガキどもを、バーバラとソフィーが優しくもきっちり押さえ込んでいる。

 ……誰か、ガキ以上に溢れまくらせてるベルティーナを押さえ込めよ。なんで誰一人注意しないんだよ。……あぁ、もう、裏に回ると油跳ねるから! 白い服に染みつくから!


「シスター。向こうでいい子に待てないと焼いてあげませんよ?」

「…………みぃ」


 ベルティーナを叱れるのはジネットだけのようだ。

 そして、ベルティーナ……「みぃ」って鳴けば食い物がもらえると学習したな。

 俺も気を付けよう。不意に鳴かれると餌付けしてしまいそうだ。


 と、そんなことよりもっと。

 俺は楽しそうにお好み焼きを焼き始めたジネットを見て、厨房へと向かった。





「「「「おーいしー!」」」」


 ガキどもとベルティーナが満面の笑みだ。


 厨房で仕込みを終えて出てきてみると、すでに全員にお好み焼きが行き渡ったようで、どいつもこいつもが思い思いの場所で食べて話してくつろいでいた。


「ヤシロさん、マグダさん、ロレッタさん」


 屋台の向こうから手を振ってくるジネット。

 屋台を挟んでジネットと相対する。

 なんか、客になった気分だな。


「……店長」


 いつもは屋台の作る側に立っているマグダが、ジネットを見つめて口を開く。


「……マグダは可愛いから、オマケをするべき」

「『お嬢ちゃん可愛いからオマケしとくよ』は、ウチの店には導入されてねぇだろうが」

「……マグダは、陽だまり亭以外では大抵オマケしてもらえる」


 そりゃたいしたもんだ。


「店長さん、あたしイカ玉が食べたいです」

「ミックスでなくていいんですか?」

「ミックスは味がブレるです。あたしはイカを極めしイカ玉を食べたいです!」

「じゃあ俺ミックス」

「……じゃあマグダもミックス」

「むぁあ!? そういう仲間はずれな感じはイクナイですよ!? 『じゃあ』とかダメです!」


 久しぶりに陽だまり亭の客になって、ジネットの料理を待つ。

 賄い料理とは、少し違う雰囲気を楽しむ。

 こういう新鮮な空気を、ジネットにも味わわせてやりたいものだ。


「なぁ、ヤシロ。なんで鮭玉がないんだ?」


 ――と、予想通りの言葉をデリアが口にした時、ソフィーの耳が『ぴんっ!』と立った。


「……あ」


 薄く開いた口から、小さな声が漏れる。

 眼球が揺れ、視線がさまよい、首があちらこちらに向いて、体が左右へ行ったり来たりし始める。

 物凄い狼狽えようだな。

 ロボットダンスでも始まるのかと思うほどギクシャクとした動きを繰り返す。


 いつもなら、教会前の一本道を向かってくる足音を聞きつけるとすぐさま門へ向かうソフィーが、今回ばかりはその場に留まっている。

 行かなければという使命感と、この場に足を留まらせる葛藤がはっきり見て取れる。


 ついに来たか。


 ソフィーが避け続けた相手が。

 話を聞く限り、六年ぶりの再会となるわけか。


「俺が行ってきてやろうか?」

「ヤ、ヤシロさん……」

「それじゃあ、ボクも付き合うよ。彼女とは顔見知りだしね」


 口の周りにソースを付けて、エステラが俺の隣に並ぶ。

 この人、本当に領主なのかねぇ。


「口を拭いて乳を膨らませろ」

「後の方は追々だよ!」


 追々……膨らめばいいな。


「あの……でも…………」

「ここにいて、心の準備を済ませておくといいよ」


 エステラにそう言われて、申し訳なさそうにソフィーが俺を見る。


「感動の再会は、あんな寂しげな門の前より、こっちの方がいいだろう」

「あ、そうだね。うん。ヤシロ、いいことを言った」


 ぽんっと肩を叩くエステラ。


「……あの……では、…………お願いします」


 深々と頭を下げるソフィー。

 こいつがそわそわしていたのは、ベルティーナだけが原因ではなかった。

 ついに会うのだ。

 何度も何度も尋ねてきては追い返していた、実の妹と。



 きっと大喜びするだろうな、リベカのヤツは。


「じゃ、行ってくるか」

「そだね」

「あの、でも!」


 行きかけた俺たちを、ソフィーが呼び止める。

 まだ決心が付かないのだろうか。

 追い返してほしいとは、さすがに言わないと思うが。


「……お二人では、あの鉄の門は開けられないのでは?」

「…………」

「…………うん。そだね」


 そういやそうだったなぁ。


 というわけで、マグダに付いてきてもらうことにして、俺たちはリベカを迎えに向かった。

 俺たちが門の前に着くのとほぼ同時に、ドアノッカーが鉄門扉を打ちつける。


 カンカンと甲高い音が鳴る。


 マグダが鉄門扉を軽々と開くと――



「久しぶりなのじゃ、我が騎士、エステラちゃん!」



 寝不足の赤い目をしながらも太陽よりも眩しい全開の笑顔を咲かせたリベカが立っていた。






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