225話 『宴』のスタンバイ

「起・き・て・思う、私は。友達のヤシロ」

「とりあえず、誰に教わった?」


 早朝。ふかふかのベッドで眠っていた俺を起こしたのは、ギルベルタの味も素っ気もないどこまでも平坦な声だった。

 そういう冗談をするなら、嘘でももう少し色気をだなぁ……まぁ、ギルベルタに言っても無駄なんだろうけれど。


「朝食を用意してある、食堂に。一緒に食べたい思う、私も、ルシア様も、友達のヤシロたちと」

「エステラたちはもう起きてるのか?」

「おそらく、まだと思う、私は。少し早い、時間が、今は」


 と、ギルベルタがカーテンを開けると……わぁ、真っ暗。


「……今、何時くらいだ?」

「鳴ると思う、あと二時間もすれば、目覚めの鐘が」

「二時じゃねぇか!?」


 朝じゃねぇよ、まだ!


「この時間に起こすよう言われた、私は、ルシア様に」

「よぉし。じゃあルシアのことも起こしに行こうぜ!」

「預かっている、私は、伝言を。『寝室に近付くと死刑』――と、ルシア様から」

「それをギルベルタにも言えるのか、小一時間問い質したいところだな、あの領主に」


 俺への嫌がらせのためにギルベルタにまで早起きさせやがって。


「怒っていいと思うぞ、お前も。たまにはさぁ」

「怒る理由がない、私には。お話し出来て嬉しい思う、私は、友達のヤシロと、こうして」

「…………まぁ、お前がいいならそれでいいけどよ…………いや、よくねぇな」


 結局、あの領主をぶっ飛ばすことに変わりはないな。

 ……あいつ、四十二区での『宴』に立ち入り禁止にしてやろうか。絶対来たがるだろうし。


「ギルベルタ。お前『だけ』を四十二区の『宴』に招待したいんだが」

「仕方ない。私も行ってやるぞ、カタクチイワシ!」


 バーン! とドアを開けてルシアが部屋に入ってくる。

 この館、防犯設備もうちょっと充実させてくれねぇかな? 主から漂う犯罪臭がハンパねぇんだからさ。


「結局、お前も起きてたのかよ?」

「ふふん。貴様が滑稽に困っている様子を拝んでやろうと思ってな」

「無駄なところに労力を割きやがって」

「それで、四十二区の『宴』には、ハム摩呂たんは参加するのだろうな?」

「当たり前だろう。つか、ハム摩呂なら今回も来てるぞ」

「なに!? なぜそれを早く言わん!?」


 俺が許可していないにもかかわらず寝所に侵入してきた貴族であり領主であり嫁入り前の娘でもあるルシアが、俺の眠るベッドに乗るわ、布団を剥ぐわ、床に手を突いてベッドの下を覗き込むわ……いいのか、これ。世間的に?


「いないではないか!? 返せ!」

「お前のじゃねぇよ!」

「さてはエステラの部屋か!? おのれ、エステラめ。婚前の娘が破廉恥な……領主の風上にも置けぬ!」

「領主の風下を独占してるお前が言うな」


 お前から見たら、どんな領主も風上にいるんじゃねぇの?


 ハム摩呂は、トルベックの連中と一緒に荷物運搬用のデカい馬車で教会の方へ向かった。

 ルシアの馬車に乗せてもらったのは俺とエステラとナタリア、そして、ウーマロとヤンボルドだけだった。


 俺たちはまず二十四区の教会へ連れて行ってもらい、そこで一度ルシアと別れた。

 教会でソフィーとシスターバーバラにウーマロたちを引き合わせ、その後やって来る連中の入門許可を取り付けた。

 ソフィーが難色を示すかと思ったのだが、さすがに今回の『宴』に必要だと判断したのか、すんなりと許可してくれた。

 そればかりか、『宴』の準備には協力的な様子だった。


 ウーマロたちが獣人族だったからかもしれないし、ソフィー自身がリベカとの関係修復に期待を抱いているからかもしれない。

 理由はなんにせよ、円満に事が運んで一安心だ。


 ある程度の配置と、今日明日のスケジュールを打ち合わせて、段取りを組んでいる段階でトルベック工務店後発隊が到着する。

 荷物の搬入をガキどもはドキドキ半分、わくわく半分といった瞳で見つめていた。

 知らない大人が大量に押し寄せる状況に恐怖心がないわけではなかったようだが、それよりもこれから起こる未体験の出来事に胸を躍らせている様子だった。


 あんな小さいガキどもでも胸を躍らせているというのに、エステラときたら……揺れもしない。


「ってわけで、ハム摩呂なら今日は教会でテント泊だよ」

「なぜそれを先に言わんのだ!? ギルベルタ、すぐに出発の準備を!」

「もう寝てるっつうの!」

「却って好都合だ!」

「何しでかす気だ、この変態領主!?」


 出禁だ!

 こいつを出禁にしなければ!

 この館から『出ることを禁ずる』出禁に!


「ミリィは無事なんだろうな?」

「そうだな! 生花ギルドに任せていては不安だな! やはり引き取ってこよう!」

「あぁ、いや。こっちの生花ギルドが面倒見てくれてるんならけっこう! お前といるより安全だ」


 ミリィは、ルシアを介してこっちの生花ギルドに面通しを行ったらしい。

 ネクター飴の時に挨拶程度は済ませていたらしいが、今回本格的にコネクションを持ったようだ。

 花園があるせいであまり日の目を見ることがない三十五区の生花ギルドだったが、ネクター飴の製造によって脚光を浴び、これまでほとんど人間しかいなかった顧客が客層を広げ、獣人族や虫人族のお得意さんをゲットしたのだとか。

 それで、ミリィには非常に友好的な感情を持っているのだと、ギルベルタから聞いた。


 今回もいろいろ協力してくれるらしい。

 領主管轄の花園と、生花ギルドが世話をしている花畑から花を調達させてもらうこととなった。

 ……と、いいながら、ルシアが金を出してくれているんだろうけどな。

 なので、ルシアにも多少はサービスをしてやるつもりではいる。


「ミリィたんとハム摩呂たんに挟まれてケーキを『あーん』してほしい!」


 ……『多少』しか、サービスしねぇけどな。絶対。


「マーシャも来るぞ、明日の『宴』」

「ん? ほぅ、そうなのか」


 ドライ!?

 えっ、こいつ、あんなにマーシャにご執心だったのに!?


「ど、どうした? マーシャとケンカでもしたのか?」

「するものか、子供でもあるまいし」


 にしては、随分とドライな反応じゃないか?

 以前のお前なら「むっはぁあ! マーたんまでいるなら私が行かない理由がないではないかぁ!」とか言って暴れそうだったのに……


「マーたんはここ最近、四十二区に行くことばかりに執心なようなのでな、ふんっ!」


 ケンカじゃねぇか……

 つか、ヤキモチか?


「なんでも、崖の下をくぐり抜けると四十二区の下に出るとかで、安全な洞窟を掘って航路を確保し、大型船を通れるようにする計画があるのだそうだ! 四十二区に行くなら三十五区を通っていけばいいのに! ぷん!」


 いや、それじゃ遠いからだろ……

 つか、マーシャはアノ航路を実用化しようとしてんのか。

 以前マーシャと話した、三十区の崖の下を通り抜ける航路。

 四十二区の川に鮭がいることで、あの川は海と繋がっているに違いないという俺の推論から始まった、実現は難しいが出来たらいいな~くらいの計画だったが……実現すればこんなに美味しい話はないな。海魚、手に入り放題じゃねぇか。うはうは。


「カタクチイワシの顔なんぞを見ているより、私に鱗をすりすりされている方が、マーたんは幸せだというのにっ!」

「だから迂回されてんじゃねぇの?」


 航海において、危険地帯を避けるのは基本中の基本だからな。


「それで、真剣な話だが……正直どうなのだ?」


 ルシアの声が急にトーンを変える。

 真剣みを帯びたその声に、俺も真剣に答える。


「俺は鱗をすりすりするより、おっぱいをつんつんしたい」

「真剣な顔でなんの話をしておるのだ、貴様は!?」

「おっぱいの話だ!」

「分かりきったことを、大声で表明するな!」


 こいつは、自分は散々やらかしておいて、ちょっと俺がそういう話をすると糾弾してくる。酷い領主だ。


「『BU』をひっくり返す算段は、上手くいっておるのだろうな?」

「あぁ、そっちか」


 ルシアも忘れてはいなかったらしい。

 会えばいつもふざけたことしか言わないから、すっかり忘れているのかと危惧していたのだが。


「まぁ、手こずってはいるが……」

「頼りのない……。まぁ、今すぐどうこう事態が急転するとも思えんが……急げよ、カタクチイワシ」

「そのつもりだ」


 とにかく、今日。

 何がなんでもドニスをこちら側へ引き込む。

『宴』に失敗は許されない。


「ふん。分かっているのであれば構わん。全責任を貴様に背負わせてやるから、せいぜい死にものぐるいで這いずり回ることだな」


 なんとも温かみのある冷笑を向けるルシア。

 要するにアレか。「がんばれよ」ってことか?


「ほう、責任を負わせるということは……上手くいったらご褒美でもくれるんだろうな?」

「なっ!? なぜ貴様に触らせねばならんのだ!?」


 と、乳を隠すように腕を組む。

 ……なんで『俺の求めるご褒美=おっぱい』って決めつけてんだ、コラ。


「ふ、ふん……ここ最近、少し成長したことを見とがめたというわけか……侮れん男だな、貴様は」


 成長?


「『精霊の……』」

「成長はしている! が、『精霊の審判』はやめろ! ちょっと不安だから!」


 お前な、誤差程度の伸び縮みを『成長』なんて呼ぶんじゃねぇよ。

 カップ数が上がってから口にしろ、おこがましい!


「……で、ギルベルタが随分大人しいと思ったら……なんで俺のベッドで寝てやがるんだ?」

「むにゃ……匂いする……友達のヤシロの……すんすん……」


 あぁ、ここにもいたのか、『嗅ぎっ娘』が……


「少し寝ただけで匂い移りとは……貴様は生魚か」

「心外な比喩をしてんじゃねぇよ」

「…………」

「…………」

「…………どれ」

「『どれ』じゃねぇよ。さっさとギルベルタを連れて出て行け。まだ眠いんだよ、俺は」


「貴様、さてはギルベルタの匂いをくんかくんか……」とかなんとか騒がしかったルシアにギルベルタを押しつけて部屋を追い出す。

 あいつは、行動的なレジーナか……疲れた。

 朝飯を食ったら教会へ行って屋台の設置だ。

 うん。やっぱもう一眠りしよう。

 ……すんすん………………やっぱ匂いなんかしないよな? 嗅覚良過ぎんじゃねぇのか、嗅ぎっ娘どもは。







 二十四区教会。


「そーふぃーちゃーん、あーそーぼー!」

「……やめてくださいますか、そういう恥ずかしい呼び出し方は」


 赤い鉄門扉を開けて、赤い瞳のソフィーが頬を赤く染めて顔を出す。

 髪の毛以外真っ赤だな。


「準備はどんな感じだ?」

「はい。皆様とても優しく指導してくださって、順調です」

「指導?」


 ソフィーの言葉に、思わずエステラと顔を見合わせる。


「ぶつかる視線、触れ合う指先……そして、重なる唇」

「へ、変なモノローグ付けないでくれるかな、ナタリア!?」

「……揺れない胸」

「刺すよ?」


 他区に来ても賑やかな連中だ。

 面白コンビは放っておくとして、俺たちも教会の中へと入る。


「あっ、ヤシロさん。会場はもうほとんど完成したッスよ」


 ねじり鉢巻きをビシッと決めて、ウーマロが現場の指揮を執っていた。


「おぉ、そうしてると本職の大工に見えるな」

「本職の大工ッスよ!?」


 えっ!? お前の職業マグダ信者じゃないの!?


「やーちろー!」

「えすてらおねーちゃーん!」


 俺たちが顔を出すと、ガキどもがわらわらと群がってくる。

 どいつもこいつも手に釘や金槌を持って。


「……手伝わせてたのか?」

「やはは……シスターバーバラが、どうしてもって」


 なるほど。それで「優しく指導」ね。

 職業訓練をしているとはいえ、こうやって本職の人間の仕事現場を直接目にする機会はそうそうないだろう。

 体験までさせてもらったのなら、ガキどもにとってはいい経験になっただろうな。


 ウーマロのことだから、本当に心配になるような部分はやらせてないだろうし、作業に遅れもなさそうだし、問題はないだろう。


「楽しかったか?」

「「「ちょーよゆーだったー!」」」

「大工仕事を舐めてると怪我するッスよ!?」


 超余裕な仕事しかさせてないんだ――とは言わないのがウーマロらしいか。


「みなさん、お手伝いご苦労様です」

「「「「わー! 美人さんだー!」」」」

「……ちっ」


 教会でも、情報紙は読まれているようで、ここでもナタリアは『美人さん』扱いだった。

 ソフィーなんか、ナタリアの前ではそわそわして、所作や髪のちょっとした流し方なんかを真似しようとしているようだった。

 お堅いソフィーも女の子なんだなと思ったよ。


「ハム摩呂さん、この先を見せていただくわけにはいかないでしょうか?」

「ここからは、トップシークレットやー!」


 向こうのシートが貼られた場所で、妙に礼儀正しい口調のカマキリっぽいガキとハム摩呂が押し問答をしている。

 ……あいつだったのか、礼儀正しかったヤツ。


「やちろー! 見たいー!」

「みたいー!」

「やちろー!」


 ガキどもが群がってくる。


 教会の庭先、屋台エリアから少し離れた広場。

 長い杭を打ち、魔獣の皮で作られた大きなシートを貼って完全に目隠しされている一角。

 覗き込み防止のためにハムっ子たちが厳重に警備している。


 あの一角には遊具が設置されるのだ。

 遊具は『宴』の中でお披露目されるサプライズ企画だ。見せるわけにはいかない。

 こいつの存在は、ベルティーナも知らない。

 ジネットや他の連中は『遊具を作る』というところまでは知っているが、全貌を知っているのはここにいる面々だけだ。

 本番で大いにも盛り上がってくれればいい。


「あっ……」


 という囁きと共に、ソフィーの耳がぴくりと揺れる。


「おいでになられたようです」


 軽く会釈して門へと向かうソフィー。

 その背中を見送りながら、思う。


「そうか、ジネットの揺れる音が聞こえたのか」

「それを聞き分けられるのは君だけだから」


 エステラの声を聞き流しつつソフィーを見送る。

 心なしか足取りが軽やかだ。


「ベルティーナさんに会えるのが嬉しいのかな?」

「それもあるでしょうねぇ」


 いつの間にか、エステラの隣に干からびたサルがいた。


「やばい……見えちゃいけないものが見えてる……」

「うふふ、私はちゃ~んと生きていますよ」


 どうやら地縛霊の類いではないらしい。

 あっ、よく見たらシスターバーバラだった。


「あの娘はずっと楽しみにしていたのですよ、ここの子たちに新しい友人が出来ると」

「教会のガキどものことか?」

「えぇ。昨晩からあちらのハムスター人族の子たちともずっとおしゃべりして。やっぱり、子供は強いですね。こちらが不安に思っていることなんて、なんでもないかのように仲良くなって」


 身体のハンデなど、あってないがごとし。

 あったらあったで、それはそういうものとして受け入れる。

 そういう素直さが、ガキにはある。大人には難しいことでも、ガキどもならなんてことないように受け入れられる。


 見習わせたいもんだな、凝り固まった頭の大人たちに。


「それと、久しぶりの再会に緊張しながらも、やはり嬉しいようなんですよ。……うふふ」


 今日、ソフィーはリベカと再会する。

 六年ぶりになるわけだ。

 どんなことになるのか、その辺は不安ではあるな。


「段取りはどうなってる?」


 ナタリアに確認を取る。


「お嬢様には領主の館へ赴いていただき、ミスタードナーティ及び、フィルマン様をお連れいただくことになっております。給仕がお供出来ない非礼は、すでに手紙にて謝罪してあります」

「まぁ、向こうにも執事がいるからその辺は任せても大丈夫だろう」


 あっちの執事ほか使用人はドニス大好きっ子ばかりだから、喜んで協力してくれるだろうよ。


「同じタイミングで、私が麹工場へ赴きリベカさんとババアをお連れいたします」

「こら、ナタリア」

「失礼しました。ババア様をお連れいたします」

「敬い方、それじゃないよ!?」

「バーさん」

「バーサさんでしょ!?」


 こいつらは、どこかに漫才を挟まないと死んでしまう病気なのだろうか。

 教会のババア枠、バーバラがくすくすと笑っている。


「ヤシロ様には、こちらに残ってもらい、総合プロデュースを担っていただきます。おっぱいはほどほどに」

「完全になしで執り行わせるよ、今日は!」


 バカ、エステラ。

 ほどほどには散りばめていくっつの!


「ヤシロさ~ん」

「……マグダ、初上陸」

「ほわぁあ! 広いですねぇ~!」


 手を振ってやって来るジネット。それにマグダ、ロレッタが続き、水槽付き荷車に乗ったマーシャとその荷車を押すデリアがやって来る。

 その後ろから――


「ご無沙汰しています、シスターバーバラ」


 ベルティーナがゆっくりと歩いてきた。


「シ、シスター…………」


 干からびたババアが両手を肩幅に広げてぷるぷると震え出す。

 ……自爆する気か!?


「べ、ベルティーナさん……っ」


 無茶な運動をすればすぐにも天に召されそうなババアが、高機動戦闘機のような俊敏さでベルティーナのもとへと駆けていく。

 そして、ベルティーナの手を取ると感激に瞳を潤ませる。


「あぁ、またお会い出来て、こんなに嬉しいことはありません……お元気そうで何よりです」

「バーバラも、お変わりなく」


 いやいや。ババアは変わっただろ。

 ガキの頃からそんなシワシワなわけないし。


「半年ぶりですね、ベルティーナさん」

「すっげぇ最近会ってんじゃねぇか!?」


 そりゃ変わらねぇわ!


「年が明けてすぐ、教会の集まりがあったんですよ」


 バーバラの髪を撫でながら、ベルティーナが俺たちにこの奇妙な状況を説明する。

 バーバラはベルティーナの腰にしがみつき、ベルティーナはそんなバーバラの髪を優しく撫でている。


 おぉう……絵面はアレだが、行動が母娘っぽい……絵面はアレだが!


「絵面的に、亡者に引きずり込まれかけている聖女っぽいです」

「ロレッタ。お前は俺よりも酷いことを考えているな」


 俺だって精々、「えっ、バーバラって子泣き爺と砂かけ婆のハイブリッド?」くらいにしか思ってなかったのに。


「ベルティーナさんがおっしゃっていた、『懇意にしているシスター』というのは、シスターバーバラのことだったんですよね」


 子泣き婆に取り憑かれているベルティーナに、エステラがそんな質問を投げる。

 バーバラなら、無償でベルティーナに味噌くらい送りそうだ。

 だが……


「バーバラとの縁は母娘のようなものですから、懇意という感じはしていないのですよ。家族ですからね」

「ベルティイィィイイナさぁぁあああん!」


 子泣き婆、号泣。

 んじゃあ、懇意にしてたってのは。


「よ、ようこそ、シスターベルティーナ。か、かかか、歓迎いたしますっ! あ、これ、美味しいお店のお味噌です!」


 ウサ耳を「ぴーん!」と立てて、ソフィーがベルティーナにエサを与えている。

 ……お前か。


「あら、ソフィーさん。髪型を少し変えましたか?」

「は、はい! とても美人な方を拝見しまして、ま、真似を……変ですか?」

「いいえ。とても可愛いですよ。ぐっと大人っぽくなりました」

「はぁぁっ! 嬉しいです!」

「どうも。私がその噂の美人です」

「ちょっと、今いいところだから割り込んでこないでね、ナタリア」


 エステラがナタリアを排除する……が、別にいいところでは、ないな。


「で、ジネット」

「はい」

「ガキどもは?」

「あぁ、それが……」


 困り笑顔を浮かべて、ジネットが背後へと視線を向ける。

 林の出口付近に、ガキどもが固まってこちらを見ていた。


「……知らない場所で、知らない人がたくさんいるので、ちょっと人見知りしているようでして」

「人見知りって……こっちの教会のガキどもは人見知りもしないで元気に……」


 と、さっきまで騒がしくはしゃぎ回っていたガキどもを見ると……礼拝堂の入り口付近に固まってじっとこちらを窺っていた。

 ……俺、初めて見たよ。お前らが人見知りしてるとこ。


「どう、しましょうかね?」

「無理矢理引っ張ってきても仕方ねぇしなぁ…………ハム摩呂~」

「想定外の、お呼び出しやー!」


 共通の友達であるハム摩呂で釣ってみる。


「大集合の、号令やー!」


 ……だが、仲間はやって来なかった。


「…………引きこもりの、ぼっちコースやー……」

「大丈夫ですよ、ハム摩呂さん! みんなちょっと緊張しているだけですから! わたしたちは、ハム摩呂さん、大好きですから!」

「はむまろ?」

「そこで聞き返しますか!?」


 落ち込んだハム摩呂をジネットが慰めている。

 ハム摩呂でもダメかぁ……となると、アレか。


 まぁ、少し早いが、ガキどもを気にしてジネットたちが準備に集中出来ないのは困るしな。


 俺は腰の袋から竹とんぼを取り出す。


「はぅっ!?」


 ジネットが敏感に反応して、ハム摩呂を抱えて遠ざかっていく。


「ん? それはなんだい?」


 エステラが竹とんぼに興味を示す。

 陽だまり亭でも黙々と作っていたから、マグダとロレッタは知っているのだが、エステラは初めてか。


「お~い、お前ら~! ちょっと面白いことやるから見とけよ~!」


 と、どちらの教会のガキにも聞こえるように言って、屋台エリアから少し離れた開けた場所へ移動する。

 ガキどもの視線が集まっているのを確認した後、――ビッ! と、勢いよく竹とんぼを空に放つ。


「「「「「ふぉぉぉおおおっ!」」」」」


 大空を滑空し、大きく弧を描いて戻ってくる竹とんぼをキャッチすると、足下にはガキどもが群がっていた。

 四十二区、二十四区入り乱れたガキどもオールスターズが。


「にーちゃん、すげー!」

「やちろー、すごーい!」

「やらせてー!」

「やりたいー!」


 きらきらした瞳で群がるガキども……は、いいんだが、ウザいウザい。軽く殴ってくるヤツとかもいるしな、こういう時は絶対!


「ジネット~」

「はぁ~い!」


 こういうのはジネットに丸投げが一番だ。


「じゃあ、新しく出来たお友達と仲良く遊びましょうね」

「「「「「はぁーい!」」」」」

「では、最初に『よろしく』をしましょう」

「「「よろしくねー!」」」

「「「うんー! よろしくー」」」


 手に手を取り、笑顔を交わす。

 もう仲良くなりやがった。なんだったんだよ、さっきの人見知りは。

 片方の腕がないヤツや、顔に大やけどを負った少女にも、特別な感情は抱いていないようだ。

 それが普通。そういうお友達。


 出来ることと出来ないことがある、ってのは、どんなガキでも一緒だからな。

 

 いや、大人でもそうだ。

 ジネットは俺みたいに誰かを騙すなんて出来ない。反面、俺にはジネットのようにこんなやかましい生き物を統率するなんて到底出来っこない。

 こういう、ガキどを手懐けているところを見るとつくづく思う。さすがだな、ジネットは。たいしたもんだよ。


「さすがですね、ヤシロさん」

「はぁ?」

「みんな、もうお友達になりましたよ」

「いや、お前の功績だろう」

「ヤシロさんの竹とんぼのおかげですよ」

「いや、お前がガキどもをまとめ上げて……」

「「「おにーちゃん、教えてー!」」」

「「「やちろー、貸してー!」」」

「新しいオモチャの、とりこやー!」


 ハム摩呂。よかったな、仲間に入れて。

 トルベック工務店の一員として呼んだハムっ子たちも、完全に遊ぶ側に回っているようだ。

 まぁ、いいか。


「ロレッタ! マグダ!」

「はいです! ばばーんと人数分、用意してあるです!」

「……うぇるかむ、ぼーいず&がーるず」

「「「「「ぅはははーい!」」」」」


 俺が地道に用意した竹とんぼを、ロレッタとマグダがガキどもに手渡していく。

 もらったそばから飛ばそうとする者、隣のヤツと見せ合いっこする者様々だが、一様に喜んでくれているようだ。


 片腕のないヤツと目の見えないヤツには、俺が特別に別のオモチャを用意してやった。


「ほれ、お前らにはこっちだ」


 それは、持ち手の先端に紐が、その紐の先に筒状の竹が取り付けられているオモチャで、持ち手を持って振ると、先端に取り付けた筒状のパーツが回転しセミのような音を鳴らす、『竹セミ』という物だ。『セミ笛』と言ったりもするか。


 持ち手先端の紐を結ぶ部分に松ヤニを塗り、紐が擦れる音を、紐の先に付けた竹筒が糸電話の容量で音を大きくして、セミが鳴いているような音を鳴らすという、簡単な仕組みのオモチャだ。

 これなら、片手でも鳴らせるし、目が見えなくても音を楽しめる。

 竹とんぼに勝るとも劣らない人気の伝承玩具と言える。

 竹とんぼが飛ばせない小さいガキでも、コレなら安心だしな。


「ありがとー!」

「ふしぎな音がするねー」


 ジージーと乾いた声で鳴く竹セミに興味を引かれ、こちらにやって来るガキもいた。


「ヤシロさん! 竹でも、わたしこれなら上手に出来そうな気がします!」


 意気込むジネット……って、いや、そりゃ出来るだろうよ。


 そして、アッスントが食材を持ってやって来るまでの間、再会を喜んだり、新しいオモチャで遊んだり、「ふふん、ボクはこういうの得意なんだよね~」と豪語したエステラが竹トンボを額にぶつけて「あたー!?」と泣いたりと、いろいろなことをしつつ時間を過ごした。


 雰囲気作りは上々だ。

 あとは……撒いたエサに獲物をかけるだけ。


 さて、急ピッチで準備を始めますか。






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