220話 『宴』の準備6

「本当に大丈夫なんでしょうか、グーズーヤさん」


 ジネットがいまだに心配そうに川の方を振り返っている。

 お前はかつて、あいつに店の利益を食い散らかされたことを忘れてしまったんじゃないだろうな。


「さっき、焼き直したたい焼きを届けたろ?」

「はい。デリアさん、喜んでましたね」

「……まぁ、あいつに食わせるのが目的じゃなかったんだが……」


 足漕ぎ水車の修理を依頼した後、俺たちは一度陽だまり亭に戻り、弁当箱に三つ分のたい焼きを焼いてきた。

 その内のひとつを再び河原に出向いてデリアに進呈してきたのだ。


 ジネットが良心の呵責に苦しんでいたからな。ご褒美もかねて。

 もちろん、デリアにじゃない。グーズーヤにだ。


「デリアからたい焼きを分けてもらったグーズーヤの喜びようを、お前も見たろ。あいつはあれで十分なんだよ」

「確かに、とても喜んでおられましたね。……ふふ、まるでそのまま天にも昇っていってしまいそうなくらいに」


 俺が「頑張るグーズーヤにちょっと分けてやれよ」とデリアに持ちかけ、デリアが「おう、そうだな。材料費おごってくれたお礼だ!」と、グーズーヤにたい焼きを分け与えたところ、「あ、あのデリアさんが甘い物をっ!? ぐはぁ! この特別感! 僕、もう死んでもいいですっ!」って、ジネットの言うとおり『天にも召されそうなくらい』大喜びしていた。……ん? ジネットが言ったのとはちょっと違ったか? 


「あれ以上のご褒美は、そうそうもらえないからな」

「ヤシロさんも、嬉しいですか?」

「ん?」

「女性に何かを分けてもらったりするのは」


 ……こいつは、俺になんと言わせたいんだろうか。

 ここで俺が「嬉しい」と言えば、今後あれやこれやと食べ物をシェアしてくるつもりか?

 餌付けかよ。


 それにだな、グーズーヤの場合は『好意を持った女性に』分けてもらったことに意味があるわけで、別に俺がお前に何かを分けてもらったからって、そこに特別な意味は………………


「誰からとか関係なく、俺はもらえるものはもらっておく主義だ」

「うふふ。そういえばそうでしたね」


 はて、こんな会話をこれまでにしたことがあっただろうか?

 だが、ジネットは妙に納得している。……俺はそんなに意地汚く見えているのか? それはちょっと心外だな。


「それで、今度はどちらへ向かっているんですか?」

「イメルダんとこだ」

「水車の材料をお願いするんですか?」


 いや、そっちはグーズーヤが持ってきた木材でなんとかなるだろう。

 たい焼きをデリアに分けてもらえる権利をくれてやったんだ、盛大に散財するがいい。


「イメルダに頼むのは『遊具』の方の材料だ」

「遊具、ですか?」

「ベルティーナが言ってたろ、四十二区と二十四区のガキどもが一緒に遊べる物をって」

「えっ、そんな大がかりな物を作るつもりなんですか!?」


 ジネットが驚いて目を丸くする。

 そういえば、話してなかったっけか。


「わたしはてっきり、粘土型とか、そういう物かと思っていました」


 お子様ランチのおまけに付けている粘土型。動物や乗り物の型枠に粘土を詰めて、形を作って遊ぶオモチャだ。

 四十二区のガキどもが、みんな一つは持っているメジャーなオモチャになりつつある。


 そういえば、あっちもそろそろ新しいオモチャを開発しなきゃな。

 ついでになんか作るか。


 と、それはさておき。


「二十四区には、腕を負傷してるガキや、目が悪いガキもいるからな」


 ベルティーナが出した『みんなで遊べる』という要求に合致しない。

 もっとも、今俺が考えている物も、『みんなで遊べる』というわけではないのだが……似たような面白さを提供出来る物をいくつか用意すれば、どれかでは遊べるだろう。


「出来れば、四十二区のガキどもにとっても目新しい物の方がいいかと思ってな」

「ヤシロさん」


 話の途中で、ジネットが俺を呼ぶ。

 視線を向けると、神々しさすら感じるほどの優しい笑顔がそこにあった。


「ヤシロさんは、本当に優しい人ですね」


 うぉう! 違う! そうじゃない!


「雰囲気だ! ガキどもがとめどなくはしゃぎ回っている雰囲気が欲しいんだよ、演出として! ドニスに――二十四区の領主に、『あぁ、新しい文化を取り入れるのって、こんなにエネルギッシュなんだな』って思わせられるようにな!」


 ヤツらの中にある古くさい固定観念をぶち壊さなければいけないのだ。

 無尽蔵に湧いてくるガキの大はしゃぎパワーは、その説得に打ってつけだと、ただそれだけのことだ。


 間違っても、ガキどもを楽しませてやりたいからじゃない。

 楽しませることが利益につながる。それだけだ。


「だから、そんな顔で俺を見るな。勘違いで感謝されると、なんというか、その、後々困るんだよ……たぶん」

「はい。そうですね」


 絶対分かってない。

 絶対理解してないだろう、お前。

 くっそ、にこにこしやがって。


「ジネット」

「はい?」

「二十四区領主のドニスはな…………ハゲ頭に一本毛が『ちょろりん☆』と生えているんだ」

「こふっ!」


 ジネットが噴き出した。

 肩が物凄く小刻みに震えている。


「お前も気軽に、『ちょろりんさん』とか『一本毛領主』とか呼んでやれ」

「こほっ……こほっ……も、もう。ダメですよ、ヤシロさん……」


 笑いを必死に堪えながら、俺の肩をペしりと叩く。


「酷いですよ……そんなこと、言っちゃ……ふふっ」

「笑ってるお前も同罪だろう」

「だ、だって……ヤシロさんの、ちょ……『ちょろりん☆』の言い方が、なんだか可愛くて……つい、面白くなってしまって……」

「『ちょろ~ん☆』」

「ぶふっ! も、もうっ、やめてくださいってば」


 顔を真っ赤にするほど我慢して、ジネットは俺をぺしぺし叩く。

 そうそう。そういう感じの笑いならいいんだよ。

 さっきの、「ヤシロさん優し~」みたいな笑顔はどうも居心地が悪い。

 なので、上書きだ。ふん。


「もう……ヤシロさんって、たまに意地悪ですよね」

「たまにか。なかなか過大評価をしているようだな」


 俺は基本的に意地が悪い人間なのだ。

 お前が気付いていないだけでな。


「ウーマロたちをイジメ倒しているのが見えていないようだな」

「でも、本当にみなさんが嫌がるようなことはされてませんよね」


 いやいや。

 二ヶ月食事無料の権利で店舗丸ごとリフォームとか、相当嫌だったと思うぞ。当時は。

 今ではすっかり『無料でなんでもしてくれるマン』に変身しちまったみたいだけどな。


「じゃあ、これからイメルダを盛大にイジメにいってやろう! ……ふっふっふっ。ヤツが泣くほど手酷い交渉を持ちかけてやる……」

「ふふ。イメルダさん、災難ですね」


 ちっ、全然信じてない言い方だな。

 そんな態度でいると、マジでイメルダを陥れるぞ?

 木こりギルドが傾いて四十二区からの撤退を余儀なくされるくらいに利益を吸い尽くして追い詰めちまうぞ!?


 ……まぁ、そうするだけの理由がないからしないけど。

 いなくなられても困るしな。街道も作ったわけだし。



 一瞬燃え上がった邪悪な感情が音もなくしぼんでいくのを感じていると、前方に木こりギルド四十二区支部が見えてきた。

 10t車が牽引していそうなほど巨大な荷車を二人の木こりが曳いている。……一人5tか。非常識な筋肉どもだ。


 そんな、見慣れた非常識な光景を横目で見つつ、俺たちはイメルダの屋敷へと向かった。







「ベッコさんを呼んできてくださいまし!」

「あとにしてくれるかな、それ!?」


 たい焼きを渡すや、すぐベッコを呼びつけようとするイメルダ。

 いいから落ち着け! 給仕も動かなくていいから! そこに立ってろ!


「ウチでもいくつか頼む予定だから、その時一緒に作ってもらえばいいだろう」

「一番出来のいいヤツを譲ってくださるのでしたら」

「どれも一緒だよ、ベッコの作るもんは」


 あんなふざけた顔しているくせに、驚くほど几帳面にまったく一緒のクオリティで仕上げてくるんだよな、ベッコは。……あいつ、サイボーグなんじゃねぇの?


「しかし、もぐもぐ……美味しいですわね……もぐもぐ……こんなおやつは……もぐもぐ……初めて食べましたわ……もぐん! 給仕、お茶を」

「どうしようジネット。住民がみんなベルティーナ化していく……空気感染すんじゃねぇの、アレ」

「そんなことはない……と、思いますよ…………たぶん」


『精霊の審判』対策か、盛大に言葉を濁したな。

 自信が持てないらしい。


「はっ!? ないです。ないですよ、そんなこと」


 と思ったら、さすがに失礼だと感じたのか、懸命に否定し始めた。

 だがなジネット。咄嗟に出た言葉が、お前の本心を表しているのさ。認めちゃえよ。


「いいものをいただきましたわ」


 と、そそくさと弁当箱をしまい込むイメルダ。

 あ、やっぱり全部持ってった。


「やはり、もう一箱用意しておいてよかったですね」

「な? 俺の言ったとおりだろ」


 イメルダなら、「冷めても美味しいですわ、きっと!」とか言って後で食べる用に確保しておくだろうことは予測出来た。

 なので、同じ過ちを繰り返さないために、ミリィ用にもう一箱作ってあるのだ。

 ミリィはそんなに食べないだろうが、余ったらギルドの『お姉さん方(という名のオバサンたち)』にでも配ってやればいい。


 ………………宣伝を兼ねてな。


「口コミって大切だからな!」

「へっ? どうしたんですか、急に?」

「気にする必要ありませんわ。大方、ご自分に言い訳でもしているのでしょう。いつものことですわ」


 何がいつものことだ。

 俺はいつでも自分に正直だっつの。


「おっぱいが好きです!」

「にょっ!? どうしたんですか、急に!?」

「気にする必要ありませんわ。大方、発作ですわよ。いつものことですわ」


 ちっ……知った風な口を。

「発作を鎮めるためにご協力を!」って、乳を揉むぞお前ら。


「発作を鎮めるためにご協……」

「それで、今日はどんなご用ですの?」

「はい。また木材を見せていただきたいんです」


 ……こいつら。

 人の話はきちんと最後まで聞きなさいって教わらなかったのか? 嘆かわしい。


「あぁ、そうですわ。ヤシロさん」

「……んだよ」

「『くだらない話は最後まで聞くな』と、先日とある領主さんが店長さんに教育なさっていましたわよ」

「やっぱりあいつか!?」


 おのれ、ぺったんこめぇ!


「ぺったんこー!」


 窓を開けて、晴れた空へ向かって吠える。

 呪詛のこもった俺の声は空へと溶けて、ヤツの胸にも届くだろう。成長を阻害するために。


「的確に伝わったようで何よりですわ」


 満足げにお茶を飲むイメルダ。

 今日は紅茶ではなく緑茶だ。和風だな。こっちでも、あんこには日本茶を合わせるのが主流なのだろうか。


「そういや、ジネット。ほうじ茶ってあるよな?」

「はい。お祖父さんが好きで、よく飲んでいましたよ」


 ジネットの祖父さんは香ばしいのが好きなのかもな。ほうじ茶といい、コーヒーといい。

 焙煎マニアだったのかもしれない。


「ワタクシ、そのお茶をいただいたことがありませんわ。たい焼きに合いますの?」

「好みだと思いますよ。そうですね……わたしは、合うんじゃないかと思います」

「給仕! ほうじ茶をお入れなさい!」

「無茶振りしてやんなよ」


「えっ!? 入れ方も知らないのに!?」って、給仕がおろおろしてんじゃねぇか。

 茶葉を焙じるのは結構難しいんだぞ。やり過ぎると焦げ臭くなるし。


「焙烙を持っておくと、簡単にほうじ茶がいただけますよ」

「売ってくださいまし!」

「えっと……セロンさんにお願いすれば、きっと陶磁器ギルドの方を紹介してくださいますよ」


 茶葉を焙煎するための焙烙は、やはり陶磁器ギルドの領分か。

 陽だまり亭にある焙煎機は、コーヒー豆用の鉄製ロースターだ。


「ウチに焙烙ってあるのか?」

「ありますよ。お祖父さんが使っていた年代物ですけど」


 年代物の方が美味いものが出来そうな気がするよな、こういうのって。

 今度飲ませてもらおう。


「では、ワタクシ、早速セロンさんのところへ行って参りますわ。お二人とも、ごきげんよう」

「こっちの話終わってないけど!?」


 なんでこいつはこう、思い立った途端に行動を始めるんだろうな。


「それでなんですの? 三秒で話してくださいまし!」

「もうちょい時間寄越せよ、さすがに!」

「後日検討いたしますわ。では!」

「『では!』じゃねぇんだわ! ちょっと新しい物作るからそれに適した木材を見せてくれねぇかな!」

「詳しく聞かせてくださいまし! えぇ、じっくりと!」


 焙烙に向いていた気持ちが一瞬でこちらに戻ってきた。

 こいつも新しい物好きだからな。

 足漕ぎ水車にとどけ~る1号。すべてはこいつの用意した木材が使用されている。

 で、次もまた木を使って物作りをしようってわけなんだが……嬉しそうな顔してやがんなぁ、ホント。


「この街には社畜しかいないのか」

「自分の技術が認められると嬉しいものじゃないですか。きっとみなさん、そういう気持ちなんですよ」

「お前も嬉しいのか?」

「もちろんです。『美味しい』は最高の褒め言葉ですから」


 じゃあ、たい焼きをごっそり持っていったイメルダやデリアの行動は、ジネットにとっては堪らない称賛だったってわけだ。

 ならまぁ、材料費くらいは惜しくない、かもな。


「ムクの木はあるか?」

「ありますわよ。今度は家でも建てるつもりですの?」


 いや、ムクの木はなんとなく身体に良さそうなイメージがあるからな。別にヒノキでもスギでも構わないのだが。


「ガキが乗って遊べる物を作りたいんだ」


 とりあえず、今現在漠然と考えている遊具の姿形、使い方や動きを説明して、それに適した木材や形状を相談する。

 俺の説明を聞くうち、ジネットとイメルダの目が若干違う感じできらきら輝き出す。

 イメルダは、木こりとして新たな物作りを楽しむような目に。

 そしてジネットは、その遊具で遊ぶガキどもを想像して幸せそうな、嬉しそうな、そんな目になっていた。


「いくつか候補をあげておきますわ。設計図が出来ましたら、改めて見に来てくださいまし」


 それだけ言うと、イメルダは席を立った。

 概要を聞けば、あとは仕事をしてみせる。そんな職人気質な態度のように見えた。

 無駄口は叩かない。結果で話そうぜ、みたいな、な。


 席を立ったイメルダは、静かな足取りでドア……とは反対方向へ進んでいく。

 ……ん?

 そして、おもむろに壁際のキャビネットから一枚の紙を取り出す。


「あら、いけませんわ。うっかり手が……」


 とかなんとか、わざとらしい声を上げてキャビネットから引っ張り出してきた紙をはらりと床へ落とす。

 その紙がまた、計算され尽くしたかのように床すれすれのところをツツーっと、こっちまで滑ってきやがり、俺たちの足下へと「ふぁさ……」と、落ちる。


「イメルダさん、落としましたよ」


 よせばいいのに、ジネットが足下へ舞い込んできた紙を拾い上げる。

 俺なんかは、イメルダのにまにました表情を見て胡散臭さをびんびん感じちゃってんだけどな。故に動かない。見てやるものか。


「わぁ、凄いですねこれ。ほら、ヤシロさん。見てください」


 ……見ないつもりなのに、ジネットが嬉しそうな顔でその紙を俺に向けてくる。

 くそっ、そこまで計算ずくか?


 嫌々ながら、ちらりとその紙を見やると……そこには、可愛らしくデフォルメされたイメルダのイラストが描かれていた。

 このタッチは、モコカが描いたものだな。


「あらあら、ごめんあそばせ。自慢するつもりはございませんでしたのに」


 今俺が、『精霊の審判』を発動すれば、あの金髪ゆるふわパーマのお嬢様はカエルになることだろう。

 自慢する気満々じゃねぇか。見ろ、小鼻がこれでもかと膨らんでやがる。


「これは、モコカさんの絵ですね」

「あら、お分かりになって?」


 なるだろう、そりゃ。

 お前がモコカに会った時、俺たちはその場にいたんだから。つうか、陽だまり亭だったろうが。


「なんでも、モコカさんは美しい女性のイラストを描くのがお好きとか……でしたら、何はなくともワタクシを描くべきだと、ねぇ、そう思いませんこと?」


 別に思わないけどな。

 そもそも、その「美しい」の基準はモコカの独断によるものだからな。


「ナタリアさんも、まぁ、そこそこに見られるお顔ではありますけれど、やはり『華』という点においては、ワタクシに少々……そこそこ……結構……かなり劣りますものねぇ。おほほほ」


 うわぁ……イメルダの嫌なところが凝縮されているようだ。こういうの、最近見せなくなってたのになぁ。根っこのところは変わらないのかなぁ。


「ワタクシの方がおっぱい大きいですし!」


 うん……変わった。

 お前はそんなヤツじゃなかったはずだ。


「エステラさんがおっしゃってました」


 隣で、ジネットがぽつりと呟く。


「ヤシロさんは……伝染する、と」

「エステラとジネットは後日足つぼ決定だな」

「わ、わたしもですか!?」


 その妙に納得した感じがイラッとしたもんでな。罰を受けてもらう。


「これ、マグダが見たら対抗心燃やしまくるだろうな」

「おほほほ。マグダさんも確かに愛らしいお顔立ちですが、『いい女』という意味では、まだまだですわね」

「モコカさんにお願いすれば、マグダさんも描いてもらえるんでしょうか?」

「それはないですわ、店長さん」


 びしっと断言するイメルダ。

 表情に険しさが表れる。


「モコカさんは、心を動かされた物しか描かれないとおっしゃっていましたわ」


 あぁ、確か、そんな風なこと言ってたっけな?

 エステラを描いてもらおうかと思ったのに、実現はしなかったもんな。


「なら、モコカさんに描いてもらえたイメルダさんは、認められたということですね。凄いです」

「いいえ、店長さん。それも違いますの」


 再びの否定。


「お願いしたところ、先ほどワタクシが言ったような内容で断られたのですわ」

「そうだったんですか」

「えぇ。ですので……ベッコさんを利用して強引に描かせましたわ!」

「手段を選ばねぇな、お前は!?」

「ヤシロさんを見習いましたの! 使える権力はフル活用するその手腕を!」

「人聞きが悪いな!」


 まぁ、否定は出来ないけども。


「美しく描いてほしかったんですわ、どうしても」

「イメルダ、お前なぁ……そんなに自分の美しさとかをゴリ押してくるヤツだったか?」

「ヤシロさんがいけないんですわ」


 ツンと、イメルダがそっぽを向く。

 俺が何したってんだよ?


「ワタクシのことをあまり褒めてくださらないから」

「お前の頑張りは評価してるだろう?」

「ルックスのことを、ですわ!」


 ……なんでんなもん褒めなきゃいけないんだよ。


「そもそも、俺はあんまり他人の顔とかスタイルを褒めたりしねぇよ」


 安いチャラ男じゃあるまいし。


「…………」

「…………」

「……え、なに?」


 なんか、ジッと見られてる。

 イメルダと、ジネットにも。おまけに応接室にいる給仕たちにも。


「え、俺……そんなに誰かを褒めてる?」

「ナタリアさんをキレイだとか、マグダさんを可愛いだとか、よくおっしゃってる気がしますわ」

「い、いやいや。言ってねぇだろ、そんなこと。……なぁ?」


 ジネットに同意を求めるが、首を縦には振ってくれなかった。

 なんとも微妙な顔をされている。


「エステラさんにも『よく見ると美人だ』とかおっしゃったそうで」

「いつ言ったよ、そんなこと!?」

「二十四区からの帰りの馬車で、モコカさんにおっしゃいましたわね。『会話記録カンバセーション・レコード』を見せていただきましたわ」


 ……そういや、そんなこともあったようななかったような…………

 でもそれは、エステラに「美人」って言ったわけじゃなくて、モコカに「エステラも美人だろ?」って聞いただけで………………うわぁ、俺、何言ってんの?


「ワタクシ、そのようなことを言われた記憶がとんとございませんわ」


 だから、俺はそういうことは基本的には言わないタイプでな……


「っていうか、お前ならいろんな男に散々言われてるだろう?」

「ヤシロさん。誰でもいいというわけではありませんのよ、女性というものは。ねぇ、店長さん」

「え? あ、……まぁ、そう、ですね」


 何かを考え、何かを思い、ちらりとこちらを見るジネット。

 その視線の真意が分かんねぇよ。


 じゃあなんだ?

 今ここで「二人とも超~かわいい~!」とでも言えば満足なのか?


「ちなみに、ただ言えばいいというものでもありませんわ」


 じゃあどうしろってんだよ!?


「まぁ、ヤシロさんは器用なようで不器用ですから、あまり構えてしまうと逆効果でしょうけれど」


 よくお分かりで……けっ。


「ですので、ひとつだけ覚えておいてくださいましね」


 ふわりと髪を揺らし、イメルダが微笑む。

 らしくないほど、穏やかな表情で。


「ほんの些細なことで、この上もないほど幸せな気持ちになれる。そういう生き物なのですわよ、女性というものは」


 あまりにまっとうな意見で、本当にイメルダが発した言葉なのかと疑ってしまう。

 ジネットやベルティーナとは違う甘え方をするヤツだ。

「紳士なら、それくらい弁えておけ」と、こちらに要求してくるとはな。


「いつか言わせてみせますわ。あなたに。価値のある一言を。覚悟なさいまし」


 そう言って笑った顔は、いつも通りの、実にイメルダらしい笑顔だった。


 まったく、小癪な。

 あまりに癪だったので、ちょっとした反撃を試みる。


「さっきみたいな高飛車な態度とってるより、そうやって笑ってた方が可愛いと思うぞ、お前は」

「かっ、かわっ!?」


 勝ち誇ったようだった笑みが一瞬で崩れる。

 面白い形で固定され、じ~んわりと肌が色付いていく。


「か、可愛いなどと……ワ、ワタクシには『美しい』こそが相応しい褒め言葉ですわ! それを、言うに事欠いて可愛いなどと………………ぅぅうううぅっ! 反応に困りますわっ!」


 けけけ。

 そうだそうだ。困るがいい。

 まったく、俺をやり込めようなんて十年早いっつうの。


「い、今のは無しですわ。ワタクシの求めていたものとは異なりましたもの!」


 ってことは、俺に『価値のある一言』を言わせる計画は続行するってことか。


「ですがっ」


 ツン、とそっぽを向き、イメルダが高飛車な態度で言い放つ。


「本当のことを言うと、ナタリアさんとマグダさんは、なかなかに魅力的な女性だと思っておりますわ。ちょっと羨ましいくらいに」


 発言は全然高飛車じゃなかったが。

 自分を持ち上げるためにこき下ろしてみたものの、どこかで引っかかりを覚えてたんだな。

 なんだかんだ、こいつは知人を悪く言うようなヤツじゃないからな。


「むゎあああ! もう! 何をしても様になりませんわ! まったく、ヤシロさんのイタズラにはほとほと困りますわ! もうお帰りくださいまし。ワタ、ワタクシ、木材の準備がありますの。最高の木材を真剣に選ばなければいけないので忙しいんですわ」


 急き立てるように言って、俺たちを部屋の外へと追いやる。

 廊下へ出た俺たちを、室内の、ドアの陰からじっと見つめて、最後の負け惜しみを口にする。


「いきなりで驚いただけで、全然舞い上がっていませんので。勘違いなさいませんように!」


 今お前に『精霊の審判』をかけたらどういうことになるだろうな。


「とにかく、素晴らしい木材を見繕っておきますわ。後日取りにおいでなさいまし」

「それじゃ、期待してるぞ」

「もちろんですわ。陸揚げされた大船に乗ったつもりでいてくださいまし」


 絶対沈没しないな、その船。


「それでは、ヤシロさん、店長さん。ごきげんよう」


 平常心を装いつつも、全然装えていないイメルダがドアを閉める。

 やっぱり「可愛い」はイメルダ的には不服らしい。


「次来られることを、お待ちしてますにゃん」


 最後に可愛いのぶっ込んできたっ!?


 ドアが完全に閉まり、室内から弾むような足音が聞こえてくる。

 ……結構嬉しいんだな、「可愛い」って。


「じゃ、そろそろ行くか」


 と、ジネットに目をやると。

 じぃ~~~~~~……っと、見つめられていた。


 あ、やっぱイメルダだけに言ったのはマズかったか?

 そんな不安が胸に広がり始めた頃――


「くすっ」


 不意に、笑い声が漏れた。

 口元に手を添えて、ジネットが声を殺して笑っている。


「なんだ?」

「い、いえ……すみません……ふふ」


 チラッと俺を見て、申し訳なさそうな顔をしつつも、こみ上げてくる笑いを我慢しきれないでいる。

 ……ってことは、笑われてるのは、俺か?


 俺を置いて、イメルダ邸の長い廊下を先に歩き始める。

 小さく揺れる肩を追いかけて、ジネットの隣に並ぶ。


「ヤシロさん、無自覚だったんですね」


 目尻の涙を指で拭い、そんなことを言う。

 無自覚……って、なんだ?


「結構おっしゃってますよ? 女の子に『可愛い』とか、『綺麗だ』とか」

「いや、言ってねぇだろ!?」

「『会話記録カンバセーション・レコード』を見ますか?」

「…………遠慮しとく」


 くっ、自信ありげな顔しやがって……マジでそんなに言ってるのか、俺?


 ジネットと並んで長い廊下を歩ききり、玄関ホールにいた給仕に見送られて館を出る。

 そろそろ正午になろうかという空は、雨期だというのに快晴で、心地のよい乾いた風を俺たちに吹きかけてきた。


「でも、いいことだと思います。わたしは」


 少しだけ紅潮した頬を冷ますように、顔を空に向けて鼻から息を大きく吸い込むジネット。

 肺に酸素が流れ込み、胸が持ち上がり、おっぱいが突き出される。

「ご自由にお持ち帰りください」とか、どっかに書いてないものか。


「ヤシロさんは、誰かを喜ばせる達人ですから」

「そんな道を究めた覚えはねぇよ」

「その無自覚が、多くの人に幸せを運んでいるんだと思います」

「運賃取っとけばよかったな、じゃあ」


「くすくす」と笑うジネットは、いつもよりもほんの少しだけ楽しそうに見えた。

 厨房にいる時は、心持ち精神年齢を上げて「しっかりしなきゃ」って肩肘張っているように見えることがある。

 こっちのジネットが、本当に素のジネットなのかもしれないな。

 年相応の女の子に見える。


「ヤシロさんが無理をしていなくて、言われた方も幸せになれるんですから、それはとても素晴らしいこと、ですよね?」


「なのでこれからもじゃんじゃん褒めてくださいね」とでも言いたげだ。

 誰がお世辞の安売りなんかするか。見返りがある時は褒めてやるよ。いくらでも。


 ……そう考えているから、偏っているのかもしれないな。

 いや、ほら。エステラは褒めれば金が出てくるから結構褒めているような気が……


「なぁ……」

「はい?」

「ジネットも、その……褒められたいか、やっぱ?」

「へ?」


 女の子なら「綺麗だ」「可愛い」と言われたいものではないのだろうか。ジネットだって例外なく。


「わたしは…………以前、言っていただきましたから」


 えっ!?

 俺が、ジネットに?

 いつだ? いや、そもそもそんなこと言ったか?


「あぅ……っ!」


 その時を思い出したのか、ジネットの顔が茹で上がる。

 その反応、マジで俺言ってるね!? 確実に言ってるよね!?

 なんて言った? 「綺麗だ」? 「可愛いな」?


 そんな覚えは…………………………んなぁぁああ思い出した!

 アレだろ!?

 俺が変な魔草とかいうのに記憶を食われかけた時!

 最後にジネットの名前を思い出して、その後、ジネットと一緒に散歩しようってことになって……で、ジネットが俺のやったソレイユの髪飾りを付けてきて………………あぁぁあああ、言ってる! 俺思いっきり言ってるわぁ!?


 …………忘れてほしい。

 土下座、してみるか?


「あの、あの時は、その…………嬉しかった……です」


 俯くジネットの髪が垂れて、隙間から真っ赤に染まった首筋が見える。

 顔を背けるなら、首とかもきっちり隠してくれないかな?

 感情、ダダ漏れですからね!?


「そ、そういうことなら…………まぁ、また……機会があれば……そのうち……」


 くぉおう……ジネットの熱が伝染して、俺がまた妙なことを口走ってる!

 なんだよ、機会があればって。


「あぁいや、ごめん。やっぱ今のキャンセ……」

「……はい」


「キャンセルで」と言う前に、ジネットの顔が持ち上がり、こちらを向く。


「……期待、しておきますね」


 言葉を封じられた。

 どうやら、キャンセルは不可能らしい。


 じゃあ、まぁ…………機会があれば、な。


 鼻から熱い息を吐き出して、前を向いて歩く。

 真っ直ぐ前を向いて、黙々と歩く。


 そんな感じで、ミリィの店に着くまでの間、俺たちは一言も口を開かなかった。






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