221話 『宴』の準備7
「ぁ。ぃらっしゃぃませ」
小さな頭がぺこりと下げられる。
ここは妖精の棲む森。――ではなく、ミリィの店だ。
「なぁ、なんでアレ捕まえちゃいけないの?」
「ミリィさんは、みんなのミリィさんだからですよ」
「はぅっ、な、なんの、話?」
会って早々、わたわたし始めるミリィ。
そんな動きも可愛らしい。
「ジネットが変なこと言うから、ミリィが可愛い生き物になっちまったぞ」
「ヤシロさんですよ、変なことを言ったのは。あと、ミリィさんが可愛いのはいつもです」
「ぁ、ぁうっ。ゃ、ゃめてよぅ、もぅ!」
腕を伸ばしてぶんぶんと振り回す。
頭に付いたテントウムシの髪飾りがぷらぷら揺れる。
「あぁ、癒された。じゃ、帰ろうか」
「ぇっ!? 何かご用じゃなかった、の?」
あぁ、そうだった。花を頼みに来たんだった。
「なぁ、ミリィ。出張フラワーアレンジメントって頼めるか?」
「ふらわーあれんじめんと!? ぅん、やりたい! すごく楽しそうっ!」
ぐぃっと、ミリィが話に食いついてきた。
あぁ、ここにも社畜が一人。
「今度、二十四区で開催される『宴』の会場を、ミリィさんの素敵なお花で彩ってほしいんだそうですよ」
「会場を? 前の、いめるださんのお家のパーティーみたいに、かな?」
「はい。そうです。……よね、ヤシロさん」
ジネットが前に立って交渉を進めている。
もしかしたら、俺の真似をしているつもりなのかもしれないな、ジネット的には。物凄く嬉しそうな顔をしている。
「わたし、働いてますよ!」みたいな、充実感溢れる表情だ。
「ぅう……やってみたい、けど……二十四区だと、お花を運ぶのが大変、かも」
ミリィ曰く。
イメルダのパーティーの際、とても大量の花を使用したそうで、それと同じ規模の飾りつけをするとなると花の運搬が難しいそうだ。
「四十二区なら森があるし、四十一区と四十区の生花ギルドとは交流もあるからぉ花を借りることは出来るけど……二十四区だと、ちょっと、難しい、かも」
花を調達する場所がなければ、自ずと四十二区から持っていくことになる。
イメルダのパーティー――木こりギルド四十二区支部の完成披露パーティーで使用された花の量は、それは凄いものだった。
門から館、裏庭に通じる道、そして裏庭を埋め尽くすくらいの大量の花。
あれは、荷車一杯で運べるような量ではなかった。詰め込むわけにもいかないしな。
それに、ミリィだけ荷車を曳いて歩いて向かわせるわけにもいかない。
やっぱり難しいか。
「セロンさんの光るレンガはどうでしょうか? あれなら、数がなくてもインパクトは強いと思いますよ」
ジネットが、独自の解決策を提案してくる。
うん、悪くはない。
だが。
「暗くなる前には帰ってくるつもりなんだ。ガキどももいるし」
「あ、そうですね」
ガキどもを泊まらせるのは、なるべく避けたいと思っている。
泊まるガキどもはもちろん、留守番しているガキどもも、普段とは違う環境で取り乱すかもしれないし、パニックを起こす可能性もある。
……まぁ、平たく言えば、寂しくて泣いちゃうヤツが続発しそうな気がするのだ。
やはり、ベルティーナを連れ出して外泊させるのは気が引ける。
それに、ジネットや他の連中も忙しい身だ。
早朝に出て、夕方頃には戻ってきたい。なので、向こうを出るのは昼過ぎということになるだろう。
「そこまで思い至りませんでした。さすがヤシロさんですね」
「いや、俺は協力者の不興を買う行為を避けようとしただけで……やめて、その『ヤシロさんは子供思いの優しい人だなぁ』みたいな目で見るの」
協力者の不興を買うのは避けるべきなのだ。後々の交渉に影響する。
協力者というのは、当たり前のことなのだが、こちらになんらかの利益を生むために力を貸してくれる存在のことだ。
ならば、不満を持たれないように努めるのが、今後のためにも最良なのだ。
だから、そっちでミリィと「うふふ」って笑い合うのを今すぐやめろ。
「ごめん、ね……みりぃ、そんなにたくさん持っていけなくて……」
「いいえ。ミリィさんのお花はとても綺麗ですから、少しでもきっとみなさん喜んでくださいますよ。ね、ヤシロさん」
少し……か。
持てるだけの花を持っていって、その中で飾りつける。……ってのが無難な線か。
まぁ、それでも構わないんだろうが……ミリィも馬車で連れていくとなると、本当にカバンに入るくらいしか持っていけないよなぁ……
「ぁの、二十四区の生花ギルドにぉ願い出来ないか、ギルド長さんに聞いてみよう、か?」
「向こうでお花を摘めるように、ですか?」
「ぅん。ただ……お金は、かかっちゃうかもしれない、けど……」
会場を埋め尽くすほどの花となれば、結構な額になりそうだ。
果たして、そこまで経費を膨れ上がらせていいものか…………二十四区で終わりじゃないからなぁ。この後も『BU』の領主どもをたらし込んでいかなけりゃいけないわけだし……
「なるべくなら費用は抑えたいな」
「ぁう……だよ、ね?」
「困りましたねぇ。どこかに、安くたくさんお花が手に入る場所がないでしょうか……」
二十四区教会の中には畑があると言っていたし、花も少しは咲いているかもしれない。
……が、それだとインパクトに欠けるんだよなぁ。そこら辺に咲いてる花を寄せ集めたところで、「わぁ、綺麗」くらいの感想で終わりそうだ。
木こりギルド四十二区支部完成記念パーティーの時のように、道の両サイドに敷き詰めて初めて「うぉっ!? すげぇ!」となるのだ。それも、目を惹くような美しい花を。
さりげなくも可愛らしい野の花は、今回のミッションには向かない。
もっとこう、有名だったり、価値があったりする花が比較的近くで、安く、いやタダで手に入らないものか……………………あ。あるじゃん。
「ミリィ。俺の知り合いに驚くほどぺったんこな胸をしたヤツがいるんだがな」
「もぅ……怒られるょ、てんとうむしさん」
『誰に』と口にしないのは優しさか。
しかしミリィは、俺が言ってるのが『誰のことか』ってのはすぐに理解したようだ。
凄い認知度だな、ウチの領主。
「その領主にな、うるうるした瞳で『お願いだよぅ……』って言ってきてくれないか?」
「ぁう……ぃ、今の、みりぃのマネ? みりぃ、そんな変な声してる、の?」
「いえ、ミリィさん。今の声は可愛かったと思いますよ」
いやいや、ジネット。そんなところはどうでもいいんだ。
褒められても微妙に恥ずかしいしな。
「それで、何をぉ願いしてくればぃい、の?」
やや不安げながらも、俺のお願いを聞いてくれるらしい。
エステラも、ミリィの頼みは断れまい。……ふっふっふっ。
「三十五区の変態領主に伝言をしてもらってきてくれ」
「怒られるょ、てんとうむしさん……本当に」
なぜかミリィがはらはらしている。
大丈夫大丈夫。あの変態領主はそんなことでは怒らない。むしろ、ミリィに「変態」って言われたら涙を流して喜んでしまうことだろう。……残念なヤツだ。
「『触覚を好きなだけ触らせてあげるから、花園のお花を使わせて』ってな」
「ぇっ!?」
咄嗟に、ミリィが自身の触覚を両手で押さえる。
なんだなんだ。ミリィ自身も肌で感じているんじゃないか。……あの領主の変態性を。いかに危険人物かをよく理解しているらしい。
「確かに、三十五区なら、二十四区に比較的近いですけど……でも、それではミリィさんが……」
「大丈夫だ。ミリィに頼みたい伝言はもう一つある」
「もう一つ……ですか?」
ミリィの身を案じるジネットを安心させてやるために、俺はとっておきの秘策を伝授する。
「ウェンディにも伝言を頼んでおいてくれ。『お前のとこのオヤジの有効活用法が見つかったから貸してくれ』って」
「ぇっ!? 触覚、うぇんでぃさんのお父さんの触覚、なの?」
「あぁ。アレならもげるほど揉みまくっても問題ない! むしろもいでほしい!」
「ぁうっ、ダ、ダメだょう……触覚もげると、痛い、ょ?」
「ミリィ。俺の故郷にはこんな言葉がある。――『知ったこっちゃない』」
「あの、ヤシロさん……それはさすがにお気の毒なような……」
「あっはっはっ、ジネット。気のせいだよ」
「え? いえ、あの……」
「気のせい気のせい」
なぜか戸惑う女子二人。
まったく、心配性だなぁ。ウェンディのオヤジだぞ?
あの、年中半裸の変態オヤジだぞ?
むしろ、ルシアに触覚を揉んでもらえるだけでもありがたいと思ってもらわないとな。
「ぁの、じねっとさん……」
「えっと、そうですね……とりあえず、伝えるだけ伝えて、あとはエステラさんの判断に任せましょう」
「そ、そうだね。えすてらさんなら、変なことしようとしないもん、ね?」
「はい。きっと」
「ぅん。きっと」
甘いなぁ。
べりーすうぃーとだぜ、二人とも。
エステラなら、ヤる!
それも、満面の笑顔でイケニエを差し出すに決まってるじゃねぇか。
花園の花がもらえれば、ネクターも作れるしな。
そもそも、ルシアは協力を惜しまないと言ったんだ。
……言ったっけ?
まぁ、仮に言ってなかったとしても言ったようなもんだ。
言ったか言ってないかなんて些末な問題だ。
全面協力はヤツの義務だ。うん。
「でも、花園のお花が飾れたら、きっときれいだろぅね」
「そうですね。わくわくしますね」
今の二人の顔を写真に撮ってルシアに見せれば、二つ返事で了承してくれるだろうに。デジカメがないのが惜しいぜ。
「それじゃあ、えすてらさんのところに行ってくる、ね?」
「あ、ちょっと待ってくれ。その前にもう一つ頼みたいことがあるんだ」
出掛けようとするミリィを呼び止める。
フラワーアレンジメントはルシアの返事待ちになるとして、もう一つ試してみたいことがあるのだ。
「なぁ、また竹を譲ってくれないか?」
「わぁ!」
「ひぃ!」
俺が「竹」と口にした途端、ミリィとジネットが真逆の声を上げた。
「また流しぉそうめんするの!?」
「ま、また青竹踏みをするのでしょうか!?」
あぁ、なるほど。
竹に関する思い出の差が、この真逆の感情を生み出したわけか。
「あっ、流しおそうめん! そうですね! おそうめん美味しいですものね!」
ミリィの言葉に無理矢理乗っかろうとするジネット。「おそうめん」がウツってやがる。
信じたい心とは裏腹に、ジネットの額には汗が浮かんでいるが。
「青竹ふ……ちょっと作りたい物があってな」
「今っ、青竹踏みって言いかけましたよね!?」
ジネットが必死だ。
こんなジネットはそうそう見られない。貴重だなぁ……
「む、むぅ! にやにやしないでくださいっ」
ジネットが拗ねてしまった。
ぷいっと向こうを向くジネット。そんな様も、なかなかいい。
ふと見ると、ミリィが必死に俺にメッセージを送ってきていた。
声には出さず、ジネットに気付かれないようにと配慮しつつ、「ぉ・そ・う・め・ん」と、口を動かしている。
いや、流しそうめんもしねぇんだけど。
「実はな、お子様ランチのオモチャを、そろそろ変えようかと思ってな」
「お子様ランチ、ですか?」
突然登場した聞き覚えのある名前に、ジネットが不機嫌さも忘れてこちらを向く。
まぁ、ジネットの不機嫌なんて不機嫌のうちに入らないからな。「ぷんぷん」くらいのもんだ。興味があることが出てくればすぐに機嫌が直る。
「ちょっと『宴』で試して、ガキどもの反応がよければ、お子様ランチのおまけにしてもいいんじゃないかって思ってな」
「ふふ……」
俺の話を聞いて、ジネットがにや~っと幸せそうに笑う。
「ヤシロさん、本当にお仕事が好きなんですね」
「いや、お前には負けるから」
「いえいえ。ヤシロさんはいつでもお店のことを考えてくださってますもの」
「いっつも店にいるお前ほどじゃねぇって」
「街道を作ろうとした理由を知った時は…………あの、驚きました」
テンポよく進んでいた会話が急に詰まり、何を思い出したのか、ジネットの瞳が微かにうるむ。
そして、ぐっとこらえるように短い言葉を述べる。
……そんな、泣くような話じゃないだろうが。
俺はただ、利益を上げたかっただけなんだし。もちろん、俺の給金アップのためにだ。
「ぅふふ……」
言い合う俺とジネットを見て、今度はミリィがにや~っと笑う。
小さな手で口元を押さえ、ふわふわと髪を揺らす。
「てんとうむしさんは、いつも、じねっとさんのことを考えてるんだょ、ね?」
「ふぁっ!?」
「ふぇっ!?」
突然の発言に、俺とジネットが揃って奇声を発する。
何を言い出すんだ、この可愛い妖精は!?
「お誕生日も、お祭りも、ソレイユの花も、みんなジネットさんを喜ばせるためだもん、ね?」
まぁ、この娘ってば!?
いつの間にこんなおませさんになっちゃったのかしら!?
誕生日は、ケーキを街に定着させるための戦略だし、祭りは街道を誘致するためのデモンストレーションで、ソレイユの花の髪飾りは………………………………なんか、こう、いい感じの策略なのだ! やがて、巡り巡って俺の利益になるに違いないのだ!
「じねっとさんも、てんとうむしさんにもらった『ふぃぎゅあ』とか、髪飾りとか、レンガの花瓶とか、とても大切にしてるんだよ。ね?」
「あ、あぁあ、あの! ミリィさん!」
「ね?」
「いや、まぁ、それは、どれも大切な品ですし、みんな大切にしていますが、なぜその話を今……えと、も、物は大切にするべきだと思います!」
盛大にテンパるジネットと視線がぶつかる。
「はぅっ……い、今だけ、こっちを見ないでください……」
「お、おぅ! そ……だな」
く……なんたる伏兵。
こいつは油断だ。いつも、ミリィの前では無防備になってしまうからな。
あのあどけない笑顔を向けられては仕方ないだろう。
まぁ、ミリィのことだから、誰彼構わず言いふらしたりはしないだろうけど…………
「ギルドの大きなお姉さんたちがね」
オバハンどもな。
「『あの二人は見ていて微笑ましくなるわねぇ~』って」
「確かに、ジネットの二つの膨らみは見ていると心が癒されるが」
「ぁう、ち、違うょ。そんな話はしてない、ょ?」
ジネットから「懺悔してください」が飛んでくるかと思ったのだが、ミリィからもたらされた情報にあわあわしていて、それどころではなかったようだ。
やめろ。そういう反応をするから面白がられるんだよ、他に楽しみのないオバハンどもにな。
俺なんか落ち着いたもんだぜ。
「みりぃもね、ぃつも、羨ましいなぁ~って、思って見てるんだよ」
「よし、ミリィ! ウチの子になりなさい!」
「ヤシロさん、落ち着いてくださいっ」
だって、こんなに可愛いんだぞ!?
連れて帰るだろう、そりゃあ!?
全国の、異常なまでに幼女に興味津々な成人男性百人に聞いたら、十割の確率で「持って帰る」って答えにたどり着くだろうよ。
「ウーマロに頼んで、俺の部屋にミリィを置くスペースを作ってもらおう」
「ダメですよ。今、ウーマロさんたちはお忙しいようですし」
「違うょ、じねっとさん。そうじゃなくて、みりぃは置物じゃないょって注意してほしい、な」
ちょうど、これくらいのサイズの抱き枕がほしいと思っていたところなんだ。
「お子様ランチに、等身大ミリィ人形を付けるか」
「ぁう……や、ゃめてよぅ」
「うふふ……ハビエルさんが欲しがりそうですね」
あ。ジネットもそういう認識なんだ。
喜べ、ハビエル。お前は四十二区において、満場一致で変態認識されてるぞ。
「ぁう、ぁの……そ、それで、竹で何を作るの?」
懸命の話題転換を試みるミリィ。
竹製のミリィ置きも、趣があっていいな…………ではなくて。
「いや、竹とんぼでも作ろうかと思ってな」
「「たけとんぼ?」」
知らないよな、やっぱ。
小首を傾げる二人は顔を見合わせ、ジネットの視線がミリィの髪飾りへ向かう。そして、二人同時に何かを思いついた様子で表情を輝かせた。
「わたし、楽しみです!」
「みりぃも、かゎいいの、作ってほしぃな」
「お前らが思ってるようなヤツじゃないから」
トンボ型のアクセサリーじゃねぇっつの。
「気になるなぁ、竹とんぼ。見てみたいなぁ」
そわそわと体を揺するミリィ。
何もない空間を見つめ、想像を膨らませてわくわくとした表情を見せる。
うぅむ……おねだりされているわけではないのだが、物凄く「作ってあげたい欲」をかき立てられる。下手なおねだりよりも威力あるな、これ。
「加工していい竹があったら、二十分くらいで作れるぞ」
「ほんとっ!? じゃあ、持ってくるね!」
言うが早いか、ミリィは店の中へと駆け込んでいった。
……あるんだ、竹。
「ミリィさんは、竹細工なんかもされますから」
そんな補足説明をくれるジネット。
カゴなどの、家で使うような道具は家具職人が作っているのだが、簡単な物なら自分でも作れるだろう。
「これでぃい?」
ミリィが店内からズルリと長い竹を持ってきた。
竹ひごにでもしようとしていたのか、いい感じで乾燥されている。上出来だ。
「じゃあ、この辺もらっていいか?」
と、節と節の間、一個分を指で示す。
「それだけでぃいの?」
「簡単な物だからな」
ノコギリで切り出し、筒状になった竹をナタで割る。
半分に割ったら寸法を決め、まずは羽根の部分を作っていく。
「わぁ! かわぃい~!」
竹とんぼの話かと思いきや、俺が加工している向こうで、ジネットがミリィにたい焼きをあげていた。
ヤツら、おやつ片手に俺の作業を見学する気か? なんて優雅な身分だ。観覧料取るぞ。
最初は平凡な竹とんぼにしようかと思ったのだが……どうせなら高く飛ぶ方が面白いだろうと『ひねり竹とんぼ』にすることにした。
長方形の羽根をした竹とんぼに対し、中心部が細くなっているのがひねり竹とんぼだ。真ん中を火であぶって竹をひねってやるのが特徴といえる。
「ゎっ、おいしいっ」
……く、気になるな。
ミリィが嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねている。
ああいうぬいぐるみがあったら買うなぁ、俺。
羽根を薄く削り、怪我をしないように角を丸くして、ろうそくをもらってひねりを加える。 そして、軸になる細い棒を作って、よく回転するように角を丸めて…………っと。
最後に羽根と軸をくっつければ完成だ。
ジャスト二十分。なかなかの手際だな。
「それが『竹とんぼ』なんですか?」
「ぁんまり、とんぼさんっぽくない、ね?」
面白そうに覗き込み、そんなことを言う。
けれど、その瞳は「早く遊んでみたい」と如実に物語っている。
「じゃあ、飛ばすからちょっと離れててくれ」
「飛ばす……飛ぶんですか?」
「とんぼさんみたいだね」
何をするにも楽しそうに、仲のいい姉妹に見える二人が手を繋いで下がっていく。
ふむ。これはいいところを見せないとな。
左の手の平に軸を添え、開いた右手で挟み込む。
そして、手をこするようにして軸に回転を加え、勢いよく右手を前へ出す。
ビッ! ――という小気味よい音と共に、竹とんぼが回転しながら勢いよく空へと舞い上がっていった。
「ゎあ、飛んだぁ!」
「飛びましたっ!」
ミリィとジネットが揃って声を上げる。
飛んでいく竹とんぼを追って、首がぐっと伸び空を見上げる。
そして、竹とんぼを追うように二人の顔がぐる~んと回って、俺の手へと注がれる。
「戻ってきました!?」
「すごぃっ、てんとうむしさん、すごいょう!」
ふっふっふっ……竹とんぼってのはな、上手く飛ばせば、戻ってくるんだぜ?
「やってみたいか?」
「はい。でも、難しそうですね」
「なぁに、簡単簡単」
「では、やってみたいです」
にこにこ顔のジネットに竹とんぼを手渡す。
簡単に飛ばし方をレクチャーしてやり、いざ本番。
「き……緊張、します……っ」
ガッチガチに力が入りまくりのジネット。
そんな大袈裟なもんじゃねぇよ。
「いきますっ! えいやっ!」
「えいやっ!」という掛け声と共にジネットの腕が振り抜かれ、手の平から飛び立った竹とんぼがダイレクトにジネットの眉間へと衝突した。
「きゃうっ!?」
鈍くささ、極まれり。
「みゅう…………痛いです……」
額を押さえ、ジネットが目に涙をためる。
おかしい。逆回転させなきゃ自分の方へは飛んでこないはずなのだが……ジネットの守護神でもある萌え神様の成せる業か?
ミリィが蹲るジネットの頭をよしよしと撫でている。今日は大忙しだな萌え神様。癒されるわぁ。
「前に飛ばすんだよ。こうやって」
「そうやったつもりなんですが……」
「ほれ、もう一回やってみ?」
「えっ…………と。あの、そうです、ミリィさん、お先にどうぞ」
「ぅええ!? み、みりぃも、やる、の?」
「楽しいですよ」
涙目で言われても説得力ないだろうな。
恐る恐る、ミリィが竹とんぼを受け取る。
おそらく、俺は上手過ぎるから、初心者のミリィの飛ばし方を見て客観的に研究しようと、そんなことを考えているのだろう。
まぁ、ミリィはジネットほど鈍くさくはないからな。
「怖がらなくて大丈夫だぞ。あぁいう面白いのはジネット以外には出来ないから」
「はぅっ…………酷いです、ヤシロさん……面白いなんて……」
うな垂れるジネットは置いといて、怖がるミリィに飛ばし方を教えてやる。
普通にやれば普通に飛ぶのだ。
「さぁ、やってみろ」
「ぅ…………ぅん」
ミリィもガチガチに緊張している。
萌え神様の再臨なるか?
「ぇ………………ぇいっ!」
ぽとり……と、竹とんぼが地面に落ちた。飛距離、0センチ。
怖がり過ぎだっ!?
一切摩擦することなく、合わせていた両手を離しただけだった。
飛ばせよ。
「大丈夫だから、思いきってやってみ?」
「ぅ……ぅん…………じゃ、じゃあ…………ぇ~いっ! ……あっ!」
ビッ! ――と、鋭い音がして、竹とんぼがぐーんと空へ昇っていく。
「飛ん……だ。すごぃ! 飛んだ! 飛んだよ、てんとうむしさん、じねっとさん!」
両腕を上げてぴょんぴょん飛び跳ねるミリィ。大喜びだ。
一方のジネットは――
「……わたし、竹との相性が悪いのでしょうか……」
――なんだか、必要以上に落ち込んでいた。
大丈夫だって。やってりゃすぐ上手くなるよ。
「ぁ……れ?」
空を舞う竹とんぼを見上げたまま、ミリィが首を傾げる。
竹とんぼは、ぐんぐん遠くへと飛んでいく。
「戻って、こない……ょ?」
「あぁ、戻すにはちょっとしたコツがいるんだよ」
「ぇ!? じゃ、じゃあ、取りに行かなきゃ!」
大慌てで駆けていくミリィ。
別にそんなに急がなくてもいいのだが……竹とんぼを追いかける少女ってのも趣があってなかなかいいものだ。うん、黙って眺めていよう。
「ヤシロさん……わたし、飛ばせるようになるでしょうか?」
どうでもいいことでジネットが落ち込んでいる。
意外と負けず嫌いなのかもしれないな、こいつは。
「大丈夫だって」
「そう、ですよね。練習すれば、きっと……」
「ガキどもに教えてもらえばいい」
「追い抜かれること前提ですか!?」
「わたしが教えてあげたかったのに」と、なかなか無謀なことを口にする。
お前流の飛ばし方が流行ったら、みんな眉間に赤い痕が付いちまうだろうが。今のお前みたいにな。
「ほれ、赤くなってるぞ」
「ふえっ!?」
ジネットの眉間を指で軽く撫でてやる。
痛そうだな、まったく。
しかし、目に入らなくてよかった。目に入っていたら一大事だったもんな。
「あ、あの、ヤシロさん……も、もう、大丈夫、です、よ?」
「ん? そうか?」
「は、はい。おかげさまで、痛いの痛いの飛んでいきましたから」
お前は幼児か。
もう痛くないというのであれば問題ないだろうと、指を離すと……
「……えへへ」
ジネットが頬を緩めて、俺が撫でていたところにそっと触れる。
「ありがとうございます」
「へ…………いや、別に…………まぁ、…………うん」
なんでお礼言われたんだろう。
っていうか、お礼とか、なんで言うかな?
わざとか? わざと俺を照れさせたいのか?
ガラにもないことをしちまったなぁって、後から自覚させて悶えさせる作戦か?
……勘弁してくれ。
と、髪をかき上げつつジネットから視線を逸らせると――
「にこにこ」
――竹とんぼを両手で握りしめたミリィが、にやにやした顔で俺たちを見つめていた。
「はぅっ!?」
今日はジネットがよく鳴く日だなぁ……と、そんなことを思いながら、俺はミリィからも視線を逸らし、竹とんぼを作ることにした。黙々と竹とんぼを作ろう。そうしよう。何も聞かず、何も見ず、何も考えずに。
「仲良しさんだねぇ」
「いえ、あの、違う……わけ、ではないのですが、違わないんですが……違うというか、あの、その……っ!」
幸せそうに微笑むミリィと、盛大に慌てるジネットの声を聞きつつ、俺は黙々と、黙々と竹とんぼを作り続けた。
……うん。無自覚で結構やらかしてるっぽいな、俺。
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