218話 『宴』の準備4

「かっ、可愛いさねっ!」


 ノーマが復活した。

 単純だなぁ。


 金物ギルドに戻りたくない病を発症し、臨時店員として店に出せないほど落ち込んでいたノーマだが、たい焼きの試作を始めると比較的すぐに機嫌を持ち直した。

 第一陣が焼き上がる頃にはロレッタと一緒にたい焼き踊りを踊っていた。……奇妙なダンスを開発してんじゃねぇよ。


「ヤシロさん。わたし、この生地が好きです」


 たい焼きの生地はどれも同じように見えて、実は店や地方によってその作り方が異なっている。

 なので、陽だまり亭に適した生地をジネットと協議する必要があった。

 どうやら、ジネットの眼鏡に適うものがあったらしい。


「私はどれも好きですよ」


 当然というか、量産される試作品はすべてベルティーナの胃袋へと収められていく。

 いや、まぁ、俺たちも一個二個は食ったりもするが。あくまで味見程度に。


「小麦を使った……もぐもぐ……新しい料理ですので……もっちもっち……パンに該当しないか……かりっぱりっ……きちんと審査しないと……ぴっちぴっち」


 バージョン違いのたい焼きを順に食べつつもっともらしいことを言うベルティーナ。

 石窯を使って焼いてるわけじゃないから、教会の定める『パン』に該当しないってのは明白なんだがな。

 あと、「ぴっちぴっち」はしてねぇよ。


「あたしも、これがいいです! 表面はぱりっとしているのに、噛み締めると中の生地がもちもちふわふわとして、ほのかに香るこの独特の香りもさることながら『我こそ主役』と最後に登場するあんこの甘くも強烈な味わいが……やみつきになりそうですっ」

「……美味」


 対極な長さの感想を述べるロレッタとマグダだが、同じくらい感動はしているようだ。

 前回のホットケーキとはわけが違うからな。こっちは正真正銘新商品だ。


「この周りのカリカリがまたニクいさね! オマケをもらったみたいなお得感があるさね」


 ノーマもご満悦だ。

 たい焼きの周りに付いてくるカリカリは、子供たちの大好物に分類されるだろう。俺も好きだった。


「えっと、これの生地は……これだったか?」

「いえ、こちらの生地です」


 調理台には、何パターンもの生地が並んでいる。

 小麦粉と砂糖と水のみのもの。

 重曹を入れたもの。

 卵を入れたもの。

 卵黄だけを入れたもの。

 砂糖ではなくハチミツを混ぜたもの――などなど。


 ジネットが気に入ったと言ったのは、重曹と卵とハチミツの全部入りだ。

 卵を入れるともっちり感が、重曹は練り込むことで多孔質な生地を作ってくれて、表面はぱりっと、中はふわふわにしてくれる。

 生地の甘みは、砂糖よりもハチミツの方がお気に召したようだ。これは好みによるところだろう。四十区の今川焼き屋は砂糖を使っている――はずだ。俺の舌が確かならな。


「わたし、最初は今川焼きの生地に似せようと考えてしまっていたんですが……うふふ……超えちゃいましたね」


 最後のセリフは小声で、ここにいるみんなだけにこっそり伝えるようなニュアンスで囁く。

 ジネットの好物である今川焼き。

 それを陽だまり亭でも――と思っていたのだが、そうか、超えちゃったか。


「となると、心配なのは重曹の匂いだな。これは好き嫌いがあるからな」

「あたし好きです、この匂い!」

「……マグダは…………慣れる」

「わたしも、結構好きです。確かに、気になる香りだとは思いますけれど」

「私も好きですよ」


 ベルティーナの意見は参考にならないので除外するとしても、概ね問題はなさそうだ。好評というわけでもないだろうが。


 重曹の匂いは結構独特で、俺がガキの頃に食っていた物の中には「これでもか!」ってくらいに重曹の匂いをさせていた物があった。

 ラーメンに使う『かん水』なんかもその一つで、俺なんかはアノ匂いがしないといまいちラーメンを食った気がしないと思えるほどにアノ匂いにやられちまっている。

 好きなヤツはアノ匂いがクセになるし、最近では「くさい」ってヤツもいるらしい。


 この匂いは一種の賭けだな。

 まぁ、たい焼きの場合はそこまで匂うってわけでもないし、なんとかなるだろう。

 ……マグダくらい鼻がいいのでもない限りは。


「あぁ……これが、鯛の香り……」

「違うぞノーマ。それは重曹の香りだ」


 なんだか、妙にたい焼きを気に入ってしまったノーマ。

 焼きたてに頬摺りするのはやめた方がいいぞ。頬が赤くなってる。熱で。


「……今川焼きのメインはあんこだと思っていたが……マグダはまだまだ甘かった」

「ですね! 生地です! この生地こそが美味しいです! なんなら、もうあんこいらないです! 素たい焼きで発売するです!」

「いや、あんこは入れるぞ」


 なんだよ、素たい焼きって。

 ほぼホットケーキじゃねぇか。


「あの、ヤシロさん!」


 試作品を食べてわいわい盛り上がる他の面々を置いて、ジネットが真剣な、それでいてキラキラ輝くような表情で詰め寄ってくる。


「あんこに、水飴を使用してみてはどうでしょうか!? きっと、なめらかな口当たりになると思うんです!」


 こいつはこいつで、完全にスイッチが入っているようだ。


「わたし、常々あんこの甘さに若干の刺々しさを感じていたんですが、水飴を入れることでもっとマイルドになるのではないかと思うんです」


 あんこに水飴ってのは、日本では割とメジャーな発想なのだが……味覚と自分の知識だけでそこにたどり着くとか……こいつ、すげぇな。


「ヤシロさん、私も提案があります!」


 ジネットに負けじと、ベルティーナが元気よく手を挙げる。


「水飴があるのでしたら、この上にたっぷりかけてしまいましょう!」

「食感が台無しだよ!」


 お前はマグダか!?

 ホットケーキとみるや、大量のハチミツをかけまくるお子様舌。

 今回のたい焼きで初めて「生地」の方へ目を向けてくれた気がする。

「ほのかな甘み」ってのの良さが分かると、世界が広がるぞ。


 もっとも、ベルティーナにかかれば、食の世界は無限に広がり続けているのだろうが。

 ほのかに甘いのも甘過ぎるのも、どっちもいける口だからな。


「はぁぁあ!? な、何してるですかノーマさん!?」


 突如、ロレッタが大きな声を上げる。

 何事かとノーマを見ると、普通にたい焼きを食べていた。


「頭から丸かじりなんて、可哀想です!」


 ……でた。「可哀想」。

 どこから食ってもたい焼きは「可哀想」じゃねぇよ。


「折角お魚の形してるんですから、尻尾から食べてあげるべきです! それが通です!」


 そう言って、たい焼きを尻尾からかじかじ囓っていくロレッタ。


「痛っ、いたたたた! 痛いさね! なんか視覚的に痛そうさね、そっちの方が!」


 顔が最後まで残る分、鯛が身体を食われていく様がまざまざと見せつけられる。

 俺も、こっちの方が「可哀想」な気がする。


「……二人とも分かっていない。魚を食べる時は、まず喉笛を噛み千切る」

「野性味溢れ過ぎですよ、マグダっちょ!?」

「その食べ方が一番ないさね!?」


 マグダが噛み千切ったたい焼きは、まさに「首の皮一枚」でつながっている状態だった。捕食だな、まるっきり。


「……店長の意見を仰ぐべき」

「そうさね! 店長さんなら一番適した食べ方を示してくれるさね!」

「店長さん、教えてです! たい焼きの正しい食べ方を!」

「えっ!? え……っと……」


 ちらりと俺を見て助けを求めてくるジネット。

 だが、たい焼きの食い方に正しいルールなんかない。好きに食えばいいのだ。

 なので、なんとも言ってやることは出来ない。


 首を振ってみせると、ジネットは困ったように眉毛を寄せた。

 そして、詰め寄ってくる三人に向かってしどろもどろになりながらも自分なりの回答を口にする。


「ま、まず、三枚におろします……」

「たい焼き全否定か!」


 たい焼きを三枚におろしたら、生地・あんこ・生地じゃねぇか。

 一緒に食えよ!  ハーモニーを楽しめよ!


「なんでもそうだが、食い物は美味しく食うのが一番のマナーだ。他人のやり方にあれこれ口を出すもんじゃねぇよ」


 格式高い料亭でのマナー違反とかでもない限りは、他人など気にせず自分の食い物に集中していればいいのだ。

 特に、たい焼きなんて庶民的なおやつなんだ。そんなもんにまでルールやマナーを求めるもんじゃない。


「そうですね。美味しく、好きなように食べてもらうのが一番ですよね」

「……一理ある」

「じゃ、じゃあ、あたしも一度頭からチャレンジしてみるです!」

「どう食おうが、たい焼きの可愛さと味は変わらないさね」

「はい。とても美味しいです……もぐもぐ」


 みんなが分かってくれた。……と言いたいところなんだが、ベルティーナ。両手に一尾ずつ持っていっぺんに食うのはやめてくれ。清楚な見た目とのギャップで悲しい気持ちになってくるから。もっとこう、可愛らしく食べてくれると嬉しいんだがな、俺は。丸呑みしそうな勢いなんだもんよ。


「好きなように食べる、それがたい焼きのルールです!」

「……陽だまり亭推奨」

「金物ギルドも、そのルールに乗ったさね!」


 妙に熱い。

 たい焼き同盟がここに誕生した。


「んじゃ、次は俺が作るかな」


 やり方をレクチャーした後はほぼジネットが作っていた。

 マグダやロレッタ、ノーマまでもがやりたがったので一度ずつやらせてみたりもした。

 俺は後半ずっと見ているだけだった。


 もうそろそろいいだろう。


 たい焼きは、あんこだけじゃない。

 たい焼きはもっとグローバルな食べ物だ。


 アメリカの人気バンドがハマって持ち帰って広まっただとか、アニメの影響で広まっただとか、理由は諸説あるが、たい焼きはアメリカでも広く人気がある。

 そして、そのアメリカ版たい焼きの中身はあんこではなく――ベーコン。


 日本でも『お好み焼きたい焼き』なる商品が出回っている。

 たい焼きは甘味だけには留まっていないのだ!


 というわけで、砂糖やハチミツを使用していない生地を鉄板にひき、刻んだキャベツとベーコンを載せ、たっぷりとソースをかけて焼き上げた。

 陽だまり亭風お好み焼きたい焼きだ!


 さぁ、試食してみてくれ!

 美味い美味いの大合唱を期待しているぞ!


「……邪道」

「お兄ちゃん。たい焼きにはたい焼きのルールがあるです」

「甘いのを想像して食べたら口がビックリしちゃったさね!」

「おいお前ら!? たい焼きは好きなように食べるのがルールなんじゃねぇのか!?」


 なんなんだ、この手のひら返しは!?

 なんだかんだと、四十二区の住民だって固定概念に囚われまくりだ。『BU』のことを強く批判は出来ねぇぞ、これじゃ。


「でも、こういうものだと思って食べると、美味しいですね」


 そんなフォローを入れてくるジネットも、いまいちわっしょいわっしょいしていない様子だ。


「ヤシロさん! おかわりを!」


 唯一、この食いしん坊シスターだけがお好み焼きたい焼きの有用性を理解してくれた。


「ベルティーナ! お前は俺の、心の拠り所だ!」

「ほにゃっ!? あ、あの……きょ、恐縮です……もぐ、……もぐ……」


 なんかペースダウンした!?

 食べて! 

 もっとじゃんじゃん食べて!


「……なぜでしょう、胸が……いえ、お腹がいっぱいです」

「そんなわけないだろう!? まだ七人前くらいしか食べてないじゃないか!?」

「いえ、あの……ヤシロさんが変なことを言うからです……」


 ぷくっと、頬を膨らませるベルティーナ。

 違うだろ!? 空気じゃなくてお好み焼きたい焼きを詰めろよ、そのスペースに!


「わ、わたしが、代わりに食べます! これはこれで、美味しいですので!」


 うむ、ジネットがなんか無理をしている。

 いいよ、別に。無理矢理食べなくても……俺は好きだもん、お好み焼きたい焼き。いいもん一人で食べるもん。


「ぷーん、だ」

「はぁあ……ヤシロさんが拗ねてて、なんだか可愛いですっ!」

「……店長さんだけさね、アレを可愛いと思うのは」

「店長さんは、たま~に変なスイッチが入るです」

「……おそらく、空気感染」


 おいこら、マグダ。「何が」空気感染したと言いたいんだ、お前は?

 ジッとこっちを見るんじゃねぇ。


 まぁ、しかし。

 いきなり何種類もあると方向性がブレるか。

 まずはオーソドックスなあんこで知名度を上げて、「こんな味もある!」ってバリエーションを増やしていくのがベストだろう。


「あんこ以外にも、うぐいすあんや抹茶あん、カスタードクリームやチョコクリームとかを入れても美味いんだぞ」

「……それは興味深いっ」

「是非作ってほしいです!」

「アタシ、カスタード食べたいさね!」


 お前ら、ルールや邪道がどうこう言ってなかったか? ん?


「とにかく、あんこの味が安定して定着するまでは他の味は解禁しない。まずはあんこで人気を得るんだ」


 お好み焼きたい焼きも否定されたしね!


「……売り込む」

「頑張るです! カスタードのために!」

「ア、アタシも協力するさね! ウチの連中にも買わせるっさよ!」

「……デリアも引き込む」

「それはいいです! デリアさんなら四百個くらい余裕です!」

「それだけ売れれば、カスタードが登場するさね!」


 お前ら、甘い物のための結束力凄まじいな。

 で、それ「安定」とも「定着」とも言わないから。


「あ、そうでした。デリアさんといえば」


 ジネットがたい焼き片手に手をぽんと打つ。

 尻尾を摘ままれたたい焼きがゆらりと揺れ、その向こうで大きな膨らみがぽぃんと揺れる。


「ふむ……揺れたな」

「どっちがさね?」

「……愚問」

「聞くまでもないです」


 俺の背後から質問と回答がテンポよくもたらされるが、そちらは無視しておく。

 ジネットが何かを言いたそうにこちらを見ている。聞いてやらねば。


「人の話を聞く時は視線を合わせるのが礼儀だが、照れて視線を合わせられない時は首の下あたりを見ていればいいんだっけな?」

「鼻の上あたりさよ!」

「……乳をガン見は尚失礼」

「そっちの方こそが照れるべき事由です」


 俺の問いにテンポよく回答が返ってくるが、まぁ、それらも無視しておく。

 鼻の上なんぞを見て何が楽しい。


「それで、デリアがどうしたって?」

「あの、ヤシロさん……もう少し視線を上げてくれませんか?」

「ごめん。視線が谷間に挟まって抜け出せないみたいだ」

「ヤシロさんっ」


 やや強くなった語調に視線を上げると、ジネットが両頬をぷっくりと膨らませていた。

 あれ、俺なんかいいことしたっけ? 今、ご褒美的なものもらってる気がするんだけど。


 目の前にぷっくり膨らんでいる物があれば押したくなるのが人間というもので……

 俺は膨らんだその両頬を親指と人差し指で押し潰した。


「ぷしゅ」と、ジネットの口から空気が漏れ、ジネットの顔が真っ赤に染まる。


「ふにゅっ!? も、もう、もう! なにするんですか!? わた、わたしは怒っているんですよ、むぅ!」


 あれ? 俺やっぱ、なんかいいことしたっぽいな。

 凄く可愛いものが目の前で展開されている。


「こんなに緩みきった男の顔ってのも、なかなか見れるもんじゃないさね……」

「……店長は一挙手一投足、すべてが萌え要素」

「無自覚なのがさらに凶悪です」

「も、もう。みなさんも変なこと言わないでください。わたしは怒っているんですよ」


 自称「怒り」という名の「癒し」を辺りに振りまくジネット。

 ノーマなんか、仕事で溜まった疲れが癒されていくような顔をしている。おそらく、マイナスイオンでも出ているんだろう、ジネットから。


「むぅ! もう、デリアさんが『足漕ぎ水車の回転が悪くなってガタガタし始めたから見てほしい』って言いに来たこととか教えてあげませんもん!」

「えっ、もうガタついてんのか足漕ぎ水車?」

「ヤ、ヤシロさん、どうしてそのことをっ!?」

「あれ? 店長さんって、こんなに天然だったかぃね?」

「……ノーマは店長の天然を過小評価している」

「店長さんの天然は、四十二区随一です」

「そ、そんなことないですよ!?」


 やはりというか、ジネットと長くいると、その天然振りを目にすることは多くなるようで、マグダもロレッタもきちんとその辺を理解していたようだ。

 俺がいない時でも散々やらかしたんだろうなぁ。容易に想像出来るぜ。


「ジネット……お前がナンバーワンだ」

「そんなことないですっ!」


 むぅむぅと、腕をふりふり、たい焼きをゆらゆらさせるジネット。


「確かに、ちょっと……のんびりしているところは、ありますけれど……」


 ちょっと……か?


「で、でもっ、それならシスターだって!」

「もぐっ!? もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐぐ!」


 矛先を母へ向けるジネットと、それを否定している――らしいベルティーナ。

 あぁ、うん。ベルティーナも相当なもんだよな。「もぐもぐ」で否定出来てる気になってるあたりが、特に。


「もぐもぐ……ごくん。私は、ジネットほどおっちょこちょいさんではないですよ」

「シスターは以前、『頭上注意』の看板に頭をぶつけていました!」


 うわぁ、おっちょこちょいだ。


「そ、それなら、ジネットだって。干したお布団をしまいに外に出たら、思いの外日差しが気持ちよくて、ちょっと街道を散歩したくなって、散歩を楽しんだ挙げ句にお布団をしまい忘れて家に入っていったではないですか!」


 おっちょこちょいだ!?


「それならシスターだって!」

「やめるさね、二人とも。……ヤシロがなんだか癒されてるさよ」

「はぅっ!?」

「ヤ、ヤシロさん。笑わないでください! 私はおっちょこちょこちょいではありませんので!」


「おっちょこちょい」がまともに言えないくらいにおっちょこちょいなベルティーナ。

 なんだろう、この母娘。見てると癒やされる。


「……ノーマにも、そういう癒されエピソードが存在すれば……」

「ですねぇ。男性はそういうのに弱いそうですし、もう少しくらいは……」

「何が言いたいさね、マグダとロレッタ!? アタシにだってあるさよ、可愛いおっちょこちょいエピソードくらい!」


 なぜかムキになるノーマ。

 しかし、ノーマのおっちょこちょいエピソードは聞いてみたい。

 さぁ、聞かせてもらおうか!


「えっと……アタシが前に、お手洗いにお花を飾ろうとした時の話なんさけど」

「……キャラを履き違えるという、高度なおっちょこちょい」

「妖艶とメルヘンは共存出来ないです!」

「うるさいさね! そこはどうでもいいんさよ!」


 メルヘンでセクシーなノーマのことだ。

 きっと「花で飾る」ではおさまらず「埋め尽くす」くらいまでいってしまったのだろう。……おっちょこちょいめ。


「ちょっと夢中になって、気が付いたらお手洗いが花に埋まっていたんさね……」


 な?


「で……数週間して、花が枯れたら…………その後に夥しい数の虫が……っ!?」

「「「ぎゃああああ!?」」」


 想像しちまった!?

 物凄いぞわぞわした!


「おっちょこちょいの範疇超えてるです!」

「……マグダは金輪際ノーマの家のお手洗いを使用しない」

「違うんさね! 自分の色を出したくて、ミリィに許可をもらって森に採りに行ったんさね! 自分の思うままに花を摘んでいたら、大量に虫を呼び寄せる系の花がいくつも含まれていたって、後日ミリィに聞かされて……」

「詳しい説明いらないです!」

「……ノーマ、ちょっと離れて」


 マグダとロレッタがノーマからスススッと距離をとる。

 俺も、半歩下がる。

 えぇい、ぞわぞわするっ。


「まったく癒されなかったです」

「……店長との明確な差は、そういうところに出ている」

「美人で気立てがよくて巨乳でも独り身なのには理由があったです」

「……天然は、微笑ましいレベルを超えると害悪」

「散々な言われようさね!?」


 思いがけず、ノーマの秘密を垣間見てしまった。

 天然って、許される範囲ってのが、あるよな。うん。


「やっぱり、店長さんがナンバーワンです」

「……クイーンオブ天然」

「う、嬉しくないですよ!?」

「害のない天然は誇るべきです!」

「誇れません!」

「……歩く萌え要素」

「そんなことないですもん!」

「最強おっぱい」

「ヤシロさん、懺悔してください!」


 また俺だけ……


 からかわれて顔を真っ赤に染めるジネットを眺めているのも乙なものなのだが……

 その向こうで不服そうにむくれるベルティーナと、悲しそうに肩を落とすノーマが視界に入って……微妙な気持ちになる。


 その後、ジネットは照れ隠しから、ベルティーナは元気を取り戻すために、ノーマは傷付いた心を癒すために、それぞれが同時にたい焼きへとかぶりついた。

 たい焼きには、心を落ち着ける要素がある――のかも、しれない。



 いや、ないけどな。






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