216話 『宴』の準備2

「要するにさね、起点となるピニオン歯車と、こっちの大きな歯車の間にアイドラ歯車を噛ませてやれば、余計な負荷を分散させて振動を抑えることが出来るんさよ。だからさね、ここで使っている皮のベルトをやめて、代わりにこっちの歯車にチェーンを噛ませてやるとさね……」


 熱い。

 熱いよ、ノーマ。


 たい焼きの金型を依頼しようと金物ギルドへやって来た俺は、金物通りに入ったあたりでノーマを見かけ――いや、発見されて、捕縛された。拉致だ。拉致からの軟禁だ。


 俺を工房へ連れ込んだノーマは、俺が留守の間に作ったといういくつかの歯車を並べて、そのピッチがどうとか、噛み合わせの時の摩擦がこうとか、素材がどーした、構造がこーしたという話をノンストップで語り続けている。

 物凄いハイテンションだ。徹夜明けかよ……


 しまったな。もう少し定期的に顔を見せておくべきだった。いくら俺がこういう話に造詣が深いといっても、こうまで暑苦しく語られては堪ったもんじゃない。……つか、つらい。


「ノーマ、分かった! 分かったから、一回落ち着け!」


 まぁ、要するに、ピニオン歯車(回転の力を直線へ変換する役割を持つ歯車)に極端な負荷が掛かっていたので、アイドラ歯車(≒遊び歯車)という、一回り大きい歯車を間に挟んで巨大な歯車を動かすための負荷を軽減させてやろうという話だ。


 ミニ四駆で例えると、ピニオン歯車ってのは『モーターにくっついている小さい歯車』だ。それはとても小さな歯車で、モーターからの力で回転し続ける。

 こいつを起点にベルトや歯車を連結させて一つの機構(ミニ四駆本体)を動かすわけだ。

 だが、小さな歯車で大きな歯車を動かすには相当な負荷が掛かる。

 ドアノブが取れたドアを開けるのが難しかったり、ハンドルが取れた自転車を運転したりするのが困難だったり、柄の細いネジ回しでネジをきつく締めるのが苦行なように、小さな物に大きな力を加えるのは難しい。トラックや大型バスのハンドルが乗用車よりも大きいのは、直径を大きくすることで必要となる力を軽減させる狙いがあるためだ。


 小さな歯車で大きな歯車を動かすには相当なパワーが必要となり、また止める時にもかなりの負荷が掛かる。

 結果、着地直前に「がっこんがっこん」してしまうわけだ。


 ――と、そんな話を延々と聞かされて早一時間。泣いていい?


「制御盤の方ばかりに気を取られていたんさけど、設計図から見直したらピピーンとひらめいてねぇ、それでアタシはもう一度一から設計を……」

「ノーマ、顔! 顔近いから!」


 それ以上近付くと不可抗力でチューしちゃうぞ!


「ぬわはぁっ!?」


 ようやくノーマが自分の状況を理解し、物凄い速度で後退していく。

 お乳が一瞬無重力状態になり、壁際まで下がったところで「ゆっさり」とゆっくり波打った。相変わらず柔らかそうだ。

 弾力のデリア。

 マシュマロのノーマだな。

 どちらも捨てがたい。


「柔軟剤のCMに起用されたら、爆発的に売れそうだな」

「なんの話をしてるさね!? あぁ、いいさね、言わなくても分かってるさよ!」


 やわふわおっぱいを抱き、ノーマが恨めしげに睨んでくる。

 少しくらいいいじゃねぇか。

 二十四区遠征中は乳率が激しく節約されていたんだから。省スペースが過ぎるのも考えものだな。


「とどけ~る1号の改良もいいんだが、その前に作ってほしい物があるんだ」

「なんさね!?」


 歯車を握りしめて急接近してくるノーマ。

 お前も社畜魂燃やし過ぎじゃないか? 仕事って、適度に忙しいくらいがちょうどいいんじゃないかなぁ。過労で倒れるぞ。


「金型を頼みたいんだ。ベビーカステラと同じ構造で」

「また新しい食べ物を作るんさね? ヤシロもほとほと仕事好きさねぇ」

「いや、お前とジネットにだけは言われたくねぇよ」


 もっとも、この街の連中は自分の仕事が好き過ぎるヤツらばかりだが。


「それで、今度はどんな形なんさね?」

「原型は木で作ってきたんだ。こいつで鋳型いがたを作ってくれるか?」


 熱した鉄を型に流し込んで作成する鋳造ちゅうぞう。その型を鋳型といい、この鋳型の善し悪しは職人の腕によって大きく左右される。

 ノーマんとこは、木で原型を作り、鋳型用の砂の中に原型を埋めて、その砂を固めることで鋳型を作成している。

 砂が固まれば、原型の形だけ綺麗にへこんでいるってわけだ。


 もっとも、今回は凹凸が逆なので、もう一回型を写す必要があるけれどな。

 鯛の形の鉄を量産するのではなく、鯛の形に焼ける型を作ってもらうのだから。


「ちょっと変わった形なんだが、綺麗に出そうか?」

「ちょっと見せておくれな」


 興味津々のノーマにたい型を手渡す。

 瞬間――


「きゅんっ!」


 ノーマのときめきが、声となって聞こえてきた。

 いや、「きゅんっ!」って言わなくても……思わず言っちゃうものか、「きゅんっ!」って?


「かっ、かわっ、かわ、かわい、かわいいさねっ!」

「そんな形の食い物なんだが……」

「こ、これが食べられるんかぃ!?」

「『これ』は木だから食えねぇぞ!」

「食べてみたいさね!」

「完成したらな!」


 なんだか、しっかり否定しておかないと木型を貪り食いそうな勢いだ。


「はぁぁああ……こんな可愛い食べ物が陽だまり亭で食べられるんさねぇ…………通うことになりそうさね」

「なぁ、可愛い食べ物って、どうなんだ?」

「いいさね! 凄くいいと思うさね!」


 熱い!

 だから熱いって、ノーマ!

 熱く語り過ぎて、おっぱい超揺れてるから! ホントありがとね!


「お前ら、ウサギさんリンゴで泣くほど拒絶反応見せてたじゃねぇかよ」

「…………? なんでここでウサギさんリンゴが出てくるさね?」


 ……こいつら、マジでウサギさんリンゴとたい焼きは別物扱いなんだな。

「可愛いのに食べたら可哀想!」って意見はどこ行ったんだよ?

 ウサギの虐殺シーンは目を背けたくなるけれど、白魚の躍り食いは「美味しそう」って思っちゃうような感じなんだろうか……

 じゃあ、どこかにはいるかもな、「たい焼きを食べるなんて可哀想!」って層が。


 まんじゅうの『ひよ子』や『鳩サブレ』も、可哀想っていう派と気にしない派がいるからな。

 俺はとりあえず頭から食うけどな。……あんなもん、頭さえなくなればただのまんじゅうとサブレだ。


「ヤシロ、すまないけれど二時間おくれな! すぐに作ってみせるさね!」

「そんな急がなくていいから」

「他の仕事全部投げ打って、超特急で試作品を作るさね!」

「お前、仕事が好きなのか、適当にやってるのかどっちだよ!?」


 社畜かと思いきや、結構趣味を優先させてやがる。

 金物ギルドのギルド長はノーマを叱ったりしないのだろうか…………まぁ、あのおっぱいを見せられちゃ、叱るなんて不可能だろうが……俺も、おっぱいがなければ四発くらい殴ってるかもしれない。


「あぁっ! しまったさね……! 今日はトヨシゲが休暇取って三十五区に行っちまってるんだった……っ」


 また濃ゆい名前のオッサンが出てきたもんだな。……ん? なんでオッサンって決めつけるかって? どうせオッサンだろ、トヨシゲなんて。


「鋳型作りはトヨシゲが一番上手いんさよねぇ……トヨシゲの助手のゴリレアスで妥協を……いいや、ダメさね! こんな可愛い金型、トヨシゲにしか任せられないさね!」


 随分とノーマの信頼を得ているようだな、そのトヨシゲとかいうヤツは。

 四十二区の金型ギルドは何気にいい仕事をしてくれているからな、腕のいい職人なのだろう。イロモノばっかりが集うギルドではないってわけだ。ちゃんとしたヤツもいるのだろう。


「なんでこんな日に限って『三十五区のお花畑でネクター飲んでくるの~ん♪』とか言って出掛けちまったんだろうねぇ、あの胸毛オバケは!」


 あぁ……やっぱりイロモノか。残念だなぁ、金物ギルド。


「仕方ないさね! アタシが直々に鋳型を作るさね!」

「出来るのか?」

「舐めんじゃないさね。アタシはこれでも金物ギルドのエースなんさよ。どの工程も、他人に指導を施せるレベルで熟練してるんさよ」

「じゃあ是非、自前の型で『ぱい焼き』の金型を!」

「物が変わったさね!? 『たい焼き』の金型さね、作るのは!」

「どっちかっていうと『ぱい焼き』が食べたい!」

「あんただけさね、そんなもんを食べたがるのは!」


 バッカ!

 四十二区中の男が殺到するっつーの!

 もう特大サイズでお腹いっぱいだねって、みんな満足げに帰っていくっての!


「だいたい……そんな型、誰彼構わず見せられるもんかいね……特別な相手にしか見せられないさね」


 そうやって選り好み出し惜しみしているから現状が……


「なんか言ったかぃね?」

「は、ははは、バカだなぁ。な、なんも言ってねぇじゃねぇか、あは、あはは……」


 マジもんの殺気だった。

 ノーマが本気を出せば、相手がデリアでも瞬殺出来んじゃねぇか?

 俺が野生動物だったら、今の瞬間森の奥へと逃げ込んでるな、絶対。


「任せるさね、ヤシロ。今回の鋳型、アタシが責任を持って究極に可愛く仕上げてみせるさね!」

「あんまり可愛くし過ぎて『食べるのが可哀想~』ってならないようにしてくれよ」


 っていうか、この型の通りに作ってくれ。


「ふふふ。ヤシロは意外とメルヘンチックなんさねぇ。食べ物の形で『可哀想』とか、なかなか思いつきやしない発想さね」


 いや、だから! お前らがな! 以前にさぁ!

 あの大食い大会の会場での大ブーイング聞いてたよね!?

 あれ、ただのリンゴだからね!?


 なんとも釈然としない思いを抱えつつ、俺は金物ギルドを後に……しようとして、一つ質問をぶつけてみた。


「なぁ。ノーマは『ベアリング』って知ってるか?」

「ふぇっ!? あ……あの…………け、結婚指輪……の、こと、かぃねぇ?」

「うん、それは『ペアリング』だな。そうじゃなくて、『ベアリング』だ」


 夢もクソもないとても現実的な、でもあると便利な機械工作品だ。


「聞いたことないさね」


 まぁ、そうだろうな。

 鉄球――それも、ベアリングに使用出来るような精度の球体を作るのはかなり難しいからな。


「どんなもんなんさね?」

「まぁ、大雑把に説明するとだな――大小二つの筒があって、その筒と筒の間に回転をよくするための鉄球が等間隔に配置されていて、摩擦抵抗をなくして軽い力で対象物を回転させるための道具だ」

「詳しく構造を教えてほしいさねっ!」


 めっちゃ食いついてきた!?


「い、いや、別に、どうしても必要ってわけじゃなくて、もしこの街にもあるならちょっと作ってみたい物があるかなぁ~みたいな感じで……」

「作るさね! 生み出してみせるさね! だから、構造を教えておくれでないかぃ!?」

「いやお前、鋳型を作るって……」

「どっちも作るさね! なぁに、寝なきゃ一日は結構長いもんさよ!」

「ちゃんと寝てお肌を大切にしろよ、嫁入り前の乙女!」

「肌なんか大切にしたって、もらい手が現れるわけじゃないさねっ!」

「お前、それ自分で言っちゃうのはどうなんだろう!?」


 頑張ろうよ、もっと!

 お前はかなりの優良物件なんだから!

 ただちょっと、周りにろくな男がいないだけで!


「ノーマは、ほんのちょっと頑張ればすぐにでも相手が現れると思うけどな」

「ふぇっ!? ほ、……ホントさね? なら寝てくるさね! 三日三晩!」

「情緒不安定か、お前は!?」


 はっは~ん。さてはこいつ、もうすでに何日か徹夜してるな?

 どうりで最初からテンションがおかしいと思った。


 ノーマに頼みたい物がいくつかあったんだが……こりゃ、あんまり無理はさせられないな。

 自分でなんとかするか。


「あっ! あぁっ! い、今、『自分でなんとかするか』みたいな顔したさね!」

「鋭いな、お前は!? 寝てなさ過ぎて感性研ぎ澄まされまくりなのか!?」

「泣くさよ! アタシの領分で、アタシをスルーすると、三日三晩陽だまり亭の前でしくしくしくしく泣き続けるさよ!?」

「なんの脅しだ!?」

「ちょっと待ってぇ~ん、ヤシロちゃ~ん」

「ぅぉおおおおおっ!? 急に出てくるなムキムキ!」


 大騒ぎするノーマに意識を取られていると、背後からそれはもうごつごつとしたぶっとい毛むくじゃらの腕が伸びてきて、俺の細い腰をぎゅっと抱きしめた。

 耳元で野太いオネエ言葉が聞こえる…………告訴するぞ?


「ノーマちゃんね。ここ最近、ずっとヤシロちゃんにほったらかしにされてスネちゃってたのよ。とどけ~る1号の失敗が尾を引いててねぇ、『アタシが不甲斐ないから、相手にもされないんさよ、きっと……』って、身体にいいハーブティを浴びるように飲んで……ううん、飲んだくれて!」

「健康そうな飲んだくれだな」

「絡まれるアタシたちは堪ったもんじゃないわよ! 夜中まで付き合わされて、お肌もボロボロよっ!」

「お前らは肌が綺麗になってもあり余るマイナス要因がデカ過ぎて気休めにすらならないんだから気にすんなよ!」

「そんなことないわっ! 見て、ほら泣きぼくろ!」

「心底どうでもいいな、そのアピールポイント」


 泣きぼくろがセクシーに見えるのは美人限定だ。

 そんな剛毛ヒゲとの境目にあるほくろなんぞ、虫が留まってるのと大差ねぇわ。


「ねぇ、ヤシロちゃん。アタシたちも死ぬ気で働く――ううん、働いて死ぬから、ノーマちゃんにお仕事させてあげて! 頼ってあげて!」

「分ぁーかったから、力の限りに抱きつくな! 折れる! そして、順番待ちみたいにずらりと並ぶなムキムキども!」


 うるうるとした瞳で俺を見つめるムッキムキのオッサン集団。

 ……なにこのB級ホラー。超怖いんですけど。


 そして、本当にノーマは寝ていないのだろう。ムキムキの言葉に一切の反応を示さなかった。……こんな状態で仕事を頼んだら倒れちまうだろうが。


「ノーマ」

「なんさね!?」


 爛々とした瞳が俺を見据える。

 ……大方、ウーマロと自分を比較でもしたんだろうな。向こうは上手くやったのに、こっちは……って。

 で、今回もまたウーマロの力を最大限借りようとしてるから…………こいつらにもそれなりの役目を担ってもらうか。負担増し増しで。


「とどけ~る1号は、後日一緒に改良しよう」

「一緒にさね!?」

「あぁ。俺もいろいろ意見を言わせてもらうよ」

「やったさね! ヤシロがいれば百人力さね!」

「……言っとくが、お前らの方がスペシャリストなんだからな? 参考意見程度だぞ、俺が言えるのは」

「ノンノン、ヤシロちゃん! そんなことないわ!」

「アタシたち、ヤシロちゃんがいるだけで頑張れちゃう!」

「そう、不思議な力が湧いてくるの!」

「え、これって――恋!?」


 いいや。お前らはただただ『濃い』だけだ。


「ヤシロちゃんがいてくれたら、とどけ~る1号もきちんと動作するわ、きっと!」

「さすがヤシロちゃん! 頼りになるわ!」


 まだなんもしてねぇっつの。


「頼りになる男の子って……ステキ」


 やめようかなぁ、手を貸すの!


「相変わらず、ヤシロはモテるさねぇ…………ぷぅ」

「おぉい、ノーマ。ふくれっ面は可愛いけど、甚だしく不愉快だな、その意見は」


 こんなハーレム、誰得だよ。

 いらんわ。


 あ~ぁ……もう。なんなんだろうな、この熱気は。


「んっと……じゃあ、たい焼きの鋳型はノーマに任せるとして、ベアリングを作るチームと、あと――熱伝導率が高くて高温に耐えられる金属を筒状加工するチームに分かれてくれ」



 もうこの際だ、思いついたことは全部やってやる。

 俺の脳内を『やけっぱち』という言葉が埋め尽くしていた。






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