215話 『宴』の準備1

 エビチリパーティーの翌日。朝。

 俺は一人で厨房にこもっていた。


 ――これは、賭けだ。

 それも、かなり危険な賭けとなる。


 俺はかつて、その危険性を理解せずに突き進み手痛い大失敗を喫している。

 惨敗。大敗北。爆死と言ってもいい。

 結局それは、別の場面で一定の効果を発揮し、諸般のトラブルを引き起こしたりもしたけれど、俯瞰的に見てみれば一定の成果はあったと思える程度の存在にはなった。

 だが、今もってなお市民権は得られていない。商品にはならない。

 一切の利益を生まない。


 そして今、俺はその苦い経験を踏まえた上で、もう一度同じ道を進もうとしている。

 それが、茨の道であると理解した上で……


 その先にある、莫大な利益のために――


「ジネット、エステラ、マグダ、ロレッ…………みんな、来てくれ!」

「なんで途中でやめたですか!? あと『タ』までいえばわざわざ『みんな』って言い直さなくてもよかったですのに!?」


 騒がしく真っ先に駆けつけ、俺の真ん前を陣取ったロレッタ。

 今日も面白いリアクションをありがとう。


「ここ最近、一日一回はお前のツッコミを受けないと気持ち悪くてな」

「一日一回どころじゃないです、あたしがお兄ちゃんにつっこんでるのは!」

「……今日はすでに十二回目(午前九時現在)」

「相変わらず騒がしいよね、ヤシロの周りは」

「賑やかで楽しいですね」

「……ジネットちゃんは甘やかし過ぎだよ、ヤシロを」

「そうでしょうか? 普通ですよ」


 うふふと笑うジネット。

 やれやれとため息を漏らすエステラ。

 半眼無表情のマグダ。

 普通なロレッタ。


 うむ。やはりそうか。


「笑う門には乳来る!」

「福だよ。来るのは!」

「ジネットはよく笑う! だから巨乳!」

「残念だったね、ナタリアはあまり笑わないけれどそこそこ巨乳なんだよ! ……認めたくはないけれどっ」


 おのれの発言に眉を寄せるエステラ。

 こんな綺麗な自爆もそうそうないよな。それにしてもこいつはよく自爆するなぁ。


 まぁ、それはさておき。


 俺は食堂へと一時的に追いやっておいた連中を厨房へと招集した。

 厨房から追い出されたジネットは終始そわそわしていたようで、厨房に戻ってくるなり満面の笑みを浮かべている。

 ……お前の巣か、ここは?

『入らない』のと『入れない』のでは、気分的に違うのだろうことは理解出来るけどな。


 で、俺が一人で厨房にこもって何を作っていたのかというと……


「……魚?」


 そう、魚の形をした――ホットケーキだ。


「ぅおっ!? ホントです、魚です!」

「へぇ、面白い形だね」

「……そこはかとなくリアル。けれどデフォルメされてもいる。絶妙なフォルム」

「なんだか、可愛いお魚さんですね」


 くっ……やっぱり可愛いか……

 この賭けは、負けか……?


 昨日、マーシャの発言を聞いて、俺の脳内に日本でおなじみのあの料理が、まるで天啓のように降り注いできたのだ。


 そう。

 俺は今、たい焼きを作ろうとしている。


 今川焼きが存在しているので、味は受け入れられるはずだ。

 そして、こうして形を作ることで、同じ材料でもその料理は特別な価値を生み出す。

 ウィンナーがタコさんになっているだけで、ちょっと得した気分になるアレだ。


 だが、この街の連中は『ウサギさんリンゴ』を心の底から拒絶した。

 大食い大会で俺がむさぼり食ってみせたら、号泣するヤツが続出したほどだ。


 ……あれは、軽いトラウマだ。

 まぁ、そのおかげで大食い大会に勝てたから、結果的にはよかったのだが…………もう二度と作りたくない。


 でもしかし、だがしかし!

 今またあえてたい焼きという危険な食べ物にチャレンジしているのは、この試練を乗り切った先に莫大な利益が見込めるからに相違ない。


 日本ではもちろん、アメリカでも人気のたい焼きだ。

 受け入れられさえすれば、ヒット間違いなしの逸品だ。


 ……だが。

 そうか……可愛いか…………もっとリアルにした方がよかったかな?

 俺が本気を出せば気持ち悪いくらいにリアルな魚を表現出来るのだが……そもそもそれはたい焼きのよさを殺すことになるのではないか?

 たい焼きは、可愛い食べ物だからこそ支持を得ているはずだ。


 くそぅ、ジレンマだ!

 可愛くないと意味がないくせに、可愛いと食ってもらえない!

 可愛いジレンマだ!


「ヤシロ。これは普通のホットケーキなのかい?」

「ん? あぁ。形以外はな」

「そうなんだ。じゃあ、みんなで食べよう」


 エステラは軽くそう言って、手元のナイフでホットケーキを四つに切り分けた。

 お魚にナイフ「サクー!」


「って、おい!?」

「えっ!? な、なに? 切っちゃマズかった?」


 いやいやいや。

 切って、なおかつ食ってくれて全然構わないんだが……躊躇いがなかったな。


「いいのか?」

「え、何が?」

「お魚さんだぞ!? 可愛い可愛い、お魚さんなんだぞ!?」

「ちょ、ヤシロ……何を興奮してるのさ?」

「ぶつ切りにしたら、お魚さんが可哀想だろうがっ!」


 感情が昂ぶり、目にうっすらと涙が浮かんでしまった。


「お魚さん、可愛いのにっ!」

「ヤシロ、怖い怖い! ちょっとキモい!」


 物凄く辛辣な暴言を吐かれてしまった。

 いやいや。これ、お前らが以前ウサギさんリンゴで見せた理解不能な反応と一緒だからな?


「あの、ヤシロさん」

「……ぐすっ!」

「は、洟をかみながらでいいので、聞いてくださいね」

「ぐじゅっ!」


 差し出された紙で洟をかむ。

 んぢーん!


「お魚さんは、切って食べるものですよ」

「……可愛くても?」

「そうですね。感謝の気持ちを込めて、美味しくいただくのがわたしたちに出来る最大限の礼儀だと思います」


 ……ということは、魚の形はOKなのか?


「……ウサギさんリンゴはダメなのに?」

「あぁ、なるほど。そういうことか」


 俺の試みを理解したように、エステラが大きく頷く。


「ウサギさんリンゴのような拒絶反応を、ボクたち――この街の人間が示さないかを試したかったわけだね」

「だからわたしたちを一度厨房から出したんですね。最初のインパクトを損なわないために」


 ジネットの言うように、第一印象とその時の反応を見ようという魂胆はあった。

 その昔、ウサギさんリンゴ誕生の瞬間に居合わせたこいつらに、その時と同じような状況で判断してもらいたかったのだ。


「お前らの感性は、俺には理解出来んところが多々あるからな」

「君に言われると、甚だしく心外だよ」

「……ヤシロの感性こそ独特」

「主に、おっぱいに関しての執着と嗜好は誰にも理解出来ないです」

「えっと、あの……誰も思いつかない素敵な発想をお持ちということだと、思います」


 精霊神を描けばキノコになって、ウサギさんリンゴで号泣するお前らの方が異常だっつうの。

 そのくせ、キノコを描いても精霊神だとは認められない。

 印象操作に乗りまくりなんじゃないのかと思わざるを得ないぞ、この街の連中は。


「デフォルメすればするほど神格化するじゃねぇか、お前らは」

「精霊神様を描いた絵画のことかい? あれはデフォルメじゃなくて『芸術』というんだよ」

「コミカルなキノコじゃねぇか、あんなもん」

「……君は、本当に芸術を理解しない男だね」

「でも、その感性がベッコさんの才能を見出した訳ですし、わたしは凄いと思いますよ」


 フォローをありがとう、ジネット。

 でもそのフォロー、「ヤシロさんは確かに芸術を理解していませんけれど」って前提のフォローだよな。


「あ、あのっ、わたしも、芸術のことはよく分かりませんので、偉そうなことは言えませんが!」


 俺の視線に気付いて慌てて弁解を述べる。

 いや、だから……「わたし『も』」って。


 俺は芸術を理解してるの!

 一体どれだけの名画を本物そっくりに模写して法外な値段で売り捌いたと……って、どうでもいいじゃねぇか、過去の話は! まったく!


「じゃあ、食ってみてくれ」

「はい。いただきます」

「ボクもいただくよ」

「……もぐもぐ」

「マグダっちょ、早いです!? こういうのはみんなで一緒に……って、もうみんな食べてるです!? あたしだけ出遅れたです!」


 慌ててホットケーキにかぶりつくロレッタ。

 口の周りにハチミツがたっぷり付いている。

 ……マグダがかけたんだな。たっぷり過ぎるだろ。


「ん~……っ、おいひぃれふっ」


 相変わらず、口の中に物を入れたまましゃべるジネット。

 母親譲りなんだろうな、きっと。ベルティーナそっくりだ。


「うん。普通だね」

「……普通」

「なんであたしを見ながら言うですか、エステラさんもマグダっちょも!?」


 味は普通の、食べ慣れたホットケーキだ。特に感激もなかったらしい。

 しかしながら、これは俺にとって望ましい結果だ。

 第一段階の、「そこそこリアルなお魚型」はクリアしたということだからな。


「では、これではどうだ?」


 そこで、いよいよ本命の、日本でよく見かけるレベルのデフォルメがなされた「一般的たい焼き型」のホットケーキを差し出す。


「わぁ! さっきよりも一層可愛いですっ」


 ジネットの瞳がきらきらと輝き出す。


「……マグダには、こっちの方が相応しい」

「ですね! さっきのはちょっとリアル過ぎて、気持ち生臭い気がしたです」

「それじゃ、こっちも食べてみよう」


 ナイフ「サクー!」


 やっぱり、躊躇いないな。

 ……なんでだろう。容赦のないエステラが鬼のように見えてきた。


「お前は乳も涙もない女だな」

「『血も涙もない』だよ! って、ホットケーキを切っただけで酷い言われようだね!?」


 リンゴを食っただけで大ブーイングを食らった俺に比べればたいしたこともなかろうに。


「こちらも美味しいです」

「うん。普通だね」

「……至って普通」

「だから、あたしを見ながら言わないでです!」


 これも普通に食べた。

 ……ウサギさんリンゴとの違いが分からん。


「それで、率直に聞くぞ。こいつは、受け入れられると思うか?」


 俺には分からんが、この街の連中には明確な差があるらしい『生き物の形をした食べ物』。

 こいつが市民権を得られるようであれば、たい焼きの金型をノーマに発注する。

 そして、……今川焼きのシェアを根こそぎ奪い取ってやるっ!


「問題ないとは、思います。ただ、わたしがこんなに上手に焼けるのか、まだ自信はないですけれど……」

「……マグダでも難しい」

「労力の割に、感動は少なそうです」

「味が普通だもんね」

「いや、違う違う違う! 形! 形だけ見て、嫌悪感とかないか?」

「……嫌悪感? なぜ?」


 心底意味が分からないという顔でエステラが小首を傾げる。

 ……なんだろう、この小馬鹿にされてる感じ。

 お前らの趣味嗜好が特殊だから最大限気を遣ってやっているというのに。

「最近の若いもんは理解出来ん」と嘆いているジジイって、こんな気持ちなんだろうか……


「形はとても可愛いので、子供たちには受けると思いますよ。……ただ、ここまで上手に作る自信が……」

「作り方は大丈夫! 簡単に作れるようにするから!」

「ヤシロさんにとっての『簡単』は、結構ハードルが……髪飾りも『簡単に作った』とおっしゃっていましたし……」

「いや、ホントに簡単だから! デリアでも作れる」

「……なら、誰でも作れる」

「デリアさんに出来るなら安心です!」

「あの、お二人とも……それはいささか失礼な気が……」


 マグダとロレッタが安堵の息を漏らし、ジネットが苦笑いを浮かべる。


「では、これの簡単な作り方を教えてください!」

「いや、これは難しいんだ! 焼き色を計算してお玉で絵を描くような感じでさ、そこそこ技術がいるんだよ」

「…………簡単じゃないんですか?」

「なんで泣きそうな顔してんの!? 作りたかったの!?」

「……はい」


 違うんだよなぁ!

 まず、この形が受け入れられるかを確認してから、焼き型を発注しようと思ってたんだよ。

 もしここで躓いたら、型を作ってもらっても全くの無駄になっちまうからな。


「……しゅん」


 なんか、ジネットが物凄く落ち込んでる……

 あぁ、もう。


「この形が問題なく食べられるなら、こういう形の変わった食い物を作ろうと思ってるんだ」

「ホットケーキ、ではなくてですか?」

「あぁ。俺の故郷の食い物で、名前はたい焼き」

「鯛? ですか?」


 ジネットが目を丸くする。

 こいつらが知ってる鯛は、セロンとウェンディの披露宴の時に出てきたカルパッチョくらいだろう。

 こんな内陸の、それも四十二区の人間が、そうそう鯛を食べているとは思えない。


 ジネットを見ると、指で空中に切り身っぽい形を描いている。

 切るな切るな。丸ごとだよ。


「出来映えは、こんな感じだ」


 と、昨日のうちに作成しておいた木製の鯛型を取り出す。

 ぷっくりと丸く、おなじみのたい焼き、あの形をしている。


「思ったよりもぷっくりしているんだね」

「……これは、可愛い」

「なんだか、ちょっと美味しそうに見えてきたです!」


 木型を見て、他の連中も興味を示し始める。

 ジネットも、少しだけ機嫌を直し始めたようだ。

 ……じゃあ、とっておきの情報をくれてやるか。


「こいつに小麦粉ベースの生地を流し込み、中にあんこをたっぷりと詰めて焼き上げる」

「えっ……!? あの、それって」


 料理人であるジネットはすぐに気が付いたようだ。

 このたい焼きが、今川焼き――自分の大好物と同じ製法だということに。


「きっと大ヒットする。俺の故郷では大人気のおやつだったからな」

「それを、陽だまり亭で…………」


 空中を見つめ、何かを想像し、ジネットの表情がぱぁっと明るくなる。


「はい! きっと大人気になります!」


 たい焼きが陽だまり亭のメニューに加わる。

 その事実が、ジネットの機嫌をMAXまで上昇させた。


 だが、金型を作るのにそれなりの金が掛かる。

 ヒットさえすればすぐにでも取り戻せるだろうが……


「だから、もう一回真剣に考えて、俺の問いに答えろ」


 この事業が成功するかどうかの大切な問いだ。


「このたい焼き、流行ると思うか?」

「はい。思います」

「……明々白々」

「あたし、いの一番に食べたいです!」


 ま、一番最初に食うのはジネットなんだろうけどな。いつものごとく。


「エステラ。お前の見解は?」

「随分と慎重になった君に、ちょっと驚いているよ」


 んな感想は求めてねぇよ。


「けど……うん。大丈夫じゃないかな。あとは、味次第だよ」


 赤い髪を揺らして、小生意気な笑みを浮かべる。

 あほたれ。

 味は折り紙付きだっつの。


 以前は断念したが、今は砂糖も小豆も上質な物が手に入る。

 小麦も、アッスントが自信を持って勧める上質な物がある。

 失敗する要素はない。


 ……ふふふ。

 これまで市場を独占していた今川焼き屋よ、よく見ておくがいい。

 お前たちのボーナスステージはここまでだ。

 闇市を利用して私服を肥やした罰を、少しくらいは受けておくといい。


「んじゃあ、さくっとノーマに金型を依頼してくるぜ。完成したら、また試食を頼むな」

「はい! 任せてください!」


 ――と、元気いっぱいに返事をするベルティーナ。

 ……はは。やっぱり出てきたか。二日続けてご苦労なこった。予想はしていたが。

 だが、ちょっと遅かったな。ホットケーキ、もうねぇぞ。


「ジネット。ホットケーキの匂いがしますが?」

「え、っと……あの……」


 チラッとこっちを見るな、ジネット。

 わざわざ俺に伺いを立てなくても、作ってやればいいだろうが、ホットケーキくらい。


「新しい料理ですか?」

「いえ、今日作っていただいたのはホットケーキですよ」


 真偽を確かめるべく、俺の顔をじっと覗き込んでくるベルティーナ。

 疑うなよ……


「新しい食い物――たい焼きはまだ出来てないからな。試食は後日だ」

「いの一番に食べたいです」


 このシスター、ロレッタと同じことを……


「では、それまではホットケーキを食べて待つとします」


 じぃ~っとこっちを見るな。ジネットに頼め。

 あぁ、あと、試食でもなんでもない時はきちんと金を払えよ。……まぁ、ジネットが受け取らないだろうけれど。


 そんな、最近甘えることを覚えたベルティーナを見て、ジネットは「やれやれうふふ」みたいな、困ったような嬉しそうな、いつもの通りの「らしい」笑みを浮かべる。

 が、はたと何かを思いついたような、ハッとした表情を浮かべて、俺の顔をじぃ~っと覗き込んできた。

 ……なんだよ。母娘で似たような顔しやがって。


 そして、にやりと口角を持ち上げあくどい……とはとても言えないが、ジネットなりに精一杯あくどい感じを醸し出そうと心がけたのであろう表情を見せる。

 あぁ……ジネットの変なスイッチ入っちゃった。


「あのですね、シスター。先ほど、ヤシロさんがとても変わった、可愛いホットケーキを焼いてくださったんです。もう食べてしまって残ってはいないのですが」

「そうなのですか? それは見てみたかったですね」

「はい、是非お見せしたかったです。とても、とぉ~っても、可愛かったですので」


 ……なんだろう、この遠回しな催促は。


「ジネットがそこまで言うほどの可愛いホットケーキ…………見てみたかったですねぇ……しゅん」

「はい……お見せしたかったです……しゅん」

「なぁ、そこの母娘。『演技力』って言葉に聞き覚えないか?」


 どうせやるなら、もう少しマシな演技をしてみせろってんだ……ったく。そんなおねだりばっかり覚えやがって。

 可愛ければ俺がなんでも言うこと聞くと思ったら大間違いだぞ?

 俺はそんな甘々な親バカ野郎じゃないからな。


「……しゅん」

「……しゅん」


 一辺倒か!?

 他に策はないのか!?

 もっといいアプローチの仕方思いつかないか!?


「……ったく。どうにかしてくれよ、この母娘」

「あの二人をどうにかする方法は、君が一番よく知っているんじゃないのかい?」

「その手段を取らずに済む方法を教えてくれつってんだよ」

「あはは。ヤシロ。この世に存在しないことは教えられないよ」


 エステラめ。こいつはどうしてこう底意地が悪いんだ。

 俺が困る度に嬉しそうな顔をしやがって。

 たまには、「やめてあげて! ヤシロ君が困っているわ! 可哀想よ!」みたいな、俺に気があるクラス委員長的な発言の一つでも出来ないものかねぇ。そのあとで一緒に「ひゅーひゅー」言われようぜ。「ちょっ、ちが、そんなんじゃねーし」って、一緒に言い訳したりさぁ……


「お前、とりあえず三つ編みにしてメガネをかけてこい」

「え、なに? そういうのが好きなの、ヤシロ?」


 ばかもの。

 自分に好意を寄せるクラス委員長が嫌いな男なんぞ、この世界にも異世界にも存在しねぇわ。


「『お前、メガネかけてねぇ方が可愛いよ』とか言われてみたいと思わないのか?」

「それなら、かけなきゃずっと可愛いって言ってもらえるってことだよね?」


 違うんだよなー!

 なーんで分っかんないかなぁ!?

 ギャップじゃん!?

 ギャップこそが萌えるじゃん!?


「ジネット。私たちもメガネをかけてみませんか?」

「はい! では、レジーナさんとナタリアさんにお願いしてメガネをお借りしてきて、それから『……しゅん』としてみましょう!」

「はぁーいそこの二人、ストップだ。面倒くさい人間を二人も巻き込まないでくれるか、そんなことで」

「で、でも、『……しゅん』の効力が消えたら、もう一段階『萌え度』をアップしないと――」

「誰に教わったんだよ、そういう小細工を?」

「――マンネリになってもぅて、飽きられてしまうさかいな、って!」

「よぉし、犯人が分かった。あとでぶっ飛ばしておくからその情報を盲信するのはやめろ」


 どうしてあの引きこもり薬剤師は俺のいない間に余計なことばっかりして回ってるんだ?

 俺への嫌がらせが趣味なのか?


 だいたい、俺にはメガネ属性はねぇっての。


「……店長。実はここに、レジーナからもらった伊達メガネが二つある」

「前にマグダっちょと二人で『オシャレウェイトレスになろう大作戦』を決行した際に、レジーナさんに使ってないメガネをもらったです」


 こいつら、何やってたんだよ……


「……一度かけてみるといい」

「え、でも……いいんですか?」

「あたしもマグダっちょも、目の前に異物があると、なんか『むぁああ! 邪魔っ!』ってなっちゃって、全然着けてないです」


 ダメじゃん!?

 伊達メガネ全否定じゃん!?


「では、お借りしましょうか」

「はい。は、初めてで、ドキドキしますけど……」


 と、丸聞こえの作戦会議をひそひそとした後で、ジネットとベルティーナが伊達メガネを装着する。

 そして、二人揃ってこちらを向いて、上目遣いで俺を見つめてくる。


「せ~の」


 そんなジネットの合図で、二人は同時に同じ言葉を口にした。


「「……しゅん」」

「分かったよ! イラストホットケーキ教えてやるから! そのキラキラした感じのヤツやめろ!」


 くっそ!

 俺の中のメガネ属性を強引に目覚めさせやがって!

 めっちゃ可愛いじゃねぇか、メガネの上目遣い! ジネットに至っては谷間も見えて最強だね!


「ふぉお!? お兄ちゃんがあっさり陥落したです!?」

「……恐るべきメガネパワー」

「レジーナさんの言うことは正しいです!」

「……さすが、百戦錬磨の手練れ」

「待て待て待て! あいつの言うことを鵜呑みにするのだけはやめとけ!」


 何が『百戦錬磨の手練れ』だ。

 彼氏がいたこともない引きこもりぼっちが、いつ百戦も実践積んだんだよ。

 あいつは精々『百八煩悩の穢れ』くらいがお似合いだ。


「あれ、なんだろう……ちょっと乱視入ってきてるのかな、ボク……」

「お前も真に受けるな! メガネごときで優しくしてもらえると思ったら大間違いだからな!」

「三つ編みもつけるよ!」

「それは、クラス委員長という肩書きがあって初めて威力を発揮するんだよ!」


 こいつら、俺をお手軽に利用しまくるつもりか!?

 そうはさせるか!


「ヤシロさん」

「そろそろ、ホットケーキを……」

「「……しゅん」」

「それをやめぃ!」


 くそぅ……レジーナの入れ知恵のせいで、俺がとんだとばっちりを……この報いは必ず受けさせてやるからな!



 せっつくジネットとベルティーナに『……しゅん』禁止令を発令し、その了承をもってホットケーキの契約とした。

 お前らが食えないくらいに可愛いイラストのホットケーキにしてやろうか、っとに。


 向こうで伊達メガネをかけてチラッチラッとこっちを窺うマグダとロレッタはばっさりと無視して、ついでにメガネをかけたそうにしつつもマグダたちから袖にされているエステラも無視して、フライパンを温める。

 輪郭と、濃い色にしたい部分を先に焼き、数秒後に少し薄く色づけしたい箇所、最後に白く残したい箇所へと生地を流し込んでイラストを描き上げる。


 日本では割とメジャーなイラストホットケーキ。

 凝った絵を描こうとすればそれなりの技術は必要になるが、魚程度の単純なものなら、やり方さえ覚えれば誰でも出来る。


 ――と、ジネットに軽くレクチャーしたら、すぐにマスターしてしまった。

 ……さすがに、ここまで物覚えがいいと、ちょっと悔しいな。簡単だとは言ったが、そこそこ技術はいるのに…………


 だがまぁ、技術を覚えたジネットも、それを美味しく食っているベルティーナも満足そうだから、まぁいいか。


「じゃあ、ちょっとノーマのところへ行ってくるな」

「はい」


 厨房を出て、みんなが見送りに来てくれた――のは、いいのだが……

 さぁ、店を出ようとした時、ジネットがとんでもないことを言い出した。


「では、ヤシロさんが戻るまでにマスター出来るよう練習しておきますね!」

「いや、待て! そんなことしたら、今日のメニューが全部ホットケーキになっちまうだろうが!?」


 意欲に燃える瞳をキラッキラと輝かせているジネットをとりあえず落ち着かせ、俺は陽だまり亭を出発した。

 なんとか落ち着かせはしたが……まぁ、ジネットの「作りたいです!」欲求はそうそう収まらないだろう。


 願わくは、ジネットの練習が早く終わって、ホットケーキ地獄が早めに終結しますように。






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