213話 協力者たち
「おう、邪魔するぞ」
マーゥルのところへ行ってから早二日。
『宴』の準備は急ぎ足で進められている。
「おい、オオバ!」
様々な区にエステラから手紙を出してもらい、協力を仰いだり約束を取り付けたりしてもらっている。
昨日は丸一日執務室にこもりきりだったと、さっき教会で文句を言われた。
忙しい割には、朝食は食いに来るんだよな、あいつ。
「こら、無視すんな、オオバヤシロ!」
「あぁ、疲れてんだなぁ……リカルドの幻覚が見える」
「幻覚じゃねぇよ!」
むっきむきの肩を怒らせて、リカルドが俺を鼻息で吹き飛ばそうとしてくる。
あまりに荒い鼻息に、俺は服の裾を押さえて、地下鉄の風に煽られるマリリンモンローのようにセクシーで「わぁ~お」なポーズを取ってみた。
「リカルドのエッチ~(裏声)」
「気色の悪い声を出すんじゃねぇよ!」
「リカルドのエッチぃ~♪(低音)」
「いい声も出すな!」
低音を効かせた美しいバリトンボイスを披露してやったのだが、気に入らなかったらしい。
「で、なんだよ? 邪魔しに来たんなら帰れよ」
「邪魔しに来たんじゃねぇよ!」
「『精霊の……』」
「確かにさっきは『邪魔するぞ』と言ったけども、そのままの意味じゃねぇ……って、聞こえてたんならその時に返事しやがれ!」
俺の手首をガシッと掴み、俺の人差し指を明後日の方向へ反らしながら、リカルドがいつものように怒鳴っている。
こいつは怒鳴るのが仕事なのか? 騒がしい。
「相変わらず仲がいいね、君たちは」
ため息交じりにエステラが陽だまり亭へとやって来る。
朝飯を食った後一度領主の館へ戻っていたエステラが再度やって来た。
「お、ぺったんこ領主同盟そろい踏みだな」
「俺はそんな同盟に入った覚えはねぇ!」
「ボクもないよ!?」
「「いや、お前は入っとけよ」」
「うるさいよ、バカ二人!」
くっ、不覚にもリカルドと意見が合ってしまった。
なんてことだ。厄日だ。
「マーシャから返事が来てたよ。今日顔を出すってさ」
「おぉそうか。じゃあ、食材の件も?」
「OKだって」
よしよし。
これで魚介類が手に入った。
『宴』だからな。料理は豪勢にいかないと。
「ちょっと待てよ、コラ! 俺が先に来たんだから、こっちの話を先に聞けよ!」
「レディーファーストだよ、リカルド」
「誰がレディーだ」
「ぺったんこファーストだ、リカルド」
「……う、うむ」
「そこで黙るな! そして、誰がぺったんこか!?」
リカルドのついでに俺も怒られる。
まったく、リカルドのせいで……厄日だ。
「で、なんの用だよ? 『オオバヤシロ・感動のポエム集』は売ってないぞ?」
「いらんわ、そんな価値のないもん! 狩猟ギルドと話をつけてきてやったぞ」
「うむ、でかした!」
「どんだけ上から目線だ、テメェ!?」
「帰ってよし!」
「まだ話終わってねぇわ!」
「なんだよ。『エステラ・爆笑寝言全集』は予約制だぞ?」
「それは売ってんのかよ!?」
「……君たちの会話は、どうしてこう遅々として進まないんだい? あとヤシロ、売らせないからね?」
もちろん、『宴』には肉も不可欠だ。
なので、狩猟ギルドにも魔獣の肉を依頼しておいた。
行商ギルドを通して購入しないのには訳がある。
今回頼んだ肉と魚介類は、大ギルドである狩猟ギルドと海漁ギルドからの『贈呈品』という扱いにしてもらうのだ。
大ギルド協賛の盛大な『宴』ということになれば、ドニスも出て来やすくなるだろう。
権力をちらつかせた接待ってのは、威力抜群なのだ。
『BU』との対決の際に、二十四区をこちら側に引き込むのに十分な効果を発揮してくれることだろう。
アッスントには話をつけてある。
そういう理由だから口を挟むなよと。
アッスントも、豆板醤の件があるので、目先の微々たる利益に目くじらを立てるようなことはしなかった。ただ、『宴』に一枚噛ませろとは言ってきたが。
行商ギルドも全区に影響力のある大ギルドだ。
協賛に名を連ねてもらうのは構わない。
要するに、「ウチの食材も使え」(=「たくさん買え」)ということだ。
「あぁ、それからな。メドラから伝言を預かってきたぞ」
「……め、どら?」
「嘘だろ、オイ!? どうやったら、あんな強烈な生き物を記憶から抹消出来るんだよ!?」
ちっ、……うっせぇな。
忌々しいことにはっきりと覚えてるよ。つか、海馬に焼きついて消えやしねぇよ。
今記憶喪失になったら、メドラのことだけしか思い出せないんじゃないかって恐怖を感じるレベルで克明に記憶しちまってるよ。
「で、ゴモラがなんだって?」
「メドラだよ! なんか、むしろそっちの方がイメージぴったりだけど、メドラだからな!」
メドラメドラと連呼するな。
脳に深刻なダメージが生じたらどうするんだ。
「『何か困ったことがあったら、全力で力になる』だとよ」
「その発言をした張本人に困らされることが多いんだが?」
「そこは我慢しろ。メリットとデメリットはセットで甘受するべきだ」
……デメリットが強烈過ぎだろうが。
「あぁ、あと……まぁ、これは聞くか聞かないかはテメェの好きにすればいいんだが」
「じゃあ聞かない」
「『また会いに行くからね、ダーリン(はぁ~と)』だそうだ」
「聞かねぇつったろうが! 言うんじゃねぇよ!」
脳が!
俺の脳に深刻なダメージがっ!?
「『寂しくなったらいつでも会いに来てね(だぶるはぁ~と)』とも言っていたな」
「誰が行くか!」
「『寂しくなったら会いに行っちゃうかも、きゃっ(とりぷるはぁ~と)』とも言っていたな」
「封鎖を! エステラ、今すぐ四十一区との間に強靱な壁を作るんだ! 魔物が来るぞ!」
「そんなことしたら、二十四区に行けなくなるよ? 『宴』するんでしょ」
バカなっ!?
俺の身がどうなってもいいというのか!?
犠牲の上に成り立つ平穏なんて、そんなもんはまやかしに過ぎないんだぞ!
「よし、伝言は全部伝えたから、俺の仕事は終わりだな」
「帰れ! 二度と来るな、このむきむき領主!」
「ふふん、喜べオオバヤシロ。今日はここで飯を食っていってやろう」
「帰れ!」
コノヤロウ、してやったりみたいな顔しやがって。
「おい。誰か、接客しに出てこい」
偉そうに椅子に座り、ウチの店員に接客を強要する悪の領主リカルド。
こんなに極悪な人間を、今まで見たことがあるだろうか。
「なんて横暴なヤツだ」
「食堂で接客を求めるのは普通だろうが!」
「……呼んだか、横暴領主」
「こっちからは一切呼びもしてないのに、いらっしゃいです」
「なぁ、お前ら。『接客業』って理解してるか? あと、『領主』って分かるよな!?」
能面のような顔でリカルドの前に立つマグダとロレッタ。
当店は客を選ぶ食堂なのだ。
「……ご注文は?(どうせまた肉なんだろうけど)」
「心の声がはっきり聞こえてきてるぞ、トラの娘!」
「ご一緒に飲み物はどうです?(肉とか)」
「肉は飲み物じゃねぇよ、普通っ娘!」
こいつは、ここに来ればこうやって遊ばれると分かっているのに、なんで何度も足を運ぶかなぁ?
ドMか?
ドMなのか?
「あ、リカルドさん。いらっしゃいませ」
「おぉ、店長か。ようやくまともなヤツが出てき……」
「麻婆茄子がお勧めですので、それにしておきますね」
「ちょっと待てぇ! お前だけがこの店の良心なんだぞ!? お前までオオバ色に染まったら、この店終わりだからな!? マジで終わるからな!?」
厨房からちょこっと顔を出し、すぐさま引っ込むジネット。
どんなに声を張り上げても、ジネットが再び顔を出すことはなかった。
この次出てくる時には、お盆の上に麻婆茄子が載っていることだろう。
「ジネットちゃん、今は『作りたい時期』なんだね」
「あぁ。もう完璧にマスターしたはずなんだが、『まだよくなるはずです! 奥が深いです、この料理!』って、妙に張り切っちまってな……」
「とんでもない料理を持ち込んだみたいだね、君は」
作り手によって味がまったく変わるからな、麻婆は。
ジネットが夢中になったせいで、店の中が中華の匂いに満たされている。……食堂、なんだけどなぁ、ここ。
「やっほ~☆ 遊びに来たよ~☆」
ドアが開き、中華の香りが外へと逃げていく。
店に入ってきたのはマーシャとデリアだった。
「随分早かったね」
「うん☆ デリアちゃんが迎えに来てくれたから」
「ちょうど三十五区まで行く用事があったんだよ。そしたら偶然マーシャに会ってさぁ」
それで、これ幸いと連れてきてもらったらしい。
しかし、デリアはちょいちょい三十五区に行っているようだが、何をしているんだ?
そもそも、デリアとマーシャはどこで知り合ったんだろうか。
「三十五区の川漁ギルドのギルド長がさ、あたいの親父の弟子でさ。あたいが子供の頃から知ってんだよ」
「弟子って……師匠の方が格下の区にいたのか?」
「ヤシロ……格下って…………まぁ、事実だけどさ」
エステラがぷくっと頬を膨らませる。
いちいち気にするなよ、そんなもん。
「親父は四十二区の川を気に入ってたからなぁ。野性味溢れるってよく褒めてたよ」
「……ごめん。それは、他の区ほど整備されていないということなんだろうね」
だから、いちいち気にするなってのに。
そのおかげで、デリアみたいな使えるヤツがここにいてくれるんだからよ。
「なんかさ、水不足で川の水位が下がってるみたいでさぁ、農水池に水を送る用水路が干上がってんだってさ。で、なんかいい方法はないかって聞かれたんだけど……なんかいい案ないかなぁ?」
「それ前に解決させたよな、四十二区で!?」
「ん?」
「忘れたのか!? 足漕ぎ水車を作ったろ!?」
「あぁ! アレ面白いよな! 今でも子供らがよく遊びに来てるぞ」
「遊具じゃねぇんだ、アレ!」
こいつ……水不足が一段落したせいで、すっかり足漕ぎ水車本来の目的を忘れてやがる……川の水位はまだ元に戻ってねぇだろうが。
「じゃあ、今度ウチの川に来てもらえばいいか」
「そうだね。なんなら、足漕ぎ水車をルシアさんに紹介してあげるよ。買ってもらえばウチも助かるしね」
しれっと、足漕ぎ水車の権利を自分のもののように言っているが、エステラよ、報酬は寄越せよ? うまい思いしたのなら、それに見合うだけの、な?
「あ、そうそう。ルシア姉っていえば~」
マーシャがぱしっと手を叩き乳を揺らす。
「……ヤシロ。めっ」
くっ。
最近鋭くなってきたな、マグダ。
「ルシア姉からも、ヤシロ君に伝言預かってきてるよ~☆」
「俺に?」
エステラへの伝言なら、なんとなくありそうなもんだが、ルシアが俺に?
なんだろうか、想像がつかない。
「『ハゲろ、カタクチイワシ』だって~☆」
「どうでもいい伝言を持ってくるな!」
「絶対伝えてくれって言われてたからぁ~☆」
「あいつは俺に何を伝えたかったんだ!?」
「『構ってくれなくて寂しい』ってことじゃないのかなぁ~☆ ねぇ~☆ にやにや☆」
何をにやにやしてやがんだ。
ルシアがそんなことで寂しがるかよ。
大方、俺たちが二十四区で『宴』を開催するって聞いて、「そういえば二十四区の教会には獣人族がわんさかいるんだったな……おのれ、なぜ私を呼ばない!? カタクチイワシめ!」みたいなことに違いない。……重症だな、どいつもこいつも。
「領主は変人ばっかりだな」
「「一緒にするなっ」」
エステラとリカルドが声を揃えて言う。
そして、エステラが物凄く嫌そうな顔をした。お揃いが不服らしい……ぷっ。
「お魚は、表の水槽に入れてあるからねぇ~☆」
デリアにお姫様だっこされながら、マーシャが表を指差す。
店内に入る時はいつも水槽付き荷車から降りているマーシャ。まぁ、デカいからな、こいつの荷車は。
そこに魚が入っているということは……
「マーシャと混浴していた魚たちか…………エキスが……っ!」
「刺すよ?」
「殴るぞ?」
おぉう!?
エステラの「刺すよ」は、もはやお約束のギャグっぽいのだが、デリアの「殴るぞ」はマジでシャレにならん。なぜデリアまでもが、そっちの立ち位置に。
「お待たせしました、麻婆茄子です!」
意気揚々と、ジネットが麻婆茄子を運んでくる。
そして、有無を言わさずリカルドの目の前へと置く。うん。食えってよ。そして、金を払えってよ。
「……ちっ。頼んでもねぇもんを……まぁ、今回はこれで我慢してやる」
そんな悪態を吐いてリカルドが麻婆茄子を一口、口へと運ぶ。
「――んっ!? 美味ぇ!」
思わず漏れたのであろうリカルドの言葉に、ジネットが手を合わせて喜ぶ。
今回の味付けは自信があったようだ。
「歯応えこそねぇが、こいつはぴりっと辛くて美味ぇな!」
がつがつと流し込むように麻婆茄子を搔っ食らうリカルド。
頬をぱんぱんに膨らませてもっしゃもっしゃと咀嚼している。……行儀の悪い食い方だな。野性味、溢れ過ぎだろう。
「しかし、ジューシーで美味いな! なぁ、この黒いのは何肉だ?」
「え…………あの……」
ジネットが視線で助けを求めてきたので、「言っていいぞ」と首肯で返す。
「それは……茄子、です」
「「「「ぶふぅー!」」」」
エステラとマグダとロレッタ、そしてマーシャが一斉に吹き出す。
「な、茄子を『何肉だ』って…………ば、バカ舌がいる……っ!」
「……舌までバカ」
「ちゃんと野菜食べないから味が分からなくなるですよ」
「あぁ~、私も茄子肉食べたいなぁ~☆」
「やっ、やかましいぞ、テメェら! しょうがねぇだろ! 初めて食った料理なんだからよ! それに、肉の味もしてるし! 見た目も肉っぽいし!」
牙を剥いて怒鳴り散らすリカルドだが、顔が真っ赤だ。
見た目、肉っぽいかぁ~? くすくすくすっ。
「ミンチ肉が入っていますので、お肉の味はしますよね。それに、肉汁もたっぷり入っていますし」
「だよな! な! だから、茄子と肉を間違うこともあるよな!?」
「え…………あの……わたしは、その……本業、ですので」
「ジネットちゃん、遠慮しないで『ないよ、バカ舌』って言ってやっていいよ」
「そんなことは……」
「ねーよ、ばーか」
「お前が言うな、オオバ! 折角の店長の心遣いを踏みにじんじゃねぇよ!」
まさか、茄子と肉を間違えるとは……
どこかの寺がやってる『お肉みたいな精進料理』とか食わせたらコロッと騙されるだろうな、こいつ。
「け、けど、お口に合ったようでよかったです」
ジネット必死のフォローにも、リカルドは赤い顔のまま肩を落としている。
「専門分野なら間違わねぇよ……野菜とか、専門外だっつうの……」とか、往生際悪くぶつくさ言っているが、その専門分野と間違ったんじゃねぇかよ。
「店長さん、私もそれ食べてみた~い☆ お魚と間違えるような感じで作って~☆」
「いえ、そういう料理ではありませんので……」
別の食べ物と錯覚させるための料理ではないので、当然魚っぽい麻婆茄子などは作れない。
まぁ、似た材料で作るとしたら……
「エビチリとかなら作れるかもなぁ……」
無意識に零れ落ちた自分の言葉を、俺は一瞬で後悔した。
「なんですか、それは!?」
「なんだかとっても美味しそうな料理だね☆」
「ヤシロ、君はそれが作れるのかい!?」
「……マグダがマスターするべき料理の予感」
「はいはい! あたしも食べてみたいです!」
物凄い勢いで女子たちが食いついてきてしまった。
特にジネットの勢いが凄まじい。……お前、まだ麻婆茄子を改良して楽しんでる段階だろうに……
「あぁ……いや…………まぁ、なんだ。あはは」
とりあえず誤魔化そう。
ここでエビチリなんかを伝授したら……陽だまり亭が中華料理屋になっちまう。
「そんな大した料理じゃねぇよ」
「『精霊の……』」
「わぁ、バカ、待て、エステラ! 嘘ウソ! 超美味い料理だから! 認めるから指を向こうに向けろ!」
やばい……変なところで弱みを握られてしまった。俺としたことが……
「じゃあ、教えてくれるかい? 何を隠そう、ボクはエビが結構好きなんだ」
「私はだぁ~い好き☆」
「ヤシロさん! わたし、そのお料理がどんなものなのか、知りたいです!」
「私も興味があります!」
「やっぱり出てきたか、食いしん坊シスター!?」
食い物の話で盛り上がってしまったので、絶対出てくると思っていたが……案の定、ベルティーナが群れの中に混ざっていた。
現在陽だまり亭では『宴』のための料理を考案中なので、きっとずっと監視でもしてるんだろうな…………シスターの仕事しろよ、ちゃんと。
「あ~……じゃあ、まぁ、教えるが…………さっきのエビチリに関して、今後俺に『精霊の審判』を使わないと宣言しろ」
「する!」
「します!」
「するする~☆」
「あたいもするぞ!」
「……是非もない」
「う~ん、どうしよっかなぁ~です」
「じゃあ、ロレッタだけ食うな」
「冗談です! ちょっとした可愛いお茶目です! あたしがお兄ちゃんに『精霊の審判』をかけるわけないです!」
とりあえず、これでエビチリの件はチャラか……
「お前もな、茄子肉」
「まずテメェが態度を改めたらな!」
「……そぼろが入っているから間違っても仕方ないかもなー(棒)」
「嫌々言わされてる感満載だな、オイ!? まぁ、お前をカエルにする理由はねぇよ」
「じゃあ一応、あとはベル……」
「エビチリです!」
……まぁ、これは了承と取っておこう。
「はぁ……じゃあ、作るかエビチリ」
「「「わ~い!」」」
大喜びしているのは、料理大好きジネットと、エビが大好きマーシャと、お食事大好きベルティーナだ。
……エステラめ。こういうところでばっかり悪知恵をつけやがって……ったく。
「陽だまり亭が中華料理屋になったら、お前のせいだからな」
「ちゅーか? なんだい、それは?」
こっちの人間には分からんか、そこら辺の違いは。
総じて、俺の故郷の料理ってカテゴリーなのかもな。
「マーシャ、エビはあるか? 芝エビか車エビあたりがいいんだが。ブラックタイガーでもいいぞ」
「わぁ、すごい! ヤシロ君、そんなエビまで知ってるのぉ!?」
『強制翻訳魔法』が勝手に翻訳してくれるから、俺が知ってるエビを言えばそれっぽいエビの名としてマーシャに伝わるわけだ。
改めて、日本って恵まれた環境だったんだな。世界中の食材がお手軽に手に入るんだもんな。こっちじゃ考えられないことだ。
「少し時間をくれれば用意出来るけど……今は車エビしかないんだよねぇ」
「上等だ」
車エビのエビチリなんて最高じゃねぇか。
高級な中華料理屋で出てくるヤツだぞ、それは。大体は芝エビとかかな。歯応えが弱いが、大衆的でそれなりに美味い。
だが、車エビは別格だ。
歯応えと濃厚なエビの旨みが………………いかん、よだれが。
「頭を潰しながらソースで煮込むといい出汁が出るんだよなぁ……」
「やりましょう、是非!」
「やってください、是非!」
ジネットとベルティーナが、さすが母娘と言いたくなるようなそっくりな表情で瞳をきらきら輝かせている。……言ってる言葉は若干異なるが。
「エビチリということは、タコスに使うチリソースを使用するんですか?」
「まぁ、チリソースには違いないんだが、豆板醤を使うぞ」
「凄いです、豆板醤。どんどん新しい料理が生み出されていきますね!」
生み出してない生み出してない。
俺の知らない誰かが四千年の歴史の中で生み出したもんを勝手にアレンジしたもんだよ、俺が作れるのは。
基本的に、女将さんアレンジだからな。
「それじゃあ、作るからジネットと……お前らも見るか?」
「……無論」
「見学して技術を盗むです!」
「んじゃあ、接客は……デリア、頼む」
「おう! 責任感のあるあたいに任せとけ!」
あ、まだ有効なんだ、『責任感』。
確かアレは、タコスの移動販売かなんかの時にデリアを乗せるために言った褒め言葉だったが……ずっと覚えてたんだな、そんな些細な一言を。
「あたいももう、ウェイトレス歴が長いからな! 一人でも十分客を回せるぞ!」
随分大きく出たな。
まぁ、自信がついて落ち着いて仕事が出来るようになったってのは事実だが。
「こんにちわッスー! お昼を食べに来たッス……って、なんだか盛り上がってるッスね」
「おぅ! よく来たなぁ! なんかな、今からヤシロと店長がエビチリってのを作るらしいんだ。だからお前は鮭を食え!」
「エビチリ食べさせてほしいッス、どうせなら!?」
タイミングよく(悪くか?)店にやって来たウーマロ。
お前のおかげでよく分かったよ。……デリアはまだまだ一人前じゃない。
「けどまぁ、ウーマロとリカルド程度ならデリアで十分か。あとは頼んだぞ」
「誰が『程度』だ、コラ!?」
「来て早々罵られる意味が分からないッス!」
ぎゃーぎゃー騒がしいアホ二人を無視して、俺たちは厨房へと入る。
ホント……中華尽くしだな。厨房が中華の匂いだ。
今度は、手延べそうめんで煮麺でも作ってみるかな。
ゆずの香りがほのかに漂う上品なだし汁でいただく和の料理……そういうのも必要だよな。
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