209話 モコカと一緒
ゆっくりゴトゴトと、馬車は揺れる。
『BU』内をぐるっと回る街道は、キレイに舗装されている。さすが、通行量で財を成す『BU』だ。道にはこだわっているらしい。
揺れが少ない。
「いやぁ~、悪ぃなですね。乗せてくれて助かるぜですよ」
相変わらずの奇妙な敬語で、モコカが礼を述べてくる。
馬車の揺れに合わせて触覚が揺れている。
「少し遠回りになるが、お前に話したいことがあったからな。まぁ、気にするな。少し遠回りになるけども!」
「恩着せがましいこと言わないの」
エステラのヒジが脇腹にぶつかる。いや、ぶつけられる。
……こいつは、なんでまたさりげなく俺の隣に座ってんだよ。ナタリアの隣に座れよ。俺、別に下座でもいいからよぉ。
「あんたらお二人は、相変わらず仲良しでひゅーひゅーだなですね」
「自区に帰ったら、盛大なイチャつき像の建設を検討する予定です」
「そんな予定はないよ!? っていうか、させないからねナタリア! ベッコを軟禁するよ!?」
まったく関係のないところで被害を被るベッコ。まぁ、それも運命だ。諦めろ。
俺たちは、モコカを連れて二十四区を後にした。
時間も時間だったので、馬車の中で話をしようと思ったのだ。
「乗せてってやる」と申し出ると、モコカは大喜びで了承した。金のないモコカは徒歩で帰るつもりだったらしい。
ちなみに。
リベカに放置されてもおとなしく応接室に留まっていたのは、美味しいお茶とお茶請けが出てくるから、という理由だったそうだ。
同じ理由で、遠く離れた二十九区から、麹工場への最新刊配達の任を買って出ているのだという。
情報紙の編集部は各区にあるらしいのだが、リベカが気難しい職人という印象を持たれているため(まぁ、実際嫌われると会ってももらえないのだろうけれど)配達をすることに難色を示す者が多いのだとか。
「リベカさんいい人なのに、バカばっかだぜですよねぇ~」と、モコカは無邪気に笑っていた。そういう性格だから、リベカに気に入られているのだろう。
お茶請けがおかわりし放題ってのも、リベカがモコカを気に入っているからに違いない。
……で、それ以上に気に入られた俺やエステラって、実は凄いのかもしれないな。
「領主さんとの話、あんなちょこっとでよかったのかですか? 私なら全然外で待っててやったのにですけど」
「いや、言うべきこととやるべきことは全部済ませたから問題ない」
ナタリアを迎えに領主の館へ戻り、ドニスとフィルマン、それぞれに少しだけ時間を割いて、俺たちはすぐ館を後にした。
早く帰りたかったしな。
「フィルマン君……本当に大丈夫かな……」
何度大丈夫だと言っても、エステラは心配そうな顔をしている。
そんなに心配か?
「ちゃんと手紙にしたためたから大丈夫だよ。もう落ち込んでねぇだろうよ」
「いや、そうじゃなくて……」
エステラが心配しているのは、傷心で落ち込むフィルマン――ではない。
閉じこもったフィルマンは、俺たちにも会おうとはしなかった。
まぁ、予想通りだったので、俺は手紙を書いてドアの隙間から中へと滑り込ませた。
内容は至ってシンプル。
リベカの耳は常人より遙かに精度がいいという事実と、「リベカの思い人は『この街で一番リベカのことを好きで、可愛いと思っている、一途な男』かもしれない」という一文を書いておいた。
手紙を滑り込ませてから二分ほどドアの前で待機していたのだが……
「ぅぅぅううぃいいいいやっふぉぉぉぉぉぉおおおおお! ぅふぉぉぉおおおおおおう!」
――と、室内から体の一部がホットになる人か、ムーンウォークを生み出した人かというような奇声が聞こえてきた。
あ、そのあと「ポォォウッ!」って言ってたから、ムーンウォークの人寄りなのかな。
で、エステラはそんなフィルマンを心配している、と。
「……テンション上がり過ぎて、かなり気持ち悪いことになってたからさ……二十四区、大丈夫かな?」
「そんな壮大な心配は、他区の領主がするもんじゃねぇよ。現領主が頭を悩ませればいいのさ」
とは言っても、ドニスはドニスで「フィルマンがあんなに元気に! ありがとう! そなたら、本当にありがとう!」と喜んでいたし…………大丈夫かな、二十四区。
「そういえば、ミスター・ドナーティを宴にお誘いしたのですか?」
「いや、まだだ」
ナタリアには、近々教会で宴をやるということだけを掻い摘まんで説明してある。
詳細は、帰ってからエステラに聞けばいい。
ただし、現状は『宴をやりたい』止まりなのだ。
確実に開催出来るようになってから、最も効果的な方法で招待状を送りつける予定だ。
なにせ、様々な区から「押しつけられた」傷付いた獣人族がたくさんいるあの教会での宴だ。
作戦なしで招待したら難色を示されるに決まっている。
まだ時期ではない。待つんだ。機が熟すのをな。
そのためには、いろいろ仕込まないと。
「でだ、モコカ」
その仕込みのための第一歩。
そいつが、モコカの説得だ。
「お前、お金欲しいか?」
「あたりきしゃりきのこんこんちきだぜですっ!」
……また、古い言い回しを。
関西だと、あたりきしゃりきケツの穴ブリキだったか…………よかった、こっちじゃなくて。
「でも、これ以上仕事は増やせねぇよなですよねぇ」
「もっと給料のいい仕事をすればいいだろう」
「あっはっはっ! バカ言うなよです。私みたいなのに高給を払ってくれる人なんかいるわけねぇだろうがですよ。ちょっと考えたら分かんだろうがコノうすらバカヤロウです」
それ、もはや敬語でもなんでもねぇからな!?
あと、言い過ぎだ! すらすらと暴言を並べやがって。
「じゃあ、そんな人がいて、お前を雇いたいって言ったら、OKするんだな?」
「あたりきしゃりきケツの穴ブリキだぜ!」
そっちバージョンきちゃった!? ……おいコラ『強制翻訳魔法』、女子に何言わせてんだ。
「でも、そうなると、他の仕事は辞めなければいけなくなるよ? それでも平気かい?」
「ん~……お金がもらえるなら…………あぁ、でも、情報紙の絵は描きたいんだよなぁですよ」
「そこら辺は、要相談だな」
「マーゥルさんなら、そういうのも含めて『面白い』って了承してくれそうではあるけどね」
エステラが苦笑を浮かべる。
まぁ、面白ければなんでもありだもんな、あいつは。
「とりあえず、一回面接を受けてみないか?」
「あんたら様たちは、なんで私にそこまでよくしてくれるんだですか?」
「まぁ、お前が頑張ってくれれば、俺たちにも恩恵があるってこったよ」
「ほうほう……何言ってんのかよく分かんねぇけどですが、そういうことならいっちょ受けてみてやってもいいぜです!」
よし。
これでマーゥルがモコカを採用してくれれば、ドニスが館に獣人族を招く土壌が出来上がる。
おまけに、マーゥルの願いを叶えてやることにもなるわけで、一回くらいこちらの要望通りに動かせるだろう。
「上手くいくかな? 面接」
「大丈夫だろう。マーゥルの好きな園芸でも、モコカなら役に立つしな。何よりこいつは、適度に無礼だ」
「……それが『大丈夫』の裏付けにならないことを、君は学ぶべきだよ」
バッカ、お前。マーゥルだぞ?
しゃっちょこばったいい子ちゃんより、少々砕けたフレンドリーなヤツの方が好きに決まってるだろう。
「それはそうと、一つ気になっていることがあるのですが」
モコカの隣、ドア際の下座に座るナタリアが静かに挙手をする。
そのぴしっとした姿勢に、モコカが「ふぉう! 手の上げ方も美人だぜですね!」と、鼻息荒く絶賛する。……情報紙に踊らされる『BU』っ子め。
「モコカさんは情報紙にイラストを描いているのですよね?」
「おうだぜ! 何気に評判いいって褒められたりしてんだぜです! 自慢だぜですっ!」
自慢じゃないけど……じゃ、ないんだな。
正直者だこと。
……ん?
ってことはなんだ、つまり……
「つまり。このイラストを描いたのはモコカさんであると、そういうことですね?」
ナタリアが、懐から例の情報紙を取り出す。
ナタリアそっくりなイラストが描かれたヤツだ。
「あっ! 持っててくれたのかですか、美人さん!? うっひゃー! すっげぇ嬉しいじゃねぇかですかぁ! これこれ! これ、私が描いたんだぜですよ!」
……やっぱりか。
ナタリアに似てるなぁ~と思ったイラストは、まさかまさかの、ナタリアがモデルだったってわけだ。
流行に敏感な『BU』っ子かと思いきや、まさかこいつが流行の発信者だったとは。
「こんな美人がいたら、ちょーすげぇーよなーって描いたイラストにそっくりなバリバリ美人な美人さんに出会って、私、心臓飛び出たんだぜです!」
「おかしい、エステラ……俺の『強制翻訳魔法』がエラーを起こしてやがる」
「大丈夫。ボクのも似たような症状だから」
翻訳されてんだかされてないんだか分かり難い言葉遣いをしやがって……
要するに、モコカが妄想した理想の美人が、ある日突然目の前に現れたと。
それで、新しい情報紙ではよりナタリアに似たイラストになっていたわけか。
ようやく謎が解けた。…………ってことは、『BU』でのトレンドは「ナタリアっぽい美女」から、完全に「ナタリア」になっちまったわけか…………うわぁ、鼻の穴拡がってんなぁ、ナタリアよぉ。何そのドヤ顔? ベッコに見せて絵画にしてもらったら?
美人でなければ殴り飛ばしているかもしれないくらいにイラッてするドヤ顔をさらすナタリアに、モコカはぐぐいっと身を寄せる。
両の手で拳を握り、懇願するように訴えかける。
「今度、是非モデルになってくれよです! 美人さんをガン見しながら描きてぇっつうのですから!」
「ヌードは、高いですよ?」
「ナタリア、値段をつけないで!」
「では、無償で」
「断って! ウチの給仕長として!」
「いや、エステラ。あいつは依頼されてるんじゃない、持ちかけてやがるんだ」
断る以前に黙らせろ。ヤツの主として。
「よかったら、あんたら様たちも一緒にやらねぇかですよ?」
「エステラっ! ヌードってのは芸術に必要不可欠なものなんだ! 決してエロ目的ではなく!」
「あっさり寝返るなっ!」
なんで分からないかなぁ!?
世界に名だたる天才画家たちも、みんなヌードでデッサンしたんだぞ!
たぶんアレ、持って帰ってこっそり見返したりしてたんだろうな。あいつら上手いもんなぁ、絵。トレジャーの自給自足だぜ。
「あっ! そうだ! 芸術と言えばベッコも呼んでやらなきゃ……」
「ベッコはしばらく監禁することにするよ」
職権乱用だ!
鑑賞の自由の侵害だ!
我々庶民には、美人のおっぱいをこれでもかと鑑賞する自由が保証されてしかるべきだ!
………………いや、待てよ。ベッコごときにナタリアのヌードを見せてやるのはもったいないな…………………………だが、カメラがないこの世界において、最もリアルに記録出来るのはあの変態の才能だけ…………
「あぁっ!? 俺は一体どうしたら!?」
「窓から飛び降りればいいと思うよ、今すぐ」
走ってる馬車の窓から飛び出して、こんなキレイに舗装された道の上に落下したら怪我じゃすまねぇっつの。
「あのよ~ぉ? さっきからちょいちょい名前が出てる『ベッコ』ってヤロウは、一体何者なんだよですか?」
「あぁ、ただの変態だ」
「ヤシロ様、失礼ですよ。彼は『本物の』変態です」
「失礼の上塗りをやめなよ、ナタリア……」
本当、なんであんなヤツに才能があるんだろうな。
変態というどえらいマイナス分、才能がプラスされたのかもな。なら、納得だ。
「ベッコは、ウチの区にいる芸術家で、絵や彫刻がとても上手いんだ。……芸術的ではないけれど、本物と見紛う出来映えは圧巻の一言に尽きるよ」
「おぉお! そんなとんでもなくすげぇド変態ヤロウがおいでになりやがるのかですか、四十二区には!」
暴言、暴言!
無意識に酷くなっていくのは仕様なのか?
「はぁ~、会ってみてぇなぁですねぇ。イラストは、芸術性よりリアリティが求められんだよなですから」
こいつらの芸術性ってのは、女神がキノコに見えるような理解に苦しむヘンテコリン性のことであり、俺が常識的に思う芸術性とは一線を画している。
あんな奇妙なイラストで、「こういう女が流行り!」とか言っても、さっぱり理解されないだろう。
モコカが描くべきイラストには、リアリティが必要なのだ。
「じゃあ、ベッコ向きの仕事なんだな」
「探せばあるもんなんだね」
「教えて差し上げますか? 彼ならば、情報紙の人気絵師になれるかもしれませんよ」
「「いや、ベッコはいろいろ使うからどこかにやるつもりはない」よ」
「ふふふ……仲良く最低の腹黒さですね、ヤシロ様とエステラ様は」
何を言うナタリア。……当然じゃねぇか。
「私、是が非でも会ってみてぇです! ちょっくら紹介してくれよです! 頼むぜこの通りだからよぉです!」
「まぁ、その内ね。紹介くらいなら問題ないよ」
「やったぜです! じゃあ、今からさっさと行こうぜです!」
「いや、もう夜遅いし! 君を送るために二十九区に向かってるんだよ!?」
「御者さん様ぁー! 行き先変更だぜです! 四十二区に向かってくれやでぇーす!」
「ちょっ!? 何勝手なことしてんのさ!?」
「まぁまぁ、そう目くじら立てんじゃねぇってのですよ。よく言うじゃねぇかです。『全裸で急げ』って」
「よぉし、お前ら! 全員全部脱げ!」
「ヤシロ、今すぐ飛び降りて!」
くっ!
モコカの勝手な行動に対するフラストレーションを、たった一言「おちゃぴぃ」な発言をした俺にぶつけやがって……なんて領主だ。聞きしに勝る暴君だ。クーデターものの横暴だ。
「モコカさん。ご家族やお知り合いが心配されるのではないのですか?」
「大丈夫だですよ、美人さん! 私、兄貴以外家族いねぇんだですから、誰にも心配なんかされるわけねぇんだですよ」
一人ぼっちで、懸命に働き続ける少女。
――という情報を聞いて、エステラの瞳から強硬な色味が抜け落ちていった。
お前は、本当にちょろいよな。甘いというか、お人好しというか……境遇はどうあれ、今現在こんなに元気でバカ騒ぎしてはた迷惑なモコカだぞ? そこまで心配したり同情したりする必要なんかねぇし、特別扱いなんかかえって失礼だっつの。
「なぁ、どうにかなんねぇかですかねぇ?」
「う……ん。いや、でも…………」
……で、俺をチラッと見んじゃねぇっての。お前はジネットか。
…………ったく。
「そんな急なわがままを押し通そうってんだから、こっちの頼みも聞いてくれるんだよな? それも、結構なお願いを」
「おう、任せやがれですよ! 受けた恩は忘れねぇ、それが、私ら一族のモットーだからよぉです!」
「お前の人生を大きく左右するような頼みでもか?」
「くどいぞコンチキショウヤロウ様! 男に二言はねぇってんだですよ!」
お前、女だけどな。
「じゃあ、連れてくか」
「でも、ヤシロ……いいの?」
けっ!
なぁ~にが、「いいの?」だ? 可愛い子犬みたいな顔しやがって。
お前がそうさせたんだろうが。責任を押しつけんなっての。
「しょうがねぇだろ。御者も、もう進路を変えちまってるし」
「うん……だよね」
ほっとした顔しやがって。
俺がフィルマンの傷心にちょっと心揺さぶられたこと笑えねぇからな、お前は。
「とはいえ、さすがに今日はもうベッコを呼ぶわけにもいかねぇから、明日になるがな」
「そうだね。帰る頃には夜だもんね」
「ふむ。ヤシロ様とエステラ様は、ベッコさんのことをか弱い乙女か何かだとお思いだと、そういうことですね?」
「「そんなわけないだろう!?」」
心配して言ってんじゃねぇよ!
寝る前にあんな濃い顔を見たくねぇだけだよ! 夢に出てきたらどうすんだ。
「明日かぁ~! うっはぁ~! 楽しみ過ぎて、今日、寝れねぇーですね!」
「……あれ? じゃあ、明日出直してもらえばいいのかな?」
「いや、もう手遅れだ。連れて帰ってお前んとこに泊めてやれ」
「えっ!? ボクの館に!?」
エステラが目をまん丸く見開く。
お前のせいで連れて帰ることになったんだからな?
俺は嫌だぞ。今日はもう疲れたんだ。モコカの相手はしたくない。陽だまり亭に帰ったらゆっくり休むと決めたんだ。
「仮にも、領主の館に……一般人をいきなり泊めるなんて……」
「貴族と獣人族の友好関係を訴える、いい宣伝になるぞ」
「どこで宣伝するのさ?」
「マーゥルのところでだ」
マーゥルなら、モコカを引き取ってくれるだろうが、万が一にも忌避感を醸し出しやがったら、エステラのところに一泊したという話を持ちかけてやればいい。
「四十二区ではそれくらい普通なんですが……まぁ、普通の貴族様には理解出来ませんかねぇ、あっはっはっ」――とでも煽ってやれば、マーゥルも考えを改めるだろう。……エステラの心証は凄く悪くなるかもしれんが、まぁ、俺の知ったこっちゃない。
「それでいいか、モコカ?」
「いいも悪いも、文句なんかあるはずがねぇぜです!」
「そっちの美人と一晩、一つ屋根の下で過ごすことになる」
「うっひょー! 鼻血ぶーもんのシチュエーションだぜ、堪んねぇ~ですね!」
「美しさは……罪、ですね」
「……ねぇ、ヤシロ。ボク耐えられるかなぁ? 主にナタリアのウザさに」
そこは「頑張れ」としか。
でも、いいこともあるぞ。
「モコカ。エステラって、よく見ると美人だろ?」
「ひゃうっ!?」
「……面白い顔すんなよ。折角褒めてやってるのに」
「い、いぃいぃぃいっ、いきなり変なこと言うからだろ!?」
いいから落ち着け。
いいか?
モコカは、影響力絶大な情報紙の絵師だ。
そのモコカに「エステラを美人だ」と認めさせ、そして、エステラそっくりなイラストを三割増し美人で描いてもらえれば…………ナタリアの時代は終わるっ!
アイドルなんてのはな、次から次へと新しいのが出てくるんだよ!
いつまでも頂点に君臨していられると思うなよ、ナタリア!
「エステラ、お前の美貌でナタリアをトップの座から引き摺り落とすんだ!」
「そ、そそ、それは、確かに、その、一矢報いたいというか、お灸の一つくらい据えてやりたいけど、だ、だけど、ヤ、ヤシロが、そんなこと言う必要ないだろう!? その、び、美人とか、美貌とか!」
バカものー!
人なんて単純なもんなんだよ。
誰かが全力で訴えていることは、「あぁ、そうなのかな?」って思っちまうもんなんだ。
ブームなんてのはな、誰かが作り出すもんなんだよ。
著名人が「コレは素晴らしい!」と発信すれば、愚かなる民草どもは「そうだそうだ」の大合唱だ。
つまり、俺が大袈裟なほどにエステラを褒め称えれば、モコカも少しは「そう言われてみれば、そうかも!?」って思うってもんだ。
……ナタリアのドヤ顔を、屈辱に歪めてやれる絶好のチャンス。逃す手はない!
「ん~…………確かに整った面ぁしてんだけどですが……美人さんの方が万倍美人だぜですね!」
「まぁ、当然でしょうね!」
ちきしょー!
それ!
そのドヤ顔がイラッてするんだよ!
「エステラ! お前が面白い顔ばっかりするから負けちゃっただろうが!」
「うるっ、うるさいなっ! ……しばらくこっち見ないでくれるかい! …………もう」
くるっと、俺に背を向けるエステラ。
向こうを向いてほっぺたをむにむにと揉みまくっている。……ほっぺたが育って「そこじゃなくて乳!」って悔しがれ、お前なんか。
「じゃあ、四十二区の日常を語り聞かせておいてやってくれ」
「四十二区の……ですか?」
向こうを向いているエステラに代わって、ナタリアが尋ねてくる。
「『貴族とはこうあるべし』ってのが、もう古くさいんだってことを『BU』の連中に教えられれば、多少は融通が利くようになるだろう。今すぐ成果が出なくても、モコカに知っておいてもらえば、いつかその情報が役に立つことがあるかもしれん」
モコカには、何がなんでもマーゥルの家の給仕になってもらう。
そこで働きながら、マーゥルに「四十二区はああだった、こうだった」って話を聞かせてやってもらうのだ。
マーゥルが興味を引かれることがあれば、そこから改革は始まっていくだろう。
それから、エステラやナタリアがモコカと仲良くなっておけば、マーゥルとの繋がりも太く強くなるしな。
現状、俺の方がマーゥルに近しい。
貴族間のあれやこれやの際に、俺を挟まなくても融通してもらえるくらいのパイプを持っておくことはいいことだ。
「と、いうわけだ、モコカ。いろいろ便宜を図ってやるから、マーゥルの家の給仕になれ。情報紙の絵師は続けられるように言ってやるから。好きなんだろ、イラスト描くの」
「おう! 生きがいだぜです! あと、アブラムシをなぶり殺すのもです!」
「……それは、ちょっと考え直せ、な?」
アブラムシの方は、マーゥルの庭でその腕前を発揮してくれ。
「もし、マーゥルさんの館の給仕になれなかった場合はどうされるんですか?」
ナタリアらしくもなく、慎重な意見を言う。
だが、大丈夫だ。この投資は無駄にはならない。
「モコカは情報紙の絵師だ。それだけで十分価値がある」
「描けばなんでも浸透するというわけでは、ないようですよ」
情報紙を何部か手に入れて熟読でもしたのだろうか。
まぁ、情報紙は週刊誌みたいなもんだ。作られたブームが失敗することだってあるだろう。
だが、「発信する場所がある」ってのは大きな利点だ。
注目度の高い場所で、こちらの意図した情報を流せる。
それは、金を積んででも手にしたいくらいに魅力的なものだ。
日本じゃ、何十万~何億って金を使って広告を出したりするからな。
「ヤシロ様がそこまでおっしゃるのであれば、信用いたします」
もしかしたら、ナタリアが慎重になっていたのは「領主の館に一般人を泊める」という例外的な事柄に対してなのかもしれない。
こいつには、エステラを守るという責任があるからな。
「悪いな」
「いえ。きっと、いつかは感謝しているはずです。今のこの判断を」
随分と信用されたもんだな。
「モコカ。大人しくしとけよ」
「任せろだぜです!」
……まぁ、そう言うなら信用しておいてやるか。
こいつは、悪人になれるほど、頭がよくなさそうだしな。
それから数時間。
俺たちは疲れからか口数も少なく、大人しく馬車に揺られ続けた。
そして、夜もすっかり更けた頃に、四十二区へと帰ってきた。
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