191話 激励に来た二人
「ヤシロ様。四十区のデミリー様が、是非お会いになりたいそうです」
「ヤシロさん。お父様が会いたいそうですわ」
ランチの賑わいが過ぎ去った頃、ナタリアとイメルダが同じタイミングで陽だまり亭にやって来て、それぞれが自分勝手に俺へと用件を告げてきた。
同じタイミングで同じようなことを言いやがって。
「テメェが会いに来いと伝えてくれ」
「ヤシロ……相手を誰だと思っているんだい?」
「暑苦しいオッサンだろ?」
「それは一体どちらのことを……まぁ、両方だろうね、君の場合は」
神経質なエステラが重いため息を漏らす。
「細かいことを気にしていると、デミリっちゃうぞ?」
「だから、君は他区の領主に対する敬いの気持ちをもう少しだね……っ!」
「いいじゃねぇか。ただの薄毛と幼女愛好家のオッサン二人なんだから」
「こらこら、人のいないところで陰口を叩くのは感心しないなぁ、オオバ君」
「言葉遣いってもんにもっと気を付けた方がいいぜ、ヤシロよぉ!」
俺の言葉尻を捕まえるように、二人のオッサンがドアを開けて揃って陽だまり亭へと入ってくる。
俺の裏をかいたつもりなのか、してやった感満載のしたり顔をさらす四十区領主のアンブローズ・デミリーと、木こりギルドギルド長スチュアート・ハビエル。
「よぉ、ハゲとロリコン」
「暴言がダイレクトになったねっ!?」
「目の前だから言っていいってわけじゃねぇんだぞ!?」
ずかずかと近付いてきて俺を取り囲むように左右に立つ。
ふん。
やたら重厚な馬車の音が聞こえていたから、お前らが表に待機していることくらいお見通しだったっつの。
「マグダと妹たちを鑑賞に来たハビエルはともかく、デミリーは何しに来たんだよ? ウチの置き薬に育毛剤は含まれてねぇぞ?」
「悪意の塊なのかな、君は?」
「誰がマグダたんと妹たんたちを見に来たんだ!? 決めつけるな!」
「じゃあ、マグダ。妹を連れて教会に行ってろ」
「ぬわぁああ、待てい! それは言葉の綾で、いてくれた方が嬉しいに決まっているだろうが!」
盛大に取り乱しているところ申し訳ないがな、ハビエル。お前の娘が死んだ魚を見るような目でお前のこと見てるぞ。
「……ハゲればいいのですわ」
「おぉい、スチュアートの娘! それ、こっちにも流れ弾飛んできているからね!?」
イメルダの一言がハビエルとデミリーの心にダメージを与える。
コンパクト且つ無駄のない攻撃。さすがだ、イメルダ。
「それで、くっそ遅い情報を聞きつけて『俺たちは同盟だ』とかいう話を完全に外したタイミングで言いに来たリカルドよりもさらに後になって、何を言いに来たんだ?」
「オオバ君……君は、本当に、心の底から意地が悪いんだねぇ……」
「こっちだって暇じゃねぇんだ。これでも、出来る限り急いで来たんだぜ?」
要するに、こいつらも『BU』の動きを聞き及んで駆けつけてきたというわけだ。
出遅れ感が半端ではないけどな。
いや、情報は入っているはずだから、何かしら行動を起こしてから会いに来たのだろう。
なにせ、ハビエルには馬を借りている。その時に話は伝わっているはずだ。
「三十六区から三十九区の領主と会ってきたよ」
俺の向かいに座りながら、デミリーが言う。
ハビエルもデミリーの隣にどっかと腰を下ろす。
「『BU』の連中は、いつも数に物を言わせて圧力をかけてくるからね、領主たちをこちらに引き込むのは割と簡単だったよ」
「つまり、全面対決になった際は、三十五区以下、四十二区までの領主が連盟を組めると、そういうことですか?」
エステラがそんなことを言いながら俺の隣に座る。
濃い顔ぶれが揃ったもんだな、このテーブル。
「まぁ、そういうことだ。もっとも、最悪の事態が起こらないに越したことはないというのが、全領主一致の意見ではあるがね」
「それは、ボクたちも一緒ですよ」
くしゃりと顔を歪めて苦笑を浮かべるエステラ。
『BU』に対抗するために、結婚式のパレードに携わった区の領主が連盟を組む。
もっとも、こっちは規則も罰則もない即席の連盟だ。結束力なんてあってないようなもので、どの区も「自区に被害が及ばないようにしたい」という理由で協力を申し出ているのだろう。
全面対決なんてもんに
だが、脅し程度には、なるかもしれないな。
「わざわざあっちこっちの領主と会って、しかもそれを伝えに領主自らが出向いてきたのか?」
「ふふふ。オオバ君に恩を売っておくと、後々いい思いが出来そうだからね」
「いい頭皮マッサージでも教えてほしいのか?」
「そんな無駄遣いはしないよ! 君に恩を売るチャンスはそうそうないからね!」
「本当は教えてほしいくせに」
「はっはっはっ、見くびってもらっては困るよオオバ君。私も長く生きているんだ。……自己流のマッサージは逆効果だということくらい、身に沁みてよく知っている」
「オジ様、会話の着地点はそこではない方がよかったのでは?」
長く生きているから、自分の欲求になびいたりしないとか、そういう度量の大きなことは言えないらしい。
「それに、スチュワートが四十二区に来たいとうるさかったからね」
「……お父様(という名の赤の他人)、そんなに妹さんたちを愛でたくて……」
「違うぞぉ、イメルダ!? お前に会いたかったんだよぉ!」
こいつらは本当にブレない。
なまじ、オッサンになると成長とかしないもんな。あとは衰退あるのみだ。
「いや、なに。ドーナツという新しいデザートを生み出したそうじゃないか」
「生み出してねぇ。俺の故郷の食い物をこっちで作っただけだ」
「この街からすれば、それは誕生だよ」
いい歳したオッサンが、二人して話題のスイーツを食いに四十二区まで足を伸ばしてきたのか? 日本だと失笑ものだな。スイーツ友達、スイ友か?
「四十区にラグジュアリーという喫茶店があるんだが……あぁ、君たちとは馴染みの店だったね……、そこのオーナーシェフがその味に惚れ込んでいたようでね」
「……来たのか、ポンペーオ?」
「はい。ヤシロさんがいないことに、かなり落胆されていましたよ?」
にっこりと笑みと答えをくれるジネット。
あのオッサン……またウチの味を盗みに来やがったんだな……つか、教わる気満々だったと見える。よかった、留守にしてて。
「では、みなさんで召し上がりますか? ドーナツ」
「そうだね、もらおうか」
「はっはっはっ。店長も商売が上手くなったな。ヤシロの影響か?」
「いえ、そんな……まだまだです」
商売っ気を出した――というわけでは決してなく、単純に自慢の新商品を食べてもらいたいだけなのだろうジネットがドーナツを売り込む。
これで、そう遠くないうちに四十区でも流行るんだろうな、ドーナツ。
「イメルダが何度も自慢するもんでな。ワシも食いたかったんだよ」
「あら。ワタクシはそんなに自慢しているつもりはありませんでしたわよ? ただ、いまどきドーナツの一つも食したことがない人が美食家気取りなのがあまりに滑稽だと、素直な感想を述べたまでですわ」
めっちゃ自慢してたらしいな。
あいつのことだ、さぞや優越感に浸りながらドーナツの美味さを語りまくったのだろう。
「では、準備をしてきます。マグダさん、ロレッタさん、お手伝いをお願いします」
「……任せて」
「大量に作って全部買わせるです! お金持ってるから大丈夫です!」
「……危険だね。ロレッタまでもがヤシロ化しつつあるなんて」
厨房へ入っていく三人の背を見つめ、エステラがよく分からん心配をしている。
金は取れるところからむしり取ってしゃぶりつくす。それが商売の鉄則だろうが。
「普段は、甘い物はあんまり食べないんだけど、四十二区の新商品となれば話は別だね」
デミリーが揉み手をして期待を膨らませている。
こいつの頭の中には、四十区での流通に関する計画案でも組み上がっているのだろう。
「ワシも、どちらかと言えば甘いものよりも酒なのだが……マグダたんが作ったものならいくらでも…………もとい、イメルダが勧めてくれたものだからいっぱい食べちゃうぞ、あは、あはは! だから、な? そのハンドアックスをしまいなさい、イメルダ」
ハビエルが額に汗を浮かべながらイメルダを宥める。
イメルダは、殺傷能力の高そうな手斧を握りしめていた。……なるほど。権力とか責任を負い始めた婦女子はみんな似た行動をするようになるんだな。…………不用意に刃物をチラつかせるのやめろよな、イメルダ。ついでにエステラとナタリアも。
「では、お二人が残されてもいいように、私がたくさんた~くさんいただきますね」
そして、呼んでもいないのに、いつの間にか俺たちのテーブルに紛れ込んでいるベルティーナ。
……やっぱり来たか。いや、そんな気はしていたんだ、なんとなくな。
「お、おい、アンブローズ……お前、いくら持ってる?」
「え、そ、それなりにしか……スチュワートは?」
「以前、家出をしたイメルダを迎えに来た時に、食堂にいる人間全員分の朝飯を奢らされたことがあってな……結構持ってきたんだが…………あのシスターの分となると…………最悪、イメルダに借りることになるかもしれねぇな」
ベルティーナの脅威は、大食い大会を経て近隣区の常識となっているのだろうか。
デミリーとハビエルの顔色が冴えない。
つか、自然と俺たちの分も奢ってくれるつもりらしい。さすが、大人の男だな。
「ベルティーナ。三日分くらい食い溜めておけ」
「「破産しちゃう!?」」
「うふふ。さすがに大袈裟ですよ、みなさん」
はっはっはっ、そう思っているのはお前だけだぞ、ベルティーナ。
お前はやれば出来る子だ。その気になれば、四十区を財政難に突き落とすことだって出来るさ。
「シスターは、酒は飲まねぇのかい?」
「お酒、ですか? そうですねぇ……」
頬に手を当て考えるベルティーナ。
そういえば、ベルティーナが飲酒しているところは見たことがない。
シスターだから、酒は禁止されているのかもしれないが…………いや、精霊教会はそんなに厳しい戒律はないだろう。肉だって食うし、お祈りもお好きにどーぞ状態だしな。
「禁止はされてないんだろ?」
「教会にですか? はい。葡萄酒を好んで嗜まれる司祭様もいらっしゃいますよ」
だとするなら、一度くらいは見てみたいものだな。酒に酔ってしどけない姿をさらす、ほろ酔いのベルティーナってのを。
「ダメですよ、シスターにお酒を勧めては」
ドーナツがたくさん並んだお皿を持って、ジネットが戻ってくる。
ベルティーナと目が合うと、過去の何かを思い出したかのような苦笑を浮かべる。
……何があった? 是非聞きたいな、ベルティーナの『お酒の失敗談』ってヤツを。
「シスターはお酒がとても弱いんです。とても薄い葡萄酒でも酔っぱらってしまうんですよ」
「へぇ、意外だな」
「意外って……ヤシロさん。私は、そんなにお酒を飲むように見えていましたか?」
若干、不服そうな表情を見せる。
酒豪というイメージよりかは、どんなに酒を飲んでも平然とした顔をしていそうなイメージがあった。何物にも揺るがない、冷静沈着なエルフ。そんなイメージが。
「酔うとどうなるんだ?」
「さぁ……私はよく覚えていませんので」
「泣くんですよ、シスターは」
笑顔でかわそうとしたベルティーナだったが、ジネットが釘を刺すように言葉を重ねる。
ベルティーナは、一瞬むっとした表情を浮かべるも、目の前に置かれたドーナツに瞳をきらめかせる。
ドーナツを手に取り早速頬張るベルティーナ。これで、しばらくしゃべれなくなるだろう。
その隙を突くように、ジネットが酔ったベルティーナのことを話す。
「お酒を飲むとすぐ顔が真っ青になって、ぷるぷる震えながら、床の上で丸くなって『みゅうみゅう』鳴くんです」
「え、そっち!? そっちの『鳴く』なの!?」
鳴き上戸ってのは、初めて聞いたな。
「頭が痛くなって、酷い吐き気に襲われるみたいなんです」
「すっげぇ早い二日酔いみたいだな……」
「『食べた物は絶対吐かない』が信条のシスターですから、飲酒は自身の信念を揺るがす行為なんです」
「いや、大袈裟だし、もうちょっとマシな信条掲げられないのか、精霊教会のシスターさんよぉ」
食べ物への執着がすげぇよ。
「あと、少し甘えん坊になりますね。獣化した時のマグダさんみたいな感じに」
なに!? それは見てみたいな!?
まとわりついてきて『みゅうみゅう』鳴くベルティーナか……いいっ!
くそっ、なぜ陽だまり亭には酒が置いてないんだ!?
「それでも……もぐもぐ、ごっくん」
頬に詰め込んだドーナツを飲み込んで、お茶を一口すすって、ベルティーナは静かな声で言う。
「お酒が飲めるようになればいいな、とは思うのですよ。とてもいい香りですし、飲める方を見ていると、とても楽しそうですし」
酒は飲めないが、酒の場は好きだというヤツは結構いる。
下戸の酒好きも結構多い。
飲めない者にすれば、羨ましいものなのかもしれないな。
飲めるからどうというものでもないのだが、飲めないというのは少し寂しいものなのかもしれない。
「お酒を飲むと、ご飯が一層美味しくなると聞きますし」
「そいつは、危険だな!?」
「店長さん、この店にお酒があるならすべて撤去してくれるかね!?」
「料理酒もだ! あと、酒場の人間の立ち入りを禁止すべきだ!」
「うふふ、酷いですよ、ヤシロさん。デミリーさん、ハビエルさんも」
冗談だと思って笑みを漏らすベルティーナ。
だからな、そう思ってるのはお前だけなんだって。
……お前が『ご飯が一層美味しい』なんて感じ始めたら、この世界から食料がなくなるぞ。
「おそらく、精霊神様のご配慮なのでしょうね、シスターがお酒を飲めないのは」
「もぅ……ジネットまでそのようなことを……酷いですよ」
ジネットにまで言われて本格的に膨れる。
ベルティーナの頬がぷっくりと膨らむ。
酒が飲めないという理由でからかわれたりするのは、ベルティーナ的には不本意なのだろうか。
そういえば、俺の周りで飲酒をするヤツは少ない。
エステラは以前「あまり好きではない」と言っていたし、ジネットも全然飲まない。
マグダやロレッタは言わずもがなだが、デリアやパウラが飲んでいるところも見たことがないな。
ノーマは、飲んでそうだけれど。
「この街では、子供でも酒を飲むんだろう?」
「君の故郷では違うんだっけ?」
エステラに質問をすると、逆に目を丸くされてしまった。
飲酒は二十歳から――ってのは、こっちの世界の人間には理解出来ないのかもしれない。
なんで二十歳からなんだと聞かれると……たぶん、脳の成長が~とか、そんな感じ? くらいにしか答えられないからな。
「俺の故郷では、酒は大人になってからってのが常識だったな」
「それじゃあ、綺麗な飲み水が確保出来ない長旅に出る時はどうするのさ?」
そんな時は自販機かコンビニを活用するんだが……こいつらに言っても分かんないだろうな。
こちらの世界で長旅に出るとなれば、飲み水の確保は容易ではないのだろう。
また、寒い時の体温調節なんかも考えると、保存の利くアルコール飲料を持ち運ぶ方が理に適っていそうだ。
「でも、確かに幼いうちはあまり強いアルコールは飲みませんね」
「いくつくらいから飲むようになるんだ?」
「人によりますけど……わたしは、十歳くらいの頃に葡萄酒をいただいたのが初めてでした」
十歳ってことは、陽だまり亭の手伝いをするようになった後だな。
客にでも飲まされたのだろう。
「ジネットが酒を飲んでいるところは見たことがないな」
「そうですね、お金がありませんでしたので、飲酒をする習慣がなかったからかもしれませんね」
なるほど。
ジネットは飲めるが飲まないタイプなのか。
俺が来るまでの陽だまり亭には、酒を買う余裕なんかなかったろうし、俺が来てからは、俺やマグダが飲まないから一人で飲もうという気にはならなかったのだろう。
「飲みたくなったりしないのか?」
「パーティーやお祭りの時に少しいただきましたよ。ホメロスさんが純米酒を持ってきてくださって」
「………………ホメロス?」
「カモ人族の米農家だよ。君が悪知恵を使って米の専属契約を無理矢理結ばせた」
「あぁ、俺のおかげで米の価値が上がって大儲けしたあいつかぁ!」
「……君の頭は、随分と都合のいいように物事を記憶するんだね」
話に割り込んできて勝手に呆れ顔をさらすエステラ。
俺が米の美味さを大々的に広報してやった結果、米農家の収益は爆上げしたんだ。ヤツらにとっての恩人だろう、俺は?
その証拠に、純米酒とかを差し入れてくれるんじゃないか。……俺は初耳だったが。
「純米酒があるってことは、米麹が随分と活用されているんだな」
「二十四区の麹職人は腕がいいからね。あそこの麹を使うと、本当に美味しいお酒が出来るんだそうだよ。ボクはあまり飲まないからお酒の味は分からないんだけれどね」
「美味しいですよ、三十三区のお酒は」
エステラの苦手分野を、ナタリアが補足する。
こいつは酒を飲むのか。
……なんか、強そうだよな。雰囲気的に。
「お酒用のお米を生産している農家が三十三区にありまして、二十四区の麹を使用した酒造りが三十三区で行われているのです」
ナタリアの説明を聞きながら、オールブルームの地図を思い出す。
三十三区は、二十四区に隣接した外周区だ。
高低差のせいで、四十二区からはぐるりと回らなければたどり着けない遠い区だ。
ホメロスがいてくれてよかった。
でなければ、俺は白米に出会えなかったかもしれない。そんな遠いところで作ってたんじゃあな。
「お酒の味を決めるのは、米と水と麹です。二十四区の麹職人がいなければ、あの味は出せないでしょう」
ナタリアが活き活きとした表情で語る。相当酒が好きなのかもしれない。
「ナタリアは結構飲むのか?」
「脱ぎ上戸です」
「その情報は聞いてねぇよ!」
「て、店長さんっ、お、お酒は置いてないのかな?」
「お、おぉ、奇遇だな! ワシも無性に飲みたくなってきたところなんだ! な、なんなら奢るぜ?」
「オジ様――」
「お父様――」
「「黙れ」」
ベルティーナの飲酒話の時とは真逆の意見を述べ始めたオッサン二人に、エステラとイメルダの鋭い声が突き刺さる。
図体のデカいオッサンが二人、身を縮めて身を寄せる。
ナタリアがしょーもない情報を漏らすから……
「あ、あぁ、そういえば!」
キングコブラに睨まれたアマガエルのようなハビエルが強引な話題の転換を試みて、必要以上に大きな声を上げる。
脂汗が酷いぞお前。
「酒と言えば、麹職人を抱える二十四区の領主は下戸じゃなかったか? な、なぁ、アンブローズ?」
「え? あ、あぁ、そうだね! ドニスは一滴も飲めない下戸だったよ、確か」
ドニス、ってのはおそらく二十四区の領主の名前だろう。
「デミリー、知ってるのか? 二十四区の領主を」
「あぁ、それなりに親しい間柄だよ。もっとも、向こうの方が年上で、仲がいいとは言い難い関係ではあるけれどね」
『頑固ジジイ』と言われるドニス。デミリーよりは年上だというのは納得だな。
デミリーはまだオッサンで、ジジイという年齢ではない。
「ドニス・ドナーティ。親しい人間からは『DD』と呼ばれたりしているよ」
「ジィジィ?」
「ディディだよ、オオバ君。うん、ワザとなのは知っているけどね」
ドニス・ドナーティ。
親しい人間がいるのであれば、無条件で他人を拒絶するような人間ではないということだ。
なら、入り込む余地はあるか……
「二十四区といえば、私にも親しい知人がいますよ」
ドーナツをもっちもっちと食べながらベルティーナが言う。
……というか、どんどんドーナツが出てくるな。ジネットがここにいるのに出てくるということは、マグダとロレッタがもうドーナツの免許皆伝をもらったのか?
ジネットだから、料理に関して甘い採点をしないとは思うが……
「シスターのお知り合いということは、その方も二十四区のシスターなのですか?」
「えぇ、そうですよ。ジネットが陽だまり亭に住むようになったのと同じ頃に二十四区の教会へ入会した方です」
「他の区の教会と繋がりがあるんだな」
「たまにお会いしたり、会報が届いたりするくらいですが」
教会に会報なんてもんがあるのか。
もっとも、ファンクラブ会報みたいなんじゃなく、連絡事項とかが書かれたくっそつまらない書類なんだろうが。
「彼女とは割とよく顔を合わせる方かもしれませんね。たまに、二十四区のお味噌をいただいたりしています」
「餌付けされてんのか?」
「あらあら。そうなのでしょうか。うふふ」
その顔見知りのシスターってヤツに対しては、割と好感を持っているようで、そんな冗談に対してもベルティーナは穏やかな笑みを浮かべていた。
ベルティーナと顔見知りのシスターか…………何かあった際は教会に駆け込むのもありか。
そうだな、例えば…………ちょっと羽目を外し過ぎて領主に自警団とかを差し向けられたりした場合、とか?
……そんな状況にならないに越したことはないけどな。
「よければ、お手紙を書きましょうか?」
「そうだな。『よろしくしてやってくれ』と一筆書いてもらえると安心だな」
「はい。では、明日にでもお持ちしますね」
「悪いな。ほら、礼だ。好きなだけドーナツを食え」
「では、遠慮なく」
「ちょっと、オオバ君? それ、私たちの奢りになるんだよね?」
「シスターも、少しは遠慮というもんをだなぁ……」
「あむあむ……」
「「くぅっ、強く言えないっ!」」
「オジ様も、美人には弱いんですね……」
「お父様(という名の見たこともない赤の他人)……不潔ですわ」
「「そ、そういうんじゃないってば!」」
気持ち悪いくらいに声が揃っているオッサン二人を尻目に、ベルティーナは本当に遠慮なくドーナツを食べ、教会の子供たちの分もお土産にもらい帰っていった。
デミリーとハビエルには、そこそこ痛い出費になったかもしれんが、ベルティーナが帰る間際に「ありがとうございます」と、とびきりのスマイルを向けた際、「「ふにゃぁ~」」と、なんともだらしない面をさらしていたあたり、同情の余地はないだろう。
ベルティーナのスマイルを真正面から見るための拝観料だったと思っておけ。
もっとも、その柔らかな聖女の微笑みの向こうには、氷の視線を放つ般若が仁王立ちしていたけどな。
デミリーはともかく、ハビエルは…………まぁ、痛い目に遭わされるだろうな。
二十四区へ行く前に、いろいろと情報が手に入った。
活かせるネタがどれだけ含まれているのか分からないような世間話ではあったが……ないよりはあった方が断然いい。
何より、わざわざ四十区の重鎮二人が揃って激励に来てくれたんだ。
感謝の一つくらいはしてやってもいいだろう。……心強いと、思ってやっても罰は当たるまい。
それがたとえ――
「お父様(と名乗らないでいただきたい不埒者)、そろそろお帰りになられてはいかがですか?」
「イメルダ~、違うんだよ~! シスターとは、いや、教会とは友好的な関係を維持した方が木こりギルドとしてもだなぁ…………」
「…………おっぱいに篭絡されて…………ロリコンの風上にも置けませんわ」
「ほぅっ!? なんか、いろいろ酷いぞ、イメルダ!? なぁ、イメルダぁ~!」
――こんな情けないオッサンであっても、な。
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