192話 お留守番組の気持ち

「麹職人というのは、日が昇る前からむろに入って種麹の世話をするのだそうです。温度と湿度の調整が大事なのだとか」


 アッスントがそう語るように、麹職人の朝は早い。

 種麹は、麹菌の胞子の集まりのようなもので、そいつを使うことで豆麹だの塩麹だのを生み出すことが出来る、その名の通り麹の種のようなものだ。――と言い切ると語弊があるかもしれないが、『麹の素』だと思っておいて、まぁ大きく外れてはいないだろう。


 この種麹の管理は相当に難しく、菌である以上、扱いを誤れば当然毒性を持ってしまうこともある。

 麹の良し悪しがその後の加工品の味を大きく左右するのはもちろん、製品の命を預かっていると言っても過言ではないわけだ。


「ですので、前乗りをしましょう」


 ……お前は業界人か。何が『前乗り』だ。偉そうに。

 単に、早朝に会えるように前日から泊まり込むだけじゃねぇか。

 そんな業界人ぶりたいなら、『シースー』でも『べーー』に『れてー』『けーー』だっつの。



 まぁ、そんなわけで。

 俺たちは、面会の日の前日から二十四区へ向かうことになった。

 現在の時刻は十六時。終わりの鐘が鳴ったところだ。


「二十四区に着く頃には夜ですが、酒場くらいはやっているでしょうから、そちらで夕食を取り、宿へご案内します。あ、宿の手配はこちらでしておきましたので」

「金は?」

「領主様のお心遣いに感謝いたしましょう」

「……もうワンランク下の宿でもよかったんじゃないかな、このメンバーだったらさ」


 エステラがふてくされているということは、そこそこいい宿を手配してくれたのだろう。

 さすがアッスント。他人の金となると容赦ねぇな。


「もうワンランク落とした宿ですと、一部屋しか空きがなかったのですよ。私は、行商ギルドの支部に泊めていただくことも可能ですが、そうすると…………ヤシロさんと二人きりということになりますが…………そちらの方がよかったですか?」

「なっ!? そ、そんなわけないだろう!? だ、だいたい! ナタリアがいるから二人きりじゃないし!」

「では、ヤシロさんは両手に花ですか」

「ヤ……、ヤシロは馬車!」

「よしエステラ、金を出せ。黙って出せ。いい宿に泊めやがれ」


 誰が馬車なんぞで寝るか、……怖いのに。


「みなさん、夕飯は酒場で取られるんですか?」


 少し残念そうにジネットが言う。

 おそらく、夕飯の弁当を作りたかったのだろう。

 でも、今から準備していたのでは遅くなってしまうからな。


「店長さん、すみませんね。ヤシロさんをお借りしていきますよ」

「あ、はい。それは、あの……ヤシロさんが問題なければ、問題ないのですが……」


 ちらりとこちらへ向けられる視線がくすぐったい。

 十人中九人が寂しそうな顔だなと思うであろう表情をしている。本人だけは、そんなつもりはないのであろうが。


「……マグダさんが、ちょっと寂しそうでしたよ。急なお話でしたので」


 そっと俺に身を寄せ耳打ちをしてくる。

 マグダの姿を探すが、どこにもいない。もしかしたら、拗ねているのかもしれないな。

 ここ最近、置いてけぼりばかりだからな。


「ロレッタを泊まらせよう」

「もうすでに、そのつもりのようですよ」


 準備のいいロレッタに、ジネットの顔にも少し笑みが戻る。

 あいつのちゃっかりした性格も、こういう時はありがたい。


 そんなことを思っていると……


「……あいむ、ほーむ」


 マグダが帰ってきた。外から。

 どこに出かけていたんだ? というか、いつから出掛けていたんだろうか……気配、なさ過ぎだろう。忍者か、お前は。


「……ヤシロが今晩いないということで、陽だまり亭のセキュリティー強化を図る」


 胸を張ってそう宣言した後、入り口のドアに向かって声をかける。


「……入ってくるがよい、頼もしきガーディアンたちよ」


 マグダの声に導かれるように、キリッとした表情のロレッタが店へと入ってくる。

 ……ガーディアンね。


「ロレッタが店を守ってくれるって言ってんのか?」

「……だけではない」

「ん?」


 俺の視線を誘導するように、くいっとアゴをしゃくるマグダ。

 それにつられて視線を向けると、ロレッタの後ろからぞろぞろと顔なじみが入ってきた。


「まったく困ったもんさね。今は歯車の精度を上げるのに苦心してるってのに、強引さね、マグダは」

「まぁまぁ、いいじゃないノーマ~。一緒にお泊まり、私はうれし~よぉ~☆」

「よぉ、ヤシロ! 泊まりに来たぞ!」

「このワタクシが泊まるからには、スペシャルな夜になること間違いなしですわ!」

「……ぁ、ぁの……今晩は、ぉ世話に、なる…………ね?」


 ぞろぞろと、連なるように、ノーマ、マーシャ、デリア、イメルダ、ミリィが入ってきた。

 マーシャの水槽は、デリアが押している。


「……以上が、本日陽だまり亭を守るガーディアンたち」

「よくもこんなに揃えたな……」


 まぁ、これだけいれば安心出来るか。防犯面も、……寂しさを紛らわすって面でもな。


 突然の事態にもかかわらず、気配りをしてくれたマグダを褒めてやろうと視線を向けると……物凄い挑戦的なドヤ顔(無表情)がこちらを見上げていた。


「…………巨乳と、ぺったんこ×2」


 そんな謎の言葉を発しながら、俺……と、その背後に並ぶエステラたちを指さす。


「ちょっと待って!? なんでボクとアッスントが同じ括りなのかな!?」

「まぁ、確かに私は男ですからぺったんこですが……ほっほっほっ、お揃いですか」

「黙らないと馬小屋に泊まらせるよ、アッスント?」

「すみません、一人だけ巨乳で」

「君は本当にうるさいから、黙っててナタリア!」


 いや、まぁ。『巨乳とぺったんこ×2』は分かったが……それが一体なんだってんだ?

 ――と、今度はマグダが両腕を広げて、自分と、その背後に並ぶ者たちを指し示す。


「……爆乳連盟+ささやか二人・Withマグダ」

「ちょっと待ってです、マグダっちょ!? ささやかって、あたしとミリリっちょですかね!?」

「ぁう……ささやか……だけども…………ちょっと、悲しい……」

「っていうか、なんで自分だけ別枠にしたんさね?」

「平均値を下げてる張本人なのにねぇ~☆」

「……マグダは伸びしろが大き過ぎるので数値化は出来ない」

「おぉ、なるほどなぁ! マグダ、頭いいなぁ!」

「デリア、納得するんじゃないさよ、そんな屁理屈に」


 ちゃっかりと爆乳チームに在籍するマグダ。

 そんなマグダに、挑発するような視線を向けられる。


「……ヤシロの、今夜の予定は?」

「みんなでお泊まりだっ!」

「ちょっと待ってくれるかな、ヤシロ!?」


 なんだよ、チームぺったんこのリーダー!

 俺はめくるめく爆乳ナイトの準備で忙しいんだよ!


「君はボクたちと二十四区へ前乗りして明日に備えるんだよ」


 顔を鼻先にまで近付けて、奥歯を噛み締めながら笑えてない笑顔で訴えかけてくるぺったんこリーダー。

 く……っ。なんて心躍らない誘いなんだ……


「……おっぱいが、踊らない……っ!」

「心躍らないって言いたいんだよね!? だとしても失礼だけどね!」


 くそぅ……マグダめ。

 日を追うごとに強敵になっていくな、あいつは。

 そんなに行ってほしくないのか、俺に。


「……エステラとアッスントがいれば、なんとかなんじゃねーのー?」

「豆板醤の話を持ちかけたのは君だったよね? マーゥルさんも、君が動くものだと思って招待状を書いてくれたんだと、ボクは思うのだけれど?」


 まったく……なんでもかんでも俺に頼りやがって。


「エステラ……お前は知らないかもしれないがな…………俺は……」


 俺を睨む赤い瞳を真っ直ぐに見つめ返し、真剣な声で告げる。


「大きなおっぱいが大好きなんだ」

「知ってる! これ以上もないほどに熟知しているよっ!」


 じゃあ分かるだろう!?

 今宵、陽だまり亭はぷるんぷるんナイトだってことくらい!


「陽だまり亭ナイト! ぷるんぷるんフェスティバーール!」

「そんなお祭りは開催されませんよっ!?」

「カーニバァーール!」

「参加型でもありませんっ!」


 人材だけ集めておいて、家主のジネットが祭りの開催を拒否している。

 なんてもったいない……

 テレビの料理バラエティで高級食材を無茶苦茶にするタレントの所業くらいに憤りを感じるぜ…………っ!


「ヤシロの留守は、アタシらが見ててあげるさね。安心してお行きなよ」

「ぁの……ぉ仕事、がんばってね、てんとうむしさん」

「ほら、ヤシロ。ノーマとミリィがこう言ってくれてるんだから」

「なんだ。ヤシロはどっか行っちゃうのか?」

「私、初お泊まりなのに、残念だねぇ~☆」

「ほらっ、デリアとマーシャがこう言ってるぞ!」

「デリア、マーシャ、面白がらないでくれるかい!?」

「なんだよぉ、エステラ? あたいは別に面白がってなんかないぞ?」

「うふふ。私は、すご~く面白がってるぅ~☆」


 あぁ、賑やかだ。

 本当に賑やかで……安心出来るよ。


「マグダ」


 じぃっと俺を見つめ続けていたマグダに近付き、頭に手を載せる。

 耳が倒れて、少し反発するようにぴるぴるっと揺れる。


「店とこいつらをよろしくな」

「…………ご褒美は?」


 まだ少しふてくされているマグダ。

 ご褒美か……


「みんなでピクニックでも行くか? 店を半日休みにして」


「ピンッ!」と、マグダの両耳が立つ。

 陽だまり亭を半日休みにする……というか、午後は移動販売のみにすればそれも可能だろう。

 もちろん、その際は事前告知して、「夕飯用のお弁当」を大量に売りさばいておくつもりだが。


「どうだ?」

「………………」


 たっぷり十秒ほど黙って俺を見上げた後、マグダは一度尻尾をゆさりと大きく揺らし、鼻を鳴らした。


「……のった」

「よし」


 これで機嫌も直るだろう。

 ついでに、ジネットにも先の楽しみを与えてやることが出来るだろうし、一石二鳥だな。


「……というわけなんだが、構わないか、店長?」

「はい! じゃあ、またみんなで計画を立てましょうね」


 ジネットは満面の笑みだ。

 先ほどの寂しげな表情はもうどこにもない。


「川で鮭を捕まえるのはどうだ?」

「なんだかんだ、いつも河原ばっかりさね。たまには違うところに行くさよ」

「私はどこでもいいかなぁ~☆ あ、でも、山とか行ってみたいかも?」

「ぁ、ぁのっ! だ、だったら、森は? ぁのね、みりぃが知ってるところにね、安全で、綺麗なお花がいっぱい咲いててね、果物がいっぱい採れるところがあるのっ」

「ふぉう!? ミリリっちょが、珍しく熱いです!?」

「……そこが最有力候補」

「じゃあ、ミリィさん。その場所の使用許可を取っておいてもらえますか?」

「ぅんっ!」


 ……全員行く気だな、あれは。


「……勝負パンツは、…………逆に白……」

「おい、エステラ。向こうで不穏な発言をしているお前んとこの給仕長を黙らせてくれ」

「大丈夫。当日は柱に括りつけておくから」


 エステラの技量じゃ、ナタリアは止められないだろう。

 こりゃまた、賑やかなイベントになりそうだ。


「……それよりヤシロ」


 ピクニックの話で盛り上がる一同をちらりと見て、エステラが俺に身を寄せてくる。

 耳元で、エステラの吐息に載せた囁きが聞こえる。


「ジネットちゃんは何か言ってなかったかい?」

「ジネットが? なんて?」


 くすぐったい吐息に、すぐさま耳を離してしまった。

 顔を離すと、エステラは何か言いにくそうな顔でもじもじしていた。

 一度ジネットを窺ってから、赤い瞳が俺を見る。


「前に、一緒に行きたがっていたじゃないか。付いてきたいとか言わなかったのかい?」


 あぁ。と、思う。

 前にちょろっと、「一緒に行きたい」とか言っていたことがあったのだが、こいつはそのことを言っているのだ。

 あれはもう済んだ話だ。

 ジネット自身、遠出がしたかったわけではなく、ただ話の流れ上ちょっとそんなことを思ってしまっただけに過ぎない。


 俺たちと仕事で遠くに行くより、みんなと遊びで近くに行く方があいつは喜ぶだろうよ。

 だから、ピクニックのことに重点を置いておけばいいのだ、ジネットは。


「あいつの一番は陽だまり亭だからな。おいそれと泊まりがけで遠出なんて出来ねぇよ」


 それこそ、ルシアのところに行った時のように、事前に計画を練って万全の準備で挑むようなイベントでもない限り、思いつきでふらっと外泊――なんてことは出来ないんだよ。ジネットがしたがらねぇよ、そんなもんは。


「……どこまで本気なんだい?」

「何が?」

「だから……ジネットちゃんの一番は、って……………」

「……ん?」

「………もういい」


 拗ねたように口を尖らせて、エステラがそっぽを向く。

 赤い髪がふわりと揺れ、おっぱいはピクリとも揺れない。


「赤い髪がふわりと揺……」

「黙れ」


 くっ……『おっぱい』というワードが出る前に察知して妨害してきやがった……エステラのおっぱいセンサー、精度が上がってんじゃねぇの?

 いつか、超えられてしまうかもしれないな……


「ヤシロさん」


 エステラがなんとなく内緒な雰囲気で語りかけてきた話を終えると、それを待っていたかのようにジネットが声をかけてきた。

 そして、開口一番にこんなよく分からない言葉を口にする。


「ありがとうございます」


 長い髪を揺らしてぺこりと頭を下げる。

 頬にかかった髪を手ですくい、柔らかい笑みを浮かべる。


「何がありがとうだよ? 心当たりがねぇぞ」

「みなさん、楽しみが増えて凄く嬉しそうですよ。もちろん、わたしも楽しみです」

「ピクニックを提案しただけだろうが」

「はい。その提案が嬉しかったもので」


 ピクニックくらいで大袈裟だとは思いつつも、こうまで楽しそうにはしゃがれては皮肉すら出てこない。

 他の連中も盛り上がってるし、まぁ、よかったんだろう、これで。


「お弁当、考えておきますね」

「そうだな。森だと、下手に火を使うわけにもいかないだろうしな」

「そうですね。では、たくさん作りますね」


 日程がまだ決まっていないうちからこの張り切りようだ。

 今晩は、その話題でひとしきり盛り上がれるだろう。


「それじゃあ、そろそろ出発するか」

「うん。そうだね」


 あまり出発を遅らせても気を遣わせてしまう。

 さっさと行ってしまった方がいいだろう。


 特に用意するものもないし、たかが一泊だ。気楽に出向くとする。


「では、私の馬車に付いてきてくださいね」


 そう言って、アッスントは先に店を出ていく。

 俺たちはエステラの馬車で向かうが、アッスントは自分で用意した馬車に乗っていくのだそうだ。


 領主の馬車に乗ると、卑屈な精神がふつふつとわき出してくるとでもいうのだろうか。

 ……そういや、前に四十一区からの帰りに馬車に同乗してただけで、顔が引き攣ってたことがあったっけなぁ。

 エステラが領主だと分かった直後のことだったし、今はどんな反応するのか分からんけどな。


「今回はアッスントに乗せてもらわないのか?」

「だって、ウチの馬車の方が豪華じゃないか。二十四区の領主に会いに行くなら、見栄くらいは張らないとね」


 ……その豪華な乗り物はハビエルに借りてる馬と馬車だろうが。

 せめて本体くらい作っとけよ。そろそろいるだろう、二頭立ての馬車。


「……あの馬、このまま返さずにもらえないかなぁ……?」

「ミスター・ハビエルを亡き者にすれば、あるいは……」

「ちょっと、そこの垂直領主とアホ給仕長さん? 聞こえてますわよ」


 娘の前で悪事を企てるエステラとナタリア。

 こいつらが四十二区の代表者なんだよなぁ……


「それじゃあ、みんな。行ってくるね」


 イメルダの追及を無視するように、晴れやかな笑みで手を振るエステラ。

 お~お~、イメルダだけをきっちり視界の外に追いやってるな。


「では、ヤシロさん。お気を付けて」


 ジネットが俺の前で手を組む。狩りに出る前のマグダにするみたいにお祈りを捧げてくれているようだ。

 なんだかなぁ……外泊って、こんなに大袈裟なものだっけ?

 そういや、中学生の頃、友達の家に泊まりがけで遊びに行くってなった時、女将さんが同じような感じだったな。

「気を付けてね」と口で言いながら、どこか不安そうで、なんとなく行ってほしくなさそうにも見えて…………


「……ふふ」

「どうかしましたか? わたし、何か変でしょうか?」


 思わず漏れた笑いに、ジネットが焦りを見せる。

 いやいや。単純に、似てるなって思っただけだ。それが、妙におかしかったんだよ。


「心配性」

「え……むぅ。それは、確かに否定は出来ませんけれど……」


 からかってやると、分かりやすく膨れて、唇を尖らせる。

 そして、恨みがましそうにこんなことを言ってくる。


「心配くらいしか、出来ることがありませんから」


 だから、心配くらいさせてください。――と、そう言いたそうだ。


「ジネットちゃんも来るかい?」


 ひょっこりと、俺の背後から首を出して、エステラがそんなことを言う。

 この状態で急にジネットが抜けたら、陽だまり亭がパニックになるっつうの。

 見ろ。ミリィが不安そうにしてんじゃねぇか。……このメンバーにはまともなヤツが少ないんだから、ジネットがいなきゃまとまらん。


「行きたい気持ちはありますけど、今回は遠慮しておきます」


 ジネットも、同じようなことを考えているのだろう。

 こいつは責任を放り投げて遊びに行くようなヤツじゃない。


 感心感心――と、思っていると、不意にジネットの視線が俺を捉えた。


「『ちゃんと帰ってくる』と、約束してくださいましたし……」


 不覚にも、ドキリとさせられた。


「わたしはここで、ちゃんと待ってます」


 陽だまり亭名物、太陽のようなジネットの笑顔は……時に眩し過ぎて直視出来ない時がある。

 だから、こんな言葉で煙に巻く。


「帰ってくるさ……ぷるんぷるん例大祭が待っているからな」

「くす……くすくす」


 肩を揺らして笑うジネット。

 そうだな。これくらいがちょうどいい。直射日光を浴び続けるのは、俺みたいな日陰の人間には毒になる。


「……罰が当たればいいのに」


 明るい笑みの隣から、暗黒のオーラを放つエステラ。……そういうお前こそ、おっぱいの神様の罰とか当たってんじゃないのか?


 陽だまり亭に一つ欠点があるとすれば、離れるのに時間がかかることだ。

 いい加減出発しないと、向こうに着くのが夜中になる。アッスントも待ちくたびれているだろう。


 俺とエステラは揃ってドアへと向かう。

 先行するナタリアがドアを開け待っていてくれる。


 さぁ、外へ出ようという時になって、また待ったがかかる。


「お兄ちゃん、ちょっと待ってです!」


 ロレッタが慌てて駆け寄ってきて、折りたたまれた四つの紙を差し出す。


「なんだ?」

「お手紙です! 今みんなで書いたです!」


 見れば、ノーマやミリィがテーブルのそばでペンを握っていた。

 こんな短時間に慌てて書かなくても……


「あとで見てです。一人一枚ずつで、これはアッスントさんにです」

「よし、アッスントのヤツを見よう」


 有無を言わさず、アッスントへの手紙を取り上げて広げる。

 そこには――


『がっちり稼いでこい』


 ――と、書かれていた。

 ……手紙か、これ?


「……分かった。きちんと渡しておくよ」

「渡す必要あるのかな、それ?」


 俺たちの分は後で読むことにして、俺たちは馬車へと乗り込んだ。

 上座にエステラが座り、その隣に俺、向かいにナタリアが腰かける。

 こちらが座ったのを確認して、御者が馬を走らせる。


 蹄の音を立てながら、馬車はゆっくりと前進を始めた。






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