161話 再びの同盟

 エステラ、デリアを連れて陽だまり亭に戻ると、店の前で思いがけないヤツに出迎えられた。


「帰りを待っていた、私は、四十二区の領主と友達のヤシロの」


 三十五区領主の館の給仕長ギルベルタが、相変わらずのかっちりした雰囲気で店先に立っていた。


「ギルベルタ!? どうして君がここに?」


 エステラが驚いた声を上げる。

 こいつらの訪問は予定になかったことのようだ。


 こいつら……

 そう。ギルベルタがいるということは、当然あいつもいるはずだ。


「ルシアも来ているのか?」

「肯定する、私は。店内で待っている、ルシア様は、あなたたち二人のことを」


 なんとなく嫌な予感がする。

 セロンとウェンディの結婚式に関連したあれやこれやで、随分と深く関わった相手ではあるが、このオールブルームの街全体を見た時に、四十二区の真逆、対角線上にある最も遠い区の領主だけに、一連の用事が済めば今後はそうそう会うことはなくなるものだとばかり思っていた。

 ところが、そのルシアがわざわざ会いに来たというのだ。


 この、水不足に起因するゴタゴタの最中に。

 二十九区をはじめとした『BU』とかいう連中からの宣戦布告ともとれる書簡を受け取った日に、だ。


「とにかく、会って話を聞こう」

「聞きたくねぇけどな」


 エステラが表情を強張らせている。

 俺も、随分と引き攣った顔をしていることだろう。


「なぁ、あたいも話聞いていいか?」


 デリアがいつになく真剣な表情で尋ねてくる。

 こいつも何かを察したらしい。

 川が心配だという思いが表情に滲み出している。


「もしかしたら、難しくて、ちょっと分かんなくて、迷惑掛けるかもしれないけど、でもあたいは……」

「大丈夫だ、デリア」


 居ても立っても居られないんだろう。

 大切な川のこと、だからな。

 ルシアの話は、おそらくこの水不足に関連する話だろう。


 デリアはやや不安げな表情を見せる。

 けれど、引く気はなさそうだ。


 さすがギルド長、ってところだな。


「もし、分かんないことがあったら、俺が噛み砕いて説明してやる。だから、しっかり聞いとけ」

「うん……ありがとな、ヤシロ」


 デリアも、少しずつ成長している。

 このままではダメだと、本能が感じ始めているのだろう。

 歩みはゆっくりでも、こいつは前進を始めた。


 いいギルド長になるかもな。

 もしかしたら、木こりギルドや狩猟ギルドと張り合えるほどの。


「とにかく中へ。あまりない、ゆっくりとしている時間は。急を要する、事態は。そういう認識でいる、ルシア様は。もちろん、私も」


 起伏の少ないギルベルタの表情が、一段階険しさを増す。

 ドアに手をかけ、俺たちを誘うようにそれを開く。


 俺はエステラと一度視線を合わせ、軽く頷き合ってから陽だまり亭へと足を踏み入れた。


「あ、ヤシロさん、お帰りなさい。あ、エステラさんもご一緒だったんですね」


 俺たちの顔を見て駆け寄ってくるジネット。

 ほんの少しだけ囁くようなニュアンスで「ルシア様がお待ちでしたよ」と、伝えてくれた。


 フロアの中央付近の席に、ルシアが座っていた。

 隠すこともなく、威厳たっぷりの領主オーラを辺り一帯に撒き散らし、一分の隙もない整った姿勢でこちらを見つめていた。


「待っていたぞ」


 短く言って素早く、けれど、ろうそくの灯も揺らさないくらい静かに立ち上がる。

 相変わらずの鋭い視線がこちらを見つめ、瞬きもせずにつかつかと歩み寄ってくる。


 ピンと伸びた背筋に、歩幅の大きな歩み、顔の高さは一切ブレることなく、表情の読めない勇ましい顔つきのままどんどん近付いてくるルシアは迫力満点で、知り合いでなければ逃げ出していたかもしれないほどだ。


「……会えて嬉しいぞ」


 だから、そんな囁きに一瞬耳を疑い……


「クマ耳美女っ!」

「俺を素通りすんな!」

「かわゆす! いとかわゆす!」

「ヤ、ヤシロ! これ、あたいはどうしたらいいんだ!?


 殴ってやればいい。俺が許可する。


 こいつは、どんな状況下においてもルシアなんだよな、まったく!


「話したいことがあるんだろ。聞かせてもらうぞ」

「私の話が聞きたければ、ウェンたんとミリィたんを連れてこい!」

「時間ねぇんだろ!? さっさと話せよ! ギルベルタ引き取るぞ、コノヤロウ!」

「それはいい考え思う、私はっ」


 ギルベルタの瞳がきらりと光り、ルシアは目にも留まらない速度で移動し、誰にも渡さんとばかりに強く抱擁した。


「宣戦布告か、カタクチイワシッ!」

「さっさと話せよ……こっちもいろいろ問題抱えてんだよ」


 アホは無視して、さっさと席に着く。

 エステラも俺の隣にすとんと腰を下ろす。うん。こいつもルシアの奇行は無視する方針らしい。


「ふん。相変わらず礼を失しているな、カタクチイワシ」

「やかましい。聞いてやるから座れ」


 アゴで向かいの席を指すと、ルシアは再び優雅な足取りで戻ってきて、腰を下ろす。

 そして、座るなり片手を上げてジネットを呼ぶ。


「ジネぷー、新しい紅茶をもらおうか。この二人にも出してやってくれ」

「はい。少々お待ちください」


 ぺこりと頭を下げ、ジネットが厨房へと戻っていく。


「……誰がジネぷーだ。変なあだ名付けんなよ」

「本人の了承は得ておるのだ、部外者にとやかく言われる筋合いはない」


 何を了承してんだよ、ジネット……


「人間の中では、あの者が一番好きなのでな」

「……巨乳派か」

「貴様は、女性を胸の大きさでしか評価出来ない変態なのか?」

「誰が変態だ!」

「女性にとって最も重要なのは、抱きつかせてくれるかとか、いろんなところをぷにぷにもふもふさせてくれかとか、そういうところだ!」

「お前の方がよっぽど変態だろうが!」

「うるさいよ、変態二人。お茶が来るまで少し黙っててくれるかな?」


 変態モードのルシアには一切手加減しなくなったエステラ。

 これは進歩なのか、領主としての退化なのか、判断に苦しむところだ。


「……ヤシロ」


 音もなく、俺の背後からマグダが現れた。


「……マグダたちも同席を希望する」

「ん、いや、でも仕事は?」

「……客がいないため、マグダとロレッタであらかた片付けてしまった」

「客がいない……?」


 言われて店内を見回すと……確かに客がいない。


「貸し切らせてもらった、ルシア様が滞在している間は、我々が」


 マグダの隣に、これまた音もなくギルベルタが現れる。

 お前らは忍びか。


「聞かれるとまずい話、ルシア様がしようとしているのは。噂レベルでも困る、騒がれるのは。問題になる、ここにルシア様がいるという情報が漏れるだけでも」


 そこまで深刻な話といえば、やはりあれしかないだろう。


「『BU』絡みの話だな?」

「やはり、こちらにも来ていたか、『BU』からの書簡が」

「はい。ご覧になりますか?」

「よいのか、エステラよ?」


 領主宛てに届いた書簡を他の領主に見せるなんてのは、普通はあり得ないだろう。

 まぁ、領主でもなんでもない俺が見てる時点で問題あるだろって話なんだが……


「構いませんよ。どうせ、ルシアさんのところに来ているものとさほど内容は変わらないでしょうし」

「ふむ。では拝見しよう」


 書簡を広げ、内容にザッと視線を走らせるルシア。

 物の数分で視線を上げ、意味ありげに口角を持ち上げた。


「概ね同じような内容だな」


 俺たちの予感は的中していた。

『BU』とかいう領主たちの連盟は、四十二区と三十五区の合同結婚式に今回の旱魃の責任があると論じている、

 四十二区、三十五区、双方に被害額の補填――損害賠償を請求しようとしているのだ。


「お待たせしました」


 ジネットが紅茶を八つ持ってくる。

 ……全員分かよ。


「デリアさんは、あたしたちと同じテーブルに座ってです」


 ジネットに続いて、トレイを持ったロレッタが厨房から出てくる。

 トレイには、フルーツタルトが並んでいる。


「ロ、ロレッタ! そのケーキはなんだ!? くれるのか!?」


 食いつくデリアに、ロレッタはさも当然のことのように返答する。


「はいです。お店の奢りです。食べながら難しい話を聞くです、一緒に!」

「よし! ケーキがあれば、あたい、どんな難しい話も理解出来る気がする!」


 いや、それはないだろう。

 いくら糖分が脳の栄養だからって…………というかだ。


「……ロレッタ。随分と偉くなったもんだな、お前は。ん?」

「はぅわぅっ!? て、ててて、店長さんに、そう言われたですよ!? ホントです! あたしの一存ではないです!」


 ちらりと視線を向けると、ジネットは肩をすくめ、悪事を誤魔化そうと眉根を寄せて困り顔を見せる。……そんな顔で誤魔化せると思ってんのか、こいつは。


「構わん。私が奢ってやる。存分に食うがよい」


 ジネットに一言物申そうかとしたところ、ルシアがそれを遮った。

 自ら奢るとは、豪胆だな。


「よし、じゃあ俺は陽だまり亭懐石の……」

「貴様の分はお断りだ。女子たちは好きに飲み食いするがよい」


 ……こいつは相変わらずだ。


「では、ヤシロさんの分は、私がご馳走させていただきますね」


 と、ジネットがフルーツタルトを俺の前へと置く。

 ……まったく、調子のいい。


 全員にお茶とケーキが行き渡り、各々が席に着く。


 俺たちの席の左隣に、マグダとロレッタ、デリアが座る。

 ギルベルタはルシアの後ろに控えている。


「ギルベルタよ、そなたも相伴にあずかるといい。美味いぞ」

「仕事中、私は。以前決めた、公私は分けると」

「よい」

「……了承した、私は」

「では、わたしと一緒に座りませんか」

「了承する、私は」


 ルシアに頭を下げ、すっと一歩後退し、そのままジネットと一緒に俺たちの右隣のテーブルへと座る。


「さて、かなり気分の悪い話だ。食いながら話そう」


 ほとほと嫌気が差したというような表情で、ルシアが一枚の紙を広げる。

 食器を避け、テーブルにスペースを作る。


「これは……」

「オールブルームの地図だ」


 ルシアの言う通り、それはオールブルームの全体図だった。

 初めてこの街に来た時に三十区で見た地図の縮小版だ。

 きちっと線が引かれ、各区に数字が割り振られている。


「そなたは外から来た者なのだろう、カタクチイワシ」

「今では四十二区の立派な住人ですよ」


 ルシアの言葉に、ジネットが食い気味に言葉を重ねる。

 ルシアも、予想外のところから言葉が飛んできたので驚いている様子だった。

 しかし、軽い咳払いの後、柔和な笑みを浮かべジネットへと言葉を向ける。


「無論、そうだとも。だが、この街の地理に関しては、我々よりも疎いかもしれん。そういう思いからの確認だ。気を悪くするな」

「い、いえ! そういうつもりでは…………すみませんでした」


 肩をすぼめ、俯く。

 ジネットには珍しく感情的な発言だったように思う。


 ジネット自身も、らしくない自身の言動を恥ずかしく思っているようだ。顔が赤く染まっている。


「まぁ、確かに。細かい配置はおぼろげにしか覚えてないな」


 おおよそは見当がつくが、こうして図で見せてもらった方が分かりやすい。

 改めて、このオールブルームを俯瞰で見てみる。


 中央に一区、所謂中央区が存在している。

 それを中心に、放射線状に他区が広がっている。

 放射線状と言うより、螺旋状に区が続いていると言うべきかもしれない。


 中央区に隣接するように二区から五区がぐるりと周囲を取り囲んでいる。

 さらにその周りを、六区から十区までの五つの区が取り囲んでいる。


 この一区から十区までの区は、他区に比べ領地がかなり小さい。

 四十二区と比較すると五分の一から六分の一くらいの面積だ。


「知っているとは思うが、中央区、並びに二区から五区辺りまでは王族の住まわれる領地だ。その周りに二等級の貴族が住んでいる」

「二等級?」


 ルシアの言葉に、また聞き慣れないワードが含まれていた。

 亜人や亜種のように、古くからこの街で使用されてきた身分制度なのだろうが。


「中央区に住まわれておいでなのがこの国をお治めになっている正王家。そして、その近隣四区に住まわれているのが、正王家の血筋に当たる貴族たちだ。そのような方々を、我々は『王族』と呼称している」


 ルシアが敬語を使っている。この場に居もしないヤツ相手に。

 つまり、そういう一族なわけだな、王族ってのは。軽口ひとつで首が飛びそうだ。今回は大人しく聞くことに徹しよう。


「『王族』と一口に言っても、やはり正当な血筋との区別はしっかりと付けられていて、正王家の方々以外の王族を、ボクたちは『一等級貴族』と呼んでいるんだよ」

「なるほど。ってことは、王族ではないが、それに次ぐ高貴な貴族が二等級ってわけだ」

「うむ。主に、施政に関わる者……大臣や宰相などが含まれる」


 エステラに続きルシアが説明をしてくれる。


 王様を頂点にして、その血筋が一番で、王族の世話係が二番ってわけだ。


「ってことは、王室との関係は強いが要職には就いていない貴族が三等級ってとこかな」

「察しがいいな、カタクチイワシ。王家御用達の服職人や細工職人、出入りの者たちが三等級貴族と呼ばれている」

「大商人や大富豪と呼ばれる貴族たちだよ」


 と、補足した自分の言葉に、さらに補足を加えるエステラ。


「行商ギルドのギルド長も、この三等級貴族に含まれる」

「へぇ……そりゃ、さぞ威張り散らせる御身分なんだろうな」

「それはもう。ボクみたいな五等級貴族なんか歯牙にもかけないほどにね」


 エステラは五等級なのか。

 ルシアが今の発言にうっすらと笑みを浮かべている。微かに自嘲気味な、しかし小気味良さそうな笑み。ルシアも五等級貴族なのだろうか。

 雰囲気からすれば、エステラやリカルド、デミリーたちより格上に見えるのだが。


「あ、もしかして」


 俺はオールブルームの地図を見てひらめく。

 中央区には正王家。

 その周りの二区から五区に一等級貴族。

 その周りの六区から十区に二等級貴族。

 そして、上記十区よりやや広い領地を持つ十一区から二十二区の十二の区に住むのが三等級貴族。


「中央区を中心として、円の内側ほど等級が高いってことか」

「その通りだよ」


 この街の区は、中の区を取り囲むように円状に外の区が繋がっている。

 その円が外へ行くほど貴族としての地位、等級が下がっていくのだ。


 なので、一番外側の――外周区と呼ばれる三十区から四十二区の貴族は最も等級の低い五等級貴族ということになる。

 その分け方なら、ルシアも五等級貴族で間違いない。


「外周区の三十区と、一個内側の二十九区じゃ、えらい違いなんだな」

「身分は、な」


 ルシアが含みを持たせた物言いをする。


「そして、今回――」


 こつこつと、エステラが地図を人差し指で叩きながら俺に言う。


「――ボクたちにクレームをつけてきたのが、その二十九区を含む『BU』なんだ」


 言いながら、二十三区から二十九区までの、四等級貴族の住まう区域を指でなぞる。

 そこは、外周区はもちろん、内側の十一区から二十二区と比較しても領地が細長く、とても狭い。外から二周目に存在するその七つの区は、まるでベルトのように細長くオールブルームを一周していた。


 ベルト…………の、『BU』、じゃ、ないよな、たぶん。『U』は『ユナイテッド(連合)』なんだろうけど。


「つまり、一つ位の高い貴族からいちゃもんがついたと、そういう面倒くさい状況なわけだな」

「君流で言うならね」


 俺流も何も、その通りだろうが。

 ……身分の高いヤツが、下のヤツのすることにいちいち目くじら立てんなっつうの。

 しかも、言い分は難癖以外の何物でもない…………肝っ玉の小さい連中だ。

 これだから貴族は…………とは、貴族であるエステラとルシアを目の前にしては言えないよな……


「まったく。これだから貴族は面倒くさい。なぁ、エステラよ」

「え? あ、はは。ボクは立場上言いにくいですけど…………そうですね」


 貴族二人からまさかの発言が飛び出し、俺やジネットたちの方がギョッとしてしまった。

 エステラは貴族ぶることがほとんどないからまぁ分かるが……それでも、ルシアを目の前にしては言い難かったろうな。


「はっはっはっ。面白い顔をするなカタクチイワシ。目玉を抉り出すぞ」

「笑顔で怖いこと言うんじゃねぇよ!」


 特に、手にフォークとか持ってる時にはな!


「私はもとより、貴族連中とは馬が合わんのだ。ギルド長との方が話が弾むタイプでな」

「獣人族が多いからな」

「マーたんは最高だ」


 ただの変態発言なのだが……今はなんだか、凄く優しさのようなものを感じた。


「これだから、『外周区は野蛮だ』とか『変人が多い』とか言われるのだろうな」

「四十二区なんて、同じ五等級貴族からも言われ放題ですよ」


 まさに愚痴だ。

 貴族なら、決して他人に――それも俺やジネットたちのような一般人には聞かせることのないであろう、明け透けな愚痴を憚ることなく口にしている。

 お前ら、それでいいのかよ。


「だから貸し切りにさせてもらった、今日は。こういう雰囲気でないと不可能と判断した、今回の話は」


 隣のテーブルから、ギルベルタがそんな補足を寄越してくる。

 ちまちまと、小さく小さくカットしたタルトを口に運びながら。


「非常に面倒くさいぞ、『BU』の連中は」


 腹を割った意見が、真正面から俺に飛んでくる。

 フォークを俺の目に向かって突きつけ、ルシアが凄みのある笑みを向けてくる。


「見てみろ、その異様な領地を。何か気付かんか?」

「領地が狭いな」

「それだけではなく、細く長い」


 細長い領地というのは、活用が難しい面がある。

 家にしたって、間口の狭い細長い家より、広い間口のゆったりした長方形の方が住みやすいだろう。


「それぞれの区が細長く、二つから三つの区と隣接している」


 ルシアの言う通り、『BU』に属する区はそれぞれが片側だけで二つ、ないし三つの区と隣接している。

 長い分、隣接する区が多くなるのだ。


「連中はそんな領地を利用して『通行税』を取っている」


 自区を通るためには金を払え……以前四十一区が行おうとしていたことだ。

 これらの区が『BU』なる連合を組み、全体で通行税を取っているのだとしたら、外から来た者たちの多くが『BU』に金を落としていくことになる。

 外から商売に来た者なら、何はなくとも中央区で商売がしたいだろうからな。

 このオールブルームの中で、最も優雅で栄えている街で。


 そして、外周区から中央区へ行くためには必ず『BU』を通過する必要がある。

 阿漕な商売だな。


 ……あれ?


「俺、一回『BU』通過したけど、金取られなかったぞ?」

「人には課税しないよ。商品にだけさ」

「そうなのか?」

「そうしなければ、王族たちからも金を取らねばならなくなるからな」

「取ればいいじゃねぇか」

「ふむ。カタクチイワシよ。そなたは卑猥な生き物の代表格のような顔をしているのに、心根は割と純粋なのだな」

「誰が卑猥の代表格か」


 にやりと、からかうような笑みを浮かべるルシア

 何が純粋だってんだよ?


「貴族の中には、身分違いの女性との火遊びを好む者もいるということだよ」


 こそっと、エステラが耳打ちをしてくる。

 明らかに、ジネットたちに配慮した声音で。


「……あぁ。そういうことか」


 要するに、王族や上位の貴族たちが、夜な夜なこっそりと身分の低い女を引っかけてオトナな遊びをして、夜が明ける前に屋敷へ戻る――と。

 そんな時に、生き帰りでいちいち金を取っていたら、こっそりと行動したい王族や上位貴族に目を付けられかねないと。

 なので、そういう移動のない、商品に税をかけるに留めているってわけか。


 ……そんなくだらねぇこと思いつかなかったからって、別に俺が純粋とか、そういうんじゃねぇだろうが。

 えぇい、ニヤニヤすんな変態領主! 獣人族マニア! 倫理観への謀反人!


 ……ふん。


「とにかく、連中の話を聞きに行くほか道はない。だが、こちらもただ行って言いたい放題言われるのは気に食わない」

「結構な無理難題を吹っかけられる可能性が高いですからね」


 ルシアとエステラの思惑は合致したようだ。

 つまり――


「共同戦線を張ろうではないか」

「えぇ。望むところです」


 再び、四十二区と三十五区の領主が固い握手を交わす。


「これでまたこき使えるわけだな、そこのカタクチイワシを」

「えぇ。操りきれるものでしたら」


 二人してこっちに視線を向ける。

 嫌な笑顔さらしやがって。


「……報酬は高くつくぞ?」


 原因だと、向こうが主張しているのは俺が提案した打ち上げ花火だ。

 相応の責任からは逃れられないだろう。


 ならばせめて、俺に美味しい思いをさせやがれ。


 まぁ、どうせ。

『BU』の連中には一泡吹かせたいと思っていたところだから、今回は乗ってやるけどな。


 俺はもう一度、地図に視線を向ける。

 俺たちの住む外周区と、王族や上位貴族の住む内側の区を分断するようにオールブルームを一周する『BU』。

 まるで、「お前らはここから中に入るな」とでも言っているようだ。



 上等だぜ。

 お望み通り行ってやるよ。お前らの内部を、食い荒らしにな。






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