153話 くたくたのミリィ
ミリィの家へたどり着くも、珍しいことに花屋は閉まっていた。
ジネットの顔から血の気が引くも、一つだけ安心出来る情報が手に入った。
どうやらミリィが倒れたということはなさそうだ。
店のドアにこんな張り紙がされていたのだ。
『ご来店くださったお客様へ
申し訳ありませんが、森の管理のためしばらくお店を休ませていただきます』
「ミリィさん、無理をなさってはいないでしょうか……」
さぁ、それはどうかな。
森を守るためになら、いくらでも無理をしてしまうのがミリィだ。
店を休みにしなければいけないほど、森の状況は厳しいのだろう。
いつもなら、生花ギルドの誰かが店番を代わってくれているのだが、今回はその人員も割けないのだろう。
まさに、生花ギルド総出で森を守っている状況だと言える。
「とりあえず、店にはいないみたいだな」
「そのようですね……森へ行けばお会い出来るんでしょうか…………でも、さすがにそれはご迷惑がかかるかもしれませんし……」
「でもね、ジネットちゃん。話を聞けば、何か力になれることがあるかもしれないんだよ」
「そ、そうですね。みんなで頑張れば、今より少しは状況がよくなりますよね!」
頑張ると言っても、具体的に何をすればいいのかは分かっていないのだろう。
なんとなく、気持ちが「頑張らないと」と空回っている状態だ。危ないな。
「……ぁっ」
その時、消え入りそうな声が聞こえてきた。
懐かしいとすら感じるその声の主は、店の前で話し込む俺たちを見て、大きな目をまんまるく見開いて固まっていた。
「ミリィさんっ」
ミリィの姿を見るや、ジネットは駆け寄っていった。
「……じねっとさん……てんとうむしさんにえすてらさんも……どうした、の?」
俺たちが揃って押しかけたことに、ミリィは驚いている様子だった。
だが、泣きそうな顔をしたジネットと、相手を安心させるような穏やかな笑みを浮かべたエステラを見て、ミリィは状況を察したようだ。
まんまるく見開かれていた大きな瞳が、一瞬歪み、泣きそうに細められる。
「……ぁの……心配、かけちゃっ、た?」
「いえ……大丈夫……大丈夫ですよ」
声を詰まらせて、ジネットがミリィの手を取る。
心配しましたと全身が物語ってるぞ、ジネット。
ジネットは、ミリィの顔を見て安堵したのだろうが……気が張っているところにこれじゃあ、ミリィが泣いちまうな。
「ウチの従業員も心配してたぞ」
力を抜いて、軽口を叩く。
「マグダと、……えっと、なんだっけ? ほら、あの……なんか普通の……」
「……くすっ。てんとうむしさん、ろれったさんの名前忘れたらかわいそう、だょ?」
くすくすと、小さな肩が揺れる。
うん。ミリィはやっぱり笑っている方がいい。
けどまぁ、ロレッタ。お前凄いな。
「普通」ってワードで誰にでも伝わるようになったんだな。
「ねぇ、ミリィ」
優しい声を出して、エステラがミリィに話しかける。
近くまで歩み寄り、小柄なミリィの顔を覗き込む。
「困ったことがあったら、すぐに相談してくれなきゃダメじゃないか」
「でも……みりぃたちの問題だから……」
「何を言ってるんだい。ボクは領主だよ? ミリィたちの問題は、ボクの問題さ」
この街に住む者の問題を一手に引き受ける度量があるとでも言いたげに、エステラは自信に満ちた笑みを漏らす。
「それにさ」
いつしかエステラの笑顔は、領主の微笑みから、いつものカラッとした明るいものに変わっていて、言葉遊びを楽しむような雰囲気を醸し出し始める。
「ここにいるのは、君がもっと甘えてもいい人間ばかりじゃないか」
まずは自分の胸を叩き。
「頼れる領主と」
そして、ジネットの肩をぽんと叩いて。
「心優しい君の友人と」
最後に、なんとも小憎たらしい笑みを俺へと向けやがった。
「この街一番のお人好し、なんだからさ」
だぁれが『この街一番』のお人好しだ。
そりゃ確実にジネットのことだろうが。
それでも、ミリィがおかしそうにくすくす笑っているから……否定しにくいじゃねぇか。
「俺の『お人好しモード』には別料金がかかるんだが、それは領主へ請求すればいいのか?」
「いや、今回は生花ギルドへ請求してもらおうかな」
「ぇえっ!?」
エステラの言葉に、ミリィが驚きの声を上げ、次いで不安げな瞳を俺に向ける。
くそ、エステラめ。
……ミリィには請求しにくいのを知っていて、この対応か…………しょうがない。
「あとでこっそり分からないようにエステラの利益をむしり取ってやる」
「そういう悪巧みは声に出さずに心の中でしてもらいたいものだね」
俺らのやりとりを聞いて、それを「冗談」だと思ったのだろう。
ミリィがまたくすくすと笑い出した。
ふふ、ミリィ…………俺、大真面目だからな? 絶対に請求するから。エステラに。
「ミリィさん」
ミリィの前にしゃがんだまま、その大きな目を見上げるようにジネットが真剣な声で言う。
「わたし、ミリィさんの力になりたいです」
「……じねっとさん…………」
「どうするべきか、ずっと迷っていました。迷って、悩んで、何も出来ない自分が、本当に歯がゆくて…………でも、ヤシロさんやみなさんが、背中を押してくださったんです」
ミリィの瞳が一瞬だけ俺を見て、またジネットへと戻る。
それを待って、ジネットは……ジネットにしては珍しく……ハッキリとした声音で自身の思いを告げた。
「ミリィさんが心配です。困っていることがあるなら、わたしに協力させてください」
知り合いのピンチにはいの一番に駆けつけるくせに、それを差し出がましいのではないかと不安になって、いつもいつも誰よりも心をすり減らす。
なんとも損な性分をしている。
報われることの少ない、損な役回りを進んで買って出る。
それが、ジネットというヤツなのだ。
「で、でも……これは生花ギルドの問題だから、みんなに迷惑は…………」
「なぁ、ミリィ」
ジネットに負けず劣らず、他人に迷惑をかけることを躊躇うミリィに、俺は最も有効的であろうと思われる一言を放つ。
「ジネットを助けてやってくれないか?」
「……じねっとさん、を?」
「あぁ。ミリィのことが心配で仕事も手に付かないんだ。今回ばかりは、ジネットにお節介を焼かせてやってくれないか?」
そう言われてしまえば、ミリィはもう否定を出来ない。
それに、「お節介」だというマイナスな言葉が、「差し出がましいのでは」と不安を覚えているジネットに対しても救済になるだろう。
少しだけ責められることで救われる――そんな時だってあるのだ。
「…………ぅん。わかった…………ごめん、ね?」
「いいえ。こちらこそです」
泣きそうな笑顔が二つ、お互いの顔を見つめ合う。
そんな二人を眺めていると、エステラから小さくVサインを送られた。
ふん、やかましいわ。
これも別料金で請求するからな。
「ぁの……それじゃあ、おうち、上がってく?」
「いいんですか?」
「ぅん……みりぃ、これから休憩だから」
おそらく、朝も夜もなく森の世話をしているのだろう。
交代で休息を取り、森を守っているのだ。
「もしかして寝てないんじゃないのか?」
「えっ!? でしたら、しっかりと休息を取らないと……」
「へいき。みりぃ、全然眠たくはないから……それに、みんなとぉ話したい……そうしたら、きっと元気出るから」
ジネットは慌てるが、ミリィがそれを宥める。その言葉に偽りはないように思えた。
眠たくないってのが事実かどうかは分からんが、話がしたいというのは本心なのだろう。
忙しさのあまり、ろくに息抜きも出来ていないようだし、気が置けない友人と話せば気分転換にもなるだろう。本気で疲れている時は、そういう変化が何よりも力になる。そんな時だってあるのだ。
「ちょうどいいじゃねぇか。ジネット、飯を作ってやれよ」
「あっ、そうでした! ミリィさん。お腹空いてませんか? わたし、材料持ってきたんです」
「ゎあ……うれしい! 実は、ここ最近木の実しか食べてなくて……みりぃおなかぺこぺこなの」
えへへと笑うミリィ。
木の実しか食べてない、か。無いのは金ではなく時間の方なんだろうな。
「それじゃあ、キッチンをお借りしますね」
「ぅん。こっち。てんとうむしさんとえすてらさんは、ちょっと待ってて……ぁの…………ぉ部屋、散らかってるから……」
チラッと、俺に視線を向けてすぐに逸らす。
……まぁ、男を部屋に上げるには、それなりに準備が必要だよな。
「なんなら、俺は遠慮しようか?」
「ぅうん! だめ! ……ぁう……ぁの……」
思わず大きな声を出して、それに自分自身が驚いて、急に恥ずかしくなったのか俯いてもじもじし始めるミリィ。
「……てんとうむしさんとも、ぉ話、したい…………から」
上目遣いでそんないじらしいこと言われちゃうと、連れて帰りたくなっちゃうなぁ……
「エステラ。ミリィをテイクアウトしたいんだが?」
「その瞬間、領主権限で君を四十二区から追放してあげるよ」
「ミリィと二人で逃避行か……」
「ミリィは置いてってね。ウチの大切な領民だから」
俺が大切じゃないとでも言うのか、この横暴領主は。
だがしかし、不安に染まった顔をしていたミリィとジネットが、二人揃ってくすくすと笑っているから……今回だけは大目に見てやるとしよう。
「それじゃ、ちょっと待っててね……ぃこう、じねっとさん」
「はい。では、お先に失礼しますね」
俺とエステラに頭を下げて、ジネットが店内へと入っていく。
それから間もなく、ミリィがぱたぱたと駆け戻ってきて、店のドア越しに俺を見つめてきた。
「……のぞいちゃ、だめ、だょ?」
「わぁ、俺、信用されてない」
「大丈夫だよミリィ。しっかり捕まえておくから」
「こいつにも信用されてないんだなぁ、俺」
また、くすりと笑って、ミリィは店の奥へと入っていった。
店の前にエステラと二人で残される。
「……正直な話をしてもいいかな?」
心配性の二人がいなくなった途端、エステラがそんな風に話を持ちかけてきた。
エステラがそういう配慮をするってことは、結構危険水準にまで来てしまっているということか。
視線で続きを促すと、エステラも無言で頷いた。
そして、幾分声のトーンを落として話し始める。
「各方面から相談を待ちかけられていてね……、いろいろと」
「いろいろか……」
なんとも、嫌な響きのある言葉だな。
大きな問題はまだ発生していないが、大きな問題へと発展しそうなくすぶりはあちらこちらに存在している。そんな感じだ。
「川の水位が随分と減ってしまっているんだよ」
「ロレッタもそんなことを言っていたな」
「上流でそれを感じられるってことは、下流ではもっと深刻だってことだよ」
「まぁ、そうなるよな」
水源に近い方が水は豊富だ。
川を流れる間も、水は外気に触れ太陽に照らされ蒸発していくからな。あとは地面へと浸み込んだり。
とにかく、下流に行けば行くほど水位は下がっていく。
だとすれば、デリアは気苦労が絶えないかもしれないな、いろいろと。
「モーマットに泣きつかれたよ」
「モーマットに?」
川の水がなんで……と、思ったところで合点がいった。
「水路に水が流れなくなったのか?」
「そういうこと」
モーマットの畑のそばには、川から水を引く水路が走っている。
去年はそこが増水して畑を水没させていたわけだが……
「去年作った溜池はどうしたんだ? あそこには結構な水が蓄えてあったはずだろう?」
水没した畑の水を抜くために、当時まだスラムと呼ばれていた地区の住民、ハムっ子たちが掘った溜池がある。場所も、モーマットの畑のそばだし、活用出来るはずだ。
「そこはもうすっからかんだよ」
「そうか……すっぽんぽんか」
「すっからかん!」
なんだよ。空気が重くなってきたからちょっと軽くしようとしただけなのに……
「重い空気の中で会話を続けると、どうしてもマイナスな結論に行きついてしまうことが増えるんだぞ。重さ知らずのお前には分からんかもしれんが……」
「人の胸を凝視しながら失礼なことをのたまうな!」
「…………すっからかん」
「人の胸を凝視しながら失礼なことをのたまうなっ!」
すっからかんの胸を隠し、体を向こうへ向けるエステラ。
今更隠したって、お前の平らさは周知の事実だというのに。
「デリアからは何か言ってきてないのか?」
「川漁ギルドからは何もないね。真っ先に話が来てもおかしくないんだけど……」
デリアからの話は来てないのか……
「だとしたら、デリアの方も限界が近いのかもしれないな」
「え? まだ余裕があるから相談に来ないんじゃないのかい?」
「楽観視すればそう見えるだろうが、おそらく違う。たぶんデリアは……」
と、そんな話をしようとしたところで、店のドアが開き中からミリィが顔を覗かせた。
「ぁの……ぉ待たせ。もう、入っても、ぃい、よ?」
知り合いを初めて家に招く時は多少なりとも緊張する。
俺でさえ緊張するのだから、ミリィならきっと顔面ファイアー級に恥ずかしいのだろう。
柔らかそうなほっぺたが真っ赤に染まってイチゴ大福みたいになっている。
「『はむっ』てしたいな」
「それには同意だけど、やったら追放だからね」
「エステラ。この街には『精霊の審判』っていう魔法があってだな……」
「残念。大真面目だよ」
……ちっ。
これでは、エステラの目を盗んで『はむる』ことも出来ないではないか。
あ~ぁ、はむりたいなぁ。
「ぁ、ぁの……なんの、お話?」
「あぁ、大丈夫、気にしないでいいよ。いつものくだらない話だから」
俺の話がいつもくだらないというのか?
俺ほど教養に溢れている人間はそうそういないだろうに。失敬なヤツだ。
「それじゃあ…………ぁの、せまいけど……どうぞ」
「お邪魔するよ」
照れつつも店の入り口に立ち俺たちを中へと誘うミリィ。
エステラが嬉しそうに店へと入り、俺もそれに続く。
「ぁ、ぁの、てんとうむしさん……っ」
店に足を踏み入れる直前で、ミリィに呼び止められた。
どことなく必死な表情で、ミリィが俺を見上げている。
「さ、最近ね、ずっとね……その……忙しかったから……っ」
ん?
それはさっき聞いて知っているが……
「だからね…………時間、あんまりなかったからね、……あんまり待たせるのも悪いと思ったし……だからね……あのね………………ちょっと、散らかってるけど、いつもはね……もっと綺麗にしてるん……だ、ょ?」
要するに、片付けたものの納得がいかず、前もって知っていればもっと完璧な状態でお迎え出来たのに……ということらしい。
「分かった。その辺を考慮して、部屋を見せてもらうな」
「ぁう…………あんまり、見ないでくれると、うれしい、な…………恥ずかしいから」
はっはっはっ。
女子を辱めるのは男子のDNAに刻み込まれた本能のようなものだぞ。
……が、無駄な羞恥は与えない方がいいだろう。
「はいはい。それじゃあ、上がらせてもらうぞ」
「ぅ、ぅん…………ぁの…………いらっしゃい、ませ」
大切なお客様をお迎えするように、恭しく礼をするミリィ。
ホームパーティーとか、そういうのに憧れでもあるのかもしれないな。そういう感じの所作だ。
「じゃあ…………どうぞ」
そう言って、俺の前を歩くミリィ。
エステラは先に行かせるのに俺は先行させないようだ。
油断した時にうっかりと変なものを見せないようにだろう。
なんともいじらしい感情だな。
…………単純に信用されてないだけかもしれんがな。
ミリィに監視されるように店内を進み、その奥――居住スペースへと続くドアをくぐる。
そこは、店内に立ち込めている花の香とは違い……なんと表現するべきか少し迷うが……ミリィのような香りがした。
「あ、ヤシロさん。すみませんが、配膳を手伝っていただけますか?」
俺たちが外で待っている間に、ジネットの料理は出来ていたようで、美味そうな湯気を立ち上らせるコンソメが堪らん香りを放っている。
「ぁ、それくらいなら、みりぃがやるよ?」
「いいえ。ミリィさんはお休みしてください」
働き詰めのミリィを気遣って、ジネットはきっぱりと言い切る。
ジネットはとことんミリィを労うつもりのようだ。
「店長命令ならしょうがねぇな。ミリィ、お盆はあるか?」
「ぅ、ぅん。食器棚の横に……」
「よし。じゃあ運んでやるからミリィは先に行ってドアを開けておいてくれ」
「ぅ、ぅん。ぁの…………ありがとう、ね?」
申し訳なさそうな顔をして、ミリィが先に駆けていく。
「じゃあ、ジネット。お盆を……」
「ヤシロさん」
ミリィがいなくなったのを見計らって、ジネットが体を寄せてくる。
そして、素早く俺の耳に唇を近付けて囁くような声で言う。
「ミリィさんを救ってあげてください」
吐息交じりに発せられたその声は、少し掠れるような音色で……妙にぞくりと背筋を撫でた。
「……助けるたって、俺に何が出来るわけじゃねぇし」
「お願いします。ヤシロさんならきっと、ミリィさんの苦労を取り除いてあげられる何かを思いついてくれると思うんです」
そんなことを勝手に思われてもだな……
「ご迷惑とご苦労をおかけすることは重々承知の上で、お願いします。どうか、わたしのわがままを聞いてください」
その願いを「わたしのわがまま」と表現するあたり、ジネットらしいというか……
「わたしに出来ることでしたら、どんなことでもいたしますからっ。どうか……」
……ホントに、こいつは。変わったのか変われてないのか……
「前にも言ったと思うが、気安く『なんでもする』なんて言葉を使うな。言質を取られてどんなことを要求されるか……」
「はい。分かっています」
分かっているなら、なんでお前はそう軽々しく……
「分かった上で、『なんでもします』と申し上げました」
「…………へ?」
「それくらい、わたしの言っていることは無茶苦茶ですから……」
つまり、ジネットは……俺にあんなことやこんなことをされるかもしれない危険を理解した上で『なんでもする』と言っていると…………それはつまり………………
「アホか」
「ひゃんっ!」
ジネットにデコピンを一発お見舞いする。
「いちいち仰々しいんだよ」
少し赤くなった額をさすり涙目のジネット。
今回のアホな発言はそれで許してやるから、二度とこんなことは口にするな。
そんな気持ちを込めて、……不本意ではあるが……こう言っておく。
「出来ることがあれば、出来る範囲でなんとかしてやる」
「……ヤシロさん…………はい。お願いします」
く……こんな一銭にもならないようなことに労力を、それも自ら進んで割くことになるとは…………
「ただし! 金になりそうなことが転がってたら全部独り占めするからなっ!」
「くすっ……はい。その際は、わたしも拾い上げるのをお手伝いしますね」
本当に転がってるわけじゃねぇっての。
まったく、こいつは…………
「それじゃ、運んじまおうぜ」
「はい」
ジネット特製の食事をお盆に載せて、ミリィの待つ部屋へと向かう。
その間、俺は無言を貫いていた。
先ほど終了したはずの会話が、どうにも脳内を駆け巡って仕方なかったのだ。
まぁ、つまり……
「なんでもします」の「なんでも」は、混浴と添い寝――どっちがお得かなぁ、なんてことをだ。
くそっ! もうどっちも実現しないと思うと妙に悔しくなってきた!
なんか損した気分だ! くそ! くそっ!
「あの、ヤシロさん? どうかしましたか?」
「別になんでもねぇよ」
心配するなら、俺の心をいたずらに掻き乱さないでもらおうか!
とにかく、今後は……あんま危険なことは口走んじゃねぇぞ。
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