154話 ミリィのお部屋

 ミリィの部屋は綺麗に片付いていて、とても女の子らしい内装だった。

 柱にドライフラワーが掛けられており、ポプリが棚に並んでいる。何かを注したオイルの小瓶が棚に並び、とてもカラフルだ。アロマオイルか?


「ぁの……ぁんまり、見ないで……ね?」

「くんくん! くんくんくんくんっ! くんかくんかっ!」

「ぅにゃあぁ! 嗅がないでぇ~!」


 ミリィが俺の腹部を「えいえい」と押してくる。

 お、退場か? そうはさせるか。居座ってやる。


 と、冗談はこのくらいにして。


「可愛い部屋だな」

「へ…………そ、そぅ、かな?」

「あぁ。なんか、『ミリィの部屋』って感じだ」

「ぇ……みりぃのへや、だょ?」


 それはそうなんだけど、イメージ通りというか、期待を裏切らない部屋だということだ。

 女兄弟のいない中学生男子が妄想しそうな『女の子のお部屋』を具現化したような感じだな。


「ミリィの趣味は、お菓子作りだよな?」

「ぇ? ぅ、うん。ぁの……あめ玉、だけど」


 な?

 ミリィは期待を裏切らない。

 あぁ、ここにいたんだなぁ、リアルなアイドル。商売のために事務所が書いた偽プロフィールなんかじゃなく、リアルに『女の子』してる女の子が。


「ミリィは女の子だなぁ」

「ぇっ……みりぃ、女の子、だょ?」


 よく分からないという顔をしているミリィ。

 いいんだいいんだ。ミリィはそのままでいてくれれば。


「ヤシロ。いい加減にしないと摘まみ出すよ」


 ジネットがテーブルに料理を並べている横で、エステラが冷ややかな視線を俺に向けてくる。

 ふん、摘まむことすら難しそうなヤツが偉そうに。


「摘まみ返すぞ?」

「どうして君は、口を開けばそういうことばっかりっ!」


 だって、ネタ振りだろ、今の?

 ほら、俺、割と律儀だし?


「準備が出来ました。さぁ、まずは召し上がってください。元気が出るように、心を込めて作りましたから」

「ゎあ……ぃい香り…………いただきます」


 行儀よく座って、精霊神への祈りも忘れずに捧げて、ミリィがジネット特製のスープを口へと運ぶ。


「ん~~~~…………陽だまり亭の味だぁ……ぉいしい……」


 美味さに感激したのか、ミリィが「くすん」と鼻をすする。


「あのっ、大丈夫ですか? まだたくさんありますから、ゆっくり食べてくださいね」

「ぅん……ありがとうね、じねっとさん。てんとうむしさんも、えすてらさんも」

「いいから食べなよ。この後も忙しいんだろ?」

「ぅん。じゃあ、食べるね」


 美味しそうにスープを飲み、鶏肉のから揚げやサケフレークおにぎりなんかを合間に摘まむ。

 ジネットのヤツ、結構な品数を持ってきたようだ。


 俺たちも適当に摘まみながら、美味しそうに食べるミリィを眺めていた。

 ミリィの食事が終わるまで、話は待とう。


「あぁ、そうだ。これ、マグダから」

「ぇ、なに?」


 陽だまり亭を出る前にマグダから預かった物を渡しておく。


「ぁ、ポップコーン」

「ハニーポップコーンだ」

「ぅん。みりぃ、ハニーポップコーンが一番好き。お塩もキャラメルもおいしいけど、やっぱりハチミツが一番」


 ミリィならそうだろう。

 もはや、花の妖精の親戚みたいなもんだもんな。


 袋を開けて、甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。

 はぁ~っと息を吐いて、ミリィは幸せそうな笑みを浮かべる。


 が、それが不意に曇る。


 ポップコーンの袋を握りしめて、俯き……そして、ぽつりと言葉を零す。


「でりあさん……怒ってる、かな…………?」


 俺たちに向けられたのではない、誰宛てでもない言葉。

 ポップコーンを見て、不意に思い出したのだろう。

 呟いてから、ミリィはハッと顔を上げ、不安に瞳を揺らした。


 取り繕うでもなく、すがるでもなく、どうしていいのか分からず戸惑うばかりの瞳。

 ミリィが飯を食い終えるまで待とうかと思ったが……不安でミリィが飯を食えないのでは話は別だ。

 そして、エステラも俺と同じ考えだったようだ。


「ねぇ、ミリィ」


 エステラに声をかけられて、ミリィの肩に力が入る。


「話してくれるかな。デリアと、何があったのか」

「ぁ…………」


 俺たちがデリアとミリィの口論を知っていると、ミリィも理解したのだろう。

 消え入りそうな声で、ミリィは肯定の言葉を漏らす。


「……ぅん。聞いて……」


 ジネットが目撃したという、ミリィとデリアの口論。

 デリアを心配する素振りを見ても、ミリィはそのことを後悔しているようだ。


「森のそばにね、大きな池があるんだけど…………」

「森の管理用に使っている大池だね。森の奥の方だから、ヤシロは見たことがないかもね」

「ぅん……そこの水がね、もう随分減っちゃったの……」

「大池には川に繋がる水路があるんだけど、川の水位が下がったことで水路に水が流れなくなったんだ。同じようなことを、モーマットも訴えていたよ」


 ミリィの話に、ところどころエステラが注釈を加える。

 それを聞き、俺は得ている情報を整理し、ジネットはただただ不安げに事の成り行きを見守っていた。


「それでね……みりぃたちは、毎日かわりばんこに川まで水を汲みに行ってるの……大きな水瓶を持って、川と森を往復して、森のお花にお水をあげて……」


 川と森だと、かなり距離がある。

 そこを毎日何往復もして、さらにあの広い森の花に水をやっていたのか……そりゃ、息抜きの時間もないほど忙しいだろうな。


「森の植物全部ってわけじゃないから、なんとかなってるけど……こんなことが続いたら、ギルド長さんとか、倒れちゃうかも…………しれなくて…………」


 ミリィの手に力が入り、ポップコーンが乾いた音を漏らす。


「そういや、生花ギルドのギルド長って見たことねぇな」

「とっても優しい人だょ。人間のね、お婆さんなんだけど、頭がよくて、他人の気持ちが分かっちゃう凄い人なの」


 絶賛だ。

 ミリィが全幅の信頼を寄せる人間だ。きっとその婆さんも絵に描いたようなお人好しなのだろう。


「会ってみたいかもな、ちょっと」

「ぁう……っ!?」


 なんだ?

 俺が会うと何かマズいのか、ミリィが目に見えて狼狽し始める。


「ぁ、ぁの……ね、ぜ、全然変な意味じゃないんだけどね…………みりぃが、男の子を紹介すると……その…………たぶん、凄く大騒ぎ、するかも…………みりぃ、いままでボーイフレンドとか、いなかったから…………」 


 ボーイフレンド!?

 なんとも、それは……古風な呼び名だな。

 あくまで、普通の友人という意味合いなのだろうが、ボーイフレンドなんて言い方をされると……ちょっと、むずがゆいな。


「ボーイフレンドって言えば、アリクイ兄弟がいたんじゃないのか?」

「ぁ……ネックとチックは……その、幼馴染……だから」


 違うのか?

 やっぱり、普通の友達とボーイフレンドって、微妙に距離感とか違うものなのか?


「ネックとチックは、生花ギルドのみんな、よく知ってるから……変な騒ぎは起きないと思う、し……」


 俺だと、変な騒ぎが起きるのかよ……


「ぁの、でもね、いつかっ、…………ちゃんと、紹介する……ね?」

「あ、あぁ。そうだな……そのうちな」


 あれ、なんだろう?

 なんか俺、ミリィの両親に紹介されるのか? 職場の上司だよな? そんな仰々しいものなのだろうか……


「わたしも、一度お会いしたいです」

「ぅん。じねっとさんなら、きっと仲良くなれると思う。ギルド長さん、じねっとさんのこといい人だって言ってたし」


 えぇ……俺は?

 仲良くなれそうもないのか? いい人じゃないからか?

 まぁ、いい人では、決してないけども。


「ぁ、ごめんなさい…………それで、その……でりあさんにね、お願いに行ったの」


 こほんと、可愛らしい咳払いをしてミリィが話を戻す。

 水汲みが重労働となり、無理をきたし始めたのでデリアに相談に行った……おそらく、水路に関する内容なのだろう。


「川の水面が水路より高くなるようにしてほしいって……」

「あの……」


 話の途中で、ジネットが恐る恐る手を上げる。


「こんなことを聞くのは、もしかしたら常識知らずなのかもしれませんが……水路って、川の水が流れ込んでこないような場所に作られているんですか?」


 川の水面が水路よりも低くなったという点に疑問を抱いたようだ。

 なぜ、いつ何時も水が流れるようにしておかないのか、と。


「水路は川に直接繋がっているよ。ただ、水が流れ込む入水口が川底よりも随分高い位置に設けてあるんだ」

「それはなぜなのでしょう? 川底と同じ高さにしておけば、水不足の際にこのような事態は防げるのではないんでしょうか?」


 ジネットの疑問はもっともだ。

 だが、ジネットは実に単純で、とても重要なことを見落としている。


「ジネット。これまでに水不足になったことは何度くらいあるんだ?」

「え? えっと…………わたしの知る限りですと、今年が初めてかと…………あ」

「そう。そういうことだよ、ジネットちゃん」


 四十二区は、去年まで毎年水害に悩まされていた。

 雨季になれば毎年嫌になるほど大量の水が二十九区から落ちてきて、雨と合わさりすべてを水没させていたのだ。


「入水口を川底の高さに合わせていたら、毎年の水害はもっと酷いものになってしまう。土を掘ることは簡単だけど、一度掘った水路を埋めることは難しいからね」


 一度掘り返し埋め直した土は、元よりも柔らかくなる。

 ここの川みたいに流れの激しい川にさらされ続ければいつか決壊してしまうだろう。

 簡単な水門を取り付けるとか、手段はあるだろうが……今年、突発的に起きた水不足のためにそこまで思い切った改革は取れない。

 また、現在は曲がりなりにも雨期なわけで、いつまた去年のような大雨に見舞われるか分からないのだ。

 試しに水路を深くしてみた結果、深刻な水害を招きましたなんて、冗談では済まない。


「それに、水路を深くすれば、その分川の水が流出してしまうことになるから、やっぱり慎重にならざるを得ないんだよ」


 川の水位が下がれば川魚に悪影響を及ぼすだろう。

 一度壊れた生態系を元に戻すのは困難を極める。下手に手を加えることは、極力避けた方がいい。


「そうなんですか……すみません、短絡的な意見を言ってしまって」

「いや、そこは誰もが最初に考えることだから気にしなくていいよ。ボクも、そういう提案をしてナタリアに指摘された口だから」


 エステラとジネットはそう歳が離れているわけではない。なら、エステラにとっても、水不足は今年が初めて経験することなのだろう。

 知識がないことは恥じることではない。知らなければ覚えればいいのだから。

 無知を無知のまま放置し、あまつさえ無知に気付かない者の方がよっぽど恥ずかしい。


「ではもしかして、ミリィさんも同じようなことを?」

「ぅん……けどみりぃたちは、水路を深くしてほしいっていうことじゃなくて……」


 そこで、ミリィの瞳が揺らいだ。

 小さな、サクランボのような唇がキュッと結ばれる。


 デリアに言われたことでも思い出したのか、今にも泣き出しそうな表情になってしまったミリィ。

 なんとか涙をこらえ、ゆっくりとその時のことを、言葉にしていく。


「ギルド長さんはね、他の、水路を使うギルドさんとも協議してから決めようって……言ってたの…………なのに、みりぃ……ギルド長さんが倒れちゃいそうで……怖くて……」


 きっとミリィは独断で行動を起こしたのだ。

 そして、それを悔いている。


「みりぃ……でりあさんなら、すごく優しいから、誠意をもってお願いしたら、きっとわかってくれるって思って…………」


 知り合いという『特権』を期待してしまったことを。

 それは、気楽に使えるようでその実諸刃の剣だ。


『知人』だからこそ、他のヤツよりも明確な線引きが出来なければいけない。


 お互いがプロであるなら、なぁなぁで済ませることは出来ない。そんなことの方が多いのだ。


 ジネットなら、ミリィに「ご飯を食べさせてほしい」と言われれば喜んで作ってやることだろう。

 では、「ギルドの人も一緒に、毎日三食よろしく。ついででしょ?」なんて言われたらどうか?


 おそらく、ジネットをもってしても、それは受け入れられず断るしかないだろう。むしろ断らなければいけないことだ。

 こちらの『厚意』を当然の『権利』として受け取られては、利益が一方的に食い潰されることになる。

 他人の『厚意』は無料ではないことをしっかりと理解しなければいけない。

 無料ではないものを『無料にしてもらっている』――そのことを、絶対に忘れてはいけないのだ。


「……みりぃね、でりあさんに言ったの……『水路に水が流れなくて困ってるから、水位を上げてほしい』って」


 ミリィが拳を握る。

 その時の自分を許せずに非難するように。


「……水位を上げるために、川を一時的に堰き止めてほしい……って」

「堰き止める……ですか?」


 ジネットが俺とエステラを交互に見る。

 その視線に答えたのはエステラだった。


「実はそれは、モーマットも訴えていたことでね……『完全に塞ぐわけじゃなく、川底に岩を積み上げて一時的に川の流れを抑制してほしい』って」


 川下に岩を積み上げ、川幅を狭くする。

 そうすれば海へと流れ出ていく水の量を減らすことが出来、一時的に中腹部の水位は上がる……と、そういう提案らしい。


 だが、それは――デリアを最も怒らせる案だ。


「ぅん……みりぃも同じことを言ったの…………そうしたら、でりあさんが、すごく怒って…………今まで見たことないくらいに…………怖くて……」

「え、っと……でも、完全に塞ぐわけではないんですよね? それも一時的ということは、いつかは元通りに戻すんですよね? ……何か、問題があるんですか?」


 まぁ、ジネットは知らないかもしれない。

 ミリィも、もしかしたらエステラも知らないかもしれない。


 川の流れを堰き止めるということは……


「鮭が帰ってこられなくなる」


 俺の言葉に、ジネットは目を大きく見開き、ミリィは俯いた。

 ミリィのあの反応……ミリィは知っていたのか? それとも、デリアとそういう話をしたのかもしれないな。

 なんにせよ、状況を分かりやすくするために説明をしておいてやろう。

 ジネットが、詳しく知りたいと、熱心な瞳をこちらに向けているからな。


「以前話したかもしれんが、鮭は一度海へ出て川へと帰ってくる魚なんだ。その鮭が通る河口を塞いでしまうと鮭は帰ってこられなくなる」


 この街の鮭は年がら年中遡上してくるようだし、今もなお何匹もの鮭が川を上ってきているのだろう。


「帰ってくる鮭が減れば、川で卵を産む数も減る。卵の数が減れば鮭そのものの数が減り……まぁ、そういうことだ」


 鮭は自分の生まれた川へと戻る。

 四十二区の川で生まれる鮭が減れば、四十二区に戻る数も減る。

 最悪の場合、いなくなってしまう可能性もある。


「明確にいつまでと確約出来ない状態で河口を塞ぐわけにはいかない。デリアはそう思っただろうな」

「……毎日毎日、『今日も帰れなかった鮭がいるんだ』と思うと、心が苦しくなりますね」


 デリアの思いを想像し、同じ苦しみを共有するジネット。

 デリアは鮭が好きだが、その好きはただ単に『好物』という枠を超え、この川で幼い頃からずっと一緒に育った特別な存在という域にまで達しているのだ。デリアを見ているとそう思わされる部分が多々ある。

 あいつ、たまに鮭と一緒に泳いでるしな。


「鮭は一途な魚でな。なんらかの理由で河口が塞がったとしても、懸命に故郷を目指して遡上してくるんだ。水位が極端に低くなったせいで川底に体をぶつけて傷だらけになっても、たとえ水がなくなり陸に打ち上げられたとしても、生まれた川を目指して遡上し続けるんだ」


 無計画な堰のせいで川の生き物が数を減らす……なんてことは過去よくあったことだ。さすがに、近代の日本ではそうそうなくなったが……

 四十二区で無計画に河口を塞いだりすれば、それと同じようなことが起こりかねない。


「鮭が頭のいい生き物で、細くなった河口を行儀よく整列して遡上してきてくれるなら、話は簡単なんだがな」


 自然界の生き物はそう思うようにいってはくれない。


「ミリィたちが必死になって森の花や木を世話して、はらはらしながら見守って、何かある度に手を打って……それと同じことが川でも起きているんだよ」

「…………ぅん」


 ミリィの声が涙に詰まる。

 責めるつもりはないのだが……ここで下手に話を有耶無耶にするのはかえってよくないかもしれない。


「災害に遭っても、人間が生き残れるのは知恵があるからなんだ。それを持たない者たちは、人間が守ってやらなきゃいけない。な、分かるよな?」

「ぅん……みりぃ、必死になりすぎてて、自分のことしか見えなくなってた……かも」

「大丈夫だよ、ミリィ。こういう時、必死になるのはみんな同じさ」


 うな垂れたミリィの髪にエステラが触れる。

 小さな触角が揺れて、静かに垂れる。


「必死になって、前しか見えなくなった人たちを、ちゃんとぶつからないように誘導するのが領主であるボクの仕事なんだ。ここからは、ボクたちに任せてくれないかな?」


 あれ?

 今、ボク「たち」って、さらっと俺も入れられた気がするんだが?


「それに、ヤシロはミリィを責めるつもりで言ったんじゃないよ」

「ぅん。それは、わかってる……てんとうむしさん、優しいから……」


 まだ微かに俯いたまま、ミリィが顔をこちらに向ける。

 頭の上の大きなてんとうむしの髪飾りが揺れる。


「みりぃに、謝るための勇気をくれたんだと思う……みりぃも、ずっと謝りに行きたいって思ってて……でも、なかなか、出来なくて……」


 人に謝るというのは勇気がいることだ。

 そのきっかけが掴めないまま引き摺るのは、精神的にもよくない。


 ミリィが疲れきっているのは、そんな心の疲れが影響しているのかもしれないな。


「ウチの優秀な従業員が、デリア用のポップコーンも用意してくれたんだ」

「……まぐだちゃんが?」

「ははっ。ロレッタめ、『優秀』ってところで除外されたな」

「はぅっ!? ち、違う、ょ? ポップコーンっていったら、まぐだちゃんかなって……ぁ、ぁの、ろれったさん、がんばってる、ょ?」


 あわあわとうろたえるミリィ。

 うん。落ち込んでいるよりかはこっちの方が幾分マシだろう。


「俺らも一緒に行ってやるよ」

「……ぇ?」

「そうですね。デリアさんともお話するつもりでしたし、ミリィさんも一緒に行きませんか?」

「ボクたちと一緒なら、会う勇気が出るんじゃないかな?」


 もう少しだけ、休憩を延長してもらって、必要なら森に寄ってからでもいいが、ミリィをデリアに会わせてやろう。


 俺の勘だが……デリアも気にしているはずだからな。

 初めて会った時は、川漁ギルドを束ねる孤高な女ギルド長然とした雰囲気を醸し出していたが、最近はめっきり丸くなって、何かというと誰かと遊んだりしている。

 陽だまり亭にもよく顔を出すようになったし、ニュータウンに行って、ハムっ子たちと遊んでやったりもしているらしい。

 ベルティーナによれば、教会にふらっとやって来て力仕事を手伝ったりしているようだ。


 デリアは以前よりも人に自分のことを話すようになっている。

 誰かを助けたり、誰かに甘えたり。そういうことが出来るようになってきている。


 だが、今回に限っては誰にも……俺にもエステラにも相談をしていない。


 だからたぶん、デリアは今反省しているのだ。

 後ろめたいから相談に来られない。

 おそらく、デリアもいっぱいいっぱいで、ミリィにきついことを言ってしまったのだろう。


「デリアのヤツ、きっとかなりへこんでるぞ」

「え? 怒ってるじゃなくて?」


 まだまだ読みが浅いなエステラ。

 デリアは鮭が好きだが……それ以上に四十二区の住民、特に俺らのことが大好きなんだよ。


「ではヤシロさん。甘いお菓子を持って、慰めに行ってあげましょう」


 ジネットの方が、そこら辺のことは敏感かもしれないな。

 エステラは領主という立場からか、ギルドとしての利害、責任者としての思考なんてものを基準に物事を判断しがちだ。

 一方のジネットは、単純に「いい、悪い」「楽しい、つらい」「好き、嫌い」で判断している。

「こうすればきっと喜んでくれる」と、少々楽観的ではあるが、相手の心や感情に重点を置いて物事を判断している。


 俺はどっちも出来るけどな。


 狙った獲物に『商品を買わせること』も、『商品を買ったことで満足感を与えること』も。

 詐欺師には、そのどちらをも提供する技術が求められる。


 利益と感情は、決して切り離しては考えられないものなのだ。


「ヤシロさん」


 利益度外視の感情至上主義者が笑みを向けてくる。


「わたし、またお節介が焼きたいです」


 ……こいつの怖いところは、こちらが断りにくいところを無意識で悪意なくついてくるところにあるよな…………なんで俺の言ったことを引用してそういうこと言うかな…………「まねっこ」みたいで、ちょっと可愛いじゃねぇか。


「じゃあ、行ってやろうぜ。『元気の素』を届けによ」


 そう言って、ハニーポップコーンの袋を掲げて見せる。


「はい。『元気の素』を届けに」


 と、両手の人差し指で自分のほっぺたをむにっと持ち上げるジネット。

 お前の言う『元気の素』は笑顔なんだな。


「お友達に会えば、デリアさんも元気になりますよね」


 …………くそ。

 折角俺がポップコーンを囮にして明言を避けたってのに。


 そうだよ。

 デリアはたぶん、俺たちに会えば元気になる。というか、「会いにくいなぁ」と思っているだけで「会いたくない」とは思っていない。むしろ「会いたいのに会いに行きにくい」と思っているはずだ。

 だから、こっちから出向いてやれば、それだけで救われる。いろいろ溜め込んだことも話しやすくなる。


 だから『元気の素』を届けに、つまり――俺らが会いに行ってやろうってな。


 自分が元気の素に含まれてるとか、恥ずかし過ぎてポップコーンで誤魔化したかったのに、まんまと見透かしやがって。

 これだから天然の無自覚は……


「ぁ、ぁの、てんとうむしさん!」


 話がまとまりかけたところで、ミリィが大きな声を出す。

 三十五区の花園で見せたような、強い意志を秘めた力強い瞳が俺を見つめている。


「みりぃ、ぁとから追いかけてもいいかな?」

「一緒に行かないのかい?」

「わたしたちなら、待っていても構いませんよ?」


 エステラとジネットの言葉に首を振り、深呼吸をしてから、揺るがない心を持ってミリィは言う。


「みりぃ、でりあさんにちゃんと謝りたいから……ぁの、ぁ、ぁげたい物が、ぁる、の」


 その準備をするには少し時間がかかると。


「なら、先に行ってるよ」

「ぅん……でりあさんのことも、早く助けてあげてほしい……みりぃみたいに」

「俺たちはまだ何もしてねぇぞ」

「ぅうん。こうして会いに来てくれただけで……みりぃ、すごく助かったもん……だから」


 今もなお、現在進行形で不安を抱えているであろうデリア。

 そんなデリアを少しでも早く救ってやってほしい。そういうことらしい。


「んじゃ、また後でな」

「ぅん。……ぁりがとう。てんとうむしさん……じねっとさんとえすてらさんも」

「それは、全部が済んだ時でいいよ」

「わたしは、ただのお節介ですから」


 くすくすと、三人の女の子が笑みを交わす。

 そんな中、突然ミリィがパシッと手を叩く。


「それから、みりぃ、一度森に寄ってから行くから……遅くなる、かも……」

「ミリィが来るまでちゃんと待ってるよ。ね、ヤシロ」

「あぁ」

「では、わたしたちも一度陽だまり亭に寄らないといけませんね。遅くなるとマグダさんとロレッタさんに心配をかけてしまいますから」

「じゃあ、急いで出るか。ミリィ、あんまりゆっくり出来なくて悪かったな」

「ぅうん、いいょ」


 ジネットの料理はまだ残っていたが、「まだたくさんありますので、よければ森で頑張るみなさんで召し上がってください」と、無償提供することが決まった。

 入れ物は後日届けてもらう。……ということで、ミリィが陽だまり亭に来る口実も作られた。

 ちゃんとした物を食わせたいのだろう。


 そんなわけで、各々がばたばたと準備をして、俺たちはミリィの私室を後にした。


 店の前まで見送りに来てくれたミリィが、最後に俺に耳打ちをして――


「また、遊びにきて……ね?」


 ――恥ずかしそうに俯き、くるっと背を向け、とててっと駆けていく背中を見つめて……背中がむずがゆくなった。


 ……持って帰りたい。


 ふと見ると、花屋の入り口になんとも可愛らしいプレートがぶら下がっていた。

 それは、二羽の鳥が向かい合って、枝に繋がったままのサクランボを一つずつ食べているという、初恋の甘酸っぱさを思わせるようなデザインで、ミリィの店にピッタリのプレートだった。

 ミリィはこういうの好きそうだなと思うのと同時に、きっとこのプレートを作った人物は一切の穢れを知らない、恋に恋するような乙女なんだろうなと、そんなことを思った。


「ヤシロ、行くよ~」

「ヤシロさ~ん。行きますよ~」

「おう」


 見上げた空は雲一つなく……世界を照らす太陽の光は、あまりに眩しかった。






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