追想編12 ロレッタ

 飛ぶ!

 飛ぶです!


 タコスが飛ぶように売れていくです!


「ロレッタちゃん! こっちにタコス四つだ!」

「じゃあ、俺は五つだ! ロレッタちゃん、大至急ね」

「がっはっはっ! ケチクセェケチクセェ! ロレッタちゃん! 俺は十個だ!」

「あ、あの、みなさん。そんなに食べられるです?」

「「「食べる食べる! ロレッタちゃんが作ってくれたものならいくらでもぉ~ん!」」」

「気持ち悪いくらいに揃ってるです!?」


 四十二区の大通り。

 やたらとガタイのいいオジサン三人がかわいこぶって身悶えているです。

 正直、怖いです。


「オジサンたち、いつも一つしか買わないんだよー」

「今日はお姉ちゃんがいるからいっぱい買うのー」

「お姉ちゃん、モテモテー」

「ちょーっと、妹ちゃんたち!? な、何言ってんだい? オジサンたち、今日は凄くお腹が空いているだけで……なぁ?」

「お、おぉ! そうそう! 腹ペコ」

「ロレッタちゃんが作ってくれたタコスをぺろぺろしながら食べたいとか、そんなんじゃねぇから!」


 オジサンたちが照れてるです。

 むむむ……ちょっと可愛いです。


「それじゃ、頑張って作るです!」

「ロレッタちゃん! 俺ら木こりはさ、『頑張ろう!』って時は、こう、手のひらに『ペッ! ペッ!』って、つ、唾をつけたり、すすす、するんだけどさっ!」

「おいおいおい! お前、それはさすがにダメだろう!?」

「いやいやいやいやしかしながら、期待せずにはいられないっ!」

「だよな! だよな!?」

「「んだんだ!」」

「唾は衛生面上、絶対不許可です」

「「「ですよね~」」」


 このオジサンたち、陽気です。


 前に、「四十二区の街門を使うのはあたしに会いたいからだ」、とか、言ってくれたです。

 なんかくすぐったいです。

 人に好意を持たれるのって…………こう、むずむずするです。

 もちろん、イヤだとかそんな気持ちは微塵もなく、かといって手玉にとって売上を上げてやろうとか、ちやほやされて有頂天になるとか、そういうのでもなくて…………


「いもうとちゃ~ん!」

「あー、近所のおねーさん!」

「やほー!」

「こんちはー!」


 こうやって、笑顔で声をかけてくれるのが嬉しいです。

 だって、あたしたちは……


 もともと、スラムの人間ですから。


 昔は、誰もが目を逸らし、話しかけても不機嫌な顔をされ、仕事もなくて。

 頑張って頑張って笑顔を作って、せめて弟や妹たちが大人になった時に不当な扱いを受けないようにって、我武者羅になってたです。

 あたしが頑張れば、ハムスター人族は使いものになるって、思ってもらえるかと思って。


 でも、全然ダメで……


「はいー、オジサンたち、タコスー」

「あーん! 妹ちゃん、あーん!」

「別料金ー!」

「かぁ~! 抜け目ねぇなぁ!」

「あたりめぇだろ! なぁ、妹ちゃん?」

「うんー! あたりめー」


 ……今、こうやって妹たちが笑えているのも、弟たちが割と大きな仕事に参加させてもらえているのも――


「よう。頑張ってるな」

「あ……っ!」


 ――全部、お兄ちゃんのおかげです。


「おにーちゃんだー!」

「おにーちゃーん!」

「がんばってるよーほめてー!」


 妹たちがお兄ちゃんに群がるです。

 ウチの子たちは、男女問わず、お兄ちゃんのことが大好きです。


 ……もちろん。長女たるあたしも、です。


「ほらほら。客を待たせちゃダメだろ。接客接客!」

「はーい!」

「頑張ってるとこ見てもらうー!」

「俄然やる気が出てきますなぁー」

「出てくる出てくるー」


 妹たちが張り切ってタコスを作り始めるです。

 はっ!? あたしも頑張らないと!

 オジサンたちは、あたしのタコスを食べたいって言ってたです。


 ……でも、折角お兄ちゃんが来てくれたですし……チラリ。


 視線を送ると、何かを察したのか、一瞬瞼を閉じ……カッ! っと目を見開くと、お兄ちゃんはこんなことを言ったです。


「お前の腕前を見せてもらおうか」


 まるで、武術の師匠みたいな風格で言い放つ様は、威風堂々としていて……ちょっとおかしかったです。

 ならばっ!


「見せてあげるです! タコスを極めたあたしの華麗なる……っ!」


 と、タコスに挟む味付き肉を取ろうとしたら、箸が滑ってお肉がぽーん……

 無駄にしてはいけないと思わず左手でキャッチ!

 ……あっ!? 素手で触ったものはお客さんに出せないです!? と、自分の口へぽい!


「おぉー!」

「華麗なるつまみ食いやー」

「おねーちゃんすごーい!」

「おにーちゃんの前でいい度胸ー!」


 はっ!?


「ち、ちち、違うです! これは、不慮の事故で、仕方なく……い、痛たたたた! 無言でほっぺたつねるのやめてです! ごめんです! 華麗な技とかやめて普通に作るですから!」


 無言で頬袋をむにむにするお兄ちゃん。……顔が怖いです。

 その様を「にやにや、ロレッタちゃんの半泣き顔は癒されるなぁ~」みたいに見つめるオジサンたち……違う意味で顔が怖いです。


 それから、注文を受けたタコスを作り上げ、それ以降の接客は妹たちに任せて、少しだけ、お兄ちゃんと話をする時間を作ったです。

 姉の権限です。特権です。


 ……勝負時です。


「お兄ちゃん、……その、ど、どうです?」


 あたしのこと、思い出したです?

 そう聞きたかったのだけれど、なんだか怖くて、言葉を濁したです。


「おう。まぁまぁだな」

「……へ? まぁまぁ?」

「完成品のクオリティは問題ないが、ちょっと手際がな。まだ無駄が多いよ、お前は」


 ……はっ!?

 あたしの仕事ぶりについて答えられてるです!?

 そこじゃないです、あたしが「どうですか」と聞いたのは!?


「にしても。お前目当てに来る客っているんだな」

「いるですよ! これでも結構ファンがいるですよ!」

「隠れファンな」

「なんで隠れてるです!? 堂々とファンを明言してほしいです!」

「バカ、お前! いじめられたらどうする!?」

「いじめられないですよ!?」


 みんなの可愛いロレッタちゃんですよ!?


 って、そうじゃなくて!


「ですから、あの……その…………名前、とか……」

「妹たちのか? 無茶言うなよ。一覧でも作ってくれよ」

「無茶言わないでです!?」


 弟妹の名前一覧なんか書いたら、きっと鈍器みたいな分厚さの本になっちゃうです。

 そして、完成するまでの間にまたどんどん増えていくですよ!?


 ……って。

 お兄ちゃんが話をはぐらかしているということは……きっとまだ思い出せていないです。

 あたしを傷付けないように、わざとそうやってふざけてくれているですね。

 優しいお兄ちゃんです。


 ……ちょっと、寂しいですけど。


「なぁ……」


 優しい声がして、視線を向けると……お兄ちゃんがこっちを見てたです。

 沈んだ顔、見られちゃったかもです……


「そんな顔すんなよ、チクビーナ」

「それあたしじゃないですっ!? 名誉棄損もいいとこです! あたしに乳首イメージはないです!」

「オシリーナ」

「お尻でもないですよ!?」

「オシリーナ(軟膏)」

「なんの薬です!? 確実に痔に効くヤツですよね、それ!?」

「それが、お前だ」

「違うですよ! さっきからあたし、否定しかしてないです!」


 あたしを傷付けるために、わざとそうやってふざけてるように見えてきたです!

 酷いお兄ちゃんです!


「ぷくぅ~、ですっ!」

「おぉ、さすが頬袋。ものすげぇ膨らむな」


 パンパンに膨らんだほっぺたをお兄ちゃんがぷしぷし刺してくるです。

 ふんです。頬袋ではないです。ただのほっぺたですもん。

 そんなぷしぷししたって機嫌は直らな……むぅ……こんな触れ合いが、ちょっと嬉しいから困るです。


「少し、昔話をしないか?」


 昔話……

 過去のことを話して……あたしとの思い出をいっぱい語り合って……あたしのこと、思い出そうとしてくれるですか? お兄ちゃん……


「昔、笠地蔵と呼ばれる地蔵がいてな」

「むわぁ! それ泣くヤツです! 今日は聞かないです!」


 笠地蔵の話を聞くと、半日は目が真っ赤に腫れるです。号泣です。

 お仕事中なので、それは困るです!


「別の話にしてほしいです」

「別の話…………」

「ほら、何か、あたしと一緒に経験した思い出とか、印象深い場面とか!」

「………………特には」

「なんかあるはずです!? 必死になって探してです!」

「あっ! あの時のおにぎりは美味しかったな」

「いつのか分かんないです! 割かし食べてるですよ、おにぎり!?」


 も~ぅ!

 お兄ちゃんはすぐにそうやってあたしをいじめるです!

 あたしの反応が面白かったのか、ケタケタとお腹を抱えて笑うです。

 むぅ。意地悪です。


 ……けど、いつも通りで、ちょっと安心するです。


「まいどありー!」

「まいどりー!」

「まどりー!」


 妹たちは楽しそうに接客をしているです。

 九歳になるまでお仕事はさせてもらえないです。

 年齢一桁の年少組は、みんな早く九歳になりたいって思っているです。

 それまでは、教会か陽だまり亭のお手伝いしかさせてもらえないです。

 それも、掃除とか草むしりとか、そういうのです。


 なので、みんな九歳になって仕事に就けたら一所懸命働くです。


 そして、十二歳になるとさらに高度な『技術職』に就けるです。

 ここまで来ると、もう尊敬の眼差しです。憧れの的です。上級国民です。


 十二歳以上は、まだ人数が少ないので余計そうなんです。


 そして、今年十六歳になる長女のあたしは、あの陽だまり亭の正ウェイトレスです!

 主力メンバーです!

 マグダっちょと二人でお店を任せられるレベルです!

 凄いんです!


 ……なのに、あんまり敬われてないです。


 きっと、お兄ちゃんたちがあたしをいじるから、弟妹たちがマネしてるです。……むぅ。


「楽しそうに働くな」

「それだけが取り柄ですから」


 目を細めて、お兄ちゃんが妹たちを見つめるです。

 本当に、本当のお兄ちゃんみたいな、過保護な目で。


「一年前までは、働き口もなかったですから」


 なかったのは働き口だけじゃない。

 お金も、未来への希望も、何もかもがなかったです。


 弟妹たちも、あんな楽しそうには、笑っていなかったです。


 自分たちの家を守ろうと、落とし穴を掘って、体を鍛えて、『敵を排除する』って物騒な武器を持って……


 それが今では、手にはクワや大工道具を握って、人様のためになるお仕事に従事している。

 年長者として、弟妹たちのこの変化は、堪らなく嬉しいです。



 それもみんな、お兄ちゃんのおかげです。



 お兄ちゃんがあたしに声をかけてくれたから……弟妹たちを助けてくれたから……あたしたちを、守ってくれたから、今がある。

 今があるから、未来が開ける。


 だから、あたしの未来は、すべてお兄ちゃんのためにあるです。


 たとえ、お兄ちゃんがあたしを忘れてしまっても……あたしは、お兄ちゃんのために生きる覚悟です。

 もう、決めたんです。


 あたしはお兄ちゃんに、信じられないくらいの、抱えきれないくらいの、計り知れないくらいの幸せをもらったです。


 今度はあたしがお兄ちゃんに幸せを返していくです。


 何度ゼロからやり直しになろうとも。

 たとえ、お兄ちゃんにとって、あたしがなんの価値もない人間になってしまったとしても……


「ん? どした?」

「にゃっ、……っと。じ、実は、パウ……そこの店の看板娘さんが妙に上機嫌で、きっといいことがあったに違いないと睨んでいるです」


 あたしは、嘘吐きです。

 心と口が別のことを語るです。


「あぁ。それならフルーティーな魔獣ソーセージのことだな」

「フルーティーですか!? 興味深いです!」


 こうやって、他愛ない話をして。

 へらへらと笑っていれば、みんなが思う『ロレッタちゃん』でいられるです。


「むはぁ! なんだか、話を聞いたら食べたくなったです! 今すぐ買ってくるです!」

「まだ仕事中だろうが!」

「すぐ済むです!」

「まだ発売前だよ」

「マスターにおねだりすれば一発です!」

「……また怒られるぞ、マスターじゃない方に」

「はぅ…………それは、ちょっと怖いです」


 耳を塞ぐフリをして、一度まぶたを閉じるです。自分の腕に隠れて。


 泣きそうな時は、こうやって誤魔化せば涙は出ないです。

 心がどんなに泣いていたって、顔で笑っていれば誰にも悟られないです。


 そうです。

 こんな暗いあたしは、心の中に閉じ込めておくのがいいです。

 お兄ちゃんに知られたら、きっと嫌われるです。

 嫌われるのは、忘れられるより、イヤです。……あたしの場合は。



 嫌われるのは…………本当に、つらいんです。

 それでも無理して笑顔を作らなきゃって…………実は結構……つらかったです。


 すとーんと、肩の力が抜ける感覚がして……思わず頭が下がるです。

 ……と、その時。


「あ、ゴミがついてるぞ」

「へっ? ど、どこです?」


 突然お兄ちゃんがあたしの頭を指さして言うです。

 ゴミなんて、飲食店のアイドル店員の頭についていてはいけないものです。すぐにでも除去しなければ……


「動くな。取ってやるから」

「は、はいです」


 少し頭を下げたまま、言われた通り動きを止めるです。

 ちょっとつらい体勢だけど、ほんの少しの辛抱です。


 お兄ちゃんが一歩、あたしに近付いてきて……髪の毛を撫でたです。


「余計なことを考えてるのはこの辺か?」


 そう言いながら、あたしの頭をぐりぐりと撫でるです、


「へ……、あ、あの……お、おにい、ちゃん?」

「ん~……この辺かなぁ?」


 ぐりぐりと頭を撫でて、頬を撫でて……後頭部にそっと触れて…………抱きしめてくれたです。


「ほ、ほにょっ!?」

「無理して変な声を出すな」


 む、無理してなんか……


「お前が何を考えているのかは、だいたい分かる」

「え……っ!?」


 分かってる……です?


 いやいや、そんなはずないです。

 あたしは笑顔の達人です。誰にも、あたしの本当の心は読み取れるわけが……


「よく頑張ったよ、お前は。独りぼっちで、本当の自分をひた隠しにして……ハムスター人族だってことがバレないように。自分の本心を悟られないように……」


 とくん、とくん……と、お兄ちゃんの鼓動が聞こえるです。

 それに混ざって……


「それだけ頑張ったから今があるんだ。だからもう、無理して笑わなくてもいい」


 そんなことを言ったです。


 …………バレて、た…………です。

 あたしが、無理して笑顔を作っていたことも……全部?


「俺のために、自分を犠牲にしようなんてすんな。お前は、お前のために生きろ」

「でも……」


 なんですか、もう……お兄ちゃんは、ズルいです。

 こんなタイミングで、こんな格好で……抱きしめられて、温かくて、とくん、とくんって……こんなの甘えちゃうじゃないですか。

 あたしは長女だから、こういうのに慣れてないって、知ってるはずなのに……ズルいです。


「あたしたちがこうしていられるのも……笑っていられるのも……生きて、いられるのも……みんなお兄ちゃんのおかげです。どんなに尽くしても返しきれないくらいに、お兄ちゃんには恩があるです」


 悔しかったのか、拗ねてしまったのか……

 あたしは、普段なら絶対にしないような……ウチの妹がたまに見せる世話の焼けるいじけ方をしてしまったです。


「それを返すには一生かかってもまだ足りないです。だから、何がなんでも、お兄ちゃんのために役立ちたいです。お兄ちゃんを思っていたいです。大切にするです。それのどこがおかしいですか!?」


 八つ当たりです。

 みっともないです。


 おまけに、どうなれば自分が納得出来るのか、自分でも分からない、性質の悪いヘソの曲げ方をしているです。


 なんかイヤです。

 なんか気持ち悪いんです!


 お兄ちゃんが悪いんです。

 あたしが、自分で納得してへらへら笑っていたのに、それを奪うから……

 こんな体勢で優しくなんかするから……


「あたしは恩返しをさせてほしいです! 何がなんでもお兄ちゃんのために生きるです! あたしの人生はもう、お兄ちゃんのためだけにあるんです!」


 ……ムキになっちゃったです。


「お兄ちゃんがいたから、今のあたしたちがあるです! お兄ちゃんのおかげで、今、あたしたちは幸せなんです! だから、お兄ちゃんのためになら、あたしは……っ」


 ――ギュッ、と、抱きしめる腕に力が入ってあたしの言葉を遮ったです。

 …………頭の真ん中がじんわりと熱を帯び始めて……少し、泣きそうになってきたです。


「だって……だって…………お兄ちゃんがいたから……」

「お前らがこの街に受け入れられたのは、お前らが頑張ったからだ」


 そんな言葉、あたしには響かないです。

 だって、あたしは確固たる自信を持って言えるです。


「その、頑張れる場所をくれたのはお兄ちゃんです」

「そうじゃねぇよ」

「違わないです」


 お兄ちゃんはすぐに自分の手柄をなかったことにするです。

「たまたまだ」

「ついでだ」

「大したことじゃない」

「俺は何もやっちゃいねぇよ」って……


 けど、これだけは譲れないです。

 あたしたちは、お兄ちゃんがいなければ、今のように毎日笑って生活出来ていなかったです。


 それだけは、絶対に!


「全部お兄ちゃんがいてくれたおかげなんです! これは絶対です!」

「あぁ。だからこそだよ」


 …………へ?

 だからこそ……とは?


「俺は結構頑張っただろ? 大雨の中走り回ったし、頭もひねった。領主まで引っ張り出してきて、お前らに仕事を与えてやった」


 そ、そう……です、

 まさに、その通りです。


「それが、お前の功績なんだよ」

「……? よ、よく、分かんない、です、よ?」


 顔を上げると、お兄ちゃんは自信満々な笑みを浮かべてたです。

 お兄ちゃんが物凄く頑張ったことが、どうしてあたしの功績になるです?

 頑張ったのはお兄ちゃんで……あたしは…………


「お前だから、俺は頑張ったんだよ」

「…………………………ぇ?」


 あたし……『だから』?


「お前や、お前の弟妹たちだから、『なんとかしてやりたい』って思ったんだよ」


 ほっぺたを、むに~んと、摘ままれたです。

 それでもあたしの頭の中には『?』が飛び交っているです。


「基本的に俺は、他人が不幸になろうが知ったこっちゃないし、目の前で誰かが飢えていても、赤の他人なら平気で無視出来るような男だ」


 それは……当たっているような当たっていないような…………


「けど、お前らは放っておけなかった」

「…………」


 頭が真っ白になったです。


 お兄ちゃんが優しいのは、もう十分過ぎるほど知っていたつもりです。

 なのに…………


 こんなに素直な言葉でそう言われて…………泣きそうになったです。


「この俺にここまで思わせて、どうにかなるように動かしたのは、紛れもなく……」


 頭に手を置いて、目線を合わせて顔を覗き込んでくる……

 お兄ちゃんの顔がすぐ目の前にあって……そこから、優しい言葉がもたらされる…………


「お前だぞ、ロレッタ」


 ぽろりと、大粒の涙が零れ落ちたです。

 はっきりと分かるくらいに大きな雫が……


「もっと自分を誇れ。この俺にここまで言わせられるヤツはそうそういない。世界に五人くらいのもんだ」

「ぅ……ぐす……そ、それは…………凄い、です……ね」


 おどけてみせようとするも、どうしても上手くいかない。

 涙が声を詰まらせて、鼻水が呼吸を止めて、目の前が歪んでいくです。


「へ、へへへ……お兄ちゃんのトップファイブに、あたし、入ってるですか? う……嬉しい、です」

「……あ、ごめん。よく数え直したら七番目だったわ」

「イヤです! 誰か二人落としてです! 意地でもトップファイブに入れておいてです!」

「あ、見ろ見ろ。種が取れた」

「これでもう一安心ですけど! 今はそれよりランクダウンの話です!」


 こんなランクダウンは承諾出来ないです!


「お前。俺に忘れられてもいい、それでもそばにいよう――なんて考えてたろ?」


 うぅ、お兄ちゃんは一体どこまで鋭いんですか……


「諦めんなよ、そんな簡単に」

「で、でもあたし……お兄ちゃんに迷惑かけたくないですし……」

「かけていいよ。つか、かけろよ」


 え……っという暇もないくらいに、それは突然やってきて……



「俺がお前を守りたいって思ってんだからよ」



 ――あたしの脳みそを強制終了させたです。


 な、なんですか……それ…………そんなの…………ズル過ぎです。


 あたしは、いい妹でいたいって……思っているですのに…………




 そんなの、惚れてまうです…………




「むぁぁあああっ! お兄ちゃんは、あたしの計画、全部ぶち壊すですっ!」

「ふはははは! ぶち壊されるような計画しか立てられないお前が悪い!」


 そう。

 そうです。

 こうやって、くだらない言い合いをしているのが堪らなく楽しいです。


 だから、あたしは、ずっとずっと一緒にいたいです。


 お兄ちゃんと。



 …………ヤシロさん、と。



「――っ!?」


 それは、マズい!

 その想像はダメです!

 鼻血が込み上げてきたです!


 恥ずかし過ぎるです!


「おねーちゃーん!」

「おねーちゃんー!」

「おねちゃーーん!

「ねちゃー!」

「な、なんです、あんたたち!?」


 妹たちの声に振り返ると、なんか一列に並んでたです。


「抱っこー」

「順番ー!」

「早く代われやー!」

「あとがつかえとんねんぞー!」


 だっ…………抱っこ…………って……!?


「あ、あんたたちっ、見てたですか!?」

「見てたー!」

「オッサンたちも見てたー!」

「ここ、大通りー!」

「観衆いっぱいー!」

「ふなぁぁあああっ!?」


 これは、さすがに、恥ずかしいです!

 公衆の面前で甘えてしまったです! 長女の面目丸潰れです!


「あ、あたし! 陽だまり亭に戻って店長さんのお手伝いしてくるです!」


 三十六計逃げるに如かずです!

 …………二十八くらいでしたっけ? 三十…………?


 とにかく、逃げるです!


 幸いにも、お兄ちゃんは妹たちに飛びつかれて身動きが取れない状態。


 ……今、何か優しい言葉の一つでもかけられたら、妹たちの前で赤面してしまうです!

 姉の恋路など、幼い妹たちにはまだ早いです! っていうか、見せられないです! 恥ずかしいです!

 姉の女の部分とか、トップシークレットです!


 あたしはその場を離れ、逃げるように大通りを駆け出したです。


「ロレッタ!」


 後方で、あたしを呼ぶ声がするです。

 その声の主はお兄ちゃんで、お兄ちゃんはあたしに向かって、いつもの、変わらないあの笑顔でこう言ってくれたです。


「頑張れよ!」


 それは優しい言葉。

 そして、心地のいい言葉。


「はいです! 当然頑張りまくるです!」



 あたしはお兄ちゃんが好きです。

 でも、今はまだお仕事を精一杯頑張っていたいです。


 だからもし、あたしがもっと大人になって、店長さんくらいのおっぱいになったら……


 その時は、お兄ちゃんを遠慮なくもらい受けるです。


 大人になったあたしは、きっと今よりもっと可愛くなってるはずですから!




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