追想編8 ノーマ
金属を打つ音が響く。
世界中のすべての音をのみ込むような大きさで。
すべてをかき消してくれりゃいいさね、こんな世界の音なんて。
「……ちゃん、ノーマちゃん! ノーマちゃんってば!」
金属の硬質な音に割り込んでくる声があった。アタシの肩が掴まれる。
振り返ると、よく見知った仕事仲間の顔があった。
「なんさね!? 仕事中に声かけんじゃないよ! 常識さね!?」
「ダメよぉ。全然ダメ。その鉄、もう死んじゃってるわよ」
言われて視線を戻すと、歪にひん曲がった鉄塊が目の前に転がっていた。でこぼこと歪み、鈍く黒ずんだ鉄くず……これ、アタシが作ったのかい?
「ボーっとしてると思ったら急にムキになって槌を振るって……そんな滅茶苦茶しちゃ、鉄が可哀想よぅ……」
泣きそうな表情を見せるヒゲ面のオッサン。腕の筋肉を盛り上げて目尻を拭う。
泣くんじゃないよ、図体のデカいオッサンが……女々しいね。
「それに……出ちゃいそうよ」
「ぁん?」
「お・ム・ネ」
と、アタシの胸元を指さす。
視線を落とすと、乳の上半分くらいが露わになっていた。『かろうじて隠れているレベル』で、なんとも際どい状態だった。
「し、仕事中に着崩れるのはしょうがないことさね!」
「崩し過ぎぃ。ワタシたちもいるんだからぁ、気を付けなきゃダメよぉ。ノーマちゃん、嫁入り前なんだから」
「う、うっさいね! あんたらなんか物の数に入ってないんさよ!」
「同じ乙女としての忠告よぅ」
「あんたのどこが乙女さね!?」
こんなひげ筋肉と同列なんかぃ、アタシは……泣くよ?
「早くしまわないと、お胸に釣られて『誰かさん』が覗きに来ちゃうわよ」
「――っ!?」
一瞬で、体中の血液が沸騰する。
「余計なことをお言いじゃないよっ!」
「ぃや~ん!」
思わず、声を荒らげちまったさね。
……なにやってんさね、アタシは。
「……すまないさね」
「ううん、平気よ。けど……今日はもう帰った方がいいんじゃない?」
「けど……」
帰ったって……
どうしても考えちまう。ヤシロのこと。
ヤシロが、アタシを忘れちまう――
「――っ!」
胸が…………張り裂けそうさね。
大食い大会の後――
ヤシロがこの街を離れようとしていたのを、アタシは『仕方がない』と思っていた。
ヤシロが自分で決めたことなら、アタシたちに口を出す権利はないと。受け入れなきゃいけないと。
遠く離れたとしても、一年に一度、十年に一度でもアタシのことを思い出してくれるなら、アタシはそれでも耐えられる。
けど……
今度のはヤシロが望んでそうなったわけじゃない。
魔草に記憶を食われてアタシのことを完全に忘れちまうだなんて……そんなのは耐えられないっ。耐えられるはずないじゃないかさっ!
「ノーマちゃん……」
「……少し休んだら、仕事に戻るさね」
「ノーマちゃんっ」
「なんさね!? アタシは仕事がしたいんさよ!」
「そうじゃなくて……」
「……ん?」
「早くお胸しまわないと…………見に来てるわよ、『誰かさん』」
「え……っ!?」
言われて入り口を見ると……
「じぃ~……」
ヤシロが物凄く真剣な目でこちらを覗き見していた。
「ヤシロッ!? な、なな、なに見てんさねっ!?」
「おっぱい」
「はっきり言うんじゃないさね! っていうか、見るんじゃないさね!」
慌てて胸元を正し、ヤシロの前まで駆けていく。
本当に胸に釣られてやって来るヤツがあるかい!
まったく、ヤシロは。いつまでも変わらないさね。
……変わらない、さよね?
言いようのない息苦しさを感じる。
思わず……顔が歪む。
「そんな顔すんなよ……」
それを悟られて、ヤシロに心配そうな表情をさせちまったさね。
ホント、何やってんだろうね、アタシは……
「……胸がはち切れそうなんだな」
「張り裂けそうなんさねっ!」
はち切れそうなのは前からさね!
だからいっつも胸元のゆったりした服を着てるんさよ!
もういい。今日は仕事を切り上げるさね。
「ちょぃと! 今日はもう上がらせてもらうさよ!」
「はぁ~い! あとは任せておいてね~」
仕事仲間がにこにこと手を振ってくる。
とんだお人好しさね。そんで、お節介焼きさね。
「仕事、いいのか?」
「構いやしないよ。どうせあんたが気になって手に付かなかったんだ」
口にして、息をのんだ。
アタシっ、なに口走って……っ!
「ち、違うさね! あの、そうじゃなくて……っ!」
ヤシロに下手な言い訳をしても無駄なことは分かっている。
分かっているけれど、ここで取り繕わないなんて、出来やしないじゃないかさ……恥ずかしい。
「あ、あんたが、いっつもおっぱいに釣られてやって来るからっ……そ、その病気を心配してるんさね!」
……これはない。
なさ過ぎるさね、アタシ……
「なら、療養が必要かもしれんな…………乳枕で横になりたいっ!」
「悪化するさね、確実に!」
ただ、ヤシロはいつもこうやって、こっちのミスを誤魔化してくれる。
……心地のいい空間を、作ってくれる。
だから、アタシは…………
「はっ!?」
「ふぉう!? ど、どうした、急に?」
「な、なんでもない、さねっ」
いけない、いけない。
なに考えてるんさね! 本人を目の前にして。
「そ、そういえば、そろそろ昼時さねっ!」
そう言った時、まるでタイミングを見計らったかのように昼の鐘が街に鳴り渡った。
「おぉ……すげぇな、お前の腹時計」
「はっ、腹時計じゃないさね!? 感覚で分かんだよ、仕事してると!」
別にアタシは食い意地は張ってないさねっ。
……そんな女じゃないさね。
「お昼の予定はあるんかぃ?」
「そうだなぁ…………どこかに昼飯を作ってくれる料理上手でもいればいいんだけどなぁ……ジィ~」
「くふっ……おねだりなら、もうちょっと上手におやりな」
ヤシロは、こっちの気持ちを分かってそう言ってくれる。
いつも、こっちがしたいことを、抵抗なくさせてくれる。
甘える風を装って、いつも甘えさせてくれる。
だからアタシは、ヤシロのことが…………
「ふぅんぬっ!」
「どうした、急に!?」
邪念を振り払うために壁に頭を打ちつける。
……どうかしちまったようだね、アタシの頭は。
炉の熱で脳がやられちまったんかぃね?
「何か食べたい物はあるかぃ?」
「……その前に、お前の額に絆創膏を貼ってやりたい」
「こんなもん、ツバでもつけときゃ治るさね」
「そっか。それじゃ……」
「ちょっ!?」
ヤシロが舌を出してアタシに近付いてくる。
「じ、自分でつけるさね!? な、舐めんじゃないさよ、こんなとこで!」
おでこにキスされかけて、盛大に取り乱す。
……まったく、ヤシロは。冗談が過ぎるさよ!
「…………『こんなとこで』?」
「――っ!? 『そんなとこを』の間違いさね!」
ああぁぁあああぁああああ、もぅううっ!
どうしちまったっていうんだい、アタシは! もう!
「と、とにかく、ウチに来るさね! 何か作ってあげるさよ」
「おう! 楽しみだな~っと」
軽い口調で言ってヤシロはアタシの後に付いてくる。
こんな何気ない空気感も、すべてなくなっちまうんかい? あんたが、アタシを忘れちまったら……
胸の奥に小さな棘が刺さったように、じわじわと抗いようのない痛みが広がっていく。
ヤシロ……アタシを忘れちゃ、イヤ……さね。
「あ~、落ち着くなぁ、この家」
家に着くなり、居間で大の字に寝転がるヤシロ。
寛いでくれるのは嬉しいんだけどさ…………その発言は、ちょぃと……照れるさね。
「なんなら、お布団でも敷いてやろうかぃ?」
「……エッチ」
「そっ、そういう意味じゃないさねっ!」
まったく! ヤシロは、まったく!
なんでアタシがそんなこと……っ!
気持ち、いつもよりもしっかりと襟を正す。
谷間も隠し気味だよ、今日は。
……いや、ここはむしろ…………
「ヤシロ。ちょぃと待ってておくれなよ」
「おう、気長に待ってるぞ」
一言断わってから、昼飯の用意をはじめ……その間に、アタシは着替えを始める。
「お待たせさね、ヤシロ」
「おぉ、出来たか…………って、何やってんの!?」
料理を持って居間へ行くと、ヤシロが目を見開いた。
ふふふ……さぁ、よく見ておくれ。
「チアガールさね!」
大食い大会の時に着て、評判のよかった服さね。
ヤシロも褒めてくれた自信のコスチュームさね。
ヤシロはアタシにいろんな服をくれた。
きっと、こういうのが好きなんさね。いろんな服を着せたいと思っているんさね。
アタシでよければなんだって着る。
着て、ヤシロに見せてあげるさね。
……だから、アタシの名前を、思い出してほしいさね……っ。
「さぁさ、ヤシロ。たんと食べておくれな。おかわりもたくさんあるからね」
「あぁ……いや、食うけどさ……なぜチアガール?」
「応援するさね!」
みんなで考えた振りつけはいまだこの体に刻み込まれている。
ヤシロが喜んでくれたチアガールの応援……ヤシロのためだけに、今、披露するさね!
「GO! GO! GO☆FIGHT☆WIN!」
腕を回し、足を高く上げ、両足を揃えて高くジャンプ!
……したところで、汁物の椀が倒れた。
「ぉおおい! 飯時に暴れるなよ!?」
「あぁっ! ごめんさね!」
慌てて零れた味噌汁を布巾で拭く。
こんな狭いところでチアガールの本領を発揮するのは難しいさね……なら!
「ちょっと、布巾を洗ってくるさね!」
言って、居間を出る。
チアガールは飯時に向かない。だから今度は……
「セーラー服だ!?」
服を着替え居間に戻ると、ヤシロが漬物を「ぶふっ!」っと飛ばしながら驚いていた。
ふふん。インパクトって意味では成功さね。
「……なんでセーラー服?」
「あんた、これをアタシに着せたかったんだろ?」
「いや、まぁ……」
木こりギルドの支部が完成した時、正装と言ってヤシロがくれた服さね。
本番は違うドレスを着てパーティーに出たから、こっちはちょっとしか見せてないんさね。
プレミアム感も相まって、きっとお得な気分になっているに違いないさね。
「さぁ、ヤシロ。アタシが食べさせてあげるさね」
隣に座って箸を持つ。
煮魚を小さく切って、ヤシロの口元へと近付ける。
「ほら、『あ~ん』さね」
「お、おい……」
「照れんじゃないよ。いいじゃないかさ、たまには。ね?」
体を寄せ、少し甘えて見せる。
こうすれば、ヤシロはきっと甘えさせてくれる。
卑怯な手だとは分かっているさね。
ヤシロの優しさに付け込んで、こっちからの好意を押し売りしている。
『甘えてほしい』ってわがままを言って『甘えさせてもらってる』……
分かってる……分かってるけど…………アタシにはこれくらいのことしか、出来ないから。
「ほら、早く『あ~ん』するさね」
「いや、あの……普通でいいから」
「これがアタシの普通さね」
「……だとしたら、ちょっとヤバい領域に足を踏み込んでるな、お前は」
失敬さね!?
別に、ウェンディたちの結婚式を見たからって、前以上に焦ったりなんかしてないさね!
それとこれとは話が違うさね!
「あっ!」
ほんの少し、……結婚とかいうワードが脳裏をかすめたせいで……動揺しちまって、箸から煮魚が転げ落ちた。
胸元にぽとりと落ちたそれは、白いセーラー服に薄茶色いシミをつけた。
「あぁもう! 早く脱げ。シミになっちまうぞ」
「そ、そうさね!?」
ヤシロにもらった服を汚すなんて……
アタシは慌てて服を脱ぐ……前に止められた。
「ぅおぉいっ! ここで脱ぐなよ!」
「そ、そそそ、そうさねっ!?」
慌てて、ふためいて、転がるようにして居間を出ていく。
あ、危なかったさね……今のは素でやらかしかけたさね……
それにしても、ヤシロ……おっぱい好きのくせに、こういうことはちゃんと指摘してくれるんさねぇ。……やっぱ、他の男とはちょっと違うさね。
よし。もっとインパクトのある格好をして、ヤシロを喜ばせてやるさね!
もう一度コスチュームを変える。……秘蔵の『アレ』に!
これぞ、最強インパクト!
初めて着た時のヤシロの喜びようと言ったら…………くふふっ。
「ヤシロ、どうさね!?」
居間へ入るなり、視線が突き刺さるのを感じる。
そうさろ、そうさろ、見ちゃうんさろ?
ヤシロ、大好きだもんねぇ、水着!
アタシは、川遊びの際にもらったモノキニって水着を着て男がグッとくる悩殺ポーズを決める!
これでヤシロもテンションうなぎ上りで――
「…………どこまで行っちゃうんだ、お前は」
ヤシロの口から、漬け物がぽとりと落ちる。
……あ、あれ?
「ごめん、もう一回言うけど……普通でいいから」
「え、で、でも。好きじゃ、ないかぇ? こういうの」
「いや、好きだけど! 心の中ではメッチャ『わっほ~い!』ってなってるけど!」
くふっ。なってるんかい。そうかいそうかい。
「けど、二人っきりの時にそんな格好されたら…………いろいろ、気まずいだろう。俺も男なんだし……」
「――っ!?」
そ、そりゃ、そう……さね。
ヤシロがもし、その……そんな気を起こしちまったら………………うん、確かに……マズい…………さね。
なんだか、急に恥ずかしくなってきたんさ…………アタシ、自分家の居間で何やってんさろ?
「あぅ……いや、あの…………」
けど、ヤシロには喜んでもらいたい…………
「ひ、膝枕とか、してやろうかぃ?」
「お前は俺の自制心を殺す気か!?」
あぁっ!? よく見たら太ももが剥き出しだったさね!?
なんてはしたない格好さね、よく見たら!?
「ふ、ふふ…………ふ……普段通りさね、これが!」
「だとしたら……お前はとっても残念な私生活を送ってることになるな」
あぁ……どうしてこう、思い通りに行かないさね……
ヤシロみたいに、上手く立ち回れりゃ……ヤシロだってアタシのこと、忘れたりしないだろうに…………
「まぁ、ほら。とりあえず飯、食おうぜ。お前の気持ちは分かったからさ」
……気持ちが分かった?
アタシの、今のこのアタシの気持ちが、『分かった』って言うんかい?
ねぇ、ヤシロ。
あんた、本当に、本気でそんなことを言うつもりなんかぃ?
アタシのことを……『お前』なんて呼んどいて……
一度も、名前を…………呼んでもくれないでさ…………っ!
「…………ふっ…………ふふ……」
どうしよう……
どうしていいか分からないし……どうしようにもない…………
胸ん中が重くなって、足元が覚束ない……
膝の力が抜けてすとんと腰が落ちた。
尻が床にぺたりとついて、ひんやりした感触が伝わってきて…………そこで限界を超えた。
「……ふぇぇん!」
涙が、止まらなくなった。
何やってんだ、アタシは。
こんなバカみたいな格好して、一人で空回って……ヤシロにだって呆れられて……
こんなんじゃ、ヤシロに「こいつの記憶はいらない」って思われて…………忘れられちまうじゃないか…………ヤシロの中に、アタシの居場所がなくなっちまうじゃないかさっ!
そう思ったら、一層……怖くなって…………
「……ぅぇえええええええっ!」
みっともなく、醜態をさらす。
「……ヤさね…………ヤシロ……忘れちゃ…………」
いつの間にアタシはこんなに弱くなっちまったんだろう。
たまに会って、一緒に仕事をして、他愛もない話をする。そんな、よくある関係だったってのに。
いつから、ヤシロがアタシの中でこんなに大きな存在になっちまってたんだろう……
アタシはヤシロに好かれたいなんて思っちゃいない。
そんなこと、望んだりはしない。
ただ。
アタシがヤシロを好きでいたい。想っていたい。
それだけなんさよ。
それだけでいいから…………
その権利すら奪うようなことだけは、勘弁してほしいさよ……
どんなに思っても、ヤシロの心にアタシがいないなんて……悲し過ぎるじゃないかさっ!
「ヤシロ……が、…………悪い……ん、さよ…………魔草なんかに…………記憶…………」
不安で、怖くて……寂しくて。
みっともなく泣いた挙句に、ヤシロに当たって…………みっともないったらありゃしない。
けれど、どうしようにもなく、心が磨り減って…………
「あんたも男ならっ、自分の記憶くらいさっさと取り返しておみせな! ヤシロなら、魔草くらい簡単に言いくるめられんだろう!? アタシの知ってるオオバヤシロは、それくらい簡単にやってのけるような大した男なんさよ!」
叫ばずにいられなかった。
見栄を張って、ずっと心に押し込めて、知らん顔してた不安や寂しさが、涙と一緒に一気に溢れ出して止まらなくなった。
ヤシロがそっとアタシに近付いてくる音がした。
蓋をしなきゃ涙がとめどなく流れていく目を何度も拭い、そんな衣擦れに耳を傾ける。
ふわっと、頭に載せられた手が、壊れ物を扱うような優しさで髪を梳く。
手のひらが耳に触れて、一瞬体がびくんって反応する……それが恥ずかしくて、頬がどんどん熱くなる。
「心配すんなよ……」
耳元で、静かな声がする。
「ちゃんと思い出したから」
耳に流れ込んできたヤシロの声が、血管を通って全身に広がっていく。
優しさが脳を満たして、腕や足、末端まで隅々に伝わっていく。
「……もう泣くな、ノーマ」
今――アタシの全身はヤシロでいっぱいになっている。
「…………ぉ、そい……さねっ!」
アタシの背後にしゃがんで頭を撫でるヤシロ。
振り返ったらそこにヤシロがいる。そう思うと、もう堪らなくて……
「ヤシロォッ!」
振り返りざまに飛びついた。
ヤシロが名前を呼んでくれた。
それが、こんなにも嬉しいことだったなんて。
勢い余って倒れ込むも、そんなことアタシは気にしない。
ヤシロの胸に縋りついてぐりぐりと顔を押しつける。
ヤシロの匂いで肺がいっぱいに満たされる。
「遅いさねっ、どんだけ待たせんさねっ!? バカ! バカ! ヤシロのバカ!」
「悪かったって……」
「反省してるように見えないさねっ」
ヤシロが名前を呼んでくれた。
もう、ヤシロはアタシを忘れない。
忘れさせて堪るもんかい。
あぁ……やっぱりヤシロは魔草なんかに負けなかった。
そうだよ。アタシの知ってるオオバヤシロって男は、そういう大した男なんさよ。
「もう、大丈夫だから。な? ほら、種も取れたし。だからそろそろ……」
「もうちょっとさねっ!」
大丈夫と分かった途端……不思議さね…………さっきよりもっともっと甘えたくなった。
今しかないってくらいに、ヤシロに甘え尽くそうと思った。
離してやるもんか。
ちょっとだって、この温もりを手放してなるもんか。
今は、今だけは……ヤシロはアタシ専用なんさよっ!
「『ノーマ』って百回呼ぶまで離してやんないんさよ!」
「えぇ……」
「文句言うんじゃないよっ!」
「じゃあ…………おっぱい、おっぱい、おっぱい……」
「名前を呼ぶんさよ!?」
一定のリズムでそんなことを言うヤシロに業を煮やす。
だから、名前を呼べって………………
「……水着の、おっぱい、メッチャ、当たってるけど、ノーマ、それでいいの? なんかもう、暴れたせいで、ちょっと、ズレちゃって、間もなく『こんにちわっ』、しそうだけど?」
…………ふと、自分の姿を顧みる。
体にぴったり張りつくようなモノキニの水着が無理な体勢のせいで、ほとんど捲れて…………チク…………
「――ふなっ!?」
見えちゃいけないモノが見えそうになってるさねっ!?
「み、見んじゃないさよっ!」
「だから親切に教えてやったんだろうが!」
「ぁぁぁあああ、もう! お嫁に行けないさねっ!」
「……いや、たぶんそれ、俺のせいじゃ……」
「なんか言ったかぃ!?」
「……いえ、なんでもないです」
もう! ヤシロは、もう!
「き、着替えてくるから、飯でも食っとくさね!」
慌てて立ち上がり、……お尻とか、ちゃんと隠れてるか指で確認して……急ぎ足で居間を出る。
出てから、もう一度首を伸ばして居間を覗き込む。
「……おかわり、たくさんあるからね」
「おう。ゆっくりさせてもらうよ」
片手を上げるヤシロを見て、心がほっこりする。
さっきまで全身を支配していた重苦しい感情が嘘みたいになくなっていて…………はっきり自覚させられちまう。
あぁ……やっぱり、アタシはヤシロが好きなんだ。
そんで…………
いつか独占してやりたいって、思ってるんさね。
物分かりのいい大人な女なんて……もうやめちまおう。
そんなことを思いながら、いつもの服に袖を通した。
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