追想編7 ミリィ

「ぁりがとぅ、ございましたぁ……!」


 うん。今日もお客さんいっぱい。

 嬉しいな。


 ……けど、まだちょっと緊張しちゃって声がちゃんと出せない時があるんだよね。……反省。


「ミリィちゃん。お疲れ様」

「ぁ……ギルド長さん」


 四十二区生花ギルドのギルド長さんは、とっても温和で優しい人間のお婆さん。

 みんなに好かれてる、すごくいい人なんだ。


「今日はもう大丈夫だから、少しゆっくりなさいな」

「ぇ、でも……みりぃ、自分のお店はちゃんとできる、ょ?」

「ミリィちゃん……何か、あったんでしょ?」

「……っ!」


 すごい。

 ギルド長さんは、なんでもお見通し。本人は「ただ長く生きてるだけよ」って言ってるけど。……まるで、てんとうむしさんみたい。みりぃのこと、なんだってわかっちゃう。


 …………ぁ、べ、べつに。てんとうむしさんがみりぃのことすごく詳しいとか、よく見ててくれるとか、そういうことじゃなくて、てんとうむしさんって、誰にでも優しいし、だから、みりぃにも優しくて、つまり、そういうこと。


「あら? なんだか顔が赤いわねぇ」

「へぅ……っ! そ、そんなこと……ない、もん」

「うふふ。ミリィちゃん、最近ずっと楽しそう。きっと、素敵な人に出会えたのね」

「ふぇ!?」

「陽だまり亭の……ジネットさん、だっけ? それに、金物屋さんのノーマさん。薬剤師の……なんていったかしらねぇ、あの綺麗なお姉さんとか。ほ~んと、素敵な人とたくさん知り合えたのねぇ」

「ぁ…………ぅ、うん。みんな、すごくいい人」


 ……びっくりしたぁ。

 素敵な人っていうから……好きな人のことかと、思っちゃった……ぁうっ、で、でも、みりぃ、まだそういうのよくわかんないし……べつに、そういう人も、い、いない…………の、かな?


 カランカランって、かわいらしい音が鳴る。

 風が吹いて、のーまさんにもらったプレートが揺れたみたい。


「あら、なぁに、これ? とっても素敵」

「ぁ、これはね、のーまさんにもらったの」


 うぇんでぃさんたちの結婚式で、みりぃのお花はブーケに使ってもらった。ネクター味の飴玉もたくさんの人に「おいしい」って言ってもらえた。

 そしたら、『みりぃのお花は恋を成就させるお守りになる』って、誰かが言い出して。

 あれからたくさんの人がお花を買いに来てくれるようになった。

 みんな、幸せそうにお花を抱えて帰っていく。


 誰か、好きな人にあげるのかな?

 って、そんなことを想像すると、みりぃまで幸せな気持ちになれる。


 それでのーまさんが、「愛を象徴するようなプレートを作ってあげるさね」って、このプレートを作ってくれたの。

 お店の、一番目立つところに飾られたプレート。

 二羽の鳥が向かい合って、枝でつながった二つのサクランボを一つずつ口に咥えている。


 口付けにはまだ早いけれど、好きな人をもっと近くに感じたい。

 そんな初々しいカップルを表現したって、のーまさん言ってた。


 お客さんにも好評で、みりぃもすごく素敵だなって思ってる。


 やっぱりのーまさんって、すっごくすっごく女の子らしい心を持ってるんだなぁって思った。


 素敵な人に囲まれて、大好きなお仕事を一所懸命できて、それが誰かの幸せをほんの少しだけサポートできている。

 こんな幸せなこと、きっとない。


 今みりぃが感じている幸せはみんな、みんな、てんとうむしさんのおかげ。

 てんとうむしさんに出会ってから、本当に毎日が楽しくて、幸せで、穏やかで……


 ……なのに、みりぃはてんとうむしさんに何もしてあげられない。

 今、てんとうむしさんが大変なことになってて、苦しんでいるっていうのに、みりぃは…………


「ミリィちゃん」


 ふわっと、温かい手が髪を撫でる。


「どこかで、ゆっくりと休んでいらっしゃい。そうすればきっと、心も軽くなるわ」

「…………ぅん。ごめんなさい。……ぁりがとう、ね?」

「どういたしまして、よ」


 エプロンを外して部屋に置きに行く。


 どこかって……どこに行こうかなぁ。


 行きたい場所はある。

 けど……みりぃが一人で行ってもなぁ……


 けど、せっかくギルド長さんがみりぃのために言ってくれたことだし、無駄にしちゃ、わるいょね。


 ポシェットを肩にかけて、てんとうむしの髪飾りをきちんとつけ直して、ミリィは家を出る。

 お店は、ギルド長さんにおまかせ。ありがとぅね、ギルド長さん。


 天気は晴れ。

 心地いい風が吹いていて気分を少しだけ晴れやかにしてくれる。


 そういえば、今年は雨降らないなぁ……なんて思っていると、声が聞こえてきた――


「あれ? 出掛けるのか?」


 ――今、みりぃが一番聞きたいって思っていた声が。


「てんとうむしさん」

「よう! これから花屋に行こうと思ってたんだが……忙しそうだな」

「うぅん! そんなことない! ひま! 今、とってもひまだよ!」


 思わず大きな声を出しちゃった。

 だって、「忙しいならまた今度にするわ」って、てんとうむしさんがどこかに行っちゃいそうだったから…………そして、そのまま……みりぃのこと、忘れちゃいそうで…………怖かった。


「な、なんか、今日は元気だな?」

「ぁ……ぅ、ごめん、ね? 大きい声出しちゃって」

「いやいや。珍しいものが見られてラッキーだったよ」

「ぅう……恥ずかしいから、そういうの、やめてよぅ……」


 珍しいって、自分でもわかるし……今ちょっと反省してるところだから。


「暇ってことは、仕事は終わったんだよな?」

「ぅん」


 ギルド長さんが引き受けてくれたから、今日はもうみりぃのお仕事は終わり。


「……の、割には重装備だよな?」

「ぇ? ……そう? 軽装だよ?」


 普段着にポシェット。ちょっとしたお出かけ用の格好なんだけど……なんでてんとうむしさん、そんなに顔引き攣ってるのかな?


「そのボストンバッグ……あぁ、ポシェットだっけ? 森に行く時の装備だよな」

「ぅ、ぅん」


 えへへ。覚えててくれたんだ、前に一緒に森に行った時のこと。うれしいな。

 ……でも、眉間にしわを寄せてポシェットを見ているのはなぜ?


「仕事じゃないなら、俺も付いていっていいか?」

「ほんとっ!?」


 うれしい!


 本当はみりぃ、てんとうむしさんと森に行きたいって思ってた。

 前に行った時からずっと、ずっとずっと思ってた。


 ギルド長さんに「どこかでゆっくり」って言われた時も、真っ先に思い浮かんだのが森だった。……それも、できればてんとうむしさんと一緒に、って。


 あぁ……本当、てんとうむしさんってすごいな。

 なんだか、みりぃの考えてること全部お見通しみたい。

 みりぃが「こうしてほしいなぁ」「こうなったらいいなぁ」っていうこと、全部実現させてくれる。

 すてきな魔法使いさんみたい。


「俺、この格好で森とか、大丈夫かな?」

「うん。平気。ちゃんと守ってあげる」


 ポシェットの中には枝切りバサミもあるし、ちゃんと守ってあげられる。


「じゃあ、お願いしようかな」

「ぅん! …………ぁ」

「ん?」

「……ぅうん。なんでもない」


 言いかけて、やめる。


 その代わり……なんて、そんなこと言うと恩着せがましいよね。

 てんとうむしさんと一緒に森に行けるだけで、みりぃは嬉しいのに、守る代わりにお願い聞いてほしいなんて……


「じゃあ、お礼に手でも繋いでいこうか」

「――っ!?」


 …………すごい。

 なんで、わかっちゃうの?

 みりぃが「こうしてほしいな」っていうこと……また、分かってくれた。


「まぁ、お礼になるかは微妙だけどな」

「ぅうん! なる! なる…………ょ?」


 はぅ…………ちょっと、羽目を外しすぎた、かも……これじゃ、みりぃが…………てんとうむしさんのこと…………


「ははっ。甘えん坊さんだな」

「……はぅう」


 ……そうじゃないのにぃ。

 でも、……うん。そう思ってもらった方が、いい、かな? 今は。


「じゃあ、ほい」

「ぅん…………ほぃ」


 なんで、「はい」じゃないんだろう。

 てんとうむしさんの言葉は、ちょっと変わってて……真似すると、ちょっとくすぐったい。


 つないだ手は温かくて……その熱が胸にまで伝わってきたみたい。

 心が、ぽかぽかする。


「ぁ、ぁのね」


 思いきって言ってみる。

 今日、みりぃがやりたいこと。

 てんとうむしさんと一緒にやってみたかったこと。


「リンゴがね、食べたいの」

「リンゴ?」

「ぅん。ぁのね、前に森に行った時にね、食べた、でしょ? リンゴ……」


 覚えてる、かな?

 もう、忘れちゃった……かな?


「あれ美味かったよなぁ」

「ぅん!」


 やったぁ。

 覚えててくれた。

 そのことが、すごく嬉しい。


「それでね、また、一緒にリンゴを食べたいの、二人で。……ダメ、かな?」

「ダメじゃねぇよ。一緒に食おうぜ」

「ぁの……その、ね…………また、二人で一つのリンゴを、かじ……って…………」


 はぅっ!

 恥ずかしい!


 ち、違うんだよ?

 別に、間接キ…………ぁ、ぁの、そういうことを目論んでるわけじゃなくてね?

 今まで、やったことのない食べ方だったから、ちょっとドキドキして……でも、すごくおいしかった気がしてて……

 実はあの後、一人で森に行った時に、同じようにリンゴを丸かじりしたことがあるんだけど…………あんまり、おいしくなかった。

 おいしいはおいしいんだけど、普通、だった。


 もう一度、あのおいしいリンゴを食べたい。

 たぶん、それは……てんとうむしさんと一緒なら、食べられる気がするから。


「あの食べ方が気に入ったのか?」

「ぅ、ぅん……なんだか、悪いことしてるみたいで……ちょっと、どきどき、したの、ね?」

「頼むから、俺のせいで不良になんかならないでくれよ……いろんなヤツに怒られるから」


 ぅふふ……じねっとさんやえすてらさんに怒られているてんとうむしさんを思い浮かべたら、なんだかおかしくなってきちゃった。


「……ぅ」


 それは突然だった。

 てんとうむしさんが頭を押さえて短くうめき声を漏らす。


「てんとうむしさん!?」

「……いや、大丈夫だ」

「でも……」

「ちょっと、怒りそうな連中のことを思い浮かべたら……な」


 ぁ…………

 現実を突きつけられた気分だった。


 勝手に浮かれてたみりぃの隣で、てんとうむしさんは一所懸命戦ってたんだね……


「ごめん、なさい……なんだか、一人ではしゃいじゃって…………てんとうむしさん、今大変な時なのに」

「大丈夫だから、そんな顔すんな。な?」


 てんとうむしさんの手が、みりぃの髪の毛をそっと撫でてくれる。

 大きなてんとうむしの髪飾りが揺れる。


「絶対思い出すから。みんなのこと」


 優しく、てんとうむしさんは言った。

 それはたぶん、みりぃたち、周りにいるみんなのために。


「ぅん……絶対大丈夫だって……信じてる」


 てんとうむしさんは、今、みりぃの名前が分からない。

 このまま思い出せなければ……みりぃのことを、忘れ……ちゃう。


 思わず、きゅって、手に力が入っちゃった。

 そしたら――


「大丈夫だって」


 ――って、それだけ言って、きゅって……手を握り返してくれた。

 それだけで、不思議と……大丈夫って思えた。


 それから、森に着くまでみりぃたちは一言もしゃべらずに歩いた。

 何もしゃべらなかったけど、……てんとうむしさんのこといっぱい考えてた。





 森に着くと、てんとうむしさんは、やっぱり食虫植物に捕まっていた。


「くっそぉ、あいつめぇ! なんで俺ばっかり狙うんだよ!? 俺が何したってんだ!?」

「ぁのね……てんとうむしさん、歩く時にそばにある物触るクセ、あるから……」

「いや、だってよ。目の前にツタがあったら退けるだろ?」

「退けるとね、パクって食べられちゃうんだょ?」

「罠かっ!?」

「罠だよ!?」


 え……気付いてなかったの?

 そうやって捕食するんだよ。


「俺、生まれ変わったら食虫植物を食う生き物になるよ!」

「ぇっと……生まれ変わらなくても食べられる、ょ? 食べたい?」

「こんな気分の悪いもんはいらん!」


 ぁう……てんとうむしさんが矛盾したことを……


 くす……

 でも、拗ねてるてんとうむしさん、ちょっとかわいい。

 弟がいたら、こんな感じ、かな?


「あ~、頼りになる妹が出来たみたいな気分だ」

「むぅ……お姉ちゃんじゃないの?」

「俺の知り合いは、たいてい年齢が低い方がしっかりしている傾向にあるんだよ」

「ぅう……それは、確かにそうかも、だけど……」


 まぐだちゃんとか、ぱーしーさんの妹のもりーちゃんとか、しっかり者なイメージだし。

 逆に、……ぇっと、れじーなさんとかは……もうちょっとしっかりした方がいい……かも、ね? お部屋のお掃除とか。


「あれ……?」


 みりぃにとっては歩き慣れた森の道。

 てんとうむしさんは三回目。

 けれど、異変に気が付いたのはてんとうむしさんの方が先だった。


「リンゴ……生ってないな」

「ぇ……」


 リンゴの木が群生している、少し開けた場所――みりぃたちがリンゴの広場って呼んでいる場所に着いたんだけど……てんとうむしさんの言う通り、リンゴの木にリンゴは一つも生っていなかった。


「ぁ……」

「気候のせいか? 確か、去年の今頃は雨が降ってたもんな」

「そう……かも」


 今年は雨が少ない。

 オールブルームは変化の少ない気候だけど、その中でも微妙なバランスで食物の成長を助けていて、今年みたいに雨が少ないと不作になるってギルド長さんが言ってた。


 けど……まさか一つも生ってないなんて…………ショック、だょ。

 折角、てんとうむしさんと一緒に来られたのに……

 あのリンゴを食べさせてあげられれば…………てんとうむしさん、みりぃのこと、思い出してくれると、思ったのになぁ……だって、あんなにおいしかったから…………


 ……ぁ。

 目の前が暗くなっていく…………


 てんとうむしさんを応援したかったのに……元気づけてあげたかったのに…………

 やっぱり、みりぃって、なにをやっても…………ダメ、なのかな……


「よし、その挑戦、受けて立つ!」

「…………ぇ?」


 突然、てんとうむしさんが何もない空間を指さして…………ぅうん、それってもしかして、『森』を指さしてる、の? そんな格好で大きな声を出す。

 挑戦……って、なんだろう?


「人間とは、日々成長していくものだ。つまりこれは、『前回と同じもので満足するな』という森からの挑戦に違いない」

「森……からの?」


 ……おもしろい。

 みりぃ、そんなこと考えたこともなかった。

 てんとうむしさんって、どうしてそんな風に考えられるんだろう?


 もし、てんとうむしさんみたいな考え方をして、てんとうむしさんと同じ目線で世界を見ることができたら……きっと、もっと、ずっと、鮮やかな景色が見えるんだろうな。


「ぅん。挑戦、受けて立つ」


 また、てんとうむしさんの真似をして口にしてみる。

 うふふ……少しだけ強くなれた気がする。


「それで、どうする、の?」

「探すんだ! リンゴ以上に美味いものを見つけ出して、それを二人で一緒に食えたらミッションクリアだ!」

「わぁ……たのしそうっ!」


 まるで宝さがしみたいで、すごくわくわくする。


「それじゃあ、探しに行こっ」

「おう! どっちが先に見つけられるか、競争だ!」

「ぇっ!? 競争?」


 そんなの聞いてない。

 なのに、てんとうむしさんはもう走り出していた。

 あぁ……ズルいょう!


「待って、てんとうむしさん!」


 慌てて追いかけると…………


「はっはっはーっ! 追いつけるものなら追いついてみるぎゃぁぁあああああっ!?」


 目の前で、てんとうむしさんが…………捕食された。


「くっそぉ! なんで俺ばっかりっ!?」

「だからね、……てんとうむしさん、あっちこっちの植物触るから……」

「……あの、助けてください…………お姉ちゃん」

「ぅん。任せて、弟ちゃん」


 反省して「しゅん……」ってなってるてんとうむしさんは、やっぱりちょっとかわいい。

 しょうがないなぁ、お姉ちゃんが助けてあげるね。……ぅふふ。





 それから少し森の中を歩いて、ようやく見つけたのはサクランボの木だった。


「サクランボか」

「リンゴとは、随分違う、ね?」

「いやいや、どっちもバラ科の植物だ。広い意味で言えば仲間と言える」

「よく知ってるね、てんとうむしさん」

「ふふん!」

「……けど、リンゴとは、随分違う、ょね?」

「……まあな」


 見つけたのはサクランボの実が二つ。

 細い枝でつながって仲良くぶら下がっていた。


 まるで……


「ぁ……」

「ん? どした?」

「ぅ、ぅうん。なんでもない」


 サクランボを見て、のーまさんが作ってくれたプレートを思い出した。

 つながったままのサクランボを仲良く食べる、二羽の鳥……


「じゃあ、半分こするか」


 そう言って、てんとうむしさんがサクランボを採ろうとするから――


「待ってっ!」


 ――思わず止めちゃった。


「なんだ? これ、食えないのか?」

「ぅうん……あの、そうじゃなくて…………」


 ぁう……どうしよう。すごく恥ずかしい。

 でも……


「ぃ、一緒に食べるっていう、挑戦、だから……」

「え……あ、こうか?」


 ミリィの言いたいことを察して、てんとうむしさんは『つながった枝ごと』サクランボを採ってくれた。


「で……こ、こうか?」


 そうして、枝のつながった部分を持ち上げて、自分とみりぃの間くらいにサクランボを持ってくる。


 …………はぅう……ド、ドキドキする。


「そ、それじゃあ……ちょ、挑戦、だからっ……」


 緊張で顔とか真っ赤だけど……声も、上擦って全然出てないけれど……でも。

 口付けにはまだ早いけれど、好きな人をもっと近くに感じたい。

 まだまだ、まだまだまだまだ早いけど…………


 きっと、二人で食べるととてもおいしいから。

 絶対絶対、おいしいから。


 今日のこと、忘れないで。

 みりぃのこと……絶対に、忘れないで…………お願い。


「ぃ……ただき…………ますっ」


 サクランボへ顔を近付ける。

 そしたら、向こうからてんとうむしさんの顔が近付いてくるっ。

 ぴゅぃぃいいいっ!

 逃げそうになるのをグッとこらえる。


 ダメ。

 挑戦、だからっ。


 躊躇うみりぃよりも先に、てんとうむしさんがサクランボに口を付ける。かじる一歩手前。サクランボにキスをするような感じで、みりぃを見てる。


 こ、これに、近付く…………ん、だよ、ね?


 ごくり……と、喉が鳴る。

 落ち着いて……すぅ……はぁ…………


 ゆっくりと近付く。

 まるで、キスするように、顔と顔が近付いて…………ぁ。

 てんとうむしさんの顔が…………赤、ぃ?

 ぁは、なんだ……てんとうむしさんも、照れてるんだ。


 そう思ったら、急にてんとうむしさんがかわいく見えて……


「ぇいっ!」


 覚悟を決めて、サクランボに、かぶりつく。


 まるで、のーまさんのプレートの鳥みたいに、つながったサクランボを一緒に食べる。

 リンゴより……全然、ずっと、もっと、ドキドキした…………ドキドキし過ぎて、味なんかわかんなかった。


 サクランボを口に入れると同時に、恥ずかしさが限界を超えて、みりぃは「ばっ!」て飛び退いちゃった。

 ……心臓が、痛いょう…………


 少し硬めのサクランボが口の中を転がる。

 ぅうう…………てんとうむしさんの顔が見られない……


「いやぁ……これはさすがに…………緊張したなぁ」


 そんなてんとうむしさんの声に、耳の先まで真っ赤に染まる。

 ちょっと……やりすぎた、かな?


「あんまり刺激を求め過ぎて、変な趣味に走ったりしないでくれよ?」

「し、しないっ…………もん」


 だ、だって、これは…………てんとうむしさんにみりぃのことを忘れないでもらうための…………


「けど、これでもう絶対忘れねぇよ。ミリィのこと」


 …………ぇ。


 思わず振り返る。

 すると、少し赤い顔をしたてんとうむしさんが照れ笑いを浮かべていて……


「まぁ、サクランボ自体は、緊張し過ぎて味とか全然分かんなかったけどな」


 みりぃが思っていたことと同じことを言う。


「ぅん……みりぃも」


 てんとうむしさんの前で、自分の名前は言っちゃダメって言われてたけど…………もう、いいよね?

 絶対、絶対忘れないように、何度でも言うね。


「みりぃも、サクランボの味、よくわかんなかった……」


 普段通り過ごせって言われてたけど、やっぱり難しかった。

 みりぃの日常には、もうすっかりてんとうむしさんがいて、それが当たり前だから。


 これでようやく普段通り。


 ただ、今は――


「んじゃあ、よく味が分かんなかったから、今度また何かを食いに来るとするか」

「――っ!?」


 今度……

 次の約束、できちゃった。


「ぅん! また今度、一緒に来ようね」


 本当に、てんとうむしさんはいつも、みりぃが「こうなってほしいな」って思うことを実現させてくれる……

 そんなてんとうむしさんが、みりぃは……


「あ、種……」


 そう言っててんとうむしさんが胸元をまさぐる。

 ぇ……飲んじゃった、の? サクランボの種。

 みりぃのは、まだ口の中にあるけど……てんとうむしさんの前で「ぺっ」ってするの……恥ずかしい、かも。


「ほら」

「……ぇっ?」


 おもむろに、てんとうむしさんが手のひらを上に向けて差し出してくる。

 ぇ、ぇえ……「ぺっ」ってする、の?


 ぅ……ぅう…………挑戦。今日は、挑戦の日……っ!

 ぇいっ!


「……ぺっ」


 なるべくよだれがつかないように、てんとうむしさんの手のひらに種を出す。

 …………と。手のひらの上に、みりぃが出したのとは違う種が載っていた。見たこともない種………………はっ!? これって、寄生型魔草の種!?


「あ、いや……魔草の種が取れたから、見せようと思ったんだが……」

「ふにゃぁぁあああっ! ごめんなさいっ、ごめんなさいぃぃいっ!」


 サクランボの種を退かして、てんとうむしさんの手のひらをごしごしこする。

 汚してごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!


 魔草の種は、ここで発芽されると困るからきちんと持ち帰るとして…………

 よだれを完全に拭きとらなきゃ!


「ミリィ」

「……ふぇ?」

「俺、今日のこと、絶対忘れない」

「忘れてぇぇえっ!」


 顔だけじゃなくて、全身が真っ赤になった。

 顔も心もぽかぽかすぎて熱いくらい。


「あはは」って笑うてんとうむしさんの声が、耳に心地いいやら恥ずかしいやらで……


 サクランボを食べてもっと近くに…………感じすぎだよぅ……


 けど、みりぃのこと、思い出してくれてありがとうね、てんとうむしさん。



 恋とか愛とか、そういうの、みりぃにはまだちょっとよくわからないけど…………


 だけどね、てんとうむしさん?

 みりぃはてんとうむしさんのこと、とってもとっても大好きだって、そう思ったんだ。




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