後日譚49 披露宴

「ナタリア、ギルベルタ! アミューズを出してくれ!」

「お任せください」

「必ず遂行してみせる、完璧に、私は」


 シックなお揃いの給仕服姿で、ナタリアとギルベルタが料理を運んでくれる。

 アミューズとは、まぁ、『突き出し』みたいなもので、コース料理が始まる前の一品料理のようなものだ。今回はマーシャに譲ってもらった真鯛をカルパッチョにしてイクラを添えたものを用意した。ワインによく合う味付けだと、味見したマーシャが太鼓判を押してくれた自信作だ。


「ドリンクも希望を聞いて出しておいてくれ!」

「抜かりありません」

「アルコールの有無は把握済み、私も」


 この二人が同じ服を着ていると、少し豪華な感じがするな。『オールスターズ』みたいな感じで。

 ちなみに、この給仕服は今日のために用意した制服で、陽だまり亭スタッフ全員が着ている。

 男女で多少の差異はあるが、統一感のあるお揃いの制服だ。


 今日の制服は、新郎新婦や招待客のドレスを邪魔しないように落ち着いたデザインになっている。


「あいつらがいてくれて助かったなぁ、ヤシロ」


 いつもはフロア担当のデリアだが、今日は領主関係者も列席しているということもあり、厨房でジネットの手伝いをしている。

 フロアはナタリアとギルベルタをツートップとし、ノーマとパウラがフォローをしている。


 そしてロレッタとネフェリーには披露宴の司会進行を任せてある。

 あいつら、そういうのすげぇ上手いんだよな。ただし、くれぐれも失礼のないように言い含めてあるが。


 三十分ほど前、セロンとウェンディが街道の遊覧を終えて陽だまり亭に到着して、その足ですぐさま招待客の出迎えを行った。

 全員を店内へ入れるのは不可能だったので、陽だまり亭の壁を全開にしてオープンテラス状態にしてある。庭にまで置かれたテーブルが招待客で埋め尽くされる。大入りだ。


 空はだいぶ暮れてきたが、光るレンガのおかげで明かりは足りている。

 そこに、ベッコに作ってもらった灯篭サイズの大きなキャンドルを並べて、落ち着いた雰囲気を演出している。


「お兄ちゃん、ドリンク行き渡ったです!」

「よし! それじゃあ、エステラとルシアにスタンバイさせてくれ!」

「はいです!」


 駆け足で厨房を出ていくロレッタ。


 厨房では、この後の歓談までに料理を準備しなければいけないためフロアに出ている暇はない。

 ドリンクが行き渡ったってことは、この後エステラとルシアの両領主の挨拶があり、それから乾杯となる。


「ヤシロさん。乾杯の後はケーキ入刀ですよね?」

「あぁ。準備はいいな、デリア?」

「バッチリだぞ! 早く食いたくてうずうずしてるっ!」


 いや、なんの準備が整ってんだよ?

 そのケーキを運ぶ準備が出来てるのかって話だよ。


 厨房からフロアへ行くには、カウンターの段差を越えなければいけない。

 台車に載せて安全に運ぶということが出来ないのだ。


 そこで、この巨大なケーキの運搬はデリアに任せることにした。

 そそっかしい性格ではあるが、バランス感覚は抜群で、どんな激流の中に立っても絶対に転ばないのだそうだ。


 さらに、デリアの甘いものへの愛の強さは四十二区随一。

 ケーキを倒して台無しにするようなことはないだろう。

 一応、俺もサポートをする。

 ……何気に、ここが一番緊張するな。


「エステラとルシアには、なるべくスピーチをのばしてくれるように頼んであるが、ケーキ入刀が終わったらすぐに歓談に入るからな。急いでくれよ」

「はい! 分かりました」

「……マグダ、フル稼働中」

「「「あたしたちもがんばるー!」」」


 オードブルの盛り付けを終え、魚料理の準備に入るジネット。

 マグダはメインディッシュである肉料理の準備を始めている。

 妹たちはジネットとマグダの間を器用に行ったり来たりして、作業のサポートを行っている。


 何気にレベルの高い厨房だよな、ここ。

 ミシュランがこの世界まで出張してきたら、きっと星は確実だろう。


 とはいえ、やはり手は足りていない。

 本当は、ノーマも厨房に欲しかったのだが……フロアはフロアでいつにない緊張感が漂っているのだ。向こうも人員を割くことは出来ない。

 ジネットたちに頑張ってもらうしかない。


「ヤシロ様」


 修羅場と化している厨房に、ナタリアが戻ってくる。

 今は戻ってくるタイミングではないはずだが……


「アミューズですが、とても好評でしたよ」

「おぉ、そうか。なら、マーシャも喜んでたろ?」

「えぇ。それはもちろん。この後のスピーチに力が入るとおっしゃっていましたよ」

「はは……『ほどほどに』と伝えてくれ」


 今回は、スペシャルゲストとしてマーシャを招待してある。

 マーシャには、今回の料理に使う海産物を無償提供してもらったのだ。……あぁ、いや。条件付きで、提供してもらったのだ。


 以前マーシャは、陸の人間は海に興味が無いと寂しそうに言っていた。

 俺がイクラを知っているってだけで抱きついて喜んでいたくらいだ。

 ……あの時のホタ~テを、俺は忘れない。


 そこで今回は、この披露宴が特別なものであると思ってもらうために、海の魚に関するちょっとした知識を列席者に分かりやすく解説するのだ。

 魚がどのように海を渡り、どのように育つのか。

 そして、そんな大海原を旅した魚が、料理として振る舞われる。なかなか興味をそそる趣向だと思う。

 さらには、イクラという、陸の人間があまり食べない食材も料理には使われる。

 初めての経験。

 特別な経験。


 今夜の思い出は、列席者たちの記憶に鮮明に刻まれることだろう。


 で、そんな海の知識を陸の人間に知ってもらう代わりとして、マーシャは惜しみなく豪華な海産物をこれでもかと提供してくれたのだ。

 もっとも。エステラの話によれば、もともとご祝儀として提供してくれるつもりだったようだが。

 そこに俺が口添えをして、このような形にしたのだ。


 みんなでハッピー。

 今日はそういう日なのだ。


「友達のヤシロ。間もなく終了する、ルシア様の挨拶が」


 ギルベルタが厨房へ入ってくる。

 エステラが先に挨拶をし、次にルシアの挨拶が行われる。それが終われば両領主の掛け声で乾杯が行われ――そして、ケーキ入刀だ。


「デリア、スタンバイだ!」

「おう!」

「わぁ、ちょっと待ってください! もうちょっと! もうちょっとでメインディッシュの準備が終わるんです! わたしも見たいです、ケーキ入刀!」


 珍しく、ジネットが慌てている。

 しかし、料理に手を抜くことが出来ないらしく、気持ちばかりが焦っているようだ。


「……店長。こういう時は、ヤシロモードになればいい」

「なんだよ、そのモード!?」

「分かりました、やってみます!」


 何が分かって、何をやる気なのか、ジネットが「むん!」と握り拳を作って、メインの牛肉に向かって言い放つ。


「『俺の本気を見せてやるぜ』!」

「いつ言った!? 俺、そんなこと言ったことあるっけ!?」

「『俺には、不可能なんてものはないんだぜ』!」

「いや、あるよ! 割と出来ないこと多いからな!?」

「えっと…………お、『俺に惚れると、ポークにしちゃうぜ、ビーフちゃん』!」

「もう、意味分かんねぇよ!? え、なに? 俺ってそんなイメージなの!?」

「…………ふふっ」


 俺の真似をしているつもりなのか、妙にキリッとした顔で低い声を出していたジネットだったが、肩が小刻みに震え出し、遂には噴き出し、盛大に笑い出してしまった。


「うふふ……も、もう、ヤシロさん……笑わせないでくださ…………い、急いでいるのに…………うふふふっ!」

「いや、俺何もしてねぇだろ!?」


 完全なる自爆じゃねぇか!

 それも、俺の心を軽く抉るタイプのな!


「お、お兄ちゃん、大変です!」


 突如、ロレッタが厨房へ飛び込んでくる。

 何事だ!?


「マーシャさんが、アミューズの人気に気をよくして、魚の話を語り始めちゃったです!」

「順番飛ばすなよ!? 歓談の前にやるんだよ、それ!」

「なんか、『そもそも人間と海は深い繋がりがあってぇ☆』とか言ってたです!」

「そんな壮大な話はいらないんだっての! くそっ! デリア、俺は先に出てマーシャを止めてくる! お前はケーキのスタンバイをしておいてくれ! 俺が戻ったらすぐ出られるように!」

「おう! マーシャを頼むぞ!」

「あぁ! ジネット、マグダ、妹たち。あと五分で完了させろよ!」

「はい!」

「……心得た」

「「「りょーかーい!」」」


 厨房のメンバーに発破をかけ、俺は、海のこととなるとちょっと周りが見えなくなるらしい人魚の元へと向かった。


 フロアに出ると、嬉々とした表情でマーシャが鯛のモノマネをしていた。

 ……くそぅ、ちょっと面白い。


 観客がどんな反応を示しているのか不安だったのだが…………爆笑をさらっている。

 まぁ、ウケてるならいいか。


「はぁ~い、どうもどうも、みなさん。今マーシャが真似していたのが鯛といって、さっき食べてもらったアミューズの素材です」


 言いながら、マーシャの隣へ並び立つ。

 そして、招待客に見えないようにマーシャの脇腹をぐりぐりしてやった。


「ひゃぅっ!?」

「マーシャ…………あとでゆっくり話し合おうな?」

「ご、ごめん、ね? いや、あの、ちょっとね、あまりにみんなの反応がよかったから……イ、イクラがね、美味しいって言われてて、それでつい我慢が………………ごめんなさい」


 まぁ、反省しているならそれでいい。


「エステラ。乾杯は?」

「まだだよ」


 旧友の暴走に苦笑を漏らすエステラ。

 隣のルシアは……あぁ、こいつはマーシャのすることならなんでも許すんだろうな。すげぇにやけた顔をしてやがる。


「それじゃあ、気を取り直して!」


 エステラが声を張り上げる。

 そして、ルシアも背筋をすっと伸ばす。


「今日という素晴らしい日を共に過ごせたことに感謝を。そして、新たに家族となる二人の門出を祝して……」


 エステラとルシアが視線を交わし、揃ってグラスを掲げる。


「「乾杯っ!」」


 招待客もそれに倣い、グラスを持ち上げる。


 さぁ、宴の始まりだ!


 俺はすぐさま厨房へ戻り、今度はデリアを伴ってフロアへと出る。


「「おぉっ!?」」

「「わぁっ!」」


 人間の身長ほどもある巨大なケーキの登場に、会場が色めき立つ。

 カウンターの段差を越えた後、台車に載せて、そこからは安全に新郎新婦の前まで運ぶ。

 デリア、よくやった。今日一番の難関を乗り越えたぞ。


「さぁ、これより新郎新婦初めての共同作業になります、ケーキ入刀を行います」

「どうぞ、皆様。よく見える位置まで移動して、じっくり見てあげてくださいです!」


 ネフェリーとロレッタの言葉に、招待客が一斉にケーキへと近付いてくる。

 女性の食いつきが凄まじい。


 ノーマに作ってもらった先の丸い長いナイフをウェンディが両手で持つ。

 その手の上に、セロンがそっと右手を添える。

 二人並んでウェディングケーキの前に立ち、静かに、そっと……ナイフを入れる。


 瞬間、拍手が巻き起こった。


 実感として、二人が夫婦として認められた。そんな気がした。


 厨房の方へ視線を向けると、ジネットやマグダも、ちゃんとその光景を見ていたようだ。

 ふとジネットと視線が合い、柔らかい笑みを向けられた。

 ……なんか、今そういうことされると照れるな。

 くそ。たぶんセロンとウェンディのラブラブオーラがここら辺に充満しているせいだ。

 明日は丸一日換気し続けなきゃいかんかもな。




 さて、これから歓談へと移るわけなのだが……

 まず、最初にセロンへのドッキリ企画が実行される。

 セロンには内緒でウェンディが作った一品料理が、セロンにのみ出された。

 そいつは、なんとも素朴な野菜の煮っ転がしで、見ただけで「美味い」と分かる代物だった。

 当然、煮っ転がされている野菜はちぎられてはいない。きちんと包丁で切られた、普通の煮っ転がしだ。


 事の経緯がロレッタの口から語られると、冷やかしとやっかみの視線がセロンへと注がれる。

 そんなむずがゆくなるような視線にさらされながら、セロンがウェンディの手料理を口にする。


「……美味しい。美味しいよ、ウェンディ!」


 ウェンディの料理を食べたことがあるセロンにははっきりと分かるのだろう。ウェンディの料理の腕がどれだけ上がったのかが。


「よかった…………あぁ、緊張したぁ」


 可愛らしく言って、大きく息を漏らすウェンディに会場からは笑いが漏れる。


 掴みの企画としては成功した方だろう。

 会場が和やかなムードに包まれる様を見届け、俺たちは厨房へと入った。


 そして、俺たちの戦いの幕は切って落とされた。



 料理が始まると俺たちは休む暇すらなくなった。

 コース料理は流れるように次の料理を出さなければいけない。

 タイミングを合わせて加熱し、温かいものは温かく、冷たいものはひんやりとした状態で客に振る舞わなければいけない。

 このタイミングが実に難しい。というか、面倒くさい。


 普段の業務では使わない神経をフル稼働させなければいかず、眉間の辺りがピリピリし続けている。

 明日、知恵熱とか出なきゃいいけどな。


 いいや。明日のことはどうでもいい。

 今は、とにかく今を乗り切ることだ!


「ヤシロさん、このソースに軽く熱を加えてください! ただし、絶対に焦がさないようお願いします!」

「任せとけ!」

「沸騰もさせないでくださいね」

「はいよぉ!」

「マグダさんは付け合わせを! 妹さんたちはお皿を並べていってください!」

「……了解」

「「「はーい!」」」


 ジネットがきびきびと指示を飛ばす。

 なんだか店長らしくなってきたじゃねぇか。


 今までの、全部自分一人でやりますという態度ではない。

 他人を信じ、動かし、みんなで一つのものを作り上げるようなスタイルに。


 他人に頼るというのは、意外と難しい。

 特に、自分が得意とする分野を他人の手に委ねるというのは、かなりの勇気がいることだ。


 その勇気を、いつの間にかジネットは手に入れていたんだな。


「さぁ、最後まで乗り切りますよ!」

「おぅ!」

「……うむ」

「「「はぁ~い!」」」


 地獄のように慌ただしい厨房とは対照的に、フロアではナタリアたちが優雅に、舞うように給仕に勤しんでいることだろう。

 それでいい。

 客に見えるところは優雅であるべきなのだ。


「グレープフルーツのジュレ、出ました」


 皿を下げつつ、ナタリアが外の状況を説明してくれる。

 グレープフルーツのジュレは魚料理の後の口直しだ。

 それが済めば、いよいよメインディッシュだ。


 マグダが外の森へ行って狩ってきたボナコンの肉を贅沢に使った、ローストボナコンだ。

 ボナコンの周りには焼いたビーフが添えられている。二種類の肉を楽しめる贅沢な一皿になっている。

 カモ肉とかも考えたのだが、やはりボナコンが一番美味かったのだ。


「マグダさんのおかげで、素晴らしい料理が出来ました」

「……むふー。……百年に一度のボナコン」

「いや、木こりギルドの木材と張り合うなって……」


 確かに、百年に一度って言われりゃ信じそうなくらいにいい肉質だけどな。


「あと五分、メインディッシュの配膳までの時間は」


 ナタリアに続いて、ギルベルタが厨房へやって来る。

 盛り付けは終わっている。

 あとは俺の温めたソースをかけるだけだ。


「ジネット、任せたぞ」

「はい! 『俺の本気を見せてやるぜ』! ……ふふっ、うふふふ……」

「なぁ……それホントに俺の真似なの?」


 つか、さっさとソースかけろよ、遊んでないで。


「出来ましたっ!」


 最後の一枚にソースをかけて、ジネットが笑顔を咲かせる。

 その時発せられたのは、近年稀に見る晴れやかな声だった。


「お願いしますナタリアさん、ギルベルタさん」

「かしこまりました」

「任せて思う、私は!」


 そうして、二人の敏腕給仕長の手により、メインディッシュが次々に運び出されていく。

 ようやく山場を乗り切った……


「ではみなさん。残るはデザートのみです。あと一息、気を抜かずに頑張りましょう!」


 クタクタに疲れているはずなのに、そこにいた全員が渾身の力をもって頷いた。

 もうすぐ終わる。

 ミッションコンプリートだ。


 メインディッシュが済めばデザートとコーヒーで終了だ。

 なんとなく、終わってしまうのが惜しいとすら感じるね。


 セロンとウェンディが一刺しだけカットしたウェディングケーキを小さく切り分けていく。

 作業台に並べられたのは細長い小さめの皿。

 そこへ切り分けたウェディングケーキと、焼き菓子を並べていく。

 ケーキには、マカロンが添えられている。


 本当なら、こういう時はアイスクリームと行きたいところなのだが……冷凍庫もないこの世界では難しい。

 その代わりに、カラフルなマカロンを添えてみた。

 試しに作ってみたところ、ジネットやエステラの食いつきがよかったので、きっとウケるだろうと判断したのだ。


 真っ白なケーキの横に、ピンクと黄緑のマカロン。

 うん。色合いもいい感じだ。


「あたい、マカロン大好きなんだよなぁ」


 おぉっと、デリアが女子だ。

 マカロンとか、そういうの好きだよな、デリアは。


「……マグダとしては、キャラメルポップコーンを添えてもよかったと思う」


 そりゃ、マグダならそう思うかもしれんが……ケーキの横にポップコーンって…………


「では、わたしはコーヒーを淹れますね」

「……マグダは紅茶を淹れる」


 メインディッシュが終わるまで、あと十分程度か……

 電気ケトルのない街では、不便なことが当たり前になっている。

 コーヒーを淹れるにも、水から沸騰させなけばいけないのだ。これが割と面倒くさいんだよな。


 とはいえ。


「あぁ……やっと余裕が出来た」

「うふふ。お疲れ様です」

「……ヤシロは少し体力に難がある。今度マグダが鍛える」

「あ、じゃああたいも付き合ってやるよ」

「お前ら二人にしごかれたら、俺死んじゃう」


 冗談にしても性質が悪い上に、こいつらそれを冗談じゃなくやろうとするから怖いわ。


 それから、ほんの少しだけ静かな時間が流れて……


「メインディッシュ、ほぼ終了しました」

「そろそろ出してほしい思う、デザートを」


 ナタリアとギルベルタが皿を下げがてら厨房へ顔を出す。

 よし。最後の一仕事と行くか!


 デザートが終われば、陽だまり亭の仕事は完了する。


「ではみなさん。まいりましょう」


 ケーキを載せたトレイを持って、ジネットがたおやかに笑って言う。

 最後は、みんなでケーキを配るのだ。

 客を身近に感じ、その笑顔を見ていたい。そんな、ジネットの経営理念に則ったサービスだ。


 要するに、見たいのだ。「美味い!」と言っている客の顔を。


 ケーキを持ってフロアに出る。

 デザートの登場に会場からは歓声が上がり、なぜか拍手が巻き起こった。


「よっ! 待ってました!」


 なんとも場違いな掛け声がかかる。

 飲み会かっつの。


 女性たちは、カラフルなマカロンに興味を示しきゃいきゃいと雑談に花を咲かせている。


「かわいい~!」

「こんなの初めて~!」


 そんな感想が耳に届く。

 よしよし。上々だな。


「はぁぁぁん! マグダたん可愛いッスー! いつもと違う制服を着るマグダたん、マジ天使ッス!」


 ……うん。あれは、無視でいいや。


「さぁ、皆様! ここで一旦新郎新婦は退場させてもらうです!」


 お色直しだ。

 ウェディングドレスにタキシードのままここまで披露宴を行ってきた新郎新婦。

 ここで衣装を変えてもらう。

 着替えは、ウクリネスがやってくれる。


 俺たちは、その間に飯を食うことになっている。

 そして、ナタリアとギルベルタが、ロレッタとネフェリーに代わって前に立つ。司会も交代だ。

 ロレッタとネフェリーは、アイドルマイスターがあるからな。


 しばし歓談の時間が続き……その間に、パーシーが「席、メッチャ遠いんだけど!?」と文句を言ってきたりしたが、「誰と」が抜けていたため聞き流しておいた。


 マグダやデリアもアイドルマイスターの準備へと向かい、俺たちのテーブルには、俺とジネットの二人だけになっていた。


「なんだか、久しぶりな気がするな。二人っきりってのは」

「そうですね。こうして二人で食事をするのも、久しぶりですね」


 どことなく特別な雰囲気を感じつつ、俺とジネットは絶品のコース料理に舌鼓を打った。

 自画自賛だけどな。



 それから十五分ほどしたころ、会場に歓声が湧き起こった。


「綺麗ですね、ウェンディさん」


 隣でジネットがため息を漏らす。

 お色直しをしたウェンディとセロンが再び会場へと姿を現した。


 品のある、青空のような青いドレスに身を包んだウェンディ。

 セロンも少しラフな感じで、親しみやすいスーツを身に纏っている。


 お色直しをした二人は、二人で長いトーチを持っている。

 これから招待客のテーブルを回ってキャンドルサービスをするのだ。


 だが――


 そんな二人が、並んで俺たちのテーブルへと歩いてくる。

 俺たちのテーブルは、関係者休憩所として隅っこの方に設置してあるもので、キャンドルサービスをされる予定はない。


「英雄様。店長さん。お料理、とても美味しかったです」

「ありがとうございました」


 セロンが言い、ウェンディが頭を下げる。

 そんなことを言いにわざわざ……律儀なヤツらだな。


「最初のキャンドルサービスは、是非みなさんの席でと、二人で話していたんです。ね、ウェンディ」

「はい。その、勝手に段取りを変えてしまって、申し訳ないのですが」

「いいよ。じゃあ、折角だからやってもらおうか」

「はい。ふふ、嬉しいですね」


 おそらくベッコあたりを抱き込んだのだろうが、俺たちのテーブルにも、キャンドルが設置されていた。用意がいいな、まったく。


「では、失礼します」


 揃って頭を下げて、セロンたちは予定通り他のテーブルのキャンドルサービスへと向かった。


「ビックリしましたね」

「まったく。俺らにサプライズしてどうすんだっての」


 けれど、ジネットが楽しそうにしているから、よかったかもな。

 こいつはずっと頑張っていたからな。多少は報われても罰は当たらんだろう。


 各テーブルを回るセロンとウェンディを見つめつつ、デザートを平らげると、友人代表のスピーチなるものが始まった。


「それでは、新郎のセロンさんが大変お世話になったという、オオバ・ヤシロ様。スピーチをお願いします」

「マジで聞いてねぇぞ!」


 くっそ……こんなサプライズは心底いらん!

 しかし、拍手などをされては断るわけにもいかんだろう。

 しょうがない。無難なことを言っておくか。三つの袋の話とか。

 ……えっと、なんだっけ? 乳袋と………………横乳とハミ乳だったかな?

 あれ!? 三つの乳になってる!?


 まぁ、いいや。

 思いつきでしゃべろう。


「セロン。ウェンディ。結婚おめでとう。ようやくここまで来たな。色々大変だっただろうけど、これからがもっと大変になるだろうから、夫婦二人、力を合わせて困難を乗り越えていってほしいと思う」


 う~む。無難だ。

 面白みが一切ないな。

 まぁ、結婚式のスピーチなんてこんなもんか。


「ウェンディ。お前には半裸マンの血が流れている」


 思いっきり首を横に振られている。

 いや、流れてるからな? 確実に、50%は。


「家族と和解出来て、よかったな。これからは、もう少し頻繁に帰ってやれよ」

「……はい。そうします」


 照れくさそうな笑みを浮かべるウェンディ。

 くっそ。これが今日から人妻になるのか…………悔しいやら憎々しいやら……


「そしてセロン」

「はい」

「爆ぜろ」

「ここでもですかっ!?」


 お前に向ける言葉はそれ以外にない。


 けどまぁ、特別に。


「しっかりな」


 それだけ言っておいてやる。


「はい! ありがとうございます!」


 立ち上がり、深々と頭を下げる。

 そんなにかしこまるなよ、かたっ苦しいな。

 俺なんか、しょせん俺だぞ?

 大したヤツじゃねぇっての。

 あ~、緊張した。


 テーブルに戻ると、ジネットがこそっと「お疲れ様でした」と労いの言葉をくれた。

 いいねぇ、その一言で報われるよ。


「続きまして、新婦のウェンディさんが大変お世話になったという、オオバ・ヤシロ様。スピーチをお願いします」

「いや、もういいわっ!」


 何回やらせる気だ!?

 別のヤツにしゃべらせろ!


「では、友人代表のスピーチに代えまして、ウェンディさんの親しいご友人たちによる歌の贈り物です。アイドルマイスターのみなさんです!」


 ナタリアの呼び込みで、アイドルマイスターのメンバーが厨房からフロアへと駆け込んでくる。


「待ってましたぁ!」

「おぉ!? かわいい!」

「ちょっ、前まで行こうぜ! 近くで見たい!」

「ノーマ氏! 揺らして! 揺らしてでござるっ!」

「うるさいよ、ベッコ!」


 オープンになっている席から、男たちが立ち上がりフロアの中にまで詰めかけてくる。

 ナタリアとギルベルタの素早い警護のおかげで、アイドルマイスターへの接触は阻止されていた。

 だいたい1メートルほど空間が開いている。


 ライブハウスか、地下アイドルか……そんな雰囲気と熱気だ。


「それじゃあ、セロンとウェンディへ、新曲をプレゼントするよ!」


 ハムっ子たちが楽器を構えてイントロが流れ始める。

 軽快な、聞くと楽しくなるような四分の四拍子の曲調。

『テントウムシのジルバ』だ。


 あ~ぁ、もう。

 ライブハウスのような盛り上がりを見せて、結婚披露宴という感じは一切しないな。

 けれどまぁ……楽しければそれでいいか。


 何より、セロンとウェンディがあんなに楽しそうなんだもんな。


 余興が終われば、いよいよ披露宴はクライマックスだ。

 新婦から、両親への手紙。

 披露宴の目玉であり、多くの者がその感動的な内容に涙を誘われるのだ。


「お…………お父…………さ……」


 出初めから、ウェンディの声が震えていた。

 肩が小刻みに震え、そして……


「ぷふぅー!」


 盛大に吹き出した。

 いや、いい加減慣れろよ! 親子だろ!?


 手紙の内容はよくあるような、「今まで育ててくれてありがとう」的なものだったのだが……終始ウェンディが半笑いだったので全然頭に入ってこなかった。

 えぇい、くそ。

 なんてことをしてくれたんだ、チボーめ!


 あ~ぁ、どうすんだよ。

 これだけ盛大なことやっておいて、こんな締まらない終わり方じゃあ格好がつかないよなぁ……と、思っていたところへ――


「カタクチイワシッ!」


 ニッカが駆け込んでくる。

 こいつも、手伝いをしていてくれたんだな。


「準備が出来たデスネ。こっちはいつでもいいデスヨ」

「そうか。それじゃあ、早速始めてもらおうか」


 ニッカはこくりと頷き、静かに捌けていった。

 空は真っ暗で、もうすっかり夜だ。


「セロン、ウェンディ」


 俺は静かに立ち上がり、そして夜空に向かって指を差す。


「空を見てみろ。いいものが見られるぞ」


 俺がそう言うのとほぼ同時に、大きな爆発音が轟き、夜空に炎の花が咲いた。


 打ち上げ花火だ。

 虫人族の鱗粉と、火の粉、光の粉を一つにした、オリジナルの花火。


 それは一発ではなく、二発三発と立て続けに打ち上がっては夜空を照らして、一瞬の芸術を夜空いっぱいに花咲かせる。

 次々に打ち上げられる花火を、誰もが無言で見上げていた。

 驚きと、それ以上の感動に、誰も言葉を発することが出来ないでいた。


 ただ一言……


「……綺麗」


 夜空を見上げて、ジネットが漏らしたその言葉は、その場にいる者たちの想いを代弁しているのではないかと、そう思えた。


 十分ほどの間、夜空に咲いては人々を魅了し続けた花火は、見事に披露宴を締めくくってくれた。

 最後に一際大きな花火が打ち上げられ、それが終わると、誰からともなく拍手が湧き起こった。


 虫人族と人間が協力して作り上げた新しい技術を歓迎するように。



 その光景を見て、俺は確信した。



 この街なら、きっとなんだってやれる。

 どんなものにだって、きっとなれる。


 こうやって、今みたいに同じ方向を向いて、同じものを見つめていられるならな。



 だからこそ、最後にもう一度、はっきりと言葉にしておきたいと思った。



「セロン、ウェンディ。結婚おめでとう」



 こうして、本当に多くの者を巻き込んだ結婚式と披露宴は幕を閉じた。




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