後日譚48 結婚式
「わぁ……っ!」
そんな息を漏らしたのが誰なのかは分からなかった。はたまた、息を漏らさなかった者など存在しないのではないか、とも思う。
「ウェンディさん、とても綺麗です」
「ありがとうございます。……少し、恥ずかしいですけれど」
純白のドレスを身に纏ったウェンディに、ジネットが、そしてその場にいる誰もがため息を漏らす。
「私のような者が、こんな素敵なドレスを着せてもらって……」
「それは違うよ、ウェンディ。ほら、見てごらんよ」
エステラがウェンディの視線を全身鏡へと誘導する。
そこに映る美しい花嫁の姿を目にして、当のウェンディですら息をのんだ。
「こんなに綺麗な花嫁がそんなことを言っちゃいけないよ。今日の主役は、間違いなく君なんだ」
「そうですよ、ウェンディさん。今日、この場所において、ウェンディさんが間違いなく、一番綺麗です」
「そ、そんな…………ありがとう、ございます」
恐縮しつつも、否定の言葉は口にしなかったウェンディ。
それは失礼に当たると思ったのだろう。
自分のためにこれだけのものを用意してくれた多くの者たちに対して。
ここは、陽だまり亭二階。ジネットの部屋だ。
教会には新郎新婦の控室に使えそうな部屋がなかったため、急遽陽だまり亭を控室として開放したのだ。
パレードを終えてから二時間が経過していた。
着替えや式場の準備などを含めたっぷりと時間を取ってある。
その間にマグダとロレッタたちが式場の準備を進めている。
両家の親は現在、領主の館でナタリア率いる給仕たちの歓待を受けている最中だ。
他の招待客は、もとより式の時刻に来るように言ってある。
今ここにいるのは、ジネットにエステラ。そしてウクリネスにお手伝いのハムっ子たち。
そして、割と意外だったのだが、ウェンディとここ最近特に親交を深めているというネフェリーにも来てもらっている。
なんでも、恋の相談に乗ったり乗られたりしているらしい。
「ウェンディ。いよいよ夢が叶うね。おめでとう」
「ありがとう、ネフェリーさん」
「うふふ」と笑い合う二人。
ネフェリーと言葉を交わしたことでウェンディの緊張もほぐれてきているらしい。
で、なんで新婦の控室に男である俺がいるのかというと……
「いい加減、泣き止んだか、セロン?」
「ぐず…………は、はいっ…………も、もう、大丈…………ぶぅぅううっ!」
ここに号泣しているセロンがいるからだ。
なんでも、「ウェンディが綺麗過ぎて、涙が止まりませんっ!」だそうで…………目の中に乾燥材でも塗り込んでやろうか?
「ほら、セロン。いい加減泣き止んで。そんな顔じゃ、みなさんの前に立てないわよ?」
「ウェ……ウェンデ…………うぇぇぇええええん! 綺麗だよぉぉうぇんでぃぃぃい!」
お前はウェンディの父親か。
ここで号泣する新郎ってのは、そうそういないだろうな。
「酷い緊張でポンコツ化してたから、ウェンディを見せてやれば元に戻ると思ったんだがなぁ……」
「逆効果になっちゃったね」
「でも、なんだか幸せそうですよ」
落胆する俺に、呆れるエステラ、そしてくすりと笑うジネット。
「ちょっとセロン! 結婚式の日に、花嫁に気を遣わせるなんて男としてみっともないと思わないの!? もっとシャンとしなさい! でなきゃ、私が許さないわよ!」
「は、はいっ! すみません!」
ネフェリーの檄に、セロンが背筋を伸ばす。
うんうん。こういう時だよな、女友達様が最高の働きをしてくれるのは。
「……それで、アッチの方は準備出来たのか?」
ネフェリーがセロンに活を入れている隙に、俺はジネットにこそっと耳打ちをする。
俺はセロンに付きっきりで、セロンをウェンディから引き離す係だったからな、少しだけ不安だったりするわけだ。
「はい。ウェンディさん自慢の逸品が完成しましたよ」
「そうか。…………ちぎったりのっけ盛ったりしてないよな?」
「大丈夫ですよ。ちゃんとした、美味しいお料理に仕上がっています」
「ジネットのお墨付きなら、安心だな」
ウェンディの花嫁修業の際に計画した、披露宴でウェンディの手料理をセロンに食べさせるというサプライズ企画だ。
これのために十分過ぎる時間を取って、その間俺は必死に「花嫁の準備には時間がかかるんだ」とセロンを隔離していたのだ。
結構苦労したんだからな、これでも。
――コンコン。
と、ノックの音がする。
花嫁の控室だからな。どんな理由があろうと外から勝手にドアを開けることは禁止してある。
エステラがドアを開けると、そこにはマグダが立っていた。
「……準備が整った。新郎新婦はスタンバイを」
「了解だ」
式場の準備が整ったらしい。
マグダには、招待客が教会に入ってから呼びに来るようにと言っておいた。
途中でドレスを見られると興ざめだからな。
「セロン。行けるか?」
「はいっ。ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」
赤い目ながらも、キリッとした表情を見せるセロン。
そうそう。これからお前は家族を持つんだからな。しっかりしろよ大黒柱。
「セロン……カッコいい……」
「いやぁ、それはどうかなぁ?」
「まぁまぁ、ネフェリー。恋は盲目と言うし」
エステラぁ、お前フォロー出来てねぇぞ。
盲目なウェンディに対し、ネフェリーとエステラは冷めた目をしている。
泣く姿ってのは、女子には頼りなく映ってマイナスポイントらしい。
花嫁の評価に対して花婿の評価が低い。
まぁ、結婚式なんてそんなもんか。花嫁が綺麗ならそれでいい的なとこもあるしな。
「セロンさん」
そんな中ジネットが一本芯の通った美しい姿勢でセロンの前に歩み寄る。
いつもの穏やかな笑みながら、とても真剣な眼差しで言う。
「本日から、あなたはウェンディさんの伴侶となります。あなたの行いはすべて、ウェンディさんへも影響を及ぼします。不安があることは分かります。ですが、たった今、この時をもってそんな不安すらも他人に見せない、強い男性になってください。ウェンディさんを愛しているのなら、なんとしてでもです」
それは、ジネットにしては辛辣な言葉に思えた。
泣いたり弱音を吐くことはもちろん、不安を表情に表すことですら許さないという、強い言葉だ。
それらすべてが「ウェンディの伴侶は情けない男だ」という評価に繋がってしまうと。そしてそれはウェンディの評価すらも貶めてしまうのだと。
それはまるで、シスターが時に見せる慈悲のない厳しさのような――
「あなたには、それが出来ると、わたしは思っていますよ」
――温かい慈愛の言葉だ。
「はい。……ありがとうございます」
ジネットに言われた言葉は、きっとセロンの心の深いところに刺さったのだろう。
深々と頭を下げて、再び持ち上げられた時、セロンの顔つきは変わっていた。
セロンのヤツ、一皮剥けやがったな。
そして、ジネットも。
変わったな。
もちろん、いい方に。
「よしっ! じゃあ行くぞ、ヤロウども!」
「ヤシロ。結婚式なんだから、もうちょっと言葉を選びなよ」
いつものノリで叫ぶとエステラからクレームが入った。
んだよ。しょうがねぇな。
「準備はよろしくて!? 参りますわよ、みなさまっ、おほほほっ!」
「……ごめん。君に期待したボクがバカだったよ」
がっくりと肩を落として、エステラが真っ先に部屋を出ていく。これからウェンディが通るドアを先回りして開けてくれるつもりなのだろうが……なんだよ、その態度。お前が変えろって言うから変えてやったのによぉ……ぶつぶつ。
「……ヤシロだからしょうがない」
言い残して、マグダがエステラに続く。
……なんだよぉ、マグダまで。
「セロン、先に行ってウェンディをエスコートしてやれ」
「はいっ! さぁ、ウェンディ。手を」
「うんっ」
手を繋ぎ、部屋を出ていく二人。
ネフェリーがウェンディの後ろに付いて出ていく。ドレスの裾を引き摺らないように持ち上げている。
ネフェリーをサポートするように、妹たちもわらわらとそれに続く。
そうして、部屋には俺とジネットが残った。
「……大丈夫か?」
「へ……?」
視線はドアへと向けたまま、ジネットに尋ねる。
「慣れないことをすると、疲れるだろ?」
「あ……ふふ。そうですね。少し、心臓がドキドキしています」
セロンを叱咤したジネット。
それはウェンディのためでもあり、同時にセロンのためでもある。
あいつらに限って、厳しい言葉に反感を覚えるなんてことはないだろうが……それでも、他人に厳しい言葉を向けるのは心労が溜まる。
ジネットみたいなヤツは、特にな。
「……けれど。後悔はしていませんよ」
「そっか。なら、いい」
さっきの言葉は、ジネットが言う必要のなかった言葉だ。
だが、ジネットに言ってもらえたことで、あの二人の中で何かが変わったことだろう。
「わたしも、願っているんです。今日という日が、とても素晴らしい日になることを」
そう呟いて、俺へ笑みを向ける。
視界の端でそれを捉えて……思わず視線を向けてしまった。
にっこりと笑うジネットの表情は、いつにもまして……その…………眩しかった。
「い、……行こうか」
「はい」
そして、俺とジネットも、揃って部屋を出た。
厨房には、この後の披露宴用の料理が並べられている。
もっとも、まだ準備段階ではあるが。……この後のことを思うとゾッとするね。
陽だまり亭を出ると、店の前に大きな馬車が止まっていた。
こいつで教会まで移動するのだ。
乗り込むのは、新郎新婦と、俺とジネットとエステラ。そしてネフェリーに妹たち。
「……マグダは、一足先に教会へ行っている」
言い残して、マグダが全速力で駆けていく。
……速いなぁ、相変わらず。
「はぁ……いよいよですね。緊張します」
「大丈夫。僕が隣にいるからね」
震えるウェンディの手を、セロンが握る。
爆ぜ…………いや、今日だけは……今日だけは、大目に見てやる。ふん。
緩やかな速度で馬車が動き出し、教会への道を進んでいく。
街道沿いに、多くの人が詰めかけていた。
四十二区の小さな教会では、当然全員を収容することなど出来ない。
式に参加出来ない者は一目でも新郎新婦の姿を見ようと詰めかけたのだ。
馬車が見えると、次々に歓声が上がった。
まぁ、こいつらは式に参加しないからな。
ドレスを見せても問題ないだろう。
心持ち、馬車の速度を落とし、お披露目を兼ねてパレードのアンコールを行う。小規模ではあるが、感触は上々。
いたるところから「綺麗」だの「素敵」だのいう声が聞こえてくる。
そうだお前たち。そうやってウェディングドレスに憧れを抱くのだ!
「いつか、私が結婚する時も、あんなドレスが着たい!」とな!
さほど遠くはない距離をゆっくり移動し、やがて馬車は教会へとたどり着く。
「お兄ちゃん、こっちで…………わぁっ、凄まじい美しさです、ウェンディさん!」
馬車を出迎えてくれたロレッタが、目をまんまるに見開いている。
パレードの時のドレスとは雰囲気が違うからか、圧倒されているようにも見える。
「セロンさんにはもったいないです……」
「おい、滅多なこと言うなよ。こんなめでたい席で」
ホント、こいつ怖いわ。
ロレッタの隣にいるマグダは、先ほど見たから落ち着いたもんだ。……って、もしかしたら、無表情なだけで、圧倒されていたのかもしれんがな。
「……職務室にシスターがいる。三人はそっちに回って」
礼拝堂は、外から直接出入り出来るドアと、談話室の方から入れる出入り口の二つがある。
俺たちは普段使用している玄関を通り、職務質でベルティーナと落ち合い、共に談話室側からのドアを通って礼拝堂へ入る予定だ。
その後、ベルティーナは祭壇の前へ。
エステラは領主席へ。
俺とジネットはドアの前へ行き、内側から礼拝堂のドアを開ける。
するとそこには、スタンバイしていた新郎新婦が立っており、結婚式がスタートする。
そんな段取りだ。
ドアの前に新郎新婦をスタンバイさせて、対応はロレッタとマグダに任せる。
「礼拝堂がパンパンになるくらいの客入りです」
「客入りとか言うなよ。商売じゃねぇんだから」
招待『客』とは、言うけどさ。
「ヤシロ。少し急ごう。招待客をあまり待たせるわけにもいかないからね」
「そうだな。ジネット」
「はい」
俺とジネットで、ウェンディの頭にベールを被せる。
ミリィが厳選した美しい花の飾りがついた、純白の薄いベールがウェンディの顔を上品に隠す。
「おぉ……凄く綺麗になったです」
「……魅力度30%増し」
「くす……ありがとうございます、お二人とも」
少し照れて、ウェンディがロレッタとマグダに礼を述べる。
なんだか、そんな仕草すらも可憐に見える。
「んじゃ、あとはしっかり頼むぞ、二人とも」
「……任せて」
「大船に乗ったつもりでいてほしいです!」
そして、こっちの二人にも。
「いよいよだが、緊張するなよ?」
「はい」
「セロンがいれば、私も平気です」
すっかり頼もしくなった返事をもらった。
「妹たちも、頑張れよ」
「「「はーい! おまかせあれー!」」」
そんな面々を、礼拝堂のドアの前に残して、俺たちは職務室へと向かった。
職務室では、ベルティーナが穏やかな笑みを湛えて俺たちを待ち構えていた。
いつもよりも豪華な服を身に纏い、マイナスイオンがバンバン出ていそうな清らかなオーラを振り撒いている。正直、俺がゾンビだったらこの人には近付かない。それくらいに神聖な雰囲気がベルティーナを取り巻いていた。
「シスター。綺麗です」
「うふふ。ありがとうございます、ジネット。ですが、私が綺麗でも仕方がないのですよ、今日は」
「そうでしたね。ふふ。でも、素敵ですよ」
「あなたのドレスも、とても可愛いですよ」
褒め合う親子。
実に似た者同士だ。
……食欲だけは似ませんように食欲だけは似ませんように食欲だけは似ませんように。
当然だが、俺もジネットもエステラもオシャレをしている。
俺はありきたりなスーツなので省略するが、ジネットのカクテルドレスやエステラの豪華なドレスはそれ自体が素晴らしく、また着る人物の魅力によって魅力度が増し増しになっていることだけははっきりと言っておきたい。
花嫁を食ってしまわないように控えめにしてこれなのだ。……こいつらがウェディングドレスを着た日には、失神するヤツが続出してもおかしくない。
……隣に立つヤツが誰かによっては、暴動が起こるかもしれんがな。
「緊張はしてないか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。普段通り、シスターとしての職務を全うするだけです」
そういうベルティーナだが、やはり緊張していないわけはない。微かにだが、表情が強張って見える。
不安に思うところもあるのだろう。
「とはいえ、本音を隠さず言うと……少し不安なことがあるんです」
「なんだ。俺でよかったら話くらい聞くぞ」
「はい……実は、式中にお腹が鳴ってしまいそうな気がするんです」
「バナナでも齧ってろ!」
「式中に、いいんですか?」
「今だよ、今っ!」
なんで結婚式をバナナ片手にやろうとしてんだよ!?
人前に立つんだぞ、お前も!?
「それじゃ、ボクは先に行くから、二人とも、健闘を祈るね」
エステラめ、逃げやがったな。
まったく。ベルティーナの操縦は結構難しいんだぞ。
「きちんと出来たら、ウェディングケーキを少し大きく切り分けてやる」
「やります! 一分の隙もなく、完璧に!」
……この食いしん坊シスターは…………
なんてな。
こいつがセロンたちの結婚を蔑ろにするわけがない。
きっと、最高の式をプレゼントしてくれるに違いない。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
俺とジネットは並び立ちベルティーナを伴って歩き出す。
ドアをくぐり、礼拝堂へと入る。
「ぅお……」
「ゎあ……」
そこには、入り切らんばかりの招待客がひしめいていてビックリだ。
よくもまぁこれだけ集められたもんだ。
何人かの見知った顔が俺たちに手を振ってくるが、そういうのは一切無視だ。
祭壇の前にベルティーナを誘導して、俺とジネットは揃ってヴァージンロードの横を歩いていく。
一応、新婦よりも先にヴァージンロードを踏まないように気を付けてな。
「準備はいいか?」
「はい」
小声で打ち合わせて、俺とジネットは同時にドアを開いた。
「わぁ……」
「おぉ……」
そうして、礼拝堂に感嘆の息が漏れる。
招待客の視線がすべてウェンディへと注がれる。
本来なら、新郎は先に祭壇前まで行き、新婦を待ち、新婦は父親と共にヴァージンロードを歩むのだろうが……父親がチボーなのでそれはやめた。
おそらくウェンディが笑い出してしまう。
なので、今回は披露宴のお色直しよろしく、新郎新婦が並んで入場し、ヴァージンロードを歩いてくることにした。
セロンたちがヴァージンロードを歩き始めた頃、マグダとロレッタが俺たちと合流する。
全員が揃ったところでドアを閉める。
あとは、見学させてもらおうか。
ヴァージンロードをしずしずとゆっくり進む新郎新婦。
祭壇の前で待つベルティーナの元まで行き、歩を止める。
「ようこそ。精霊神様の御前へ」
ベルティーナのクリスタルのような声が響く。
「新郎、セロン」
「はい」
「汝、健やかなる時も、病める時も、妻ウェンディを愛し、共に生きることを誓いますか?」
「――誓います」
一呼吸おいて、はっきりとセロンが言葉にする。
それを確認し、ベルティーナが新婦に語りかける。
「新婦、ウェンディ」
「はい」
「汝、健やかなる時も、病める時も、夫セロンを助け、慈しみ、その生涯を共に歩むことを誓いますか?」
「――はい。誓います」
こちらは落ち着いた、柔らかい声だった。
続いて、指輪の交換が行われる。
この指輪は、アッスントが勧めてくれた細工職人に頼んで作ってもらった一品物で、お値段もそれなりにする高級品だ。
セロン、よく頑張ったな。
俺なら、一ヶ月間くらい胃がシクシク痛みそうな金額だったのだが、レンガの売れ行きが好調なのか、セロンは一括で購入していた。
ベルティーナに呼ばれて、ハムっ子たちが指輪を持ってくる。粛々とした足取りで。……こんなことも出来るんだなぁ、ハムっ子は。
ハムっ子が持ってきた指輪を、新郎新婦が共に受け取り、互いの指にはめる。
指輪の交換が済むと、招待客からうっとりしたようなため息が漏れた。
女子たちが心を打たれたようだ。……うむ。流行るな、これは。
「それでは、新郎より新婦へ、誓いの言葉を贈ってください」
本来なら、ここで誓いの口づけなのだろうが……
いきなり人前でのキスはこの二人にはハードルが高いだろう。
主に、俺とかからの激しい妨害を掻い潜るのがな……
まぁ、そういうのはもっとオープンな新郎新婦が先駆者になればいいと思う。
この二人には違う形で愛を誓ってもらう。
それが、セロンの課題でもあった『プロポーズ』だ。
かつてヤツは「僕は死にません!」なんて言葉をプロポーズだと言いやがったわけだが、俺がそれを認めず再度プロポーズをするように求めていたのだ。
それを、今この場で、関係各位が見守る中で行ってもらう。
さぁ、腹を決めろ、セロン!
「すぅ…………はぁ…………」
静寂に包まれる礼拝堂で、セロンが大きな深呼吸をした。
その音が、場の緊張感をグッと高める。
セロンがそっと腕を伸ばして、ウェンディの顔にかかっているベールを上げた。
祭壇の前で見つめ合うセロンとウェンディ。
ベルティーナはさり気なく、邪魔にならない位置へと下がる。
礼拝堂にいるすべての者の視線がセロンとウェンディに注がれる。
そんな中、決意を秘めた瞳で、セロンが口を開く。
「ウェンディ」
「……はい」
「僕は……君に秘密にしていることがあるんだ」
「ひみつ……?」
「うん」
照れた素振りで小鼻をかく。
一度視線を逸らし、けれど、再度しっかりとウェンディを見つめて、セロンは続ける。
「初めて君に会ったあの時……君は泣いていたね。『一人は寂しい』って」
「…………覚えて、いてくれたの?」
「忘れないよ。一生。絶対に。だって……」
ややはにかみながら、いつもの爽やかな笑みでセロンははっきりと言った。
「初めて見たあの瞬間に、僕は君に恋をしたんだ」
その時のセロンの顔は、悔しいかな、俺から見ても格好のいいものだった。
「ウェンディ。あの日からずっと、僕は君が好きです。これからも、たぶんずっと好きでいると思う。もっともっと好きになるかもしれない。いや、たぶんそうなると思う」
「…………ぅん」
ウェンディの声が涙に震える。
鼻をすすり、それでも懸命に前を向き、セロンを見つめようとするウェンディ。
そんな姿に、招待客の中からも鼻をすする音が聞こえ始める。
「愛しています、ウェンディ。これからもずっと、僕に君を愛させてほしい。君が僕を愛してくれている以上に」
「…………はぃ。よろしく…………お願いします」
たっ……と、半歩分の距離を駆け寄り、ウェンディがセロンにその身を預ける。
祭壇の前でしっかりと抱き合う二人。
招待客の間から盛大な拍手が起こる。
随分と賑やかではあるが、こいつらにはこれくらいの方がお似合いかもしれない。
……よく頑張ったな、セロン。
俺も、惜しみない拍手を贈ってやろう。
隣を見ると、ジネットが両目を真っ赤に染めて、泣き笑いの顔で懸命に拍手をしていた。
その顔が、大きな瞳が――驚愕に見開かれる。
何事かとセロンたちを見ると……
「…………あ」
セロンとウェンディが、キスをしていた。
あいつら……勝手に盛り上がって、誓いのキス、しやがった。
その光景を見て、俺は確信したね。
こっちの結婚式でも、誓いの口づけは定着するだろうなと。
だがその前に、これだけは声を大にして言っておきたい。
「せーのっ!」
俺の号令に合わせて、招待客の、主に男どもが腹の底からの叫びを上げる。
「「「「「爆ぜろっ!」」」」」
――うん。これは、定番にならなくていいや。
式が終わると、招待客は礼拝堂の外へと誘導された。
これからここで、ブーケトスが行われる。
何度も何度もミリィを借りてしまった生花ギルドへのお礼も兼ねて、ブーケにはいい花を使ってもらっている。
定着すれば、売り上げも伸びるはずだ。
「さぁ、女性のみなさん、なるべく前の方へ来てくださいです! 見事キャッチした方は、この次結婚式を挙げられる可能性がググッと上がるらしいですよ!」
ロレッタの声に、ドレス姿の女性陣がギラついた目で前へと集結する。
血走った眼をしているとあるキツネ人族の美女とかがいたりしたのだが……見ないでおいてやろう。
「あくまで、俺の故郷で『そう言われてた』だけだからな? 縁起物だから、真に受け過ぎるなよ?」
『精霊の審判』対策に、そんな注釈をきっちりと説明しておく。
「言い伝えでもなんでもいいさねっ! 可能性、確率……どっちも高い方がいいに決まってるさねっ!」
と、どこかの女性が魂の叫びを寄越してきたのだが……聞かなかったことにしてやろう。
今日はめでたい日だ……涙は、似合わないもんな。
「それでは、投げますよ~!」
日本でのそれと同じように、ウェンディが後ろを向いて、頭越しにブーケを放り投げる。
「どけぇぇえぃ!」
「もらったぁ!」
「ぅぅぅぅうううおおおおおおりゃっぁあああ!?」
「ぎゃるべっつごるべるりゃぁぁあああっ!」
「ギャースギャース!」
半ば、女性とは思えないような、そんな本性剥き出してブーケを取ったら逆に婚期が遅れるだろうみたいな声を上げて、飢えた女たちが空中を舞うブーケに群がる。
だが……
「……キャッチ」
身軽なマグダが他の女性陣の頭上を軽やかに飛び越してブーケをキャッチしてしまった。
唖然とする女性陣。
そして、華麗に着地をした後で、マグダはこんなことを言った。
「……マグダが成人するまで、全員結婚出来ない。……ざまぁ」
直後に、断末魔のような悲鳴が轟いたのだが…………今日はめでたい日だ。詳細は伏せておくとしよう。
結婚式が終わり、新郎新婦は再び馬車へと乗り込む。
その馬車には、金物ギルドに作ってもらった鉄製の筒が無数紐で括りつけられている。
この馬車で街門まで行き、「ぐるっと回って」陽だまり亭へ来てもらう。
決して「Uターン」ではない。戻るとか、縁起悪いからな。
「ぐるっと回って」来てもらうのだ。
ほら、あれだ。
ドラマの結婚式とかで、新郎新婦が空き缶を括りつけた車で移動するヤツ。アレの再現だ。
実際アレをやってるヤツがいるのか、甚だ疑問ではあるが、四十二区でやる結婚式なんだ、面白そうなものは積極的に取り入れるべきだろう。
「それでは、行ってきます」
見送る俺たちに手を振って、セロンとウェンディは馬車に揺られて街門方向へと向かった。
カンカラ、カンコロと、鉄製の筒が軽快な音を鳴らして楽しげだ。
「よしっ! 陽だまり亭関係者集合!」
「はい!」
「……ここに」
「あたしもいるです!」
俺の招集に、ジネット、マグダ、ロレッタ、それからデリアにノーマにネフェリーまでもが集まってくれた。
そう。俺たちはこれからが修羅場なのだ。
「ダッシュで戻って料理の準備をするぞ!」
「「「「「「おーっ!」」」」」」
セロンたちを街門方向へ向かわせたのは時間稼ぎだ。ゆっくりと三十分くらいかけて街道を「ぐるっと回って」来ることになっている。
名目としては、結婚式を見られなかった人たちに、ウェンディの素敵なウェディングドレス姿を披露するため、ってことになっている。
だが実際は、料理を作るための時間稼ぎだ。
……そうでもしなきゃ、ジネットたちに結婚式を見せてやれなかったからな。
「まずはドリンクが出て、サラダにスープ、オードブルと続く。その間にジネット、メインディッシュを人数分、なんとしてでも作り上げてくれ!」
「任せてください! わたし、頑張ります!」
「……ロレッタは、マグダと一緒にオードブルの準備を」
「はいです! 一緒に頑張るです、マグダっちょ!」
「そんじゃ、アタシとネフェリーでサラダとスープを担当するさね。下ごしらえは済んでいたし、アタシらでなんとかやれるさね」
「うん。任しといて。盛り付けには自信があるんだ、私」
「ヤシロ! あたいは何をすればいい?」
「元気いっぱい頑張れ!」
「おう! 任せとけ! 大得意だ!」
こうやって役割分担も済み、俺たちは全速力で陽だまり亭へ戻った。
披露宴まで三十分。
なんとしても間に合わせて、最高の披露宴にしてやる!
空は茜色に染まり、この一大プロジェクトはいよいよクライマックスへと差しかかる。
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