後日譚30 花園ティータイム(ティーじゃないけど)
三十五区に着くと、チボーは逃げるように馬車を降り、一目散に帰っていった。
馬車の中ではずっと緊張しっぱなしだったし、限界だったんだろう。
馬車から降りて、ルシアの館から出た途端に鱗粉を盛大に撒き散らしていたし……なんか、色々我慢してたんだろうな。
ルシアはなんとも言えない表情をしていたが、特に何かを言うこともなかった。
まぁ、チボーに関しては「三十五区へ帰るならついでに乗っていけ」くらいのことだったので、特に用事もないしな。帰りたいなら帰らせてやればいいのだ。
「そんじゃあ、行くか。ギルベルタを迎えに」
「……ふん。くだらん気を遣うな、カタクチイワシの分際で」
「はて、なんのことやら」
「白々しい……行くぞ、皆の者」
気落ちしていたくせに気落ちしていない素振りを崩さないルシア。
気を遣われているということが気持ち悪いのだろう。少々不機嫌そうに先陣を切って歩き出した。
でもな、気を遣われてるってことに敏感になってるのは、気を遣われる状況に自分がいるって自覚してるからなんだぞ。つまり、気落ちしてますって認めるのと同義だ。
詐欺師を相手に会話する時は、そういう些細な言葉尻を取られないように気を付けた方がいいぞ。情報、ダダ漏れだから。
心持ち足早に歩くルシアを追いかける格好で、俺たちはもはや歩き慣れた感の出始めた道を進む。
次第に花の甘い香りが漂ってきて、俺たちは花園へと足を踏み入れた。
「よぅ! あんたら! またまた会ったなっ!」
「今度こそ! 今日という今日こそ、一杯付き合ってもらいますよっ!」
「お前ら……いっつもここにいるよな? 働けよ」
「「仕事の合間に来てんだよっ!」ですよっ!」
三十五区の花園に着くと、いの一番にカブリエルたちを発見した。
なんだろうな、こいつら。いつ来てもここにいるな。
そして、やたらと目立つ。
「まぁいい。今日はお前たちに用事があるんだ」
「おっ? 俺と飲み比べでもしようってのか?」
「カブさん、めっちゃ蜜強いんですよ? 舐めてかかると痛い目見ますよ?」
「『蜜強い』ってなんだよ……『酒強い』なら分かるけどよ」
「どんなに飲んでも胸焼けしないんですっ!」
「おいおい、よせよ。あんま褒めるな」
褒めてんの、それ?
なんつうか…………女子かっ!?
「とにかく、一杯いこうや!」
「そうだな。じゃあ、俺たちももらおうぜ」
「じゃあ、集めてくるね。ナタリア、あとミリィも、手伝って」
「かしこまりました」
「ぅん。任せて」
触角カチューシャをつけたままのエステラとナタリア。そしてミリィが花園に広がっていく。例のブレンドドリンクを作るための材料を集めに行ったのだ。
ナタリアには、ミリィが付きっきりで教えている。
「へぇ、もうお気に入りがあるのかい? 花園に馴染んでくれて嬉しいぜ」
「けど、まだまだ初心者ですよねぇ。通は、足元にある花を嗜むんですよぉ」
「いや、花の蜜で通とかなりたくねぇし」
俺は、いつだって美味い物を口にしていたい。
「カタクチイワシよ。私は何をすればいいのだ?」
「お前はそこで待ってろよ。またブレンドドリンクを作ってやるから」
「ギルベルタに早く会いたいのだが?」
「じゃあ、先にシラハのところに行ってるか?」
「私に蜜を飲ませない気か!?」
「どっちなんだよ、お前は!?」
触角を揺らして、ルシアが怒りをあらわにしている。
なんだろう……すごく面倒くさい構ってちゃんに絡まれてる気分だ。
「ん?」
「えっ?」
俺たちの会話を聞いて、カブリエルとマルクスが元から面白い顔をさらに面白く歪める。
「…………もしかして…………領主、様?」
「もしかしても何も、まんまルシアだろうが」
「「ぅぇえぇええええええっ!?」」
いや、気付いてなかったのかよっ!?
顔も服も、そのまんまルシアじゃねぇかよ!?
「だ、だって、触角! 触角がっ!」
「アクセサリーだよ!」
触角カチューシャをつけているだけで、正体が分からなかったってのか?
そんなビックリ変身グッズじゃねぇぞ、コレ!?
髭メガネとかなら、まぁ、分からなくもないかもしれないが……
「だ、だだ、だってよ……っ! りょ、りょ、領主様が…………そんな、触角なんて……」
「そ、そそそ、そうですよ! 領主様が、俺ら亜種みたいな格好をなさるなんてっ!?」
なるほど。
領主が亜種のマネなどするはずがないという先入観から、この触角カチューシャ女子がルシアであるわけがないと、脳みそが可能性を除外していたってわけか。
……とんでもねぇな、お前らの思い込み。
「カブリエル。マルクスよ」
「「は、はいっ!」」
「ここでは、そなたらの方が優位であると何度も言っておるだろう。かしこまるな」
「いやいやいや! でもですねっ!?」
「そ、そりゃ、無理ってもんですよ、領主様っ!? だって、いきなりこんな……」
「よい! よいから落ち着け」
「「……は、はぁ」」
ルシアの顔が難しく顰められる。
こりゃ、相当傷付いてるな。
折角触角をつけてお揃いになったってのに、地元の虫人族には距離を置かれてしまう。
やっぱ、領主って怖いんだろうな。
エステラでさえも、正体が分かった後は少し距離を置かれちまったもんな。
まったく。
誰かがお手本でも見せてやらなきゃダメらしいな。
よし。
「おいおい、ルシア。ちょっと拒否られたからって、そんなヘコんだ顔すんなよ。笑え笑え、ほっぺたぷにぃ~」
ルシアの強張ったほっぺたを両手でむにっと掴んで笑顔を作ってやる。
おっ、意外と柔らかい。
さぁこれで、場の空気も温かく……
「カタクチイワシ…………処刑するぞ?」
「……と、まぁ…………ここら辺がギリギリアウトっていう、悪い見本だ」
そ~っと、ほっぺたを摘まんでいた手を離す。
目が、超怖ぇ……
場の空気、極寒だな、おい。
「どうして君は、いつもそう極端に…………まったく、やれやれだね」
凍りついた空間に、エステラが花を持って帰ってくる。
いいタイミングだ。ここで話を有耶無耶にしよう。
「さぁ、飲もうかっ!」
「誤魔化すの下手過ぎんだろ、兄ちゃん」
違っ、だってずっと睨んでんだもん、ルシア。
ここの領主怖ぁ~い。マジ怖い。
「まぁ……そこのアホはやり過ぎではあるが」
怒りの眼差しが、呆れへと変わる。
腕を組んで不機嫌そうに、ルシアは俺を一睨みする。その後で、カブリエルたちへと顔を向けた。
「領主と領民という差はあれど……私たち人間と、そなたら虫人族の間に差などないのだぞ。そのことはゆめゆめ忘れるな」
「虫人族?」
「ふふ……面白いネーミングだろう? ただの種族だ。上も下もない……『亜種』などでは、ないのだ。そなたたちは」
『亜』という言葉には、『劣った』『紛い物の』といったニュアンスが含まれる。
こいつらは、劣った人種ではない。
ただの、一つの人種だ。
「私たちは、同じ世界に生まれ、同じ空を見上げ、同じ風を感じ――同じ美味い物を食えば、等しく笑みを零す」
足元に咲いている花を一つ摘まみ、その蜜を啜る。
微かに濡れた唇に花びらが触れて、小さく揺れる。
「何も違わない。人は、等しく生を受け、等しく尊き時を過ごし……」
静謐な瞳が、俺に向けられる。
濁りのない、どこまでも澄んだ美しい瞳だ。
「平等にカタクチイワシより身分が高い」
「おいこら、そこの領主! 誰が人類の最底辺か!?」
曇りのない眼でなんてこと言いやがる。
純粋な心でそう思ってるのか?
差別が留まるところを知らないな、お前は。
「ふっ…………くくくっ、あははは」
大きく口を開け、これまで見せたこともないような素直な笑顔をあらわにする。
豪快で、開け広げで、イヤミのない。そんな真っ直ぐな笑い声が花園に響く。
「そなたたちもあれくらい図々しくなれ。出来の悪い『いい例』だ、あれは」
いいのか悪いのか、どっちなんだっつの。
「ぁれ? なんだか、楽しそう。なにかいいことあったの?」
両手にカラフルな花をたくさん抱え、ミリィが戻ってくる。
凄く大量に持っているように見えるが、ミリィが小さいからそう見えるだけで、割と普通の量なのだろう。
だからだろう。ナタリアはまだ一人で花摘みを続行している。
「るしあ様、なんだか凄く嬉しそう」
「む? そう見えるか?」
「は、はぃ……ぁの…………笑顔が……」
「『笑顔が』?」
「ぁの……とってもキラキラして……ます」
「きゅんっ!」
ハートを撃ち抜かれたらしく、ルシアが胸を押さえて蹲る。
そして、何を思ったのか蹲ったまま俺の両腕をがっしりと握ってきた。
突然拘束され、軽くパニックな俺……なんだよ?
ガバッ! っと、持ち上げられたルシアの顔は……物の見事に緩みまくっていた。
「プロポーズされたっ!」
「違うぞ。全然違う」
「ミリィたんは私の嫁っ!」
「違う違う。全っ然違うから」
今にも鼻血を噴き出しそうな興奮状態のルシア。
ワンパン入れて、本当に鼻血出させてやろうか? 顔に集まって鬱血してる余分な血液が抜けていい感じになるかもしれんぞ?
「お、おい……領主様って、結構……」
「そ、そうですね。なんというか…………」
「変態だろ?」
「誰もそんなことは言ってないだろう、カタクチイワシッ!」
両手を握りながら怒鳴られてもな……
プロポーズを受け(たと勘違いして)、足腰立たなくなってるくせに……
「領主なんかこの程度だから、お前らも適当に接していいんだぞ」
「いや、ヤシロ。君はもう少し領主に対して敬意を払うべきだと思うよ」
なんだよ、エステラ。折角いい感じで固定概念を覆そうとしてる時に。
小さいことを言うんじゃねぇよ。
「小さい胸のことを言うんじゃねぇよ、エステラ」
「今のセリフ、『胸の』が余計だったよね、絶対!?」
「ほらまた小さい」
「『ことを言う』が抜けてるよっ! そこ、はっきり言葉にしてくれる!?」
そうそう。
言い合いでも罵り合いでもなんでもいいんだ。
こうやって本気で言い合えるってのは、結構嬉しいもんだったりするんだぞ。
見ろよ、エステラの顔を。
なんだかんだ言いながら楽しそう…………では、ないな。むしろ、ちょっと怒ってるな。
おいおい、なんだよ。いつものことじゃねぇか。
……いつもこういうことばっかり言ってるから、今怒られてるのか……?
「確かに……カタクチイワシは、少々領主に対する敬意というものが欠落しているようだな」
ゆらりと、ルシアが立ち上がる。
さっきまでのおちゃらけた雰囲気はどこへやら、領主の威圧的なオーラを全身に纏っている。
「身分の違いを、はっきりと分からせてやろう……」
「待て待て。今ここでそんなことをしたら、カブリエルたちがまた委縮しちまって……」
「黙れ、愚民っ!」
あ~、もう。台無しだよ。
折角いい感じでカブリエルたちの恐怖心が薄らいできてたってのに……
「貴様は最初から一貫して頭が高かった! 一度、私の前で地に這いつくばり、己の卑しさをその身に刻めっ!」
「どこの女王様だよ……」
「黙れっ! さぁ、跪いて私の足を舐めろ!」
「女王様じゃねぇかっ!?」
それも、夜の方のっ!
「ルシア様」
凛とした声が、ルシアの発する威圧的なオーラを穿つ。
微かに風が吹き、その場の空気が肌を冷やして入れ替わる。
「ご自身の言動には十分お気を付けください」
ミリィに教わった花を抱えて、ナタリアが戻ってくる。
頼れる給仕長の表情をして、目上の領主相手にも怯むことのない強い気迫を見せつける。
「ヤシロ様に足を舐めろなどと…………っ」
こいつ、まさか俺のために怒って……
「ヤシロ様を大喜びさせるだけですよっ!」
うん、やっぱり違った。
「太ももすりすり、ふくらはぎぷにぷに、足の裏ぺろぺろはヤシロ様の大好物ですっ!」
「根も葉もないことを大声で撒き散らすのやめてくれるっ!?」
「えぇ…………ないわぁ……」
「ドン引きすんな、ルシアッ!?」
「……生足ペロリスト」
「俺に奇妙な肩書きつけてんじゃねぇよ、エステラッ!?」
お前の生足ペロリっちゃうぞ、こら。
「ですので、ルシア様。領主であられるあなた様が、『ヤシロ様に生足ぺろぺろしてほしい』などと口にされてはいけないのですっ!」
「そんなことは言っていないぞ、クレアモナ家の給仕長!?」
「『ヤシロ様に、下半身をぺろぺろされたい願望がある』などとっ!」
「表現が酷くなってるっ! そなた、わざと言ってるのではないだろうなっ!?」
何をおっしゃる。
完全にわざとに決まってんだろうが。
「兄ちゃん、あんた……まさか、領主様に……」
「人間って、すげぇ……」
「違うっ! 違うぞそなたら! 勘違いだっ!」
尊敬と畏怖の念を混ぜ合わせてねるねるねるねしたような表情のカブリエルたちと俺との間に割って入り、ルシアは触角をゆらゆら揺らして懸命に否定をする。
おぉっ。なんかちょっと距離が縮まったじゃないか。そうかそうか。これを見越しての発言だったのか、ナタリア。
よぉしよし。……あとできっついお仕置きをしてやる。
ご褒美とイジメの間くらいのな……
「はい。ヤシロ。ドリンク作っといたよ」
「お前んとこの給仕長が余計なことを仕出かしてる時に、よくもまぁ、我関せずでドリンクなんぞを作れたな、エステラ」
「まぁ、いつものことだしね」
「ルシアを巻き込んでるのに……お前、図太くなったなぁ」
やっぱ、ルシアと一泊すると『あ、この人に遠慮とかいらないや』って気持ちになるんだろうな。
なんとなく想像つくわ。
「ぅおおっ!? なんだ、これ!? めっちゃウメェ!」
「こんなの、飲んだことないですよ!?」
ミリィがカブリエルたちにもブレンドドリンクを勧めたようで、初めての味覚に狂喜乱舞するカブトムシとクワガタがいた。
「領主様っ! こ、これは領主様が考案なされたんですか!?」
「む? いや、これはそこのカタクチイワシがやり始めたことだ。なので、強いて名を付けるのであれば……『イワシドリンク』だな」
「やめて。一気にマズそうになったから」
イワシの成分は一切含まれておりません。
「では、ヤシロ様の名前を取って、『ヤシロ汁』などいかがでしょうか?」
「やめて、ナタリア。ボクがこれまで飲んだ分も含めて吐き出すよ。そしてヤシロに浴びせかけるよ?」
「おい、ナタリア。お前のとばっちりがこっちに来ちまったぞ。とりあえず俺に謝れ」
名前なんぞなんだっていい。こんなもん、ただの全部混ぜの派生でしかないのだから。
かき氷に、シロップを片っ端からかけたやつが『何味か』なんてのは、ナンセンスだ。分かるはずもないことなのだ。
「ぁのね……この飲み物はね、いろんな種類のお花が、一緒になって、初めてこんなにおいしくなるからね……ぁの…………みりぃたち虫人族と、てんとうむしさんたち人間も、こんな風に仲良く一緒になればね…………きっと、すごく……幸せだと、思うの……」
珍しく、ミリィが自分の意見を語っている。
注目されるのが苦手で、あまり前に出るタイプではないのに……
このドリンクに感化されたというのか……もしかしたら、自分たちも変わらなければいけないと、思い始めたのかもしれない。
そんな決意を、真っ赤な顔で一所懸命言葉にしている。そんな風に思えた。
「ボクもそう思うよ、ミリィ。このドリンクは、異種族が今までより一層協力し合う世の中にしようって、そういう世界を作るための象徴的な物になるかもしれないね」
「ぅんっ。このドリンクはね、この世界と同じでね……ぁの…………た、たくさんの……ぁ、……愛……でね、いっぱい……なの」
『愛』という言葉が恥ずかしかったのか、ミリィの頬がさらに赤みを増す。
わぁ……恥ずかしがってるミリィ、1ダースほど持ち帰りたいなぁ……
「だ、だからね。もし、よかったらね…………このドリンクの名前、『ラブジュー……』」
「ストップだ、ミリィッ!」
……はぁ、はぁ…………あ、危なくミリィが穢れてしまうところだった。
…………その名称は、やめよう。ミリィの口からは、聞きたくない。心が、痛むから。
「この飲み物は、『フラワーネクター』にしよう」
確か、『花の蜜』を英語にしたら、そんな感じだったと思う。
もう、それでいいじゃないか。
「ネクターか。なんだか、可愛い名前だね」
いや、エステラ。ネクターは、果実をすり潰して作るドリンクで……あぁ、まぁいいや、ネクターで。
「ねくたー! ぅん。かわいい名前で、みりぃ、好きかも」
「カタクチイワシのくせに、やるではないか」
概ね好評のようだし、このまま決定ということにしておきたい。の、だが。
ナタリアが浮かない顔をしている
「……う~ん」
「何か気になることがあるのか?」
「いえ……どう深読みしても卑猥な方向に持っていけません」
「無駄な労力払うなよ……」
ここ、綺麗な花園なんだからさ、心とか、綺麗にしようぜ。
たぶん、頑固な汚れとかこびりついちゃってるんだとは思うけどさ。
「ははっ! ネクターか。いいもんを教えてもらったな」
「これ、広めましょうよ! 職場の連中、きっと喜びますよ!」
「だな! いいかい、兄ちゃん?」
カブリエルたちはネクターを大いに気に入ったようだ。
まぁ、調合する花の種類さえ分かれば誰にでも出来るし、もともと持ち出し禁止で商売には出来ないし……問題ないだろう。
「好きにしろよ」
「そいつはありがてぇ! 感謝の気持ちは、働いて返すぜ! 何かあったら、なんでも言ってくれよ! 兄ちゃんにこれ言うのは二度目だからな、結構な無茶でも聞いてやるぜ」
「おぉ、そうか! それは助かる」
ネクターの話が、上手く本題へと流れてくれた。
俺は、こいつたちに頼みたいことがあったのだ。
引っ越し屋で筋肉ムキムキ。
しかも、近距離の引っ越しなら重たい荷物を『投げて』運ぶなんて言っていた、力が有り余っているこいつらに。
「ある物を空高く放り投げてほしい。ずっとずっと高くだ」
「なんだ? なんか、変わった依頼だな。……だが、面白そうじゃねぇか。詳しく聞かせてくれよ」
カブリエルの顔つきが変わる。
職人気質の厳しそうな表情の中に、少年のような好奇心を織り交ぜて。
食いついたな。よし、好感触だ。
「投げてもらうのは、火をつけてから十数秒で大爆発を起こす玉だ」
「なっ!?」
「爆発っ!?」
物騒なワードに、一瞬花園がざわつく。
花園に来ていた虫人族が何事かとこちらへ視線を向ける。
「大丈夫だ。取り扱いを間違えなければ危険はない」
きっとレジーナとセロンが、安全な花火を完成させてくれる。
俺は、カブリエルたちに花火の説明をしてやる。
それはとても美しい炎の芸術で、祝いの日には持ってこいであるということ。そして、そいつは虫人族がいなければ生み出すことの出来ないものであるということも。
「協力してほしいんだ。一組の、新しい夫婦の幸せのために」
「人間と虫人族の結婚を、人間と虫人族が協力して祝う……そいつが出来りゃ、もっと歩み寄ることが出来るかもしれねぇな。頭の固い連中もよ」
もちろん、そうなるように企画したものだ。
「それで、どれくらいの高さまで放り投げればいいんだ?」
「頭上に150メートルほどだ」
「ひゃっ!? 150…………か」
「十数秒で到達させてほしい」
「ってことは、200くらい飛ばすつもりで投げて、150付近で爆発させるのが理想か?」
「まぁ、そうだな」
俺たちの作る花火は、爆発時に直径が60メートル程度になる予定だ。
球状に炎が飛び散る花火は、安全のために直径の倍程度上空で破裂させなければいけない。
そして、それくらい高く上がっている方が、美しく見える。
「出来るか?」
「やってみねぇことには、なんとも……だがっ! やってみてぇ」
職人の瞳に炎が宿った。
こういう目をするヤツは大丈夫だ。きっと成功させてくれる。
なんだかんだ、こいつらはやっぱり仕事に飢えていたんだろう。
難しくてハードルの高い、やり甲斐のある仕事を目の前にした時の親方に、よく似た表情をしている。
「何度か四十二区に来て、練習してくれると助かる」
「任せておけ! 何日か泊まりがけで行ってやる!」
「カブさんっ! 俺も! 俺も行きたいですっ!」
「おう! 何人か使えそうなヤツ見繕って、四十二区に乗り込むぞ!」
「うっす!」
物凄くやる気になってくれたようだ。
……つか、やっぱりお前ら仕事してねぇだろ。泊まりがけの遠征を即決しやがった。ミリィは一日あけるために色々根回しに走り回ってたってのに……
「だがまぁ……ここの蜜がしばらく飲めねぇと思うと、ちょっと寂しいけどな」
「そう……っすねぇ」
「ぁ、ぁの…………っ!」
この話題を待っていたと言わんばかりに、ミリィが震える声を張り上げる。
ガチガチに緊張しつつも、譲る気はまったくなさげな力強い目でルシアを見つめる。
「も、もし……許可が、でるなら…………っ、こ、ここの蜜を、飴にしたいっ……ですっ」
「飴?」
それは、ミリィが最近始めたという新しい趣味だ。
ベッコの家からもらった花を育てて、そこで採れる蜜を飴にしている。
採れる蜜の量が少なく、趣味程度に留めると言っていたらしいが……
ネクターを飲んで考えが少し変わったらしい。
この味を是非飴にしたい……随分と、商売人らしい発想になったものだ。
花園の蜜を使った飴は、俺も考えていたことだからな。ミリィが俺に近付いている…………なんだろう、なんかすげぇ不安な気分になってきたな。俺みたいなひねくれ者にならないでくれよ、ミリィ。……誰がひねくれ者だ。失敬な。
「しかし、花園の蜜を商売に利用させる気は……」
「ぅ、売りませんっ! ぁ、ぁの……大切な人に、贈り物…………ここの蜜なら、きっと、みんな……もらうと、嬉しい、から」
「贈与用……か」
「それくらいの商売なら、させてやってもいいんじゃないか?」
贈与用とはいえ、人気が出れば金が動くこともあるだろう。
だから、完全予約制にして、なんならそれ用に職人を雇ってもいい。
「生花ギルドと三十五区の共同開発で、虫人族たちの大好きなこの味を銘菓にしてやればいい。売上金は、花園の維持費にでも当ててよ」
そして、いまだ難しい顔をするルシアにこそっと耳打ちをする。
「働き口がない連中に仕事を振ってやればいい」
ウェンディの両親は、お世辞にも裕福層には見えなかった。
きっと、かつて『亜系統』と呼ばれた者たちにはまともな職がないのだろう。
そいつらに、領主が仕事を斡旋してやればいい。
開発にミリィが加わることで、ミリィは個人的にここの蜜をもらえるようにして、残りの利益は還元してやれば文句も出ないだろう。
「はぁ……貴様は、やたらと例外を作りたがるがな、そうそう特例を認めていては……」
「実現すれば、定期的にミリィに会えるぞ」
「特例を認めよう! 生花ギルドのギルド長と話をつけて、すぐにでも開発に取りかかるっ!」
うん。
この領主はいい意味で最低だな。いい意味でな。
「よぉしっ! 飴でもなんでも、ここの蜜の味が味わえるなら文句はねぇ! 四十二区に乗り込むぞ!」
「はいっ、カブさんっ!」
これで、なんとか花火の目途はついた。
あとは、シラハとオルキオを引き合わせて虫人族たちの意識改革を……
「ヤシロさんっ!」
風に乗って、懐かしい声が聞こえてきた。
春の陽射しのように柔らかくて暖かい……まるで、陽だまりのような声……
振り返ると……
「……ジネット」
ジネットがこちらに向かって懸命に駆けてきていた。
大きな胸をばいんばいん揺らして、大きく手を振り、ジネットなりの全速力で…………全速力の……徒歩?
「走るの、遅っ!?」
相変わらず、ジネットはどん臭い。
けれど、それがなんともジネットらしくて……
「ヤシロさんっ!」
俺の前まで来ると、ジネットが両手を広げて飛びかかってきた。
俺の胸へと一直線に。
俺も両腕を広げて、ジネットを迎える。
たかが二日ぶりだってのに大袈裟なもんだが……
俺は、感動の再会を喜ぶようにジネットを抱きしめ……ようとして、ナタリアに掻っ攫われた。
「揺れ過ぎの爆乳、けしからんです! だが、それがいいっ!」
「にゃぁあああっ!?」
寸前で、横入りしてきたナタリアがジネットを抱きしめ、どさくさに紛れて右手で左パイを揉み揉みしている。
「あぁっ!? 俺がやろうとしたことをっ!?」
「こんなことをしようとしたんですかっ!? 懺悔してくださいっ!」
「なんで俺!?」
アホのナタリアに感動の再会をぶち壊しにされ……まぁ、たかが二日で大袈裟だったし……よくよく考えると、あそこで抱き合ったりしたら、後々死ぬほど悶絶するような羞恥が……………………結果として、でかしたナタリア。
「す、すみません。あの、久しぶりだったもので、ちょっと、取り乱してしまいました」
「いえ、私も、あまりにばいんばいんだったので取り乱してしまいました」
「お前に言ったわけじゃねぇよ、今のジネットの謝罪。そこは横取りすんな。あと、お前は適当に懺悔してこい」
ジネットも我に返ったようで、「未遂に終わってホッとしました」的な照れ笑いを浮かべている。
「それで、ジネットちゃんはどうして花園へ? 帰るところだったの?」
「あ、いえ。少しお散歩していたんです、二人で」
二人。ギルベルタか?
振り返るジネットの視線を追うと、そこに品のいい小柄なお年寄りが立っていた。
ジネットよりも少し背が低く、線が細い。
背中に美しい蝶の羽が生えているからアゲハチョウ人族なのだろう。
白く染まった白髪はまとめられて、気品の溢れる落ち着いた雰囲気を醸し出している。
どこかの大金持ちの大奥様。そんな印象を受けるお婆さんだ。
「あらあら。お久しぶりねぇ、ヤシロちゃん」
「……へ?」
脳みその中の記憶を全部ひっくり返して探してみるも、こんな上品なお婆さんに会った記憶はない。
ニアミス……どっかで見かけただけ?
しかし、相手は俺の顔と名前を覚えているし…………『ヤシロちゃん』?
ハッとして、そのお婆さんの頭に視線を向ける。
頭の前で揺れている触角は、右側だけ半分から先がなくなっていた。
「シッ、シラハッ!?」
それは、もはや別人レベルにまで、とんでもなく激ヤセをした、シラハだった。
ジネット、お前…………どんな毒を盛ったんだよ?
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