後日譚29 お揃い、嬉しい

「お前……どうした?」

「ウ、ウクリネスさんに、着せられたのだ」


 さん付けかよ……そんな怖かったのか、ウクリネス?


 早朝。

 三十五区へ向かう予定の俺は、エステラの家に赴いた。そこでルシアの馬車に同乗させてもらうことになっている。

 で、その場所にチボーがいた。

 しかも、服を着て。


「この服を、一晩で作ったのか…………あいつ、どんだけ仕事好きなんだよ」

「ワシの格好は服飾業界への冒涜だ……とか、なんとか…………おっかなかったなぁ……」

「で、逃げるに逃げられず、一晩拘留されてたわけか」

「何回も試作品を着せられた……」

「女の家に一晩……朝帰りか」

「ひっ!? カ、カーちゃんには、何卒内密に! ねっ!? お願いっ!」

「……あ~ぁ。ヤシロに弱み見せるとか……チボー、終わったね」


 俺たちのやり取りを見ていたエステラが、さらりと酷いことを言う。

 それじゃまるで、俺が他人の弱みに付け込んで色々利用するような酷いヤツみたいじゃないか。……うん、その通り過ぎて反論出来ねぇな。


 しかし、よく出来た服だ。

 羽や腹(尻)の部分の加工が凝っている。

 単純に穴をあけるだけでなく、開閉出来るようにしてあるのだ。

 チボー用のズボンはガバッと広げることが可能で、デカイ尻を包み込んで、足を通して、開いた腰回りを最後に留める。腰回りは、ちょうど赤ちゃんの紙おむつのような構造になっている。

 上着も、羽を避けるように身に着けて、最後に裾の部分を留める方式だ。

 開いた穴に無理矢理羽を突っ込むことをしなくて済み、羽を傷める心配もない。

 これ、上手く商品化すれば有翼人族に売れるんじゃないか?

 羽を傷めないように大きめに穴をあけてガバガバにしなくてもいいし。オーダーメイドみたいな仕上がりですっきりして見える。


「変態タイツマンだったくせに、生意気な」

「好きでそうだったわけじゃないわっ!」


 いやいや。

 露出してた時のお前は、そこはかとなく楽しそうだったぞ?


 服装といえば。


 早朝だというのに、エステラはピシっとした格好をしている。

 いつものパンツルックではあるが、設えのいい物を選んでいる。

 やはり、ルシアと行動するからそれなりのグレードの服を選択しているのだろう。


「ところで、ルシアは?」

「ルシアさんなら、馬車の中だよ」

「もう乗り込んでるのか? 気が早ぇなぁ」


 貴族は外で待たない、とか言って室内にいるのかと思ったのだが。

 挨拶でもしておこうと、デミリーの馬車よりもさらに絢爛な馬車のドアを開ける。


 ――と、中でルシアが爆睡していた。


「威厳も何もあったもんじゃねぇな!?」

「む……カタクチイワシッ! 淑女の寝所に侵入するとは何事か!?」

「馬車だ、ここは!」


 物っ凄い寝ぼけ顔で俺を睨むルシア。

 格好は完全に他所行きだから、ここで寝起きしたわけではなさそうだ。

 もっとも、そんなことエステラがさせないだろうが……


「大方、『ミリィたんと一緒じゃなきゃ眠れない』とか訳の分からん駄々を捏ねて寝不足だったんだろ?」

「覗いてたのか!?」

「見りゃ分かるわ、そんくらい!」


 それで、「あ、これはもう起きてた方がいいな。寝ると寝過ごすな」みたいな感じで起きてきたものの、眠た過ぎて馬車にこもったのだろう。

 リーマン時代に経験があるよ。徹夜明けに、家を早めに出て電車で仮眠をとったことが。


「こ、これは、領主様っ! お、おはようございますっ! け、今朝もご機嫌麗しゅう……」

「んあ…………?」


 いや、ルシア、『んあ?』って……

 物凄いマヌケ面さらしてるけど、いいのかお前?

 寝惚けついでに、虫人族を見て暴走したりしないでくれよ……


「……うむ」

「反応薄っ!? ミリィとかウェンディ見た時と反応違い過ぎるだろう!?」


 目覚めて最初に見たのがウェンディだったら、間違いなく飛びついてむしゃぶりついてベタベタひっついてただろう、お前!?


「ヤシロ様」


 エステラの館から、これまた完璧な出で立ちのナタリアが姿を現す。

 こいつら、毎日何時起きしてんだ?

 陽だまり亭では、教会への寄付の準備をするために必死こいてマグダを叩き起してきたってのに。……手伝いに来させればよかったか?


「遅いですよ」

「あぁ、すまん。マグダがなかなか起きなくてな。けど、出発の時間には間に合ってるだろ?」

「そうではありません」


 白魚のような手を握りしめ、目力マックスでナタリアは言う。


「覗きに来られるかと思ってゆっくり着替えていましたのにっ!」

「さっさと仕事始めろよ、余計なことしてないで」

「『ガチャッ』『キャー』『ぐっへっへっ、いやぁ、うっかりうっかり』のくだりがっ!」

「予定してねぇよ、そのくだり!」

「折角、油断した感じを演出しようと、上下不揃いの下着を身に着けていましたのにっ!」

「いらん! その気遣いも情報も!」


 あぁ、もう。朝からしんどい……

 なんでこんなに全力で突っ込まなきゃいけないんだよ……


「では、そこの変質者を退治してから、馬車に乗り込むとしましょう」

「待って! ワシ、害のない変質者だからっ!」


 いや、変質者を認めるなチボー。

 つか、お前は強い女に弱いなぁ……恐妻家が身に沁みついちゃってんじゃねぇの。


「今日は、ナタリアも一緒なのか?」

「はい。ギルベルタさんがおいでにならないようですので、不詳私が、お供と身の回りのお世話を担当させていただきます」

「四十二区を空にしても平気なのか?」

「平和な四十二区ですから、何も問題など起こらないと思いますが……そうですね、万が一何か重大な事件が起こり、クレアモナ家が没落するようなことがあれば…………責任を取ってお嫁さんにしてくださいね」

「俺に一切の責任はないと思うんだけど?」

「というか、縁起でもない話をしないでくれるかい、二人とも」


 クレアモナ家の没落などはあり得ないと思うが……まぁ、ナタリアの部下は優秀な者が多いからな。大丈夫だろう。


「あぁ、そうだ。お前ら、飯食ったか?」

「まだだけど?」

「途中でどこかの区に立ち寄り、調達する予定です」

「ならちょうどよかった」


 朝の弱いマグダを起こしている間に、ロレッタとデリアが飯を作ってくれて、持たせてくれたのだ。


「ロレッタとデリアの合作、『普通の鮭おにぎり』だ」

「ロレッタさんの要素が遺憾なく発揮されていますね」


 あいつが絡むと、もれなく普通になるからな。


「もしかして、デリアも泊まったのかい?」

「あぁ。マグダが寂しがってな」


 ジネットのいない二日目の夜だ。

 表情に出さなくても、寂しさと不安が積もっていたのだろう。

 閉店間際からマグダは甘えん坊を発症し、頼り甲斐のあるデリアに抱きついて離れなくなってしまった。

 俺が抱いて寝るわけにもいかないし、デリアには無理を言ってそのまま泊まってもらったのだ。


「だから今日はなるべく早く帰りたい」

「ジネットちゃんを連れて、ね」


 そうすれば、マグダの寂しさもなくなるだろう。

 ……今回の件が片付いたら、思いっきり甘やかしてやるのもいいな。


「あっ、おにぎりだね。ボク好きなんだよね」

「そういや、雑穀米のおにぎりを出すようになってから、結構な頻度で食ってるよな?」

「食べやすいし、なんか好きなんだよね。よく分からないんだけど、こう……テンションが上がるっていうか」


 子供か。

 ご飯を残す子供でも、おにぎりなら食う。

 言われてみれば、お子様ランチを作る前に客のガキがご飯を残したことがあったが……あの時作ったおにぎりにも食いついてたっけな。


「具は、やはり鮭なんですね」

「デリアがいたからな」


 俺が厨房に入っていれば、鳥そぼろとかオカカとかコンブとか作れたんだが。


「では、車中でいただくとしましょう」

「じゃあ、預けておくよ」


 ナタリアに託し、頃合いを待って馬車の中で食うとしよう。

 チボーからは金を取ろうかな……いや、ほら。予定外の人間だし、オッサンだし……なんかキモいし?


「ワ、ワシは、一体いくら払えば譲ってもらえるのだろうか? いや、そもそも、ワシなんかが馬車に乗せていただくなど…………は、走って帰るぞ、ワシはっ!」


 ……あ、ダメだ。

 こいつ、この手のシャレが通じない。


 まずは、こいつらの、この極端に卑屈過ぎる性格を改善してやらないとな……


「チボーよ、そう言うな。共に三十五区へ帰ろうではないか」

「ル、ルシア様……しかし、ワシのような下賤な者が……」

「チボー。私の話を聞け」


 卑屈な発言を遮り、ルシアが真面目な表情でチボーを見つめる。

 威厳が有り余り、少し怖いくらいだ。

 チボーも緊張から口を閉じ……というか、身動きすら取れない様子で、ルシアの言葉を待っている。


 そして、ルシアが今まさに口を開こうとしたタイミングで、とても可愛らしい声が聞こえてきた。


「ぁ…………ぁの……ぉはよう、ござい……ます」

「ミリィィィィィィィィイイイたぁぁあ~ん!」

「ぴぃっ!?」


 ミリィの登場に、ルシアのテンションがうなぎ登りになる。

 チボーのことは完全スルーだ。もうすでに忘れ去られている。……こいつ、差別をなくすつもりあるのか…………


「馬車に乗るメンバーを聞き、なんとなく変質者率が上がり過ぎそうな気がしましたので、無理を言って同行していただけるよう昨日のうちに交渉しておきました」

「結果的に変質者が増えてんじゃねぇか……」

「誰が変質者だ、カタクチイワシッ!」

「おい、コゾー! お前、今、さり気なくワシを変質者にカウントしただろう!?」


 ルシアとチボーが声を揃えて噛みついてくる。

 うっせぇなぁ。どっからどう見ても変質者じゃねぇか。えぇい、煩わしいから鱗粉を撒くな、チボーッ!


「六人乗りの馬車ですし、ミリィさんにも同行していただけると思い、お願いしておいたのです」

「いいのか、ミリィ?」

「ぅん! また花園みたいし」


 きっと、昨日のうちに今日の分の仕事を済ませてきてくれたのだろう。

 花の世話は、生花ギルドの誰かに頼んだか…………これは、生花ギルドにきちんと還元しなきゃいかんな。迷惑をかけ過ぎている。


 よし。

 ヴァージンロードは花で飾ろう。

 あと、ブーケトスとかやって、披露宴会場も花で埋めつくして……


 それがスタンダードになれば、結婚式がある度に生花ギルドには莫大な利益が生まれることになる。

 そんな感じで勘弁してもらおう。


「ひゃっほ~ぃ! 俄然楽しくなってきたなっ! なぁ、カタクチイワシッ! ささっ、ミリィたん! 近ぅ! 近ぅ寄れ!」

「ぁ、ぁの……ぁぅう…………」

「離れろ変質者!」


 こいつには、また別途便宜を図ってもらわないと割が合わないな。

 ウチのミリィにベタベタすんな!

 ミリィは俺の隣に座らせよう。


「おい、チボー。お前もさっさと乗れ。俺の隣に座らせてやるから」

「い、いや、しかしっ! りょ、領主様と同じ馬車になんて…………に、人間も多いし…………恐れ多い……それに、ちょっと怖いし……」


 この中で一番怖いのはお前だからな?

 全裸に黒タイツだけで外をうろつける変質者ほど怖いものはないからな?


「ワシみたいなもんが、馬車になんか……」

「んじゃ何か? お前は、自分の嫁と娘が、なんの価値もないしょうもない存在だと、そう言いたいわけか?」

「だっ、誰がそんなことを言ったか!? ウェンディはワシらにはもったいないくらいよく出来た自慢の娘じゃいっ!」

「嫁は?」

「無敵じゃいっ!」


 それは、お前に対しては、だろ?

 まぁ確かに、すげぇおっかない感じのオバサンだったけどな。


「だったら、お前も大差ねぇだろうが。お前だけが、家族から特別蔑まれてるわけでもねぇんだろ?」

「………………」


 こいつが自分を卑下するのは、生まれ持った、どうすることも出来ない種族への劣等感からだ。

 だが、自分の家族にはそんなものを感じてほしいと思っているわけもなく、まして、赤の他人からそのことで家族が侮辱されるなど許せるはずもない。

 自分では、『こんな種族だから……』と卑屈になり、家族のことになると『種族なんか関係ない』とムキになる。


 要するに、種族なんて関係ないんだよ。それが本音だ。

 ただ、自分ってヤツにほんのちょっと自信が持てないだけなんだ。


 チボーも、そこら辺を分かってくれたのだろう。

 無言のまま、じっと考え込んでいる。

 そして、散々黙考した後、純粋な瞳でこちらを見た。


「ワシ………………家族から特別蔑まれてる気がする」

「しっかりしろよ、家長!」


 こっちの思惑が台無しだ!

 タイツ一丁で歩き回るから侮蔑の目で見られるんだよ!

 今後は服を着ろ! ウクリネスに何着か作らせておくから買いに来い!


「どうしても気が引けるというなら、前にヤシロがやった方法はどうかな?」


 指を立て、名探偵よろしくエステラが難問解決に動き出す。

 前に俺がやった……?


「ほら、ジネットちゃんの髪の毛に……」

「あぁ、疑似触角か」

「そう、それ!」


 以前、馬車に乗るのを躊躇ったミリィのために、俺はジネットに疑似触角をつけてやった。

 同じことを、今回もやろうというのだ。


「ボク、つけてもいいよ! こういう状況だし、むしろボクが進んでつけるべきだと思うんだよねっ!」

「要は、ジネットが羨ましくて、お前もつけてみたかったんだな」

「そ、そういうわけじゃ……」


 こいつは、新しい物にすぐ飛びつくんだから。


「ぁの……ごめんなさい……今日は、お花……持ってきてなぃ……」

「あ、そうか……じゃあ、無理だね」

「ごめん……ね?」


 あからさまに落胆するエステラに、ミリィが罪悪感を覚えてしまったようだ。

 二人してしょぼんとうな垂れる。


「あ、そういえば……」


 服を着た露出狂、チボーが思い出したかのように腰にくくりつけていた袋を俺に差し出してくる。

 見覚えのある布袋。ウクリネスの店のものだ。

 制服とかコスチュームを発注すると、大抵この袋に入って届けられる、馴染みのある袋だ。


「ウクリネスさんから、これを、あんたに」

「俺に?」

「時間がなくて、とりあえず三つだけ試作した……そう伝えてくれと」


 受け取った袋の中を見て…………俺は思わずニヤけてしまった。ウクリネスのヤツ、無茶しやがって……

 昨日渡して、もう試作品が出来てるとか……頑張り過ぎだろう。


「喜べ、エステラ」

「……へ?」

「ミリィとお揃いになれるぞ」


 袋の中には、触角のような飾りがついた、カチューシャが入っていた。


「そ、それは!?」

「結婚式の時に配ろうと思ってな。ウクリネスに大量発注した物だ」


 人間と虫人族の結婚。

 それ自体が珍しく、無意識に抵抗を覚える者も少なくない。

 だが、そんなもんを感じさせないくらいみんなで盛り上がっちまえば……純粋に二人の結婚を祝ってもらえるのではないか……そう考えて作ってもらうことにしたのだ。


 ほら、あれだ。

 こういうの、普段じゃ絶対つけないような人でも、千葉の方にある夢の王国に行くとノリでつけちゃったりするだろ?

 んで、つけてみるとこれが意外とテンション上がったりして。


 今、この場所だから許されるおふざけってのは、人の心をくすぐって開放的に、そしてハイテンションにしてくれるものなのだ。


 参列する人間がみんなでこいつをつけて、虫人族とお揃いになれば……

 そこに生まれる一体感で、くだらない『違和感』なんか吹き飛ばせんじゃねぇか。と、そう思ったわけだ。


「ヒントをくれたのはミリィだ」

「ぇ……みりぃ?」

「あの日。ミリィは本当に嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔が多くの者に広がれば、きっと上手くいく。そう思えたんだ」

「みりぃ…………あの時、本当にうれしかったんだ……じねっとさんや、てんとうむしさん……みんなが、みりぃのこと思ってくれてるって、わかったから…………」


 頭に飾りをつける。

 言ってしまえば、ただそれだけのことだ。

 だが、『ただそれだけのこと』ってヤツを、「よっしゃ、やってみようぜ!」となる過程が想像出来るから、思いはきっと相手に伝わる。

『ただそれだけ』のことを、わざわざやる理由なんてのは、一つしかない。


 相手を喜ばせたい。


 その思いこそが、払拭出来ないものを払拭し、動かせないものを動かしちまうんだと思う。


「言っとくが、人間が虫人族に『合わせてやる』わけじゃねぇぞ? 人間も虫人族も、一緒になって楽しむためのものだ。なぁ、エステラ?」

「うん! ボク、それつけてみたい! ミリィやウェンディとお揃いになって、一緒に楽しみたいよ」

「てんとうむしさん…………えすてら、さん…………ぅん。一緒は、楽しい、ょね」


 これだ。

 今ここで起こったような、小さな幸福感が町中に広がれば、俺の思惑は成功だと言える。


「絶対に成功させてやるぞ、ウェンディの結婚式!」

「…………あんた、そこまで娘のことを…………」


 俺の後ろで、チボーがポツリと呟いた言葉は、聞かなかったことにしといてやる。

 親父の顔して漏らす湿っぽい言葉なんか、他人に聞かれたくないだろうからな。


「でもヤシロ。試作品、三つしかないんだよね?」

「私は譲らんぞ、カタクチイワシ」

「私も、こういうアイテムで可愛らしさを演出し、ギャップ萌えでハートをズッキュンさせたいですね」

「俺、つけたいなんて言ってないだろう……お前らでつけろよ」


 ちょうど三つあるのだ。

 エステラ、ナタリア、ルシアの三人でつければいい。

 そもそも、俺がカチューシャなんかつけるかってんだ。

 ……まぁ、ミリィと約束したから、いつかはつけなきゃいかんのだろうが…………だからって、それが今である必要はない。

 なんか、大勢が盛り上がってつけてる中で、こっそりつける程度でいいんだ、俺は。


「でも……、てんとうむしさんだけ、お揃いじゃないの……かわいそう」


 おぉっと、そんなことはないぞミリィ!

 気にせず、さぁつけろ!

 俺のことは気にしなくていいから!


「あっ……そういえば…………」


 この不穏な流れの中で、チボーが何かを思い出しやがった。

 この流れで思い出すことなんざ、往々にしてろくなことではないのだ。

 忘れろ。今すぐ記憶をなくせ。

 隕石とか、チボーの後頭部目掛けて降ってこい。


「ウクリネスさんからお預かりした物が、もう一つあったんだった」


 やっぱりかぁ……

 触角カチューシャではないにせよ、何かしらのお揃いアイテムなんだろう、どうせ。

 ウクリネスのヤツ、そういうところ抜かりないっつうか、余計な気を回すっつうか……


「これを身に着ければ、あんたもお揃いになれるぞ」


 えぇ……チボーとお揃いに…………えぇ~……


 が、しかし。

 ミリィが「よかったねぇ、てんとうむしさん」みたいな目で見てくるから、つけないわけにはいかない空気になっている。


 助けを求めようにも……エステラは俺が苦労する様を面白がって見たい派だし、ナタリアは火に油を注ぐ派だ。ルシアに至っては初期設定が敵対勢力だからな……仲間がいねぇ。


「……分かったよ」


 ここは、さっさと諦めて素直に身に着けるのが、一番傷を浅く済ませる方法だ。

 馬車の中だけつけて、到着と同時に外せば、ここにいるメンバー以外に見られる心配もない。

 むしろ、ここで約束を果たしておけば、本番で触角カチューシャをつけなくてもよくなるかもしれん。うん、そうだ。ポジティブに考えよう。


 あ、違うぞ。虫人族とお揃いになるのが嫌なんじゃなくて、触角カチューシャとか痛過ぎるだろ?

 俺、そういうのノリでもつけるタイプじゃないし……


 だが、今を乗り越えれば苦行は終わりだ。

 そう思おう。


「じゃあ、それを寄越せ、チボー」

「うむ。受け取るがいい」


 お前は何様だ。


 あ~ぁ。どうせ、ジネットやミリィが大喜びしそうな、ファンシーで可愛さ溢れるオシャレアイテムなんだろうなぁ…………と、袋に手を突っ込んで引っ張り出してみた結果、出てきたのは――黒タイツ。


「それを履けば、ワシとお揃いじゃい!」

「誰が穿くか、ボケェッ!」


 なんで俺がお前とお揃いにならなきゃなんねぇんだよ!?

 しかも二人っきりでっ!


「カタクチイワシよ。差別をなくすための第一歩だ…………ぷくすっ」

「そうだよ、ヤシロ。ボクたちは同じ人間じゃないか…………ぷぷっ」

「さぁ、ヤシロ様。黒タイツを穿き、それ以外を脱いで、完全にそこの変質者と同化をっ! …………ぷーくすくす」

「テメェらいい度胸してんな、マジで!?」


 ニヤニヤした顔でこっち見んな!


「ぁの……てんとうむしさん……」


 ミリィが、泣きそうな顔で、俺の服の袖をギュッと掴む。

 大きな瞳がうるうると揺らめいて、今にも泣き出しそうだ。

 しまったな。お揃いを激しく嫌がったせいで傷付けたか?


「ぁの人とお揃いになっちゃ…………ぃや、かも」

「よかった、ミリィがまともな感性を持った娘でっ! やっぱ、俺の味方はミリィだけだよ!」


 今、この場において、俺の心のよりどころはミリィしかいない。

 ナタリア。よくぞ呼んできてくれた。その点に関してだけは褒めてやる。

 ……さっき笑った件は絶対許さないけどな。


「てんとうむしさんは、また今度、じねっとさんとみりぃと、三人でお揃いしようね」

「え……あ、あぁ…………そう、だな」


 ……味方……なの、かな?

 笑顔で俺を死地へと追い込んでいる気がしなくもないんだが……


「それじゃあ、そろそろ出発しようか」

「ミリィたん。それからチボーよ。二人は遠慮することなく、馬車に乗るように。よいな?」

「は、はぃ…………お邪魔します」

「ワ、ワシも…………分かりました、です」

「では、皆様。ご乗車を」


 ナタリアの誘導で、ルシアから順に乗り込んでいく。


「んじゃ、チボーは馬車が出発してから、百数えて、全力で追いかけてきてくれ」

「そうする意味はまったく見出せんがっ!?」


 少しからかってやると、ムキになって俺より先に乗り込もうとしやがった。

 うん、よしよし。

 いい感じで図々しくなってきたじゃねぇか。


 こいつをきっかけに、ルシアと領民の距離が縮まれば申し分ないな。

 そして、ウェンディの結婚式に対しても、もっと前向きになってくれれば、言うことなしだ。


 意図せず訪れた幸運……なんて大層なものではないが、ウクリネスが引き止めてくれたおかげでチボーとじっくり話す機会が出来た。

 ウェンディに対する思いも聞けたしな…………『よく出来た自慢の娘』か。ウェンディに教えてやれば、きっと喜ぶだろう。


 まだ日も昇らない早朝の道を、馬車が駆けていく。

 目指すは三十五区。

 色々片付けることがある。そろそろケリをつけたいところだ。


 そして、ジネットを連れて帰って、ゆっくりとコーヒーでも飲みたいもんだ。





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