後日譚28 でっきるっかな
「おぉっ!? 綺麗なもんやなぁ」
鉄桶の中で爆ぜる色とりどりな炎に、レジーナが瞳をきらめかせる。
ここは毎度お馴染みレジーナの店。
作業台をどかして、床に鉄桶を置き花火の実験をしているのだ。
同じく、鉄桶を覗き込んでいるエステラとルシアも、色づいた炎に照らされて、燃え上がる炎を見つめている。
「思ったよりも上手くいったな」
「火の粉がこんなもんに使えるとはなぁ。自分、ホンマよぅおもろいこと考えるなぁ」
「もともとあった技術の応用だ。そんな難しいもんじゃねぇよ」
偉大なのは、花火という文化を生み出した人だ。
これを火薬でやってたんだから、命知らずな人だったんだろう。
鱗粉に火の粉で着火すると、凄まじい勢いで燃え上がった。
ちょうど、ウェンディの実家で火の粉を使った時に炎が燃え広がったような感じだ。
この鱗粉は想像以上に燃えやすい。
温度も結構上がっているようだ。火の粉はさほど熱くはならないが、鱗粉が燃える時に温度が上がるらしい。
「ヤママユガ人族の鱗粉というのは、本当によく燃えるのだな」
ルシアの顔は少しだけ強張っていた。
虫人族を多く抱える三十五区。こういう危険性をこれまで放置し続けてきたのだ。意識も変わるだろう。
「この鱗粉に、ウェンディの光の粉を混ぜればスパークとかするはずだ。そうすりゃ、もっと綺麗になると思う」
「ほなら、光の粉もらいに行こか?」
「いや。さっきセロンのところに寄って、持ってきてくれるように頼んでおいた」
「用意がえぇっちゅうか、人使いが荒いっちゅうか……ホンマ、自分、抜かりないなぁ」
「ウェンディがいなくて寂しがってるセロンを、面白い実験に混ぜてやろうってんだ。親切だろ?」
「物は言いようやなぁ」
レジーナが感心したような、呆れたような、からかうような、にまにました笑みを浮かべる。
こいつがこういう顔をする時は、わくわくしている時だ。楽しんでおきながら人を非難すんじゃねぇよ。同罪だろ、もはや。
「ねぇ、ヤシロ。どうして炎の色が変わるの?」
「炎色反応だ」
「えんしょく……?」
レジーナの家にあった、リチウムやカリウムを拝借して、鱗粉と混ぜて一緒に燃やしてみたところ、綺麗に色づいてくれた。
リチウムが赤。銅が緑。カルシウムがオレンジ。カリウムは紫。といったところだ。
「レジーナ、知ってた?」
「いいや。こんな実験、したことあらへんかったなぁ」
まぁ、レジーナは科学者ではないからな。
「でもさ。ホント、なんでもあるよね、この家は」
「そうやろか?」
「カレーの材料から、花火の材料まで……ケーキを柔らかくする粉もここで作ってるんでしょ?」
「まぁ、『作らされとる』みたいなとこもあるけどな。なぁ、自分?」
「俺が強要してるわけじゃねぇだろうが」
もともとここにあって、それを俺が「もっと用意しといて」って言ってるだけじゃねぇか。…………あ、強要してるか?
「けどまぁ、助かっていることは間違いない。感謝してるぞ、レジーナ」
「なっ、なんやねんな、改まって!? いややなぁ、冗談やないかいな。真面目に受け取らんとってんか、気持ち悪いっ」
改まって感謝を述べると、レジーナは据わりが悪そうに体をよじらせる。
つくづく、褒められ慣れてないヤツだ。
だが、なんでもあるわけではない。
ここにあるのは薬に関する物だけで、いくら『薬』と名が付いても置いていないものもある。
例えば……『火薬』とかな。
「あとは、これをどう打ち上げるか……だな」
打ち上げ花火は、打ち上げ筒の中に火薬を敷き、その上に花火の玉を載せ、火薬の爆発で夜空へと打ち上げるのだ。
花火本体は鱗粉と火の粉で代用したが、こいつを空高く打ち上げるほどの爆発力は鱗粉では出せない。
さすがに、火薬は作ったことがないからなぁ……レジーナが持ってないならお手上げだ。
「デリアやマグダに放り投げてもらうっていうのは?」
「まぁ、それも一つの手ではあるんだが……」
今日、店を守ってくれている連中には、客としてちゃんと花火を見せてやりたいんだよなぁ。裏方としてじゃなくてさ。
「どこかにいねぇかなぁ……日頃から重たいものを放り投げてて、俺の言うことを聞いてくれそうなガチムチマッチョ系のお人好し…………………………あっ」
いるなぁ。
俺、そういうヤツに心当たりあるなっ!
しかもそいつは、『何かあったら手伝ってやる』と言っていたな!?
「よし! 打ち上げ装置の目処は立った! あとは実験をして、綺麗な花火を生み出すだけだ!」
「目処が立ったって……なんもしてへんやないの? 交渉とかせんでえぇんかいな?」
「大方、言いくるめて利用しても心が痛まないような相手がいるんだと思うよ。……凄くあくどい顔してるしね、今のヤシロ」
当たりだ、エステラ。
だが、あくどい顔とは失敬だな。希望に満ちた無邪気な笑みと言ってくれ。
「カタクチイワシよ」
炎が燃え尽き、黒煙を上げる鉄桶を見つめていたルシアがこちらに顔を向ける。
炎が怖かったのか、少々表情が強張って見える。
「これから実験をするのか?」
「あぁ。花火はこう、バーっと広がってくれなきゃ綺麗じゃないんだ。手持ち花火なら、こんな感じでもいいんだが……やっぱ、爆発力が欲しいんだよな」
「まさに火遊びだな。……私は少々怖いと感じるところもあるが…………」
花火は遠くから眺めるものだ。
この至近距離で見る炎は、さすがに少し怖い。
完成形が分からない者にとっては恐怖の対象となるかもしれない。
「まぁ、十分に気を付けるさ」
花火の事故は、恐ろしいからな。
「英雄様、領主様、お待たせをいたしました」
「ようこそ。ウチの家やのに家主に挨拶せぇへんイケメンはん」
「あぁ、これは申し訳ありません! お待たせいたしました、レジーナさん」
「真面目やなぁ、自分」
「あんまりからかってやるなよ。セロンはお前みたいな変態に対する免疫があまりないんだから」
「せやろなぁ。これが自分やったら、『誰に口利ぃとんねん、生乳揉ませぇっ!』言ぅて、人の目も憚らずウチを辱めとるところやもんなぁ」
「俺はどんな変態だ!?」
「カタクチイワシの周りは、こんな連中ばかりなのか?」
「類友ですかねぇ」
ほっほぅ。付き合いの長さでは五本の指に入るエステラが何かをほざいてやがる。
誰に向かって口利いてんだよ。生乳揉むぞ、コラ。
「それで、あの。光の粉をお持ちしたのですが……」
「あぁ、すまん。これからちょっと実験をしようと思ってな。手伝ってくれないか?」
「はい。僕に出来ることでしたら、なんなりと」
それはよかった。
では、セロンには俺の指示した分量の光の粉を鱗粉に混ぜ合わせる係をやってもらおう。
ほら、俺。夜中に光ったりしたくないし。光の粉、触りたくないし。
「まずは手始めに、鱗粉と光の粉を一対一の割合で混ぜ合わせてみようか」
適当に、心の赴くままに、鉄桶の中に鱗粉を入れていく。
最初だからな。適当な量で様子見だ。
「ヤシロ。分量計らなくていいの?」
「大丈夫だ。さっき一回火をつけて、おおよその予測はついている。俺の感覚を信用しろって」
「まったく信用出来ん根拠だな」
「ルシア……お前今日、頑張って寄せて上げてきただろう? 前回よりトップが2ミリ高い」
「バケモノか、貴様っ!? 目視でそんな誤差を見抜くな!」
「一目見た時から『気合い入ってるなぁ』って思ってたぞ」
「思うな! 入っておらんわ!」
「……さすがというか…………ヤシロの感覚って、気持ち悪いくらいに正確だよね」
「おっぱいに関しては、やけどな……」
全員が納得したところで、俺はセロンに光の粉を投入させる。
こっちも目分量でいいだろう。
ザバザバザバ…………はい、ストップ!
「あとは火の粉を適当に…………よし、レジーナ。着火してくれ」
「自分でやりぃや!」
「ヤダよ、怖いもん!」
「自分の感覚を信じろっちゅうとったやろが!?」
薬剤師のくせにヘタレなヤツだ!
まぁ、そんな大量に入れたわけでもないし……
「しょうがねぇな。んじゃ、火つけるぞ」
荒縄に火をつけて火種とし、鉄桶に放り込む。
刹那――
大・爆・発。
「なにしとんねん、じぶーーーーーーーーーーんっ!?」
「火! 火を消さなきゃ!」
「限度を弁えろ、カタクチイワシッ!?」
浴びせられる罵詈。叩きつけられる雑言。
それらすべてを、俺はほとんど聞いていなかった。
…………ビ、ビビッたぁ……
「あかん! もう室内での実験は禁止や! 外でやってんか!」
「火事にならなくて、ホントよかったよ」
「惨事を撒き散らすな、カタクチイワシッ! 私は、こんな虫人族もいないような場所で死ぬのは御免だぞ」
ミリィやウェンディがいたら満足なのかよ。
もっと強く生きろよ。
「すげぇ火柱だったな……レジーナ、薬は大丈夫か?」
「まぁ、ちょっと散らかったけど……被害はないで」
「そうか。悪かったな」
「まぁ……今の爆発はウチの予想もはるかに超えてたさかい……しゃーないわな」
そう。
まさに想像以上だった。
鱗粉と火の粉を燃やした時の火の大きさを考慮して分量を決めたのだが、そこに光の粉を混ぜたことでこちらの予想をはるかに超える爆発が起きてしまった。
化学反応でも起こしたのだろうか?
「しかし……この規模の爆発は誰にも想像出来んか…………オルキオの屋敷を爆破した貴族も、こんな気持ちだったのかもしれんな」
軽く火を放ちボヤ騒ぎでも……と思った結果、大爆発。
その瞬間、一番胆を冷やしたのは火を放った本人かもしれない。まぁ、同情は出来ないけどな。
「この威力を皆に周知出来れば、件の事故も見方が変わるかもしれん」
「まぁ、それもそうなんだが……」
威力を知らしめるためにこんなことをするわけじゃない。
まして、恐怖心を植えつけるためなどでは絶対ない。
知識としてきちんと理解してほしいという側面はある。
だがそれ以上に……
「この花火は、とても素晴らしいものでなければいけない」
「結婚式とやらを盛り上げるために、だろう?」
「それもそうだが」
火薬を生み出すのではなく、この鱗粉を活用する意味がそこにあるのだ。
このよく燃える鱗粉を使用して美しく素晴らしいものを生み出し、それを認めさせなければ……
「ちゃんとそれがいいもんだって広報しなけりゃ……虫人族が危険だって、間違った認識が広がっちまうだろう?」
「あ……」
オルキオの屋敷が爆破されたのはアゲハチョウ人族の鱗粉が原因だ……なんて、そんな噂が広まれば、不当に虫人族を差別視する者が出てきかねない。それじゃ逆効果だ。
「実際、ウェンディも自分の鱗粉がよく燃えることを知って少なからずショックを受けていたしな」
親子げんかでスパークを起こした原因を教えてやった際、表面上は取り繕っていたが、顔は真っ青だった。
そりゃ怖いだろう。
「恐怖とは、得体が知れないから生み出されてしまうものだ。だったら、正体を明かしてやればいい。正しい対処の仕方を教え、有効的な使い方を示してやれば、恐怖なんか抱く必要はなくなる」
日本において、ガソリンを必要以上に怖がる人間はそういない。
正しい取り扱い方が周知され、ガソリンの有用性を多くの者が知っているからだ。
「『お前らの鱗粉は、こんなにも素晴らしいものを生み出せるんだ』って、言ってやりたいじゃねぇか」
少なからず、それで傷付いたヤツがいるならよ。
シラハとウェンディには、綺麗な花火を見せてやりたい。そう思う。
「…………カタクチイワシ……」
「うん。そうだね。綺麗な花火を見せてあげたいよね。ね、ルシアさん」
「え……あ、あぁっ、そうだな」
エステラに背を叩かれ、ルシアがはっとした顔を見せる。
そして、心の中の、正義感とか使命感とか、そういう表に見せるのは恥ずかしくて躊躇われるような感情をくすぐられたみたいな顔へと変化していく。
「私も全面協力をしてやろう。どうせ、もっと大量の鱗粉が必要なのだろう? 集めてやるさ」
「それはありがたいな。だったら、アゲハチョウ人族たちチョウチョ系の連中と……」
もう一つの懸案事項も、ここいらで解決させておく。
「ヤママユガ人族たちガ系の連中を集めて鱗粉を採取してくれ」
「チョウとガを、集める?」
「あぁ。仲良く働いて、手柄を山分けだ。それから、追々他の虫人族たちにも色々頼みごとをすると思うから、その根回しも頼む」
特に、カブトムシ人族とクワガタ人族にな。
かつて、ウェンディはチョウチョと同じように花と戯れたいと言っていた。
ウェンディの母バレリアは、『亜種のアゲハチョウ人族でさえ』という発言をしたこともある。
ヤママユガ人族は、アゲハチョウ人族に対して気後れをし、自分たちはそれよりも下位の存在だと思い込んでいる。
その思い込みから断ち切ってやらないと、差別なんてなくならない。
自分は差別される人間なんだという思い込みをなくす。それが第一歩なのだ。
「虫人族が一丸となって、他人種をあっと言わせてやる。そういう、ポジティブな催し物にしたいんだよ、今回の一件は」
それが、虫人族の誇りになってくれればいい。
それで付け上がるようなヤツはいないだろう。
誰が上で誰が下とか、そういうことじゃないんだ。
特技を持ってるヤツがすげぇって言われる。そんな単純なことでいいんだ。
「『自分なんかどうせ』なんてやさぐれた連中の目を覚まさせてやる。その協力をしてほしい」
「お前は、器の広い男なのだな。カタクチイワシ…………いや」
ルシアの目の色が変わる。
俺を見る目が、少しは改善されたのかもしれない。
「マルボシメザシ」
「グレード上がったのかどうなのかよく分からんわ!」
「アジノヒラキ」
「もうカタクチイワシでいいよ! ちょっと慣れ親しんじゃってる部分もあるし!」
どっちにしても、死んだ魚みたいな目をしてるってことなんだろ、どうせ!
「多少は見直してやったというのに……理解に苦しむな」
「お前の比喩表現の方が理解しにくいわ」
「だってほら、ルシアさんは海漁で栄えた三十五区の領主だからさ」
そんなフォローはいらん! いらんのだ、エステラよっ!
「まぁまぁ。えぇやないの。結構可愛いあだ名やん、『カタチチシャブリ』」
「カタクチイワシだよ! なんでもかんでも卑猥な方向へ持っていくな! そしてルシア、『また、貴様は……』みたいな顔すんな! 俺、被害者だから!」
ここにはアホしかいないのかと辟易していると、なんだかとてつもなく爽やかな笑みを浮かべたセロンが俺の前へと飛び出してきた。
そして、俺の両手をしっかりと握りしめる。
……やめろ。男にやられてもちっとも嬉しくない。
「英雄様……」
「……んだよ」
「感激です」
「……だから、何がだよ」
「ウェンディのことを、そこまで考えていてくださったなんて…………改めて、英雄様のお優しさに涙がっ、涙が止まりませんっ!」
やめろ! 泣くな!
この至近距離で男に泣かれるとか、罰ゲームでしかないから!
つか、お前は日に日に言葉が丁寧になっていくな!?
昔はもっとフランクに話してたろうに!
敬うな、俺を! 煩わしい!
「英雄様のためにも、僕はウェンディと幸せになりますっ! 今まで以上に、場所も弁えずイチャイチャしますっ!」
「よぉし、ならば俺がぶち壊してやろう」
「君は二人に幸せな結婚式を挙げさせたいんじゃないのかい?」
「最高に幸せな結婚式の後にぶち壊すっ!」
「なんだい、その二度手間は……目的が分からないよ」
うっさい!
俺の前でイチャコラするヤツは問答無用でギルティなのだ。
爆ぜればいい。男の方だけ。
「器が広いと思ったのだが……底は浅いのだな、カタクチイワシよ」
はっはっはぁ~っ、ま~た蔑まれちまったよ。ふんっ!
「懐の深さで言えば、陽だまり亭の店長はんがナンバーワンやろうなぁ。……物理的に」
確かに、ジネットの谷間は他の誰よりも深さがあるけどもっ! いいから黙ってろ、破廉恥薬剤師。
「なんにせよ、何かを変えようって時にはきっかけが必要になる。そして、そのきっかけは派手であればあるだけ効果を発揮する」
「四十二区の下水道、四十一区での大食い大会みたいなものだね」
幾度となく、街の改革を目の当たりにしてきたエステラだ。そこの重要性には気が付いているのだろう。
派手にやらかし、テンションを上げ、その勢いのままに改革を進める。
それがもっともやりやすい。
「この花火を使って、虫人族たちの地位向上を成そうというわけだな」
「違うよ。全然違う」
地位向上も何も、虫人族たちは低い地位にいるわけではない。
今現在、既に俺たちは平等で、向上させなきゃいけないような低い身分なんてものは存在していないのだ。
「やるのは、意識改革だよ」
『こうあるべき』『こうしなければいけない』という、凝り固まった固定概念を叩き壊し、『もっと単純でいいんだ』という当たり前の思想を叩き込む。押しつける。全身に塗りたくってやる。
「そうすりゃ、花園で領主に酌をしてもらったりも、出来るようになるだろうよ」
「――っ!?」
あの日の花園で、ルシアは確かに寂しそうな顔を見せた。
自分と、虫人族の間にある確かな壁に。埋まることはないと思い込んでいる、その溝の深さに。ルシアは落胆したのだ。
なら、その溝を埋めて壁を取っ払ってやる。
派手なイベントで、一緒になって馬鹿騒ぎすりゃ、変な遠慮なんかどっか行っちまうってもんだ。
取り繕った言葉で話しているうちは、打ち解けるなんて無理だ。
相手を気遣ってばかりいては疲れてしまう。……お互いにな。
「だからこそ、でっかい花火を打ち上げなきゃな」
「そうだね。よし! ボクが全面協力をしよう!」
「いやいや、エステラ。お前は最初から強制参加だから」
「なんだよぉ! カッコつけさせてよぉ!」
これもウェンディとセロンの結婚式の一環だ。
惜しまず協力してもらうぜ、頼りになる領主様。
「ほい。準備出来たで。実験再開や。外で、な」
「英雄様、指示をお願いします」
重い鉄桶をセロンが運び、重い粉袋をセロンが運び出す。
……お前、なんにもしてねぇじゃねぇか、レジーナ。
「よし、じゃあ始めようか、ヤシロ!」
「え、なんでお前が言うの? 俺、言いたかったのに」
「さっさと始めるぞ、カタクチイワシッ!」
「いや、だから! そういうのは立案者の俺が音頭を取って……」
「早よしぃや、じぶ~ん!」
「いや、違うんだって。俺が『よし、やるぞ!』的なな……」
「英雄様! やりましょう!」
「お前らみんな、目立ちたがり屋か!?」
結局、奪われた号令は取り戻せず、流れるように実験は始まってしまった。……締まらねぇなぁ、もう。
それからたっぷり時間をかけて、何度も何度も実験を繰り返した。
夕日が空を赤く染め、やがて薄暗くなり、辺り一面に闇が落ち始めた頃セロンが物凄く輝き始め……粉、被り過ぎだろう……
そうして、レジーナの頭脳を最大限使用して、ベストな調合比率を導き出した。
「炎に色をつけるのは、レジーナに任せてもいいか?」
「しゃ~ないなぁ。まぁ、今日はなんや楽しかったし……かまへんで、やったるわ」
珍しくレジーナが乗り気になっている。
これは、初めてレジーナが自発的にイベントに参加するフラグか?
光の粉を利用すれば、炎が四散することも分かった。
上手く組み合わせれば、なんちゃって花火は作れるだろう。
「あとは、三十五区に行って、打ち上げ係を確保するだけだな」
「三十五区へ行くのなら、私の馬車に乗せてやるぞ」
「今日はこっちに泊まるのか?」
「あぁ。エステラのところかミリィたんのところに泊まる予定だ」
「ウチに泊まるんですよねっ!? その予定ですよね!?」
「2:8でミリィたんだ」
「なんか危険なんで、ウチに泊まってもらいますっ!」
「ミリィたんが私に危害を加えるわけないだろう」
「ウチの領民の心配をしているんですっ!」
「……言うようになったな、エステラよ」
「おかげさまでね! そんな怖い顔して威圧的なオーラ出しても無駄ですからね!」
「…………ミリィたん」
「あんまりしつこいとタメ口になりますよ!?」
「百歩譲って、マグダたん」
「ヤシロ。明日の朝ウチに来て。鎖に繋いででもウチに泊めるから」
ルシアの扱いがどんどんぞんざいになっていくな。
エステラも逞しくなったものだ。
「……百歩譲られた、マグダたん登場」
「ぅおうっ!? ビックリした!?」
気が付くと、俺の背後にピタリと寄り添うようにマグダが立っていた。
……気配を出してくれ。頼むから。
暗くなってきて、実はちょっと怖くなってきてんだからよ。
「ふぉぉおっ! トラ耳っ! トラ耳っ! モフりたいっ!」
「……無理して百歩譲る必要はない」
「あぁっ!? ちょっと機嫌を損ねてるマグダたん、マジ天使っ!」
あれ?
なんだかすごく耳に馴染んだフレーズ……えっ、同じ病気の人?
「どうしたんだ、マグダ? 店は?」
「……店はロレッタが回してくれている。心強い従業員もいるし、ちょっと深刻な病にかかっているキツネ人族の棟梁もいる」
「最後のヤツがいなけりゃ、すごく安心出来たんだけどな……」
そして、その病の原因はマグダ、お前だ。
「……帰りが遅いから、心配していた…………みんなも」
みんな『も』か。
マグダは素直な娘だな。そうか、心配させちまったか。
「……折角だから、夕飯に招待する」
言いながら、その場にいる面々に顔を向け、一人一人を指さしていく。
「……アレとか、コレとか、ソレも」
「あのね、マグダ……一応、ボクたち領主だから、言い方に気を付けてね……いや、ボクはいいんだけど……」
「……下々の者に施してやろう」
「マグダ、『領主』って分かるかな?」
「……マグダの次に偉い役職」
「え、マグダはどのポジションの人なの?」
「……天使?」
「うむ! 異論はないぞ、マグダたん!」
「ルシアさんっ、甘やかさないでください! 教育上よくないので!」
なんというか、マグダはウーマロとかルシアとか、権力者を味方につける天才なのかもしれないな。
……もっとも、『変な』ってのが頭につく権力者限定だけどな。
「……レッツたこ焼きパーリー」
「そうだな。腹も減ったし、みんなで飯を食いに行こうぜ」
「ほな、ウチもたまにはお呼ばれしよかなぁ」
「お供させていただきます、英雄様」
「ボクもお腹ぺこぺこだよ」
「本当だ! 上から下までぺったんこだな、エステラ」
「うるさいよ、ヤシロ!」
「……ぷっ」
「あなたは、言うほど人のこと笑えませんからね、ルシアさんっ!?」
「なにおぅ!?」
あぁ、よく見たらこの場所……平均値が低い……
まさか、レジーナ頼みになるなんて……
「お前ら、もうちょい育てよ」
「「やかましいっ!」」
「……マグダには、まだ希望がある」
「ついでにセロンも育て」
「それは無理ですよ、英雄様!?」
にぎにぎしく、俺たちは陽だまり亭へと向かう。
そして、ふと、明日のことに思いを馳せる。
明日……三十五区で用事が終わったら…………
ジネットを迎えに行ってやろう――
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