後日譚27 服屋と半裸

「ヤシロちゃ~ん。お呼ばれに来ましたよ~」

「ヒツジの服屋さんの、ご到着やー!」


 ハム摩呂を使いに出し、ウクリネスを呼んできてもらった。

 日は大分傾いたが、まだ夕暮れには早い。そんな時間帯だ。


「呼び出してすまんな、ウクリネス。店は大丈夫か?」

「えぇ。問題ありませんよ」

「ウェディングドレスの試作もあるだろうが、また少し時間をもらいたい」

「なんです、改まって? ヤシロちゃんらしくもないですよ」


 いや、さすがにこき使い過ぎかなぁ……っと思わんでもなくてな。


「それに……実は、最近従業員を雇いましてねぇ。製作の方に集中してるんですよぉ。なので、多少なら時間は作れるようになったんですよ」

「おぉ、ついにか」

「うふふ。おかげさまで、儲けさせてもらってますからね。ヤシロちゃんには足を向けて眠れませんねぇ」

「……おっぱいを向けて寝ると、ヤシロは喜ぶ」

「まぁ、私みたいなオバサンのでもいいんですかねぇ?」

「真に受けるな、ウクリネス。そして、絶妙の間で割って入ってくるなよ、マグダ」


 乳を向けられても嬉しくはねぇよ。


 俺の持ち込む新しい服の製作と、浴衣ブーム以降客足が増えて大わらわになっていたウクリネスだったが、ついに従業員を雇うことにしたようだ。

 もっと早くてもよかったろうに、何かこだわりがあったようで難航していたのだ。

 なんでも、服を愛する心がない者には商品を扱わせたくないとか、そんなことを以前言っていた。


「いい従業員が見つかったのか?」

「オーディションしちゃいました」

「オーディション!?」


 選考会までしたのか。

 服屋の従業員って、ハードル高いんだな。


「ありがたいことに、ウチで働きたいって娘がたくさんいましてね。うふふ」

「知識とか、洋服愛とかで決めたのか?」

「それももちろん重要なポイントだったんですけど、見た目にもこだわったんですよ」


 日本でもそうだが、ショップ店員が綺麗で店の商品を美しく着こなしていると売り上げが伸びる。

 何よりもそこに憧れが生まれ、店の質が上がる。


 なるほどな。

 ウクリネスは自分では出来なかった部分を強化して、新しい客層を呼び込もうってわけだ。

 自分は作る方に回るつもりなのだろう。


「でも大変でしたよぉ。顔と、あとプロポーションのいい若い娘ってなかなかいないんですよねぇ」

「まして、服屋で働きたいヤツってなると限定されるよな」

「そうなんですよっ!」


 張り上げられた声に、苦労が滲み出ている。


「理想は、ネフェリーちゃんみたいな娘なんですよね」


 ネフェリー!?

 いや、確かにスタイルはいいけどさ…………顔、ニワトリだよ?


「女の子の間で人気あるんですよ、ネフェリーちゃん。ほら、彼女、ちょっと中性的なお顔立ちじゃないですか」

「中性的っていうか……」


 種族が違って性別の判別がしにくいっていうか……


「けど、ネフェリーちゃんは養鶏場以外で働く気はないって…………もったいないですよねぇ」


 ウクリネスが心底残念そうに言う。

 ……が、まぁ、ネフェリーならそうだろうな。

 あいつの養鶏場に対する愛情は並々ならぬものがある。

 ちょっとやそっとでその職を離れるとは思えない。

 第一……


「ネフェリーは養鶏場で働いてる時が一番輝いてるからな」


 とても楽しそうで、生き生きしていて、いい顔をしている。

 ……というようなことを言いたかったのだが。


 コンカランカランカランコロン…………


 と、入り口付近で音がした。

 ……あぁ。なんてタイミングで…………


「ぅ、えっ!? ふぁ? あ、あの……え!?」


 ネフェリーが、狙いすましたかのようなタイミングで陽だまり亭にやって来た。

 竹製のカゴが足元に転がっている。

 卵でも入っているのかと一瞬ドキッとしたが、どうやら中身はベビーカステラのようだ。蓋付きの竹カゴに守られて中身は無事だったようだ。


「あ、あのっ、ジ、ジネットがいないっていうから、何か手伝えることないかなって……あの、私、仕事終わったから! あ、あと、デリアがいるって聞いたから、ベビーカステラ焼いてきて…………だから、あの………………」

「あぁ、ありがとう。助かるよ、ネフェリー」

「ほぅっ!? ヤ、ヤシ…………あの、その……」

「それから、すまん。深い意味はないんだ。さっきの言葉」

「えっ!? わか、分かってるけど!? うん、全然分かってるっ!」

「……分かっていてもときめいちゃうのが乙女心」


 だからな、マグダ。

 絶妙のタイミングで割って入るなって……

 ほら、ネフェリーが蒸し鶏みたいになっちゃったじゃねぇか。


「ちょうどよかったです、ネフェリーさん」


 ベルティーナが、茹で上がるネフェリーに近寄っていく。

 そろそろ帰らないといけない時間だよな、ベルティーナは。

 ガキどもの夕飯もあるし。


「そろそろお腹がいっぱいなので、帰ろうと思っていたところなんです」

「働きに来たんだよね!?」


 ことあるごとに客と一緒になってお好み焼きを食いやがって…………カンタルチカにいた頃のロレッタって、こんな感じだったのかな。


「私の代わりに、フロアに入っていただけると助かります」

「う、うん! 任せて! …………って、なに、この鉄板?」

「……それは、店長代理のマグダが説明する。まずは手洗いを」


 ネフェリーのことはマグダに任せておくとして、俺はウクリネスとの会話に戻る。

 呼び出したお詫びとして、たこ焼きを一船ご馳走する。


「まぁ! 可愛らしいですね。食べながらでも構いませんか?」

「あぁ。勝手にしゃべってるから、堪能してくれ」

「では。いただきます」


 ウェンディのウェディングドレスを制作中のウクリネス。現状でも負荷は大したものだろうが……もう一つ追加で作ってほしい物が出来てしまった。

 従業員が増えたと言っていたし、ここは盛大に甘えさせてもらうとしよう。

 新たに作ってほしい物の設計図をウクリネスの前に広げる。


「……これは?」

「今度の結婚式で使う予定なんだ。かなりの数が必要なんだが、揃えられそうか?」

「これだけ単純な作りなら……可能かと思いますが」


 いいタイミングでウクリネスが作業に専念出来る環境が整ったものだ。

 よしよし。

 これでなんとかなるだろう。


 と、そんないいタイミングをぶち壊す最悪のタイミングで、とんでもないヤツが陽だまり亭に舞い込んできやがった。


「娘は!? ウェンディはいるか!?」


 そこにいたのは、俺よりもデカい巨大な蛾。

 筋肉質の上半身をあらわにした半裸のタイツマン。

 ウェンディの父親、ヤママユガ人族のチボーだった。

 今日も絶対領域が気持ち悪いぜっ!


「……変質者」

「変質者です!」

「ヤシロ、変質者だぞ!?」

「絵に描いたような変質者さねぇ」

「やだ、もう! 気持ち悪い、この変質者!」

「うわぁ……変質者ッスねぇ……」

「史上類を見ない、変質者やー」


 マグダにロレッタ、デリア、ノーマ、ネフェリー、そしてウーマロとハム摩呂。満場一致で変質者認定が下ったようだ。


「ヤシロさん」


 ドン引きの女子たちとは違い、普段通りの落ち着いた声でベルティーナが言う。


「また、変なお友達を作られたのですね」

「いや、友達じゃないんで」


 ベルティーナ的にも、チボーは『変』な分類に入るようだ。

 つか、『また』とか言わないでくれるかな? 地味に傷付くから。


「よくここが分かったな」

「娘が『英雄様』と呼んでいたらしいからな。街の入り口で聞き込みをしたんだよ」


 えぇ……『英雄様』で俺までたどり着けちゃうの……なにそれ、怖い。つか、すげぇイヤ。


「で、なんだよ、チボー? なんか用か?」

「娘はいるか!?」

「いないが?」

「隠しても無駄だぞっ!」


 チボーが叫ぶと鱗粉がぶわっっと撒き散らされる。

 やめろ。不衛生な!


「飲食店で鱗粉を撒き散らすな!」

「なら娘を出せ!」

「今は三十五区にいるよ。アゲハチョウ人族のシラハの屋敷だ」

「シラハ……様、の?」


 鱗粉、ぶわー!

 ……こいつ、マジで殴ってやろうか?


「つか、なんの用なんだよ? 何しに来たんだよ?」

「娘を連れ戻しに来たんだ!」

「まだそんなこと言ってるのか?」

「聞けば貴様! 娘の結婚を見せ物にしようとしているそうだな!?」

「見せ物っていうか……まぁ、みんなで祝福しようぜ、みたいな?」

「その見せ物に、ワシやカーちゃんも出ろと、そう言ったそうだな!?」

「あぁ。言った」


 肯定すると、チボーは俺の胸倉を強く掴み、ひねり上げた。

 息が出来ない……っ!

 が、それより何より、チボーの顔が近付いてくるのが耐えられない! 気持ち悪過ぎる!


「臭っ! 息、臭っ!」

「臭くないわバカァ!」


 と、臭い息で怒鳴るチボー。

 こいつ、娘がさらし者にされると思って怒っていやがるのか?

 娘だけでなく、自分や、最愛の妻までも……


「貴様はワシに、こんな恥ずかしい格好で人前に出ろと言うのかっ!?」

「あ、自覚はあったんだ」


 つか、自分のことで怒ってたのかよ。


「ワシら一家を笑い者にする気か!?」

「大丈夫だ。笑われるのはお前一人だけだ」

「……いや。笑えない」

「ですね」


 俺の背後から、俺以上に辛辣な意見が聞こえてくる。

 マグダとロレッタ。正論は、時に人を傷付けるから、気を付けろな。


「そういうお話でしたら、私に任せてくれませんかねぇ? 私が服を作ってさしあげますよ」


 柔らかい声がして、ウクリネスが立ち上がる気配がする。

 振り返ると……


「服屋として、そちらの方の格好は断じて許せませんのでっ」


 ……メッチャぶち切れた顔をしていた。

 ウクリネスが初めて見せる表情だ。正直、超怖い。


「なんですか、その全裸に黒タイツというファッションを侮辱するような格好は」

「あ、いや……これは、その……獣特徴のせいで着られる服がなくて……」

「ないなら作ればいいでしょう?」

「いや、しかし…………そんなお金は……」

「お金? お金を理由に品性を捨てるのですか!? そんなことが許されますか!? いいえ許されません! 許されませんとも!」

「お、おっしゃる通りで…………でも、ですね……?」

「あぁ、もう! 見れば見るほど不愉快です! なんですか、なんなんですか、その格好は!? 私への挑戦ですか? いいですとも、受けて立ちましょう!」


 ウクリネスの放つ怒気に、チボーの表情が夫婦ゲンカの際の情けないものへと変わる。

 こいつ、強く言われるとヘタレるんだよな。


「ヤシロちゃん! ちょっとこの変質者、お借りしますね!」

「おぉ。煩わしいから持って帰ってくれると助かるよ」

「いや、待て! まだ結婚式とか、そういう話が……!」

「式に出席しても恥ずかしくない紳士的な服を、私が作ります! それで文句ないでしょう!?」

「え、あ、いや……それはその…………」

「なんですか!?」

「……いえ、よろしくお願いします」


 勝者、ウクリネス~。


 まぁ、この変態タイツマンを衆目にさらしていいのかってのは一つの懸案事項ではあったのだ。

 ウクリネスが意欲に燃えているから、きっと上手く解決するだろう。

 よし、丸投げしておこう。


「さぁ、付いてきてください。一秒でも早く服を作って着てもらいますからね。こんな美意識に欠ける半裸タイツなど…………ノーマちゃんやナタリアちゃん以外認めませんからねっ!」

「アタシはそんな格好しないさねっ!?」

「うっわっ! 見たい!」

「しないさねっ!」


 という前振りがあって……ゆくゆく…………むふふ。

 そんな未来に期待をしておこう。


「では、ヤシロちゃん。この資料、もらっていきますね。きちんと期日までに揃えておきますので! では!」

「あの、ちょっと!? ワシ、まだ話が……あのぉっ!?」


 チボーの首を掴み、ウクリネスが資料を小脇に抱えつつ陽だまり亭を出て行く。

 バサバサと羽を暴れさせていたチボーだったが……抵抗虚しく連行されていった。

 ……あ~ぁ。床、鱗粉まみれだな。


「ヤシロ?」


 ウクリネスたちと入れ違いで、エステラが陽だまり亭へとやって来た。

 ドアから顔を覗かせ、外へと視線を向ける。


「今、半裸の変質者がウクリネスにひっ捕らえられていったけど?」

「そりゃ、ウェンディの父親だよ。お前も見たことあるだろう」

「あ、ごめん。ボク、記憶の汚点はすぐ忘れるようにしてるんだ」


 なんて都合のいい作りをしてんだ。

 けどな、記憶は大切にしろよ。

 ……あんな変態と、何回も『初対面』したくないだろ? 心臓への負荷が半端じゃないからな。記憶して、耐性をつけることも時には重要なのだ。


「まったく。貴様のいるところはいつも騒がしいのだな、カタクチイワシ」

「ルシア!?」


 エステラの後ろから姿を現したのはルシアだった。

 なんで四十二区にいるんだ?

 ギルベルタはジネットたちの護衛でシラハの屋敷にいるだろうし、一人で来たのか?


「ギルベルタがいなくてつまらんから遊びに来てやったぞ」

「仕事しろよ」


 気分次第で職務を放棄するんじゃねぇよ、お前は、毎回毎回……


「つか、さっきの変質者は、お前んとこの領民だからな?」

「変質者? ……それなら、今私の目の前にいるが?」

「俺じゃねぇよ! さっき出てった変態半裸タイツマンだよ!」

「アレは獣特徴故のことだ。なんらおかしなことではない」


 お前の獣人族贔屓凄まじいな!?

 あの半裸タイツマンを『おかしなことではない』って言えるの、お前とジネットくらいだぞ、たぶん。実の娘のウェンディですらちょっと引いてたのに。


「あんなもんと比べるなよ、爽やかなイケメン紳士のこの俺を」

「冗談は顔だけにしろ!」

「誰の顔が冗談だ!?」

「その冗談みたいな顔を取り外せ!」

「無茶言うな!」


 なぜチボーが許容出来て俺が出来ないのか。ルシアの美的センスを司る脳の機能は、どこかで深刻なエラーが発生しているとしか思えない。


「それよりヤシロ。オルキオはどうだった?」

「当たりだ」

「よし。じゃあ、計画実行だね」


 エステラには、昨日の帰り道で色々と話を聞かせてある。

 まぁ、要するに「ド派手なパレードをするぞ」ということなのだが、多区に亘る企画のため色々調整しなくてはいけない部分があるのだ。

 おそらく、そこら辺の話し合いも含めて、ルシアはここに来ているのだろう。


 三十六区から三十九区の領主にも、一応話を通しておきたいしな。

 その際は、四十二区のエステラが言うよりも、三十五区のルシアが話をした方が丸く収まる。

 まぁ、途中の区は通過するだけだから、特に何があるわけでもないだろうが。

 根回しはしておいて損はない。貴族ってのはそんなもんだ。


「ヤシロォ……なんだったの、さっきの変な人……」


 ネフェリーが塵取り片手に顔を引き攣らせている。

 うん。お前も十分変な人に分類されると思うけどな。

 しかし、なんだな。こいつのニワトリフェイスを見慣れちゃってる自分に危機感を覚えるな。


「すっごくいっぱい、変な粉撒き散らしていったんだけど……」

「興奮してたからなぁ……あ、それ鱗粉なんだ」

「えぇ……なんか汚ぁい……」


 こらこら。

 ウェンディも出すんだぞ、それ。発言には気を付けてやれよ。


「チボーは人間を警戒しているからな。興奮も一入だったのだろう」

「自分たちが見世物にされると、そして物笑いの種にされると思って乗り込んできたらしい」

「それで騒ぎを起こしては、結局多くの者に奇異の目を向けられるというのに……愚かな」


 自区の領民の不手際を嘆くように、ルシアが肩をすくめる。

 半裸タイツのオッサンが鱗粉撒き散らして歩いていたら、まぁ、見るよな。


「大方、人間である私たちと一緒にいたところを見られでもしたのだろう」

「それで、人間が総出でウェンディを結婚させようとしている……ってか?」

「確かに、三十五区の領主であるルシアさんがこちらに協力しているって知ったら、焦るかもしれないね、ウェンディの両親は」

「うむ。エステラの言う通りかもしれんな。私が動いたことで、あらぬ不信を買ったのかもしれん」


 俺たちだけなら聞く耳持たない作戦で突っぱねることも可能だろうが、領主が相手ではそうもいかない。

 もし本当に、俺たちとルシアが一緒にいるところを目撃したのだとすれば、チボーたちは相当焦ったことだろう。


「もとより、『貴族』というものに対し、信頼など寄せてはいなのだろうがな」


 自嘲気味にルシアは呟く。

 虫人族が人間を警戒するようになった原因の一つに、シラハの負傷があるからな。

 シラハを傷付けた貴族を敵視している者は、きっと多いだろう。


「ウェンディの両親は、貴族を警戒しているんだろうね……もともとは、シラハさんのことがきっかけで人間を警戒するようになったわけだし」

「うむ。そうであろうな」


 誰に言うでもなく呟いたエステラに、ルシアが答える。


「オルキオの親族が屋敷に火を放ったというのが知れ渡ってな」

「犯人はすぐに特定されたのか? 状況証拠だけなら、なんとでも言い逃れ出来そうだが」


 実際、貴族や権力者はそうやって事実を揉み消すことが多い。

 オルキオの親族も貴族だったんだ、それくらいはやるだろう。そうやって揉み消す自信があるから、放火なんて大それたことを仕出かしたのだろうし。


「言い逃れは不可能だったさ。凄まじい火災になって、辺りを焼き尽くし、大きな爆発まで引き起こして屋敷が吹き飛んでな……相当問題になったのだ」


 ……爆発?

 放火で、爆発?


「それが原因で、オルキオの一族は王から貴族の権利を剥奪され平民に落とされたと聞いている」

「厳しい罰ですね。被害者であるオルキオも貴族の権利を剥奪されるなんて……」

「貴族同士の揉め事は両成敗というのが、古くからの慣例だからな」

「まぁ、屋敷が吹き飛ぶほどの業火を放つというのはやり過ぎですよね。オルキオは気の毒だけど、親族の方は剥奪も仕方なしって感じですよね」

「いや。おそらくだが、親族もそこまでの大事にするつもりはなかったんだと思うぞ」

「え?」


 シラハの屋敷で聞いた話によれば、親族はオルキオとシラハの結婚を解消させようと嫌がらせを始め、それに反発されたことでムキになった節がある。

 その当時は相当頭に血が上っていただろうが、それで夫婦もろとも息の根を止めてやろうとはしないはずだ。精々『痛い目に遭わせてやる』くらいの気持ちだったことだろう。


 だが……


「火を放って脅すだけのつもりだったオルキオの親族にとって、一つの誤算があった」

「誤算?」

「オルキオとシラハの住んでいた屋敷には、シラハの鱗粉が大量に舞っていたんだよ」

「あ……っ」


 一度、ウェンディの実家で鱗粉が燃え上がる様を目撃しているエステラ。その威力のほどは察しがつくだろう。

 一緒にいられる喜び。

 親族から受ける嫌がらせへの憤り、悲しみ、苦悩……

 そんな感情の変化が、シラハに鱗粉を噴出させていたのだ。


 そして、そんなこととは知らない親族が火を放ったところ……


「鱗粉に引火して、一気に炎上……爆発してしまった。ってとこだろうな」


 粉塵爆発ってものがある。

 その破壊力は想像を絶する。

 たかが粉と侮るなかれ。

 小さな粒だからこそ、空気中に舞い、目視しにくく、燃えやすいのだ。


「なるほど。軽い気持ちで……まぁ、放火はどう考えても許せないけれど……そこまでの大事になるとは思っていなかったっていうのは、信憑性があるね」

「ふむ。カタクチイワシにしては理に適った推論だな」


 まぁ、あくまで推論の域を脱しないけどな。

 けれど、それが立証されれば、虫人族たちの見る目も変わるかもしれない。

 シラハが触角を失うことになったあの事故が、完全なる故意ではなかったということが知れれば、少しくらいは、な。


「ん? ……あ、そうかっ!」


 ネフェリーの持つ塵取りに視線をやる。

 こいつは、使えるかもしれない。


「ちょっと出かけてくる! ネフェリー。この鱗粉、袋に詰め込んでおいてくれないか?」

「ちょっとヤシロ、どこ行く気よ?」

「この鱗粉を活用出来るヤツのところだよ」

「はぁ?」

「ヤシロ。何か思いついたんだね。ボクも付いていっていいかな?」

「好きにしろよ」


 訳が分からないという顔をするネフェリーの横で、何かを悟ったような顔をしたエステラがほくそ笑む。

 エステラの場合は、何かが分かったっていうより、「なんか知らないけど面白そうだ」って顔だけどな。


「ヤシロ。出かけるんかぇ?」

「なんだよ。そろそろ夕飯時だから客が増えるぞ?」

「まぁ、オイラたちだけでも回せるッスけど……不安ではあるッスね」


 ノーマにデリア、そしてウーマロが不安そうな顔で集まってくる。

 今日一日で、こいつらはお好み焼きと焼きそばをマスターしていた。

 任せても問題ないだろうが……


「今日頑張ってくれたら、結婚式の時に特等席でいい物を見せてやる」

「それが、これから作ろうとしてるものなんさね?」

「なんか知らねぇけど、そういうことなら任せとけ! どれだけ客が来ても捌いてみせるぜ! ウーマロが!」

「丸投げされたッス!?」


 こっち三人は若干不安ではあるが、まぁ、マグダとロレッタがいれば大丈夫だろう。

 ……って。なんだか、立場が変わっちまったな。

 昔は、マグダとロレッタに不安を感じて、ジネットがいれば大丈夫だろうって思ってたのにな。


「期待に応えろー、ウーマロー!」

「お前が言うなッス! あと呼び捨てやめるッスよ、ハム摩呂!」

「はむまろ?」

「よし、ウーマロ。ハム摩呂に付いて、しっかり接客してくれよ」

「えっ!? オイラ、ハム摩呂の下ッスか!?」


 こんな変化を、少し嬉しいと思っちまうあたり……俺も随分毒されてるよな。ジネットのお人好しオーラに。


「それじゃあ、ヤシロ。行こうか」

「おう」

「ルシアさんはどうしますか?」

「はぁ、はぁ…………こ、この店には獣人族がこんなにたくさん…………て、天国かっ!?」

「よし、エステラ。踏ん縛ってでも連れて行くぞ」

「うん。そうだね」


 エステラも、ようやくルシアの扱いに慣れてきたらしい。

 そうそう。こういう手合いは甘やかしてはいけないのだ。

 強制連行。刃向うようなら、強制送還だ。


「ハム摩呂とやらっ! 一度、一度でいいからモフらせてくれっ!」

「はむまろ?」

「はいはい。青少年に手を出すと、さすがのルシアさんでも訴えますよ」

「ハム摩呂ぉーっ!」

「見たことない女性の、魂の叫びやー」


 獣特徴丸出しのハム摩呂が甚くお気に召したらしい。

 ルシアが男にここまで興味を示したのは初めてな気がする。

 ……まさか、ハム摩呂が初恋?

 いやいやいや。


「でなければ、あのキツネ娘の尻尾をモフらせろぉ!」

「じゃあ、俺はおっぱい担当で!」

「エステラ! 早くその二人を外へ放り出すさねっ! 早くっ!」


 煙管をビシッと構えて外を指し示すノーマ。

 なんだよ。ケチ。減るもんでもなし……むしろ増える可能性が高いのに。


「ルシアが変態過ぎるせいで警戒されてしまった……」

「大丈夫。二人揃って十分過ぎるほど変態だからね」

「言うようになったな……エステラよ」


 エステラに首根っこを掴まれて、俺とルシアは陽だまり亭から引き摺り出されてしまった。


 外に出ると、マグダとロレッタが見送りに出て来てくれた。


「お兄ちゃん。お店のことはあたしとマグダっちょに任せるです! でも、お仕事が終わったら、また一緒に遊んでです!」


 最近、何かと走り回っていて、こいつらと過ごす時間が取れていなかったな。

 時間が出来たら思いっきり遊んでやるか。


「……ヤシロ」


 そして、店長代理の名のもとに、現在陽だまり亭の最高責任者となったマグダが頼もしい無表情で俺を見つめる。


「……帰ってきたら、マグダが最高に美味しいたこ焼きをご馳走する」


 まぁ、正直。一日中ソースの匂いを嗅いでいて……ちょっと飽きてきてはいるのだが。


「おう! 楽しみにしてるぞ!」


 マグダが最高に美味いって言うんなら、食わないわけにはいかないよな。

 夕飯はたこ焼きに決定だ。


 マグダとロレッタに見送られ、俺と領主二人は大通りに向かって歩き出す。


「どこ行くのさ?」

「レジーナのところだ」


 目指すはレジーナの薬屋だ。


「その鱗粉をどうするつもりなのだ、カタクチイワシよ?」

「こいつを使えば、いい物が作れるんじゃないかと思ってな……」


 ネフェリーから受け取った袋詰めの鱗粉をぽんと叩き、密かな野望を燃やす。

 こいつが完成すれば、きっとこの街の歴史が変わる。

 どんな催し物も、一発で大盛り上がりに出来る、究極のアイテム。



「打ち上げ花火を作るぞ」



 レジーナなら、それが出来る。

 そんな気がするんだ。





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