後日譚16 ナタリアとロレッタはモデル体型
「先ほど、先方には早馬にて手紙をお送りいたしました」
「そうか。ありがとね、ナタリア」
陽だまり亭の入口で、ナタリアが報告をしてくれる。
エステラもホッとした表情を覗かせる。
ギルベルタが職務を放棄して遊びに来てしまったために、俺たちは……というか、主にエステラが、なんやかんやとてんやわんやしていた。
「想定外の出来事っていうのは領主の仕事にはつきものだけど……さすがにこれは想定外過ぎたね」
「申し訳ない思う、迷惑をかけて、私は」
「そう思うのであれば、少しは反省していただきたいものですね」
ナタリアの口調はいつになく厳しめだった。走り回されて少し怒っているのか……いや、同じ給仕長として職務怠慢が許せないのかもしれないな。
「まぁ、ギルベルタも反省しているようだし、今回は大目に見てやれよ」
「職務怠慢は許容されると?」
「悪気があってのことじゃないんだ。今回だけは、な?」
「では、私も今度職務を放棄してヤシロ様とデートいたします」
「そうはさせないよ、ナタリア!」
「大丈夫です。一切悪びれませんので」
「悪気がないのと悪びれないのはまったく違うからね!?」
ただ単に、自由奔放なギルベルタが羨ましかっただけのようだ。
……ナタリアも十分奔放に見えるけどな。まぁ、職務に対してはきちっとしているか。
「明日会ったら、俺からも説明してやるよ」
「怒りの矛先が向くのはおそらくヤシロだろうしね。命は大切にね」
「……怖いこと言うなよ、エステラ」
そうなることは火を見るより明らかなんだが……ルシア、怒るんだろうなぁ…………なんでか俺に。
「お詫びに手伝いをする、私は、友達のヤシロの。なんでも言ってほしい思う」
「いや、別にそこまでしてもらわなくてもいいけどよ」
「なんでも言って、私に。力持ちの自信ならある、私は」
獣特徴の少ないグンタイアリ人族のギルベルタだが、パワーには自信があるようだ。やっぱり、とてつもないものなのだろうな。
ちなみに、ギルベルタの触角は前髪に隠れているのだが、ジッと見つめると確かにその存在を確認することが出来る。自分の意思でぴこぴこ動かすことも可能らしい。
ウェンディやミリィも動かせるのかな? あんまり見たことないんだけどな、動いてるところ。
……と、俺がジッと触角を見つめていると、不意に触角が「ひょい」と髪の毛の中に隠れてしまった。
視線を落とすと、ギルベルタが少し照れたような表情で俺を見ていた。
「少し恥ずかしい、あまり見つめられると、私は……」
「あ、すまん」
「ヤシロ様。聞いた話によりますと、獣特徴というものは個体差があることから、結構恥ずかしいと思う方も多いのだそうですよ」
「そうなのか?」
「はい。ヤシロ様の大好きなおっぱいも、大きさが人それぞれですから恥ずかしいと感じるのではないですか? それと似たようなものです」
ケモ耳をモフるのがおっぱいを揉むのと同義――ってのは、そういうところからきているのかもしれないな。
……で、「ヤシロ様の大好きな」っての、必要だった?
「……マグダの方が力持ち」
ネコ耳をピコピコさせて、マグダがギルベルタに対抗意識を燃やす。
マグダより力が強いヤツなんてそうそういないだろうに……
「あたしの方が獣特徴少ないですっ!」
ロレッタも、なんだか分からない対抗意識を燃やしているが…………お前、それ誇れることなのか? 特徴ないってことじゃね?
「おっぱいは上、私の方が」
「……ぐぅ」
「ぐぅの音も出ないです……いや、マグダっちょは出てましたですけど、さっき」
「どこで張り合ってるんだい、まったく!?」
胸では勝ち目のないエステラが不公平な勝負に物申している。
その横でナタリアが「ぷっ。二つの意味で小さいなぁ」みたいな笑みを漏らす。
「この店では……おっぱいの大きさが重要視されると思っている、私は」
「「「おっしゃる通りだ」」」
「そんなことないですよ!?」
クイーンオブおっぱいが慌てて厨房から出てくる。
大いなる二つの山が存在感たっぷりに揺れている。
「そんなにぶるんぶるんさせながら言っても説得力ないぞ」
「さっ、させてませんよっ!?」
「いや、してるよ、ジネットちゃん……」
「……格差を感じる」
「圧倒的おっぱい力です……」
「やはり桁が違う、最高責任者は」
「もうっ! みなさん、やめてくださいっ!」
がくりと肩を落とす普通~ぺったんこ連盟。
ただ一人余裕をかましているのはナタリアだ。
「あ。私はそれなりにありますので、他の方とは違いますので」
こいつはどこまで行ってもマイペースだな。たまに羨ましくなるよ。
「ところでみなさん、お茶などいかがですか?」
「そういえば、ランチのお客さんも捌けて、ちょっと落ち着いたですね」
「……休憩するには頃合い」
おっぱいから話を逸らそうと、場の空気を変えるジネット。
ちょうど昼のピークが過ぎて客がいなくなったところだ。お茶を飲むにはもってこいのタイミングだろう。
「手伝うか、私は? 何か出来ることはあるか、友達のジネット」
「では、お茶受けを運んでください」
「任せてほしい、私に!」
ギルベルタを連れて、ジネットが厨房へと引き返していく。
「あぁ……平均おっぱい力が半減した」
「どうしてそういう余計なことを言うかな、ヤシロは?」
「今、この場においては私がナンバーワンですね」
「どうしてそういう余計なことを言うかな、ナタリアも!?」
怒っても揺れないエステラが暴れるがやはり揺れない。侘びしいものよのぅ。
「ナタリアも一休みしていくか?」
「では、お言葉に甘えましょう」
「……ねぇ、嘘でもいいから一言ボクに断りを入れてくれないかな? 一応、主なんだけど?」
主の許可なく自由に休憩を取る給仕長。
なんともホワイトな職場じゃないか。
適当な席に座ってジネットたちを待つ。
厨房から物音が聞こえるから、何かを作っているようだ。
ギルベルタに、お茶受けを作らせてやっているのかもしれない。なんとなく、やりたがりそうだもんな、あいつ。
「こんにちは~。お邪魔いたしますよ」
ひと段落するタイミングを見計らっていたかのように、ウクリネスがやって来た。まぁ、見計らっていたのだろう。こいつはいつも、こちらの空いた時間に顔を出す気の利くヤツだ。
「あぁ、よかった。ロレッタちゃん、いますね」
「へ? あたしです?」
「あらっ、ナタリアちゃんも! ついてますねぇ、私!」
「私に何か用でしょうか?」
ロレッタとナタリアを見てテンションを上げるウクリネス。ぴょんぴょんと跳ねている。
背中に服が入っていそうな大きな袋を背負っているところから見て、何か着せたい衣装でも持ってきたのだろう。
「ウェンディちゃんのドレス、いくつか作ってみたんですけど、試しに着て見せてほしいんですよ」
「ドレスですか!? やるです! あたし着るです!」
「私も、問題ありません。ちょうど暇を持て余していたところですし」
「君は現在勤務中のはずだよ、ナタリア……」
驚き方が普通のロレッタと、主の存在をガン無視し続けるナタリア。
けど、なんでこの二人なんだ?
「ボクたちにはないのかい?」
「……モデルといったらマグダ。四十二区の常識」
「あぁ、ごめんなさいねぇ。今回は、本当にお試しなんですよ。制作途中で、誰かに着て見せてもらいたいだけなんです」
言いながら、ウクリネスが取り出したのは美しい純白のドレス。
だが……、言われてみれば、確かに完成品という感じがしない。
ウクリネスの服なら、見た瞬間に「おぉっ!?」ってなるような迫力があるはずだ。
「ウェンディちゃんと似た体格の人、知り合いにはいないんですよ……なかなか」
「なるほど。確かに、私はウェンディさんとほぼ同じ背丈ですね……胸は圧勝ですけどもっ!」
「勝ち誇らないで、ナタリアッ! 身内としてちょっと恥ずかしいから!」
グッと背を反らし、最大限に胸を強調するナタリア。
お前なぁ……ホンット、ありがとうございますっ!
「こっちのドレスは、胸元にかなりの余裕を持たせてあるから着られるはずですよ」
「胸の部分がゆるゆるですね…………『ヤシロ様ホイホイ』と名付けましょう」
「名付けんなっ!」
「これだけ谷間がチラリズムしていたら、確実に引っかかるでしょう?」
「当然だっ!」
「自信持って言うことかな、それ!?」
確かに、このドレスを着れば胸元の色んなところがチラリズムすることだろう。
俺も思わず食いついちまうさ、二つの意味でっ!
「でも、なんでここまで大きくしたんだい?」
「ナタリアちゃんがいるとは思いませんでしたから……」
……と、ウクリネスの視線が厨房へと向く。
「あぁ、なるほど。ジネットサイズか」
「こ、こんなに、なのかい? ジネットちゃんのアレを収めるためには、こんなに布が必要なのかい?」
「……これは、私も少し胸が苦しいですね。物理的にはゆるゆるですのに」
ジネット用に作られた胸元。そりゃ生地も余るわ。
しかし、身長や体形はナタリアの方がウェンディに近いということで、胸元はピンで押さえてナタリアに着てもらうことになった。
「こっちは全体のシルエットを見せてほしいから、胸元は気にしないでね。もし見えちゃいそうなら下にシャツとか着てね」
「あえて、何も無しでっ!」
「ちゃんと着て、ナタリアッ!」
「頑張れナタリア! 俺は応援するぞ!」
「黙って、ヤシロッ!」
大きな仕事に臨む部下がいたなら、本人の意思を最大限に尊重してやる、それが上司たる者のあり方だと、俺は思うな!
「胸の部分は、ロレッタちゃんに合わせてもらいますね」
「あぁ……確かにあたし、ウェンディさんと同じくらいの大きさです…………けど、胸だけって……なんか悲しいです」
「何を言う、ロレッタ!? おっぱいに需要があるのはいいことじゃないかっ!」
「お兄ちゃんはちょっと黙ってです!」
なぜだ!?
まったく需要の無いおっぱいが、いかに悲しい存在か、お前には分からんのか!?
「……ロレッタ。エステラの前で、失礼」
「今は君が一番失礼だよ、マグダ!?」
「そうだぞ、マグダ。エステラのぺったんこは、一部マニアに絶大な需要があるんだ」
「それは素直に喜べないよ!?」
まったく。どいつもこいつも需要があることのありがたさを理解していない……
誰にも必要とされないことが、どれだけ悲しいか……
「とにかく、ロレッタ。ウクリネスに協力してやれ」
「それはもちろんです。ウェンディさんの結婚式のため、ひいては、お兄ちゃんの利益のためです。一肌も二肌も脱ぐですよ」
「じゃあ、真っ裸で頑張れ、乳モデルッ!」
「今の一言でやる気がちょっとなくなったですよ!?」
気難しい年頃め。
素直におっぱいモデルをやりゃあいいんだよ。
そんで、これをきっかけに本格的におっぱいモデル業に精を出し、ゆくゆくはおっぱいモデル界の最高峰『パイコレ』に出場しちゃえばいいじゃない。YOU、出ちゃいなよ。
「それじゃあ、二人とも。ちょっと奥まで来てくれますか? あ、ジネットちゃんは厨房ですよね? 了承をもらってきますね~」
「……ウチの厨房が、すっかり更衣室になっている」
「中庭に出て着替えるんだろうから、まぁ、セーフだろう」
厨房でバタバタされちゃ堪らんからな。
……つか、なんで陽だまり亭でファッションショーもどきをやることになってんだかなぁ……
「……逆にこちらも着替えて、出てきたロレッタたちを驚かせるというのも、あり」
「いや、それはそれで面白そうだけど……見ててやれよ。ウクリネス、感想とか意見が聞きたくてわざわざここまで来たんだろうし」
「未完成な状態を見せてくれるって、結構珍しいよね。ボクはがま口の試作に立ち会ったけど、服は初めてかな」
そういやこいつは、祭りの時にがま口を作らせてたっけなぁ。
「ヤシロさん。何か面白いことが始まるんですか?」
「厨房に入ってきた、見たことない人が」
お茶とプリンを持って、ジネットとギルベルタが戻ってくる。
お茶にプリン……?
あ、俺はコーヒーなのか。よかった。
「ウェディングドレスの試作なんだと」
「そうなんですか!? わぁ、楽しみです」
全員にお茶を配り、ジネットが俺の隣に腰を下ろす。
四人掛けのテーブルの隣だ。
どうもその席を狙っていたらしいマグダとギルベルタが「なにっ!?」みたいな顔をしている。
「……むぅ。どのプリンが一番大きいか見て回っているうちに特等席を取られてしまった」
「少し油断して出遅れた、私は。やはり、いい席は埋まるのも早い」
「え? あ、あの? わたし、何かいけなかったですか?」
「いや、好きなところに座ってればいいんだよ、こんなもんは」
別に、俺の隣に座ったからといって何かいいことがあるわけでもない。
ただ、以前は向かいに座ることが多かったジネットが、最近は隣に座ることが多くなった気がする。
人数が多い時は向かいより隣が多いかもしれないが。
「あ、あの。ウェディングドレスの試作を見せていただけるなら、ヤシロさんのそばにいた方が色々お話を聞けるのではないかと…………け、決して他意があったわけでは…………ど、退きましょうか!?」
「いや、いいから! そこに座ってろ!」
ここで変に退けられたりしたら余計意識しちまうだろう?
もう、隣に座ってろ。気を遣うな、そんなとこで。
「では、友達のジネットの隣に座る、私は」
空いている椅子を持って、ジネットの隣へ腰を下ろすギルベルタ。
ギルベルタ、ジネット、俺、ちょっと間が空いてエステラが座っている。
「……マグダは、ここ」
そして、当然のような顔をして、マグダが俺の膝に乗っかってくる。……うん、なんとなく予想ついたけどね。
「……ねぇ。ボクも、ちょっとそっち行っていいかい?」
ちょっとだけ離れた位置に座っていることに寂しさを覚えたのだろう、エステラが椅子ごと近付いてくる。
どいつもこいつも寂しがりやがって。たかが試作品のお披露目くらいで、大袈裟な。
「はぁいはい。お待たせしましたねぇ…………って、なんだかごちゃっと集まってますね?」
「まぁ、審査員だとでも思ってくれ」
厨房の方を向いて横一列に並んで座っている様は、さながら審査員のようだ。
クオリティの低い審査員だけどな。威厳の欠片もない。
何より、衣服に精通しているのが俺しかいない。……いや、ほら。俺はプロとして色々作ったし。有名ブランドの偽…………まぁ、いいじゃないか、過去のことは。
「わたし、お裁縫好きなので、ウクリネスさんの試作が見られるなんて嬉しいです」
「技術を盗む気か?」
「盗むだなんて……参考にする程度ですよ」
同じようなもんだと思うけどな。
「……マグダは裁縫をしないので、ウクリネスの試作品を借りて有耶無耶なまま返さない感じがいい」
「それは本当の意味で盗んでるな」
それは全力で止めなきゃな、マグダのためにも。
しかしマグダのヤツ、なんか落ち着きがないな。まさか、割と本気で悔しがってたりするのか? 自分がモデルに選ばれなかったことに。
「……ロレッタ。今日も泊まっていけばいいのに」
「昨日の夜、そんなに楽しかったのか?」
「…………寝ている時に、口にプリンをなみなみと注ぎ込む」
「やめてやれな。さすがにロレッタが不憫だ」
拷問なんだかご褒美なんだか分かんなくなるから。
ロレッタなら、ちょっと喜んじゃいそうなんだよな。プリン、好きだし。
「今度、マグダのドレスも見繕ってもらわないとな」
「…………ウェディングドレス?」
「なんでだよ……。結婚式に行く時は、俺たちもオシャレして行くんだよ」
「……ヤシロも?」
「みんなだ」
「…………そう」
マグダの耳がぴんっと立ち、尻尾がゆっくりと横に振れた。
どうも機嫌が直ったようだ。
「……なら、ロレッタとお揃いのドレスでも可」
「お揃いがいいのか?」
「…………でも、可」
なんだかんだと仲良しのマグダとロレッタ。
一方的にとはいえ、少しやっかんでしまったことへの反省が含まれているのかもしれない。
「……揃いのドレスで、如何にマグダの方が可愛いかを白日の下にさらすのも有り」
…………仲、いいんだよ、な?
「……ロレッタには、気の毒なことになる」
「まぁ、あいつなら、それでも喜ぶだろうよ」
「……確かに。ロレッタは可愛いところがあるから」
「年下が言うなよ」
「……年下でも、格上」
「言われ放題だな、ロレッタ」
格上なんて言葉が本心かどうかは分からんが、もしこの先ロレッタの身に何か問題が発生したら、マグダはきっと何がなんでも守ってやるだろう。
友達として。職場の先輩として。
それはロレッタも同じなんだろうけどな。
「あ、ヤシロ。出てきたよ。ナタリアだ」
エステラに言われて視線を向けると、カウンターを越えてナタリアがこちらに来るところだった。
おぉ……これは、なかなか。
「胸のところもすっきりとさせてもらいました。いかがでしょうか?」
ナタリアの言う通り、アレだけ余っていた胸元の生地が気にならないように留められている。
体のラインがはっきりと出る美しいシルエットのドレスは、スタイルのいいナタリアによく似合う。
「綺麗だな。凄くいいよ」
「ありがとうございます、ヤシロ様。ですが、私はドレスの感想をお聞きしたのですよ?」
「うん。俺もドレスの感想を言ったんだけど?」
「ドレスを脱いで全裸でここに立っても、同じ感想をいただけると思うのですが?」
お前はどこまでもポジティブだなぁ。
とりあえず、食堂で全裸はやめてもらおうか。
「ただ、少々動きづらいですね」
「いいんだよ、ウェディングドレスはそれで。花嫁は動き回らず、優雅に振る舞うものなんだ。佇まいが美しく見えるのが理想だ」
「そういうものなのですね。理解いたしました」
肩の力を抜き、静かに佇むナタリアは、優雅で美しかった。
姿勢がいいのと、指先に至るまで細部に渡って所作が綺麗なのだ。
花嫁を引き立てるはずのドレスが、ナタリアによって引き立たされているような感じすらする。
ドレスは腰をキュッと絞り、スカートがふわりと広がって、美しいラインを形作っている。
もう少しスカートにボリュームが欲しいところだな。
「スカート、もっとふわふわにしようか」
「ふわふわですね。分かりました」
「レースなどあしらってみてはどうでしょうか?」
「なら、もっとふわふわのフリルとか」
「参考にさせていただきます」
俺の指摘や、ジネットやエステラのアイディアをすかさずメモに取るウクリネス。
結構真剣に悩んでいたようだ。ウクリネスのノートは大量の書き込みで真っ黒になっていた。
「初めての試みで緊張しているんですよ、私も」
ノートの書き込みを覗き込んでいたせいだろう。ウクリネスがそんな言い訳めいたことを口にした。
「しかし、ウェンディさんにとっては一生に一度の晴れの舞台。最高のドレスを贈りたいじゃないですか。真剣なんですよ、こっちも」
「お前の腕は信用してるって」
「それは嬉しいお言葉ですね。でも、アドバイスはくださいね、ヤシロちゃん」
信用されても出来ないもんは出来ないってか。
アドバイスくらいいくらでもしてやるけどな。
「肩は出すのかい?」
「いえ。ウェンディさんは胸がそこまで目立つ体系ではないですし、彼女の性格からしても、少し露出は控える予定なんですよ」
肩を出して、胸元が広く開いたドレスは見栄えするが、やはり胸がそれなりに無いと格好がつかない。ジネットやノーマあたりだと着こなせるんだろうけどな。
「胸元はロレッタちゃんに着せたドレスを見てみてくださいね」
ウクリネスが合図を送ると、カウンターの向こうからロレッタが姿を現した。
「おっ、いいじゃねぇか」
「…………むぅ。ロレッタ、やりおる」
「ちゃんとドレスになってるんだね」
「シンプルで可愛いですね」
「ほぉぉうっ!? なんか、普通に褒められてるです!? 『うわっ、普通』とか言われなかったです!?」
言われたかったのかよ……
ロレッタの中でそれが普通になってるんだな……それも、広い意味で職業病かもしれんぞ。
弄られポジションに馴染み過ぎだ。
ロレッタの着ているドレスは、胸元には細かい刺繍がなされていたりレースがあしらわれていたりと、とても手が込んでいる。反面、そこ以外の作りが限りなくシンプルだ。
特にスカートなどは、ボリュームはあるものの飾り気は一切ない。
「ロレッタちゃんのドレスは、胸元に注目してほしかったので、他をシンプルにしたんです」
「え? なんだって?」
「胸元に注目してほしかったので、他をシンプルに……」
「え? もう一回」
「胸元に注目……」
「え? 大きな声で」
「もういいですよ、お兄ちゃん! 何回『胸元に注目』言わせるですか!?」
見なきゃいけない胸元を隠してロレッタが言う。
バカモノ! 隠してどうする! さらけ出せ!
「よし、みんな! ロレッタのおっぱいに注目だ!」
「おっぱいじゃないですっ! 胸元です! 胸元の飾りに注目するですっ!」
「ヤシロさん。め!」
袖を引かれ、軽く叱られてしまった。
つか、ジネット。お前が叱る時は『め!』なんだな、やっぱり。
「ロレッタのドレスも可愛いんじゃないかな。ボクは好きだよ」
「ホントです? エステラさん、あたし好きです?」
「いや、ドレスがね。ロレッタも好きだけど、もちろん」
褒められ慣れていないロレッタは、褒め言葉には貪欲だ。
「俺も好きだぞ、おっぱい」
「お兄ちゃんはちょっと黙ってです!」
おかしい……反応が違い過ぎる。
心からの称賛を贈っているというのに。
「思ってたよりも、綺麗にラインが出ますねぇ。うん。ロレッタちゃん、胸綺麗ですね」
「ふぉっ!? ホ、ホントですか? 初めて言われたです!」
「ナイスおっぱいだぞ、ロレッタ!」
「お兄ちゃんはちょっと黙ってですっ!」
……納得いかん。
「なぁ、ジネット。何が違うんだろう?」
「心構え……では、ないでしょうか?」
「『胸しか』褒めてないからだよ」
「……ヤシロだから仕方ない」
両サイドと膝の上から手厳しい意見を浴びせられる。
ギルベルタは……と、見てみると、ドレスを見て目をキラキラ輝かせていた。こういう服が珍しいのだろう。
「惜しい思う、私は、完成品が見られないことを」
ナタリアのドレスの胸元に、ロレッタのドレスを合わせるようなイメージらしいが、上手く想像するのは難しい。
「完成品は、当日のお楽しみということで、あえて別にしたという側面もあるんですよ」
俺たちにも新鮮な驚きを、というウクリネスの計らいらしい。
ドレスの完成品を見せても、本人が身に着けるとがらりと印象が変わるから、そこまで隠す必要もないとは思うんだがな。
「とても参考になりました。二人ともありがとうございます。みなさんも」
モデルの二人に、そして俺たちに頭を下げる。ウクリネスはホクホク顔だ。収穫があったらしい。
「それじゃあ、もう脱いでもらっても構いませんよ」
「では……」
「奥行って脱いできて、ナタリアッ!」
すっかり板についてきたな、その主従漫才。
エステラの胸はツッコミのし過ぎで磨り減ってしまったのではないだろうか……カロリー消費しそうだしな。
「しかしながら、エステラ様。先ほどからずっと、ヤシロ様がエロい目で私を見ておられますので、少しくらいはご期待に添う必要があるのではないかと……」
「ジネット。ウクリネスを手伝って、今すぐナタリアを奥へ連行してくれ」
「は、はい。分かりました!」
普段と違う服を着るとテンションが上がる。
その状態のナタリアを野放しにするのは非常に危険だ。なので、即撤収!
ウクリネスとジネットに引き摺られるようにして、ナタリアが厨房へと消える。
……世界に、平和が戻った。
「ヤシロ。エロい目もほどほどにね」
「あれ? 俺、たった今までお前はまともな思考してると思ってたんだけど、勘違いだったか?」
ボケるヤツがいなくなると途端にボケてくる。この欲しがりさんめ。
「お兄ちゃん」
ロレッタが「えへへ」と、俺の前にやって来てカカトを揃える。
手を後ろで組んで、俺の顔を覗き込むように窺っている。
「どうです?」
「感想ならさっき……」
「聞いてないですよ。おっぱい以外の感想は」
おっぱいの感想を聞いていたならいいじゃないか。
それがすべてだ。
「ドレスの作りが特殊だからなんとも言い難いってのが正直なところだな」
「むむぅ……そうですか。あたしは結構好きなんですけどねぇ」
「お前には、もっと似合うドレスがあると思うぞ」
「もっと?」
テーブルを挟んで、全身がよく見えるような距離をあけた先に立つロレッタ。
無駄な肉はついておらず、まだ幼さの残る細い体躯。しかしながら、少し伸びてきた髪の毛は、以前よりも少しだけロレッタを大人っぽく見せていた。
少女から大人へと変わり始めた年頃のロレッタには、もっと華やかで可愛らしい、明るめのドレスが似合うと思う。
「ウェンディの代わりじゃなくて、お前のためのドレスを着た時、惜しみない称賛を贈ってやるよ」
「ホ、ホントですか!? 約束ですよ!? 嘘吐いたらカエル百匹飲ませるですよ!?」
「う~っわ、なにその拷問……」
ウクリネスのドレスは確かによく出来ていた。
だが、やはりまだ未完成だ。
ウチのロレッタを受け止められるだけのパワーが備わっていない。
「そのドレスじゃ、お前の良さは出し切れないからな」
「ほにゃっ!?」
「……つまり、今回はドレスを上回ったロレッタの勝ち」
「もちょっ!?」
「確かに、そうかもしれないね」
「エ、エステラさんまで!? ど、どうしたです!? どうしてみんな褒めるです!? こうも褒められ続けるとちょっと不安になるです!?」
貧乏性というのか、いつも褒められたい褒められたいと言っているロレッタだったが、いざ褒められるとどういう顔をしていいのかが分からないらしく、ただただオロオロするだけだった。
結局、ロレッタが助けを求めたのは陽だまり亭の駆け込み寺、ジネットだった。
「て、店長さぁんっ!」
カウンターを越えて厨房へと駆け込むロレッタ。
厨房からデカい声が聞こえてくる。
「あたしを罵ってですっ!」
「ぅええっ!? わ、わたしには、少しハードルが高い気がしますっ」
どんだけ慣れてないんだよ、褒められるの……心の安寧を求めて自らいじられに行くとか…………ありゃ病気だな。
まぁ、ジネットなら本当に心を抉るようなことは言わないだろうし。安全策だな。
「ドレス、綺麗だった思う、私は」
「ギルベルタは着る機会ないのか、あぁいうドレス?」
「裏方が本分、給仕は。目立つ必要などない、私には」
「それでも、たまにオシャレとかしてみたいだろ?」
「オシャレをしたところで、いない、見せる相手が」
表情が少し曇り、微かに覗く小さな触角がぴこぴこと揺れた。
一人でオシャレしても、まぁ、寂しいか。
「……なら、今着ればいい」
俺の膝から「ぽーんっ!」と飛び降り、体操選手のように華麗な着地を決めるマグダ。
ギルベルタの前に立ちキリッとした無表情で言う。
「……ここには、きちんと見て、『マグダは世界一可愛い』と心からの絶賛をしてくれるヤシロがいる」
「あれ? 俺今、なんか強要されてる?」
俺のささやかな抗議はサラッと無視され、マグダが熱のこもる無表情な半眼でギルベルタの手を取る。
さながら、熱血教師のような熱さを持って。
「……オシャレはいつするの? 今でしょ」
「なぁ、マグダよぉ………………いや、もう何も言わないけどさ」
お前、何年くらい日本に住んでたの?
住んでたよね? それともなに? こっちの世界に凄く似た人が何人かいるの?
「……ちょうど今、この店にはドレスが二着ある」
「借りていいのか、さっきのドレスを?」
「……いいか悪いかではない。借りるのだ」
「マグダ。それ名言っぽいけど、ただの強奪だからな?」
ジャイアニズムってヤツだ。
「いいのか? 友達のヤシロ?」
「まぁ、頼んでみたらどうだ? 着るくらい許してくれんじゃねぇの?」
ウクリネスは美少女に服着せるの好きだし。ギルベルタもそれなりに可愛いからな。
頼めば断られることはないだろう。
「……さぁ、腹を決める時」
「着てみたい思う…………許されるのなら、私は」
「……話は決まった。いざ、行かん」
「行く、私はっ!」
年中無表情のマグダと表情に乏しいギルベルタがキリッとした顔で厨房へ向かう。
やっぱり着てみたかったんだな、マグダ。
ていよくギルベルタをダシにしやがった。
「お前は着なくていいのか?」
「ボクは結構あるからね、ドレスを着る機会は」
「そりゃそうか」
「ヤシロが、『エステラは世界一可愛い』と心からの絶賛をしてくれるっていうなら、着てもいいけどね」
「言ったら言ったで照れるクセに」
「さぁ、それはどうかな?」
広い食堂に二人きり。
エステラと二人の時にだけ漂うこの雰囲気は、割と好きな方だ。
言葉尻を捕まえて相手をやり込めてやろうと互いを探る感じ……悪くない。
マグダとギルベルタが着替え終わるまではそんな遊びでもして時間を潰そうかと思っていたのだが……
「……敗戦」
「諦めることにした、私たちは」
マグダとギルベルタが元の服のままカウンターを越えて戻ってきた。
あれ?
ドレスは?
と、厨房へ視線を向けると、ドレスから着替え、いつもの服装に戻ったロレッタとナタリアが揃って出てくる。
二人とも表情が曇っている。
……一体なんだ?
「ヤシロ様。エステラ様…………本日の私の思い上がった言動の数々、ここにお詫びさせていただきます」
「あたしもはしゃぎ過ぎて申し訳なかったです。ごめんです」
「どうしたの、二人とも!?」
どうした!?
さっきまで可愛いとか言われて有頂天だった二人が、揃って打ちのめされている。
……はっ!? まさかっ!?
おおよその事態に予測がついた俺は、この次訪れるであろう最大級の衝撃に備えて座り直し、そして厨房のその奥へと意識を飛ばす。
……来る。来るぞっ!
「あ、あの…………」
ゆっくりと、厨房から食堂のフロアへ繋がる出入り口を通り、ジネットが姿を現す。
先ほどナタリアが着ていた『胸の部分にかなりのゆとりを持たせて作った』ドレスを身に纏って…………
「おっぱい、ぼぉぉおおんっ!」
「ヤシロ! 気持ちは分かるけど、ダイレクト過ぎる表現は控えてくれないか!?」
「いやっ、でもっ、ぼぉぉおおおんっ!」
「ぼぉぉおおんっだけども!」
「あ、あの、やめてください、お二人ともっ! ぼぉんじゃないですからっ!」
と、おっぱいをぼぉぉおおんっと突き出してジネットが言う。
あれ。あのドレス。
ナタリアが着た時には、余った布をピンで留めたあのドレス。
今は絶対、手を加えていない。
何もしなくてもはち切れそうだ!
「正直。私は少々思い上がっていました」
「あたしも……店長さんに比べればまだまだです」
「そんなことないですよ!? ナタリアさんも綺麗でしたし、ロレッタさんも可愛かったですよ!? ね? そうですよね、ヤシロさん!?」
「あぁ。でも、ジネットが一番おっぱい大きいなっ!」
「おっぱ…………む、胸の話はいいんですっ!」
「あぁっ! 胸の話はいいよなっ!」
「意味が変わってますっ! もう、懺悔してくださいっ!」
その後、少し落ち着いてから、「ナタリアさんの着替えを手伝いに裏に行ったところ、ウクリネスさんとナタリアさん、そしてロレッタさんに説得させられて袖を通すだけのつもりでドレスを着たのですが…………なんだか、変な空気になってしまいまして…………申し訳なかったです」という説明を聞いた。
結局、ジネットもすぐにドレスを脱いでしまった。
あんまりじっくりと見ることは出来なかったな。……ぼぉぉおおんっにばっかり目が行ってしまって…………
でもまぁ、いいだろう。
おっぱいがすべてだからな。
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