後日譚14 ピュアなの、アホなの?

「あぁ、他所様に見せてはいけない光景、これは。目を潰させてほしい、どうか」

「そんな物騒なお願いがあるか」


 ルシアの痴態を見られ、ギルベルタが盛大に慌てている。


「痛くしない、たぶん」

「痛いに決まってんだろうが」


 どこまで本気か分からないギルベルタの暴走を未然に防いでおく。

 ……つか。


「予想、大的中だな」

「あ、あの……ヤシロさん。これは一体……?」


 あまりにもあんまりな領主の痴態に目撃者全員が唖然とする中、ジネットが俺の隣へ来て状況説明を求めてくる。


「まったくもって根本的に勘違いをしていたんだよ、俺らは」

「勘違い……ですか?」


 そうだ。

「おまえたちは『人間』か」なんて聞くから……そして、キャルビンが外に放り出されている状況と、マーシャに対する素っ気ない態度から、俺はすっかりルシアが『獣人族差別』をしていると思い込んでいたのだが……


「ありゃ、『獣人族萌え』だな」

「も……『萌え』……?」


 ルシアは、ウェンディの触角に夢中で俺たちの侵入に気付いてすらいない。

 おそらく、マーシャとの面会もこんな感じなのだろう。……だから、部外者は立ち入り禁止なのだ。エステラが抱いていたようなクールな人格者というイメージが先行しているのであれば……


「かわゆすっ! 触角っ! すりすりぃ~! いと、すりすりぃ~!」


 ……こんな痴態はさらせない。


「いつもこんな感じなのか?」

「うん、そぉ~だよぉ~。だいたい、こんな感じぃ~☆ 『鱗が、鱗がぁ~』て~☆」


 鱗ね……獣特徴が大好きらしい。ネフェリーとか連れてくればきゅん死にしてしまうかもしれないな。


「で、では、あの……キャルビンさんが放り出されていたのは……?」

「あ、キャルビンは気持ち悪いんだってぇ~」


 こんなにも獣特徴萌えな相手にも気持ち悪がられる……筋金入りの気持ち悪さなんだなキャルビン。ちょっとすげぇぞ、お前。


「あぁ、こんなに可愛い娘が我が領内にいたというのに、その存在を知らなかったなんて……不覚っ! いと不覚っ!」


 なぁ、『強制翻訳魔法』さぁ……「いと」を「とっても」って意味で翻訳すんのやめてくんないかな。なんか不愉快なんだけど。


「いとかわゆすっ!」


 うん、それそれ。とっても不愉快。


「えっと……つまり?」


 いまだ状況がのみ込めていない様子のジネット。しょうがないから端的に、分かりやすく、ズバッと説明してやろう。


「要するに『人間に興味はないから、獣人族にハァハァしてる時は邪魔しに来るな』ってことだ」

「概ね正解、おっぱいの人の意見は」


 最初、ギルベルタに「お前たちは『人間』か」と聞かれた時に、「ウェンディはヤママユガ人族です」と答えていれば、すぐさま面会してくれていたというわけだ。

 本当に……精霊神とやらに問い詰めたい。


 まともなヤツは住んでないのか、この街!?


「……おい、ルシア」

「ん?」


 呼びかけると、ルシアは俺たちの方へと視線を向ける。


「あんまり乱暴に扱ってやるなよ。ウェンディの触角が折れちまうぞ」

「な、なにっ!? そ、それは大変だ…………分かった、優しくしよう……」


 と、頬擦りをやめて、指先で触角の膨らみをぷにぷにし始める。

 ……いや、一回手ぇ離せよ!


「一回、離してやってくれないか? ほら見ろ。ウェンディが泣きそうになってる」

「な、泣き…………」


 焦った表情でウェンディへと視線を向けるルシア。そして、潤む大きな瞳を見て、ようやくウェンディが泣きそうになっていることに気付いたようだ。


「あ、あの……ルシア様……」

「やっ、すまぬ! 泣かせるつもりはなかったのだ。私はただ…………そなたを私色に染め上げて、メチャクチャにしてやりたいと……」

「ひ……っ!?」


 怖い怖いっ!

 犯罪すれすれのニヤケ顔してるぞ、そこの美女。


「ルシア姉~。あんまり怖がらせると、嫌われちゃうよぉ~?」

「えっ!? ま、ままま、まさか、マ、マ、マーたんは私のことが嫌いなのか!?」


 マーたんって!?

 それでさっき、マーシャの名前を言い澱んだのか!?

 そりゃ恥ずかしいわな!? マーたんだもんな!?


「ん~ん。嫌いじゃないよぉ~」

「よかった…………心底安堵したぞ……」


 どんだけ嫌われんの怖いんだよ……


「なにぶん、さきほど庭でマーたんが干し過ぎたカタクチイワシみたいな顔をした男と仲良くしていたものだから……」


 誰が干し過ぎたカタクチイワシだ、コノヤロウ。


「あんな楽しそうな顔、私といる時はそうそう見せな……」


 と、不意にルシアと視線がぶつかった。


「…………」

「…………」


 無言で見つめ合うこと数秒……


「カタクチイワシッ!?」

「誰がカタクチイワシだ!?」


 ルシアが盛大に慌て出した。


「貴様っ、どうやってここへ!?」

「今気付いたのか!?」


 え?

 もしかして、アホなの?


「ギルベルタッ!」

「はい。ここにいます、私は」

「誰の立ち入りも許可しないよう言いつけたはずだぞ!?」

「はい。聞いていました、私は」

「では、なぜこの者たちがここにいるのだ!?」

「ほふく前進で、『這い入り』ました、彼らは」


 ピシッとした姿勢で言い切るギルベルタの言葉を聞いて、ピキッ……と、ルシアの口元が引き攣る。

 そりゃ、まぁ……そんな言い訳されりゃキレるわな。


「…………ならば、致し方なしか……」

「ピュアなの、アホなの、どっち!?」


 大丈夫か、三十五区?!


「……盲点…………かっ」


 物凄く悔しそうな表情で爪を噛むルシア。

 それを、ギルベルタが凛とした声で制する。


「はしたないですよ、爪を噛むのは!」


 いやいや。それ以前にもっとはしたない姿をこれでもかとさらしてたろうが。そっちを止めてやれよ、何はなくとも。


「ギルベルタよ……私に指図をするのか?」


 指摘されて逆切れしてるっ!?


「言うことを聞かないと……もう触らせませんよ、触角を」


 ギルベルタが前髪を掻き上げると、おでこに「ちょこん」とした小さな小さな触角が生えていた。

 こいつも虫人族だったのかよ!?


「……以後、注意する」


 折れたーっ!?

 あっさり、ぽっきり折れやがったぞ、この領主!? 給仕長相手にひよりやがった!?


「ギルベルタさんの触角、可愛いですね」

「そう思うか、この触覚を? グンタイアリ人族なのだ、私は」


 グンタイアリ……それで、あんな感じなのかな?


「ウェンディに比べると、触角が随分小さいんだな」

「そこがいいのだろうが! 何も知らない分際で、知った風な口を利くと、二度とカタクチイワシが食えぬ体にしてしまうぞ! 慎め、人間のオスッ!」

「対応に差があり過ぎるだろう!?」


 ルシアの俺に対する当たりが強過ぎる。

 こんなあからさまな差別は初めてだ。

 つか、お前も人間なんだろうが! 貴族なんだし!


「あ、あの……ルシア様は……人間が、お嫌いなのですか?」


 恐る恐る、ジネットがルシアに尋ねる。

 ルシアの目がジネットを捉えて……柔らかく弧を描く。


「そんなことはないぞ。私は何より差別が嫌いなのだ。人種で好き嫌いを決めることはない。ただ、キャルビンやそこのカタクチイワシみたいな男が気持ち悪くて心底不愉快なだけだ」

「物凄い男女差別を受けてる気がするんだけども!? つか、まず、キャルビンと一緒の括りに俺を入れるな!」


「差別が嫌い」と言ったその口で差別を始めやがった。

 なんてヤツだ。

 エステラが怖がっていたのは、貴族で集まる際に、ルシアの気に入るような人物がそこにいないからなんだろうな。マーシャみたいなのがいれば上機嫌だが、そうでなければずっとイライラしていそうだ。こいつはそういうタイプだ。

 イメルダよりも性質が悪そうだ。


 そんな性質の悪そうなルシアが、腕を組んで俺を真正面から見据える。

 凄く敵愾心溢れる視線を向けてくる。


「それで……私の私室に押しかけて…………何がしたいのだ、貴様は?」

「お前がウチの仲間を連れ去ったから助けに来たんだっつの!」


 何が押しかけてだ……と、ウェンディに視線を向けると……なんでかウェンディが泣いていた。

 ……えぇ…………なんで?


「……英雄様が…………私を、仲間と…………助けに来たと…………か、感激です!」

「いや、まぁ……そんな大袈裟なことじゃねぇから。泣くな、な?」

「……はい」


 涙を拭い、ウェンディが優しく微笑む。

 ……が、その微笑みは、ウェンディの隣から発せられる禍々しい怒気によって覆い隠される。

 ルシアが、俺とウェンディの間に体を割り込ませ、般若のような顔を俺に向けてくる。


「マーたんに続き、ウェンたんにもこんないい表情を向けられて! 貴様が憎い! 処刑!」

「ちょっと待てコラ!」


 この人、ホントに領主!? どっかの園児じゃねぇの!?

 つか、ウェンたんって!? センスの欠片も感じられない!


「ギルベルタ、その者を外へ摘まみ出せ!」

「申し訳ない思う、私は。……ただ、何より大切にしなければいけない、友達は」

「な…………ギルベルタまで…………っ」


 おそらく、これまで逆らったことなど一度もなかったのであろうギルベルタが命令を拒否したことで、ルシアは驚愕の表情を浮かべる。ヒザがかくかくと震え始める。


「き、貴様……っ、私から何もかもを奪う気か!?」

「いや……ギルベルタはともかく、ウェンディもマーシャもお前のじゃねぇから」


 なに、この独占欲の塊……


「ヤシロ……口調っ」


 エステラに小声で注意されるも、今更敬語なんか使えるか、このどっちかって言ったら変態寄りな美女に?


「いいじゃねぇか、別に。本人、あんま気にしてないみたいだし」

「気にするしないの問題じゃないだろう? 相手は貴族で、領主なんだよ!?」

「つまりお前と対等なんだろ? じゃ、俺より格下じゃねぇか」

「いつからボクが君より格下になったのかな!?」


 色々助けてやっただろ?

 恩義を感じて舎弟にでもなってろよ。

 焼きそばパンとか買いに行けよ。


「エステラッ!」

「は、はい! な、なんですか、ルシアさん……?」


 エステラが緊張を張りつけたような顔でルシアに向き直る。

 苦手意識でも持っているのだろう。ぎこちなく引き攣った笑顔を浮かべている。


「そこのそれはなんだ? そなたの連れ合いか?」

「つっ!? そ、そそ、そんなっ! そんなんじゃ、なななな、な、な、な、……な?」

「いや、こっちに振られても……」


「な?」じゃねぇよ。

 素直に「違う」って否定しとけよ、ややこしくなるだろう。


「あ、あのですね」


 襟元を正し、エステラが話を切り出す。


「まずは、馬車の世話をしていただいたことに対するお礼を言いたくて」

「ん? あぁ、それくらい容易い。同じ領主同士、何かあれば融通し合うのが当然だろう。……だが、その律義な性格は嫌いではないぞ」

「あ、ありがとうございます。……で、ですね。一つお願いがありまして」

「願い? 奇遇だな。私もそなたに一つ頼みたいことがあるのだ」

「え? ボクに……ですか?」

「うむ。どうだ? お互いの頼みを互いに叶え合うというのは?」

「はい! 是非!」


 おぉ。エステラが上手く話をまとめてくれた。

 これで、花園の花が四十二区でも栽培出来るかもしれない。偉いぞエステラ。


「では、そこのカタクチイワシをオールブルームから追放してくれ」

「なんでそうなるっ!?」


 こいつ、とんでもない願いをしてきやがったな!?


「ではこの世から抹消してくれ」

「酷くなってるぞっ!?」

「塵と化せ」

「それもうお願いじゃなくて命令じゃねぇか!? 聞かねぇけどな!」


 なんだか、とことん嫌われてしまったらしい。

 俺が何したってんだよ……


「あ、あの、ルシア様。ヤシロさんはとても優しい方ですので……あの……その、あまり厳しいことは……その……」


 勇気を振り絞って――そんな感じでルシアに訴えかけたジネット。

 そんなジネットを見て、ルシアはスッと目を細める。


「ふむ……そなたは心根の優しい娘のようだな」

「そんな……わたしはただ……」

「こんないい娘にまで大切にされおって! 悔しい! 極刑!」

「聞いてたか、ジネットの話!?」


 なんなんだ、このバカ領主は!?

 どこのわがまま娘だ!?


「すまない思う、私は。少しわがまま、ルシア様は、友達がいないから」


 お前が言うなよ、ギルベルタ。

 つか、友達がいないからこんな性格なんじゃなくて、こんな性格だから友達が出来ないんだよ。


「ね~ぇ、ルシア姉~? ヤシロ君たちのお話聞いてあげてよぉ~。お・ね・が・い☆」

「よし、聞いてやろう。で、ヤシロというのは、そこのカタクチイワシのことか? ならばさっさと話すがよい」


 だから、誰がカタクチイワシだ。

 まぁ、折角話を聞いてくれるってんだから、変に抗って台無しにするのは得策じゃないな。我慢我慢。


 俺は、努めて平静を装い、真面目な表情で交渉に臨む。


「花園の花を譲ってほしい」

「断る」


 ……早い。


「利益面での問題で……か?」

「利益などどうでもよい。そもそも、現在我が領は花園から利益などを得てはおらぬ」

「では、なぜ?」

「貴様には、あの花々の飼育が不可能だからだ」


 てっきり、あの美味い蜜の独占が目的なのかと思ったのだが……これは、意外と簡単に譲り受けられるかもしれないな……


「あと、私は貴様が大嫌いだから、些細な願いも聞いてやりたくはない」


 ……前言撤回。

 すげぇ難航するかも……


「ルシアさん。我が領内には植物を育てるスペシャリストがいるんです。彼女に任せれば、きっと花園の花も育てられると思います」


 エステラがすかさずフォローに入る。

 だが、ルシアは不敵な笑みを浮かべ、淡々とした声で言った。


「費用はどうするのだ? あの花の飼育には莫大な費用がかかるぞ。あの蜜で商売をしようなどと考えているのであればやめることだ。赤字は明白。いたずらに植物の命を弄ぶだけに終わるだろう」

「そんなに……お金がかかるんですか?」

「かかる。我が区の財政を圧迫するほどにな」


 エステラの顔から血の気が引いていく。

 そんなに維持費がかかるのか……材料費が嵩むのであれば、陽だまり亭で出すわけにはいかなくなるな……


「では、花の蜜を定期的に譲っていただくというわけには……?」

「いかぬ」


 これまた、きっぱりとした否定の言葉が返ってきた。


「あれは、亜人たちの……特に亜種のために私が用意したものだ。そなたたちの商売相手は人間なのだろう? そのために、亜種たちの負荷になるようなことは一切するつもりはないし、また、させない」


 そして、これまでのおふざけがすべて幻だったのではないかと思わせるような、迫力と威厳のある視線が俺たちに向けられる。


「絶対に、だ」


 それは、たった一言で交渉を終わらせるほどの威力を持っていた。

 一言聞いただけではっきり分かる。

「あ、これは無理だ」と。

 取り付く島もない……というのとは違う。

 敬虔な信者に、信仰する神の像を足蹴にしろと言って拒絶されるよりももっと明確な拒絶。考える余地もなく「不可」だと思い知らされる、この上もない拒絶だった。


 このルシアという領主は、俺が思っている以上に獣人族……特に虫人族に強い想いを抱いている。

 それが、保護欲なのか、同情なのか、使命感やその他の感情なのかは分からん……分からんが、こいつの信念はちょっとやそっとでは曲げられない。それだけは、嫌というほど分かった。


「……出直すか」

「そう、だね」


 花を譲ってもらう交渉は、これ以上粘っても無意味だ。

 ならば早々に引き上げるのが吉だろう。


「エステラよ」


 部屋を辞しようとした俺たちに、ルシアが声をかける。

 呼ばれたエステラはもちろん、俺たちは全員が背筋を伸ばしてルシアに向き直った。

 ……さっきの領主らしい威厳を見せつけられて、自然と体がそうなってしまったのだ。


「残念ながら、今回はどちらの願いも叶わなかったな」

「あはは……そうですね」


 お前の願いなんか、叶って堪るか。


「しかし、私は何もそなたたちに敵対しようとは思わない。力になれることがあれば喜んで力を貸そう。なんでも言ってくるといい」

「はい。ありがとうございます」


 前情報ほど、恐ろしい人間ではないようだ。

 互いの利害が一致すれば、心強い味方になってくれるかもしれない。


「カタクチイワシ」

「誰がカタクチイワシだ!?」


 何回言わせんだよ?


「貴様の度胸だけは、大したものだと言っておこう」


 誰もが恐ろしいと口にする三十五区の領主。そいつにタメ口で何度も突っかかっていくヤツなど、そうそういないのだろう。

 もしかしたら、ルシアも俺とのやり取りを不愉快だとばかり思っていたわけではないのかもしれない。心なしか、楽しそうに見えたもんな。


「また遊びに来ていいか?」

「お断りだ」

「じゃあ、お邪魔させてもらおう」

「ふん……好きにするがいい」


 挑発的な笑みを浮かべるルシア。

 やはり、こういう向かってくる感じはそうそう嫌いではないようだ。


「最後に一つだけ聞いていいか?」

「ダメだ」

「…………じゃあ二つ」

「一つにせよ」


 なら素直に聞けっつの。メンドクセェな。


「そこのウェンディとセロンが結婚するんだが……あんたはどう思う?」


 ヤママユガ人族のウェンディと、人間のセロン。その二人の結婚を、ルシアはどう見るのか……聞いておきたかった。


「反対だな」


 一切の迷いもなく発せられた言葉。

 やはり……四十二区以外では、そういう意見が大多数なのか…………


「ウェンたんは、私と結婚するのがいい」

「個人的な感情の話をしてんじゃねぇよ!」

「あ、あの、ルシア様! 私たちは女性同士ですので、結婚は……」

「ウェンディもまともに答えなくていいから!」


 異種族間結婚についてどう思うか意見を聞いてるんだよ!

 その旨を説明すると、ルシアは少しだけ考える素振りを見せて、やはり明朗な声で答えを寄越す。


「異種族間結婚を快く思わぬ者は多い。それはその者たちの自由だ。結婚自体は好きにすればよいと思うが、貴様らがやろうとしているように、反対する者の思想を強引に捻じ曲げるような行為は感心出来ぬ」


 それはエゴだと、ルシアはきっぱりと言い切る。

 エゴ……


 そうかもしれんな。

 本人が嫌がることを、他人が「絶対こっちの方がいいから」と押しつけるような行為はエゴと言われても仕方ないだろう。


 だが。


 こいつは……


 ウェンディと、その両親は違う。


 この素直じゃない親子は、お互いに待っているのだ……和解出来るその瞬間を。

 だから、エゴだろうと俺はやるぜ。

 そうなることを望んでるヤツが……俺の知り合いにはたくさんいるからな。


 セロンに、ウェンディ……エステラに……ジネット。

 ついでに陽だまり亭に集まるメンバー全員だ。


 そいつらの意見の方が、世間一般という大多数より、俺にとっては重い。


 俺は、俺が正しいと思うことをやる。


「貴重な意見をありがとうな」

「……と、言いながらも、己の信念を曲げぬ。そんな顔をしておるな」


 なるほど。

 よく見ているな。


「まぁな」

「貴様が何を思い、異種族間の結婚に関心を抱き、働きかけているのか知らんが……覚悟は出来ておるのだろうな?」


 覚悟?


「貴様が行動を起こしたことで、良くも悪くも周りの者に影響を与える。すでにそういうことが起こったのではないか?」


 俺たちがウェンディの家庭の事情に足を踏み入れたために、ウェンディと母親の争いは一時的に加熱した。

 俺たちの行動が……俺の決断が周りに影響を及ぼす。……良くも悪くも。


「もし……中途半端に引っ掻き回して亜種と人間の関係を壊し、信頼関係を踏みにじり、ウェンたんを泣かせるようなことがあれば…………私は貴様を許さぬ。どんな手を使ってでも貴様の息の根を止めてやる」


 それは、冗談を言っている目ではなかった。


「それだけの覚悟が、貴様にあるのか?」


 真っ直ぐに、俺だけを見て発せられたルシアの言葉。

 こいつは見抜いているのだろうな。今回の一件……いや、このメンバーが行動を起こす時、その中心に俺がいることを。

 だから、俺に尋ねたのだ。

 そして、脅しをかけてきたのだ。


『私の領内を下手に引っ掻き回すな』と。

 もし、引っ掻き回すのなら……今よりもいい状態にする義務を課すると。


 ……上等じぇねぇか。


「そんな覚悟はねぇな」


 肩をすくめて言ってやる。

 お前が俺を挑発するのなら、俺だってそうしてやる。


「こいつらが幸せになることは決定事項だ。そんなありもしない『もし』なんざ、考える必要がない。よって、俺はそんな覚悟をしない」


 もし、失敗したら……そんなもん考えるまでもないが、どうしてもというならお前の好きにするがいい。

 もし失敗なんかしたら……そのせいでこいつらが不幸になるってんなら……俺は自ら進んで姿を消してやるよ。


「こっちはな、はなっからこいつらを幸せにしてやるって決めてんだよ。失敗なんか認められない。『もし失敗したら』なんて保険をかけておけるようなイージーな生き方はしてねぇんだよ」


 栄光か、死か。

 詐欺師の生き方ってのはそういうもんだ。


「だから四の五の言わずに、お前も何かあったら俺に協力しろ。大好きな虫人族のためにな」


 勝ち誇った笑みを向けて言ってやる。

 隣でエステラがハラハラしているが、口を挟まなかったのは、こいつも俺と同じ気持ちだからに他ならない。

 エステラだけじゃなく、ここにいる連中……ここにいない連中もみんなそうだ。

 失敗していいなんて思ってるヤツは一人もいない。


 俺たちには、成功以外の未来は認められないんだよ。


「……虫人族」


 色々なことを言ったが、ルシアが最初に口にしたのはそんなワードだった。


「それは、亜種のことか?」

「あぁ。おそらくな」


 これまでの話から考えて、俺の言う獣人族が『亜人』で、虫人族が『亜種』なのだろう。

 ……『亜系統』ってのがよく分からんが。

 なんにせよ、『亜人』や『亜種』ってのはあまりよくないイメージがして好きになれそうもない。


「…………面白い呼称だな。私も、真似させてもらうとするかな」


 ルシアがそう言うのだから、きっと『亜種』よりも『虫人族』の方が響きがいいのだろう。

 いいと思うなら真似すればいい。

 そっちの言葉が広がれば……虫人族たちが『亜種』だなんて、自分を卑下する必要もなくなる。存分に広めるといい。


「いいだろう。しばしの間、貴様の行いを見守ってやる。私に頼みたいことがあればここを訪ねるがいい」


 ルシアが意見を変えた。

 積極的ではないにしても、協力をしてくれるようだ。


「……その前に、会っておいてほしい者がいる」


 一瞬、喜びかけた俺たちに釘を刺すように、ルシアが静かな声を発する。

 沸騰した鍋に差し水をした時のように、俺たちの感情は一瞬で抑えられる。


 会ってほしい者?


 そいつが、あまり好ましい紹介でないことは、ルシアの真剣な眼差しが物語っていた。


「二日後に、時間を作ってほしい。迎えをやるから、あまり多くない人数で出向いてくれ」


 突然の申し出に俺たちは顔を見合わせる。

 これは、ルシアの協力を得るための試練のようなものなのだろうか……


 エステラに視線を向けると、少々不安な表情ながらもはっきりと頷きをくれる。

 まぁ、やるしかないよな。


「分かった。俺とエステラ、それから……」

「わ、わたしも!」


 メンバーを選抜しようとした時、ジネットが挙手して名乗りを挙げた。

 珍しいことだっただけに、俺とエステラはキョトンとしてしまった。


「…………あの、お邪魔で…………なければ…………その……是非……」


 俺たちが無言になったせいで、自信をなくしていったようで、どんどん声が小さくなっていく。

 いやいや。いいんだぞ?

 全然問題ないんだけど、なんか、そういう積極的な感じって珍しかったからさ。


「それじゃあ、ボクたち三人で伺います」


 エステラが話をまとめ、ルシアが首肯をもって了承の意を表する。



 花の蜜を手に入れようと訪れた領主の舘で、思わぬ方向へ話が転がってしまった。

 だが、ウェンディと両親の和解には、きっとルシアの力が必要になる。そんな気がするのだ。



 ギルベルタに連れられて、馬車乗り場へと戻ってくる。

 気が付けば、空は真っ赤に染まっていた。随分と長居してしまったようだ。

 早く帰って、陽だまり亭で一息つきたい。

 そんなことを思った。





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