後日譚11 甘い蜜は恋の味? ……けっ!
「ウェンディ。美味しい?」
「うん。とっても美味しい」
花園にバカップルがいたので、ぼくは「爆ぜればいいのに」と思いました。
等と、思わず小学生の作文調に殺意が芽生えてきてしまった。
……多少は心配していたというのに。
「さぁ、四十二区に帰ろうか」
「えっ!? ヤシロさん、お二人を置いて帰る気ですか!?」
え、二人?
俺には何も見えないけれど?
「あっ、英雄様っ!」
ジネットが大きな声を出したせいで、バカップルに気付かれてしまった。
……ちっ。
「あ、あのっ! お母さ……母が何か失礼なことをいたしませんでしたか!?」
ウェンディが不安そうな顔をして駆けてくる。
けどな、母親以上に、今のお前らのバカップルぶりにイライラしちゃってるぞ、俺は。
「申し訳ありません。母は、少し常識のない人でして……」
「はっはっはっ、何言ってんだウェンディ。父親よりマシだろう」
常識がないのは、ほぼ全裸で黒タイツだけを身に着けて街を徘徊している父親の方だろう?
「……父に会ったのですか…………大変失礼をいたしました」
深々と頭を下げるウェンディ。
お~い、チボーとやら。
実の娘に存在そのものが失礼だと認識されているようだぞ。
「お義父さんにお会いしたんですか?」
俺たちの会話に、セロンが食いついてくる。
興味津々な目をしている。やはり、彼女の父親ってのは気になるようだ。
しょうがない、情報くらいは教えといてやるか。
「どのような方でしたか?」
「ド変態だったよ」
「申し訳ありません……お目汚しを……っ!」
エステラたちですら苦笑を漏らす中、ただ一人あの変態タイツマンを知らないセロンだけがきょとんとした顔をしている。
知らないってことは、時に幸せなことだったりするんだな。
「しかしまぁ、なんとかなりそうな手応えは感じたよ」
「本当ですか!?」
俺の言葉に、ウェンディが目を丸くする。
心底、どうにもならないと思っていたのかもしれない。
取っかかりがあるということだけでも、相当驚いているようだ。
まぁ、口論が絶えない母親のことを客観的に見るのは難しいかもしれないな。親子ならなおさら。
傍から見てりゃ、どちらも素直じゃないだけだってことは丸分かりなんだがな。
「けど、とりあえずは出直しだ。色々準備をしなければいけなくなった」
集めるべき情報も見えてきた。
それらを精査して、再度作戦を練る必要があるだろう。
だが、それよりもまずは……
「変態タイツマンに着せる服を作ろうと思う。オッサンの絶対領域はこれ以上見たくない」
「申し訳ありません……っ」
申し訳なく思われる父親ってのも、気の毒な存在だと思うが…………まぁ、アレじゃあ仕方ないよな。
とにかく、一度四十二区に戻りたいな。
……こいつらの前じゃ、きっと聞き出せないからな。『亜種』だ『亜系統』だって話はな。
エステラが話しにくいなら、またイメルダに聞いてみるか……
なんにせよ、三十五区で出来ることはもうないだろう。今回はな。
他の虫人族の話なんかも聞いてみたいところだが……情報不足のままじゃどんな地雷を踏んじまうか分かったもんじゃない。
うん。やっぱり出直そう。
「よし、じゃあお前ら、一旦帰…………りたく、なさそうだな」
振り返ると、ジネットとエステラが、なんだかうずうずしていた。
キラキラした目で、何かを訴えかけるようにこちらを見つめている。
「……飲みたいのか?」
「はいっ。どのようなお味なのか、非常に興味深いです」
「ボ、ボクも、後学のために、ね」
勉強熱心なんだなぁ、二人とも。……ミーハーなだけじゃねぇか。
「しょうがない。じゃあ、一休みしていくか」
「はいっ!」
「やったぁ!」
「ふふ……やっぱり甘いなぁ、自分は」
何か含みを持たせたレジーナの発言はまるっと無視して、俺たちは花園で一息入れることにした。
バレリアのところで結構しゃべったからな。喉を潤すのもいいだろう。
それに……もう既にリア充を見せつけられた後だしな。
「ねぇ、ウェンディ……心なしか、睨まれてないかな?」
「そんな。英雄様がそんなこと…………どうしよう、セロン。睨まれてるわ」
絶対零度の冷ややかな視線にさらされ、凍えるように身を寄せ合うセロンとウェンディ。
くっそ……非難の視線すらもイチャつく理由にしやがるのか、バカップルってのは。
「ほら、ヤシロさん。見てください。色んな種類のお花がありますよ」
俺とセロンたちの間に発生した凍てつく空間に、ジネットが割って入ってくる。
太陽の笑顔が絶対零度の空気を暖めていく。
命拾いをしたな、バカップル(の男の方)。今回だけは見逃してやる。
「それぞれのお花で蜜の味が違うのでしょうか?」
「蜜なんかどれも同じなんじゃないのか?」
「いいえ、英雄様。それぞれに違う味がするんですよ」
香りや甘みはもちろん、舌触りや喉ごしも様々で、味は千差万別なのだそうだ。
確かこいつも花園デビューしたばかりのはずなのだが、ウェンディは得意げに語る。
「ずっと憧れていましたので、情報だけは知っているんです」
ペロッと舌を出してはにかむ。
少し恥ずかしそうに笑うその顔は、まるで都会に憧れる田舎娘のようで、とても微笑ましかった。
中学の頃、駅前のコーヒーショップに行っただけでちょっと大人になった気分になっていた、そんな痛い過去を思い出して……つられて恥ずかしくなってしまった。
女将さんにドヤ顔で注文の仕方とか、「通はこれを飲むんだ」とか、そんなことを言っていた気がする。……あぁ、痛い痛い。
「んじゃ、飲み比べてみるか?」
近場の花を手に取ってみると、中には一口分程度の蜜が入っていた。
ワインのテイスティングくらいの量か。
試しに飲んでみるにはちょうどいい量だ。
「これは、どうやって飲めばいいんだい?」
興味が抑えきれないと言わんばかりに、エステラが周りにある花に視線を巡らせている。
ケーキバイキングに初めてやって来た子供のようだ。
「気に入った蜜があれば、その花を四つ五つ摘んで一つの花に蜜を集めて飲みます」
「お花がコップになるんですね。……素敵です」
「摘んで蜜を取った方の花はゴミんなってまうけどな」
ウェンディの説明で、ロマンチックな感想を漏らすジネットと、ロマンチックとは無縁の感想を漏らすレジーナ。
育つ環境で、こうも違っちゃうもんなんだなぁ……
「そういえば、ここの蜜って無料なのか?」
最も重要なことを誰も口にしないので、しょうがなく俺が尋ねることにする。
適当に飲んで、帰り際に料金を請求されるとか御免だからな。
「はい。この花園の蜜は無料ですよ」
ウェンディの言葉にほっと胸を撫で下ろすと同時に、そんなんで大丈夫なのかという不安も湧き上がってくる。
ほら、維持費とか。
「ここは、三十五区の領主様が管理されている花園で、花の管理や警備はすべて領主様が負担してくださっているんです」
「区営なのか」
「はい。花園の外に持ち出さない限りは飲み放題です」
なるほど。
持ち出しをOKにしてしまうと、それを他所で売る商売が成り立ってしまう。それでは大赤字になるだろう。
元手無しで、美味い飲み物が販売出来るなら誰だって飛びつく。
それは領主の本意ではない。
あくまでこれは、三十五区内でのみ受けることが出来るサービスなのだ。
カブリエルが言っていたが、確かに、ここの領主は『亜種』とやらにも気を配っているらしい。
…………けど、『人間』以外には会いたがらない可能性が、ある……かもしれないんだよな。
実際会ってみないとなんとも言えないな。
どういう人物なのか。
『ルシア』って名前から察するに、女だと思うんだが……
怒らせると怖い女領主か…………どうしてもメドラみたいなヤツが思い浮かんでくるんだよな…………やっぱ、会いたくないかも……
「よし、それじゃあ、ボクはこの青い花の蜜にするよ」
もう我慢出来ないとばかりに、エステラが花園に咲く青い花を一輪摘み取る。
そして、花の縁に鼻を近付けて香りを堪能する。……ワインか!?
「いい香り……これは絶対美味しいね」
自信たっぷりに言って、そっと口をつける。
ストローは別売りであるようなのだが、一人で飲むならエステラみたいに口をつけて飲めばいい。むしろ、俺はそれを推奨するね!
二人でストローとか、邪道だ。爆ぜろ。
花に口づけるエステラ。
ゆっくりと花を持ち上げて、静かに蜜を口の中へと流し込む。
整った顔立ちが、そんなともすればキザになりがちな行為すらさり気なく、そして美しく見せる。
……なんというか、少しだけ色っぽく見える。
「…………ふむ」
舌の奥でしっかりと味わうように、ゆっくりと喉を鳴らす。
おそらくエステラが身に纏っている貴族の気品のようなものがそうさせるのだろうが……凄く『通』に見える。今日が花園デビューのはずなのだが、嗜み方を知り尽くした常連のような風格だ。
「ヤシロ」
花の蜜を堪能したが故の余裕なのだろうか、エステラの微笑みがいつもより穏やかに見える。
年齢よりも大人っぽいその微笑を俺に向け、先ほど口をつけた青い花を俺へと差し出してくる。
「君も一口、どうだい?」
「へっ!?」
そ、それってのは……か、間接キスをせよと!?
いやいやいや。間接キスくらいどうってことはないのだが……エステラはそういうのを恥ずかしがるヤツだと思っていたから、そこに驚いてしまった。
これが逆だったら、真っ赤な顔をして「か、かか、間接キ、キスとか…………無理っ!」って、盛大に慌てふためくに違いないのだが…………
なんなんだ、この余裕は?
もしかして、あの蜜の中にはアルコールでも入っているのか?
普段とは違うエステラの雰囲気に、不覚にも胸がざわつく。
「遠慮しないで。ほら」
「お、おぅ……」
差し出された青い花を、思わず受け取ってしまった。
受け取ってしまったからには……飲むしか、ない……よな?
まぁ、間接キスくらいどうってことはないのだが……念のために、口をつけたところは外しておこうかな。念のためにな。罠かもしれないし。
エステラが、いつもと違う余裕の雰囲気を見せていることに警戒しつつも――警戒だからな? あくまで警戒であってドキドキしてるわけでは決してないからな――俺は青い花に口をつけ、そっと蜜を口の中へと流し込んだ。
とろり……と、花の蜜が流れ込んでくる。
そして――
「ブホッ!?」
マッズっ!?
つか、酸っぱっ!?
「ごほっ! ごふっ! げふんげふん!」
「ヤ、ヤシロさん、大丈夫ですか!?」
「ふふふ……君も道連れだよ、ヤシ……ごほっごほっごほっ!」
「てめぇ、エステごほっ! このために……ごほっごほっ! 咳を我慢してごほっごほっごほっ!」
なんてヤツだ。
俺を引っかけたいがためだけに、こんな強烈に酸っぱいもんを飲んだにもかかわらず、あんな涼しい顔してやがったのか!?
くゎー、キツい!
手加減なしの、マジもんのお酢を一気飲みしたような気分だ……果実酢とか、そんな生易しいもんじゃない。酢だ。素の酢だ!
これ……むせるなって方が無理だ…………エステラの精神力、凄まじいな……こんなくだらないドッキリのために…………っ。
「ごほっごほっごほっごほっ!」
「ごっほごほごほ。ごほっほごっふ」
「ごーほごほごほ、ごほほほごっほごっ!」
「自分ら、咳でケンカすんのやめ~や。聞いてる方が、気管とか『はしかい』なるわ」
『はしかい』ってのは、喘息とかで気管が「ぜひーぜひー」するような、なんともしようがない、痛痒いような、そんな気持ちの悪さ、みたいなことだ。
こっちの方が『はしかい』わ!
俺とエステラの間に立ち、左右の手で各々の背中をさすってくれるジネット。
おら、レジーナ。お前も自分の喉元かいてる暇があったら、ジネットを見習って背中でもさすれよ。
「あの、英雄様、領主様」
いまだむせ続ける俺とエステラに、ウェンディが心配そうな視線を向ける。
「中には、飲みにくいものもありますので、お気を付け下さいね?」
「「ごほほごほごっほ!」」
俺とエステラの咳が揃う。
おそらく同じ気持ちなのだろう。
すなわち、「言うの遅いわっ!」
「英雄様、領主様。この花の蜜は喉に優しい味ですよ」
セロンが俺とエステラに、白い花をそれぞれ渡してくれる。
中の蜜を飲むと、まるではちみつレモンのような爽やかな酸味とまろやかな甘みが口の中に広がっていく。
イガイガしていた喉が癒されていくようだ。
「……治まった」
「……ボクも」
ほふぅと、二人揃って息を吐く。
というかだな、エステラ。お前の災難は、浅慮故の自業自得だが、俺のは人災だからな? 傷害罪が適用されても文句言えない状況だからな?
「覚えてろよ、エステラ」
「なんだよぉ。軽いお茶目じゃないか」
「……俺も軽いお茶目を、いつか、『必ず』、仕掛けてやるよ」
「さ、先に『お手』とか言って、ボクに変な汗かかせたのは君の方じゃないか!」
「それを蒸し返すな!」
えぇい、もういい。
今回のことは大目に見てやる! だから二度と蒸し返すなよ!
「英雄様も領主様も、大事に至らなくてよかったです」
ウェンディがほっと胸を撫で下ろす。
自分の勧めた場所で俺たちに何かあったら……とでも心配したのだろう。
だったら事前に注意喚起しておいてほしかったよ。
エステラも、ウェンディの言葉に苦笑を浮かべている。
だが、こちらは俺とは理由が違ったようだ。
「ウェンディ。それにセロンも。『領主様』はやめてくれないかい? 今まで通り『エステラ』と呼んでほしいって言ってるじゃないか」
「あっ、すみません。つい……」
「僕も、気を付けようとは思うのですが…………どうしても」
大食い大会の、あのエステラの宣言まで、エステラが領主の娘であることを知っている者は限りなく少なかった。
しかも、その直後にエステラは自分が領主になると宣言したのだ。
これまで親しくしてきた面々には、今まで通り接してほしいと言っているようだが……ウェンディやセロンみたいな不器用な連中には、それが難しいらしい。
気にせず今まで通りに……とは、なかなかいかないらしい。
天然系の後輩だと思って可愛がっていたヤツが、実は組長さんの一人娘だった……と、分かった瞬間敬語になってしまう。みたいなことなのだろう。
気にするなって方が無理なのかもしれない。
まぁ、そういう距離感が嫌でずっと内緒にしていたエステラには、つらいことかもしれないけどな。
……しゃ~ねぇなぁ。俺が一肌脱いでやるか。
「セロン、ウェンディ。『エステラ』と呼ぶのが躊躇われるなら『エグレラ』と呼んでやればいい」
「抉れてないよ!?」
「酷い濡れ衣だな……別に『抉れちゃん』から取って『エグレラ』と言ったわけじゃないぞ」
「じゃあ、なんなのさ?」
「エグい下着を穿いてる『エグレラ』だ!」
「今日は穿いてないよっ!」
今日は穿いてない……しかし、持っていないとは言っていない!
俺は以前、ナタリアから情報をもらっているのだ。「エステラの洋服ダンスの上から二段目には、エグい下着が眠っている」とな!
………………ん?
「今日は、穿いてない」…………?
「えっ!?」
「そういう意味じゃないから! 穿いてるから!」
「信用出来ん! 見せろ!」
「断るっ!」
「他所の区でも全開やな、自分」
「もう、ヤシロさん…………懺悔してください」
なんだか非難轟々だ。
俺は、『エステラ』と呼びにくいなら愛称で呼んだらどうだと、打開案を提示しただけなのに……やっぱ、親切なんてするもんじゃないな。ろくな目に遭わない。
「さっきの青い花以外、全部摘み取ってやる!」
「ダメですよ、英雄様!? 三十五区の領主様に叱られます!」
「下手したら戦争になるかもね……ヤシロ、『ハウス』!」
エステラめ……余計なことばかり学習が早い。
お前がもし飼育系ゲームの犬役だったら、『お乳』ってコマンドを選択した際に『そのコマンドは選択不可です。別の芸を選んでください』ってアラート出されるくせにっ!
「しかし、アレやな……これだけ仰山種類があると、どれが美味しいんか分からへんな」
「一口ずつ試していくにしても、すぐにお腹一杯になっちゃいそうですね」
「さっきの白いのは美味しかったよ。ボク、アレをもうちょっともらおうかな」
「セロンが選んでくれた、この黄色い花も美味しいですよ。後味が爽やかで」
「ウェンディが最初に美味しいって言ってた桃色の花の蜜も美味しかったよね」
「よし、青と黄色と桃色は避けよう」
セロンとウェンディの飲んだ蜜は、なんとなく飲みたくない!
どうせカップル限定なんだろう!?
「うわぁ、あのクレープ美味そ~、えっ!? 安っ!? よし、食ってくか!」って行列に並んで、やっと自分の番だって時に「すみません。こちら、カップル限定なんです」って販売拒否された時の一人もんの寂しさといったら……周りはくすくす笑うしさぁ!
俺は、二度とカップル限定の物に惑わされない!
「ヤシロさんは、どのお花が美味しいと思いますか?」
「分からん」
こんな福袋みたいなもんで当たりを引くなんてほとんど不可能に近い。
ならば……
この花園の蜜は飲み放題。ただし持ち出しは禁止。
それはすなわち、ドリンクバーと同じだ。
ドリンクバーでやるべきことといったらただ一つ!
「全種類ミックスを作るぞ!」
あるヤツ全部を混ぜて、自分だけのスペシャルドリンクを作るのだ!
ドリンクバーと、シロップかけ放題のかき氷では定番中の定番だよな!
「全種類は……さすがに無理なのでは?」
「まぁ、これだけあるとね」
「何十リットルって量になってまうな」
「だったら、そこら辺にあるヤツを適当に混ぜるまでだ!」
俺は足元に咲いている花の中から、別々の花を四種類、無作為に選び蜜を一つの花の中へと注ぎ込んだ。
蓋をして、バーテンダーのような手つきでシェイクする。
……ふむ。出来た。
折角なので、みんなにも振る舞ってやろう。
それぞれに空いた花を持たせて、一口分ずつ注いでいく。
こういうのは、シェアしなきゃな。……失敗する可能性も高いしな。
「あ…………。なんだか香りに深みが増した気がします」
「そうかな?」
「ウチにはよう分からんわ」
「ほら。とても奥深い香りになりましたよ。ね?」
「え……う~ん」
「よう分からへんなぁ……」
ジネットだけが好感触な感想を寄越す。
そして、誰よりも先にジネットが一口、ヤシロブレンドを口に含んだ。
「――っ!?」
途端に見開かれる瞳。
そして、ぷるぷると震え出す手。
「ジ、ジネットちゃん!? どうしたの!? 美味しくないの!?」
「無理したらアカンで! 吐き出し! ペッてしぃ!」
しかし、ジネットは盛大に首を振り、会心の笑みをもって断言する。
「美味しいですっ!」
「…………へ?」
「……ホンマに?」
「はい! 陽だまり亭でも、是非お客さんにお出ししたいような、それくらい美味しい味です!」
瞳をキラキラさせ、興奮気味に語るジネット。
エステラとレジーナは顔を見合わせて、一度花の中の蜜に視線を落とし、再び顔を見合わせてから、ほとんど同時にその蜜に口をつけた。
「んっ!?」
「なんちゅうこっちゃ……」
蜜を飲み干したエステラとレジーナがグイッと俺に詰め寄ってくる。
「どこでこんなレシピを手に入れたの!? いつから知ってたの? っていうか、なんで今まで内緒にしてたんだよぉ!?」
「せやで自分! こんなもんがあるんやったら、もっと早ぅ教えといてくれたらえぇねん! なんやねんな、出し惜しみなんかしくさってからにぃ! 人が悪いなぁ、ホンマ」
「いや……レシピも何も……目についたヤツを適当に混ぜただけなんだが……」
「適当に作ってこの味なんですかっ!?」
エステラとレジーナを押し退けるように、ジネットが「ずずずいっ!」と接近してくる。
目が、なんだか真剣だ……
「あ、あぁ……ガキの頃によくこういうことをしていてな」
「……子供の頃から、こんな才能が……」
いや、才能とか……どこのガキでも一回はやる、ただの『全部入れ』だぞ?
もし、それで美味かったのだとしたら、素材がよかったんじゃないか?
「英雄様……」
か細いウェンディの声に振り向くと……セロンとウェンディが泣いていた。
「なに泣いてんの!?」
「……私、こんなに美味しい飲み物に出会ったことはありません」
「しかも……こんな素晴らしいものを『感覚』で生み出してしまうなんて……これは、もう『奇跡』と呼ぶほかありませんっ!」
「大袈裟だろ!?」
「いいえっ、英雄様! これは、英雄様が起こされた奇跡です!」
「私たちは、違う味の蜜をブレンドするなんてこと、考えたこともありませんでした。それを難なくやってのけ……そして、こんな…………っ! さすがです、英雄様っ!」
やめてくれるかな?
ガキの頃のノリで『全部入れ』して、「うわっ、なんだいコレ?」「これやったら、普通に一種類の方が美味しかったんやないか?」「なんでだよ!? 美味いだろう『全部入れ』!? なぁ、ジネット?」「え? あ……さ、さぁ……どうでしょうか……?」みたいなノリを期待してたのに!
だいたい、適当に混ぜ合わせたもんがそんな言うほど美味いわけが……
特になんの感慨もなく、大した期待も抱かず、手に持った花に口をつけて中の蜜を飲み干す。
瞬間――
世界は優しい光に包まれた。
美味しいものを口にすると、人間の心っていうのは、こうも穏やかになるものなのか……
「エステラ、レジーナ……今まで散々酷いこと言ってごめん」
「ヤシロが、美味しさのあまり素直になった!?」
「なんちゅう効果のある飲みもんや!?」
「セロン、ウェンディ。幸せになるんだぜ☆」
「ヤシロがリア充に対して大らかに!?」
「効き過ぎて怖いくらいやなっ!?」
美味い。
こんな飲み物は飲んだことがない。なのに、どこか懐かしいような気もする。
悔しいが、こいつは美味い。ちょっと嵌りそうだ。
これが、本当に花の蜜か?
ガキの頃にツツジの蜜をアホほど吸いまくっていたが、こんな奥深い味わいなどはなかった。
どうもここにある花の蜜は、純粋に蜜の味がするだけじゃないようだ。
なんてファンタジーな花が咲いてやがんだ、三十五区。
……そういや、人間を襲う食虫植物とかもいたしな。こういうのがあっても不思議ではないか。
もしかしたら、こいつらは植物界の魔獣なのかもしれないな。
「ねぇ、ヤシロ! もう一回作れるかい?」
「そうだな……この花に入っている蜜の量に個体差はあるのか?」
「えっと……調べたことはありませんが、おそらくはないと思います。だいたい四つで花のコップ一杯分ですから」
「差異がない……なら、作れるかもしれないな。今エステラたちが持ってる花と同じものを摘んでシェイクすれば……」
「さっきと同じものが出来るってわけだね!? よし、みんな! 手分けして探そう!」
意気揚々と、エステラが花探しを始める。
ジネットにセロンとウェンディも活き活きとした表情で花を覗き込む。
そんな中、レジーナだけが渋い顔をしている。
「どうした?」
「いや、さっきのは確かに美味しかったんやけど……おかわりしたいかっちゅうと……」
「それほどでもないと?」
「う~ん……ウチにはちょっと甘過ぎるんやろうなぁ。ウチはもうちょっとビターっちゅうか、『キリッ!』とした味のヤツが好きやさかいに……」
「あ、それは確かにそうかも」
もうすでに目当ての花を手に入れたらしいエステラがレジーナの意見に賛同する。
「最初の一口はともかく、もう一味……欲しいんだよね」
「なら、酸味を足してやるとキレが増すんじゃないか?」
「あぁ、酸味な! それはえぇかもしれんな。ウチ、果実酢好きやさかい」
「酸味かぁ……花園にそんなの………………」
「あるじゃねぇか!」
「あるじゃないか!」
「あるやないか!」
俺たちは一斉に地面へと視線を向け、そして誰も手にしないが故に割と大量に固まって咲いている青い花を見つける。
エステラが選んで大失敗した、激しく酸っぱい、あの花だ。
「ヤシロさん。お花集まりましたよ」
「さっきのヤツを作る前に、一つ試してみていいか?」
ジネットたちが集めてくれた花の蜜に、青い花の蜜を混ぜてシェイクする。
……さて、吉と出るか凶と出るか…………
「よし……試してみるか」
先ほどの惨劇が想起されて二の足を踏んでしまう。
だが……ここは思い切って!
「………………んっ!?」
「美味しいっ!」
「これや、これ! ウチ、これが好きやわ!」
「全然雰囲気が変わりますね」
「……私、幸せです」
「英雄様の奇跡、再び……」
青い花の蜜を混ぜたものは、先ほどの甘いドリンクとはガラッと変わって、キレのある口当たり爽やかな飲みやすいドリンクになった。
単体で飲むととても飲めたものではないが、ブレンドすることで実にいいアクセントになっている。
単純に、同じ分量を混ぜると酸っぱ過ぎるだろうと予想したのだが……嬉しい誤算で、実に飲みやすくなっていた。
もしかしたら、ここの蜜は混ざり合うことで刺々しい酸っぱさや強烈な甘さを緩和してくれるのかもしれない。
「ウチ、こっちの方が好きやな」
「俺は、最初の方かな」
「あ、わたしもです。でも、こちらも美味しいと思いますよ」
「ボクも最初かなぁ」
「私はこちらの方が」
「僕も後の方が好きですね」
ということは、俺たち年下三人は最初の甘い方が、年上三人はキレのある方が好きという結果になったわけだ。
これは、二種類とも店に置けば全年齢をカバー出来るドリンクになるかもしれんな。
「なぁ。この花……ミリィに頼めば栽培出来ると思わねぇか?」
「え……。ミリィさん…………なら、きっと出来ますね。出来ると思います」
俺もジネットの意見に賛成だ。
もしこいつが特殊な花であったとしても、ミリィならきっと上手く栽培してくれる。
この花が四十二区にも咲けば……このドリンクを陽だまり亭のメニュに出来る!
「よし! 二、三株引っこ抜いて持ち帰ろう!」
「ダメですよ、英雄様!? ここは領主様の管理区域。花の持ち出しは厳禁です!」
「大丈夫! いざとなれば四十二区の領主が全責任を負う!」
「ちょっ!? いくらなんでもそれは無茶だよ!? 本気で戦争にでもなったらどうするのさ!?」
「あのなぁ、エステラ! 戦争が怖くて領主が務まるか!」
「務まるけど!?」
「お前は、何をしにここまで来たんだ!?」
「ウェンディの両親に会うためだよ!」
えぇい! 正論で返すな! 反論出来ないだろうが!
「もし、どうしてもというのでしたら……」
ウェンディが、「あまりおすすめはしませんが」みたいな空気を醸し出しつつ、三十五区の外壁側へと視線を向ける。
「領主様にご相談されてみてはいかがでしょうか? 上手くすれば、少しくらいは分けてくださるかもしれませんよ」
「……領主、か」
エステラが「怒らせるな」と恐れる怖い領主。
会ってみるか?
そして、この花を譲ってくれと……
「話してみる価値はあるかもしれないな」
上手くいけば……目玉商品が増えるっ!
イコール、また儲かるっ!
ぐふっ……ぐふふふふっ!
「あ、あの、ヤシロさん」
金の匂いに巻かれて上機嫌な俺に、ジネットが恐る恐るといった感じで声をかけてくる。
なんだなんだ? お前も一緒に金の匂いに酔いしれたいのか?
いいだろう。存分に酔いしれるといい!
「……ウェンディさんのご両親の件、忘れてません……よね?」
「………………」
「…………」
「…………領主という立場から見た虫人族との軋轢なんかの話も、きっと参考になるんじゃないかなぁ」
「なるほど。そこまで考えていたんですね。すみません、思い至りませんで」
「あっはっはっ。何を言ってるんだジネット」
そんなことまで、考えてるわけないじゃないか、この俺が。
ノリと勢いだよ。
「そんなことまで、考えてるわけないじゃないか、ヤシロが」
「ノリと勢いやな」
お前らはエスパーか!?
物凄く正確に俺の心を読んでんじゃねぇよ!
「とにかく、馬車を引き取るついでに、もう一回面会出来ないか頼んでみよう。えっと……あの、ほら…………チチベルトに」
「ギルベルタだよ!?」
そうそう、そいつにな。
ともあれ、俺たちは花園を出て、領主の館へ向かった。
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