後日譚5 ウェンディの特異体質?

「……と、いう話を昨日イメルダとしたんだが」

「誰が抉れ乳だっ!?」


 向かいに座るエステラがテーブルをドンと叩く。

 ……なんでそこだけをピックアップするんだよ。全部話したのに。


「まったく、ボクのいないところでくだらない話して……っ!」

「悪かった。今度からはお前も交えて抉れ乳の対策を話し合うことにするよ」

「混ぜてほしくないよっ! …………抉れてないわっ!」


 陽だまり亭へ嫌がらせに来たチンピラかというほどテーブルをバシバシ叩いて暴れるエステラ。出禁にするぞ、コラ。


「まぁ確かに、獣人族との間には少なからずそういう感情があるかもしれないけど……四十二区には関係のない話だよ。ボク、そういうの嫌いだし」

「そうですね。四十二区のみなさんはいい方ばかりですので、誰かを差別するというようなことはないのではないかと思いますよ」


 俺の隣で、ジネットがほっこりとした笑みを見せる。


 昨日イメルダと話をしてみた結果、こいつらにも話してもいいだろうと判断した俺は、種族間の軋轢に関する話を陽だまり亭の面々に話して聞かせることにしたのだ。

 ジネットにエステラ。それにマグダとロレッタもいる。

 あまりいい気はしないかもしれないが、陽だまり亭のメンツなら変な摩擦は生じないと踏んだのだ。話せば分かってくれるだろうし、下手に隠したり遠慮したりする方が怒りそうだったしな。


「だがな、ジネット。かつてはここにもスラム差別があったじゃないか」

「あぅ……そう、でした……ね」

「あ、あの! そんな顔しないでです、店長さん! お兄ちゃんたちのおかげで、街の人たちと分かり合えたですし、弟妹たちも元気に楽しくやってるですから、もう何も気にしてないですよ!?」


 ふっと表情を曇らせたジネットに、当事者であったロレッタがフォローを入れる。

 もうすでに過去のことと、本人たちはすっかり割りきっているのだ。弟妹たちも、根っからの明るさと前向きな思考によって暗い影など微塵も感じさせない。

 理解し合えたことで、過去は清算されたのだ。


 とはいえ、差別意識を持っていた側はそう簡単にはいかないようだが……

 ノーマなんかは、今でも不意にロレッタや弟妹たちのことを気にかける素振りを見せる。

 同情ではないにせよ、どこか放っておけない気分になるのだろう。


 それがいつしか『思いやり』なんて言葉に変わっていくのだと思う。


 そういう点では、ジネットはいささか気にし過ぎかもしれないな。

 ロレッタを気遣うあまり、ロレッタに気を遣わせてしまっている。

 良くも悪くも、相手の心に寄り添い過ぎるヤツだ。


「ロレッタの言う通りだぞ、ジネット」


 ジネットが暗い表情をすれば、その分ロレッタの心が重くなる。

 それは負のスパイラルを生み出すきっかけになりかねない。

 俺がジネットの心にかかる錘を取り払ってやらなきゃな。


「そういう過去は確かにあった。その事実は消えない。けどな……」


 俺はジネットに向かって、最高に爽やかな笑みを向けてやる。


「ロレッタ的には、それくらいの方が『おいしい』んだぞ!」

「そういうお笑い的なものは求めてないですよ、あたしたち弟妹!?」


 え~、なんでだよ?

「いやいやっ! ちょっと待ってくださいよっ!?」とか、そういうの好きだろ?

 本当は弄られ好きなくせに。


「そうだよ、ジネットちゃん」


 折角フォローしてやった俺に「むぅむぅ!」と抗議してくるロレッタを尻目に、エステラがジネットに声をかける。


「大切なのは『過去に何があったか』ではなく、『これからをどう生きていくか』だよ」

「これからを……」

「獣人族はみんな前向きで、気持ちのいいくらいさっぱりした人ばかりじゃないか。彼らと一緒に明るい未来を築いていく。それが、ボクたちが最も考えるべきことだと思うよ」


 そう言いつつも、何もしなくていいとは思っていないらしく、エステラはニュータウンへの投資を惜しみなく行っている。

 ロレッタたちが生きていきやすいように、可能な限り力を貸しているのだ。

 それだけじゃない。四十二区は、獣人族にとって住みやすい環境を作るための制度がいくつもある。

 そんな領主からの働きかけがあるからこそ、この街に住む獣人族はみんな活き活きとしているのだと、俺は思っている。


「ボクは彼らを信じているし、彼らもそうだと確信している。変に負い目を感じる必要もないし、今まで通り普通でいいんだよ」


 人間と獣人族は違う。

 そんなもんは分かりきっている。見た目がまるで違うし、力や、その他の身体能力も違い過ぎる。

 けれど……


「だって、ボクたちもマグダやロレッタ、他の獣人族のみんなも、同じ人間じゃないか」


 同じ『ニンゲン』。

 同じ四十二区の住民。

 それがエステラの、この四十二区の考え方なのだ。


 好感の持てる考え方だと、俺は思う。

 言ってしまえば、割と好きな方だ。


「はい。そうですね。みんな、一緒です」


 硬かったジネットの表情が、いつものふんわりしたものに変わる。

 ここで俺が気の利いた一言を添えて、場の空気を整えてやるべきだろう。


「そうだぞ、ジネット。四十二区ではな、爆乳も抉れ乳も平等に生きる権利があるんだ!」

「あるよ、そりゃ! この区に限ったことじゃなくねっ!」

「あ、ごめん。抉れてる人はちょっと黙っててくれる」

「差別すんなぁっ! …………抉れてないわっ!」


 あぁ、素晴らしい。四民平等。

 なんて穏やかな世界なんだ。

 ん? 『四民』?

 そりゃあ、お前、『爆・巨・普・貧』の四段階の階級だろ。その下に『無・抉れ』と続くが、素晴らしき四十二区ではそれすらも差別に遭うことはないのだ。

 素晴らしいな、まったく。


「……で、だな」


 問題定義をし、そして場の空気が柔らかくなったところで、俺は本題を切り出す。


「セロンとウェンディの結婚を、盛り上げてやりたいと思う」

「なるほどね……人間と獣人族の結婚を、当たり前のものだと再認識させるってわけだね」


 察しのいいエステラが俺の言葉を補ってくれる。

 制度的になんの問題もない人間と獣人の結婚。しかし、差別意識の薄い四十二区内においても、人間と獣人の夫婦は、俺の知る範囲では一組もいない。


 おそらく、どこかで潜在意識が勝手な思い込みをしているのだ。

『異種族間の結婚はおかしい』と。

 日本でも、差別するつもりなどまったくなくても国際結婚には躊躇してしまう者がほとんどだろう。なんとなく、同じ種族に配偶者を求めてしまうのは、習性といってもいいかもしれない。


 俺個人の力なんぞ大したことはない。そんなもんは分かりきっているし、それを嘆くようなこともない。出来ることしか出来ない。当たり前だ。

 長く根付いたその潜在意識を改善させるなんて、俺に出来るはずがない。

 この国の人間すべての価値観をひっくり返すなんて大それたこと、きっと精霊神でも出来やしない。


 俺に出来るのは、精々、手を伸ばして届く範囲にいる人間にわずかな影響を及ぼすこと程度だ。

 だが、それくらいのことなら出来るはずなんだ。


 ロレッタたち弟妹が四十二区に溶け込めたように。

 アッスントやウッセたちと、バカな話で笑い合えるようになったように。


 相容れないと、勝手に思い込んでいた関係をどうにかすることで丸く収めることくらいは……必死になれば出来る……かもしれない。

 それくらいなら、労力を割いてやらんでもない。


 もしいつか、マグダやロレッタが誰かを本気で好きになった時に、くだらないことで悩んだりしなくて済むように、な。


 ついでに、俺におこぼれで利益が生まれるなら最高だ。

 ちょちょいと細工をしてやれば、また陽だまり亭に客が流れ込んでくる仕組みが作れるかもしれん。いや、作れるだろう。


 そんなわけで、俺はまた、一つ大きなイベントを開催することにした。


「盛大な結婚式を開催してやろうと思う」

「結婚式……と、いうと、貴族の方がされるようなもの、ですか?」


 ジネットの反応を見るに、プロポーズ同様、結婚式というのは貴族のみが行うもののようだ。

 一般人の結婚がどのようなものなのか、現状の確認が必要だ。

 以前ジネットにも聞いたのだが、もう少し具体的に知りたい。


「なぁ、エステラ。この街の結婚ってのは、どうやっているんだ?」

「え? それは、書類を領主に提出して、精霊神様に誓いを立てるんだけど……」

「二人きりでか?」

「司祭やシスターが立ち会うよ」

「家族は?」

「……なんで家族が立ち会うのさ?」


 エステラのこの反応。

 やはり、この世界では結婚とは本人同士のもの以上の意味合いは薄そうだ。

 成人すれば一人前。家を出るのが当然なのだ。

 爵位を持たない一般人は、お家断絶に危機感を持たないのだろう。


「俺の故郷では、結婚する二人は神前で結婚の誓いを立てるんだが、その場には家族や仲間がいるんだよ。なかなかに神聖で美しいものだぞ。これから夫婦になろうとする二人は、穢れのない純白の衣装に身を包み……特に新婦のウェディングドレスは綺麗で、女性の憧れの的だった」

「純白のドレス……ですか?」


 ジネットの大きな瞳がキラキラと輝いている。いい食いつきだな。


「想像すると……凄く…………綺麗ですね」



 うっとりとした表情で、ジネットは「ほふぅ……」とため息を漏らす。

 マグダも耳をぴくぴくと揺らしているあたり、なんだかいい感じの想像でもしているのだろう。


「あたしは赤の方が好きです。赤がいいです」

「なに、ロレッタ。お前、三倍の速度で動くつもりなの?」

「え? よく分かんないです……っ!?」

「赤い彗星なの?」

「違うですけど!?」


 ウェディングドレスは白でいいんだよ。


「でも、緊張しそうだね。家族や仲間の前で宣誓なんて」


 微かに頬を染め、エステラが照れ笑いを浮かべる。


「ただでさえ、会話記録カンバセーション・レコードに記録されるのにさ」

「え……会話記録カンバセーション・レコード?」


 そうか。

 こっちの結婚って、誓いの言葉とかを会話記録カンバセーション・レコードに記録されるんだよな。


「ってことは……もし、不貞行為とかしたら……」

「即、カエルだね」


 怖っ!?

 結婚、怖っ!?

 何より、今のエステラの笑顔がすげぇ怖い!


「ねぇ、ヤシロ。今君が口にした『不貞行為』ってさぁ…………例えば?」

「怖い怖い怖い! その笑顔でこっち見んな! 近付くな! 例え話だから!」

「貴族は一夫多妻出来る~とか、いまだにそんな考えを持っている男が、ボクは大っ嫌いなんだよね」

「そうだよね! 愛って、一途だから美しいみたいなところあるもんね! だから、ちょっと離れてくれるかな!? その笑顔超怖いからっ!」


 夢に見そうな完璧なスマイルが、頬にめり込みそうな勢いで接近してくるこの恐怖……こいつ、これを必殺技にすれば中央区だろうが簡単に落とせるんじゃないのか?

 とりあえず分かったことは……この街で浮気をすれば血を見ることになりそうだってことだな。…………まぁ、浮気も何も、俺には関係のない話だけどな。特定の相手もいないし。


「それで、お兄ちゃん! お兄ちゃんの故郷の結婚式って、具体的に何をするです?」

「……マグダも、少し詳しく聞きたい」


 少女二人が結婚式に興味を示し、わくてかした表情をこちらに向けてくる。

 こいつらでも、結婚ってもんに憧れたりするんだな。

 こいつらの夢を壊さないような、最高の結婚式が出来るように頑張らなきゃな。


「まず、ご祝儀つって、集まった仲間たちが結構なお祝い金を包んでくれるんだ」

「いきなり金の話かい!?」


 バカ、エステラ!

 ご祝儀が一番の目的だろうが!

 五万くらい包んでもらって、新郎新婦の記念テレカでも引き出物としてくれてやる。差額でウハウハするためにも式の費用も抑えて……考えることはいくらでもある!

 結婚式は足が出るなんて言うが、俺ならそこからでも利益を出してみせるさっ!


「あの……なんでか知らないですけど……お兄ちゃんの悪巧み顔を見てたら、なんだか一気に興味が削がれたです」

「何言ってんだよ!? ここが腕の見せ所だろ!?」


 料理を手料理にすれば、グッと安くなるんじゃ……っと、今はまだそこまで考えなくていい。


「大勢の仲間に祝福される、そんな結婚式を二人にプレゼントしてやりたいんだ」

「素敵です! わたしも、協力します!」

「……マグダも、やぶさかではない」

「はいはいっ! あたしも協力するです!」


 陽だまり亭は満場一致で結婚式に賛成だ。

 こいつらが頑張るとすれば、披露宴の方かもしれんがな。


「で、結婚式を定着させて、教会のそばの陽だまり亭に客を呼び込もうって魂胆なわけだね」

「エステラ……そういういやらしいことを言うんじゃねぇよ」


 図星だから、反応に困るだろうが。


「ここ最近、セロンのそばでいろいろ見てきたわけだが……この街の結婚ってのは味気なさ過ぎる。一生に一度の大イベントだぞ? 人生の岐路だ。もっと盛大に(……稼げるところではしっかり稼いで)、思い出に残るものにしたいと思うだろ?」

「今、一瞬……物凄く下世話な表情をしたよね?」


 だから鋭いんだよ、エステラ。見落とせよ、そういうとこは!


「英雄様っ」


 ドアを開け、爽やかな風と共に、これまた爽やかな二人組が来店する。

 セロンとウェンディが、にこにこと笑顔を振りまきながら、俺たちの座る席までやって来る。


「先日はどうもありがとうございました」


 セロンが深々と頭を下げ、ウェンディもそれに倣う。


「昨晩、ウェンディと話をして、正式に結婚をすることになりました」

「本当ですか!?」


 その一報に、ジネットが喜色を浮かべる。

 これまで、なんとなく空気で『結婚するんだろうなぁ』という状態止まりだった二人が、明確に決断を下したようだ。まぁ、大きな一歩と言えるだろう。


「はい。その……セロンが、プ…………プロポーズをしてくれて……」


 おっ!?

 セロンのヤツ、あの後きちんとプロポーズしたのか!?


「大広場の向こうに小高い丘があるんですが……、見晴らしがよくて、ミツバチたちが戯れる花畑が遠くに見える、そこはかとなくロマンチックな場所で……」


 ん~?

 俺はその場所に覚えがあるぞ。

 おいおい、ウェンディ。そのプロポーズってのはまさか、例の死にません的なヤツのことじゃないだろうな?


「『絶対に、私を一人にしない』と……言ってくれて」


 ポッと頬を染めるウェンディ。

 わぁ……スゲェポジティブな脳内変換されてる…………


「この先、きっとセロン以上に好きなる人も現れないでしょうし、その……セロンが求めてくれるのであれば……精霊神様に御誓いを立てても、いいかな……って…………きゃっ!」


 と、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠すウェンディ。

 うんうん。初々しくて可愛いじゃないか。


 だもんだから、セロンのケツに蹴りを一発喰らわせた。


「はぅっ!?」

「セロンく~ん…………なぁ~んで、全部彼女の方に言わせちゃうのかなぁ?」

「あ、あの……ぼ、僕の口からは…………恥ずかしくて」

「よぉし、分かった。ちょこ~っとお話しようかぁ」

「あのっ、英雄様!? 痛、痛いですっ!」


 セロンの首をガッチリとホールドし、グイグイと食堂の隅へと連行する。

 ウェンディは女子たちに捕まってあれこれ質問攻めにあっているので、今なら二人きりで話が出来るだろう。


「あんな有耶無耶なプロポーズでお茶を濁す気か?」

「ですが……ウェンディは喜んでくれましたし……気持ちが伝わったのなら、それでいいかなと」


 こいつは……

 昨日の去り際の意気込みはどうしたんだよ。もうヘタれやがったのか。


「いいか、セロン。もう一度チャンスをやる。今度こそ、お前の気持ちを、お前の言葉で、ウェンディに伝えるんだ」

「僕の言葉で…………」


 まだ少し、表情に躊躇いの色が見て取れる。

 少し発破をかけてやるか。


「お前は、これから先ずっと、今みたいにウェンディの気遣いに甘えて生きていくつもりか?」

「甘えて……?」

「自分では何も動かず、リスクを負わず、空気の読めるウェンディに何もかもを察しろと強要するのか?」

「それは……」

「それは……?」

「…………」

「…………それってよ。随分寂しいんじゃないか、ウェンディにしてみれば。好きだとすら、言ってもらえないのはさ」

「…………そう、ですね」


 これだけ追い詰めても、このイケメンはまだはっきりとしないようだ。

 これはあれだな。荒療治が必要だな。


 それに……上手くすりゃ、ちょっとした話題になるかもしれんし……


「よし、セロン! そしてウェンディ!」


 俺は、締め上げていたセロンを解放し、ウェンディに声をかける。


「なんでしょうか、英雄様」


 何も知らず、楽しげに話をしていたウェンディが俺へと視線を向ける。

 その背後を取り囲むように陽だまり亭レディース&抉れちゃんが立っている。うむ、場の空気は完全にこちらのものだ。


「結婚式をするぞ!」

「「結婚式?」」


 小首を傾げたのは、当然先ほどの話を知らなかった二人だ。


「純白のドレスを着たウェンディと、それを迎え入れるセロンが主役の神聖なる式典だよ」

「ウェンディが……純白のドレスを…………」


 その姿を想像したのか、セロンの頬がほのかに色づく。


「ついでに披露宴もする」

「「「「「「ひろうえん?」」」」」」


 こちらは、全員が揃って小首を傾げる。

 そっか。さっきは説明してなかったか。


「新しく夫婦となった二人の門出を祝うパーティーみたいなものだ。教会から近いこの陽だまり亭で新郎新婦を祝う宴を開こうと思う。大きなケーキに夫婦初めての共同作業で入刀して、縁起のいい美味い料理をみんなで食べて、二人の馴れ初めとか、友人たちによるお祝いの余興なんかをやって、盛大に盛り上がるんだ」

「楽しそうですねっ! 是非やりましょう!」


 もうすでに料理を作る気満々のジネットが腕捲りをする。

 ちらりとウェンディを見ると、今までに見たこともないような真っ赤な顔をしていた。


「あ、あの……わ、私たちなどが、そ、その……まるで主役のような……そ、そんなパーティーをしても……いいのでしょうか?」


 恐縮しつつも、心は既に踊り出しているようで、嬉しそうな笑みが今にも溢れ出してきそうになっている。

 パーティーの主役……それは、女の子が憧れるに値するものなのだろう。ウェンディはそういう、お姫様みたいなキラキラしたものが好きそうだからな。


「そこで、セロンには改めてプロポーズをしてもらう」

「そ、そこでですか!?」


 少し腰の引けたセロンに、俺は真剣な眼差しを向ける。


「俺たち全員の前で証明してみせろ。世界で一番ウェンディを愛しているのは誰かってことを……」


 ごくりと、セロンが生唾をのみ込む。

 しかしそれは、怖気づいた表情でではなく……決意をした凛々しい表情で。


「もし、そこでもヘタレるようなことがあったら、その時は…………」

「その時は……?」

「ウーマロの命はないと思え」

「なぜウーマロさんがっ!?」

「……マグダが介錯をする」

「セ、セロン! ウーマロさんはとてもいい人だから、頑張って!」

「う、うん! 頑張るよ!」


 いや、ウェンディ。頑張っても何も……お前に愛を告白するんだぞ?

 分かってんのかね、この当事者どもは。


「だが、結婚式も披露宴も、どちらも準備に時間がかかる」

「ボクも手伝うよ。また四十二区の総力を挙げて、大きなイベントを成功させようじゃないか!」

「そしたら、また新しい文化が四十二区に誕生するです!?」

「……モデルケース」

「きっとみなさん、気に入ってくださいますね」


 そう。

 こいつらの言う通りなのだ。

 エステラの権力のもと、四十二区全体を巻き込んで新しい文化を根付かせる。

 セロンとウェンディはそのためのモデルになってもらうのだ。

 結婚式はこんなに神聖で、披露宴はこんなに華やかで、花嫁はこんなにも美しい……


 そして、花嫁に憧れる女子が増えれば、結婚式を行うカップルも増えるだろう。

 それに比例して、披露宴や二次会も……


 それらすべては、『最初に披露宴が執り行われた』陽だまり亭がトレンドとなるのだ!

 この後、どれだけ類似企業が増えようと、第一号というのは永遠に語り継がれ、最初というだけでプレミアがつく。

 格が上がる。


 これで、結婚式が普及すればするほど……陽だまり亭はがっぽり儲かるってわけだ!


 ぶはっ……ぶはははははっ! 金の匂いがするっ!


「というわけで! 絶対に成功させなければいけないのだ! 分かるなセロン!?」

「は、はい! …………『というわけで』と、いうのは……どういうわけなのでしょうか?」


 細かいことは気にするな。

 お前らはただ俺のために素晴らしい結婚式を見せてくれればいい。


「準備は俺たちでやるとして……セロン、お前は自分たちのことをきちんと済ませておけ」

「自分たちのこと……と言いますと?」

「分かりましたよ、英雄様!」


 よく分からない風なセロンに代わり、ウェンディが元気よく手を上げる。

 よし、じゃあウェンディ君。答えてみたまえ。


「それまでに、もっとも~っと愛を深めておけということですねっ!」

「爆ぜろっ!」

「なんで僕にっ!?」


 ウェンディの幸せオーラがあまりに眩しかったので、思わずセロンの脇腹にグーを叩き込んでしまった。

『なんで僕に』?

 阿呆! ウェンディを殴れないからに決まってるだろうが!

 男への制裁は鉄拳! 女へはパイ揉み! ないし、お尻ぺんぺん!

 が、相手のいる女性には遠慮しちゃうので、男の方に罪を着てもらう!


「ボジェクのアホはどうでもいいとして……」

「あの、英雄様……脇腹の痛みに耐えてあえて申し上げますが……ウチの父をアホ呼ばわりは……」

「間違っているか?」

「いえ。微塵も。ですが、最近は丸くなりましたので、どうか穏便に……」


 脇腹を押さえるセロン。脂汗を浮かべる姿もイケメンだな。

『脇も抉れるいい男』ってのは、こういうことを言うんだろうな…………うん、そんな言葉ねぇけど。


「セロンの親じゃなくて、ウェンディの親に挨拶に行っておけよ」


 と、俺が至極まっとうな発言をした直後――



 バチィッ!



 ――ウェンディがスパークした。


「何事っ!?」

「……あ。申し訳ありません」


 当のウェンディは、たった今自分の身に起こった現象に戸惑うような素振りを見せつつも、少し居心地の悪そうな表情を見せる。

 ……え、俺、地雷、踏んだ?


「あ、あのですね。私の家族は……その……遠いところにおりますので、わざわざ挨拶に行くほどのことでも……」


 なるほど。

 セロンの言っていた通りだな。


「なんだ、ウェンディ。家族のことが嫌いなのか」


『仲が悪い』という表現はあえて避けた。『仲が悪い』だと、『そうですね、あまりよくはないですね』と逃げられてしまうからだ。


「い、いえ……嫌い……では、ないのですが……」


 そう取り繕うように言う間も、ウェンディの体は微か~に発光していた。

 蓄光塗料くらいの淡い光だ。


「なら、是非両親にも結婚式に出……」


 言いかけたところで、またしてもウェンディがバチバチッとスパークする。

 …………もしかして、キレてる?

 穏やかな心を持ちながら、激しい怒りで目覚め始めてる?


「今回の結婚式は、四十二区の新しい文化を広めるためのデモンストレーションという側面もあるんだ。利用するみたいで悪いが、その代わり素晴らしい式典を領主の金で開いてやる」

「えっ、ボクの!? ……まぁ、いいけど。それで、四十二区で結婚式をしようって人が増えてくれれば、経済効果も望めるだろうし……」

「は、はい。デモンストレーションというものに関しては、私は全然気にしません。というか、英雄様や領主様が私たちのために式典をしてくださるだけで幸せで……」


 恐縮する、ウェンディ。

 怒っている素振りは見えない。


 だが……


「だからな。どこから見ても完璧に幸せであるとアピールするためには、両家の家族が勢揃いして……」


 バリバリバリッ!


 ウェンディの体が激しく輝き、髪の毛がブワッと逆立つ。

 ウェンディ……お前、やっぱりアレなの? クリリンのことなの?


「ウ、ウェンディ! 落ち着いて!」

「はっ!? も、申し訳ありません! ……私ってば」


 セロンがウェンディの肩を揺すると、ウェンディはハッとした表情を見せ、同時にスパークは収まる。

 ……えっと…………無意識、なのか?


 ちょっと、試してみるか。


「ウェンディ」

「はい」


 俺の呼びかけに素直に答えるウェンディ。

 怒りの表情は見て取れない。


 さて……


「両親」


 バチィッ!


「セロン」


 にこにこ。


「俺」


 ぺこり。


「ジネット」


 にっこり。


「抉れちゃん」

「コラッ!」


 エステラの余計な介入を挟んで、もう一度……


「母親」


 バチバチッ!


「父親」


 バチィッ!


「パパ、ママ、オヤジ、お袋、ダディーマミー!」


 バリバリバリバリッ!


 ウェンディの体が眩く明滅し、全身を覆うように火花が飛び散る。

 ……これは、想像以上に重症かもしれんな。


「あ、あのっ! 違うんです! 決して家族のことが嫌いとか疎ましいとかいい加減黙ればいいのにとかいつまでも古臭い概念に縛られてしょーもないとか、そんなことを思っているわけではないんですっ!」

「ウェンディ……実家に帰ると、結構口論するタイプだろう?」

「どうしてご存じなんですかっ!?」


 なんだろう……この夫婦(予定)、分かりやす過ぎるぞ。


「けど、憎いわけではないんだろ?」

「それは…………はい。やはり、家族……ですから」


 そう言って、寂しげな表情を見せるウェンディ。が、その額にはくっきりと青筋が浮かんでいた…………あれぇ?


「え、恨みとか、ある?」

「恨んではいませんよ」(眉間、ピクピク……)


 んん~? ちょ~っとよく分かんなくなってきたぞぉ?


「も、ももも、申し訳ありません! ど、どうも、実家の話をされますと、私、情緒が不安定に……っ!」

「うん……なんか、ちょっと深刻な感じだね……」


 なんだろうこの拒否反応……意外と根深いのか?


「あの……折角、式をしてくださるのに……もし、私の家族が失礼なことをしたら……」


 ウェンディの表情が曇る。

 そして、どこか諦めたような顔を俺に向ける。


「やはり、私の家族は呼ばない方が……」

「そうか」


 なので、あっさりと引き下がってみる。


「ま、ウェンディが嫌だって言うならしょうがないな」

「ぁ…………はい。申し訳ありません、……お気遣いいただいたのに……」

「じゃあセロン。ウェンディの家族には内緒で、こっそり結婚するか」

「こっそり……」


 セロンの眉間にしわが寄る。

 それを見て……ウェンディは胸を押さえた。張り裂けそうになるのをこらえるように。


「その表情が、答えなんじゃないのか?」


 つらそうな顔をする二人に、俺は言う。


「本当は分かり合いたい……そして、セロンにそんな顔をさせたくない…………それが、お前の本心だろう。ウェンディ」

「…………」


 ウェンディは答えない。


「セロンもな」


 ウェンディに、こんな顔をさせたくないと思っているのは、セロンも同じなのだ。

 だからこそ、俺を頼ってきたのだ。


 今なら分かる。

 セロンはウェンディの気持ちを薄々気付いていた。だが、自分では踏み込むことが出来ずにいた。ウェンディを傷付けてしまうのではないかと、不安になって。

 そこですがったのが俺ってわけだ。


 ……あんま期待されても困るんだが…………まぁ、今回だけは特別にな。


「今のお前たちの表情は、これから結婚しようっていう、前途洋々なカップルのしていい顔じゃねぇよ」


 しっかりしろよ。と、セロンの背中を力いっぱい張り倒す。


「痛っ……」


 セロンが苦痛に顔を歪めるが、すぐに表情を整え、真っ直ぐウェンディを見つめる。


「これは、僕のわがままかもしれない。けれど……」


 そっと、ウェンディの肩に手を載せる。

 両腕を左右それぞれの肩に載せ、真正面から見つめ合う格好になり、セロンはウェンディに語りかける。


「ウェンディには、世界で一番幸せなお嫁さんになってほしい。ほんの少しのわだかまりもないほど、完璧な」

「……セロン」


 ウェンディの瞳が細かく震える。


「でも…………英雄様たちに、ご迷惑をおかけするかも……ううん、きっとそうなる…………そうなったら、私……」

「アホか」


 俺に迷惑がかかると言われてしまうと、セロンとしては「気にすんな、そんなもん!」とは言えないだろう。だから、これは俺がはっきりと言ってやらなきゃいかんことだ。


「そもそも、この街で俺に迷惑をかけてないヤツが一人でもいるかっての」


 今更、迷惑の一つや二つなんだってんだ。

 そんな気持ちで胸を張る。


 今にも泣きそうなウェンディに、感動でもしているように俺を見つめるセロン。

 その向こうで、ジネットが嬉しそうに微笑んでいた。


「ついでに言うと、ヤシロに迷惑をかけられていない領民もいないけどね」

「うっさいな。いいところで話の腰を折るなよ」


 してやったりな顔をするエステラにクレームを入れておく。

 だが、それがいい援護射撃になったのか、ウェンディはくすりと笑い……目尻の涙を指で拭った。


「英雄様、領主様。並びに、みなさん。そして……セロン」


 ウェンディはセロンの手をそっと下ろして、背筋をすっと伸ばす。

 そして俺たちに向かってゆっくりと頭を下げた。


「よろしく、お願いいたします」


 はっきり言ってしまえば、お節介なことこの上ない。

 だが、予感がするんだ。



 今回の結婚式は、四十二区の価値観を大きく変える有意義なものになる。ってな。





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