後日譚3 オッサンパラダイス
「あの……英雄様」
「なんだ、セロン?」
「なぜ、僕は狩猟ギルドの支部で正座をさせられているのでしょうか?」
四十二区の狩猟ギルド支部。
そこの硬い床に、セロンが正座している。
周りを取り囲むのは厳つい顔の野郎ども。
どうしてこんな状況になっているのか、当のセロンは理解していないようだ。
理由が知りたいか?
しょうがないなぁ、今回だけ特別だぞ?
「非常に愉快なプロポーズをしやがって」
「えっ!? 自分ではかなりやりきった気分だったのですが……?」
衝撃を受けたような表情を見せるセロンに俺が衝撃を受ける。
マジでか、お前!?
なんだ、この残念イケメン!?
「俺も質問していいか?」
と、怖い顔をしてウッセが会話に割り込んでくる。
怖い顔だなぁ……コワメンだな。
「質問を許可しよう」
「偉っそうに…………お前ら、なんでここにいる?」
「そこに山があるからさっ!」
「ねぇよ! 室内だ!」
「それでしたら、私も聞きたいのですが……なぜ私はここに呼ばれたのでしょうか?」
と、シニカルな笑みを浮かべるブタメン、アッスントが尋ねてくる。
「そこに山があるからさっ!」
「……今日は、それで押し切るおつもりなんですか、ヤシロさん?」
アッスントをはじめ、この場に集った精鋭たちが揃いも揃って苦笑いを漏らす。
精鋭たちの内訳は、ウッセ、アッスント、モーマット、ウーマロ、ベッコにパーシーだ。
そして、俺と、正座しているセロンの計八名が狩猟ギルド四十二区支部の執務室で顔を突き合わせている。
ザ・メンズの集い。
実に男くさい絵面だが、今回はこれでいい。あえてこういうラインナップにしたのだ。
「お前らを男と見込んで、この残念イケメンを『漢』にしてやってほしい」
「あの……残念イケメンというのは、僕のことでしょうか?」
他に誰がいる?
野郎で、「天然なところもあってかわいい~」なんてのは高校生までが限界だぞ。二十代も半ばを過ぎて可愛い路線は無理がある。
もっとクールに決めるべきなのだ。
「本当なら、ラグジュアリーのポンペーオとか、スタイリッシュ・ゼノビオスとかを呼んできたかったのだが……さすがに四十二区内の問題で他区の人間に迷惑をかけるわけにはいかないからな」
ダンディズムという点において、その二名は一定以上の資質を持ち合わせている。群を抜いていると、はっきり認めてやっていいレベルだ。
「いや、つぅかさぁ。オレ、他区の住人なんだけど?」
メイクバッチリ、砂糖工場のパーシーが訳の分からないことを言う。
他区の住人って……
「お前の住まいは養鶏場のそばの空き地だろ? ずっと入り浸ってるじゃねぇか」
「ちょっ!? バッ!? あ、あんちゃん! それは……『しー!』だろ!?」
いやいやいや、全員知ってるし。
つか、お前の四十二区滞在時間は、完全に四十区滞在時間を凌駕してるよな?
砂糖工場は、疑う余地もなく妹のものになっているよな?
「もしよろしければ、風除けのシートでもお譲りしましょうか? お安くしますよ?」
「商売っ気を出すな、アッスント」
空き地にシートって……完全にお家のない人じゃねぇかよ。
「…………値段によるな」
「悩むな、パーシー!」
居座るんじゃねぇよ。家に帰れ、な?
「それで、ヤシロさん。オイラたちはなんで呼ばれたんッスか?」
「お前も見てただろう? こいつのプロポーズの場面を」
「「「「プロポーズ!?」」」」
その事実を知らなかった、ウッセ、アッスント、モーマット、パーシーがセロンに詰め寄り、口々に賞賛の言葉を発する。
「ついに決心したのか!?」
「おめでたいですね」
「やるじゃねぇか! 見直したぜ!」
「うっは! あやかりてぇ! ちょっと触っとこ!」
「いやぁ……お恥ずかしい」
「褒めるな! そして、照れるな!」
今日はそんなほのぼのした会ではないのだ!
ピリッと厳しい、『漢』の会なのだ!
「あんなものは全然ダメだ! 実際、ウェンディにはアレがプロポーズだと明確に伝わってはいない!」
「そう……なのでしょうか?」
「いや、空気で察してはいるだろうが……こう、『ガツン!』と決まってないだろう?」
「『ガツン!』……ですか?」
そうだ。
プロポーズというのは、一生に一度。何十年も心に残る、そういうものでないといけない。
「『ガツン!』と決まったプロポーズでは、相手の女子が…………泣くっ!」
「な、泣くのですか!?」
「感涙だ!」
そして、その涙は……世界一美しい輝きを放っているのだ。
「その涙は、きっと、世界一美しい輝きを放っているんッスね」
「お前と意見が被ると、なんかムカつくな」
「なんでッスか!?」
ポエマー狐め。
そんな臭いセリフを吐いてよく平気でいられるもんだ。俺は口にしてないのでセーフ!
「英雄様!」
セロンが床で正座をしたまま手をついて、俺に真剣な眼差しを向けてくる。
「どこがいけなかったのでしょうか!? どうか、ご教示くださいっ!」
いや、どこがって……
「あ~……まず、人から聞いた言葉をそっくりそのまま真似するのは、なんつうかこう……思いやりに欠けると思わないか?」
「……確かに。僕は、美しい言葉に憧れるあまり……借り物の言葉で話していました」
うん、美しい言葉かどうかはこの際置いておくとして、――つかお前、一回『黄身と白身で乾杯』を採用しようとしてたからな? 美しいかもう一回よく考えてみろ、な?――借り物の言葉でプロポーズというのは、やはり味気ないものだ。
定型文は、大きく外さない代わりに温かみに欠ける。
王道の中にも、オリジナリティが欲しいところだ。
「というわけで、ここに参考意見を出してくれる野郎どもを集めた」
「って、オイ、ヤシロ!?」
ウッセが物凄い勢いで俺の襟首を掴み引き寄せる。
なんだよ、顔近ぇよ、気持ち悪い。あと顔が怖い。
「お前……まさか俺らに女の口説き方を教えてやれとか言うつもりか?」
「さすがウッセ。よく分かってるじゃねぇか」
「ふざけんな! 出来るか、そんな恥ずかしい真似!」
「口説き文句も言えずに、何が狩猟ギルドだ!?」
「テメェは狩猟ギルドをどんな場所だと思ってやがる!?」
あれだろ? ハンティングするんだろ?
「魔獣を狩る勢いで、可愛娘ちゃんを狩ったりするんだろ?」
「するかっ!」
ウッセは顔を真っ赤に染め上げ、湯気でも噴きそうな勢いで怒鳴り散らす。
そんなムキにならなくても……
「セロンは今、人生の岐路に立たされているんだ。協力してやれよ」
「関係ねぇだろ、俺らには!?」
「セロンのプロポーズがイマイチで、結婚が頓挫したらどうする!? 責任を持ってセロンの嫁になってやるのか!?」
「なるかっ! つか、お前が教えてやりゃあいいだろうが!」
「ヤシロはまだ、十六だから」
「だからなんだ!? あと自分を名前で呼ぶな、気持ち悪いっ!」
「……あ、ごめん。十七になったんだった」
「だから、どうでもいいっつってんだろ!?」
そんな非協力的なウッセを援護するように、ウーマロも困惑気な表情で口を開く。
「あの、ヤシロさん。そもそも、プロポーズなんて、貴族がお嬢様を口説く時くらいしかしないもんッスから、オイラたち一般人はそこまでこだわらなくて……」
「だまらっしゃい!」
他所は他所! ウチはウチ!
ここできちんとやり直しをさせておかないと、四十二区に間違ったプロポーズ文化が蔓延することになるのだ。
ツンデレ調だったり、トレンディドラマ調だったり……しかも、そのどちらもが『ヤシロ調』などという誤った認識のもと酷い風評被害を撒き散らすわけだ。
……なんとしても、『俺以外の誰か』による発案で、四十二区の定番を作り上げる必要がある。
「黙って俺に付いてこい」的な、ベタなプロポーズというヤツを。
『俺とは無関係なものとして』定着させる必要がある。
「もしもだ、マグダがどこぞの貴族に見初められて、プロポーズを受けたとしよう」
「おのれ、ハビエルッ!? マグダたんになんてことをするッス!?」
……いや、まぁ。木こりのハビエルは重度のロリコンなので一番ありそうな容疑者ではあるけども……濡れ衣を着せるのはやめてやれ、な?
「そんな時、お前は指を咥えて見ているのか?」
「邪魔するッス! 当然ッス!」
「だが、お前に何が出来る?」
「……うっ」
「プロポーズは貴族のすることだなどと、流れに身を任せるような御座なりな恋愛観で、きちんと好意を表明した相手に太刀打ち出来るのか?」
「そ、それは……」
「結婚してくれ」と明言する男に、「空気で察して」と相手任せな男が太刀打ち出来ると思っているのか?
いいか、そこのマヌケ面をさらすバカ男ども、よく聞けよ?
どんなにお互いが好き合っていたとしても……
「女ってのは、分かりきった好意であっても、言葉にしてほしいと望んでいるもんなんだよ」
俺の言葉に、その場にいた連中は、「はぁ~……」と、納得の息を漏らした。
そんな当たり前のことを、ここの連中は初めて知ったようだ。
目から鱗がぽろぽろ落ちている。
「不安になると、心は揺らぐ…………無くしてから焦っても、遅いんじゃねぇのか?」
少し挑発するように言ってやると、ウーマロは全身の毛をブワッと逆立て、目を血走らせてウッセを睨む。
「ウッセ! 必殺の口説き文句を教えてほしいッス!」
「だから、なんで俺に言うんだよ!?」
「あんた、狩猟ギルドッスよね!?」
「だぁからっ! 狩猟ギルドはそういう場所じゃねぇ!」
ウッセが苛立ったようにガシガシと頭を掻き毟る。
こいつ、こんなに怖い顔してるくせに色恋には奥手なんだよな。怖い顔のクセに。
「そういうのは、パーシーが得意だろ!? チャラいしよぉ!」
「はぁ!? なんでオレなんだよ!? つか、チャラくねぇし! オレ、マジ一途だし!」
と、この上なくチャラい反論をするパーシー。
一途なのは認めるが、お前は存在そのものがペラッペラなんだからチャラいと言われても仕方ないだろう。
そうだな。こいつなら最初にやって盛大にスベっても問題ない。誰の心も痛まないだろう。
「よし、パーシー。お前が手本を見せてやれ」
「はぁ!? あり得ねぇし! マジ意味分かんねぇし!」
パーシーのクセに反論などをしてくる。聞いてもいない『ひよこの雄雌の見分け方』なんかはアホほど話してくるくせに、こっちからやれと言ったことはやらないのか、この男は。そんなんだから月々のメイク代が生活を圧迫するんだよ。
「つぅか、オレの純愛は見世物にするような薄っぺらいもんじゃねぇんだよ」
などと、一丁前なことを抜かすメイクたぬき。
あれだけ露骨にストーキングしておいて、今さら出し惜しみする価値もないだろうが。
俺はチラリとアッスントに目配せをする。
視線が合い、アッスントが軽く目を伏せる。「何をするのか知りませんが、協力はしますよ」というところか。まぁ、こっちの意志は伝わったようだ。さすがアッスントだ。
それじゃまぁ、盛大に釣り上げてやるか……
「つまりあれか? パーシーは、『ネフェリーが相手じゃ恥ずかしくて見せられない』と言ってるのか?」
「ちょっ!? あんちゃん! ふざけたこと言うなし!」
「けど、恥ずかしいんだろ?」
「恥ずかしくねぇよ! むしろ見せつけてやりてぇよ! オレとネフェリーさんの美しいプラトニックラブを! あんたら全員、感動の涙を流しちまうぜ!」
と、ここでアッスントに向かってサインを出す。
手のひらを上に向けて指をちょいちょいと曲げる。『盛り上げて』のサインだ。
「確かに、ネフェリーさんのような素敵な女性がお相手ですと、さぞドラマチックなお話になるでしょうね」
「だろ!? あんたもそう思うだろ!?」
「えぇ。あれほど素敵な女性はそういませんからね。家庭的で温和でとても女性らしい……」
「いやぁ、さすがアッスントだ! よく分かってる! 見る目があるぜ!」
アッスントが上手い具合にパーシーを盛り上げてくれた。
ここは俺がもうひと押しするべきだろう。
「アッスントも、ネフェリーに言い寄られたら思わずグラッときちゃうよな?」
「へ? ……あ、ま、まぁ、そういうことも、無いとは言い切れないかもしれませんね……素敵な方ですからね。どうなるか分かりませんが……いやしかし、おそらく彼女の方が私など相手にしないでしょう。いやはや、残念なことですが、ふふふ……」
パーシーの視線が鋭くなり、アッスントは慌てて取り繕う。
純愛とやらは、人を殺人者の瞳にしてしまうらしい。怖い怖い。
「しかし、そんな素敵な女性を射止めるとなると、それなりに洗練された『口説き文句』が必要だと、そうは思いませんかパーシーさん?」
「ん…………言われてみりゃ、そうかもな……」
「それでは、どうでしょう? ここで一度、練習してみるというのは?」
「…………そうだな。やってみるか」
上手い!
アッスントが上手いことパーシーを誘導してくれた。やるなアッスント。
「じゃあ、ウッセ。お前、ネフェリー役をやってやれ」
「「はぁっ!?」」
反論の声は、ウッセとパーシーの双方から上がった。
「なんで俺がそんなことしなきゃなんねぇんだよ!?」
「ネフェリーさんはこんな厳つい顔の筋肉野郎じゃねぇよ、あんちゃん!」
「いいからやれよ、時間がもったいねぇな」
細かいことにこだわるのは小者の証拠だぞ。
俺は騒ぐバカ二人を説得し、話を先に進める。
ウッセがネフェリー役となり、パーシーがそれにプロポーズするのだ。
……絵面が汚いなぁ…………コワメンとチャラメンが向かい合って、何やってんだか。
だがこれも、四十二区におかしな文化が定着しないため……ひいては俺の風評被害を払拭するため。無理矢理にでもやらせなければ。
「よし。じゃあ、ウッセ。とりあえずネフェリーっぽいこと言え。感情移入って結構重要だから」
「んなこと言ったってよぉ……」
「なんでもいいよ。ネフェリーが言いそうなことを言ってみろ」
「んん~…………」
腕を組み、渋い顔で考え込んだウッセは、おもむろに手拍子を始めた。
「ハイハイハイハイ、ネフェリーです」
「なんだよ、その愉快な動きは!? あんた、ネフェリーさんをバカにしてんのか!?」
「うっせぇな!? あんなニワトリ女、なんの印象にも残ってねぇんだよ!?」
「ニワトリ女とはなんだ!? ニワトリレディーと言い直せっ!」
「ほとんど一緒じゃねぇか!?」
こいつらに任せておくとアホなやり取りで日が暮れてしまう。
しょうがないので、『ネフェリー』と書いた紙をウッセに持たせて仕切り直すことにした。ウッセは何もしゃべらない。パーシーは紙に書かれた『ネフェリー』にプロポーズすることとなった。
「あ、あの、ネフェリーさん…………い、いい天気すねっ!」
「あ、そういうのいいから。さっさと本題に入ってくれるか?」
「雰囲気作りも大切だろう!? あんちゃん、分かってねぇよ!」
紙に『ネフェリー』って書いただけでカチコチに緊張しているのがありありと分かる。
こいつがネフェリーとどうこうなるのは、きっと、もっと、ず~っと先のことになるだろうな。その前に、ネフェリーに好きな男でも出来なければな。
そうして、散々照れて、悩んだ挙句にパーシーが放ったプロポーズの言葉が…………これだ!
「ネ、ネフェリーさん! ふ、二人で、卵が孵るくらいの温かい家庭を築きましょう!」
…………うわぁ。
「なるほど! 参考にしますっ!」
「すんじゃねぇよ」
キラキラと瞳を輝かせるセロンに釘を刺しておく。
お前は、これ以上変な知識を吸収するな。いいものだけを聞いて学べ。
ウェンディに『卵が孵るくらいの温かい家庭』とか言ってもキョトンとされるだけだからな?
「所詮パーシーはこんなもんか」
「所詮って言うなし! なんでだよ!? いいじゃねぇか、卵が孵るくらいの温かい家庭!」
いいと思うならいつか実践してみるといい。「は?」って言われる未来が見えるぜ。
「やっぱ、ここは既婚者の意見を聞こうかな。アッスント。次、お前な」
「いえ、私はこういうのは……」
自分に振られることを予測していたのだろう。アッスントは、俺の指名をさらりとかわす。
「お前が結婚した時のことを再現してくれりゃあいいんだよ」
「私の場合……口幅ったいのですが……妻の方から熱烈なアプローチを受けましたもので、参考になるようなことは何も……」
ニヤリと、勝ち誇った笑みを浮かべるアッスント。
……そんな程度で逃げられると思うか?
「
「――っ!?」
俺の目の前に、半透明のパネルが出現して、アッスントが目を丸くする。
「えっとなになに……『アッスントも、ネフェリーに言い寄られたら思わずグラッときちゃうよな?』『へ? ……あ、ま、まぁ、そういうことも、無いとは言い切れないかもしれませんね』……か」
「……あの、ヤシロさん? 一体何を……」
「お前の奥さんに、うっかりこの辺の会話見せちゃったらごめんな?」
「…………………………これを狙ってあんなセリフを………………私も勘が鈍りましたかね……今頃気付くなんて……」
アッスントは、パーシーを釣り上げるつもりだったようだが、俺の獲物はお前ら全員なんだよ。……もう、誰も逃がさねぇぞ。
「……分かりました。微力ながら協力いたしましょう」
さすがというか、アッスントはこういうところでの立ち回りが上手い。
なるべく回避するように動きつつも、最悪の場合を想定して手札を用意しておいたのだろう。
さほど悩むこともなく、そつなく、無難に、こちらの要求に応えてくれる。
「んじゃ、紙に『ブタ嫁』って書くな」
「いえ……『エナ』でお願いします」
『エナ』と書かれた紙をウッセに渡し、アッスントがそれに向かい合う。
そして、落ち着いた声で考えていた言葉を発する。
「あなたを養えるだけの財力を蓄えました。一緒になってください」
……こいつ。自分の言葉が流用されないように細工しやがったな。
アッスントの守銭奴っぷりを知っていれば『あなたのために』とか『あなたは特別』とも取れる言葉だが……他の男が言うと『財力』ってのはイヤミに聞こえてマイナスイメージだ。
ホンット、イヤなヤツだな、アッスントは。
「ヤなヤツ」
「ほほほ……素敵な鏡をご用意しましょうか?」
役目は終わったとばかりに、アッスントはソファへ腰を下ろす。
これ以降は高みの見物というわけか。
「んじゃ、次はモーマット」
「俺もやんのかよ!?」
「私もやらされたのですから、みなさんにもやっていただかないと…………四十二区に卸す食材が高騰するかもしれませんよ?」
「そんな脅しアリかよ、アッスント!?」
まぁ、アッスントがこっち側に付いたことで、全員にやらせることが容易になりそうだけどな。
アッスントの脅しもあり、モーマットは渋々ウッセの前に立つ。
ウッセも諦めがついたようで、相手役に収まってくれている。
「で、名前はなんて書くんだ?」
ウッセがモーマットに尋ねると、モーマットが言葉を詰まらせる。
「あ……いや……それは…………」
「『ベルティーナ』で」
「いや、ちょっと待て! 俺はシスターにそんな感情を抱いちゃいねぇぞ、ヤシロ!」
「んじゃあ『エステラ』で」
「憧れてたのは『領主の娘』であってエステラじゃねぇよ!」
「……お前、酷いな」
領主の娘がエステラだと分かった今、憧れはなくなったのか?
エステラは論外か?
「抉れ放題な残念おっぱいは恋愛対象にすら入らないと、そう言いたいわけか!?」
「言ってねぇよ! じゃあ、『エステラ』で頼むよ!」
「え……モーマットって、エステラに惚れてるの?」
「お前がそう仕向けたんだろうがっ!?」
結局のところ、美人に弱くフラフラしているモーマットは、特定の相手がいないのだ。
こいつ、結婚出来ないんじゃないかなぁ……
そんな俺の心配をよそに、モーマットは『エステラ』の前に立つ。
「えっと、あの…………なんでこんなことになってんのかよく分かんねぇんだがよ…………俺と、……人参が茹で上がるような家庭を築いちゃくれねぇか?」
「熱いわ、バカワニ!」
「つか、オレのパクりじゃねぇか、このワニ!」
「だ、だってよぉ! エステラ相手じゃ、真剣になりきれねぇっつかよぉ……!」
俺とパーシーの抗議を受けて、モーマットは狼狽する。
まぁ、こいつに期待なんかしてなかったけどな。
それにしても、セロンの参考になりそうな言葉が一向に出てこないな。
この街の連中は、結婚のことを軽く見過ぎなんじゃないだろうか。
「よし。ウーマロとベッコ、お前らは同時にやれ」
「扱いが雑ッス!?」
「同時にとはどういう了見でござるか!?」
うっせぇなぁ。ちょっと飽きてきたんだよ。
俺はウッセの持つ紙にさらさらと、相手に相応しい人物の名を書き込む。
『巨乳のマグダ』
「「すっごい雑ッス!」でござるっ!」
うっせぇなぁ!
ウーマロはどうせマグダだし、ベッコは巨乳ならなんでもいいんだろ?
書かれた文字をジッと見つめるウーマロとベッコ。
その脳裏に巨乳のマグダが思い描かれたのか……
「「……これはこれでありッス」でござる」
と、納得したようだ。
うんうん。バカは単純でいいなぁ。
「じゃあ、二人揃って、……せ~のっ!」
「マグダたん、巨乳でもマジ天使ッス!」
「その巨乳、マグダ氏お見事でござるっ!」
…………想像通りの結果だな。
「セロン」
「はい」
「今のは無かったことで」
「「酷いッス!」でござる!」
俺は、ため息交じりにウッセから紙と筆を受け取る。
あまりに不甲斐ない。
どいつもこいつもダメ男ばっかりだ。
「というわけで、真打登場だ。ウッセ、よろしく」
「やっぱ俺もやんのかよ!? 相手役で免除されるかと思ってたのによぉ!」
世の中、そんなに甘くはないのだよ。
さて、こいつの好きなヤツの名前を書いて………………
「ウッセさんのお相手は、どなたになるんでしょうかねぇ?」
「あれ、アッスントは知らないッスか?」
「ウッセ氏は、拙者と同じく巨乳派で、ご贔屓な方がいるでござるよ」
「ちょっと待てよ、お前ら! あの人は、そういうんじゃねぇっつってんだろうが!」
……俺の筆が止まる。
そう。ウッセのヤツは、身の程も知らずとある女性に憧れてやがるのだ。
いつも厳ついその顔を、そいつの前ではデレっとニヤケさせて………………イライラ。
「ヤシロさんはご存じなのですか? ウッセさんの思い人に」
「…………まぁな」
俺はサラサラと、圧倒的な爆乳の持ち主の名前を書き込んだ。
そして、ウッセに向けてその紙を見せる。
そこに書かれていた文字は……
『メドラ』
「さぁ、プロポーズするがいい」
「出来るかぁ!」
最後までごねにごねやがったウッセは、遂にプロポーズの言葉を口にしなかった。
結局、なんの成果もなくプロポーズ研究会(仮称)はお開きとなってしまった。
それぞれが家へと戻り、俺はセロンを送って大通りに来ていた。
どういうわけか、アッスントも付き合ってくれている。
「無駄な一日になっちまったな」
「いえ、英雄様。僕には有意義な時間でした」
ため息を漏らす俺に、セロンは爽やかな笑顔を向ける。
夕日に照らされ陰影を濃くした顔は、ほんの少しだけ凛々しく見えた。
「今日はみなさん、自分の言葉で想いを伝えようと頭を悩ましていました。僕は恥ずかしさのあまり自分の言葉で考えることから逃げていたんです。それを思い知らされました」
セロンはぴんと背筋を伸ばし、深々と頭を下げる。
「本日は、本当にありがとうございました。いつとは断言出来ませんが、ウェンディには、自分の言葉でこの思いを告げようと思います」
顔を上げて俺を見つめるその目には、嘘偽りの色は見受けられなかった。
こいつならやってくれるだろう。
生まれ変わった四十二区の、新しい結婚の在り方を指し示してくれる、そんな気がする。
「あ、それから。ウェンディの家族について、何かあったら言ってくれな。協力するから」
「はい。よろしくお願いします」
タイミングを見計らい、ウェンディの家族に挨拶に行こうという話をセロンにしてもらうつもりでいる。
ウェンディが嫌がる可能性がないではないので、あまり強引には行けないからな。タイミングはセロン任せだ。
それで、どうしてもウェンディが嫌がるようなら、その後の展開は別途考えようということになっている。
「ま、ゆっくりやっていこうぜ」
「はい! では、失礼します」
軽く手を振り、セロンとはそこで別れた。
俺も帰ろうと振り返ると、アッスントが険しい顔で俺を見つめていた。
……なんだよ? お前を乗せてプロポーズの言葉言わせたこと、怒ってんのか?
「ヤシロさん」
「……な、なんだよ?」
「…………また、厄介なことに首を突っ込んでしまったようですね」
「厄介?」
まぁ、確かに、他人の結婚に首を突っ込むのは色々と面倒なこともあるだろうけど……
「セロンとウェンディには少なからず縁があるからな。あの二人がくっつくきっかけを作ったのも俺たちだし……結婚まで見届けたいって気持ちもあったしな」
「結婚までなら結構でしょう。ですが、ウェンディさんのご家族に関して相談に乗るおつもりなのでしたら…………」
アッスントが一歩、俺へと体を寄せてくる。
そして、囁くような小声で耳打ちをしてくる。
「人間と獣人族……特に、虫人族との結婚はそうそう歓迎されるものではないということを、覚えておいてください」
「…………え?」
そっと離れていくアッスントに視線が釘付けになってしまった。
はっきりと聞こえた言葉を、にわかに信用出来なかった。
聞き間違いだと、思いたかったのかもしれない。
「四十二区の中にいては見えてこないことも、多々あるのですよ……この街には」
そんな意味深な言葉を残して、アッスントは行ってしまった。
遠ざかる背中を見つめ、俺はしばらく呆然としていた。
セロンとウェンディの結婚が歓迎されないわけないだろうと、そう思い込んでいたから。
そうして、薄々感付いていたことがはっきりと表面化してしまったことに、少しだけ憂鬱になったりもした……そうなんだよな…………やっぱ、そうなんだろうな……
これまで、俺が見てきた領主や貴族の中にはたったの一人も、獣人族はいなかったのだ。
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